#navi(SS集)

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* 作品 [#b595d9d1]

** 概要 [#k7e71742]

|~作者      |◆Yafw4ex/PI  |
|~作品名    |ロストマン 2話 |
|~カテゴリー|長門SS(一般)|
|~保管日    |2010-07-20 (火) 22:23:51   |
|~キョン    |登場    |
|~キョンの妹|不登場  |
|~ハルヒ    |不登場  |
|~みくる    |不登場  |
|~古泉一樹  |不登場 |
|~鶴屋さん  |不登場 |
|~朝倉涼子  |登場 |
|~喜緑江美里|不登場|
|~周防九曜  |不登場   |
|~思念体    |不登場  |
|~天蓋領域  |不登場  |
|~阪中      |不登場|
|~谷口      |不登場|
|~ミヨキチ  |不登場    |
|~佐々木    |不登場  |
|~橘京子    |不登場   |

** SS [#w7bc948e]

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#setlinebreak(on)


 人は普通、夜になれば眠りに付き、朝になれば目覚める。
 そうして眠りについている間は意識が途絶えている為、川原に転がる石ころの一つにすら解
釈を模索する様な学者の意見によれば、そこで人は一度死んでいるのと同じ事なのだと言う。
 一瞬でも途切れればそれは断絶しているのと同義であり、目覚めた際の意識が眠る前のそれ
が継続している事を立証する方法は無いのだと。
 この、まるで我が家の愛猫が饒舌に語っていた頃を彷彿とさせる様な学説は、ある意味人に
とっては救いと呼べなくも無い物なのかもしれない。
 朝が来れば――全てはまたそこから始まる。
 つらい夜だって、明けてしまえば何もかも最初からやり直せるのだと。
 もしそれが実際にありえるのであれば生きる事は実に容易いのだが……やはり、現実って奴
は甘くは無い。
 実際には目覚めるたびに新たな自分を始められるはずもない、仮にその学説通り目が覚めた
時自分が新しい自分になっていたとしても、だ。
 俺は目が覚めれば学校に行かなければならないし、両親は疲れの抜けない顔で職場へと向か
う。習慣、あるいは生活という物は、高名な学者の学説なんぞより身近にあるって訳で……今
の俺に例えて言えば、元の世界に戻る鍵を見つけるという時間期限の付与された至上命題が目
前に提示されている。
 故に、俺はこの暖かな寝床から起きなければならない。以上。
 無駄に遠回りをした思考の果てにそう結論付けた俺は、閉じたままでいる事を提案している
瞼との審議を拒否し、再び現実へと舞い戻った――って。
 ……ここ、どこだ。
 その日、俺が目を覚まして最初に見た物は、見慣れた自室の天井ではなかった。
 何故ここが自分の部屋では無いと言い切れるかと言えば、天井に貼られたクロスが自室のそ
れと比べて明らかに表面積が広かったからだ。
 俺の部屋でも……リビングでもないよな、ここ。
 見覚えの無いその室内に疑問を感じつつも、俺はとりあえず視線を回して自分の寝ている場
所を確認してみた。
 ……なるほど、さっきからやけに背中が痛いと思えば。
 俺が寝ていたのはベットや布団ではなく、コタツ用カーペットが引かれただけの硬いフロー
リングの上だった。
 そういえば、腰痛の時には硬い場所で寝た方が良いって言うが本当なのか? ……よけいに
腰を痛めるだけな気がするんだが。
 そんなどうでもいい事を考えつつのんびりと体を起こし、見知らぬ室内でぼんやりと頭を掻
いていると、
「おはよう」
 背後から聞こえてきた、朝の挨拶にしてはやけに迫力のある声が、俺のおぼろげだった意識
を現実へと叩き込んでくれた。
 今の声……って、まさか? この、引越し初日にとりあえずコタツだけ入れましたと言わん
ばかりの殺風景な室内は……もしかし……て。
 俺はそうしなければ災難が降りかかる様な気配を感じて、声が聞こえた背後へと恐る恐る振
り向いた。
 間違いない、俺が今居るのは自宅なんかではなく――
「いい夢、見れたわよね」
 そこに居たのは何故かお玉を手にして俺を見下ろす朝倉、そして
「あの、ち、違うの……」
 そんな朝倉を引きとめようと腰にしがみつく、家主でもある長門の姿だった。
「えっと、あ、朝倉?」
「な〜に?」
 その、誤解しないでくれ。
「誤解って何をかしら」
 何をって……その、あれだ。
 とりあえずコタツから抜け出そうとした俺を、朝倉の突きつけるお玉が押しとどめる。
「聞きたいなぁ……どうしてあなたが、長門さんの部屋で一晩過ごす事になったのか」
 湾曲した金属面に冷や汗を浮かべた自分を映したまま、俺は釈明した。


 ――それは、昨日の夜の事である。
 長門宅で夕飯をご馳走になった俺は、久しぶりに食べた美味しいオデンの余韻に浸りつつ、
一人家路を歩いていた。
 そんな時、背後から聞こえてきた足音。それはお前、朝倉の発する物だった。
 偶然の再開を果たした俺は、お前から焼き芋の買出しという理由を聞くに至り、後からくる
であろう長門と合流し一緒に来て欲しいとの要請を受けた。
 一飯の恩を感じる事大だった俺はその要請を快諾し、無事長門と合流を果たした後、お前の
後を追った。
「――っとまあ、朝倉も知っての通りただそれだけの事だ。うん」
 我ながら完璧な理論武装だなぁ。
「それで、続きは」
 ……つ、続き?
「話の続きよ。どうしてあなたが、ここで一晩過ごす事になったのか……話してくれるんでし
ょう?」
 あ、ああ。もちろんだ。
 いつか俺の目前に突きつけられたナイフ以上の脅威をお玉に感じつつ、俺は話を続けた。
「その……あの後、な。俺と長門は先に帰ったお前の後を追ってマンションへと戻り、部屋の
前で別れたんだが……長門が、体が冷え切ったまま帰るのはよくないって言ってくれて、お茶
を一杯ご馳走になったんだ」
 いやぁ、長門。あれは美味しいお茶だったぞ。ご馳走さん。
 朝倉の背後に見える長門にそう謝辞を告げていると、
「……つまり、貴方は長門さんが一人暮らしであることを確認した上で、あたしと別れて二人
っきりになった途端、彼女の部屋に上がりこんだって訳ね」
 室温を一気に低下させるような朝倉の声が、俺の愛想笑いを凍りつかせた。
 ま、まあ今の俺のこの状況だけを見ればそう言えなくもないかもしれないんだが……。
「しかも、お茶を貰うだけのはずが、そのまま家に帰らず彼女の部屋に泊り込んでる。これっ
て通俗的な言い方で言うと……送り狼って言うのかしら?」
 さ、さあ……どうだろう。
 いよいよ本格的に身の危険を感じ始めた俺は、そっとコタツから逃げ出せるようにと体をず
らし始めた。
 朝倉に気づかれない様にと数センチ単位の移動を繰り返す俺に合わせて、まるで接着剤で直
接固定されているみたいに眼前のお玉は離れていかない。
 調理器具の向こうから小さな溜息が聞こえた後、
「最初からこうすればよかったのよね……もう、手遅れかもしれないけど。でも、やらないで
後悔するよりは、やった方がいい。あなたもそう思わない?」
 朝倉は疲れた笑顔で、いつか聞いた事がある気がする台詞を言い切った後、
「…………ここから出て行きなさいっ!!」
 天井近くまで振りかざしたお玉を俺の脳天目がけて振り下りてくる中――十二月二十日が始
まった。


 第3章


 刃物に分類されない調理器具で命の危険を感じるという希少な経験を果たした俺は今、乱れ
きった呼吸を繰り返しながら早朝の公園の中を一人歩いていた。
 長門の部屋からここまで起き抜けの体に無理やり全力疾走を命じた結果、呼気的にも疲労的
にも、今の俺に対面を取り繕うだけの余裕などどこを探してもありはしない。っていうかもう
あれだ……休憩だ休憩。
 散歩中らしいジャージ姿の老人達よりも牛歩な速度を維持しつつ、俺は公園奥にある自販機
スペースへと疲れた体をひきずった。
 ――それにしても、何で朝倉はあそこまで怒ってたんだ?
 自販機で缶コーヒーを買い終え、側にあった休憩所でようやく一息ついた時、最初に俺が思
ったのがそれだった。
 そりゃまあ、確かに俺は長門が一人暮らしである事を知っていた訳で、この世界の朝倉は長
門の保護者を自認していた以上、心配するのはまあ解る。
 そうでなくとも、この時代の長門は朝比奈さん以上に放っておけない感じだからなぁ……あ
の様子じゃ、勧誘を断りきれなくて新聞を何紙も契約していてもおかしくは無い。テレビは置
いてなさそうだが。
 ……とはいえ、俺に朝倉が言う様な下心が無かった事だけは間違いないわけで、数時間後に
は教室で顔を合わせる事になった際には、朝倉の誤解を解く必要がある。
 俺が朝倉の事を考えて最初に思い出したのは、記憶にも新しいつい十数分前に見た、お玉を
手に俺を追いかける朝倉の姿だった。
 あの朝倉を説得ってのは無理難題にも程があるが……だからって、ここで学校に行かないと
いう選択肢を選ぶわけにもいかないか。
 なんせ元の世界の長門がくれたのであろうチャンスの有効期限は、俺の解釈に間違いがなか
たとしても今日までなんだ。
『プログラム起動条件・鍵をそろえよ。最終期限・二日後』
 これを見るのも何度目だろうか、ポケットから取り出した栞に書かれている文字には何の変
化も無い。
 このヒントが示す「鍵」ってのがなんなのかすらまだ解らないが、場所については何も書か
れていなかった以上、その答えは学校にあるはずだろう。
 学校に行くとなれば、やはり朝倉の誤解を解く方が先……だな。
 常に背後を警戒しながら授業を受けるってのはきついもんな。教室にまでお玉を持ち込んで
いるとは考えにくいが……可能性はゼロとは言えない。
 再び栞をポケットにしまいつつ、残り少なくなったコーヒーを喉に流し込み、俺は朝倉を説
得するヒントを探すべく昨日の出来事をもう一度思い出してみる事にした。
 俺が長門の部屋に泊まる事になったのは、朝倉に言った様に長門がお茶をご馳走してくれた
のが原因で間違いない。
「外は寒いから……お茶、だけでも」
 目の前に居るってのに何とか聞こえる程の音量でそう言ってきた長門の提案を、無下に断る
ってのは出来そうになかったしな。
 その後、コタツの対面の席に座った長門は、俺の湯飲みが重量を軽くするたびにおずおずと
急須を差し出してくるだけで……特に会話らしい会話をした覚えも無い。
 ん、あいつの部屋に始めて行った時も確かそうだったよな。
 ついでに「部室では言えなかったけど、実は自分は宇宙人」とかこの世界の長門も言い出し
てくれたら話は解り易かったんだが、残念ながらそれは無かった。
 長門はただ、落ち着かない様子で俺の湯のみだけを見ていて、俺はそんな長門の前髪を見な
がらお茶をすすっていただけで……事の顛末を話すとしても、これ以上の詳細は無い。
 他に言うべき事となると、心身共に疲れていた俺は、そんな和む時間の中でつい、うとうと
としてしまったらしく……気づけば外はすでに朝になっていて、朝倉が俺をいい笑顔で睨んで
いた、これで終わりだ。
 ……でも待てよ。
 これは俺と長門のSOS団での関係を知る、古泉や朝比奈さん辺りならきっと他愛も無い世
間話で終わらせてくれる話でしかないだろう。
 だがもし、そんな事情を知らない人間からするとどうなんだ?
 例えば、俺が今朝の朝倉の立場で長門の部屋を訪れたとして……そこに、谷口辺りが寝てい
たとし――豊か過ぎるらしい俺の想像力がその状況を脳内に再現した瞬間、空になっていたコ
ーヒー缶がいい音を立ててその形状を歪めた。
 ……危うく……殺意の波動に目覚めちまう所だった。
 なるほど、朝倉がああまで怒ってたのも無理は無いぜ。むしろごく自然だ。
 持ってこられたのが包丁でなかっただけでも感謝しなければならない。
 朝倉にもう一度ちゃんと説明しよう、それで納得してくれるかどうかは別として、そうしな
きゃいけない気がする。
 犠牲になったコーヒー缶を手に俺がベンチから立ち上がった時、
「…………あの」
 俺は、休憩所の入り口に長門が立っていた事に初めて気付いた。
 困った様な顔でそこに居た長門は……ああ、なるほど。長門の小さな肩には二つも鞄がかか
っていて、その一つは俺の物らしい。どうやら、部屋に置いたままだったのをわざわざもって
来てくれたみたいだな。
「悪い、助かったよ」
 おずおずを差し出された鞄を受け取り、俺は自然と長門の頭を撫でようとしてしまったんだ
が――って、これがまずいのか。
 俺の知ってる長門にならともかく、この長門とは初対面みたいなもんなんだし。
 一度上がった手は不器用にその進路を変え、何となく自分の頭を掻いてみた俺を、長門は不
思議そうな顔で見ている。
 誤解といえば……だ。
 そう、朝倉の一件もそうなんだが、俺と長門の間にも一つ誤解というか互いの認識がずれた
ままになっている事が一つ残っている。
 俺が長門に作ってやった図書カードの一件だ。
 結果だけを見れば、長門の図書カードを作ったのは、元の世界でもこの世界でも俺だという
事になっているらしい。
 ただ、その過程にある多少の差異。
 朝倉が来たせいで有耶無耶になってるが、俺は長門に何の返事もしていないままだ。
「長門。もし今、あの図書カードを持ってるなら、もう一度見せてくれないか?」
 突然の提案に俺の顔と自分の鞄とを何度か視線で往復した後、長門は鞄の中から財布を取り
出し、やけに奥深くにしまい込まれていたそのカードを取り出してくれた。
「……はい」
 ありがとよ。 
 長門の指先で不安定に震えていたそのカードを受け取ると――ふむ、見覚えのある黄色いカ
ードの裏面の署名欄には、確かに俺の物だと思われる癖のある字で『長門有希』と書かれてい
る。
 誰が何の為に作ったのか知らないが、何にしても手が込んでるな……。
 当然ながら、俺にはこっちの世界の長門が言う様な経緯でこのカードを作った記憶は無い。
 でもそれは無視してしまっても問題の無い程度の齟齬でしかなくて、ここで『思い出した、
このカードを作ったのは俺だったよ』と言ってしまってもいいのかもな。
 そうすれば、多分。この長門は喜んでくれるんじゃないかって思うんだ。そして個人的にも、
長門の笑顔をまた見てみたいとも思っている。
 ――でも、な。
「悪いが、やっぱり覚えがない」
 首を横に振り、俺は長門の記憶を否定した。
 すまん長門。
 何ていうかその、上手く説明出来そうにないんだが……俺は、お前にだけは嘘をつきたくな
いんだ。 
 
 
 ――俯いた顔、静かに震える肩、小さな嗚咽……そして走り去る長門の小さな背中。
 自分の発言によってもたらされた結果は、果てしない罪悪感だけ。
 俺は言いようの無い後悔を流し込む為、今日二本目の缶コーヒーを飲みつつベンチの背もた
れに体重を預けていた。
 何ていうか……また朝倉に怒られる理由を増やしちまった様な気がしないでもない。
 長門に返しそびれてしまった図書カードを片手に、早々と自分の行動を悔やむ俺が居た。
 朝倉、やらなくて後悔するよりも、やって後悔したほうがいいってのは……やっぱり間違っ
てると思うぞ。
 当たり前かもしれないが、後悔しないで済む様な選択肢を人は選ぶべきなんだ。
 俺は手にした缶の中に液体の感覚が無くなった所で、その缶を空き缶入れへと投げ込んでベ
ンチから立ち上がった。


「おはよう」
 俺が教室に辿り着いた時、朝倉はすでに俺の後ろの席に座っていた。
 とりあえず、見える範囲にお玉は無いらしい。
 意味ありげな微笑を浮かべる朝倉に顔つきだけで返礼し、俺は自分の席に座って……後ろを
振り向いた。
 朝倉。
「なあに? まさか……またあなたを殺そうと思った事はないか? 何て聞くんじゃないでし
ょうね」
 いーや。
 今朝早くに殺意は感じた気もするが、今話したいのはそいつとは別件だ。
「別件?」
 ああ。
 その言葉に、まるで病人でも見ているかのようだった朝倉の表情が変わる。
 ホームルームまであまり時間も無いし、手短に話すか。
「昨日の事だが……確かにお前の言う通り不適切な行動だった。すまん、謝る。別に何かおか
しな事をした訳じゃないんだが、その、お前を誤解させちまったみたいだし」
 俺は半身で朝倉の方を見ながら、軽く頭を下げた。
「ふ〜ん…………それだけ?」
 それだけって、ああ。
「そう」
 俺としては色々と問い詰められる事を想像していたんだが、それっきり黙ってしまった朝倉
を見ている間にチャイムは鳴り出し、同時に担任岡部が颯爽と登場した。
 何だ、思ってたより話せば解る奴じゃないか。
 朝倉を説得できた事に安心感を覚えつつ、黒板へと向き直った俺だったのだが――この直後、
俺は自分のそんな甘い考えを後悔する事になる。
 起立の号令をかける為、岡部が教壇の前に立った所で朝倉は一人席を立った。
 そして、
「……あ、そうそう。今朝、あなたが忘れていった鞄を長門さんが届けに行ったんだけど、ど
うしてかしら? 学校で会った時に長門さん、泣いてたのよね」
 あ、朝倉さん? あなたはいったい何を言い出すんですか?
 そんな意図を込めた俺の視線は、朝倉の無邪気な様で邪気たっぷりの笑顔の前に完全に無視
されていた。
 起立、ではなかった発言に対して、クラス中の視線が朝倉――と、朝倉の視線の先に居る俺
へと集まっている。
 これが谷口辺りの発言であれば岡部も注意したんだろうが、相手が普段から優等生と見られ
ている朝倉だけに誰も何も言わないで居る様だ。
 周囲の見守る中、殊更優しい笑顔を浮かべた朝倉は、
「女の子を泣かせるなんていけないと思うな? それが昨日の晩、部屋に泊めてもらった相手
なら尚更の事だと思うけど……ホームルームを始めます、起立!」
 何事も無かったかの様に号令をかけるのだった。
 
 
 動物園のパンダの如く周囲の視線に晒されたホームルームが終わり、一限目の体育。
 サッカーの紅白試合において、俺は自陣を守るどころか自分の身を守る為のディフェンダー
に専念していた。
 何故かこの日に限って俺の元へとボールが集まり、そこにイエローどころかレッドカード上
等とでも言いたげなラフプレイが次々と仕掛けられてきたのは恐らく偶然ではあるまい。
 今朝の朝倉の暴露によって隠れ長門ファンを怒らせたか、もしくは昨日の朝比奈さんとの一
件がすでにクラス中に広まってしまったのか……どちらにしろ、このグランドの中に俺の安住
の地は無いらしい。下手すりゃ学校の中にも無いかもしれんな。
 しかし、だ。
 さっき朝倉が言っていたのが本当だとするなら……俺はこのまま、栞の答えを探しているだ
けでいいんだろうか?
 俺はこの世界から見れば部外者なんだとは思う。でも、だからって何をしてもいいって訳じ
ゃないだろ。
 死角から襲ってきたスライディングに平衡感覚を奪われつつ、俺は目前に迫った地面を見な
がらそんな事を考えていた。
 
 
 二限目、数学――怪我の為、保健室で治療中。
 額に出来た擦り傷を処置した後、心配そうに俺を見ていた保険医はそう岡部に伝えてくれた
のだが、俺は丁寧に礼を言い保健室を後にした。
 正直に言えば少し休んでおきたかった気もするが、今の俺にはそんな時間の余裕は無い。
 それは、学業を本分とする学生としての自覚に目覚めた――のではもちろんなく、ついでに
言えば栞のヒントにあった鍵探しの為でもない。
 無人の校舎を通り抜け、俺は通いなれた部室棟の中へ向かった。
 ――居ない、か。そうだよな、授業中だもんな。
 文芸部の扉は鍵がかかっていなかったが、その中この部屋の主たる長門の姿は無かった。
 長門の所在地=文芸部の部室ってのは、いくらなんでも安直過ぎたか。
 無人の部屋の中は妙に静かで、遠くからはグランドで授業をする生徒の声が聞こえてくる様
な気がする。
 休み時間にでも長門のクラスに直接出向くって手も無くはないが、それだと長門は何も話せ
なくなりそうだし、放課後にでもまたここに出直すとして……さて、これからどうしたもんだ
ろうか。
 今更保健室に戻るってのもなんだし、授業中の教室に戻るのはちょっと気が引け――え?
 その時、文芸部の入り口で立っていた俺の背中に当たったのは扉の感触で、
「……あ、ごめん……なさい」
 振り返った先にあった驚いた顔、それは体育の授業中だったらしく上下ジャージ姿の長門だ
った。
 中途半端に開いた扉を手に、長門はどうしていいのか解らないのか困った顔をしている。
 あ、すまん。俺が邪魔なんだよな。
 部室の中へと移動した俺に続く様に、長門はおずおずと部屋の中へと入ってきた。
 ……えっと。何故、ここに?
 多分俺達は今、互いにそんな顔をしているんだろう。
 このまま見詰め合っていても仕方ない、
「部室に何か用なのか」
 そのまま自分にも当てはまりそうなこの質問に、長門は首を横に振った。 
「あなたが……怪我を……」
 怪我?
「……その。保健室に居なかったから」
 保健室?
「メールが届いて」
 情報の伝達に齟齬が発生しているな。
 ――その後、たどたどしい口調で長門が言った言葉を意味が通じる様に編集すると、だ。
 二時限目、体育に出る為に長門がジャージに着替えていた時、朝倉から俺が怪我をして保健
室に行ったという内容のメールが届いたんだそうだ。
 それで長門は俺の様子を見に保健室へと行ったんだが不在で、どこに行ったのかと探してい
たら、部室棟へと向かう俺の姿を見つけて追いかけてきた。
「――って事か」
 長門は、俺の額の絆創膏を見ながら心配そうに頷いている。
 朝倉がどんな文面で俺の怪我を知らせたのか、というか知らせる事にどんな意図があったの
かは別として、今は授業中だ。
 俺は怪我人ってオフィシャルな理由があるからいいが、長門に授業をさぼらせる訳にはいか
ないし。
「随分心配させちまったみたいだが、そんなに酷い怪我じゃないんだ。この絆創膏だって念の
為って事らしいし」
 せっかく丁寧に処置してくれた保険医に多少後ろめたい物を感じつつ、俺は長門を安心させ
るべく絆創膏を剥がして見せ――これがいけなかった。
 軽い擦過傷でしかなかったその傷は、現在進行形で赤血球が不眠不休の鋭意作業中だったら
しく……出来上がったばかりの脆い瘡蓋は、絆創膏に貼り付いて一緒に取れてしまったのだ。
「あ」
 小さな痛みに気づいた時にはもう手遅れ。
 額から伝う熱い液体の感覚、それが眉毛の辺りに届いた所で――長門は、一度大きく目を開
いたかと思うと崩れる様にしてその場に倒れ――って? お、おい長門?!
 何とか床との衝突する前に手を掴む事は出来たが、体に力が入らないのか長門は起き上がれ
ないでいる。
 これが貧血って奴なんだろうか? 自分でなった事が無いからいまいちどんな感覚なのか解
らないんだが、今の長門の顔はとても辛そうに見える。
 慌てて絆創膏を額に戻し、
「長門、立てそうか」
 まだ辛そうにしている長門の脇にしゃがんでそう聞いてみると、長門は力なく首を横に動か
すだけだった。
「医務室に、連絡して来た方がいいか」
 あそこになら担架とかあるだろうし、無ければ保険医を連れてきてもいい。
「……平気。少し、休んでれば……大丈夫」
 いや、ちっとも平気には見えねぇって。
 自分では見えてないだろうが、お前真っ青な顔してるぞ……っていうか、こんな冷たい床に
座ってたら休もうにも休めないだろうし。
「すまん、ちょっと触るぞ」
 俺はそう前置き、
「あ」
 床にへたりこんでいた長門のひざの下と背中を抱え、いくらなんでもこれは軽すぎなんじゃ
ないだろうかという小さな体を抱き上げた。
 椅子は……どれも同じか。
 部室に置かれている椅子は、普段長門が使っているのであろうパソコンの前と、俺が先日出
したままだった物の二つが見える。
 部屋の入り口からは俺が出しっぱなしにした椅子の方が近かったので、俺はなるべく長門に
負担がかからないようにと気をつけつつそちらへと向かった。
「……」
 腕の中で沈黙している長門は相変わらず俯いたままでいるのだが、さっきと比べると多少顔
色が戻ってきている気がした。
 この分なら長門の言う通り、保健室に行かなくてもいいかもしれんな。
 体重的に自分の妹とそれ程変わらないのではという重さの長門は、俺の腕の中で風呂上りの
シャミセンみたいに自己主張を放棄してじっとしている。
 あ……今考えてみれば、長門をちゃんと抱き上げたのってこれが初めてじゃないか?
 そんなどうでもいい事を考えながら、俺は長門をパイプ椅子の上に座らせた。
「長門、本当に大丈夫か?」
 顔を伏せたままだが、素早く長門の顔が下に振れる。
 どうやら、貧血はこれが初めてって感じじゃないな。
「血を見たりするといつもこうなのか」
 以前、俺が谷口にしたでたらめの釈明じゃないが、お前に貧血の持病があってもおかしいと
は思わない。
 確認というか、何となくしてみただけのその質問に
「違う。……今日はたまたま、その……あ」
 何故か慌てて顔を上げた長門がそこまで言った時――急に顔を上げた事で体内に何らかの動
きが生まれたのだろうか。
 長門の声が途切れた瞬間、七輪に乗せた切り餅が、焼きあがる前に出す様な切なげな音が部
室の中に響き渡った。
 その音の発信源は長門の口でも、俺の口からでもなく……現在動きを止めている長門の胃の
辺りで、俺が自分の腹部を見ていると気づいた途端、長門はまた顔を伏せてしまった。
 ……えっと、悪い。
 謝っていいのかよく解らんが。
「……」
 って、別に気にしなくてもいいぞ? 空腹になるって事は健康だって事だ。うん。
 さっきまでは青かった長門の顔は、今は俯いた前髪の間に見える部分ですら赤く染まって見
える。
 そうだよな、普通の女子ならこれは恥ずかしい事なんだよな。
 俺の知ってるお前なら完全ノーリアクションで通しそうな事なんだが……もしかしたら、少
しずつ感情らしき物が見えてきた元の世界のお前も、いずれこんな感じになるのかもしれない
が。
 窓際に座り黙々と読書を続ける制服姿の長門と、ジャージ姿で俯いているこの世界の長門。
 この時、俺の目には……そんな二人が視界の中でだぶって見えた気がした。
「ここでちょっと待ってろ、すぐに戻る」
 俺は俯いたままの長門にそう言い残し、部室を飛び出した。
 
 
「――つまり、今日は朝食を食べてこなかったから元々体調が良くなかった。って、事なんだ
よな?」
 対面の席で俺の買ってきたカロリーメイトをもそもそと口に運びつつ、長門は素直に頷いた。
 ちなみにどうして買ってきたのがカロリーメイトなのかと言えば、購買部がまだ閉まってい
て自販機にこれしか腹の足しになりそうな物がこれしかなかったからだ。
 そして、どうして長門が朝食を食べてこなかったのかと言えば……どうしてなんだ?
「普段から朝は食べない方なのか?」
 別に栄養学に詳しい訳じゃないが、三食ちゃんと食べた方が健康にいいような気がするぞ。
「今日は……たまたま」
 ふむ、今日はたまたま何か急ぐような用事でも……あ。
 考えるまでも無く思い出した、原因は他でもない『俺』じゃねーか!
 俺が今朝、長門のマンションを飛び出して公園で休んでいた時、長門はそれ程間を置かずに
鞄を持ってきてくれた。あの時点で既に学校へ行かないとまずい時間だったんだから、長門に
は朝食なんて食べてる時間は無かったんだ。
 ……何やってんだろうなぁ、俺は。
 意図せず出てきた溜息は、同時に自分の頭を抱えさせる。
 これまで俺は、意味の解らない出来事に巻き込まれるたび、今回の様に長門に頼ってきた。
 それは長門でなければどうにもならない事ばかりだったからなのだが、今回のケースで言え
ばそれは違う。
 何故なら、この世界の長門は万能宇宙人端末等ではなく、ただのか弱い女子高生でしかない
のだから。
「……」
 静かに俺の様子を見守る長門、俺はお前に会ってからずっと……ただ困らせているだけ。
 自分の問題を押し付けて、相手の記憶を否定して。学校に来る時に泣いていたってのも、こ
うして今貧血で休んでいるのも何もかも俺のせいだ。
 普段、ハルヒに人に迷惑をかけるなってあれだけ言ってた癖にな。
「すまん、長門。こっちの世界でも……俺はお前に頼ってばっかりだ」
 遠慮がちに俺を見上げる長門に、俺は丁寧に頭を下げた。
「あ……違う。その、元々、体は弱くて、貧血気味だったから」
 小さく手を振る長門は、そう言った後。
「それよりも……こっちの、世界って」
 何かを期待する様な目で、俺にそう聞いてくるのだった。
 今の俺が置かれている状況は、普通に考えれば信じてもらえる様な内容じゃない。
 でも、俺が全てを話したとしたら。
「……」
 図書館での出来事を覚えていないと言われ、ショックを受けたのであろう長門を、多少なり
とも慰める事にならないだろか。
 俺の記憶の中に無いだけで、長門の中の記憶が間違っているのでは無いのだろうから。
「長門。昨日もそうだったが……俺は、この部室に来ればお前に会えるかもしれないって思っ
て来たんだ」
「え……え?」
 まあ、授業中にここにお前が居ると思ってた時点でどうかしてるとは自分でも思うんだが。
「お前に聞いて欲しい話がある。と言っても、すぐに終わる話じゃないから、また放課後にで
も出直してもいい」
 時間を気にして時計を見ていると、
「大丈夫。体調が悪いから体育は休むと伝えてある」
 長門はそう言った。
 そうか。
 俺は長門の隣にパイプ椅子を開き、そこに座った。
 すぐ隣で静かに俺の言葉を待つ長門、もしかしたら……お前が俺を呼び出して自分が宇宙人
だって話を聞かせてくれた時も、今の俺と同じ様な気持ちだったんだろうか。
 あの時の話も今から俺がする話も、常識に照らし合わせて言えば、まず信じてはもらえない
内容だ。
 あの頃のお前は……なんていうか、本当に表情らしき物を読み取るのも困難だったから解ら
なかったが、もしかしたら今の俺と同じ様に苦笑いでも浮かべていたのかもしれないな。
 そんな不思議な連帯感を感じる中、
「俺の知識じゃうまく言葉に出来ないだろうし、きちんと全部を伝えてやれるかも解らないん
だが……ま、聞いてくれ」
 かつて聞いた長門の話を思い出しながら、俺は全てを話し始めた。


「簡単に言ってしまえば。俺はこの世界の人間ではないらしい」
「…………」
 お前はいきなり何を言い出すんだ? って感じの顔だな、まあその反応が普通だと俺も思う。
「この世界……もしかして、外国の出身」
 いや、そんな意味じゃないんだ。
「国籍が違うとか、ノーマルとは言えない世界に生きてるとかそんな意味じゃない。文字通り
の意味で、俺はお前とは違う世界の人間だ」
 ……さて、いったいどうやってこの事実を説明すればいいんだ?
 見た目も言葉も同じで、実家もあれば高校に籍まである男が『俺はこの世界の人間じゃない』
なんて言い出した所で、それを信じろって言うほうが無理だよな。
 予想通りというか、長門は俺に聞きたいことはあるのだが何と聞けばいいのか解らないとい
った感じだ。
 まあいい、多少時間はあるんだし。
「すまん、ここからの話は少し長くなる。っていうか、最後の部分までお前には何の話なのか
解らないと思うが……とにかく聞いてくれると嬉しい」
 俺の無茶な要望に、長門はとりあえず頷いてくれた。
 全てを伝えるとしたら……やはりあの時から話さなければ今の状況を理解してもらうのは無
理なんだろうな。
 サンタクロースをいつまで信じていたか……なんて他愛も無い世間話にもならない様などう
でもいい事を考えながら、実は淡い期待を密かに抱いて坂道を歩いていた――あの、高校の入
学式の日から――
「高校の入学式の日、俺はとんでもない奴に出会っちまった。そいつの名前は涼宮ハルヒ。見
た目はまあ綺麗な方なんだろうが、なんていうか……まあ簡単に言うと稀代の変人って感じの
奴だ。そいつは普通が何より嫌いで、全然って言葉が口癖っていう社交性皆無な奴だったんだ
が……たまたま席が近かったって事もあって、俺はハルヒとホームルームまでの時間とかに世
間話をしてたんだ」
 あれは偶然だった……何て、もう言えやしないな。
「……で、だ。ハルヒは学校中の部活に入ったり、校内をうろつき回ったりして不思議を探し
ていた。当たり前だがこんな平凡な高校に非日常の香りがする物なんてあるはずもなく、ハル
ヒは不満そうだった。そこで俺は、世の中に必要な物は天才や才能のある人がそれを可能にし
ていくのだから、凡人は凡人らしくその恩恵を受けて生きていけばいいって言ったんだ」
 ……そう、言ってしまったんだよ。
「それから十数分後の授業中の事だ。窓際の席で俺がうとうとしながら教師の話を聞き流して
いると、突然ハルヒが叫んだんだ。無いんだったら作ればいい……ってな」
 その時に後頭部に受けた衝撃については忘れよう。思い出すだけで痛い。
「結局、その数日後に本当にハルヒは作ってしまった。自分が求めている不思議を探す為の部
活をな。名前は……SОS団」
「SОS団?」
 それまでじっと話を聞いていた長門も思わず声を上げた、当然だな。
 世界を、大いに盛り上げる為の、涼宮ハルヒの団。
 俺は唖然とした様子の長門に、知っていたからといって一生役に立つことは無い略字の意味
も伝えておいた。
 さて、ここから更に説明が難解になるんだが……そのまま言うしかないか。
「そのSOS団のメンバーにハルヒが巻き込んだのは俺、朝比奈みくるさんという一つ上の上
級生。あと古泉一樹ってのも居るんだがそれはいいとして……もう一人。長門、お前もそこに
居たんだ」
「え?」
 突然出てきた自分の名前にまた長門は声を上げるが、このまま話を続けるしかない。
「お前の記憶には無いだろうが、俺が始めてお前に会ったのはその時だ。部室のあてが見つか
ったってハルヒにつれて来られたこの場所で、一人窓際に座って本を読んでいた静かな奴。そ
れが、俺の知るお前との出会いだ」
 七夕でのやりとりについては説明しきれないから端折ったにしても、お前の記憶の中での出
会いとは全然違ってるよな。
「まるで話の意味が解らないだろうが……続きを話す、ともあれそうしてSOS団は出来た。
朝比奈さんや古泉、そしてお前は偶然というか不幸と言うか……ともかく、ハルヒによってS
OS団に巻き込まれただけなんだって俺は思っていた。でも、それは違っていたんだ。朝比奈
さんや古泉は、それぞれに自分に特殊な背景がある事、そしてハルヒには自分の願望を実現し
てしまう不思議な力があるって事をご丁寧に教えてくれた」
「願望を……実現する能力」
 ま、そこだけ聞くと凄いよな。
 そのハルヒの力ってのは言葉で聞くと便利そうなんだが、実際はそうでもない。
「詳しい事は知りたくも無いが……その力は何かを自分の好きに出来る所か、無自覚の内に思
い通りに世界を変えちまうっていうやっかいな力なんだそうだ。……ま、その事は後で話すと
して……。自分に特殊な背景があるって教えてくれたのは、朝比奈さんと古泉だけじゃない。
長門、お前もだ」
 午後七時。光陽園駅前公園にて待つ。
 あの栞に書かれていた文字を、俺はしっかりと覚えている。
「長門、お前は自分が人間ではなく宇宙人なんだって言った。正しくは、この銀河を統括する
……えっと、ヒューマノイドインターフェース……だったかな。とにかく自分は人間じゃなく
て、おかしな力を持ってるハルヒを監視する為にここに居るんだってな。その話を聞かされた
時、多分俺は今のお前みたいな顔をしてたんだと思う」
 だから、そんなに慌てて顔を隠さなくてもいいぞ。
「……それから、まあ色んな事があった。昨日も少し話したが、野球大会に参加してホームラ
ンゲームを体験したり、お前の親玉の疎遠になってた親戚と戦ったり、過去の世界でお前の部
屋を数年単位で間借りさせてもらったり、部活として認定もされてないのに絶海の孤島で合宿
をしたり、エンドレスで終わらない夏休みを経験したり、現世とは没交渉な自主映画を撮った
りとまぁ……息つく間も無いって位に色んな事があった訳だ」
 これが、たった半年と少しの間の出来事だって言うんだから笑えないよな……。
 最初はただ、暴走するハルヒに文字通りの意味で振り回されてるだけって感じだった、一日
として溜息が出なかった日は無かったさ。……でも、今になって思えば……いつからか何て事
は言えないにしろ、俺は俺でこのSOS団としての活動を楽しく思っていたのかもしれない。
 いつのまにか回想に意識を奪われていたらしく、気づけば言葉が止まっていた俺の顔を長門
がじっと見つめていた。
「あの」
 ん。
「涼宮さんって……」
 途中までそう口にした長門は、そのまま数秒固まった後。
「何でも、ない」
 何故か質問を取り消した。
 いったい長門は何を聞きたかったんだろう、そいつは馬鹿なのか? と聞かれたなら「ああ
そうだ」って即答してやる所だったんだが。
 まあいい、今問題なのはこの先だ。
「そしてSOS団が出来て半年と少し、クリスマスを目前に控えた十二月十七日の事だ。その
日、俺達は部室でクリスマスパーティーを開く計画を立てていた」
 というより、いつもと同じ様に既に決まった内容をハルヒの口から聞かされていただけと言
った方がより正確だ。
「クリスマスイブにパーティーを開くことが決まり、その後は何事も無く一日が終わって十二
月十八日になった……はずだったんだ。きっかけどころか、何がどうしてそうなったのかは解
らない、そもそも俺の記憶が間違ってるだけなのかもしれないが……ともかく、その日を境に
俺の居た日常は無くなっちまったんだ」
 いろんな意味で、な。
「まずハルヒがどこにも居なくなっていた。そして……その、事情があって居なくなっていた
はずの朝倉が代わりに学校に居た。古泉に至っては教室ごと居なくなっていて、朝比奈さんは
俺の事を覚えてもいない。SOS団があったはずのこの部室は文芸部のままで、お前も宇宙人
じゃなくなってしまっていた」
 特に、お前がただの女子高生になってた時のショックは一生忘れられそうにない。
 パラシュートだと思って背負って飛行機から飛び降りたら、それは妹のリュックサックだっ
たって位の衝撃だったぜ。
「俺以外に誰もSOS団に関する事を覚えてる奴が居なかったから、自分で自分の正気を疑っ
た事もある。でも、この栞がここにあったから、俺は俺の記憶が間違いじゃないんだって自分
を信じていられる訳だ。……随分長くなっちまったが、今の俺が置かれている状況はそんな感
じさ」
 そんな意味の解らない話はもういい――途中でそう言われる事も覚悟していたんだが、長門
は最後まで俺の話をじっと聞いてくれた。
 正直、今はそれだけで感謝したい気分で一杯だぜ。
 俺は話のついでに、昨日見つけたあの栞を長門に手渡した。
「わたしには」
 ん。
「わたしには、あなたの今の話が本当なのか解らない」
 ま、そりゃそうだろうな。
 自分で言っててなんだが、今の話で全て納得できる様な奴が居るはずがない。
 長門は受け取った栞に書かれた明朝体の文字をじっと見つめながら、
「でも、もしあなたが言った事が本当だとして……この栞の期限を過ぎてしまったら」
 不安そうな顔で聞いてくる長門の質問は、そのまま俺の中にもあった疑問でもあった。
 ……っていうか、考えたくなかった事でもある。
 もし、この栞にある鍵ってのを期限内に集められなかった場合、この世界はどうなるんだろ
うか? これまでのケースを前提に考えれば、ハルヒが居ない以上不思議な事も起こらないん
だろうし、このまま何事も無く続いていくんじゃないかと思う。
 だが、俺はどうなる?
 俺もまたこの世界で生きていく事になるのか。
 それとも、この世界からすればイレギュラーでしかない俺は……。
 またそれ以前の問題として、長門の栞が指す二日後ってのが栞を見つけてからではなく、も
しも俺にとって世界が変わってしまってからの二日後を指す物だったとすれば……すでに最終
期限を越えてしまっている事になる。
 次々と浮かぶ最悪のケースを想定する俺を見て、長門の顔が更に不安そうに曇った。
 すまん。俺、またお前に迷惑かけてるな。
「……まぁ、大丈夫だろ。こっちの世界にもちゃんと俺の家もあるし、家族との関係も向こう
に居た時とまるで変わってない。普通に生きていく分には問題なしだ」
 この時、俺が上手く笑えていたかについては自信が無い。
 不安そうな表情が消えない長門から栞を受け取りつつ、
「この栞の期限も差し迫ってるが、俺としてはもうすぐ授業だからクラスに戻らなきゃいけな
いって事も怖いんだよなぁ……。ほら、今朝朝倉が怒ってただろ? あいつまだ怒ってるみた
いなんだ」
 部屋の時計を指差し、俺はおどけて言ってみせた。


 2時間目の終わりが近づき、休み時間を見計らって長門と一緒に本校舎へと戻ると、
「お、負傷兵の帰還か」
 教室の入り口で俺を出迎えたのは、マスクをした谷口だった。
 珍しい事に谷口は国木田の席に椅子を持ち込み、休み時間だってのに教科書なんぞ開いてい
たりする。
「怪我の方はもういいの?」
 まあな。
 そう答えながらクラスの中を見回してみたが、俺の後ろの席は現在空席で、教室の中にも朝
倉の姿は見当たらない。
 居たら居たで何をされるかと不安なんだが、居なくてもやはり不安だ。
 何となくそのまま自分の席に戻る事に不安を覚え、適当に空いている席から椅子を持ち寄り
国木田の隣に座った。
「珍しいじゃねーか、お前も勉強するのか?」
 何を馬鹿な事を。
「遠慮する。俺は慣れない事を突然やり始めて、風邪なんて引きたくないからな」
「へっ。普段ならともかく、今のお前にだけは言われたくねーなー。なんせ一昨日、意味不明
な事を言って暴れてたらしいじゃねーか。朝倉相手に何か騒いでたんだって?」
 ん? 一昨日はお前も居たんじゃなかったっけ。
「昼休みは保健室で寝てたんだ、午後も熱でふらついてたしよ。さっき国木田からその話を聞
いたとこだ。よく解らねぇ話だが、朝倉が居るとか居ないとか言って半狂乱だったんだって?」
 うるさい、馬鹿、黙って勉強でもしてろとノートを指差してみたが、谷口の口は止まらない。
「いや〜俺もその場にいたかったぜ。お前が喚いたり暴れたりするとこなんぞ、そんなしょっ
ちゅう見れるとは思えねえからな」
 そんなもん、別に見たくも無いだろう。
「あ、それと。今朝、朝倉が言ってたお前と長門有希との事なんだが……キョン、お前何か俺
達に報告する事があるんじゃないか?」
 谷口。
「あ?」
「朝倉の事はまあいいが……長門の件については触れるな」
 下手にその話題を教室で続けられると、真面目に俺の身が危うい。
 谷口は国木田と顔を見合わせた後、
「……ま、人の色恋沙汰に口出しする気はねえが程々にしておけよ? 学生結婚とかマジで笑
えないぜ」
 妙に楽しそうな谷口だったが、俺が本気で言っている事だけは解ったらしくそれ以上長門の
事については追求して来なかった。
 少し気まずい沈黙が流れてから、
「それより、僕は一昨日朝倉さんに言ってた事の方が気になるな。あれって、いったいどんな
意味だったの」
 国木田としては話題を変えるつもりで言い出したのであろう内容は、やはり俺にとっては答
えられない話題だった。
 あの件について説明した所で、理解して貰えないどころか、ただでさえ地に落ちている俺の
評判を更に落とすだけになるのは目に見えてる。
 故に沈黙を守る、実に合理的な判断だ。
 そんな俺の様子に気づかないのか、
「確か、誰かの代わりに朝倉さんが居るのがおかしいって言ってたよね。その人見つかった? 
えっと確か……ハルヒさんだっけ。それ、結局誰だったの?」
 出来ればその話も蒸し返さないでくれると助かる。
 今の俺は、その名を聞くと条件反射でビクってしてしまうんだ。
 それが例え、同音異語の別の言葉でしかなかったとしてもな。
「ハルヒ?」
 ほら見ろ、谷口も首をひねっている。ひねりながら、こんな事を言った。
「そのハルヒってのは、ひょっとして涼宮ハルヒの事か?」


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