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#navi(SS集)

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* 作品 [#b3d88e7a]

** 概要 [#i40f039a]

|~作者      |十六夜  |
|~作品名    |長門有希の… 3 |
|~カテゴリー|長門SS(一般)|
|~保管日    |2006-11-19 (日) 14:38:19   |

** 登場キャラ [#f74ef047]

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|~キョン    |不登場    |
|~キョンの妹|不登場  |
|~ハルヒ    |不登場  |
|~みくる    |不登場  |
|~古泉一樹  |不登場 |
|~鶴屋さん  |不登場 |
|~朝倉涼子  |不登場 |
|~喜緑江美里|不登場|
|~周防九曜  |不登場   |
|~思念体    |不登場  |
|~天蓋領域  |不登場  |
|~阪中      |不登場|
|~谷口      |不登場|
|~ミヨキチ  |不登場    |
|~佐々木    |不登場  |
|~橘京子    |不登場   |

** SS [#he5e7ad4]

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『長門有希の幸せ』
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 連日、最高気温が三十度を超え、そろそろ太陽が夏バテを起こしてくれないかと願うのだが、もちろんそんなコトは起こりえず、むしろ焚き火にさらにマキをふんだんに添えたようにますますパワーアップしていく。
 しかも夏はまだ一ヶ月以上残っている。
 これからまだまだ暑い日が続くと考えると、イヤになるというものだ。
 しかし梅雨前から初夏にかけての俺には、とある少女との思い出が多くあり、そのコトを思い出すとこれからの夏は少し楽しみでもある。なんせ生まれてこの方、ここまで女性に縁があるプライベートをすごしたのは初めてだからな、少しは浮かれるというのもだ。
 相手の女性はそんな気はまったくないないと思うが。
 …その女性というのはわかりやすく言えば宇宙人、正式には対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースという存在であり、名は長門有希。
 誰よりも頼りになり、俺なんて何度助けられたコトか。しかし、そんな長門を逆に守ってやりたいと思う感情は一体なんだろうな。
 …つかみが長すぎたかな。
 では一学期のテストも終わり、終業式の日から物語を始めるとするか。
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 テストも終わり、今日は終業式。
 ちなみにテストの結果はあまりよくなかった。というのも、前回のテストはハルヒに鬼・家庭教師のように面倒を見てもらい事なきを得たのだが、それがいけなかった。今回は前回の良かったので、危機感がなくハルヒにも家庭教師を頼まなかったのである。
 そうするとどうだろうか。成績はヒラメの如く海底を進むような結果になってしまった。
「ばかじゃない、あんた」
 ハルヒにこう言われても仕方が無いほどで、せっかくの夏休みにいくつか補習という登校日がカレンダーに丸されてしまった。
 今更、後悔しても遅いので同じく海底を突き進む谷口と一緒に頑張るとしよう。
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 さて、終業式は午前中で終わり、他の生徒たちは明日からの夏休みに向けてテンションを上げつつ帰路についていた。そんな眺めをこの部屋まで来る途中に見かけ、何で俺はこの部屋で弁当を食べているのだろう?
 もちろん、「この部屋」というのは元文芸部室、現SOS団部室である。そして、部室に居るのはハルヒのせいである。
 前日、
「明日は、夏休み前・緊急会議アーンド夏休み記念探索をするから、終業式後に部室に集合ね!!」
 このように俺の返答を言う暇を与えずハルヒは走り去っていった。
 しかし、夏休みに入ると長門は時々会うからいいとして、朝比奈さんとは中々会えない日が続くのだ、これがツライ。今日のうちにじっくりと堪能しておかなくてはな。
 ハルヒに、古泉? 会わなくても元気だとわかるからな。
「はい、お茶のおかわりどうぞ」
 この全ての男性を虜にするような微笑をしながら、お茶を入れてくれるメイド姿の人こそその朝比奈さんである。
「どうもありがとうございます」
 俺が深々と礼をすると、照れながら「そ、そんなことないですよぉ」という仕草をするのだが、それもまた良いと言っておこう。
 ちなみに座っている前にはすでに飯を食べ終わった古泉が、俺が食べ終わるのを今か今かと待っている。
「飯ぐらいゆっくり食わせろ、古泉。それともなにか、早く食べ終わってほしい理由でもあるのか?」
「もちろんです、明日からは夏休みですからね。あなたとゲームをするのはこの期を逃すと一ヶ月以上開いてしまいますから。ところで、今日は何をしましょうか?」
「…好きにしろ」
 古泉が自分で持っていたゲームの中からどれにしようか悩んでいるが、どうせお前が負けるに決まっているのだからな。
 もう一人、冒頭で話した少女はというと、
「なぁ、長門。やっぱり、どんどんこっちに近づいていないか?」
「気のせい」
 と言い張るのが長門である。
「イヤ、どう見たって近づいているようにしか思えないのだが」
「気のせい」
 だってお前、いつのまにか俺の後ろまで座る位置が移動しているぞ。少し前は長門の言うとおり気のせいだと思っていたが、ここまで来ればさすがの俺でも気付く。
 別に近づくのはかまわないが、最近俺と長門を見るハルヒの目が怖いのでそろそろ勘弁してほしい。
 …これは贅沢な悩みなのだろうか?
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 そんな空気も地平線の彼方へぶっ飛ばすのが現れた。
「むかつくわねー!! 終業式だからって食堂しまっていたじゃない!! このくそ暑いなか、遠くまでパンを買いに行くはめになったわ!!」
 で、パンはどうした? 買いに行ったんじゃなかったのか?
「もう食べ歩きながら帰ってきたのよ!」
 そのまま家に帰ってくれたら俺としては平和が訪れたのだが。しかしここは、口に出すといいコト無いのは分かっているので黙っておく。
「いい心がけです」
 古泉、お前の超能力は人の心まで読めるようになったのか?
「なんとなくですよ。あなたとの付き合いも長いですから」
 好きで長くなったわけでもないがな。長門と朝比奈さんとは好きで長くなってもいい。
「それで、ハルヒ。せっかく夏休み前日というコトで昼までで終わりというのに、わざわざ今日に集めたんだ?」
「昨日言ったじゃない。会議と探索をするって。あんた、もう忘れたの」
 覚えてるさ、確認までに聞いただけだ。昨日、聞かされたのは俺の聞き違いだったらうれしい、という薄っぺらい希望を抱いたからだ。
 それにしても、こんな日にやらなくてもいいだろうに。
 一学期が終わった記念として、帰ったらクーラーのかかった部屋でゴロゴロしようと思っていたが、はかなくも俺の夢は打ち砕かれてしまった。
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 俺が弁当を食い終わるとそうそうに、
「それじゃあ、会議を始めるわね。さぁ、みくるちゃん、ホワイトボードにあたしが言う決定事項を書いていきなさい!」
「は、はいぃ、わかりましたぁ」
 朝比奈さんはハルヒが言う予定を可愛らしい丸っこい字で書いていくのだが、ハルヒが早口のせいかまったく追いついていない。業を煮やしたハルヒが朝比奈さんの書いていく隣に、自分で次々に走り書く。
 ハルヒが書くのに夢中になっている間に、
「去年みたいに夏休みがループしてしまう可能性はあるのか?」
 唯一、去年夏休みがループした月日を全て体感していた長門に小声で尋ねてみると、
「可能性はある。しかし、今回は去年に比べて起こる可能性はずっと低い」
 それはよかった。何より、長門の負担も減るだろうし。
「何よそ見してるの、キョン! 今はこっちに集中しなさい!」
 わかったよ、そんなに怒鳴らなくても聞こえるから、もう少しボリュームを下げてくれ。
 ちょっと前にも夏休みの予定を話していたが、どれ、なにが決定事項として選ばれたんだ…。
 無理だろ、これを全部こなすなんて無理に決まっている。
いちいち読み上げるのもおっくうなので、とりあえず夏と連想される行事は全てあると思ってくれ。
「これらを手当たりしだい消化していくから夏休みは皆、予定空けときなさいよ!」
 無謀にもほどがあるな。
「じゃ、今日の会議はおしまい! 今から市内探索に行くわよ!」
 もう、終了かよ! 俺たちなんの意見も出してないぞ。まぁ、これがハルヒのみの意見が通るいつもの会議なんだが。
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 そして、アスファルトから湯気が出そうな道を俺は汗だくになりながら歩くのだが、ハルヒはこの暑さに負けない熱気を体から発し、長門は汗ひとつかかないで歩く。この差は一体ドコにあるのだろうか…。
 駅前に着く頃には、カッターシャツは絞れるほど湿っており着心地が非常に気持ち悪い。
「…なぁ、ハルヒ。まずいつもの喫茶店で涼まないか? 朝比奈さんもバテてるし、俺もノドが乾いた」
 同じくこの暑さにまいっている朝比奈さんも汗だくで、最悪日射病にかかるかもしれん。
「っご、ごめんなさい、あたしからも…。少し休ませてくださぁい…」
 息絶え絶えの朝比奈さんの訴えがハルヒに届いたのか、
「わかったわよ、ちょうどあたしもノドが乾いたしね。じゃ、はじめに言ったキョンのおごりね」
 不条理だと言いたいところだが、これ以上炎天下にいてると俺もヤバイ。
「……」
 …相変わらず、長門はとても涼しげだ。
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 出されたお冷も一気飲みし、注文したジュースも一気飲み。クーラーも効いてるおかげで、ようやく汗が治まってきた。今日は、この喫茶店で探索しないか? と言いたい。
 しかし、ハルヒはそんな気は塩一粒の微塵もないようで、
「それじゃ、いつものくじ引きで決めましょ!」
 テーブルの真ん中に爪楊枝を握った手を置いた。
 この暑さでハルヒと同じ組になった日には、死を覚悟しなくはならんな。どうか同じ組になりませんように…。
 結果。俺、長門、ハルヒグループ。に、古泉、朝比奈さんグループとなった。
 よって俺の願いもむなしくハルヒと同じ組になってしまったが、長門も一緒だから別にいいかな…。
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 ハイ、そんな考えを持った俺がバカでした。
 ハルヒと長門はこの暑さを物ともしないのか、太陽の燃えるような眼差しを受けてもまったくペースを落とさず歩き、突き進んでいく。ハルヒはまるでさわやかなスポーツをしているような清々しい汗をかき、俺はというと蒸し風呂に入ったようなじんめりするような汗をかいている。
 この差は一体ドコから来ているのか。何度も言うが、長門なら一滴の汗もかいていない。
「おっそいわよ、キョン! あんたそれでもSOS団の団員なの!? 有希を見習いなさい、あたしのペースにずっと着いてきてるのに!」
「……」
 コチラを向いて叫ぶハルヒに振り向く長門。ハルヒの言う通り長門はハルヒの競歩ともとれるスピードに遅れずに着いていっている。元気だな、二人とも。
「そんなコトを言ってもな…、ハルヒ。俺はこれ以上の速度は無理だ、どこか冷房の効いている場所なら別だが」
 偉そうなポーズで偉そうに発言するハルヒは、これでもかというぐらい罵声を続ける。
「何甘えたこと言ってんのよ! 今日は夏休み前記念市内探索なんだからもっと気合いれなさい!!」
 なんだその記念は。そしてなんで探索なんだ。
「記念は記念よ。それにきっと不思議だって、夏休みに入る前だから気が緩んで姿を現す可能性が高いじゃない」
 ダメだ、今のハルヒに休みを求めるなんてとても無理だ。 …そうだな、ここはひとつ妥協案を提案してみるか。
「なぁ、ひさしぶりに商店街のほうに探索に行ってみないか?
ずいぶんと行ってないから、もしかしたら不思議が固まっているかもしれん」
 ハルヒは少し考えるそぶりをし、長門とはいうといつもの無表情である。頼む、行くと言ってくれ…。
「わたしはその案に賛成する」
 ナイスフォローだ、長門。
「そうね…、じゃ今から商店街のほうへ行きましょう。
キョン、たまにはまともな意見も言うのね。ちょっとだけランクが上がったわよ」
 何のランクだ。しかし、作戦が成功したな。あそこの商店街の通りは屋根があるから、この太陽の日差しだけはまぬがれるコトができる。少なくとも日射病にやられるコトはなくなりそうだ。
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 そしてやってきた商店街。
 やはり屋根があるおかげで直射日光があたらない、これだけでも幾分もマシというものだ。
「そうだわ! ついでだし電器店のおじさんにあいさつでもしに行きましょう!」
 電器店というのはサギまがいなハルヒの話術でカメラを頂き、さらには今年の文化祭にもスポンサーとして出演するため、ストーブまでくれたあの電器店である。
 あの映画のコスチュームである露出の激しい朝比奈さんのウェイトレス姿は、今思い出してもとんでもなく魅力的だったな。長門の魔法使いの格好もまたえらく似合っていた。
今となっては、ハルヒによってネコがしゃべるとか桜が咲くとか妄想が現実化していた暴走が懐かしい思い出だ。
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「こんにちはー! おじさん、景気はどおー」
 商品をはたきで掃除していた手をとめて、コチラへとふりむく。
「やぁ、景気はボチボチだよ。三人とも、こんにちは」
「どうも、お久しぶりです」
「……」
 俺は軽く頭を下げ、長門も無言こそだがキチンと頭を下げる、髪が少しなびくミリ単位のアイサツだが。
「今日はどうしんだい、映画の公開日が決まったのかい?」
「残念だけど、今日はたまたまここに来たから挨拶によっただけなのよ。でもまた製作が始まったら知らせを送るわ」
 やっぱり今年もするのか…、ハルヒにとってはすでに規定事項らしいな。
「そうかい、楽しみにしているよ。そういえばちょうどよかった、これをあげるよ」
 そう言ってポケットから取り出したのは、何かの券である。
「この商店街で今やっている福引の券だよ。三人分あげるから一人一回楽しんでおいで。まだ特賞の温泉旅行は当たっていないからチャンスだよ」
「ほんと!? そうと決まれば、キョン、有希。急ぐわよ、ちんたらしてる間に誰かに奪われるかもしれないわ。おじさん、ありがとね!」
 奪われるって、すでにお前のものみたいな言い方だな。
そういや、ハルヒの決めた夏休みの決定事項にもあったな、温泉と。まさか、この福引から実現するのか?
「何してるのよキョン、有希!! 早く行くわよー!!」
って、もうあんなトコまで進んでるのか、あいかわらず物理法則を無視した速さだ。
「しかたない。走るか、長門」
「わかった」
 俺がおじさんに一礼し、走り出すといつのまにか長門はあと少しでハルヒのそばまで距離を詰めている。…お前も物理法則を無視するか。
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 そして、俺だけ息を切らしながら着いた福引所での結果は、
俺:残念賞、ポケットティッシュ。
長門:四等、図書券二千円分。
ハルヒ:特等、家族で行く一泊二日豪華お食事つき温泉(露天風呂あり)旅行。
 まったくたいしたもんだよ、ハルヒ…。
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「やったわー、温泉旅行ゲット!! これも日頃の行いのおかげね!!」
 お前の行いで温泉旅行なら俺なんて拾った宝くじで一等を当ててもおかしくないと思うのだが。
「こうしてはいられないわ! 残念だけど今日の市内探索はもう中止にして、緊急会議を開かないといけないわね。キョン、今から古泉君に電話するからちょっと待ってなさい」
 西部劇で銃を取り出すかのように、携帯を手に取り電話をかける。
 俺は他の福引客から羨望ととれる眼差しから逃れるため、目立たない物影に避難するコトにする。隣には長門が俺と並んで立っており、福引で当てた図書券をじっと見つめていた。
「よかったな。好きな本でも買ってみたらどうだ?」
「…そうする」
 なんだが心底うれしそうだな。俺なんてポケットティッシュだし、それに比べれば長門にとって数百倍はうれしいのだろう。
「キョン、駅前に戻るわよ!
いつもの喫茶店で会議をするから行きましょう。古泉君達にも戻るように言ったから」
 撃ち終わった銃のように携帯をクルクル回し、元に場所へと戻す。器用なもんだ。
「わかったよ」
「走るわよ!」
「なっ、そんなに急がなくても…」
 たぶん俺の言葉は聞こえてないのだろうな、もうスタートしてしまってるし。
「…行くか、長門」
「わかった」
 長門はまた物理法則を無視するのか、もう長門はハルヒの真後ろの位置に達している。
 これは俺も気合を入れて走らなくてはならんな。
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 しかしながら俺があの二人に追いつけるはずもなく、喫茶店についた頃にはハルヒ、長門はもちろん、すでに古泉と朝比奈さんも到着していた。
「遅い、罰金!」
 また俺のオゴリか…。
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「それで涼宮さん、急にどうしたんですか? なにやら温泉旅行に行くと言っていましたが」
 あくまでも爽やかに振舞う古泉に対し、決して行儀が良いといえない、むしろ女性としてははしたない様で注文した(俺のオゴリの)飲み物を飲む。
「そうなのよ! 電器店のおじさんからもらった福引で見事、特賞を当てたのよ」
「へぇ〜、涼宮さん、温泉ってどんなのですか?
あたし、温泉って聞いたことはありますけど行ったことはないんです」
「ちっちっちっ、それは行ってからのお楽しみよ、みくるちゃん。それでいつ行こうかしら」
 温泉がどんなトコかを想像する朝比奈さんもまた良いと言っておこう。
 それにしても温泉か…。俺も家族で行ったきりの数年ぶりだな。
「それでは涼宮さん。夏休みは多くの予定がありますし、やはり早いほうが良いのではないのですか?」
「そうね〜。じゃ明日、出発にしましょ!」
 明日ってお前、…いくらなんでも早すぎだろ。
「もう決定したことは覆らないの! ところでこの旅行券だけど、最大六名様まで行けるみたい。もう一人行けるけどどうする?
う〜ん、そうだ! みくるちゃん、鶴屋さんは?」
「あっ、鶴屋さんは明日から海外に用事があるって…」
 海外って…、あの人もかなり謎に満ち溢れているよな。しかし鶴屋さんが無理なら、あいつを連れて行ってもいいか。
「なら俺の妹を連れて行ってかまわないか? 夏休みにどこか連れていけってうるさかったんだ」
「別にいいわよ。…それじゃあ、決定ね。明日の集合時間はまた夜に電話でしらせるわ!」
 こうして今日は明日に備えてこれにて解散となった。
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 そして今、長門、ハルヒ、朝比奈さんが帰り、この場所には俺と古泉が残っている。
「おい、古泉」
「はい、なんでしょうか?」
「この温泉旅行はお前と機関の仕業か?」
 そう、あまりにもできすぎている。別に危害はないと思うが、気になるコトは至極当然だろう。
「いえ、今回は本当に関係ありません。さすがに商店街の福引まで操作しようがありませんよ。神様に誓ってもいいです」
 そのニヤケ面を見るとどうも信用できないのだがハルヒの強運にしろ、機関の手にしろ、どうせなら楽しまなくてな。せっかく温泉に行けるのだから。
 おっと、さらにもう一つ。
「ところで、古泉。お前、朝比奈さんと二人きりで変なコトしなかっただろうな?」
「おやおや、あなたには長門さんに涼宮さんもいるというのに、独占欲が強いですね」
「なっ!」
 うろたえ狼狽する俺を一蹴し、むかつくようなニヤケ面で、
「ふふっ、冗談ですよ。ではまた明日…」
 最後までニヤケ面で帰っていきやがった、気にくわないったらありゃしない。
 ……しかし独占欲か。
 確かにあるかもな、ハルヒはともかく長門は誰にも渡したくないという気持ちが強くある。好きとかそういう気持ちではないと思うが、…そうだな、娘を見知らぬ男にやりたくない父親の気持ちといった感じかな。
 結婚もしていないのに俺も奇妙な感情を持つようになったものだ。
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 家に着いた俺はさっそく妹に温泉のコトを教えてやると、
「わぁーい、わぁーい。キョン君ありがと〜」
 案の定はしゃぎまくっている。
 コラコラ、首にしがみつくのは止めなさい、息が苦しい。
 そして、晩飯を食べている最中までじゃれてくる我が妹をどうにか押しのけ、念願のクーラーによって冷やされた部屋でシャミセンのようにゴロゴロするコトを満喫するコトでようやく、じわじわと夏休みに突入したと実感してきたな。ゴロゴロするコトは年中しているというのは、今は置いておいてくれ。
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 ……しばし何も考えるコトもせず、かといって寝ているわけでもない。つまりボ〜っとしていた。
 そういえば一ヶ月程前に長門から相談された俺という情報が勝手に出てくる、という問題はどうしたものかな。これから何年も現状のままだったら、いくらエラーでない情報といっても限度があるだろう。長門がまたあのような行動に出てしまったら、次こそ長門が親玉である情報思念体に消されてしまうかもしれん。
 俺が「ジョン・スミス」という切り札を持っているとはいえ、100%保障できるとは決して言えないからな。
 ……いかん、ネガティブな考えになってきているな。
 ともかく一刻も早く解決法を見つけなくてはならんな。しかし、そう簡単にわかれば苦労はしないのだが。と頭を少し休息から復帰させた所で、携帯が突如なる。確か、ハルヒが明日について連絡するとか言っていたな。
 携帯を開くとやはりハルヒからか、
「もしも」
『あっ、キョン? 明日の集合時間が決まったわ! いつもと同じ、九時に駅前だから。遅刻しないでよね!』
 もしもしぐらい最後まで聞いてくれてもいいんじゃないか、ハルヒ。
「了解だ。妹もいるし、たぶん遅刻はしないですむ」
『そう、ならいいけど。……ねぇ、キョン』
「なんだ?」
 お前が三点リーダーを二つも並べるて使うなんてめずらしい、長門ならよく使うが。
『有希のことどう思う?』
「長門か? …別に最近は変わった様子はないと思うが、何かあったのか?」
『そういう意味じゃないわよ。まぁいいわ、また明日ね。妹ちゃんもちゃんと一緒に連れてくるのよ!』
 そう言うとハルヒから電話を切ってしまった。
 ワケが分からん、結局あいつは俺に何が言いたかったんだ?
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 翌日、夏休みというのに学校に行く時間よりも朝早い時間である。
 しかし、
「キョンく〜ん、早くおきてよ〜。今日はおんせんだよ〜」
 この妹が俺の体の上でユサユサと動くため、渋々起きるはめになった。
 …まだ七時にもなっていないじゃないか。妹よ、もう少しお兄ちゃんに安眠させてほしかったな。
「だめ〜。早く行かないとおんせんがにげちゃうじゃない」
 それはまず無いから安心しておけ。
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 こうして俺は妹によって早く起こされ、八時前というのに駅前に向かうことにした。
 一泊分の着替えやら小物を入れたカバンを持つ。今回は妹入りカバンってコトは無いのでその点安心である。
「キョン君、はやく〜」
 さっきからそればっかり口にする妹は、すでに玄関へと飛び出ており俺はまだクツをはいている途中であり、そうせかさないでくれと言いたい。
「はいはい、待たせたな…」
 我が妹ながら朝からハイテンションだな、少しは俺にもわけてほしいものだ。と思うものの、俺は内心この温泉を非常に楽しみにしていた。
 何故かって?
 もちろん決まっているじゃないか。一応ハルヒも入れての美少女三人と温泉に行けるのだから、楽しみなのは至極当然であろう。
 俺も一介の男子生徒だし、ヤボなコトは言いっこなしだ。
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 こうして妹に腕を引っ張られながら集合時間五十分前に駅前に着いたわけだが、一番乗りというわけでなくすでに長門が待っていた。前に行った美術館のときも早かったし、一体何分前から来ているのだろうか?
「有希ちゃん、おはよ〜」
 妹にとってはこれがアイサツなのか、長門の体にめがけて体当たりして抱きつくという、うらやましい行動である。
「…おはよう」
「あぁ、おはよう。…ほら、そろそろ長門から離れなさい」
 いつまでもハグしてないで俺と変わりなさい…じゃなくて長門に迷惑だろ。
「かまわない」
「わぁーい、有希ちゃん好き〜」
 ますます抱きつくその姿は、一見可愛らしいものだが…正直、俺もしてみたい。
 っとヤバイヤバイ、一体俺は何を考えているだ。そんなコトこの俺が考えるはずないので、奥底に眠る人格が思っていたコトにしておこう。
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 朝からずっと俺にまとわりついていた妹はすっかり長門にじゃれついており、ようやく妹の子守りから開放された。その様子を見ていると長門も心なしか和んでいるように見える。
 普段の本を読む長門も魅力的だが、こういう姿もまた違う雰囲気が出ていいものだな。違うといってもおそらく俺にしかわからない程度だと思うがな。
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 十分ほどそんな光景を微笑ましく、また妹への軽い嫉妬を抱きながら残りの三人、誰が最後になるか楽しみに待っていると、
「おっ、あれは朝比奈さんかな」
 遠くからひょこひょこと歩いてくる一人の少女は間違い無く朝比奈さんだろう、薄手の服からとても豊かに育っているものからもわかる。
 そこ! セクハラとか言わないでくれよ!
「…来た」
 いまだ妹から過剰なスキンシップを受けている長門が指さした先には古泉である。あの遠くからでもわかるニヤケ面は古泉以外誰であろう。
 これで最後はハルヒかな…と思ったのだが、ふと駅を見るとそのハルヒが現れた。
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 そして、結局はハルヒ、朝比奈さん、古泉と三人同時に着いてしまった。
「今日のオゴリルールは中止ね」
 とハルヒ。というか、お前ら普段からこんなに早く来ているのか、どうりでいつも俺が最後のはずだ。
 長門から離れた妹が、朝比奈さん、ハルヒと順に飛びつくというアイサツを済ませると、またもや長門へとひっついてしまった。朝まで俺に甘えていたのにえらく長門になついてしまったな、少し兄として寂しいものだ。
 俺が寂寥の感に浸っていると、
「それじゃあ、今から出発しましょうか!
この熱き太陽・盛り上がる白雲・青々と突き抜けるような空の下で、SOS団プラス一名による『団長が見事ゲットした・夏休み豪華慰安温泉旅行・ザ・ラジカルプラン』へ、いざいかん!!」
 全く回りの目を気にせず高々と腕を挙げ、奇抜な名称を宣言するハルヒの声が駅前に響く。
 なんで長門といい、ハルヒといいもう少し人の目を気にしないのだろうか…。そのたび、ものすごく恥ずかしいのだが。
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 こうして電車に乗り換えるコトを何度か繰り返し、目的地である温泉旅館へと向かう。そしてこれは、電車の中の出来事である。
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 長門・ハルヒ・朝比奈さん・妹と四人向き合った席に座っているのに対して、俺の隣はというと、至極当然というか、仕方が無いというかあまりものの古泉が座っている。ありえないコトだが、席が五つあれば古泉をほっておいて間違いなくあちらに座りたいと願うね。
「昨日は結局、会議が入りすぐ市内探索があったので、できませんでしたから今日こそはやりましょうか」
 ちゃんとセリフにカードゲームという単語を入れろ。変な意味で捉えるヤツもいるかもしれん。…分からない人は分からないままでこれからもいてくれ。
 健全なトランプ(二人というのにババ抜き)を俺の勝利で重ねながら時間が流れていく。
 前に座る華やかな四人の娘は、キャイキャイと会話に花を咲かせているようだ。長門の声は、「そう」「いい」「わかった」など短いものだったが、本を読まないで会話に参加しているというコトは、長門も十分楽しんでいるのだろう。
「おや、どうしました? あなたの番ですよ。それとも向こうのほうが良いとおっしゃるのですか?」
 当たり前だ、この野郎。
「それより、本当に今回の温泉旅行は機関がからんでいなくて、お前も何かをたくらんでいないのだろうな?」
 我ながらしつこいかもしれんが、ドッキリはもう勘弁だからな。
「大丈夫ですよ、そこまで神経質にならなくても。
…といっても実は、僕主催の何かイベントを催そうと考えていたのですが、涼宮さんがこの前、温泉で一学期の疲れを取る、と言っていたのを思い出しましてね。それで、僕もそれに習おうと思いまして」
「それはいい心がけだ、止めて正解だったと言っておこう。俺もせっかく温泉に行くのだから、ゆっくり過ごしたいしな」
 俺は古泉が持つトランプを一枚引き、ペアになり二枚捨てる。そして、ジョーカーをちょいと取りやすいようにしてやると、それを古泉が取り、テスト後に解答欄が一つづれていたのに気付いた時のようなバツの悪い面をする。
 …ホント、弱いな。
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 電車に揺られ続けて着いた先は見事、山に囲まれた場所で俺たちが住む町中とは空気が爽やかで心地よい。どうして北高も山にあるのに、こうも違うのか恨みたくなる。
「わぁ〜、山からの風が気持ちいい〜」
「……」
 朝比奈さんと長門もこの山から流れてくる風に気分良くしているようで、その風になびく髪や服、満喫している様子をみているだけで、まだ十年は戦えるような気がするね。
「ところでハルヒ、ここから旅館までどれぐらいだ?」
「う〜ん、十分から十五分といったところかしら。とにかく向かいましょう、それでは出発進行!!」
 この爽やかな空気のようで勇ましく声を上げるハルヒに付き添う形で、ついていくのだがこう景色が緑一色だと実に晴れ晴れするな。これだけでも疲れが取れそうである。
 ここで妹はというと皆の周りをうろちょろしながら、トンボや蝶が舞うのを追いかけたり、長門やハルヒや朝比奈さんの腕を引っ張ったりと、朝からの元気を維持したまま来ている。そんなにはしゃぐと着いた途端、疲れて眠るぞ。
「だいじょうぶだよ〜。ほら〜、キョン君も早く〜」
 はいはい、まったくハルヒ並みの元気の良さだな。
 しかし、将来はあんな常識破れな女性になるんじゃないぞ。長門のようにおしとやかで、朝比奈さんのように可愛くなれよ。
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 さてようやく着いた温泉旅館。
 結構大きい和風の建物で、少し古びた感じがとても良い味を出している。
 ご丁寧にも看板には『SOS団様、歓迎!!』の文字が掲げられている。昨日の今日でよくもまぁここまでしてくれるものだ。
「こんにちはー! SOS団一行が今、着いたわよー!」
 ヅカヅカと入っていくハルヒに続き、アリの行列のように続いてゾロゾロと俺たちも入っていくと、奥から数人の女性が出てきて、そこまでしなくてもいいだろうと思うほど、深々とお辞儀をする。
「長旅お疲れ様でした。SOS団御一行様ですね。今からお部屋を案内いたしますのでどうぞこちらへ」
 女将と思われる女性の後ろについていった俺たちが案内された先はなかなか広い和室部屋である。
 ん……もしかして、
「なぁ、ハルヒ。俺たち六人でこの一部屋か?」
「そうよ、だって家族ご招待のチケットだもの。普通は家族だと同じ部屋でしょ。だから部屋は一つなのよ」
 なのよ…って同じ場所で寝るのかよ。仮にも男と女が一緒にいるんだぞ。
「別にあたしはかまわないわよ、布団が同じなわけじゃないし。
キョン、もしかしていやらしい事考えているの? わかったわ、あなたにはスケベ大王エロキョンの汚名を授けるわ!」
 そんなコトは耳かき一杯分も考えていないからやめろ、妹が見ている上、聞いているだろ。
 …お前が同じ部屋でいいなら俺はそれでかまわん。朝比奈さんや長門と一緒の場所で寝るコトができるのはむしろ望むコトだ……なんていやらしいコトは一切考えていませんから、朝比奈さん、そんな目で見ないでください。
「……」
 長門も同じく、じっとそんな目で見ないでくれ。なんか俺が汚れているみたいじゃないか…。
「え〜っと、失礼いたしますがお客様、お昼のほうはどうなさいますか?
こちらで今から用意することもできますし、近くおいしい所もございますが…」
 ものすごく話しかけにくい状況だったのか、えらく控えめな態度な女将さんである。まぁ、ハルヒからしてみれば、とるに足らない状況であろうが。
「夕飯はここで食べるし、お昼は外で食べましょうか。
女将さん、その店の地図書いてくれる。古泉君、有希、みくるちゃん、妹ちゃんもそれでいいわよね?」
 ハルヒが言ったからにはもう行き先はそこに決まったも同然だな。俺が意見しても無駄だろうし、別に否定する理由もない。
「僕は涼宮さんに合わせます。朝比奈さんに長門さん、妹さんはどうですか?」
「いい」
「あっ、あたしはどこでも…」
「いいよ〜」
 ハルヒにさからうヤツはここにはいるはずもなく満場一致という形で、お昼を食べに行くコトに決定した。ちなみに妹すら聞かれたのに俺が聞かれていないコトは、ハルヒにとって俺の意見は妹以下というわけですか。
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 その後、温泉や遊戯施設などがどこにあるか軽く旅館内を探索し終わり、女将さんが書いてくれた店へと出発することとなった。
 女将さんがわざわざ書いてくださった地図を見る限り五分ほどで着く近い店で、荷物も部屋に置いてきた俺たちは足取りも先ほどと比べてもさらに軽く、目的地に進んでいた。
 妹はというと今度は朝比奈さんとハルヒとの間を行き来して、二人の相手役となっている。いつもこうしていてくれると俺も気が楽なんだがなぁ。
 そんなコトを考えながら歩いているといつの間にか長門が隣にいて、俺がちょっと驚いて長門の横顔を見ると、
「ひとつ聞きたいことがある」
「いいぞ」
 唐突に聞かれた長門からの質問。俺が答えられる範囲であればいいが…、
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「『幸せ』とは何?」
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 ……また変わった質問だな、それにしても『幸せ』か…。
 う〜ん、改めて考えると言葉ではちょっと説明しにくいな。
「そうだな…。人によっては変わると思うが、お金をたくさん持っているとか、好きな食べ物を食べている時とか、他人に認められた時とかかな。とにかく心が満足する、そのことが楽しくて仕方が無い時を過ごす、みたいな感じかな」
「…そう」
 この説明では分かりにくいかな、長門が珍しく考える素振りをしていて、こんな姿は中々見ないぞ。
「例えばだ。前の妹を見てみろ。」
 俺の指さしたほうには、純真無垢な笑顔ではしゃぎまくる妹と同じく楽しげにしているハルヒと朝比奈さんの姿がある。
「一緒にいて楽しく過ごす、あれも一つの幸せというものかな。人間そんな些細なコトでも幸せと感じるコトができるのさ。
長門だってそうだろう? 本を読む時には幸せな時を過ごしているなんて言えるんじゃないのかな」
「……」
 俺と長門の歩むスピードは変わらないが、さらに何か考え込んでいるようで普段の無口の長門からさらに言葉が失われてしまったように感じる。
「ん〜、俺の説明が下手なせいかわかりにくいかもしれんが、いずれわかるようになるさ。でも、いきなりどうしてそんなコトを聞いたんだ?」
 ……これまためずらしく、しばらく口を開くのをためらっているように見え、ようやく長門から小さな声が流れ始めた。
「……それは、わたしがあなたと」
「あっ、あれね!! キョーン、有希ー、古泉君ー、早く来なさーい!! おいていくわよー!!」
 せっかく長門がためらっていた言葉を出そうとしていたのに、この空気の読めないハルヒときたら…。
 それよりも、ハルヒが古泉の名前も出したな。そういやさっきから姿が見えなかったがドコにいるんだ?
「僕ならここですよ」
 そのいかにも美青年が発するようなむかつく声が聞こえた後ろへ振り向くと、
「さぁ、涼宮さんも呼んでいることですし、行きましょうか」
 口から流れる息が耳にかかるぐらい近くにいた。
 …おい、古泉。お前、まさか俺と長門の会話をずっと聞いていたのか?
「それはどうでしょうか? それよりも、早く行きましょうか。そろそろ、涼宮さんが怒りだしますよ」
 この様子だと絶対聞いていたな。
 しかし今は、古泉の言う通りハルヒのご機嫌メーターが下へ下へと移動している。急いでいかなくては、理不尽な理由で俺がおごる羽目になるかもしれん。
「長門、この話はまた後でしよう。どうせなら、二人きりで話したほうがお前も話やすいだろう」
「……」
 風で揺れたと見間違うほどの髪がなびく程度の頷き。長門も古泉や皆がいる前では話にくいだろう。今日から明日にかけてどこか二人になれる時がくるだろう。
「おや、ずいぶんと仲が良いことですね。うらやましいものです」
 お前は黙っておけ。
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 古泉のにやにやニヤケ面を見限って、ハルヒがせかす店の扉へと入っていった。ちなみにこの店はソバ屋であり、ソバ打ちの実演が見られる本格的な所であり、ちょうど今、職人業によってソバが形作られている。
 俺もテレビ以外で初めて見るが中々たいしたものだな。
「「わぁ〜〜」」
「……」
 上の重なっているセリフが妹と朝比奈さん、下の三点リーダーの長門、この三人はずいぶんと興味があるようでソバを食べる前から食い入るように見ている。ソバを板の上にバンバンと叩きつけるたび、妹と朝比奈さんはビクッとして耳を押さえているその姿は姉妹みたいであった。
 長門はそんな音も気にすることなく、ソバのみに本当に穴が開いてしまいそうな視線を一点集中させ、ある意味、妹や朝比奈さん以上に興味津々である。
 俺は長門の食に関する好奇心・求知心は並半端無いコトは知っているが、何も知らないソバを打つ職人は見てくれる嬉しさに恥ずかしさを粉末ブレンドしたような顔をしている。
 まぁ、当然かな。こんなにも可愛らしい少女たちに100カラット並みのキラキラ光る目をされたら、俺だってそうなるさ。
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 食事風景は言う必要ないと思うが、簡単にだけ説明しておこう。
 ハルヒは音をたてながら、長門は音をまったくたてないという違いがあるだけで食べるソバの量はというと、十日ほど絶食していたんじゃないかと思えるほどの勢いで口の中へと消えていった。この恐ろしい食欲は一体ドコから来てドコへ行くのだろう…。それは誰にもわからないコトなのかもしれない。
 もう一組の朝比奈さんと俺の妹はというと、この世のベスト姉妹と言っても過言ではない様子だった。俺の妹ながら恥ずかしいコトに口のまわりを、つゆで汚しなら食べている。それを見た朝比奈さんは、微笑みながらわざわざ自分のハンカチを使い拭いてあげているという正直うらやましい行為を続ける。
 朝比奈さん、なにもそこまでしなくていいですよ。妹よ、その拭いてあげる回数の十倍の礼をしておけよ。
 これぐらいかな、特筆すべきトコは。
 …俺と古泉? 上記の内容に比べたら、校長の長いアイサツよりもくだらないものなので省略だ。
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 昼飯も食べ終わり旅館に戻った後、次はどうするのかとハルヒに尋ねたところ、
「すぐさま温泉に入るっていうのもいいかもしれないけど、ここはひとつ、運動してたっぷり汗かいてから入ったほうが気持ちいいと思うの。だから、少し順番が違っちゃうけど先に卓球しましょう!」
 確かに温泉上がりの浴衣姿で卓球をするのが定番というものだ。
 しかし、ハルヒの言うコトも一理あるな。たっぷり運動して、疲れきったところでゆったりと温泉につかるコースも考えると中々良さそうだ。
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 さてやってきた卓球場。
 そういえば、去年の孤島に行ったときも同じように卓球をやったな。
「リーグ総当りでSOS団二代目ピンポンチャンピオンを決めましょう」
 そうそうこんなコトをハルヒは去年も言っていたな。
 あの時の決勝戦は、俺とハルヒによる激戦で、最終的にはハルヒが初代チャンピオンの座に君臨するという結果になってしまった。あの時の屈辱をはらすいい機会だ。
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 六人でトーナメント戦を行ったのだが、初戦でハルヒとあたってしまった。
「去年とは違う姿を見せてほしいわね」
 ありきたりの安っぽい挑発するハルヒに、
「お前こそ、腕は落ちてはいないだろうな」
 そのありきたりの安っぽい挑発に乗る俺。…まだまだ俺たちは子供だな。
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 …白熱した戦いを繰り広げた結果は俺の負けだった。去年から何の練習もしていないのだから実力は去年と同じ、当然と言えば当然だな。しかし、この勝者ハルヒから見下される悔しい気持ちは忘れないでおこうと思う。
 ちなみに朝比奈さんと妹の試合でも白熱した戦いになった。白熱したといっても、お互いが同じようなミスをしまくるといういささか低レベルな戦いだったコトを付け足しておこう。
「えい」
「え〜い」
 このようにかけ声は二人ともいくら聞いても口元がゆるむ微笑ましいものだった。ラケットにピンポン球があたっていないのは、言わずともわかるだろう。
 決勝戦は古泉を瞬殺した長門とハルヒの対決である。
 古泉を破った長門の強さは相当のものであり、卓球部の連中なら赤子の手をひねるぐらい軽く勝利するだろう。
「…」
「せいっ!!」
 しかし、その長門に互角近い勝負をしているハルヒも俺の時とは比べものにならないほどの力を見せている。俺の時は手加減していたのか、もしくは相手が強くなればなるほどハルヒ自身が強くなるのか…。
「涼宮さんの性格から言って、あなたに対しては手加減なんてしないでしょうね。おそらく、後者が正しいのではないかと」
 女性に負けた、といってもあの長門なので悔しそうな表情は一切していない古泉が答える。
 それにしても、ハルヒの才能というか実力にはホント何度も驚かされる。
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 三十分の激戦によりSOS団二代目チャンピオンの座に着いたのは長門に決まり、ハルヒは防衛戦に失敗しチャンピオンの座を明け渡した。
「あぁー、もうくやしいー、後少しだったのにー!」
 そう、あの神業レベルの長門にハルヒはなんとかついていき、一時は長門を追い詰めチャンピオン防衛かと思われたのだが、しかしそこはさすがの長門。目にも止まらぬスマッシュを連発しハルヒを撃沈してしまった。
「有希! また後で勝負するからね、今度は最初からあたしも本気でいくからね!」
「…わかった」
 明らかに全力を出していたように見えたのだが、そんなコトを言うと赤点を親に見せた時以上な目に会うコトは確定してしまうので言わないでおく。長門もそれを知ってか知らんが、快く承諾しているし。
「ではそろそろ温泉のほうへと行きましょうか。皆さん、汗もかいていますし早いほうがよろしいでしょう」
 いくら山の中で町に比べ涼しいといっても、夏は夏だし、これだけ動き回れば皆、汗をいっぱいかいている。…無論、長門は除く話だ。
「そうね、あたしもすっかり汗だくだし」
 パタパタ服の中に風を送り込んでいるハルヒが着ているのは白いTシャツ一枚で、唯でさえ透けてブラジャーが見えそうだったのに、汗で少し服がしめったおかげで下着の色(ピンク)まで丸わかりだ。
 俺が親切心でそれをハルヒに耳打ちしてやったところ、
「こ、こ、このエロキョンがぁーー!!」
 顔を真っ赤にさせていき、長門のラケットのスイングよりも鋭い高速のビンタを俺の頬にかましてきやがった。その反動は男である俺の体を楽々と三メーターは吹っ飛ばす威力であり、この今、浮かんでいる俺の思考も体も息絶え絶えである。
「キョン君のえっち〜」
 俺の親切心が妹までこう言われる目に遭うとは誰が予想できただろうか、いやできない(反語)。
「ふんっ、キョンはこのまま置いたままにして、とっとと着替えの浴衣を持って行きましょう。わかっている思うけどエロキョン、女湯のぞかないでよね。
もしやったら、宣告無しで死刑以上の苦しみを与える上に、学校の掲示板に『わたしは女湯をのぞきました』って紙と一緒に叩きつけるからね!!」
 そう言い残してずんずんと歩くハルヒを先頭に皆、卓球場を出て行ってしまった。
 …俺は今だ横に倒れこんでいたのをどうにか立ち上がると、長門がまだ残っているのに気付いた。
 そうか、長門は俺のコトを心配してくれたのか、ありがとう…。嬉しくて、枯れ果てていた目からウルドの泉の如く水があふれてくるよ。
「…えっち」
 そう言って、俺を一別した長門は音も立てずにこの部屋を出て行ってしまった。
 この時空から逃げたくなった。
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 そして頬が赤く腫上がった俺がやってきた風呂は室内にサウナあり、ひのき風呂あり、外にある露天風呂のほうは、夏の日差しを浴びて、より深く、より明るい緑をかもしだしている木々に囲まれ、流れうる川は家の近くに流れる川とは、月にすっぽん、月下美人にラフレシア、人間国宝が作った茶碗に素人が作った茶碗、と例えを挙げるときりが無いぐらい綺麗で澄み切っているものが景色として一望できる。
 もう一つ、奥に湯船があるみたいだが、今は扉で閉まっている。その扉には紙が貼ってあり、時間によって男湯・女湯に切り替わる場所らしく、今この時間は女性専用の湯船になっている。
 一つ入れないのが残念だが、これぞ正に『温泉』というものだ。
 腰に巻くタオル以外何も身に着けていないことも併せて、開放感で心が一杯だ。
 これも一つの幸せだな。
 そういや、昼飯を食べに行く途中の長門との会話がまだ終わってなかったな。寝るまでに機会があればいいのだが。
「いやいや、非常にいい所ですね。僕も日頃の息詰まった生活を忘れられそうですよ。涼宮さんには本当に感謝しなくてはなりませんね」
 古泉、お前が後ろにいると変な視線を感じる、アンド、何されるかわからんからゴ○ゴじゃないが俺の後ろに立つな。
「それは残念」
 何が残念なのだ。そしてわかったなら、とっとと離れろ、気色悪い。
 読者もお前と俺の裸でツーショットなんてこれっぽっちも望んでいないに決まっている。もし、望んでいる奴がいるなら、いい病院を紹介してやるから今すぐ失せろ。
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 卓球で出た体の汗を早速、流して湯船につかり、ふぅ〜と一息つく。
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 …………癒されるな。
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 自動車が走る音や雑音は一切なく、耳に聞こえるのは自然のみが生み出す音だけで、この時ばかりは時間も流れるのがゆっくりと感じる。
 うるさい古泉もこの時ばかりは、目をつぶって自然と同化しているように静かにしている。…隣にいるのが気に食わんが。
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 いつまでも隣にいる古泉をサウナへと追い出し、一人になって三分ぐらいだろうか…。
 誰もいない湯船でのんびりと肩まで湯船につかっていると、隣の女湯からハルヒや朝比奈さん、妹の声が聞こえてきた。
 これがまた雑音が無いせいか、言葉の隅々まで丸聞こえなのだ。
「結構広くて景色もきれいね。どうやらここの温泉は大当たりのようね!」
「へぇ〜、これが温泉なんですね。こんな自然の中でお風呂に入るなんてあたし初めてです…」
「わぁ〜い、いっちば〜ん」
「……」
 三点リーダーは聞こえないが長門のものという俺の想像だ。
「…あ、あの涼宮さん、タオル巻かないと、その…見えますよ?」
「いいのよ、別に。他にお客さんもいないことだし、誰も見てないわよ」
 聞いてはいるが。
「ほら、みくるちゃんもタオルなんて取りなさい! 有希も妹ちゃんもタオルなんて巻いてないじゃない。女同士、裸の付き合いよ!」
「えっ、えっ、ひ、ひゃぁ〜。あぁ〜ん、返してくださいよ〜、涼宮さぁ〜ん」
「わぁ〜、みくるちゃん、胸大きいね〜」
「あいかわらず大きい胸を持ってるわね。もしかしてまた大きくなってない? むかつくわね〜、あたしにも少しわけなさいよ!」
「きゃあ〜〜、あっ、涼宮さん、もまないで〜、あ〜、お願いですからやめてくださぁ〜い」
 …………。
 この三点リーダーは見えないから耳をすませているなんて、絶対していないからそこのところは理解しておいてくれ。俺は紳士のつもりだし、聞き耳を立てるマネなんてしない。それなら声の聞こえない室内のひのき風呂のほうに行けばいいじゃないか、と言われても俺はもう少しこの優雅な自然を味わいたいのだ。
 以上のコト、わかってくれただろうか?
 …………。
 ホントにしてないからな。
「ほらっ、有希も来なさい。みくるちゃんからわけてもらいなさい」
「…そう」
「へっ? へっ? な、長門さん、冗談…ですよね? ひょ、ひょえぇ〜〜」
 ……それにしても絶対に隣が男湯ってコトを忘れているだろ。
 幸いにも俺以外は誰もいないがこれを聞く奴がいるなら、俺はそいつの鼓膜を破壊しているだろう。これを聞いてもいいのは俺だけというコトにしておこう。
 しかし、この男を刺激しすぎる甘美な言葉たちを聴き続けると目に毒…じゃなくて耳に毒だ。
 早く何とかしないと俺の理性が保てない。
 かといって、今更ここで女湯にいるハルヒたちへ声をかけるコトはパラシュートを背負わないでスカイダイビングするに等しい…が、このまま聞き続けるのは、試験中にゲームをやり続けると同じぐらい危険だ。
 一体、俺はどうすればいいのか、誰か教えてくれ。
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 …人はこうやってダメになって落ちていくのだろうな。あらためて実感できる。
 この麻薬のような声を聞き続けたい俺はずっと外の湯船でつかっている。
 古泉は室内のひのき風呂のほうに先ほどからずっといるので、この声には気付いていない。
 女風呂からは今も尚、
「ほらほら、みくるちゃん。こっちに来なさい、体を隅々まで洗ってあげるから〜」
「みくるちゃんもおいでよ〜。一緒に背中流しっこしようよ〜」
「も、もう許してくださぁ〜い」
「……」
 このように元気な声が二つ。思わずそちらに助けに行きたくなるような声が一つ。俺の想像である三点リーダーが一つ。
 ずっと変わらない立場の声が金太郎アメみたいにまったく切れるコトなく続く。ヤバイな…、本格的に俺はいろんな意味でダメになりそうだ。
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 しかし何事にも終焉は訪れるようで永久には続かないらしく、声が途切れた。室内のひのき風呂のほうに行ったのか、サウナに行ったのかわからんがとにかく声が聞こえなくなった。
 このタイミングで風呂から出なくては、一生抜け出せないだろうと思った俺は意を決して風呂から出るコトにした。
「おや、あがるのですか?」
 サウナからあがった所なのか、水風呂につかる古泉であるが、こちらは充分すぎるぐらい湯船につかったのでサウナもひのき風呂も水風呂さえもお断りだ。
「そうですか。僕はもう少しだけ温泉を堪能していきますので、お気になさらずに」
 勝手に堪能しておけ。俺はもう一杯一杯だ。
 脱衣所に戻り、扇風機で二つの意味で火照った体の熱を冷ましつつ、バスタオルで次々湧き出る汗を拭いていくのだが、一向に止まる気配は無いので浴衣を着て冷房の効いた部屋に戻るコトにした。
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 戻った部屋には誰もいないというコトは、女性陣はまだ風呂というコトで俺が一番先に上がったのか…。
 冷房を今の設定温度よりも少し下げ、汗が引くのと皆が帰ってくるのをのんびり待つとするか。幸い夕飯までは一時間ほどあるし、ゆっくりできるだろう。
 と思ったのだが、スッと一人部屋に入ってきた。
「……」
「…長門か。どうだ、温泉は気持ちよかったか?」
 長門は俺と同じタオルを首にかけた浴衣姿であり、春に桜、夏にヒマワリ、秋にコスモス、冬に…え〜っと、冬に咲く花って何かあったっけ? …ともかく、それぐらいとても似合っていた。
「よかった」
「それはよかったな」
 やはり、浴衣が見栄えするのは、昔の日本人体型だよな。イヤ、決して長門のスリーサイズの差が小さいとか、胸が朝比奈さんと見比べてアレとか言っているわけではない。
「……」
 だからそんな氷河期みたいな目で見ないでくれ。
「あ〜、そうだ。ちょうど今は二人だし、昼飯を食べに行った時に途中だった話の続きをしないか? 確か、なぜそんなコトを聞いたのか、という途中だったな」
「…わかった」
 そう言うと、今の今まで感じていたプレッシャーが消え、次の一言をささやく。
「あなたはわたしと」
 ここまで聞いて、ハルヒに遮られたのだったな。
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「一緒にいて幸せ?」
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 なるほど、これで全文か。その質問を確かに受け取った、が答えるまでもないだろう。
「幸せに決まっているだろう。俺はお前と一緒にいると心が休まる。これがハルヒと一緒だったなら、俺の体はとっくの昔に肉体的・精神的にも疲れが溜まってどうにかなってしまったかもしれん」
 そうとも、あのハルヒが一緒にいるとなると、まず心休まる時間は皆無だろう。
「逆に、お前に呼ばれて会いに行っても大した話しもできないし、最近は夕飯までご馳走になっている始末だ。俺だけがいつも世話になって、長門のカセになっていないかと思っていたぐらいだ」
 俺がひとしきり、言い切ると今度は長門が言葉を続けた。
「わたしはあなたという存在がカセと思ったことは一度も無い。そもそも、今のわたしはあなたという存在に生かされていると言っても過言では無い。わたしが情報改変を起こした後、情報統合思念体による処分が免れたのはあなたのおかげ。
あなたを呼んで二人で話す、夕飯に招待するのは、わたしがそうしたいと思ったから。それにわたしもあなたを無理に呼び出して、迷惑ではないかと前々から思っていた。それが言い出せないでいたのは…矛盾しているかもしれないがそれを尋ねて、あなたの口から「迷惑」と聞かされるのを恐れていたのかもしれない」
 情報改変のコトはもういいさ、俺も長門の助けでこの世界に戻ってこられたし、命も救われたんだ。
「お前に俺の存在をカセでないと言ってくれるのはありがたいし、一緒にいるのも迷惑でもなんともない。しかしだ、長門。俺からも質問させてもらうが、お前は俺と一緒にいて幸せか?」
 体から汗が引いてきているが、まだ熱を持っている俺の両手は、いつのまにか触った感じではとても頼りない長門の両肩に置かれていた。
「それは」
 突如、スッパーンと開けられた襖から、
「いやいや、いいお風呂でした。この旅行の券を当てた涼宮さんには改めて礼を言わなくてはなりませんね」
「温泉って景色も綺麗でいいですね。一回入っただけなのにクセになりそう…」
「せなかの洗いっこ、楽しかったね〜」
「あー、いい湯だったわー! 疲れもぶっ飛ぶわね!」
 ハルヒのセリフから次の瞬間、疲れではなく俺がぶっ飛んだ。
 …今日飛ぶのは二度目だな。
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「あんた、有希と二人きりだからって何してんのよっ!!」
待て、誤解だ。お前は何か勘違いしている。なっ、長門、そうだよな。
「そう。まだ何もしてはいない」
「まだ…ってことは今から何かをするつもりだったんでしょ! 何をするつもりだったのか正直に白状しなさい!」
 …長門、そのセリフは間違っていないし、フォローしてくれたのだろう。しかし、違う意味で取られる可能性は極大だ。
 頼む、もう一度ハルヒに誤解が起きないようわかりやすく言ってくれないか。ギロチンのロープを燃やされている気分なんだ。
「わかった、訂正する。…一緒にいるのが迷惑かそうでないかを話していた」
「い、い、一緒にいるって、一体どういう意味よ!! キョン、殴られたくなかったらさっさと答えなさい!!」
 もうとっくの昔に殴られていますが。
 そして、長門。確かにそのコトも話していたし、さっきと同じように間違ってはいない。けれどもそれは、ハルヒという燃え盛る炎に食用油と灯油とガソリン(レギュラー・ハイオク・軽油のブレンド)をそそぐ言葉だと言ってもいいだろう。
 次に朝比奈さん。嫁に浮気相手がばれたドラマのシーンを見ているような目で見ないでください。
 さらに妹よ。何が「わぁ〜、すご〜い」で、なぜ拍手している。
 最後に古泉。全てをわかったような顔をしているなら助けろ。イヤ、助けてください。
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 結局、長門と話していた内容をハルヒに説明しても勘違いされるコト間違い無しだったので、先ほどの長門のフォローに矛盾が生じない程度に以下のように改変させてもらった。
 まず、俺が長門の肩に触れていたのは、長門にホコリがついていたので心優しい俺が取ってようとしていた正にその時、お前らが部屋に帰ってきたのだ。そして俺たち二人が話していた内容は、俺の妹のコトである。朝から妹が一緒にいて迷惑じゃないか? と俺が長門に聞いていただけであり、ハルヒが思っているような不埒なマネは一切していない。
 事実、何もしていない。
 どうだ、わかったか? だからハルヒ、そろそろ浴衣から万力並みに力が出ているその手を離してくれないだろうか?  
浴衣からも断末魔に極めて近い声が聞こえてくる。
「…本当にそうなのね、有希」
「……」
 この無言で頷く長門を見ると、ハルヒの手から俺に伝わる力が少しずつ弱まってきた。どうやら一命を取り留めるコトができたようだ…。
 しかし、長門に聞かないと信じてくれないトコを見るとハルヒにとっては俺の言葉はやはり信用性に欠けるものらしいな。女性関係になるとこれは仕方が無いことなのだろうか。
「そ、わかったわ。それじゃあ、お腹も空いてきたし夕飯を食べにいきましょう。なんでも、すごく豪華らしいわよ!」
 殴られた俺には、ワビの言葉も無しですか。
「勘違いされるようなあんたの行動が悪いのよ!」
 まったくこの天上天下唯我独尊絶壁プライドのハルヒはどうしたものだろうか。
 でも、ハルヒの言うとおり、他人から見たら勘違いされるような状況だったのは間違いないので言い返せない俺である。
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 ハルヒの言うとおり晩飯はとても豪華であった。
 山菜のテンプラや霜降りの肉があるのは理解できるが山の中というのに、新鮮な魚の活け作りまで並んでいる。
 女将さん曰く、
「この町は日本海から獲れた魚介類を南へと運ぶ直通の通り道になっておりますから、この辺りでも新鮮な状態で手に入れることができますので」
 なるほど、納得だ。しかし、俺の疑問はハルヒや長門にはまったく興味がないようで、がつがつとハルヒ、もくもくと長門といった感じで口を動かしている。
 …お前ら、もう少し自分が食べるものはどんな物とか、どこで取ったものかという疑問は湧かないのか?
「おいしければ、どこで取れたとか何なのかは別にいいのよ。
あっ、有希! それはあたしが狙っていたのよ、よこしなさい!」
「断る」
 このセリフの前にすでに獲物を口に入れている長門である。
 それにしてもハルヒと長門の食べっぷり、朝比奈さんの食べている様子、口の周りを汚しながら食べている妹を見ているとまったく飽きないな。
 そうは言っても四者三様の食べ方をじっくり見ているだけで腹が一杯になるわけもなく、俺も食事に参加させてもらうとしよう。
「いただき」
「キョン! その魚はあたしの好物なんだからもらうわよっ!」
 俺が箸で刺身をつまもうしたその瞬間、ハルヒの箸が出てきた。
「何言ってんだ、俺もこれは好きなんだ。そう簡単に譲ってたまるか」
 箸と箸で火花が散るような小学生並み低レベルの激戦を繰り広げていたその合間に、一つの閃光がよぎった。
 正に一瞬。まるでクチバシは湾曲して鋭く、翼は巨大、それでいて飛行は迅速、脚には鋭いかぎ爪までも持つ猛禽類が小動物を捕食する様だった。
「「あっ」」
 俺とハルヒのセリフが重なり、目標であった刺身が運ばれる口へ視線も重なる。
「……」
 そりゃあんまりだぜ…長門。
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 もう無いものねだりしても仕方が無い。無理なものは無理というものだ。
 潔く違うやつを…、
「おい、古泉。お前の前にあるから揚げと…イカの天ぷらを取ってくれないか?」
 箸で指定し、古泉へと俺の取り皿を渡す。
「これとこれですね? …はい、どうぞ」
「ありがとよ」
 空の皿に置かれた物の味を思い浮かべながら、重さが加わった皿を返してもらう。俺の手に渡たり、腕を自分の体へと近づけようとすると、
「キョン、この天ぷらもらうわね!」
 自分で取れとか、ダメと言っても聞くヤツではないのはわかりきっている。言ったところで第二次食べ物争奪戦が始まるコトが目に見えている。
 しょうがない、一つだけなら許そう。
「キョン君、あたしも一つもらえますか?」
 どうぞどうぞ、朝比奈さん。あなたでしたら、一つと言わずにいくらでも差し上げます。
「わたしはから揚げちょ〜だ〜い」
 コラ、食べ物を箸で突き刺すのは止めなさい。やるから、お行儀は良くしなさい。
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 ……結局、残ったのはから揚げ一つか、ほんの一瞬でえらく皿が軽くなったものだ。食べ盛りの俺としては物足りない。
 だから長門。
 隣から俺の皿に唯一残ったから揚げが恥ずかしくなって隠れるぐらい凝視するのは止めてもらえないだろうか?
 お前の口の中にはもごもごとまだ食べ物が残って…イヤ、飲み込んだか…。
 飲み込んだと同時にから揚げから視線を外し諦めてくれたか、と思ったのはまばたきする一瞬、次は俺の目をじっと見てきた。
 その黒曜石の目は、トランペットを欲しがる少年の目に、おやつを待つ愛猫の目をかけ算し、それに哀愁を足したようであり、早く言えば「それを欲しい」といった感じであろうか。哀願する長門の目を気にせず、このから揚げを俺の口に入れた時には、一体長門はどんなコトを思うだろうか?
 少なくともがっかりはするだろう、表情には出さないだろうが。
 しかし俺は長門をいじめる趣味も性格もしていない。つまり、俺がこのから揚げをどうするかは決定事項だろう。
「ほら、やるよ」
「…いいの?」
 長門…、どれほどそれを欲しそうにしていたのか自分ではわからないのか?
 まぁ、から揚げにしてみれば、ここまで食べたそうにしている人に食われたら本望だろう。早く、食べてしまいな、冷めるぞ。
「というわけで古泉。もう一度から揚げと天ぷらを取ってくれないか?」
 俺が元の軽さに戻った皿を突きつけると、
「すみません。今先ほど僕が食べたので最後です」
 ……ちくしょう。
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 このようなやり取りがあったが、他の料理も美味いものばかりで俺は十二分に満足できた。デザートに出てきたフルーツの盛り合わせも豪華で山のように形成されていて舌も腹も満足している。
 全員お腹を膨らませて部屋に戻った後は、小休憩として古泉主催によるカードゲーム大会を行った。もちろん古泉は俺の妹にも負けるというぶっちぎりの最下位で、コイツの実力は人生をやり直さないと上がらないコトがわかった。
 腹も落ち着いたトコで、夕飯のときに女将さんが言っていた近くの川でホタルが見られる場所に赴き、妹や朝比奈さんは目を丸くしており、
「わぁ〜、ホタルって幻想的できれいですね〜」
 と呟いていたが、反則的なほど似合う浴衣を着る長門や朝比奈さんにホタルが周りにちらつく絵のほうがより幻想的でキレイだったコトを付け足しておこう。
 旅館に帰ってきてからは卓球リベンジマッチ大会が開かれ、チャンピオン奪回に燃えるハルヒが現王者の長門と対決し、お互い緩急をまったく使わない勝負を繰り広げ、見事ハルヒが長門を破りチャンピオンに返り咲く結果に落ち着いていた。
 ……ダイジェストでお送りしたが、このように多少慌しくもハルヒの暴れっぷり、長門の静けさ、朝比奈さんの可愛らしさ、古泉のどうでもよさ、妹の幼さといつものSOS団プラス1の情景だった。
 そしてこの後はリアルタイムでお届けするとしよう。
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「はぁー、すっかり遅くなっちゃたわね。もう十一時過ぎてるじゃない」
 飯食った後、カードゲームして、ホタル見に行って、卓球したらこんな時間にもなるだろう。妹は頑張って起きているものの、目をこすり始めそろそろ限界だ。
「なら部屋に戻って寝るか」
 俺が卓球の後片付けをしながら皆に声をかけると、
「ですが僕も含めて皆、卓球で汗をかいていますしシャワーぐらいあびてからのほうが良いでしょう。ここのお風呂は24時間開いているようですし、今から行きませんか?」
 同じく卓球の後片付けをしている古泉の提案である。長門とハルヒのような天下分かれ目の激戦をしたわけではないが、俺も汗を額から流している。
「そうね、シャワーぐらいあびないと気持ち悪いし、このままだと風邪引いちゃうかもしれないもんね。じゃあ、一度部屋に戻ってバスタオルを取ってお風呂に向かいましょう!」
 こうして古泉の提案、ハルヒの決定により全員で今日二度目となる風呂に向かうコトになった。
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 風呂に着いた俺はなんら変わりなく浴衣を脱ぎ風呂場へ入る。気持ち悪い行動を取る恐れがある古泉のすぐ隣でシャワーを浴びるほど俺は酔狂ではないので、二つ隣でシャワーを浴びていた。
 ふとガラス窓から外を見る。
 夜の温泉に入るのもまた一興か…。
「古泉、俺は少し温泉につかってから部屋に戻るからそう伝えておいてくれ。皆、疲れていると思うし、さっきも妹はかなり眠そうにしていた。だから俺のことは気にせず、先に眠ってもかまわん」
「わかりました、伝えておきます。では僕はお先に失礼しますので、どうぞごゆっくり」
「一人でゆっくりさせてもらうよ」
 俺が脱衣所に戻る古泉に声をかけると、にこやかに振り返り手をヒラヒラさせた。
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 外に出ると昼に入ったときと同じく、俺一人であった。
 これは古泉の言った通りゆっくりとできそうだ。昼のようなハルヒや朝比奈さんの声も無いし、この旅行に来て初めて目的である息抜きができるのではないだろうか。ここに谷口がいれば、『女がいない風呂場ほど空虚なものはねぇよ!』とか言いそうだが。
 それにしても、同じ場所というのに昼とは違った感じでまたいい味が出ている。光といえば、所々ライトアップされているのに加えて夜空に白く輝く月にその周りに散らばる星々、音は夏虫のオーケストラによる鳴き声が響き渡る。
 これほどの自然を改めて感じさせる温泉というのはやはり日本の醍醐味だな。
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 日本に産まれた喜びにお湯と共に浸っていると、昼には閉まっていた奥の扉が開いているコトに目が行った。
「確かあそこは交代制の湯船だったな。昼すぎに見たときは女性専用だったが、今の時間は男性専用になっているのか」
 せっかく開いているのだからこれは行かなくはならないだろう。
 昼間は堅く閉ざされた扉をくぐった先は、さっきまでいた景色とはまた違ったもので新鮮味を持っている。偶然とはいえ、この開いている時間に来たのは運が良かったな。
 腰に巻くタオル一枚で仁王立ちし、ライトアップされ湯気でぼやけるその神秘的な雰囲気をかもしだす景色をしばらく堪能する。
 …ふと広い湯船を見ると、湯気でよくは見えないが先客が一人いるようだった。
 一人でゆっくりできないのは残念でもあるが、ここまできて引き返すのもなんだし、一声かけてお邪魔するとしよう。
「すいません、ご一緒してもいいですか?」
「いい」
 何度も聞いたコトがある声が耳の中に入るがまさかそんなわけ無いだろうと、その先客がつかっている湯船に入ったその瞬間、声を聞いて俺の頭にポンと浮かんだ主である顔と、湯気が風で引き裂かれはっきりと見えたその先客の顔とが一致する。
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 …………………………長門よ、なぜここにいる。
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「あれ」
 今がどういった状況か判断できていない俺とは違って、何の迷いもなく長門が指さしたところには木の看板が立っており、次の文が書かれてある。
『ここは夜十一時から朝六時までは混浴になっております。新婚さんや恋人同士の方はゆっくりしていってくださいね(はーと)』
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 待て待て待て待て待て、長門とこんなトコで二人きりなんてあの谷口のナンパが成功するぐらいの想定外だ。
 さらに問題なのは長門が体に何も身につけていないというコトで、女性キャスターが温泉を紹介するときのようなタオル一枚も装着してない、いわゆる産まれたままの姿。なんで長門がタオル一枚もつけていないコトがわかったのかというと、さっき顔が見えたときにたまたま体のほうまで見えてしまったというワケで見たいから見たワケじゃない。
 いわゆる不慮の事故というものだ。
 しかも見たと言っても辺りも暗く、一瞬の出来事でタオルがあるか無いかぐらいしか判断できず、女性特有の胸のふくらみは長門が持っていないとかそういう意味ではなく一切見えなかった。もちろんその胸の先端にあるサクランボ色の〜〜も見えなかった。
 以上の思考後、看板を見終え正常機能を失った俺が真っ先に取った行動は長門に背中を向けるといったもので、今は俺の視界に見えるのは弱い光が点々とある風景だけである。
 ところで気になるコトを一つ、後ろで素っ裸の長門に質問だ。
「え〜っとだな…、ハルヒや朝比奈さんはどうした?」
「もう出た」
「そうか…」
 いたら今日三度目の空を舞うトコだ。
「では俺もあがるよ。……失礼する」
 さすがにこのまま長居するワケにもいかないので俺は立ち上がり(俺は腰にタオルを巻いているので)そそくさと、だが少し名残惜しい…なんて考えてないから風呂から上がろうとする。が、
「先ほどの話の続きがしたい」
 先ほどって…あぁ、ハルヒによって二度目の中断を受けた話か。確かに今は二人きりだし、一度風呂から出たハルヒがここに現れる可能性は低い、このコトも併せると話の続きをするのにはもってこいだ、…この場所でなければ。
「……」
 この俺の背中に感じる無言から来る罪悪感。長門が原因なのは明らかで、一体どのような目をしているかを考えると真っ先に捨てられた子猫を思い浮かべる。上辺の目は無感情だが奥底に光るはコレだろう。
 さらに言えば他人がそれを見抜くコトは不可能であり、唯一わかるのが俺である。そして、それを見抜いた回答は、
「…わかった、話の続きをしようか」
 これ以外、何があるだろうか? コレに加えて、もう一つ長門に言葉を送る。
「しかしだ、それには条件がある」
「何?」
 …長門、体にタオルを巻いてくれ。
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 体にタオルを巻いて戻ってきた長門が湯船に入ったトコで、別にココじゃなくてもロビーでも庭でもよかったのではないか? と思ったのだが、もう手遅れだろう。長門も隣に来てしまったし、今になって「やっぱり外で話さないか?」なんて言えるわけない。
「確か俺が長門に、一緒にいて幸せか? と聞いた所だったな」
「そう」
 隣を見るとタオルを巻いている長門であるが、やはり俺も一人の男子であるしこの絵図はヤバイ。長門の無意識的誘惑に負けないようカセをはめる意味で先ほどと同じく長門に背を向けておこう。
「その回答を今から伝える。……それは、まだわからない」
わからない?
「そう。わたしは有機生命体の『幸せ』という概念がまだ完全には理解できてない。完全に、というのは様々な書物から学んだ結果、言葉として意味では理解できる。しかし、それが感情としてどういったものなのかがわからない」
 そうか、学んだ…というあくまで本から得た知識のみ。『幸せ』という心が満ち溢れるとはどんな状況か、までは学べないのだろう。感性を言葉で理解しろ、というのに同義だな。
「昼飯を食べに行ったとき、言ったようにそのうちわかるようになるさ。それに、まだ理解できないといっても、お前はそれを知りたいのだろう? 知りたいと望むコトが理解への第一歩さ。
……ん? そうすると俺に対して「一緒にいて幸せ?」と聞いたのは何だったんだ?」
「あなたが言った『幸せ』の概念がわたしと一緒にいることが当てはまるかどうかが知りたかった」
「なるほど。なら、俺から『長門と一緒にいて幸せだ』と聞いたとき、長門はどう思った?」
 俺が夜空に輝く満月から少し欠けた月を見上げながら長門に尋ねると、背中に長門の肩と思われる物体があたる。…心臓バクバクものなんだが。
「…なぜか、…なぜだか理解できないが、その言葉だけで心地良かった」
 バクバク言っていた俺の心臓が少しずつ落ち着いていく。肩の感触に慣れたというわけではなく、俺の中で何かが生まれたような気持ちだった。
「…なんだ、もうわかっているじゃないか、それが幸せというヤツだ」
 長門のほうへ危うく振り向きそうになったが、首が45℃回ったトコで止める。
「これが?」
「俺からしたらな。今、長門の口から『心地良かった』と聞いて俺も心地良くなった。俺はこれを『幸せ』と感じる。この尺度に合わせると長門も『幸せ』だったんじゃないのか?」
「……そう」
 今度は長門の頭と思われるのが背中にもたれかかってきた。
「それなら、あの質問の答えが言える」
 温泉効果と長門効果ですっかり上せてしまいそうな頭に長門の言葉が入ってくる。
「質問というと、『長門は俺と一緒にいて幸せか?』というやつか?」
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「そう。…わたしはあなたと一緒にいて『幸せ』と感じている」
「俺も…それを聞けて『幸せ』だ」
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 しばらく沈黙が続いたが俺はこの時間がいつまでも続けばいいと思った。
 長門が後ろにタオル一枚でいるからとか下心があっての意味じゃない。この長門といる時間が『幸せ』だからだ。
 誰だって、幸せはずっと続けばいいと思うだろ?
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 ところが今日、俺は長門と二人きりでいるとどこからともなく邪魔が入るのは誰の陰謀なのだろうか?
「お風呂の点検とお掃除に参りました」
「大丈夫よ、こんな時間には誰もいないわよ。早く、掃除して仕事を終わらせましょう」
「そうね。じゃあ、奥の湯船からやっちゃいましょうか」
 温泉効果と長門効果でのぼせてかけている頭にこの声の意味が理解できたのは、扉から従業員が二人して入って来てからのコトである。
「「……きゃっ!」」
 この重なっているセリフは従業員二人のもので、俺たちがいるのに気づいてギクリと立ち止まり発せられたものである。
 この時、俺の背中には長門の頭と肩がもたれかかっている状態で、この静止画をみたら、恋人同士とも思えなくもない体勢なわけで。
「…失礼しました。ごゆっくりしていってください」
 二人して口を押さえていた手を体の前で丁寧に合わせて客を出向かう態度をとり、そそくさと後ろへ下がり逃げるように去った。言い訳するヒマもなかった。
「面白い人たち」
 と長門。
 俺は盛大なため息をついた。
「どうすっかなー」
「まかせて」
 俺の背中にもたれかかったまま動くコトもなく長門は言った。
「情報操作は得意。彼女らの掃除は終わったことにする」
 そっちかよ!
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 夜も遅く、いつまでもこうしているわけにもいかないので風呂からあがることにした。
 一緒に戻るとハルヒにいらぬ疑いをまたかけられそうなので、俺は後で部屋に戻るコトを長門に伝え、二つの意味で火照った体を水風呂で冷やし、もういいだろうと思い着替えて部屋に戻る。
 その戻った部屋は一つオレンジ色の小さな明かりが点いているだけで暗くて見えないが、どうやら疲れていたのか皆、眠っているようだ。俺が襖を開けても誰も反応せず声を出さなかった。
 そして、なぜか月明かりが差し込む窓辺に長門が一人立ち尽くしていた。
「どうしたんだ、そんなトコに立って。…寝ないのか?」
 浴衣姿の長門がコチラに振り返り、質問に答える。
「寝る場所が無い」
 はぁ、そんなわけないだろう。風呂に入る前、この部屋にタオルを取りに戻ったときには布団がすでに敷かれていて各自、自分の場所は確保したはずだ。俺と古泉が心持ち距離をおいた横同士、長門・ハルヒ・朝比奈さんの順で布団が三つ横に並んで、妹は誰かと一緒に寝るというコトで従業員がどこかにある布団部屋にリリースしてもらった。
「一体、どうして…」
 布団に目をやると暗闇になれたのか、状況が把握できた。
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「…これはひどいな」
 何がひどいかと言うと、ハルヒと妹の寝相。ハルヒと妹が真ん中の布団と長門の布団をまたぐという状況であり、とてもあと一人のスペースは確保できない。
 遅くまで起きていた妹を起こすのは忍びないので、ハルヒを起こそうとホッペタをピタピタと叩くと、
「…う〜ん」
 起きる気配がまったく無い。もう一度、ホッペタをペチペチしてやると、
「邪魔すんな!!」
 寝ぼけたまま俺のホッペタに部屋一杯にベッチーンと響く千倍返しのビンタを喰らった。
 …ダメだ、テコで動かそうとしてもそのテコが真っ二つに破壊されそうだ。
「しょうがない、朝比奈さんのトコにでも潜らせてもらったら…」
 と朝比奈さんを見ると、薄い掛け布団に熟睡するリスのように丸まって可愛らしく眠ってらっしゃる。自分の手を掛け布団にしっかり握り締めてちょっとやそっとでは布団に入れそうに無い。
 古泉は始めから論外だし、どこか入れる場所は…。
「わたしはそこでいい」
 その長門が指さした布団はこの中で一つ、誰にも侵されていない俺の場所である。
 …そうだな、長門にタタミで寝させるわけにもいかないし、こうする他ないか。
「仕方ない、俺はタタミの上で眠るとするよ」
 せめて枕だけでも、とタタミの上に置き横になろうとすると、
「違う」
「違うって何がだ?」
「あなたもここで一緒に寝たらいい」
「…………なんだって?」
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 現在の状況。
一:時刻は? A.丑三つ時、つまり午前二時すぎだ。
二:俺が布団に入った時間? A.十二時ぐらいか。
三:布団に入ってこの時間までなぜ寝ていない? A.寝れるワケないだろう。
四:その原因は? A.首から背中にかかり、耳に聞こえる吐息。
五:誰の? A.長門有希だ。
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 俺の反対意見を、
「体調不良になる可能性がある」
「タタミの上では熟睡できない」
「わたしはかまわない」
「添い寝を体験してみたい」
 などという長門の弁解によって、半強制的に『睡眠』という目的で一つの布団で寝るコトになった。『』←この中の単語は重要だからしっかり頭に入れてくれ。
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 そして一向に眠れない現在に戻り、さらに一時間ほど経過した。
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 以上からわかると思うが今、俺は長門と同じ一つの布団にいる。
 繰り返すコトになるが、後ろからは長門のすやすやという寝息が聞こえて、俺の首元にかかる。首元に息がかかるというコトは、俺が見たくもない古泉のほうへ体を横に向け、長門も俺と同じ方向に向いているという図をわかってもらえると思う。
 俺の理性を保つため、できれば長門には反対方向を向いてもらって寝てくれればよかったのだが、長門は俺の理性メーターを試したいのか布団に入った時から頭と体は俺の方へと向いている。
 長門はすぐ睡眠という行為に入ったのだが、俺は迫り来ていた睡魔を長門という兵器に撃墜されどこか遠い海に撃沈されてしまった。長門は攻撃する意思はなかったのかもしれないでの、睡魔が勝手に逃げ出したといってもいいだろう。
撃沈とか攻撃とか言っていると、戦艦長門のコトを言っているのか、と思われるかもしれんが今は対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースの長門有希のコトである。
 ともかく、撃墜されたにしろ逃げ出したにしろ、寝られん、という点は一緒なのでこの際どうでもいい。
 それ以上にヤバイのは、俺の頭に『長門の寝顔を見てみたい』という衝動が駆け巡っているのだ。今はなんとかその衝動を理性という名のダムで抑えているが、それもいつまで持つかわからない。
 ここでダムという表現を使ったのは理由がある。ダムというのは一つの穴が空くと、初めは小さな穴でもだんだんと大きくなり、いずれダムそのものを押し流す原因となる。よって、どんな些細なきっかけでもご法度なのである。
 たとえば、『ずっと体が同じ方向というのは疲れるな。寝返りでもするか』とか『ぱっと見てすぐ向きを戻せば大丈夫だろう』でも厳禁だ。それが引き金で何が起こるか誰にもわからないのである。
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 ……あれから三十分。
 見事というより、予想通り俺のダムは小さな穴から決壊を起こし、遂に長門の方へと向いてしまった。
 長いコト起きていたのですっかり暗闇に慣れた目で見たその感想。
 …愛らしすぎます、長門さん。
 と思わず『さん』付けしてしまうぐらいだ。この時ばかりは、壊れたダムの存在に感謝したい。
 もちろん一目見たら、すぐ元に戻るつもり…だったが、まぁあれだ、その、なんだ、つまりだな…しばらくこのままでもいいかなー、と思ったりもしたワケで…もうちょっとだけ目に焼き付けて脳の中の記憶フォルダに保存しておこう。
 ……後、もう一つ長門の顔を見ていたら、ふとこのような煩悩が出てきた。
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 なでてみたい。
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 朝比奈さんのあどけない可愛さとはまた違い、しおらしく愛くるしい脳天を貫く寝顔を持つ長門の髪を手でやわらかにゆっくりなでてみたいと思ったが…さすがにコレはマズイな。家のベッドでだらしなく寝るシャミセンをなでるのとはワケが違う、…と思った次の瞬間、俺は信じられないものを見てしまった。
 誰かの手が長門の頭をナデナデとなでているのだ!
 俺はそんなコトするヤツは誰だと思いその手をたどっていくと…当然の如く俺しかいないワケで、1+1が2であるぐらい俺が犯人で間違いないだろう。
 ずっと極限状態で起きていたのが原因なのか、はたまた長門の魅力から成せる技なのか…。しかし、それは俺の手にとっては関係無いようで引き続き長門の髪をなで続けていた。もう俺の手には意識が全然伝わっていないようで、頭では止めようとしても俺の手はまったく止まらない。
 それにしても、長門の髪は俺の髪とはさわってみるとよくわかるが全然違って細く、ソフトでやわらかくて、それでいてなんとも言えないしなやかさだ。喩えるなら生糸を細く垂らしたものをなでている感触だろうか。
 このように、むしろ手の意識が頭を犯しているようであらゆる出来事がどうにでもよくなり、さらには心までほんわりしてきた。わかっているのに止めるコトができないこの行為は、アルコール中毒やタバコ中毒と等しいかもしれん。
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 …どうやら俺の手は『長門の髪をなでる』という行為に満足したのか、ようやく長門から離れた。さて、もう一度長門の寝顔をじっくり見てから体の向きを戻そうかと思うと、
「終わり?」
 長門の目がぱっちりと開くのと同時に、俺の浴衣が長門の手によって摘まれてしまった。何度も一般人がいい意味でも悪い意味でも味わうコトができない体験をし、ある程度の出来事には耐性が付いた俺でもこれには驚いた。
「…長門、起きていたのか?」
「……」
 棒読みで質問する俺に、長門は頭を枕の上に乗せたまま、さっきまでなでていた髪がパサッと動く頷きを見せた。
「……いつからだ?」
「あなたがこちらを向いた時から」
 というコトは俺が髪をなでていたときには長門はとっくに起きていたというコトで、俺の手はそれに気付かず、ためらいもせずナデナデを続けていたのか?
「そう」
 …………ホントか?
「そう」
 …これは正直に言っておこう。
「すまん、長門。お前の寝ている…って起きていたんだな。ともかくお前の寝顔がその…あまりにも可愛くて…つい髪をなでるという行為をしてしまった。
すまなかった、悪気はなかったんだ」
「いい」
「ホントすまなかった。…やっぱり俺はタタミの上で寝させてもらうよ」
 俺がのそのそと布団から出ようとすると、長門の目が開いた時から浴衣をずっと握られている力が強くなる。
「頼みがある」
「ん、いいぞ」
 せめてもの罪滅ぼしだ。食事でもおごるし、何か欲しいものがあったら買ってやるぞ。
「もう一度、頭をなでてほしい」
 それはこちらからお願いしたいコトなんだが。
「なでる…って長門、イヤじゃなかったのか?」
 変わらず俺の浴衣を摘み続ける長門。その仕草もたまらないのですが。
「嫌ではない。あなたに触れられていると安心する」
 幼稚園児が甘えているようなセリフだが、今の俺にとってはもはやどうでもいいコトだ。あの長門がこんなコトを言うなんて夢にも思わなかった。
 …ホントは夢じゃないのか? 試しに自分の頬をつねってみると…痛い。どうやら夢オチではなさそうだ。
「…そうか。それぐらい喜んでさせてもらうよ」
 布団へと入りなおし、浴衣を摘んだまま目をつむる長門の髪をなで始める。
「……」
 こうして見ると、ホント一人の大人しい少女なんだよな。宇宙人で魔法みたいなものも使えて、とても頼りになるなんてまず見えない。
 …しかしそれもこのどこか満足して、幸せそうな寝顔を見ているとホントどうでもよくなってくるな。
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 ここで問題発生だ。
 しばらく前に、なでる作業を止めた所、長門は寝てしまったようで寝息だけ聞こえ、次は何も言ってこなかった。そのまま俺も一緒に寝ればよかったのだが…イヤ、よくないな。
 数時間後、つまり朝だな。
 朝になると皆、起きる。問題はハルヒが起きてこの俺と長門が同じ布団で寝ている姿を見ると一体どんな反応をするかなんて、俺には恐ろしくて想像するコトができない。といっても、してしまうのが人間。考えついたルートの全てが地獄直行コースで、言い訳する前に俺の口は塞がれているコトだろう。
 これはマズイ。
 俺は一睡もしていないが、ここは起きて違う場所にいたほうが懸命だ。長門も寝付いたみたいだし、後の数時間はどこかでボーっと過ごしておこう。
 よし! そうと決まれば善は急ごう。いつトイレか何かでハルヒが起きるかもしれんし、早いほうがいいだろう。
 長門と一緒の布団は正直、名残惜しいが…。
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 まだ薄暗い廊下を夢遊病患者のようにウロウロとさまよい行き着いた先はちょっとした庭であり、都合良く二・三人は座れそうなベンチが設置されていたのでそこに腰を落ち着けるコトにする。
 この時間まで起きていると、睡眠欲は無くなるものの常に頭がボーっとしている状態だ。感じるのは灼熱の日差しを届ける太陽が昇る前に吹く涼しい風。
 しばらくはこれが続いたが、俺のずっと目の先にある山の間から少しずつ青さが増していき、遂には暑さをもたらす太陽が昇ってきた。
 あぁ、朝だな。
 太陽という力強い光に照らされ、自然から発せられ伝わるこの振動。いくつもの異なる波長の光が集い、自らを色づかせるこの美しい世界。この一瞬一瞬はこの上ない調和を生み出しハーモニーを奏でる。
 徹夜すると自分でも恥ずかしい文章が浮かんでくる。
 …ちょっと頭を冷やす意味と整理する意味で昨日のコトを振り返ってみるか。
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 朝、妹に無理やり起こされて、駅に向かって、旅館に着いて、ソバ食いに行って…その時に長門から『幸せ』とは何か? を聞かれたな、ハルヒに中断されたが。それから旅館に戻って、卓球の後、温泉でハルヒや朝比奈さんの甘美な声を聞いて、部屋に戻り長門と話の続きをして…またハルヒに邪魔されたが。その後、晩飯食べて、ゲームしてホタル見に行ってまた卓球して…汗を流すため風呂に行った。
 そこで、長門と同じ湯船につかって『幸せ』を長門が感じてくれて、部屋に戻ると長門の布団がハルヒと妹に占領されて、仕方ないから俺と一緒の布団で寝るコトになって、眠れなくて、長門の頭をなでた…。でも実は起きていて、イヤだったかなと思っていると長門がもう一度なでて欲しいとか言って、なでてやると本当に幸せそうにして…。
 まったく、色々あった一日だったな…。
 隣に座る長門もそう思わないか?
「……」
 頷かなくてもその顔見ればわかるさ、長門……って待て、俺の徹夜から来る幻覚か?
 なんで、隣に長門が座っている。
「おはよう」
「あぁ…おはよう」
 どうやら、幻覚ではないらしいく、浴衣姿の長門が俺にアイサツをしてきた。
「もう起きたのか? それにしてもよくここがわかったな」
 そう言うと、長門の顔から寂しさと沈痛が長門表情判断レベル100のこの俺が感じた。
「目を開けたらあなたがいなかった。…わたしの中に大きな穴が空いたような感じだった」
「あ〜、黙って行ったのはすまなかった。たいしたコトじゃないんだが、ちょっと考えるコトがあってな…」
「でもあなたの隣に座るとそれも感じなくなった」
 ……まったく、長門にはそれが照れと感じるとかは無いのだろうか。けどこのストレートに伝わる気持ちは聞いていて正直に嬉しいものだ。古泉のように遠回りに説明されてもわかりにくいし、俺にはこれぐらいがちょうどいいのかもしれんな。
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 太陽が昇っていくのを静寂に包まれながらベンチに座りながら二人で見ていたのだが、この静寂を破ったのは以外にも長門からであった。
「わたしはこれからも幸せを望んでもいいの?」
 先ほどまで二人の視線は太陽に向けられていたのだが、その内の一人、長門が視線を俺へと変えつぶやくような質問を届けてくる。
「当たり前じゃないか。幸せを望むコトを許されていない人はいない、誰にも幸せを束縛する権限はない」
「でもこれからも幸せを望むことはあなたに少なからず迷惑をかける。
…わたしにとって『幸せ』とはあなたと一緒にいる事、これからもわたしはあなたと一緒にいたいと望んでいる。けどそれがあなたにとって迷惑である事に違いない」
「いいか、長門。お前が幸せになる、それが俺にとって迷惑になるはずがないだろう」
 俺の視線もいつまでも太陽を見続けるのは止めて、長門の視線と交わるように隣に体ごと向きを変える。
「俺は長門と一緒にいるのが好きで迷惑なんて思わなかったし、これからもそれは変わらないだろう。…この場所、この景色、この時間、今の長門と一緒にいるのも好きだ。
つまり俺の幸せも長門…、お前と一緒にいるコトだ。お前とこれからの時間をかけがえのないものにしたい」
 これは俺の心から本心であり、一時の言葉でもない、気の迷いでもない、生涯不変の信条だ。普段ならこんなコトは羞恥心で口には出せないだろうが、今は徹夜明けで自分の気持ちが全て出せる。
 徹夜も悪いものではないな。
 そして長門はというと、俺の言葉を十二分に受け取ってくれたのか普段見ないような、ぱちくりとした目をしていた。その目はしばらく俺の視線とぶつかっていたが、再び太陽の方へと向けられ、俺も同じようにそちらへ目を向けた。
「わたしは生まれてきて三年間、誰かと一緒にいる時間はずっと無いと思っていた。けれど、あなたと出会ってきてから一年間、こうして一緒にいる。
…これからも一緒にいていいの?」
「何度も言わせるなよ、長門。俺はこれからもずっとお前のそばにいてやるさ。けれど、お前が俺を迷惑と感じるようになれば、俺は潔く距離を置くさ」
 そう、いくら俺が長門と一緒にいるのが好きだといっても、それが長門に迷惑がかかるようなら意味がない。長門が幸せでいて、そこで俺が初めて幸せと感じるんだ。
「その可能性は無いと明言できる。これからもずっと」
「その言葉、ありがたく受け取っておくよ。…まだ時間はあるし、このままもう少しゆっくりしていくか」
「……」
 長門の無言で頷くその姿。…変わらないな。
 そして俺は白く小さな長門の手に重ねるように自分の手を置き、再び誓う。
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 …これからも長門のずっと一緒にいて、そしてこれからの時間をかけがえのないものにしたい。
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 後から振り返ると赤面ものなのだが、その思いをするのはまだ少し先の話で、太陽が昇りきったトコで一緒に部屋に戻りハルヒたちを起こすコトにした。
「おい、ハルヒ。朝だぞ、起きろよ」
 今度は枕で自分の顔をガードしているので何が飛んできても大丈夫だ。
「……へ? もう朝?」
 どうやら今回はハルヒから何も飛んでこないようで、寝ぼけ顔で辺りを見渡している。枕で顔をガードする必要はなかったか…と油断して枕を足元に置いたのが悪かった。
 ハルヒが使っていた枕が俺の顔に飛ばしたが、ハルヒはそれを気にも留めず隣で寝続けている朝比奈さんに声をかけ始めた。
「みくるちゃん、起きなさい! 温泉で朝といったら朝風呂にいかなくてはならないわ! 有希はもう起きてるし、早く行きましょう!」
 寝ぼけ状態から一気に完全覚醒状態までハルヒは持っていき、朝比奈さんの体をユサユサと揺らすと、朝比奈さんが目をしぱしぱと瞬きを始め敷布団から体を起こした。
「う〜ん、おはよう…ございまひゅ〜」
 寝起きで浴衣が乱れて豊かに育っている胸がはだけそうです、なんとかしてください。
 俺が隙間を空けた手では意味無いものの形として目を抑え朝比奈さんを見ていると、なにやら長門から言い知れぬ圧力を感じたので、
「ゴホン。…おい、古泉、お前もそろそろ起きろよ」
 誤魔化すように古泉へと声をかける。
「…おや、おはようございます。集合場所にはいつも最後ですのに朝は早いのですね」
 それは嫌味か。なんでもいいから起きろ。
 見ろ、朝比奈さんもあくびをしつつもハルヒと一緒に朝風呂の準備をしているし、この朝風呂騒ぎを聞いて妹まで起きだした。長門に至っては、手にタオルがすでに装備されている。
「皆さん朝から元気ですね。僕も見習いたいぐらいです。ところで、あなたは朝風呂へ行きますか?」
「イヤ、俺はキャンセルだ。昨日の夜にゆっくりつからせてもらったし、朝飯まで少しゆっくりさせてもらうよ。俺のコトは気にせず、お前は風呂でもトイレでもどこでも行っておけ」
 さすがに徹夜で風呂に入ると、睡魔と温泉の気持ちよさで湯船の中で寝てしまうかもしれん。そのまま溺死したくないしな。
「そうですか、それは残念です」
 一体何が残念か事細かに説明してみろ。
 …ほら、ハルヒたちは準備が終わったみたいだしお前も一緒に行って来い。
「いえいえ、いわゆる一つのジョークですよ。では、僕も行ってまいります」
 ハルヒ、長門、朝比奈さん、妹の後ろについて古泉が出て行くのを見送り、少しだけ布団で横になろうとすると襖から古泉がいらぬ顔をヒョイと出して、俺だけに聞こえるような大きさで声をかけてきた。
「そういえば、昨日は長門さんと一緒の布団でよく眠れましたか?」
 …なんだって?
「ふむ、そのご様子はあまり寝られなかったようですね。それでは、僕は改めてお風呂へと行ってまいりますので、また後で…」
 …俺は横になって、眠るワケにもいかず、どうやって古泉の口を封じるかをこれから考えるコトにした。
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 結果から言えば、古泉は昨日のコトについては自分の心の中に閉じ込めておくみたいで、皆が朝風呂から帰ってきた後の朝飯時にはなにも変わらない様子であった。監禁するという犯罪以外にいい案が思い浮かばなかった俺は、寿命が延びたな…と思っていたが、いずれ何かの切り札で使われそうで、しばらくはビクビクとした生活を送らなくてはならないと思うとイヤになってくるというものだ。
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こうしているうちに朝飯も終わり、後はチェックアウトのみ。
 六人並び、すでに荷物を持って旅館の入り口に立ち尽くしている状態である。
「このたびは本旅館をご利用いただき真にありがとうございました。皆さんご満足できましたでしょうか? それではまたのお越しをお待ちしております」
 深々とお辞儀をする女将さんに従業員である。
「温泉も良かったし、食べ物も良かったわ! また、温泉旅行のチケットが当たればここを利用させてもらうから、今度もよろしくね!!」
 そうハルヒが言うと、またどこかの福引で当てそうだから怖い。
「えっと、いろいろお世話になってありがとうございました。あたし、温泉っていうのは初めてだったんですけど、ここに来てとても好きになりました。本当にありがとうございました」
 女将さん顔負けのお辞儀とお礼をする朝比奈さんは、逆に従業員として働く姿を想像してしまい、それもまたいいなぁ、と思う俺がいる。
「娯楽室もそろっていましたし、部屋からも温泉からも見える景色がとても風流で趣があって素晴らしかったです。こちらこそまた是非ご利用させていただきます」
 そんなコトより、お前は昨日の夜の出来事を早く忘れてくれ。
「えへへ〜、楽しかったよ〜。またくるね〜」
 この無邪気さには俺の幼かった心を思い出すよ。またいつか家族で来るのもいいかもしれんな。
「…よかった」
 このセリフを聞いて、一緒に温泉へ入っているトコを目撃した従業員が俺と長門を交互に見て、他とは違う特別な笑みをしているのは気のせいではないだろう。
 その笑みをできるだけスルーし、最後に俺がありきたりであるが長門とたくさんの時間を過ごせた礼として、心をこめて別れの挨拶をする。
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「いい思い出ができました。また来させてもらいます」
 …できれば長門と二人一緒に…とは声に出せなかったが。
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 帰り道。
 行きと同じ道を通り、電車では座る位置も同じで、少女四人が向かいあった席に座り、俺の隣は余りものの古泉である。
 古泉はヒマなのか、俺にマグネット式のオセロと将棋をチラつかせながら目配りしてくるのだが、俺は眠りたかった。電車の振動がよりいっそう戻ってきた睡魔を引き寄せる。
「一晩中、長門さんに何をしていたのかご本人に尋ねてもよろしいでしょうか?」
 今度はどうやら睡魔を俺の手で追い出さないといけないようだ。
「何のコトだ? ほれ、将棋でもオセロでもなんでも勝負を受けてやるよ」
「おや、いいのですか寝なくても? …では、こちらでお願いします」
 さっそく脅しに使ってきた古泉が折りたたみオセロ板をお互いの真ん中に広げる。
 やはりコイツは太陽にあたらない場所で監禁しておくべきだな…。
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…終わり

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