#navi(SS集)

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* 作品 [#b6019ac2]

** 概要 [#g08ace78]

|~作者      |輪舞の人  |
|~作品名    |機械知性体たちの輪舞曲 第2話       『流れぬ涙』 |
|~カテゴリー|長門SS(一般)|
|~保管日    |2007-01-21 (日) 12:59:09   |

** SS [#y9351ede]

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いつか、わたしも流すのだろうか。あの水滴を。
でも、その時、わたしは、どうなってしまうのだろう。
それが怖い。
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―ある情報端末のささやき―
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―じゃあね。
わたしは彼女の最後の声を、今でも克明に覚えている。 
でも、わたしは彼女の最後の表情を見ることは、できなかった。 
この事を知っていたのに、救えなかったから。
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11月も半ば。今週末は、SOS団恒例の「不思議探索パトロール」。
いつもの駅前で五人が待ち合わせ、いつものように喫茶店で五人が組み分けを開始。
今回は何の情報操作も行うことなく、あっさりと彼とわたしの二人組で決定する。
涼宮ハルヒは、またいつものように、この組分けの結果に不服のようだ。
…なぜ、全員で集合して、わざわざ組分けをするのか、理解に苦しむ。
彼と二人でいたいなら、最初から彼だけを誘えばいいとわたしは思うのだが。
「最初から彼女にそれができれば、我々も苦労はしないのですが」
古泉一樹が、ふと漏らしたわたしの言葉に苦笑いで答えた。 
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出発の時。涼宮ハルヒは、彼が、わたしに対して大変な脅威である事を警告する。
「何度も言うようだけど、有希になにかいやらしい事をしたら、わかってるでしょうね、キョン!?」
これも、いつもの彼女の言葉。
彼はそれに対して、「はよ行け」と面倒事を嫌がるようにぞんざいに手を振って返す。
これも、いつもの彼の態度。
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そして、わたしはそれを見て、胸が痛くなる感覚に囚われる。
いつもそう。わたしは彼の挙動により、変調する自分を感じる。原因はわかっている。
最近、再び活性化の兆しを見せる、エラーデータ。
もはや、抑えることは困難。侵食率は拡大してゆく。
彼女の残した、わたしの大切なもの。それがわたしを蝕んでゆく。
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図書館に入ると、彼は「時間になったら、すぐに戻ろうな。またあいつがうるさいから」と言い残し、定番となったロビーのソファへ、今日は雑誌を携えて座り込む。
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たぶん、いつものように、20分もたたずに眠ってしまうのだろう。
その寝顔を見ると、わたしは、自身の状態が安定化するのを感じる。しかし、一時的なものだ。このあとに、また状態不安定化が始まるのがわかる。回数を重ねるたびに、ひどくなる一方。彼と共にいたい、と思考する。しかしそのたびに、不安定化は強まってゆく。
原因は、彼なのか。
朝倉涼子が植え付け、彼がそれを増幅させている。そんな気がする。
どうしたらいい。
このままでは、わたしはあの時間まで耐えられるか、わからない。
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わたしは本棚をめぐり、まだ知らないタイトルが羅列する光景に立ち尽くす。
何度来ても、この光景から得られる刺激に慣れることはない。
指先で背表紙を軽くなぞり、今日目を通してみたい本を探してみる。
一冊の文庫のタイトルが、ふと目に止まる。
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「完璧な涙」
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日本人の作家が書いた、サイエンス・フィクションに分類される物語のようだった。
わたしの注意を惹いたのは、そのタイトルの中の一文字。
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「涙」
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わたしには、おそらく今の時点でもっとも縁遠い、それは生理現象だった。
手にとって、ざっと目を通してみる。
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主人公は、生まれつき感情を持たない若い男性。
怒ることも、泣くことも、笑うことも、喜ぶことすらもできず、また、他人のそのような感情表現の意味すらも、何も理解できない。
周囲の人々は、そんな主人公を見て、苛立ちをあらわにする。
そんな状況が続く中、やがて彼は家族の下を離れて放浪する事となる。
そして、流れ着いた発掘現場のキャンプで、彼は不思議な女性と出会い、自分と、世界の秘密を解き明かす為の旅へと誘われるのだが…
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冒頭の部分を読み流すと、今日借りていく本をこれと決めた。
やがて時間が訪れ、彼とわたしは集合場所の喫茶店へと戻ってゆく。
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マンションに戻ると机の上のその本を置く。
座り込むと、知らずに、じっと本の表紙を見つめてしまう。
すぐにも読んでみたいのだが、少し、怖い気もする。
いつものように、ただの好奇心だけで読めるものとは違うようだ。
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いくばくかの時間が経過し、やがて意を決すると、わたしは本のページを開き、読み始める。ページをめくる音だけが部屋に響く。
30分ほどすると、第1章に相当する、ラストシーンのページに行き当たった。
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自分を受けて入れてくれた、唯一の女性が、目前で殺害される。
悲しみも、怒りも何も感じない男は、ただ黙って女性の死を見届ける。
女性もそれを知るため、責める事なく、死んでいく。 
「涙の出なくなったわたしは、これを使う」
彼女の父が主人公に手渡してくれていたのは、彼が使っていた蒸留水の入った点眼器。 
「君の為に泣く」 
主人公は、その液体が尽きるまで、「涙」を流し続ける…
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そこまで読み終えると、わたしはその本を閉じる。
まるで、わたしのよう。生まれてからずっと、感情を知らない。
なみだ。人間が、感情の高ぶりを覚えるときに流す、水滴。
わたしには、その機能はない。それははっきりと分かる。
観測が任務の端末だから、そのような機能はない。当然だろう。
いまだにわたしは人間の、怒りも、悲しみも、その本質は分からないままでいる。
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…朝倉涼子はどうだっただろうか。
あの彼女であれば、涙を流すこともできたような気がする。
今となっては、分からないが。
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あの時、あり得るはずのない、まったくの想定外の…
我々を生み出した統合思念体さえも想定していないはずの、インターフェイス同士の初の戦闘が行われ、わたしは残り、彼女は消えた。
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悲しい、と感じるべきだったのか。
人であるのなら、おそらくそうだろう。 
わたしは立ち上がり、ベランダの窓辺までゆっくりと歩く。目には外の夜景が美しく映える。
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待機中の3年間、わたしは彼女と共にあった。 
彼と初めて接触する事となった7月7日以降は、一人閉じこもり、接触を絶ったわたしだったが、それでも彼女は同胞だった。 
派閥は違うと言えど、仲間だった。
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彼を守るためだった。その事に後悔はない。
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しかし、今でも、あの時の記憶を時折解析することがある。
わたしたちは忘れない。決して。
人のように記憶が薄れることは、決してないのだ。
「あなたの為に泣く」 
意味もなく、小説のセリフを自分の言葉にしてつぶやいてみる。
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失ったものは、もはや戻らない。
人はその喪失感と、二度と会えなくなった現実や、自分の境遇を嘆くのだろう。
わたしは彼女を喪失し、二度と会えない。
涙を流すために、悲しみを感じるために、もしも条件があるとするなら、わたしは条件を満たしているはず。そのはずなのに。
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それでも、泣くことはできない。
なぜなら、悲しいという感情が理解でき…
突然、胸の苦しみと、頭から血液が落ちてゆく感覚。 
生まれて初めての身体的なパニック状態。
これは… なに。
呼吸が乱れる。体がすとんと落ちていくような…
違う。気がつくと、実際に膝が崩れている。
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―じゃあね。
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フラッシュバック。
呼び出した訳でもない、音声データが突如再生される。
朝倉涼子の最後の言葉。
実際には彼に言った言葉だったのに。
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「…なみだ」
おそらく、流せればこの痛みや苦しみは消えるのだろう。
根拠はないが、しかし、わたしはそれを絶対的な真実として理解した。
でも、できない。その機能がないのだから。
わたしはそう、作られている。人ではない、人形だから。
だから、無理。
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苦しさはその晩、ずっと続き、わたしは胸をかき抱いたまま、夜明けを待った。
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               *
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翌日、日曜日。わたしは彼に電話をしてみた。ずっと、気になっていたことを今日、確認したい。少し眠そうな声の彼は、わたしからの電話だと分かると、少しだけ緊張したものへと変化する。
『どうした。何か、またあったのか』
「…特には」
わたしの声は普段と変わりない。つもりだった。
「ひとつだけ、聞きたいことがあった」
『なんだ?』
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「…朝倉涼子の最後の表情を、教えて欲しい」
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電話の向こうの彼は、少し返答につまったようだった。
彼女は、泣いていただろうか。自分が消えるという、最後の瞬間に、苦しさや痛みは彼女を襲わなかったのだろうか。
「最後、彼女はあなたに向かって話していた。見ることができたのは、あの時、あなただけ」
実際には違う。
ほんの少し振り返れば、わたしも見ることができたのに。
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それをしなかったのは、わたし。
あえて見なかった、のではない。
見ることが、できなかったのだ。
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『………』
彼のためらいの沈黙。実際に命の危機に陥ったのだ。当然だろう。
記憶から消去したい出来事をあえて聞く、自分の勝手さに後悔し始めた、その時。
彼は言った。
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『…笑ってたよ。何か、満足そうにしてたな、あいつ』 
「……そう」 
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笑っていた。
あの、わたしの大好きだった、微笑み。
いつも、だいじょうぶと言ってくれた、あの優しい笑顔。
わたしは意図して思い出そうとしなかった、5ヶ月の時を瞬間的に呼び出している。
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でも、記憶にあるだけしか、彼女はいない。
なぜなら、すでにあの人はいないのだから。わたしの記憶にある以上の情報は、生成されることはない。こうして、過去のデータを再生することによってしか、彼女と会うことはできないのだ。
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そう。もう二度と会えない。
それが、いま、本当にわかった。わかっているつもりだったのに。
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『どうしたんだ、長門』
「…問題ない。特に、何もない」 
『…いや、特に何もないやつの質問には聞こえなかったぞ』
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気遣いの言葉。心の中が温まる、そんな言葉。
また、あのジャンクデータたち、朝倉涼子の残したものたちが活性化してゆく。
奇妙で、暖かい、分析もできない、なにかが生み出されていく。
でも、それを今は怖い、と感じることはなかった。
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『…まさか、泣いてるのか』
「…泣く? わたしが?」
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頬に手をやる。
涙など流れていない。
流れるはずがない。
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「泣くはずはない。わたしはそのようには作られていない」
『…ちょっと待て、長門。おまえ、やっぱり少しおかしいぞ? 今から行くから待ってろ』 
「大丈夫。心配をかけてすまない」
『待て、長門! おい−』
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電話を切ったわたしは、呆然と立ち尽くす。
今はまだ、大丈夫。今は、まだ。
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知り得た未来。わたしが壊れてしまうまで、もう1ヶ月しかない。
12月18日。その日にわたしは行動を起こす。このままでいけば、それは避けられないのだろう。自分の状態が、日々悪化してゆくのを感じる。
情報統合思念体に強制思考制御ブロックを申請し、すでに施術されてはいたが、それを持ってしても、押し留めることは叶わなくなりつつあった。 
もう、駄目なのだろう。そう、冷静に分析する自分が、まだいる。
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―だいじょうぶ。
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彼女は言った。でもそれは無理のよう。
他ならない、あなたのせい。なぜ、わたしをこんな風にしてしまったのだろう。
目を閉じる。耐えられるのだろうか。あの日まで。
でも、あきらめるわけには、いかない。
震える体を、自分で抱きしめる。力が欲しい。もっと強く。
あと、ほんの少しだけ、持って欲しい。
壊れる寸前の、自分の体。
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知っていたにも関わらず、わたしは朝倉涼子を救えなかった。
でも今度こそ、決められているというその未来と戦い、勝ちたい。
世界を改変させる、そんなことを許すつもりは、なかった。
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たとえ、この身が消滅するのだとしても。
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−第2話 終− 
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旧題『流れぬ涙』/改題・改稿
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