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#navi(SS集) #br * 作品 [#t623ec1a] ** 概要 [#v1af8348] |~作者 |輪舞の人 | |~作品名 |ある秋の日のこと | |~カテゴリー|長門SS(一般)| |~保管日 |2007-11-05 (月) 01:40:46 | ** 登場キャラ [#jdfee8e7] ////////// |~キョン |登場 | |~キョンの妹|不登場 | |~ハルヒ |登場 | |~みくる |登場 | |~古泉一樹 |登場 | |~鶴屋さん |不登場 | |~朝倉涼子 |不登場 | |~喜緑江美里|不登場| |~周防九曜 |不登場 | |~思念体 |不登場 | |~天蓋領域 |不登場 | |~阪中 |不登場| |~谷口 |不登場| |~ミヨキチ |不登場 | |~佐々木 |不登場 | |~橘京子 |不登場 | ** SS [#rbc54f84] ////////// #br #setlinebreak(on) #br #br わたしはわたし。 #br ―ある情報端末の自己評価― #br #br 「そんなわけで、今日は芸術の秋という高尚な世界の片鱗を存分に堪能するといいわ!」 #br 市内のごくありふれた雑居ビル内の一室に、いつもの聞きなれた声が響き渡った。 我が敬愛する団長殿のありがたいお言葉だった。謹んで聞くのはやぶさかではないぜ。今となってはな。 威勢と反比例して意味のよくわからん、それでもって自分が一番楽しみにしていたことを隠そうともしないハルヒの「第一回、秋の陶芸を嗜む会(仮)」開催宣言で始まる陶芸教室は、無論影で暗躍する副団長殿の手配なんだろうと、ほぼ結論されている予想をその本人に直接訊いてみる。 違うのか、古泉? 「大した手間ではありませんでしたからね。いや、今回は別に何も仕掛けはありません。ただの陶芸教室、そのものです」 残念そうにも見える謎の笑顔が戻ってくる。何を残念がってるんだ、おまえは。本当なんだろうな? 裏がないというのは。 「本当に、本当ですよ。ですからあなたも安心して楽しんでください。今回は自分もそうしますから」 だったらいいんだが、しかしな。 どうもおまえのやることにはいちいち裏がありそうで、安心して堪能できた試しがないんだがと心の中でつぶやくが、それは今回は口に出しては言うまい。 言ってしまうと本当にそうなってしまいそうな気がしてくる。 #br 視線を横に移すと、その先にいる朝比奈さんは、生活する時代の差異から感じる文化的ショックというやつなのか、教室に入るなり、周囲に置かれている陶器や工具や作業台やらをその大きな目できょろきょろ見回していた。 ずいぶん嬉しそうですね、朝比奈さん。 そして自分でもそうだが、そんな反応をされたら誰だって嬉しくなってしまうわけで、当然講師も人の子ということなのか、朝比奈さんに詳しく説明を始め、また朝比奈さんも、その説明にいちいち律儀にうなずいていたりする。 くそ、うらやましい。 「へえー。そんなに深いところから土を取ってくるんですか。どこの土でもいいわけではないんですねぇ」 未知の文化と言ってもいいのだろう、その説明に反応してか、素晴らしくチャーミングな瞳が純粋な知性を含ませつつキラキラと輝かせていた。 ますますうらやましい。 ぜひ講師にそのポジションを譲って欲しいと頼みたいところなのだが、その手の話題を振れるほど技術も知識もありはしないわけで、断念せざるを得まい。 ふと、そんなやり取りを傍で見ていて、未来の地球には土いじりができない環境が待ち受けているということなんだろうかと一抹の不安がよぎった。 いや。考えすぎだ。たぶん、単純にこの人は好奇心が旺盛なだけなんだろう。おそらくな。 未来の陶器は全部セラミック製ということでもあるまいし。 #br さて最後のひとり、こういったものに対する反応が最も気になる奴がいるわけだが、そいつは、というと講師の前でタネと呼ばれる粘土の土コネの作業風景をじっと注視したまま、微塵たりとも動く気配がない。 まったくの直立不動はこいつの数ある特技のひとつでもあるのだが、それにしても今回はずいぶん徹底してるな。 どうした? 地球上で稼動するのに必要な宇宙的特殊電源でも落ちたのか? 「そうではない」 じゃあどうした。というか返答する時くらいはこっちを見ろ。 そんな俺の小さな指摘にも動じることなく、長門はぽつりと言った。 「興味深い」 ほお。 これはまた。意外な反応というべきか。 オセロに引き続き、宇宙人製有機アンドロイドの琴線に触れる何かがあったのかね。 芸術といものが理解できるのかはなはだ疑問だったが、オセロという遊興にもそれなりに反応したのだから絶無というわけでもないんだろう。本当にわかってるか、それはまた別の話なんだろうがな。 #br そんな長門の反応と見比べてみると、ハルヒはハルヒで、講師の言うことは話半分で、独自の陶芸技術を目指すべく奮闘しているところだった。 というか、それはなんだ。見本にはまったく一致する部分のない、それは……まさか土偶か。 いや違うな。よく見なれたような、そうでないような。 しばらくハルヒの手元で捏ね上げられている何物かを注視していた俺の脳裏に、何かのイメージが突然浮かび上がった。 ハルヒよ。その、俺にはイースター島に林立する物体のイメージが見えてくるんだが、それは気のせいなのか。 「……なによ、あんた」 俺の視線に気がついたハルヒが睨み付けてくる。考えまでもわかるわけじゃないだろうが、相変わらず変なところで勘の鋭いやつだ。 「その目はなに」 いや。別に。気になるか? しばらくじーっと俺から視線を離さなかったハルヒは、ふっと情け深い笑みを浮かべてこう言った。 「芸術を極めようとする、このわたしの作品に興味があるってこと? でもあんたじゃこの境地には到達できないでしょうね」 まあ確かに、凡人には理解できないものが芸術というなら、おまえは確かに天才で、俺は確実に凡人なんだろうさ。 今、もう一度ここで決定させてもらう。ありがとう。 #br 古泉はその確立化された天才の隣りで曖昧な笑みと追従の返答をしつつも、それなりの何かを作り上げているようだった。 ぐるぐる回る土台の中心に粘土を置き、手で形を整えていくというものだ。これがろくろと言う奴か。実際に見てみると面白いもんだな。 それで自分の湯のみでも作るつもりなのか? にゅるにゅると粘土が古泉の手の中で上へ上へと押し上げられるように変化させていく。 器用なもんだな……と思ったその時だった。珍しく古泉が狼狽の声を上げた瞬間、一気に形は崩れさり、湯のみになるはずだった粘土の塊は哀れにも完全にその姿を崩壊させた。 「これはなかなか難しいものですね」 照れ隠しのような笑みを見ながら俺は思った。 七夕の時、短冊に書かれた字を見た時からなのだが、案外こいつはその外見からくる繊細な雰囲気とは裏腹に、手先ははるかに不器用なんじゃないのか。 これはあえて聞くつもりもなかったが、そんな感じがしている。 #br 朝比奈さんはろくろを使わず、何本ものヒモを練り、それを円周状に重ねあげていくという手法を取るようだ。 さすがに丁寧だし、慎重だった。きっと綺麗な……たぶん、花瓶か何かになるんでしょうね。 「上手に出来たら部室に飾りたいですね」 とても嬉しそうに俺に微笑みかけるその表情を視界に収めつつ、ああ今日はこれだけでも来たかいがあるというもんだと、心の底から滲むような暖かい感慨に浸ったりしている。 まあ、それだけ価値のある笑顔に違いない。 #br さて、長門は何をしてるのか。 さっき微動だにしなかったあの位置にはすでにいなかった。古泉の隣りですでにろくろを廻している。いつの間に移動したんだ。 その作業を観察しているが、見事の一言に尽きた。あの手の動きも実に細やかで、手本を見せた講師の手つきにそっくりだった。 そっくり……? いや、違うな。俺はすぐにその違和感の正体に思い当たった。 あいつ。またやりやがったな。 俺はその様子をじっと見ていたが、長門はまったく無反応のまま、自分の手の中で出来上がる何かに意識を集中しているようだった。 作られるなにか、か。 やれやれ。 #br #br 「じゃあ、完成品のお披露目と、その批評ね!」 二時間ほどが経過して、五人全員の苦戦の末の作品が机の上に並べられた。 本来ならこのあと、乾燥させ、焼成が入るわけだが、それは工房の釜で行われすべての工程が終了し、完成してから送られるという。 俺も苦労しながら作り上げたのだが、お世辞にも上手の部類には入らない、不恰好な湯のみだった。平凡で結構。それでいいのさ。 「せっかくですから、各作品を品評していただきましょう」 古泉が講師に促す。勘弁して欲しいとは思ったが、この頃にはこういう場はハルヒの大好物なのだと理解できていたから従うことにした。 これで世界の平穏が保たれるなら安いもんだと、そういうことなんだろ? #br 「これは、これは」 もう七〇歳にはなるだろう。経験豊かな人生の歩みを感じさせる渋みと威厳とを備えた講師は、俺たちの作品を前にして愉快そうに頬を緩めた。 「これは素晴らしい」 ハルヒの作り上げた、奇天烈なだけに見えたモノも、こうして一度完成してしまうと、俺なんかには評価のしようのない、ある種の感銘を受ける美術品として確かにそこに存在していた。 やはり、本当の意味で天才なのかもしれん。俺には理解できない範疇にはあるようだが。 朝比奈さんの花瓶も、繊細で、整った、こじんまりとした綺麗なものに仕上がっていた。 もしかしたら焼成の時に破損するかもしれないと心配していたが、おそらく大丈夫だろうと講師は言った。 古泉の湯のみもそれなりに形にはなっていた。しかし、形になっているというだけで完成度から言えば俺と同じか、レベル的にはそれ以下のようにも見える。 不器用なのは本当なのかもしれない。だがそれだけ苦労の後の見える品物でもあり、それを馬鹿にするようなことなど誰もしないし、俺だってしない。 その苦労の証拠に、いつも飄々としていたはずのあいつの顔に泥がついているのだが、本人はまったくそれを気にした様子もなかった。 そして本当の意味でいい顔で笑っていた。もしかしたらそういう古泉の顔を見たのは初めてなのかもしれない。 #br そして最後に、講師が長門の作品の前で立ち止まった。 完成した品物はやはり湯のみだったが、その品を見た全員がはっと息を飲む。 #br 綺麗だった。 #br いや、綺麗としか表現ができないものだったのだが……綺麗以外の言葉は何も出てこなかった。 それだけだった。 俺は長門の表情を確認しようと視線を動かした。 その先にあるのは、いつもの無表情、無感動をそのままにした長門有希そのものだった。 #br 「とてもみなさん個性的ですな」 老講師は最後を締めくくった。 「若い人はいい。別にわたしの品物を見本にすることもなく、ただ自分の作りたい、表現したいなにかを作ってくださればよかった」 ハルヒはニコニコとその言葉を聞いていた。まさに自分の作り上げたものに対する批評には違いない。 「本当に……それぞれ、"自分"が出ていた」 老講師は本当によく見ていなければわからない動作で、最後にちらりと――長門の湯のみに視線を向けた。 たぶん、ハルヒ以外は全員がその視線の意味を理解していたと思う。 長門本人も。 #br #br 「長門」 散会となったあと、声をかけるべきだと俺は思い、それを実行した。 「楽しかったか」 「興味深い体験だった」 夕暮れの市外の喧騒の中、長門は振り向きもしないで答えた。 「実用性以外の評価を求められるモノを作るという作業は、さまざまな情報をわたしに提供する」 「気づいてはいたんだな」 足を止め、こくりと小さくうなずく。そんな有機アンドロイドの仕草に俺は少しだけ胸の奥で小さな痛みのようなものを感じた。 「自己表現」 長門は言葉を続けた。 「人間は自己のさまざまな情報を、さまざまな手段で外部に発信する。それは言葉であり、文字であり、自身の動作や仕草であり、音であり、それを高度に組成した音楽に発展させもした。絵画も、またそう」 「そうだな」 おまえは、というかおまえたちは言葉を介在させて俺たち人間と接触するための端末なんだよな。 そのおまえに、ああいう場所は酷だったかもしれん。 「辛い、というものはわたしにはない」 本当だかどうだか、長門はゆっくりと振り向いてそう言った。 「涼宮ハルヒはとても彼女らしいものを作り上げた」 あのモアイ像もどきも、遺跡になって未来人が発掘したら何かを感じるんだろうな。涼宮ハルヒという、人間の特殊性を煮詰めて塊にしたような人物像のすべてがわかるとは言わないが、それを作った人間がどんな奴だか知りたくなるような、そんな興味を惹くくらいには。 「朝比奈みくるはとても彼女らしいものを作り上げた」 あの花瓶に花が添えられ、部室に来た人間――とはいえ、来る人間もごく限られているわけたが、とにかくそれを見た人間に、必ず暖かさと、安らぎというものを与えるだろう。それは確実にそうなる。あの朝比奈さんという人物が作り上げた、そういう品物だったよ。確かにな。 「古泉一樹はとても彼らしいものを作り上げた」 ああ。奴の、本当は隠しているかもしれない内面があれには出ているんじゃないかと、俺も思う。いつかは本当のことを、と奴も考えている。これは俺の憶測にしかすぎないことだったが。 あの作られた笑顔の下の、本当のあいつが作ったものなんじゃないかと、そう思う。 「あなたもまた、とてもあなたらしいものを作り上げた」 ……それだと、俺の本当ってのは適当人間ってことになっちまうぞ。まあ、事実そうかもしれんが。 #br そこまで言って長門は黙った。 今日の参加者の最後の出品者のことが残っている。 #br 「……わたしには」 普段、口ごもるということをしない長門が、それをしている。 俺は黙ってその続きを待っていた。 「わたしには、わたしが存在しない」 長門は無表情のまま、俺に視線をぶつけてきた。表情には何の変わりもないはずなのに、俺には初めて見たような、そんな印象の長門の顔だった。 「わたしの作ったものは、他者に、どんな情報も与えることはできない」 おまえが今日やったこと。それがそうか。 「そう」 長門は肯定した。 「ただ、あの講師の品物を、その工程すべてにおいてコピーしたもの。ただそれだけのもの」 形は整っている。当然だ。あの講師は本来ならあんな場所で暇な学生相手に先生などしているような人物じゃなかった。そう古泉から知らされたのは退室直前のことだった。 そんな凄い経歴の陶芸家の品物をそのままコピーしたのだから、傍目には凄いという印象はあるだろう。 だが、それだけだった。 長門にはそれ以上の品物は作れなかった。 #br 「わたしは……」 「なあ、長門」 俺は目の前の、内側から揺れているようなアンドロイドの言葉を遮って言った。 おまえは変わっていっている。気がつかないかもしれないし、ただのエラーだとかで処理しちまってる情報なのかもしれない。 だが、ずっとそばで見続けていたSOS団の連中はそれを知ってるぞ。ハルヒだってそうだ。 だから。”自分がない”なんて悲しいことを言うな。 #br #br あいつは自分を探している。 たぶん、気づいてないと思うが、あいつが生まれた日からずっと自分を探しているんだろうと、俺は思う。 それを証明する日が、いつかきっとやってくる。 #br #br どうしてそう思うのか? なぜなら、自分がないなんて言うやつが、あんな寂しそうな目をするとは思えないからな。 これもまた、自分では気づいてないんだろうが。 #br ―終― #br #br ////////// #setlinebreak(default) #br ----