#navi(SS集) #br * 作品 [#re56e7be] ** 概要 [#g2de6c9f] |~作者 |輪舞の人 | |~作品名 |機械知性体たちの輪舞曲 第10話 『焦燥』 | |~カテゴリー|長門SS(一般)| |~保管日 |2007-01-25 (木) 21:16:19 | ** SS [#i1a7092d] ////////// #br #setlinebreak(on) 無限の未来。 それは嘘。 #br ―ある情報端末の指摘― #br #br 「今日でよかったのか?」 規定事項。本当は違うけれど。 「ひょっとして毎日待っていたとか」 それも規定事項。あなたが来ないことは知っていた。 でも同時に、待たなくてはならないことも、知っていたから。 「……学校で言えないことでも?」 そう。わたしはこれから、あなたに伝えなければいけない。 それは、とても大切なこと。 「こっち」 わたしは、彼を誘う。 これからのあなたと向き合う時間。未来を変えられる可能性を秘めた時間。 その最後の機会なのかも知れないと考えつつ。 #br #br 5月10日の彼との「再会」後、涼宮ハルヒの周辺の動静は一気に加速したかのように見える。 #br 翌、5月11日、火曜日。 #br 未来からの派遣観測員、朝比奈みくるが、涼宮ハルヒに直接、半ば拉致されたかのごとく部室に連行され、目の前で、このわたしから見ても、やや行き過ぎと思われるスキンシップを強要される。 ある程度、「されるがまま」の朝比奈みくるを観察した彼による叱責。それなら、もっと早い段階で止めればよいと思ったが、提言することなく、観測に終始する。 わたしは無言のまま、視線を移すことなく、情報を収集。彼の浮かべていた表情の分析を行う。こんなことをしている場合ではないのに。自身の不安定化を確認する。 そう言えば、こういう人だった、と思う。 もやもやとした思考が、しばらくわたしの中でループする。回答を得ず。 #br 朝比奈みくるは、落ち着きを取り戻すと同時に、わたし認識する。わたしの存在は彼女たちにとってはすでに知られている。そういうことだろう。もちろん、わたしも彼女という存在は把握しているし、残る1人、彼が所属する『機関』もまた、すでに我々の情報を得ている。わたしの場合は、TFEIという呼称で認識されているはず。 今頃、『機関』は、涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、わたしの3名が集結しているという情報を得て、対応に追われているはず。急遽派遣される人員の選抜までにはあと少しだけ必要。 古泉一樹。彼の転校は5月20日を予定。 #br その後、すでにわたしには帰属意識すら感じる、あの団体の名称が、涼宮ハルヒ自らにより公開される。 SOS団。この名称についても、自分なりに、ある程度の分析を試みてみることにする。 「世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団」。その略称としてのSOS団。 「世界」という言葉を使用している時点で、彼女の自己顕示の強さを感じることができる。あるいはそうではないのかも知れないが。 自覚はないのかも知れないが、彼女には、世界そのものに対する、すさまじいまでの影響力、改変能力を有している。無意識的に自身の能力を投影する対象を、認識しているのかも知れない。 「大いに盛り上げる」の節。彼女は常に日常に当てはまらない、それは事件と言っても差し支えの無い非日常の出来事により、先に挙げた「世界」そのものを「盛り上げる」という表現で改変したい。そういう、欲求の現れと分析できるのかも。 そこで自分の名前を加える。強い意識で、自分が世界を、自分の望むように改変していくということ。 本当にそうなのか、現時点での確たる回答はないが、ひとつの考察ではある。 もとはと言えば、3年前の7月7日の彼の発言にある。あの混乱の中で観測された、彼の音声データ。それも、彼自身の言葉ではない。どこから来た由来なのかは、今後の検討課題として残る。 #br #br 5月12日。水曜日。 この日に大きな動静はない。涼宮ハルヒは明日、コンピュータ研への物資略奪行為を実施することが規定事項とされている。そのためか、帰宅時に付近の販売店舗にて、収奪物資に関するデータを個人的に収集している。なんという抜け目のなさ。評価に値する。 部活動の終了前、朝比奈みくるの顔を視認。明日の自分の置かれる状況を認識していない「未来からの派遣観測員」という皮肉な立場を考える。おそらくもっとも適した表現は「哀れ」だろうと推察されるが、自分にはその表現に対する根本的理解はない。 わたしの状況には変化はない。行動に移すことが困難。 規定事項は、わたしを縛り続けている。5月18日の行動に、賭けるしかないのか。 #br #br 5月13日。木曜日。 最重要観測対象は、2つ隣の部屋にあるコンピュータ研究会、略称「コンピ研」へ、彼と朝比奈みくるを伴い移動。しばらくの悲鳴と怒号が繰り返された後、収奪物資を持ち帰る。 朝比奈みくるはひどく混乱をきたしている。この事態を予測できない、未来からの来訪者。 わたしは思考する。もし、わたしもそうだったら、どれほど良かったか、と。 これも「皮肉」と表現されるべきだろうか。それはわからない。 #br #br 5月18日。火曜日。 彼女の消滅まで、あと1週間となる。事態は規定事項通りに推移し、わたしが介在する余地をまったく残していない。無為に過ぎた時間。焦りを感じてはいるが、わたしは動けないままでいる。 その日の部室はいつにない混乱に陥っていた。もちろんその原因は、涼宮ハルヒ。 バニーガールなる衣装を持ち出した彼女は、朝比奈みくるを伴い、部の広報活動へと出かけていく。規定事項に変更はなく、ただちに教員により拘束され、ほどなく部室へと戻る。 こすぷれ。3年前よりの懸案事項がこの時初めて解決する。 コスチューム・プレイ。地球の文化には、まだ未知の領域が多い。 わたしは、彼の視線を追う。朝比奈みくるの肢体に集中する度合いが高いことを確認。 椅子に座ろうとする彼に対して、彼女たち2人の脱ぎ捨てた衣服を整理するように要求する。脱ぎ捨てた直後の制服、下着などを手にとった彼の表情に、先日と同様の表面筋肉の動きを確認。また同様の思考ループを経験する。そういえば、こういう人だった。 そして、この日の彼の言葉の中に「長門はいいのか?」なる発言がある。 わたしがあのような服飾をすることに、興味があるということだろうか。 彼の真意は不明。 #br わたしは、規定事項に沿った行動を開始する。ようやく、関連する動きが可能となった。 「ハイペリオン」。わたしが読んでいたその本に、ひとつのメッセージを込める。 わたしに許された、未来を改変できるかも知れない、最後の機会への布石となる。 叶うならば、規定事項の枷を破り、彼が来てくれることを期待する。 #br この行動には、1つの大きな目的がある。 わたしの正体を告げ、彼に迫りつつある脅威、つまり起こり得る、朝倉涼子の敵対行為を暗に示唆すること。 準観測対象として認識され、この世界における重要度が飛躍的に高まりつつある、そういう状況にある自分を認識してもらうこと。 なにより、彼からの信頼を得ること。 これらすべてをクリアすることで、朝倉涼子との未来は変えられるかもしれない。 なぜなら、わたしが同期した未来の記憶では、このときに彼の信頼を得られなかったから。 もし、今回の試みで、彼の信頼を得ることができるのであれば、それは規定事項を覆すこととなる。今までも、何度も試み、行動できないままでいたわたしの、最後の機会。 失敗するわけには、いかない。 わたしの不完全なコミニュケーシュン能力で、どこまでできるのか、それが最大の問題点だったが、やってみるしかない。 バックアップの彼女、朝倉涼子には、特にこの件に関しての支援要請はできないのだから。 彼女自身が消えてしまう未来を知らせるわけには、いかなかった。 なんとかするしかない。わたし、ひとりで。 #br もうひとつ、どちらかといえばこちらの方が重大。 今回の彼との接触で信頼を得ることができない場合、その2日後に発生する、世界的な危機、「閉鎖空間事件」で、彼を充分にフォローすることができない。 信頼を得られないまま、この事件が発生してしまうと、わたしの提言、言葉は、彼に採用される確率はきわめて低いと判断できる。 その為に、どうしても、その日までに「わたしが彼を守るべき味方である」という認識を持ってもらわなければならないのだ。 そう、味方であると… 味方… 味方? では、敵は誰? ここで、思考が止まる。 #br なぜ彼は、「前回」、「わたしを味方である」と認識したのか。 #br 「前回」は、わたしは自分のマンションで、彼への説明をするものの、全面的な信頼は得られなかった。少なくとも、わたしの言葉は、彼へ届かなかった。 では、彼はいつ、わたしの言葉を信用に足るものと判断したのだろう。 #br いつ? それは、いつ? #br …まさか。違う。 そうではない。 #br そんなはずは、ない。 #br わたしは自分の疑念を振り払う。 そんなはずは、ないのだ。 そんなはずは。 #br #br 『午後7時。光陽園駅前公園にて待つ』 #br メッセージを思い返し、ベンチに座る。 果たして彼は来てくれるだろうか。 その日、0時まで公園にて待機を続ける。彼は来ない。 規定事項を確認。その後、マンションへと帰宅する。 朝倉涼子との接触は、ない。思考リンクも、最低限度の接触のみ。 焦燥と、疑念。 敵と味方。 #br 翌、5月19日も同様。 彼は来なかった。 わたしはあえて、あの思考を封印している。 敵と、味方。 #br #br 5月20日。木曜日。 昨日、学校に来なかった朝比奈みくるが登校する。復調は果たした模様。 そして彼、古泉一樹が転校してくる。すでに彼以外の『機関』員も潜入を果たしていると考えられるが、今のわたしに直接影響する因子とはなり得ないと判断している。 同期以後の7月7日から、どう状況が推移するかは不明だったが。 これでフルメンバーがそろう。わたしたちの、帰属するべき場所の確立。 同時に、団長である涼宮ハルヒによる、SOS団、活動内容の正式な公開がなされる。 #br 「宇宙人や未来人や超能力者を探し出して一緒に遊ぶことよ!」 #br すでに経験していたことではあったが、改めて直接聞くと、やはり驚かされる内容。 わたしの感情表現能力は極限まで引きだされているはずだが、ほかの人間の目からは、おそらく変化は感じられないはず。いや、彼だけは気づいたかもしれない。 #br 朝比奈みくると同様、古泉一樹もまた、部室に連れられてくると、すぐに状況を理解している。 わたしと、朝比奈みくる。2人を確認しての第一声。 「はあ、なるほど。さすがは涼宮さんですね」 彼らもまた、敵となり得るのかもしれない。評価するには情報が不足してはいるが。 7月7日までの時点で、『機関』がわたし以外の情報端末(彼らよればTFEI)との接触を開始しているという未確認情報があるが、これもまた、検討するには情報が不足。 もっとも注意深く接触する対象は、現時点では彼。古泉一樹と判断する。 #br #br その後、涼宮ハルヒは古泉一樹を連れて、朝比奈みくるも後に続き退室。 部室に2人残される、わたしと彼。 「じゃあな」 そう告げて部屋を出ようとする彼に、わたしは問いかける。 「本読んだ?」 「…本か。あの、異様に厚いハードカバーのことか?」 「そう」 「いや、まだだけど… 返した方がいいか?」 そうじゃない。そうじゃないの。わたしは口の中でだけ、彼に悟られないよう、そうささやく。 「返さなくていい」 一刻も早く。あのメッセージを。 「今日読んで」 焦燥と疑念。失敗はできない。 「帰ったらすぐ」 時間がない。本当にすぐに、あの日は来てしまう。もう5日しか、ない。 「…解ったよ」 #br #br わたしはベンチで待ち続けている。 時刻は7時を過ぎた。規定事項であれば、彼はもうすぐやってくるはず。 自転車を急いで漕ぎながら。 わたしは待つ。 #br あの恐ろしい疑念を抱きながら。 #br ―終― ////////// #setlinebreak(default) #br ----