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#navi(SS集)

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* 作品 [#hb060362]

** 概要 [#z8ef3c83]

|~作者      |エイレイ  |
|~作品名    |ハルメタ4!『晴れやかなウォーターバブル』 |
|~カテゴリー|長門SS(一般)|
|~保管日    |2008-12-06 (土) 18:53:02   |

** 登場キャラ [#r1ae780f]

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|~キョン    |登場    |
|~キョンの妹|不登場  |
|~ハルヒ    |登場  |
|~みくる    |登場  |
|~古泉一樹  |不登場 |
|~鶴屋さん  |不登場 |
|~朝倉涼子  |不登場 |
|~喜緑江美里|不登場|
|~周防九曜  |不登場   |
|~思念体    |不登場  |
|~天蓋領域  |不登場  |
|~阪中      |不登場|
|~谷口      |登場|
|~ミヨキチ  |不登場    |
|~佐々木    |不登場  |
|~橘京子    |不登場   |

** SS [#hfd2a567]

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#setlinebreak(on)

フルメタ原作『一途なステイクアウト』
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■1
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  何故俺は週に最低三回は爆弾や手榴弾や地雷が炸裂して即座にピコハンを取り出すような高校生活を送っているのだろう。あの長門有希は今日の全校集会の時もいきなりスモークグレネード弾を使い体育館に白煙を充満させて800人と少しの生徒を大混乱に陥れたんだ。もうどうにでもなれである。
  一人夕暮れのホームで今日の出来事を頭の中で沈鬱気味に反芻しながら電車の到着を待っていると、別に示し合わせたわけでもないだろうに国木田が出会った頃から変わらない飄々とした物腰で到着アナウンスと共にホームに上ってきた。よう、遅かったじゃないか。途中の本屋にでも寄ってたのか?
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「まあね。ところで、今日の長門さんは凄かったね」
「全くだ。アイツは何回俺に叩かれれば気が済むのか分からん」
「でもキョンも長門さんも、二人でいるとすごく生き生きとして見えるよ」 んなこたあない。
「俺の方は風前の灯火って奴だろ。体力的には消えかける寸前だぞ」
「ゴメンゴメン。でも今苦労してるなら、これからついてくるかもよ。探してたものが見つかるとか」
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  どうだろうな。俺が最近ついているものと言えば、ため息と相場が決まりきっている。
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「俺はもう疲れた。多少長門と離れたほうがいいのかもしれん」
「えっ?」
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  丁度列車が入線してきて俺の注意がそっちにそれたので、俺は言葉に詰まっているらしい友人の顔を見なくて済んだ。自分でもこの問いに対する模範解答が用意出来ていないんだ。他人に返答を求めるのは禁じ手だったな。すまなかった。
  そこで国木田は、目の前で停止した列車のドアが開くのを見て眉間に皺を寄せた。どうした? いつもの各停普通列車だぞ?
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「あれ? キョンと・・・・・・国木田かい? まさに奇遇だね。こんなところで再会するなんて」
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  その声を聞き、国木田が緘黙した理由を理解出来た。車内で手摺を掴み慣性に耐えていた人物は、まあはっきり言って滅多に顔を合わせない奴―――中学時代、俺達男子の前では一人称に『僕』を使い、俺と共に学習塾に通っていた少女―――佐々木だったのだ。ここらでは見かけない制服姿をしている。確か市外の進学校に行ったんだった。手招きをしながら、
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「乗るなら早くしたまえ。正確無比な運行ダイヤに乱れが出てしまう」
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  あの頃と全くと言っていいほど変わらない、至極当然なことを言う声音に俺達二人は導かれるようにドアを跨いだ。最後尾車両の脇に立つ車掌に笛を鳴らされ乗車を急かされたというのもあるが。
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「やあ、改めてしばらく。・・・・・・どうもキョンは昔に比べて少しやつれたみたいだね。たまにはリラックスするべきだ」
「そうしたいのは山々ではあるんだが、うちの高校はありとあらゆる災厄がパンドラの箱よりも詰まってるんだ」
「食べ放題かお買い得パックってトコだね」と国木田が相槌を打った。婉曲な表現だ。
「あの陣代高校で? 当時の学区内では一番のんびりした学校だったじゃないか。ところで、最近行きつけの金券ショップでこんなものをもらったんだ。息抜きがてら、一緒にどうだい?」
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  そう勧誘しつつ制服のポケットから取り出した、水中から浮かぶ泡を描いた二枚のチケットは、臨海副都心に最近オープンした大型水族館、お台場ウォーターバブルのタダ券だった。水族館か。涼しげでいいな。
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「僕も同感だよ。土曜日から七月だしね。で、君の予定が空いているのはいつだい?」
「明日金曜で生徒会だからな。最短で土曜日、一日中オーケーだ」
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  今のところは、だが。仮に明日何か起ころうものならと考えると夜も眠れん。
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「それなら土曜日で決まりだ。生徒会に入っているのかい? それは大変だね」
「間も無く〜光陽園〜光陽園でございます」と車内放送。
「もう光陽園に到着か。待ち合わせに関しては後で電話させてもらうよ」
「分かった」
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  列車が見慣れたホームに停止し、ドアが開いた。それじゃまた土曜にな。
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「ああ。楽しみにしている」
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  翌日。珍しく何の事件も起きなかった金曜日、いわゆる生徒会メンバーが生徒会室に集っていた。昔ここにあった資料や記録は一切合切が倉庫室に移され、一時はがらんとしていた本棚にはパン屋事件以来役員に就任した長門が持ち込んだ軍事関連の本がびっしりだ。英々等の辞典を含めた洋書も数十冊ある。ジェーン年鑑なんかよく買えたな。朝比奈さんのお茶に息を吹きかけ冷ましていると、上座のハルヒが左手を高々とあげた。あー、ナチスドイツなら右手ですよ、ハルヒ総統。
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「えーそれでは、今月最後の常会を開会します。まずはあたしから、重大発表―!」
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  お前の顔を見上げながら正座でもすればいいのか。俺達は天衣無縫天真爛漫な五歳児(()) ではなく普通の高校生だぞ。
  お前の顔を見上げながら正座でもすればいいのか。俺達は天衣無縫天真爛漫な五歳児((元ネタはあずまきよひこ氏の「よつばと!」です))ではなく普通の高校生だぞ。
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「ここいらを根城にする不良グループの一人を買収してコッチの潜入捜査員に仕立て上げたの。ちょろいもんだったわ。ほんの数枚写真を見せただけですぐ泣きながら尻尾振ってきたのよ。もう連絡先とかも押さえといたし」
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  それは買収ではない。どう考えても俺の時同様の脅迫の仕方だ。その不良に同情するね。
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「じゃ、次。みくるちゃん」
「はい。販売再開後のパン屋さんの売り上げは順調だそうです」
「やっぱりココを失ったら大打撃よ。あのパン屋。んじゃ次、キョン」
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  デフォルメされたカエルのストラップがついたペンを回しているハルヒに目配せされた俺は、対面に座る長門を一瞥しながら立ち上がった。夏服のポケットから手帳を取り出して、
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「今週起きた長門関連の事件による修理・請求・弁償その他の費用もろもろ、合わせて522万8542円。ただし判明しただけで。ハルヒ、例の資金で賄えるか? 流石に不安だ」
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  ここでハルヒが少しでも青くなって、ちょいヤバい、というあせりを見せてくれたら俺はどんなに救われるだろう。しかしハルヒは胸を張って誇らしげに、
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「まだまだ余裕よ。この分じゃ使い切れないわね」
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  ということはすなわち、今後しばらく俺は駆け回らねばいかんということか。十字軍テンプル騎士団のように潤沢なハルヒ財源が怨めしいね。千利休すら足元に及ばない朝比奈茶を味わいつつ俺は天を仰ぎ、この後何も起こらずに土曜日をエンジョイできることを天に願った。
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「これで全部ね。有希から何かある?」
「なにもない」
「ん、りょーかい。それじゃ行くわよ」
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  と椅子からハルヒが意気揚々立ち上がった。おいちょっと待て、どこに行く気だ。都庁や国会議事堂に殴りこむ、とかじゃないだろうな。そうなら俺はお前に反旗を翻すぞ。
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「校内探索に決まってるじゃないの。どうせ時間余ってるんでしょ? 付き合いなさいよ」
「暇じゃない。ちょいとばかし用事がある」
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  明日着ていけるような服を新調せねばいかん。親の口座から毎月引き出す日本円は、もっぱら家賃食費光熱費の三大生活費に回されているが、たまには衣装代に使っても罰は当たるまい。
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「ふぅん、珍しいわね」
「何か生活に問題点でも? 力になれるなら」
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  と長門が真顔で聞いてきた。お前がまさに問題点だ、とは言わないが。
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「いや何もない。晩飯は作るから安心しろ」
「え、アンタ夕食まで作ってんの? 有希の分まで?」とハルヒが豆鉄砲を食らった顔をした。
「え、あんた夕食まで作ってんの? 有希の分まで?」とハルヒが豆鉄砲を食らった顔をした。
「ああ、四月の末ぐらいからか。一人分だと割高になるんだよ」
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  二人分なら調味料とかも大瓶を使いやすくできるからな。それまで長門は毎日各国の戦闘糧食を食べ比べてたようなもんだ。栄養的にもこっちのほうがいいだろう。負担というほど負担にもなってないしな。そこまで理由を思い出したところでハルヒが絶対零度の表情で手を振った。
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「ふーん、じゃあね」
「ああ。それじゃな」
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■2
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  お、キョンがどこかギクシャクして生徒会室から出てきた。物陰に隠れる僕に気づかず、後ろから涼宮さん達がついてくる様子も無いから、これはどうも適当な用事を作って明日の仕度をするつもりだね。伊達に三年間付き合ってないんだ、歩幅や目つき、表情で分かるさ。キョンは正直者だからどうしてもああいう動作になっちゃうんだよ。図星を突かれて赤くなるタイプ。ところで、何故僕がここにいるか説明しようか。
  仮にキョンに四六時中付き従っている長門さんが何も知らずに明日の光景を目にしたなら、ありったけの武器を使って東京を第二のニューヨークにしてしまう可能性が大だ。意味は各自で推測してほしい。最近は日本も物騒だからね。じゃあ、生徒会室に入ってみようか。うわ、静かだけど激論の雰囲気に満ちている。まるで異空間だ。
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「やはり妙」
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  と長門さん。涼宮さんが触れたら爆発しそうな声で、
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「やっぱ有希もそう思う? キョンが校内探索を断ったのは確かこれが初めてよ」
「でもキョン君ちょっと用事があるって」
「甘いわよみくるちゃん。微妙に動作がカクカクしてたわ」
「わたしも同じ意見。目が泳いでいた」
「つまりは後ろめたいことでもあるわけ」
「嘘をついた、という予測が成り立つ」 馬の会う二人だね。
「そもそもキョンの用事って、かなり数は絞られるわよ」
「スーパーのタイムセールは毎週水曜」
「じゃあ、外国に住んでるっていう親が訪ねてくるとか」
「有り得ない話ではないが、それでは隠す理由や必要がない」
「ってことは・・・・・・」
「恐喝、脅迫、薬物。いずれにしても明るい話ではない。そう仮定すればわたし達に理由を明かさなかったことも説明がつく」
「お邪魔するよ。そのキョンのことで話があるんだけど」
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  存在に気づかなかった突然の来客に皆さん驚いてる。討論を中止した涼宮さんは僕が誰か分かってない顔だし、朝比奈さんは両目をパチパチして数秒、パン屋の時のことを思い出してくれたらしい。長門さんは長門さんで条件反射的に流れるようなデザインのシグサワーP230拳銃をスカートから取り出し、僕の危険度を認識して銃をポケットに収めた。僕は非武装の民間人だよ。
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「あー、アンタ国木田! で、何か用事あんの?」
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  朝比奈さんに耳打ちされてから思い出さないでよ。それに意見なら目安箱に入れるさ。涼宮政権はそういうきめ細かい政策が支持率に繋がってるんだ。
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「キョンの明日の予定なんだけど、ウォーターバブルに行ってくるらしい」
「水族館だっけ? お台場の」
「そうそうそれ。しかも女子と」
「へ?」と唇の端を吊り上げた涼宮さん。まあそりゃそうだよね。
「情報提供を要請する」
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  突然長門さんが雷に打たれたような顔で話に割り込んできた。予想通りだ。実際に打たれたらそんなもんじゃすまないと思うけど。
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「詳しく話を聞かせてほしい。その女子が彼を狙った刺客という可能性は否定できないどころか肯定すべき。レインボーブリッジの欄干から彼を東京湾に突き落とすかもしれない。水族館の暗闇に紛れて彼の背後に忍び寄り懐からナイフを取り出すかもしれない。そうした場合わたしは彼の護衛者として然るべき対処行動に移行する」
「とりあえず落ち着いて。今から話すから」
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「というわけなんだ」
「キョン君のお友達ですか。悪い人じゃなさそうですね」
「佐々木は変わった奴だけど悪い奴じゃないよ。多分」と僕が弁護。
「要約すると、その佐々木って子がタダ券をもらったから誘われたと。誘った、じゃなくて」
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  わざわざ念を押して確認するあたり、涼宮さんもキョンのことを気にかけてるってことだね。本人はあんなに鈍感なのに。
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「そうそう。で、長門さん。明日ウォーターバブルに行くって言うなら」
「先約が入っているが無視する。同行を願いたい。尾行は複数で行うのが基本」
「僕は構わないよ」
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  ところで、長門さんの先約って何? なんてことは怖くて聞けない。
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■3
(最後までお台場の地名施設名が多く登場します。グーグルなどの地図サイトを別窓でどうぞ)
参考資料http://www.google.co.jp/maps?ie=UTF8&ll=35.629605,139.773409&spn=0.008633,0.013733&z=16
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  一夜明けて文月第一日、カラリと晴れた土曜日の朝。俺は時刻表を調べてきた佐々木に従い京王、地下鉄大江戸、ゆりかもめと乗り継いで大東京を横断、レインボーブリッジを渡っている。お台場ウォーターバブルは更に海を埋め立てて造られ、アクアシティお台場の真向かいにあり、海側から水族館、アクアシティ、フジテレビ本社という構図だ。巨大な白橋を渡り終えて埋立地に車両が音も立てず入った頃、俺は柵と一般車道の向こうの臨海副都心を眺めてふと物思いに耽った。
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「いつ来ても殺風景だな」
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  大規模な更地が散在し、ライフラインを詰め込んだ共同溝の存在で地上には電柱もゴミ置き場も見つけられない。外面はそろって薄灰色で形状が違うだけの近未来的ビル群。まっさらな、どこか寂しげな人工の大地に、俺はふとした親近感を覚えていた。まるで長門有希だ。
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「似たような境遇の人物がいつもそばにいるのだろう。華やかな大都市のそばで21世紀のアーバンスタイル、効率絶対視を体現する一方で決して得られない生活感。悲しいことだね」
「お前の言っていることは良く分からん」
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  返事を聞いて、佐々木はククッと喉を鳴らした。笑えるようなことを言った記憶は無いぞ。それともお前は無知蒙昧な俺に対して笑ったのか?
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「キョンの言動は変わらないね。高校入学後三ヶ月の間、それは君が君であり続けようと努力した結果だ。君いわく災厄が盛り沢山の陣代高校で、自分自身の正気を保とうと努力しているのではないかい?」
「かもしれない」
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  そのものズバリと指摘されたのが悔しく、俺は言葉を濁らせた。確かにあの超常空間で自我を崩壊させずに生きていくのは至難の技である。かつてのパルティア王国が弓と馬無しで版図を広げるよりもだ。
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「まあ、今日は楽しくいこうよ。何やら緊迫した雰囲気だけどさ」
「まあ、今日は楽しくいこうよ。何やら緊迫した雰囲気だけどさ。ところであのヘリ、名前は分かるかい?」
「あれはEH101。イタリアのアグスタ社とイギリスのウェストランド社が共同開発した輸送ヘリだ。日本じゃ警視庁の他に海自が導入してる。それにアメリカ海兵隊がマリーンワン、つまりはエアフォースワンの海兵隊バージョンとして採用を決定したらしい」
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  佐々木がやれやれといった感じで肩をすくめていた。
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「君がそんな航空マニアになってしまったのはいつ頃だい?」
「やかましい。それ相応の知識が要るんだよ。俺んトコは」
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  目的地まではゆりかもめ台場駅から歩いても少し。地上を数台、「普通の」パトカーが走り、青海の方で青と水色を基調としたカラーリングの警察ヘリ、EH101がゆりかもめ同様静かに旋回飛行を繰り返し、否が応にも気を張ってしまう中、俺と佐々木は一路ウォーターバブルを目指した。
  ああ、ヘリの名前は長門に教えてもらった。
  ああ、ヘリのことは長門からの受け売りだ。
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「目標を捕捉。大水槽手前、約3メートル」
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  左耳に仕込んだワイヤレスイヤホンに、大水槽を挟んで反対側に立ち、マンションから持参したM16という、アメリカ軍が使っているアサルトライフルをロングコート裏に隠している長門さんの声が届いた。ところで七月の頭にやる尾行でロングコートに黒帽子ってどうよ? まあ黒だから水族館の暗さのおかげで大丈夫かもしれないけどさ。
  さて、言われたとおりの場所に目を凝らしてみると確かにいたよ。二人とも小魚の大群が乱舞する大水槽前で圧倒されてる。
  言い忘れたけど、無線で名前を呼ぶときは長門さんが設定したコールサインを使うことになってる。単語の聞き違いを防ぐために作られたフォネティックコードってのに由来するらしい。長門さんがノベンバー、キョンがキロ、佐々木はシェラ。ここまでは名前の頭文字がそれぞれ対応してるけど、僕はKでキョンとダブるからU、ユニフォームで呼ばれる。キョンと佐々木の二人をまとめる時はシンプルに目標、で。
  あ、佐々木が隙を突いてキョンに近づこうとしてる。ホントにキョンは人間でも出来事でも何でも吸い寄せるね。まるでブラックホールだ。本人はそんな自覚無いんだろうけどさ。
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「シェラ、キロに接近。武器の存在は認められない・・・・・・」
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  ところで長門さん、いかにも残念そうな間を置いてカチっていうこれまたいかにもな音が聞こえてきたんだけど、一応ここは人の集まる場所だからね。周りの人だって詳しくは無くても形からマシンガンだって判断できるから最悪110番するかも知れないし。そこんとこ頼むよ。さっきは長門さんの気配を察知したのか警察がヘリまで飛ばしてたんだから。
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「シェラが攻撃態勢に入ったなど、最悪の場合には使用するつもり。非常事態なら何をしても許される」
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  止めて。僕は湾岸署の留置所にも府中の刑務所にも入りたくないんだよ。あ、危ない。キョンがこっち振り向きそうだ。
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■4
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「どうしたんだいキョン? 僕は先程、君は変わっていないとの評論を行ったが、辺りを頻繁に見回したりして、はっきり言えば挙動不審だ」
「いや、何かこう・・・・・・不吉な気配がする。例えば誰かに尾行されているとか」
「まさか。いくらヘリまで飛んでいたとはいえ気を張り詰めすぎだ。君が何かやましいことをやらかしたなんて、僕には信じられない。きっと過緊張と呼ばれる症状だよ」
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  あー、目覚ましが鳴る前に起きるとかいうのか。それなら俺は大丈夫だよ。毎朝弁当作ってるから。それも二人分。知ってるか? 料理って結構楽しいんだぜ。そう返したら佐々木はニヤニヤとして、
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「でもキョンは今独身生活を送っているんだろう? 誰の分のだい?」
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  しまった。まさか真上の部屋に住んでる同級生の分とは言えない。軽率だった。何でもない。忘れてくれ頼むから。俺は合掌してまで頼んだ。
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「やっぱり変わって無いね。嘘をつくことに慣れていないんだ。でもキョンはそれでこそキョンだよ」
「それは褒め言葉と受け取るべきか?」
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  騙される方が悪い、という持論を持つ詐欺師の発言にも取れるぞ。
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「褒め言葉だよ。それに特技を持つと人は強くなれる」
「そうかね。俺は、自分は普通の男子高校生であると自負しているが」
「ところが昨今、料理の出来る男子高校生の絶対数はかなり少ない。希少ということはすなわち貴重だということだ」
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  まるで宝石のように、と佐々木は微笑して続けた。倒置法を用いられた寓意表現の真意は俺には解りかねる。それこそ海の宝石、ホタルイカが活発に泳ぐ水槽を眺めて黙考し、顎までさすりだした俺は佐々木に尋ねようとしたが、佐々木は緑色の着ぐるみと話し込んでいた。
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「キョン、写真を撮ろう。ナグ君が撮ってくれるといっている」
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  ナグ君というのはカエルを模した、ウォーターバブルの公式キャラクターだ。一般公募でつけられた名前だが、俺はその名の由来がニホンアマガエルの略称だという赤面ものの事実を知っている。
  政権獲得直後に生徒会室で学校の備品であるハガキにシャーペンを走らせ、賞品の限定ボールペンやストラップを狙っていた名付け親、涼宮ハルヒがそう言っていたからな。ああ、そういえば昨日生徒会室でそのペンをスピニングしてたっけ。すまない、中の人。こんな名前になっちまって。
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「撮りますよ〜サン、ニー、イチ、ハイ、チーズ!」
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  やたらとノリノリな変声ボイスに合わせ、俺と隣の佐々木はポーズを取った。恥ずかしいといえば恥ずかしいが、着ぐるみで中の人の顔が窺えないのがありがたい。
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「はい、素敵な写真が撮れました〜」
「ありがとうナグ君。さ、キョン。もうすぐシャチとイルカのショーが始まる。コロッセオへ行こう」
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  コロッセオというのはお台場ウォーターバブルの最大の売りである巨大展示水槽の愛称だ。イルカとシャチの連合演技チームが円形の水槽を泳ぎ、観客はその周囲360度の全周からショーを眺める。その威容はまさに古代ローマの闘技場、コロッセオである。ドーナツ状の屋根が付いてはいるが。そういえばもうそんな時間か? 体内時計を信用できない俺はアトリウムの日光が照らす中、携帯に時計を表示させて現在時刻を確認した。俺の体内時計は割と正確だった。
#br
「でも開演までかなりあるぜ。40分はある」
「だからだよ。最前席を確保するためにさ」
「え、上から鳥瞰すればいいだろ」
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  そうしたら佐々木は、俺の正気を疑っているとしか思えない目線をし、何か危険な興奮剤を飲んで数分立ったような顔で、
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「キョンには昔から情熱というものが足りない。あのディオニュソス的な熱狂を味わうためには、一番近くに陣取るしかないんだよ」
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  俺は別にいい。ついでに、お前がそんなキャラだとは知らなかったよ。
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#br
  結局、首根っこを引っ張らんとする佐々木の勢いに負けて俺は観客の入りの少ないコロッセオの奥の方で水槽直近に腰を落ち着けた。絶対に水飛沫がかかるぞ。ここは重量級のシャチまで飼ってるんだから。
  その後、佐々木と昼飯のことや、最近の四方山話、といっても俺の話題はほとんど長門しかないので聞き役に徹したり、また聞こえ始めた意外と静かなローター音を耳に入れ、名前を教えてくれた長門のことをぼんやりと思い出していたら、観客が棋羅のように着席し、ショーが始まった。
  最初はやはりイルカ、大御所のシャチは最後か。スタッフの笛に合わせていきなり水中から空中に舞い上がった大小二頭のイルカが、常に俺のそばにいた奴のことを思い出させた。
  長門、お前は今何してるんだ? 俺にはお前の休日の予定なんて皆目見当がつかないぞ。
#br
「素晴らしいと思わないかい?」
#br
  と柄に似合わず興奮した佐々木が肩を叩き、俺の意識をイルカに引き戻した。
#br
「ああ、よく跳べるよな」
「あれで同じ哺乳類というのだから、つくづく生物というのは不思議なものだ」
「陸生動物と水棲動物の差を考えろよ」
「分かっているよ。ダーウィンの進化論だね。生物は常にその環境に応じて適応行動を取る。空腹を感じれば獲物を狩り、危険を感じれば逃げる。かつて・・・・・・」
#br
  生物の苦手な俺は、佐々木の話を聞き流して、丁度ゲートから出てきたシャチに目を凝らした。やっぱデカイ方がいいよな。同じ感情を持ったらしい佐々木が更に感情を高ぶらせたのを感じた俺は、体を身構えた。裾を掴んで引っ張ったりするかもしれん。
#br
#br
#br
#br
  僕は長門さんの指示に従い、東京湾の潮風と複雑なビル風が間断なく吹き付けるコロッセオ北側、外縁に沿って建てられた屋根の下で双眼鏡を通してキョン達を見張り続けていた。最前列に座り楽しそうなキョン達の監視を続けてもういい加減帰りたくなって来た頃、突然長門さんが姿を消した。と思ったら、いきなりイヤホンから声が聞こえた。ああシャチ君、飛ばないでくれ。声が聞こえなくなりそうだよ。対岸の台場公園のあたりを飛んでる警察の青いヘリは大型のくせして意外と音を立てないのに。
  で、当の長門さんは何故だか言語中枢がおかしくなったようで、
#br
「Uniform, this is  November(ユニフォーム、こちらノベンバー).・・・・・・どんな事態が起きようと現行任務を続行。シェラの動向に要注意。Maintain watching condition max(監視態勢、最大を維持).」
「意味は分かった。今どこ?」
#br
  何か喋ったらしいけど、係員のお姉さんの、シャチのマリン君がこれから跳びます、というアナウンスのせいで全く聞こえなかった。その後跳びあがったのに伴う観客の歓声もだけど。
  まさか真上から、微かとは言ってもM16ライフルらしい乾いた銃声が澄ました耳に届くとは思わなかったよ長門さん。殺し屋じゃないんだから、歓声に合わせて撃つトリックをするぐらいなら最初から撃たないで。周りの観客がシャチに釘付けになっているのを確かめてから慌てて辺りを見回したら、海の上でヨタヨタと尾を振って高度を下げている警察ヘリ。名前も知らないけど、頑張ってくれ。
#br
「目標命中」と冷静を取り戻した、静かな水面のような声。
「一応確認するけど警察のヘリを?」
「M16の最大有効射程は600メートル弱。目標、EH101までの距離も同程度。損害を与える程度の命中を期待するにはギリギリのところだった」
「M16の最大有効射程は600メートル弱。目標、EH101までの距離は目測で500メートル。損害を与える程度の命中を期待するにはギリギリのところだった」
#br
  僕にはそれを期待する理由が分からないんだけど。
#br
「今日は射撃場に行くつもりだった。技能維持のため、肉眼でEH101のエンジンカバーの繋ぎ目に集中して狙ったが流石に限界があった」
「今日は射撃場に行くつもりだった。技能維持のため、肉眼でEH101のエンジンカバーの繋ぎ目に集中して狙ったが流石に限界があった。そもそもEH101の機体は12.7ミリ弾まで耐えられる。M16の口径は5.56ミリ。更にエンジンを三基搭載しているので、そうそう墜落はしない」
#br
  それでも落ちてるよ。ていうか長門さんの眼の解像度は、数百メートル先においた新聞紙の文字が読めるタカとかワシレベルですか。あ、今台場公園に不時着した。中から黒っぽい服を着込んだクルーが飛び出してくるあたり、介助のいる怪我人は一人もいないみたいだ。よかった。
  それでも落ちてるよ。ていうか長門さんの眼の解像度は、数百メートル先においた新聞紙の文字が読めるタカとかワシレベルですか。あ、今台場公園に不時着した。中から黒っぽい服を着込んだクルーが勢いよく飛び出してくるあたり、介助のいる怪我人は一人もいないみたいだ。よかった。
#br
「あれはオートローテーションというヘリコプターやジャイロプレーンに特有の飛行技術。エンジンをカットし、空気を使ってローターを回すことで揚力を発生させて安全に着地できる。正規の訓練を受けたパイロットなら難なくこなせる」
#br
  大したことは無い、と言っているような長門さんはそれで、いちゃついていた(ような)キョンと佐々木に対する一切の感情をゼロにしたらしく、いつもの無表情で降りてきた。あ、シャチをトリにしたショーは終わって、観客はもう外に出てたよ。目撃者は(多分)いない。
#br
#br
  ショーを観終えて、二人は館内併設のレストランに入った。僕と長門さんは、窓際に座った二人の動きがよく見える茂みの中でメイドインアメリカの戦闘糧食、MREを広げている。しかし色合いがおかしいよね、これ。黄色いキャベツなんて初めて見たよ。出来ればパン屋をやってた時にキョンが褒め称えていたフランスのラシオンっていうのを食べたかったな。チキンシチューなんか絶品だって言ってたのに、この扱いの差はやっぱりアレ?
  と、目の前でM16をばらして何かの微調整をしているような長門さんに尋ねると、
#br
「食べられるだけ幸せ」と平坦な声。
「ごめん」即座に謝る。M16は本物だったからね。
#br
  僕は黄色いキャベツから目を背けた。だって石油臭いんだよ。僕の視線の先でキョン達は談笑しながらサケ定食を美味しそうに食べてる。水族館の魚料理っていいイメージが浮かばないんだけど、うらやましいなあ。出し抜けに長門さんが、手にしていたドライバーのような工具を分解整備していたM16に落として音を立ててしまった。でも気にする様子も無く虚ろな表情で淡々と、
#br
「本日の監視結果をまとめる」
#br
  ふんふん。
#br
「彼・・・・・・いや、彼らは楽しんでいる。素晴らしいこと。安心終了。状況した。JTSTのメインへCSAR(戦闘捜索救難)のヘリコプターを連絡、複数の警察車両を確認したため、CAS(近接航空支援)を担当するガンシップも要請。回収地点はポイント・マイクナイナーを予定。ETA(到着予定時刻)を確認。これより移動する」
#br
  さっき撃ち落としておいてよく言えるなあ。大体パトカーが急行したのはそれが原因じゃないの? かなり動揺してる長門さんに少しは驚いた僕は、ところがもっと驚く羽目になった。レストランから出てきたキョン達の周りに髪を染めた柄の悪そうなのが計四色。どこからどうみても、
#br
「不良だ」
「壁際に追い詰められている。数的にも危険。周囲の一般人による救出は悲観的」
「どうする長門さん?」
#br
  分解したM16を組み立てて、新品のマガジンを装填してる最中に尋ねるのもなんだけどさ。なんか長門さんの目がらんらんと輝き始めた。そして得意気に、
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「救出する」
「でも後を尾けてたのバレるよ」
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  戦闘担当の本領を発揮しようとしていた表情が固まった。考えてなかったの? 否定かどうか別として、辺りを見回した長門さんは、
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「確かに尾行していた事実が露見してしまう。何か解決策があるはず・・・・・・名案を思いついた」
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■5
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  いかにもな奴らに包囲された。前方に二人、左右には一人ずつ。背後には壁。逃げ場は無い。普段なら長門が屋根裏とか窓とか壁から突入してくれるのだが、もう俺はアイツから離れると決めたんだ。あんな戦争馬鹿にはもう付き合ってられん。俺一人でなんとかしてやるさ。
  俺が決意と覚悟をコンクリート並に固め、シャーイージンパイを実践すべく一番弱そうな奴を見分けていたら、リーダーらしい茶髪が一歩前に踏み出して、
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「昼間っからイチャイチャしやがってよ、とっこで金持ってねえかあ?」
「持っていたらどうだと言うんだい? 仮に僕達が一文無しであろうと多額の現金を持ち歩いていようと、いずれにしても僕達に暴行を加えるつもりだろう?」
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  と佐々木が即答しやがった。なんてこった。繰り返すがお前、性格変わっちまったよな。茶髪が頬を引きつらせて、
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「おぅ、威勢も頭もいい子じゃねえか」
「その威勢が良い、という発言は僕の言動を受けての返答かな? それに頭がいい、というのは間違いだ。そもそも人間の先天的能力は環境と遺伝にのみ左右される。そしてその差は後天的な努力次第でいくらでも埋められるものなのだよ。誰だって生まれた時は意味の通る言葉を喋れないし、四則演算も出来ない」
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  佐々木、後生だからそろそろ止めてくれ。お前が饒舌になっているのは十分分かった。これ以上コイツらの額に青筋を立てさせないように頼む。最悪の場合二倍の敵を相手にせねばいかんのだぞ。しかもこっちは女子が一人。
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「いい度胸してんじゃねえか! おいおめぇも男なら何か言ってみろよ!」
「とりあえず通してくれ。すまなかった、謝るから、ここは水に流してくれ」
「君が僕の代わりに謝る必要は無い。むしろ謝るべきは彼らだ」
「んだとぉ! こるぁ!」
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  佐々木は烈火に油を注ぎやがった。燃焼の激しさの観点から言えばマグネシウムレベルだ。俺は悪態をつく間も無く咄嗟に佐々木に覆いかぶさり歯を食いしばり、殴られるのに備えた。俺が殴られる道理は全く無いのだが、そんなことはどうでもいい。男としてのマナーだ。しかし、数拍置いて鈍いというよりは鋭い激突音があたりに響き渡ったが痛みは全く無かった。まさか? 俺にはこういった状況から思い当たる節がある。スタングレネードの炸裂した、いつぞやの夕日が差し込む教室だ。
  しかし目前にはかの人物ではなく、この水族館のマスコットキャラクター、ニホンアマガエルのナグ君だった。俺目がけて飛んできた拳を、銃身の丸い突撃銃、米軍のM16で受け止めている。手にしているれっきとした軍用ライフルの存在からして、付近のバイト学生が身を挺して俺と佐々木の窮地を救ってくれたという推測は当然成り立たない。
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「いでえ!」
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  と、茶髪が絶叫した。長門から聞かされた話によるとM16の素材は確かアルミ系の合金だ。詳しい材質は忘れたが、金属であることに間違いはない。思い切り殴ったんだ、骨にひびが入るぐらいは・・・・・・想像したくないな。
  ここのナグ君は写真を撮ってくれた個体とは違い、足の皮をたるませて、脇腹の皮もダブつかせたてどこか鈍重そうではあったが、それを全く感じさせない敏捷さでリーダーの茶髪に近づいてきた赤髪の股間を蹴り上げた。ボスを守ろうとしたのに哀れだ。
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「ハウアハハウハウアアフアア!!」
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  その痛みに、一人の男として大いに同情の意を示す所存である。後ろで佐々木がボソッと、
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「痛そうだね」
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  所詮は他人事だもんな、お前には。あの地獄の苦痛は想像できまい。さて、体内時計カウントで十秒未満。そのわずかな間に二人を片付けたナグ君は残った半分のうち、銀髪の方にM16の銃口を向けた。もう片方の金髪は戦意を喪失して地面にへたり込んでいる。大人しくしておいたほうが身のためだぜ。そしてナグ君が標準装備という噂の変声機を通してソース不明の情報を、予想通り聴きなれたあの口調で、
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「一戸和輝、私室に先日ハガキ28枚を投函し入手した、グラビアアイドル木島美耶子の等身大抱き枕を置いてある。使用回数は昨夜で11回。そのうち・・・・・・」
「止めろ、止めてくれえ!」
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  うわ、軽く引く。そして自分にもその手のことがあることを自覚し、ガクガクと震え上がっている最後の金髪に銃を向け、
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「小山准一、昨日の2329(フタサンフタキュー)頃から秋葉原駅周辺のカプセルトイ販売機三台を破壊、内部の玩具をすべて強奪し転売。すでに警察が捜査を開始した。そして現在お台場には、ヘリコプター2機、パトカー7台、その他の車両6台、地上人員170名が展開している。更に現在ゆりかもめ並びに鉄道各駅、海底トンネルやレインボーブリッジ等で検問を設置、海上を警備艇4隻が封鎖済み。逃げ道は無い」
「うわあああああ! 嫌だ、死にたくない!」
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  オスマン艦隊山越えのような奇策だ。そういえば確かにEH101が飛んでいた。朝は一機だけだったが、増援も飛来したようだ。まさかこれしきのことでヘリまで飛ばさんとは思うが。それも二機。何か物騒なことでも起きたのか?
  そこまで思いついて四色の不良達が各々絶叫しながら我先に駆け出し、俺と佐々木はとりあえず安寧を得た。おおそうだ、ナグ君にお礼言っとかないとな。
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「えーと、ナグ君・・・・・・」
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  そこで予想もしていない闖入者が、付近を巡回していたらしい警察官三名を引き連れて現れた。
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「あいつだ! あいつが俺の着ぐるみを奪ったんだ!」
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  谷口!? お前、ここでバイトしてたのか!? あとズボンぐらい履け! 周りの女の子に笑われているぞ! 俺とお前は今日限り他人だ!
  風のごとく襲来し、火のごとく攻撃した流石のナグ君も、パンツ一丁男はともかく国家権力は畏怖の対象らしい。M16を隠して一目散に走り去ったからな。脇を走り去っていった警察官が無線に切迫して怒鳴っている。
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「湾岸五班より現地本部へ。小銃で武装した着ぐるみを発見。繰り返す・・・・・・」
「着ぐるみはカエルのような物体。色は緑、足を引きずっている」
「湾岸五班、着ぐるみの追跡を行う。付近から応援を・・・・・・」
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  ここにいても成り行き的に事情聴取で連行されそうな雰囲気なので、俺はこの場から離れることを専決した。逃走者ナグ君に幸あれ。
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■6
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  いまいちお台場情勢が飲み込めなかったが、俺の提言で移動したフジテレビ局内の生放送によると、暴力団が拳銃やらの密輸事件を騒擾して警察との大捕り物を演じているとのことだ。
  俺と佐々木は今、フジテレビ本社の球体展望台にいる。絶対に性格が変革された佐々木が発揮した野次馬根性に逆らうことが出来なかったからだ。長門といいハルヒといい、俺の周りの女性はどうしてこうエネルギッシュなのかね。朝比奈さん的なおしとやかさを持ってもらいたいものである。
  果たして、夕焼けの臨海副都心はナグ君の言葉どおりの状態であった。まるで映画のワンシーンだ。台場公園にはブルー塗装で夕日を反射するEH101が一機駐機し、整備員が回りに蟻のように群がっていた。レインボーブリッジには確かに検問所が設置されていて、緊急事態の演出に一役買っている。ここにくるまでもパトカーや機動隊の灰色装甲バスが駐車していた。どこに潜んでいるか所在不明だが、警察の特殊部隊、SATがフル装備で展開しているらしい。どれだけの規模を持つ暴力団だ。
  まあ、長門なら重火器を持たせれば双方一人で片付けられるかもしれんが。
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「物騒なことだね」
「ああ、そうだな」
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  佐々木はジュースを手にしている。俺は缶ウーロンだ。ちなみに危険、という度合いで計るのならウチの高校を日本全国でもベストテンに入れる自信はあるぜ。
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「さっきのアレ、何だったんだろうね」
「心当たりがあることにはあるが」
「追求はしないよ。面白い話ではありそうだが、聞いたところで君が困りそうだ」
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  ホントにお前は昔から察しがいいよな。俺の本名を当てた時みたいにさ。
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「ところで本題なのだが、折り入って聞いてほしい」
「本題って、電車のときにでも言えばよかったろう」
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  俺はもう後数十分で沈みそうな金烏を一瞥し、缶ウーロンをグビとあおった。
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「ウチの高校に転入しないかい?」
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  球体展望台の真下にある屋上庭園に、あやうくウーロン茶の雨を降らせてしまうところだった。もちろんガラスはあるのだが、精神的な問題だ。ちょっと待てお前。
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「コロッセオに行く時に、心苦しいことではあるんだが君を試させてもらった。僕が最前列に座ろうとした際にキョンは高所から見下ろそうとしたろう。政治家や参謀として有能だ。常時一歩引いたところから冷静に観察しようとする。それこそ僕達の高校が求めている人材なんだよ。受験戦争の結果というべきか、物事を自分の視点でしか見ようとしない、偏見のある人が増えてしまった。その結果、僕達の高校が進むべき道を誤り・・・・・・ということだって十分に考えられる。
  風の便りによると、そっちでは史上稀に見る独裁生徒会の歯止めとして副会長たる君が暗躍しているそうじゃないか。どうだい? 危険な日常ではなく、平和な時間を味わってみたくないかい?」
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  そういう裏事情があったのか。残念だったな。後、暗躍ってフレーズはどうかと思うぞ。陰謀とか謀計とかとは俺は無縁な人間だ。俺の生徒会における実権なんぞ大宇宙のスペースデブリぐらいにしかならない。
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「いや。他人に知られずに活躍する、という意味で解釈してほしい。名声欲が少ない、と受け取ってもらっても構わない。何なら何か特別な便宜を図るつもりだが」
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  どちらにしても俺の心は動かない。俺には陣代高校でやるべきことがあるんだ。ローマ神話の軍神、グラディウス・長門と、古代アテナイの独裁僭主、ペイシストラトス・ハルヒ。例えたのはどちらも男性だが、こいつら二人を抑えないと俺の貧弱な軛から解き放たれたあいつらが無辜の朝比奈さんに対して何しでかすか分からん。
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「いや、すまない」
「断ると?」
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  ああ。
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「何か気がかりなのかい? 好きな子がいるとか」 そんな話は事実無根である。
「想像に任せる」
「大方・・・・・・」
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  佐々木は悟りを開いた仏のような穏やかな顔をして視線を地面に落とした。地上で、サイズの合っていない緑の着ぐるみが透明なポリカーボネイト(名前から分かると思うが、簡単に言えばプラスチックだ)製の大盾を持った機動隊員から必死に逃げていた。
  あの馬鹿・・・・・・。
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「彼女のことだろう?」
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  何故女だと分かった? という疑問を過剰積載した表情をぶつける。
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「着ぐるみと体格が合わない。さきほどの悪漢の股間を情け容赦無く、むしろ気持ちいいくらい躊躇わずに蹴った。男同士なら、多少は手加減してしまうものなんだろう?」
「純粋に効率を考えてのことだと思うが。俺がナグ君でもそうするぞ」
「それなら彼女はまるでここ、臨海副都心だね」
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  その言葉がトリガーになったように、今朝ゆりかもめ車内で交わした会話が一気にフラッシュバックした。似たような境遇の人物、効率絶対視・・・・・・大した推理力だ。探偵にでもなればいい。きっと儲かるぞ。俺が保証してやる。
#br
「お前、俺の話からあそこまで深読みしたのか?」
「あそこまで、とはどこまでだい? 弁当を毎日作っているという話がキーになったが、僕は君が、今日ぼんやりとした表情を何度も浮かべていたところから推し量っただけだが」
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  まただ。また墓穴を掘っちまった。グレイブディガーとでも呼んでくれ。俺が新たなニックネームを選定しようとした矢先に、失笑していた佐々木が真剣な顔つきをしてやや湿り気を帯びた声で告げた。
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「よく聴いてくれ、キョン」
「分かった」
「僕は残念だと思ってはいるが、むしろ清々しい気分だ」
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  そこでオレンジ色に染まった臨海副都心を見やって、
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「・・・・・・早く行ってあげなよ」
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■7
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  たまには会おう、と言い残して佐々木と別れた俺は会者定離の言を噛みしめつつ、長門ノート置き忘れ事件同様に25階からジャストで下がり始めたエレベーターが上がってくるのを待つじれったさに対抗できるほど長い気を保持する人間ではなく、あちこちがゲリラに備えて複雑化されたテレビ局の階段を使ってどうにかこうにか地面に辿り着いたところだった。無論警察の布陣は大体覚えている。EH101は羽田空港の近くと、東京ビッグサイトの二点を飛行していた。しばらくは大丈夫そうである。
  今度は俺がアイツを助ける番だ。
  たまには会おう、と言い残して佐々木と別れた俺は会者定離の言を噛みしめつつ、長門ノート置き忘れ事件同様に25階からジャストで下がり始めたエレベーターが上がってくるのを待つじれったさに対抗できるほど長い気を保持する人間ではなく、あちこちがゲリラに備えて複雑化されたテレビ局の階段を使ってどうにかこうにか地面に辿り着いたところだった。無論警察の布陣は大体覚えている。EH101よりは小型、同じカラーリングのヘリコプターは羽田空港の近くと、東京ビッグサイトの二点を飛行していた。しばらくは大丈夫そうである。
  今度は俺があいつを助ける番だ。
  俺が距離を置こうとした長門は、今日の件が示すように俺を守るため色々苦労しているに相違無い。屋根裏に潜んだり、ノートを貸してくれたり。そりゃあたまには俺が困るようなことにもなったが。
  だけど俺は、そんな日常を心のどこか、いや、大部分で楽しんでいたんだ。佐々木の申し出を断ったのは悪かったが、俺にはこっちの方が性にあってるんだ。考えてもみろ、週に三回は爆弾や手榴弾や地雷が炸裂するような学校が日本中探しても他に見つかるか? その度に対処のため走り回る刺激的な毎日が嫌だった、と言ったら嘘になるだろう? 国木田はあの時何と言った? 「でもキョンも長門さんも、二人でいるとすごく生き生きとして見えるよ」
  ああ。アイツといたら楽しいんだよ。お袋と妹が海の向こうへ旅立ち、人生初の独身生活が幕を開けた春、その頃に転居して以来の一月弱を乾パンと水で生活してた長門に初めて飯を作ってやったのもそういうのを求めたからだろう。恬淡たる長門だって俺自作のカレーをガツガツ食ってたしな。
  だけど俺は、そんな日常を心のどこか、いや、大部分で楽しんでいたんだ。佐々木の申し出を断ったのは悪かったが、俺にはこっちの方が性にあってるんだ。考えてもみろ、週に三回は爆弾や手榴弾や地雷が炸裂するような学校が日本中探しても他に見つかるか? その度に対処のため走り回る刺激的な毎日が嫌だった、と言ったら嘘になるだろう? ましてや陣代を離れたらハルヒの命令や朝比奈さんのお茶ともおさらばだしな。イヤ待て、国木田はあの時何と言った? 「でもキョンも長門さんも、二人でいるとすごく生き生きとして見えるよ」
  ああそうさ、あいつといたら楽しいんだよ。お袋と妹が海の向こうへ旅立ち、人生初の独身生活が幕を開けた春、その頃に転居して以来の一月弱を乾パンと水で生活してた長門に初めて飯を作ってやったのもそういうのを求めたからだろう。恬淡たる長門だって俺自作のカレーをガツガツ食ってたしな。
  なあ、ナグ君、お前はあのカレー、美味かったって言ってくれたよな。俺は目の前に現れ、明らかにうろたえている着ぐるみに心の中で話しかけた。M16は弾倉抜きで携帯している。俺は周囲を顧望して目撃者の不在を確認した後木陰の植え込みを指差した。
#br
「警察が来る。そこに隠れてろ」
#br
  ニホンアマガエル本来の緑色をした体色が擬態効果をもたらして数秒後、数名の制服の警察官が血相変えて詰め寄ってきた。やっぱり怖いな。
  ニホンアマガエル本来の緑色をした体色が擬態効果をもたらして数秒後、数名の制服の警察官が血相を変えて詰め寄ってきた。やっぱり怖いな。
#br
「品川署です! 銃を持ったナグ君か、暴力団を見ませんでしたか?」
「ナグ君ならあっちの方に」と機動隊のバスが停まっていた方を指差す。
「品川二班より各局、ナグ君はいまだ逃走中。シンボルプロムナード公園方面へ・・・・・・」
#br
  一気に走り去った警官たちはもう俺への興味を失ってくれた。お仕事頑張ってくれとエールを送ってから、
#br
「ようナグ君。さっきは助かったぜ。ついでに、ちょっと俺の話を聞いてくれるか?」
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#br
「俺、今日中学の時の友達と遊んでたんだ。別の高校に行った奴。優秀だが変わってて口調もおかしいんだけど、いい奴でさ。さっき・・・・・・こっちの高校に来ないかという話を持ちかけられた。けど、断っちまった。断ったわけ、分かるか?」
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フルフル。
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「まあ、それでもいいさ。ただ、悩んでたら俺のことを心配してくれた奴がいた。普段は俺を困らせることしかしないんだけど、希有なことに気をかけてくれたんだ。何か生活に問題点でも? とかって聞いてくれてさ」
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  俺は、着ぐるみの左手をギュッと握った。
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「すごい、嬉しかった」
#br
  どちらか分からないが、かすかに響いていたEH101のローター音が心持ち高まった気がした。風向きのせいかもしれないが、そろそろ危ないな。
  どちらか分からないが、かすかに響いていたヘリのローター音が心持ち高まった気がした。風向きのせいかもしれないが、そろそろ危ないな。
#br
「今晩からはいつもの俺だ。カレーでも作って待ってるぞ」
#br
  ナグ君はコクリ、と頷いた。それじゃな、俺はじゃあなと手を振り、ナグ君も振り返してくれた。
  俺はとっておきのスパイスを使ったカレーを作って出迎えるべく、晴れやかな気分で家路を急いだ。無事に帰って来いよ。
#br
#br
■8
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  彼と(布地越しだけど)初めて手を繋げた。わたしは何か幸せを感じている。何も話せなかったけれど結局心配事も水の泡になったし、これでよかったのかもしれない。
  現在最大の問題はこの服装とお台場の突破方法。さっき傍受した警察無線によると金髪の不良と相対した時以上の戦力が集まりつつある。彼は適当な方向へ警官を誘導してくれたけどこの数じゃ焼け石に水。わたしがあそこでEH101を不時着させなければもう少しはまともになっていたのかと思うと、悔やんでも悔やみきれない。彼、あの女の人といてとっても楽しそうだったから、自分を抑え切れなかった。羨ましかった。
  過ぎ去ったことやもしもの可能性を考えてもしょうがない。さて、どうしよう?
#br
「くそっ! ポリ公め、ガンガン増えてきやがる!」
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  と野蛮な声が響いた。銃器を密輸して警察をここに引き寄せたという暴力団員のようだ。龍神会といったっけ?
  今わたしが持っている米軍のM16と世界を二分したロシアの傑作小銃、多分中国コピーのAK47通称カラシニコフを持った暴力団員の声を聞いて、わたしの頭の中でマグネシウムを原材料にした対赤外線フレアが眩いばかりに輝いた。普通の人なら電球がともった感じ。つまり名案を思いついた。
#br
)塾話聴を全員捕まえる。
警察に感謝される。
7抻,不時着したEH101を調べる。
ぬ杵澄弾に刻まれて個々の銃を特定できる銃の指紋、旋条痕(せんじょうこん)も調べる。
ゥラシニコフが否定され、「わたしが今持っていて」「わたしの指の指紋がついた」M16が肯定される。
β疂瓩気譴襦
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  根本的解決になっていない。◆檻押代案として「混乱に紛れて逃走」を行う。
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「いたぞ! ナグ君と龍神会だ!」
「一網打尽にしろ! 一人も逃すな!」
「SATにヘリボーンを要請! 場所は・・・・・・」
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  新たに飛来したEH101にはSATが乗っているらしい。相手にとって不足は無い。
  新たに飛来していた二機のベル412にはSATが乗っているらしい。相手にとって不足は無い。
  わたしはすぐに駆けつけるであろうSATに対抗するため太腿にポーチで取り付けたM16の予備弾倉を取り出そうとしたが、着ぐるみが邪魔で取り出せなかった。危ない。
  つまりP230も、靴の裏に仕込んだポリカーボネイト製のナイフも取り出せない。このサイズの合わない着ぐるみだけで何とかするほかない。唯一の救いは顔が覆われていることだけ。
  アスピレーション・トゥ・カレー(カレーへの熱望)作戦、状況を開始する。
  つまり愛銃P230も、靴の裏に仕込んだポリカーボネイト製のナイフも取り出せない。このサイズの合わない着ぐるみだけで何とかするほかない。唯一の救いは顔が覆われていることだけ。
  それでも何とかするしかない。彼と一緒にカレーを食べるために。ひいては、彼に会うために。
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―――状況終了、というより、開始。
―――状況終了
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「次回予告」
「必要最低限にも達してないぞ。次回ハルメタ第5話『混迷のインディペンデンス・デイ』。何? 一年五組総力戦?」
「原作は『芸術のハンバーガーヒル』。水星トークが炸裂する」
「お前の誤解もな」
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((あずまきよひこ著よつばと! より))
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