#navi(SS集)

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* 作品 [#vccf906f]

** 概要 [#s945b1de]

|~作者      |輪舞の人  |
|~作品名    |機械知性体たちの輪舞曲 第21話         『無限回廊』 |
|~カテゴリー|長門SS(一般)|
|~保管日    |2007-02-11 (日) 01:46:32   |

** 登場キャラ [#k4a0e71e]

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|~キョン    |不登場    |
|~キョンの妹|不登場  |
|~ハルヒ    |不登場  |
|~みくる    |不登場  |
|~古泉一樹  |不登場 |
|~鶴屋さん  |不登場 |
|~朝倉涼子  |不登場 |
|~喜緑江美里|登場|
|~周防九曜  |不登場   |
|~思念体    |登場  |
|~天蓋領域  |不登場  |
|~阪中      |不登場|
|~谷口      |不登場|
|~ミヨキチ  |不登場    |
|~佐々木    |不登場  |
|~橘京子    |不登場   |

** SS [#cea5539b]

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#setlinebreak(on)

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 それはとても恐ろしくて、甘美なものなのでしょう。
 でも、わたしたちに理解できる日が来るとは到底思えません。
 だって、必要がないものですから。
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 ……必要あるんですか? え、本当に?
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―ある情報端末の認識―
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 空が紫色に染まる。
 マンションの自室の机に伏すように座り込んでいたわたしは、緩慢な動きで起き上がった。
 自分の置かれた状況を再確認した後、その変化がない事を認めてベランダへと向かう。
 窓ガラスを開け、朝の新鮮な大気を胸に吸いこんでみる。
 いつもと変わばえのない清浄な空気。
 早朝に聞こえるあの特有の響き。また朝が来た。
 日付は八月十七日。
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 正確に一万五千回目の八月十七日。
 わたしが生まれてから、すでに五百七十八年が経過しようとしている。
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 東京での広域帯宇宙存在亜種との接触から生還した後、すぐに夏休みが到来した。
 わたしには初めての経験となる長期休校。
 夏季と冬季、環境が厳しくなる季節では学習効率が落ちるということで、慣例的に学校での修業プログラムは中断される。あとは年度終了時の三月にもう一度あるが、四十日間も続く長期休暇は、この夏に実施されるものだけ。
 その休みに突入するや再び大騒ぎの日々が、と予想したのだが、意外な事に涼宮ハルヒを中心に結成されたSOS団の活動は、ほぼ休止状態へと移行する。これは想定外だった。
 孤島の合宿という一騒動は確かにあったものの、しばらくの間は平穏な時間が続いていた。
 “彼”はその期間を利用し、ゴールデンウィークと同様に親族の元へと向かう。その間、準観測対象となっている“彼”への観測と護衛は、喜緑江美里が随行して行う事になった。無論、隠密理に。
 涼宮ハルヒはあの孤島での「事件」に満足したのか、精神波形はまったくのフラットラインを示している。穏やかで静かで何事もない日々。
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 任務開始となった四月から今日まで、わずか四ヶ月ほどの間にあまりにも多くの出来事が続いていた。あまりにも多くの事。ゆっくりと立ち止まることも許されない程に。
 だから今、自分の周辺のこと、自分自身のことを整理して考えても良い頃だと思う。
 情報統合思念体の真意は、未だに全体像が掴めていない。涼宮ハルヒの観測による自律進化プロジェクト。それ以外にもう一つの計画があるという。わたし自身をその雛形とするという、よく理解できないもの。
 空っぽのわたしに、対人反応プログラムではなく「無から自然発生する」感情を持たせようという試み、らしい。
 だが実のところ、今のわたしが感じる自然発生したとされる感情も、外部に対する反射行動以上の物なのかは未だに不明だった。
 怒りを感じる、哀しみを感じる、とはいえ、それが外部の状況に対する反応行動でしかない、という事もあり得る。事実、本当に理解しているのか疑わしい。哀しみを感じるというのは、あくまでその対象が感じているだろう、その精神状態を推測しているだけではないだろうか。
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 なぜなら……未だにわたしはある事ができない。
 表情を作る事。
 それに……これはもっとも縁遠いのでは、と推察できる事がある。
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 「涙」を流す事だ。
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 本当に体得しているというのであればできるだろう事が、できないでいる。
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 それに、とわたしは思う。自律進化がその程度のものなのだろうかという事。
 違う、と感じる。そうではない。その程度のものであるはずがないのだ。
 そうであるなら、この謎に包まれた計画には、まだ裏がある。喜緑江美里はその権限を無視してまで、情報をわたしに与えてくれたようではあるが、それでも完全なものには程遠い。
 与えられた情報だけから推測する中で、思い当たるのは当然、“彼女”のこと。
 朝倉涼子。
 彼女と過ごした待機時間中に蓄積された情報群。そしておそらくはそこから発生しているだろう「あの声」。
 これが最大の鍵となる。そして十二月十八日にわたしが行ってしまうとされる時空改変。この情報群がさらに活性化することで起こると推測されるもの。
 “彼”以外の記憶を消し、統合思念体さえも消滅させ、新たな世界を創造するという、現在のわたしからは想像もできない異常行動。
 統合思念体はそれを望んでいるのだろうかと言えば、そんなはずはないに違いない……と思う。自らの消滅という、矛盾した行動を推奨するというその真意が理解できない。
 喜緑江美里はどれだけの情報を与えられているのだろうか。
 それに朝倉涼子は。彼女は、いったい何をするつもりだったのか。
 だが、このような「わたしだけが何も知らされていない事情」は、少しずつだが判明している。
 空っぽの私に芽生えるはずの何か。まったくの無からの「何か」の生成。
 事前情報、さらには予め対応可能な各種プログラム。これらがあえて省かれて造られたのがわたし。
 ここに統合思念体が考える何かが含まれている。これまでの情報から推察できるのは、そこまで。これでは何もわからないに等しいが、それでも喜緑江美里がもたらした情報は大きかった。
 わたしに何かが託されている……それが判明したところで、どうしようもないのだけど。
 何も知らない内に押し付けられたもの。作られた端末だから仕方がないといえばそれまでだが、納得できない。そう思う。
 しかし、現実は目の前にある。
 気に入ろうが入るまいが、受け入れるより他にはない。
 他にどうしようもない、が……それだけで済ませるつもりもない。
 抗って、みたい。
 ……どうしたらいいのかは、まだわからないが。
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 とにかく八月十七日からのわたしは、また“彼女”の動きを観測する事に集中することになる。そう。涼宮ハルヒの行動に再活性化が認められていたのだ。
 ちょうど“彼”が戻るのを機に、SOS団の召集が行われ、そこからまた賑やかな日常が始まる。
 彼女はこれまでのように活発に活動する。退屈というものほど彼女が嫌う状態はないのだから。
 要するに集団で「楽しく」過ごしたい、という事なのだろう。ただ、これまでのようなエキセントリックな行動にとって代わり、周辺のごく一般的な同世代の人間たちに準じた動きを取ることが多くなってきているように感じる。
 共に過ごす中でわたしにも理解できるようになる。「楽しみ」という事。
 涼宮ハルヒと、“彼”、そして朝比奈みくると古泉一樹。
 彼らと共に、わたしはこの「夏」という季節を初めて楽しむ。
 生まれて三年半が経つとはいえ、体感では最初の年の七月七日で途絶えてしまっていた。
 だから、これは初めての事だった。
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 八月三十日。一通りの行事を終え、喫茶店で最後の集まりがあった。
 予備日として残しておいた三十一日も、さすがに活動の疲れが見えるのか、新学期に向けての休息日にする、との涼宮ハルヒの発言でその通りに実施される事となる。
 全員がほっとしたような空気を漂わせながら帰宅の途についた。おそらくはわたしも。
 それほどに充実した、夏の日だったと思われる。
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 八月三十一日。夏休みの最終日。
 わたしも久しぶりに、ひとりきりの時間を過ごす事に安堵の気持ちが発生する。それを改めて確認。
 一日くらいは静かに本を読む時間として残しておいても良いだろう。
 不思議な事に、わたしを悩ませ続けていたあの「声」もなりを潜めている。
 安定化したのだろうか。
 活性化の傾向がないのは、わたしにとってはありがたい事だと感じ、与えられた安息日となる最終日を何事もなく過ごすのだったが、しかし、それだけでは当然この「夏休みは」終わりはしなかった。
 なぜなら、涼宮ハルヒと過ごす夏休みだったのだから。
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 翌、「八月十七日」午前零時。
 わたしの意識野に響く警告メッセージ。
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『時空間断裂現象の発生を認む』
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 布団から起き上がる。もうすでに習慣となってしまった睡眠は、初めて意識野に鳴り響く種類の警告メッセージによって途切れてしまう。
 ただちに状況を確認。統合思念体へのリンク。何となく抵抗はあったが、そうも言っていられない。
 八月十七日? 九月一日ではなく。
 統合思念体は、しかし、あまり重大な状況と認識していないようだった。現状を簡単に説明するだけに終わる。
 つまり。
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『現時空間が連続性を遮断され、閉鎖された』
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 という事だけ。
 一体何が、と思考すると共に、もはや経験則として、原因となるある人物をおぼろげながらに特定している自分がいる。
 おそらく。いや、ほぼ確実に彼女のせい。
 涼宮ハルヒ。間違いない。
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 推測は当たっていた。その後の統合思念体の詳細報告によれば、再び涼宮ハルヒの能力が活性化しているという。突発的に。
 わたしは事前兆候を掴めないでいた。理由はただひとつ。
 八月三十一日が終了するまさにその時に、改変能力が発現したのだという事。予測不能の事態だった。
 おそらく、とわたしは思う。あの未来からの派遣観測員は今度の事も知らされていないだろう。『機関』についての動向は不明だが、このタイミングと、古泉一樹が何ら動きを見せていなかった事を考えると、同様に把握していなかったのだと思われる。
 わたしも同じ。関係するすべての者が、完全に不意を討たれた形となった。
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 こうして、世界は突然、終わりのない夏に閉じ込められた。
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 この事を正確に知るのは、今のところ統合思念体とわたしを含めたその端末たちだけのように思われる。
 時空断裂現象ということであれば、あの朝比奈みくるが真っ先に気づきそうなものだったが、なぜかその様子は伺えない。理由は不明。定期的な連絡を取っていないという事だろうか。
 どちらにせよ、突然の時間の蒔き戻し現象は、その原因が涼宮ハルヒの世界改変能力そのものだったのはわかった。
 ただ「なぜ発生したのか」が判明していない。
 彼女が今度は何を望んでいるのか。それが、わからない。
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 八月十七日に戻ってすぐに、涼宮ハルヒの呼び出しが行われる。
 もう一度、前回と同じ内容の出来事を繰り返すのかも知れないが、しかし、規定事項の縛り付けられたような違和感はなかった。
 何が起こっているのか、まだわたしにもはっきりとは判断がくだせない状況だった。
 喜緑江美里もやはり何が起こっているのかは理解できない、という返答。
 あの事件以来、信頼に足ると判断したわたしは、彼女の言葉に今は疑いを持つことはなくなっていた。全貌を話さないかわりに、嘘はつかないだろう。そう、信じていた。
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 とはいえ、状況は変わらない。
 涼宮ハルヒは前回とまったく変わりなく、我々団員たちに指示を出し、彼女の発案するスケジュールを次々とこなしていく。
 そして瞬く間に八月三十日の喫茶店の集会に至り、前回同様の「休息日宣言」を行うと、団員たちは解散し家路についた。
 わたしもまったく同じ状況を追体験するかのようにマンションへと戻り、翌八月三十一日をひとりで過ごす。
 この後に起こる事態について、予感はすでにあったのだが。
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 そして深夜零時。
 警告音と共に、また八月十七日がやってきた。
 今度は落ち着いて受け止めることができる。予想が、そのまま実現してしまっただけ。
 ただし、原因は未だに不明。
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 この状況がまず十回続く。
 涼宮ハルヒの提案する「こなすべきスケジュール」はごく微妙な変化を見せるものの、基本的な内容には違いはない。突然どこかへの長期旅行をするとか、またはまったく集合をせずに各自の自由時間にあてる、などのような、大きすぎる変更は新たには加わらなかった。
 とにかく集まり、皆と大いにはしゃぎ、遊ぶ。
 これを繰り返す。精神波形に異常はない。むしろ安定していると言っていい。
 だが、ループする環境そのものにも変更はなかった。
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 さらに十周を巡り、約十ヶ月間に相当する時間が経過する。
 状況に変化なし。“彼”を含めた団員にも変調の兆しはない。
 わたし自身も、例の「あの声の沈静化」を含めてなんら異常は認められない。
 喜緑江美里とは、二日〜三日おきに直接会い確認をするが、これもまた同じ事。
「変化、なし」。
 ただ観測だけを続ける。
 統合思念体も、特別の危機が迫っているという訳ではない、という判断なのか、我々を含めた全端末群への緊急指示という事もない。これならまだあの「広域帯宇宙存在」の覚醒事件の方が大事なのでは、とも思える。
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 こうしてさらに十周。とうとう体感時間で一年以上が経過する。
 まったく変化なし。涼宮ハルヒも、わたしも、“彼”らも。
 夏の暑さ、過ぎ去る日々。少しずつ彩りを違えてはいるものの、しかし、ほとんど変化のない周回が続く。先の見えない、平穏だが、何か不安を伴う日々。
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 さらに十周。一年半が経過。変化なし。
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 さらに十周。約二年が経過。変化なし。
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 ついに累計で百周を超える。すでに二百週間。体感時間で四年以上が経過。
 変化、なし。わたしが生まれてからこれまでの体感時間の倍を過ごしてしまった訳だが、まったく、何の兆しも見えない。この先、どうなっていくのだろう。
 観測任務だけが続けられる。
 統合思念体は、不気味なまでの沈黙を守っていた。
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 二百周を数える。約七年半が経過。それでもまだ変化、なし。
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 五百週。約二十年が経過。脱出の見込みが、まったく立たない。
 団の全員にも、まだこの頃は変調は見られない。わたしも、もう二十年「あの声」を聞いていない。逆に不安になる。夏休みに入る前にはあれほど活性化していた、「声」が完全に沈黙してしまった。
 なぜ聞こえなくなったのだろうか。朝倉涼子の残した不明データ群。それがずっと沈黙を続けている。
 そして報告はまったく変わらない。
「変化、なし」
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 一千周を迎える。
 約三十八年が経過してしまった。三十八年?
 無論、わたしにはその意味ははっきりと理解できるものではない。
 だが、もしもこの時間が“彼”を始めとするヒトに適応されるのであれば、すでに“彼”らは五十四歳〜五十五歳を数える。一般的な人生の中盤から終盤に差し掛かろうというところだ。
 もちろん、過ぎた時間は彼らに何ら影響を及ぼしていない。無かったことになっているのだから。
 わたしだけが記憶を積み重ねていく。
 ささいな会話や、体感し共有した時間のすべてが無へと回帰し、積み重ねられ、また失われる。
 もう、これを一千回経験している。
 新たな情動の芽生えを感じる。それは「空しさ」というもの。
 彼らとの会話に意味を見出せなくなりそう。
 どんなに会話をしたとしても、彼らの記憶にはわたしは残らない。
 自分ひとりだけが孤立していく。彼らとの時間も何もかもが、ズレていくのを感じている。
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 二千周を突破。
 約七十六年。八十年近くも経つのか。
 彼らと出逢ってから七十六年。変わらない姿と、何よりまったく変化のない「繰り返される二週間」。プール、蝉取り、アルバイト、天体観測……
 もう、今やこれらの行動に何の意味も見出せない。
 ただのルーチンワーク。しかも彼らはそれを知らずに楽しむ。その笑顔が空しく映る。
 また忘れてしまうのに。なぜそんなに楽しそうなの?
 無理な話だとわかってはいるのだけど。
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 三千周を超えた。
 百十五年以上が経過してしまう。そろそろヒトの寿命の限界だろう、と思う。
 すでに彼らの表情を見るのが辛い自分を感じている。
 わたしを忘れてしまう彼らと、どんな会話をしたらいい。
 もともと自分は他者と会話など簡単にはできないのだが、しかし、その短い一言ですら、次には無かった事になっている。
 あと、どれだけこの無限の夏を繰り返したらいいのか。
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 四千周。
 もう、わからない。変化など何も期待もできない状況。百五十三年が経過。
 八月十七日。電話が鳴る。また市民プールに行くのだろう。
 そして誘われるままに競争をする。涼宮ハルヒと。
 彼女は勝つまで続ける、という。それもいい。わたしは常に付き合う。
 あなたが勝つまで。それは、いい。
 でも、忘れないで欲しい。
 わたしと、あなたが競ったこと。
 勝つまでやめないと、無邪気に笑ったその笑顔を。
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 五千週。
 百九十一年が……経過。
 また、呼び戻される。
 この頃には、八月三十一日の夜を迎える事に、恐れを抱いている自分を感じる。
 また戻される。いや、今度こそ九月一日に「なる」のだという希望。
 それを考え続け、時計の針が零時を指す、その瞬間を待つ。
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 そして、それはまたあの警告音で打ち砕かれる。
#br
 また、始まる。
 終わらない夏休みが。
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 喜緑江美里がわたしの部屋へと訪れる。
 この数百周の間、こうしてよくやって来ては、たまに泊まっていったりする。
 微笑みは相変わらずだが、わたしに対する配慮がその影にちらついている。
 わたしに配慮?
 「昔」を思い出す。もう、本当に……二百年もの昔のことになってしまった。
 彼女との思い出。朝倉涼子と過ごした日々の事。彼女がわたしにしてくれた、さまざまな配慮。
 それを思い出している。
 懐かしい……そう、思わせるほどに、それはもう遠い過去の事。
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「……わたしは何ともないのですが」
 五千百四十三回目の八月二十四日、夜、十時。
 夕食も済み、七〇八号室で二体の情報端末が向き合い、くつろいでいる。
「やはりあなたの事は気がかりです」
「今のところは」
 わたしは彼女の為に、お茶のお代わりを注ぐ手を見つめながら言った。
「わたし自身の機能には、大きな不具合は発見されていない」
「それなら良いのですが」
 喜緑江美里の声は、幾分か暗い。
「あなただけはわたしたちとは違う。この時間の積み重ねがあなたに与える影響は、誰も予測はできないのではないかと考えています」
 そんな事はないだろう、と思う。
 少なくとも、生みの親である統合思念体は、確実に予想できているはずだと考えている。
「時空断絶の原因の特定は」
「……はっきりとはしていません」
 彼女は茶碗をゆっくり手元に引き寄せ、その表面から視線を動かさない。
「ただ、これまでの傾向から言えば、『彼女が現状に満足してない』という事が第一に考えられます」
「わたしには、楽しそうに行動している事しか解らない」
「わたしから見てもそのように思います」
 だとすれば。何が不満だというのだろうか。
 満たされない気持ち?
 今の彼女に、何が不足しているというのだろう。
#br
「今日、この後は」
「泊めていただけるのなら」
 彼女は部屋を見渡す。あまり家具は置いていない、殺風景なわたしの待機所。
「またお願いします」
「最近、その頻度が高いように思う」
「あなたが心配ですから」
 優しい微笑み。以前感じていたような、不信感は今はない。
「……彼女も、ここに泊まったりしたんでしょうか」
「それほどでも」
 彼女、朝倉涼子の事を思い出すのは……辛いことではなくなってきている。
 少しずつ薄れているの? そうではない。わたしたちインターフェイスたちは、覚えたことを意図的ではない限り忘れることはない。けっして。
 では、と、ここで気づく。
 彼女の機能停止と消滅……ヒトの言う「死」を、ゆっくりとだが「受け入れている」のではないか、という自分に。
 忘れたわけではない。だが、その評価が少しずつではあるが「やわらかい」ものへと変質していた。
 その存在を消してしまった。この手を見る時に、何ともいえない思考が浮かび上がっていたのだが、それは今は……ない、とまでは言わないものの、辛いとは感じなくなってきている。
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 もう会えない。
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 その現実が、理解できつつあるのかも知れない。
 そうしてしまった自分に対する、無力感や、嫌悪というものまで確認できていた。
 それも少しずつ、薄れていくような気がする。
 時間というのは、こういう作用をもたらすものなのかと、あやふやな感覚ではあるものの、そう実感していた。
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「好き、でしたか」
 喜緑江美里の突然の言葉に、わたしは思わず顔を上げる。
「……なに?」
「彼女の事が、好きだったのでしょうか」
「………」
 好き。好意? それは気持ち、という事。
「生まれてからしばらくは一緒にいたのですから。あのような事になったとはいえ」
「………」
「聞かない方が?」
「……好き、だったと、思う」
 わたしは初めての言葉を、この日、紡いだ。
 その意味も本当は解らないのに。
 でも、こういう気持ちは解析し、理論的に整理し、理解するものではないのだと、彼女は教えてくれているのかもしれない。
「わたしは、彼女を好きだった」
 感じる事。それが大切なのだと。だから、それを言葉に出してみた。
 でも、それはとても、「寂しい」と感じた。
 視線が下へ。前がよく見えない。
「……好きだった」
 これが本当の「哀しみ」というものなのだろうか。
 よくわからない。
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 時間が、わたしをゆっくりとだが、「何か」に導いている。
 そんな気持ちにさせてくれた夜の出来事だった。
 その日、喜緑江美里と共に眠った。
 彼女は何も言わず、ただ優しくわたしを抱いてくれた。
#br
 まるで、わたしが生まれた日に、朝倉涼子がそうしてくれたように。
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―第21話 終―
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 SS集/531へ続く
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