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#navi(SS集)

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* 作品 [#j7f867dc]

** 概要 [#j50defdf]

|~作者      |◆Yafw4ex/PI  |
|~作品名    |アワビのお知らせから1年が過ぎました |
|~カテゴリー|長門SS(一般)|
|~保管日    |2009-02-28 (土) 08:12:29   |

** 登場キャラ [#j4bc8596]

//////////

|~キョン    |登場    |
|~キョンの妹|不登場  |
|~ハルヒ    |登場  |
|~みくる    |登場  |
|~古泉一樹  |登場 |
|~鶴屋さん  |不登場 |
|~朝倉涼子  |不登場 |
|~喜緑江美里|不登場|
|~周防九曜  |不登場   |
|~思念体    |不登場  |
|~天蓋領域  |不登場  |
|~阪中      |不登場|
|~谷口      |不登場|
|~ミヨキチ  |不登場    |
|~佐々木    |不登場  |
|~橘京子    |不登場   |

** SS [#y47607d6]

//////////

#br

#setlinebreak(on)

 
 
お題
アワビが大量で困っています
北高保健室からのお知らせ
主人がオオアリクイに殺されて一年が過ぎました
 
 
 
 「アワビが大量で困っています」 
 
 
 人が何を恐れるのかは、それぞれの体験や経験等によって変わる事であって
一貫性は無く、ある人物にとっては見る事すら恐ろしい物であっても、またあ
る人にとってはただの食材であったりする。
 それは人の見識の違いであり、お互いに認め合うべき物なんだろうが……。
「はふはふ……熱つっ」
「長門さん、こっちももう食べられますよ」
「把握した」
 和気藹々とした空気の中、炭火の上に置かれた金網の表面で焼かれていく海
産物。
 ……何でこれが怖いと思うんだろうな?
 認め合うべきだとしても、やはり解らない。
 俺は、自分の手元で焼いていたアワビを箸で摘んだ。
 
 
 人は、これを役得と呼ぶのだろうか?
 ハルヒ画伯の描いたサナダムシ風イラストを見てしまった被害者救済の為、
俺と長門と朝比奈さん、と後一人というハルヒを除いたSOS団のメンバーは
今、現実世界とは遠く離れた場所にいる。
 それは飛行機で燃料が尽きるまで座席に座っていても多分辿り着けない場所
であり、黒塗りの大型タクシーで5分程で到着する様な場所、まあ解り易く言
えば、閉鎖空間に似た様などこからしい。
 我ながら適当な説明なのだが……すまん、今ちょっと忙しいんだ。
 俺は熱せられて金網に張り付くアワビを引っくり返しつつ、自分の分を確保
する事で手一杯な状況だ。
 ええい、手が回らん!
「古泉、火を弱めろ」
「了解しました」
「長門、野菜も食べなさい」
「善処する」
 朝比奈さんは
「ふえ?」
 はい、可愛いです。
 カマドウマの一件と同じ様に、擬似何とか空間を作り出してしまった被害者
を助けに来た俺達だったが……被害者の精神を投影したという場所には、降り
注ぐ熱い太陽――ここだけだと前と似てなくもない――白い砂浜、そして後は
火をつけるだけに準備されたバーベキューセットと、クーラーボックス一杯に
詰め込まれたアワビだった。
 バーベキューセットとクーラーボックス以外、見るべきものも見当たらない
空間で、長門は淡々と
「このアワビが被害者の恐怖対象」
 そう、断言した。ついでに
「このアワビは、市場価格で1つ9万円程度で流通している」
 と教えてくれた事は特に重要ではない。
 つまりだ、今こうして俺達が炭火の熱さと太陽の暑さに耐えつつ、アワビを
はふはふと食べる事も全てが世界の為であり、そこに「海の幸最高!」なんて
娯楽的な発想は皆無であると断言せざるをえない。
「キョン君、檸檬取ってもらえますか?」
「はいはい」
 普段は小食な朝比奈さんも、普段は食べられない高級食材の前に食欲を発揮

「……」
 黙々と箸を運ぶ長門に至っては言うまでも無い。
 凄まじいペースで箸と口を動かし続け、何気に野菜は自分から遠ざけている。
「僕が引っくり返しますから、どうぞあなたも食べてください」
 そう古泉が提案するが却下だ。
 バーベキュー開始早々、十数個のアワビを金網に貼り付けやがったお前にだ
けは任せられん。
 という訳で俺は専ら鍋奉行と化し――鍋じゃないが――それはそれで俺とし
ても楽しく、誰一人不満の無い状況であった。
 おしまい。
 
 
 ……だったらどれだけ良かっただろうな。
「うう……お腹が痛いです……」
「く……油断しました」
 食事開始30分後、それは始まった。
 のんびりと食事を続けていた中、突然朝比奈さんが腹痛を訴え始め、続けて
古泉まで脂汗を浮かべはじめやがった。
「長門、これはいったい」
 そんな中でも箸を動かしていた長門は、俺の顔を見て
「早く食べて」
 何故か真剣な顔でそう言い、俺は「喋りながら食べるのは止めなさい」と思
わず突っ込んでいた。
 ただの食べすぎ……って訳じゃないよな、これ。
 お腹を押さえてうずくまる2人は本当に苦しそうで、これが冗談や演技でや
ってるんじゃないって事だけは解る。
 何なんだ? これは。
 一人焦る俺の耳に、
「後15分以内にこのアワビが無くならないと、この世界から出られなくなる」
 今更にも程があるルールが長門の口から飛び出した。
 待て。
 待て待て待て。
「つまりはあれか? 時間制限があるからお前は急いで食べてたって事か?」
「そう」
「じゃあ何でお前は無事で、朝比奈さん達は倒れてるんだ?」
「食べすぎ」
 あ、ただの食べすぎですか。
 なんて和んでる場合じゃねぇ!!
 俺は急いで金網の前に戻り、
「醤油」
「ほらよ」
 長門に醤油を手渡しつつ、自分でもアワビに取り掛かっていった。
 
 
 ――ええいくそっ! 飽きる!
 詰まるところあれだ、どんなに美味しい食材で、最高の器材でもってそれを
調理した所で同じものを食べ続ければ飽きが来る。
 檸檬。
 醤油。
 塩。
 マヨネーズ。
 ソース。
 抹茶塩。
 味ぽん。
 思いつく限りの調味料を試したが――何故か全部準備してあった――俺の胃
は既にアワビを不要だと叫んでいた。
 胃が言うまでもない、舌も喉も俺自身もアワビ何てもう見たくも無い。
「が……頑張ってください」
 お腹を押さえ、切なげな視線を向ける朝比奈さんに笑顔で答えつつ口の中に
溢れるアワビを飲み下す。
 ……く、苦しい。真面目にやばいぞこれは。
 古泉はそろそろ復活……してねー、青い顔で唸ってやがる。
「な、長門。残りは後いくつだ?」
 このまま倒れこみたい欲求を堪えて聞いた俺に、長門は一旦端を置いて両手
を広げて見せた。
「10個って言いたいのか? ……あ、口にアワビが入ってるからか」
 長門は首を横に振り、口の中の物を嚥下した後
「残り32個。10個以上の数を表現する方法が思いつかなかった」
 無常な現実がそこに待っていた。
 
 
 も、もう無理だ。
 胃の中のどこまでが自分の体で、どこからがアワビなのかももうわからない。
 というか俺がアワビでアワビが俺なのか?
 限界に到達した俺が砂浜に膝を付く中、長門は涼しい顔で食事を続けていた。
 しかし、流石の長門も限界がきてしまったのだろうか。
 暫くすると長門は箸を置き
「……この被害者の職業はフードファイターと呼ばれる業種。日々、己の消化
器官を鍛えていた」
 落ち着いた目で、語り始めた。
「被害者は以前、アワビを大量に食べるという趣旨の番組に出演し、見事優勝
を果たした。しかし、優勝商品で貰ったアワビを家で食べている間に、それは
苦痛へと変わった」
 アワビの大食い大会の商品がアワビってのはどうなんだ。
 俺が企画者の頭を疑う中。
「それでも、職業意識から食べ続けた彼だったが……最後まで食べ尽くす事が
出来なかった。その後、彼はアワビ恐怖症になり」
「ハルヒの絵を見ちまった……って訳か」
 金網の上でアワビがじゅうじゅうと音を立てる中、長門は静かに肯いた。
 正直、ここに来る前の俺だったらそんな気持ちは解ってやれなかっただろう
が、今なら痛いほど解るぜ。
 実際問題、胃が痛いしな。
 …………長門一人に食べさせる訳にはいかないぜ。
 動くなと訴える体を無視して、何とか立ち上がって俺は箸を手に取った。
 ここで諦める訳にはいかないよな、いくらなんでもアワビが原因で世界を崩
壊させる訳にはいかん。
 意味不明な使命感に燃え、
「長門、残り何分だ?」
 そう尋ねた俺に、長門は腕時計を見た後。
「残り3分」
 無常な数字を言い切った。
 さ、3分だと?!
 金網に乗ってる分だけでも無茶な数字だったがやるしかない、いや食うしか
ない!
 必死にアワビに取り組む俺の前で、長門の箸が……えっと。
「それは何だ」
 対面に立つ長門の手にあるのは箸と、四角い形状の保存容器。
「タッパー」
 いや、それはわかるんだ。どこからそれを持ってきたのかは知らないが。
「長門。俺が聞きたいのは、何故お前がタッパーを持っているのか? なんだが」
 そう尋ねた俺に、長門は
「食べ切れなかったから、持ち帰る」
 淡々とそう告げた……って持ち帰れるんかーーーーーい!!!
 
 
 「アワビが大量で困っています」 〜終わり〜
 
 
 「北高保健室からのお知らせ」
 
 
「よ〜し席につけ。HR始めるぞ〜」
 そう言いながら岡部が教室に入ってきた時、あたしの前の席にはまだ誰も座
っていなかった。
 ……珍しいわね、あいつが休みなんて。
 いつもなら目の前にあるはずの背中が見えないだけで、何だか……落ち着か
ない。
 この気持ちって何なんだろう?
 寂しいっていうか……そ、その……あ、あれよ。あるべき場所にあるべき物
が無い不満って奴よね、きっと。
 もしかしたら寝坊でもして遅刻しただけかもしれないし、例え風邪か何かで
も明日は出てくるはず。
 そう前向きに考えていたあたしの耳に、
「今日の連絡事項はっと……北高保健室からお知らせだ。学校内の何人かの生
徒が急に胃痛で休んだらしい。暴飲暴食を控え、節度ある食生活を送るように
との事だ」
 プリントを読み上げる岡部の声が聞こえてくる。
 ……はぁ。胃痛で学校を休むとか、それってどんな食べ過ぎなの?
 思わずついてしまった溜息が聞こえたのかしら、何故か岡部はあたしの方へ
と顔を向け、
「という訳で、キョンは胃痛で休みだそうだ。さ、授業を始めるぞ」
 当たり前の様にそう言った……って
「はあああああ?!!」
 思わず立ち上がったあたしに、クラス中の視線が集まっていた。
 
 
 って事はあれか、朝比奈さんまで学校を休んでるのか。
「はい。あの場所に居たメンバーの中で、無事なのは長門さんだけの様です」
 携帯電話越しに聞こえる超能力者の声に、普段の余裕は感じられなかった。
 ベットに寝転んだまま机の上にある時計へと目を向けると、どうやらそろそ
ろ授業が始まる時間だな。
 今頃ハルヒの奴はいったい何をしてるのか……ま、多少は気になるが、俺み
たいな一般人が想像した所で、どうせ最悪の想像の斜め上を行く様な奴だ。
 気にするだけ無駄だろう。
「まあ、たまにはこんな日があってもいいだろ。毎日毎日ハルヒに振り回され
てたら体がもたないもんな」
 溜息混じりにそう古泉に告げると、
「その……すみません。実はですね」
 何故か古泉は口ごもっている。
「何だ、さっさと用件を言え」
 朝比奈さんも学校を休んでいるのなら、お見舞い代わりというオフィシャル
な理由で電話をかけられるチャンスなんだぞ?
 そんな至上命題の前に焦る俺に、
「確かにあなたの言われるとおり、僕と朝比奈さんは結果的に休養を取る事に
なりそうなんですが……」
 古泉が申し訳無さそうな口調なのは、一人学校でハルヒを見守っているはず
の長門に対する配慮だろうか? と、俺は思っていたんだが、
「よく聞いてください。実はですね? 今、涼宮さんが「キョン! お見舞い
に来たわよ!」
 突然、俺の部屋に入ってきたご機嫌な笑顔の侵入者を見て、古泉が気にして
いる「休養を取れない奴」が誰なのかを俺は知った。
「あ、電話中? 誰と?」
「相手は古泉だが……おい、ハルヒ。何でお前がここに居るんだ?」
 制服姿のハルヒは俺の顔を見ながら、何故か胸を張って偉そうに立っている。
「団長として、お見舞いに来てあげたの」
 念の為に時計を確認してみるが……間違いない、やっぱりまだ1限の時間だ。
「ハルヒ。お前、まさか授業を抜け出してきたってのか?」
「早退したわ」
 やっぱり想像するだけ無駄だったか。
「なあハルヒ、お前なあ」
 そう声を荒げていると、
「まっ待ってください!」
 携帯電話から古泉の悲痛な叫びが聞こえてきた。
「聞いてください。僕が動けない以上、今、閉鎖空間が出来てしまったら世界
は終わりです」
「なんだって?」
 この後に古泉が言うであろう台詞は大体想像がついてしまったんだが……、
「ですから、今日だけは何とか涼宮さんを怒らせない様にしてはもらえないで
しょうか?」
 やっぱりかよ。
「なあ、俺も病人だと思うんだが」
 医者から安静にしてろって言われてるし、胃腸薬も出てるんだし。
「すみません! そこを何とかお願いします!」
「あ、おい古泉! ――あの野郎、丸投げしやがった」
 通話の終了を知らせる機械音を発する携帯電話を睨んでいると、
「ねえ、さっきから古泉君と何を話してるのよ」
 不満げな顔のハルヒが俺を見ていた、目の前で。
「顔が近い!」
 いつの間にか近寄ってきていたハルヒは、ベットの上で体を起こしている俺
の間近に座っていた。
「何照れてんの? あんたの熱を測るだけだから動かないの――うん、特に熱
はないみたいね」
 ハルヒの冷たい手が俺の額から離れ……えっと、今日は怒らせたらいけない
んだよな。
 いくつか浮かんだ感情を押さえ込みつつ――後になって考えてみれば、それ
は俺の素直な気持ちだったのかもしれんが
「……わざわざ来てくれてありがとよ。ハルヒ」
 そう謝辞を告げると、何故かハルヒは急に顔を背けてしまった。
 あれ、どうかしたのか?
 暫くの間、肩を震わせてじっとしていたハルヒは
「……べ、別に個人的な理由で来たんじゃなくって、あくまであたしは団長と
しての職務を遂行しているだけであって……あんたが心配だったとか、顔が見
たかったとかそんなんじゃなくってね?」
 俺に背を向けたまま、何かぶつぶつと独り言を言っていた。
 声が小さくて聞こえないんだが……ま、いいか。どうやら機嫌が悪いみたい
じゃないし。
「元気そうで良かったなんて思ってないし、二人っきりになれて嬉しいとか全
然思ってないから。本当よ? そりゃあ、ほんの少しはそう思わなくもないん
だけど」
 昨日の夜は腹痛で殆ど眠れなかったのもあるだろうし、ハルヒが来てくれた
事で安心してしまったのもあるかもしれない。
 延々と続くハルヒの独り言を子守唄に、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。
 
 
 気がついた時、俺は何故か部室で眠っていた。
 電気の付いた部屋の中には誰も居なくて、窓の外は真っ暗で何も見えない。
 ……ってまてよ、これってもしかしてあの時の?
 うろたえる俺の耳に、団長席に置かれたパソコンの起動音が聞こえてくる。
 状況といい展開といい、まるであの時と同じだ。
 モニターを覗き込んだ俺は、
「やっぱりか」
 真っ暗な画面に浮かぶ明滅を繰り返す白い文字を見て、この場所が以前、俺
がハルヒと一緒に閉じ込められた世界なんだと思――うんだが。
 YUKI.N>おはよう
 なんか緊張感の無い書き込みだな。まあいい、
『おはよう』
 YUKI.N>よく眠れた?
『ああ』
 YUKI.N>今、あなたは眠っている。
 ……寝てるのなら何で良く眠れたって聞くんだ?
『情報の伝達に齟齬が発生してるぞ』
 YUKI.N>申し訳ない
 謝るのかよ?
『謝らなくていいから、この状態が何なのかを説明してくれないか?』
 YUKI.N>あなたに危険が迫っている
『俺に?』
 YUKI.N>そう。わたしはそれを知らせる為にあなたの夢に介入した
 そっか、これは夢なのか……よかった。またあの時の再現をするってのはで
きれば避けたいところだからな。
『いつもありがとうな、長門』
 YUKI.N>気にしないでいい。このチャットが終わった時、あなたは目を覚ます。
その時、すでに危険は目の前に迫っている
『それで、俺はどうすればいい?』
 逃げればいいのか? 戦えばいいのか?
 YUKI.N>今のうちに心構えを
『諦めろってのかよ?』
 YUKI.N>正直に言うと、わたしという個体は一人で退屈だった為、あなたの夢
に介入してみた
『長門、いくらなんでも正直に言いすぎだ』
 YUKI.N>また、アワビの食べ放題に
「それだけは絶対にお断りだーっ!!! ……って」
 モニターの前で叫んだと思った瞬間、俺は自分の部屋で目を覚ましていた。
 部屋の中に居るのは俺だけで、ハルヒの姿は見えない。
 俺が寝たから帰っちまったんだろうか?
 見れば時計はもうすぐ12時になる所で、文字情報に反応したのか俺の胃は
十数時間振りに動き始める。
 ……ん〜お粥くらいなら食べれそうかもしれない。
 そう考えながらお腹をさすっていると、静かに部屋のドアが開かれて
「あ、キョン起きたのね」
 妙にご機嫌なハルヒがお盆を手に現れた。
 どっから見つけたのか俺のエプロンを身につけ、甲斐甲斐しく机の上に食器
を並べる……ってちょっと待て。
「なあ、ハルヒ」
「お昼ご飯食べるでしょ? あ、何よその顔。ちゃんと保健室で胃が弱ってる
人でも食べられる物を習ってきたから心配しなくていいわよ。はいっ」
 抗議する間もなくハルヒから渡されるひざ掛け、と小さなお盆。
「それを膝の上に置けば、ベットの上で食べられるでしょ?」
「あ、ああ。すまん」
 大人しく受け取り、ハルヒに言われるままに食事の準備を進めていく。
 ……こいつ、こんな優しい所もあったんだな。
「何よその顔」
 俺の視線に気づいたのか、ハルヒが動きを止める。
「いや、別に」
 ちょっと見直してなんかいないぞ。
「どうせ、あたしに家庭的なのは似合わないって思ったんでしょ? まあ見て
なさい。あたしの料理の腕前を知れば、2日は他人の料理は食べられないから」
 そう言いながらハルヒは鍋掴みを手にはめ、小さなお粥用の鍋を俺の目の前
に置いた。
 得意げな顔でハルヒは鍋の蓋を掴み、
「さ、栄養のある物で早く元気になりなさい! 昨日、有希からもらったお土
産のアワビで作った特製お粥! ……って、キョン? 急に青い顔してどうし
たのよ? ねえ! ちょっとキョンってば?! ――――」
 
 
 「北高保健室からのお知らせ」 〜終わり〜
 
 
  「主人がオオアリクイに殺されて一年が過ぎました」
 
 
 後で悔やむから後悔。
 でも、やらないで後悔するよりはやった方が絶対いい……そう思ってたのよ。
 昼下がりの病院の中、妙に物静かな救急外来の待合室にあたしは居た。
 キョンは今、処置室って所に入っている。
 救急車の中で聞いた話しによれば、命に別状は無いけど、念の為に胃の検査
と洗浄が必要だとかなんとか言ってたわ。
 ……なんで、こんな事になっちゃったのかなぁ。
 珍しくキョンが優しい言葉を掛けてくれて、あたしの女の子らしい所を見せ
るオフィシャルなチャンスだったのに……見るだけで卒倒するくらいアワビが
嫌いなら先に言ってよ! ……って、無茶な事言ってるわよね。わたし。
 静か過ぎる待合室にあたしの溜息が響く。
 はぁ……テレビでもつけよ。
 落ち込んだ気持ちを切り替えたくて、あたしは待合室の角に置いてあったテ
レビの前まで行って電源を入れた。
『――平和な日本では考えられませんが、今もアフリカでは――』
 画面に写ったのは教育チャンネルみたいで、見るからに退屈そうな内容だっ
たけど……リモコンが見当たらないわね。
 仕方なくそのまま長椅子に戻ったあたしは、何の気なしにブラウン管の中に
写る異国の風景を眺めていた。
『――ここでは全ての命が等価値であり、人間だからといって――』
 ナレーションにあわせて、槍を片手に持った男達が集団で動物に襲いかかっ
ていく。結果、獲物を手に入れる事はできたけど、人間にも何人か負傷者が出
てしまっていた。
『――そんな過酷な状況の中でも、逞しく生きる女性の姿があります――』
 画面は小さな村へ切り替わり、1つの家族へと向けられる。
 カメラの前に立った女性は力強い笑顔で聞いたことの無い言葉を話し、
『――主人がオオアリクイに殺されて一年が過ぎましたが、今もこうして、私
達は元気に暮らしています――』
 字幕には日本語で、そんな白い文字が浮かんでいた。
 
 
 猛スピードで市街地を走りながらも、運転席に座る森さんは時折僕に心配そ
うな視線を向けてきます。
 ……無理もないです、出掛けに見た自分の顔は真っ青でしたから。
 なんとか彼女に笑顔で応えようとするのですが、ずきずきと痛む胃のせいで
顔は思うように動いてくれません。
「……古泉」
 心配そうな森さんの声。
 僕の胃痛の理由を知らない為か、普段と違って森さんの態度はとても優しく
て……実は、僕の体調不良の原因はただのアワビの食べすぎなんです……とは、
間違っても言えない空気です。
 もしも知られてしまった、世界が崩壊する前に僕の命が危うい。
 やがて車は目的地、閉鎖空間と通常空間との狭間へと辿り着き、タイヤのゴ
ムがアスファルトに削られる悲しい音と共に車は止まった。
 ……さ、出番ですね。
「大丈夫です、心配ありません」
 彼女にこれ以上心配をかけまい。
 そう、僕は言い残して車を出ようとしたんですが――急に車内の温度が下が
るのを感じる。
「古泉、実はわたしはアワビが大好物なんだ」
 ……全部、ばれてたんですか。
 背後から聞こえた彼女の凍てつく様な言葉に、僕は一瞬胃痛を忘れました。
 車を出て、逃げるようにして閉鎖空間へと侵入した僕が見たのは……えっと。
 灰色の街を破壊して回る神人……ではなく……みなさん、オオアリクイとい
う動物をご存知でしょうか?
 アリクイ目アリクイ科における最大種、体長1メートル程度で、その約半分
程の尻尾を持つ全身を荒い体毛で覆われた動物界脊索動物門哺乳綱。
 えらい動物がそこに居ました。
 ってそんな呑気な事を言ってる場合ではありません!
 つまりは人間サイズの動物であるオオアリクイが今、何故かそこかしこを我
が物顔で歩いているんです。
 ここって日本ですよね? ホンジュラスの南部じゃないですよね?
 オオアリクイ達は混乱する僕の姿を見た途端、急に殺気だってこちらへと向
かってきました。
 ア、アリクイって言うくらいですから、主食は蟻ですよね? ですよね?
 舌を伸ばしながらこちらへと向かってくるその姿は……どう見ても友好的に
は見えません。
 と、ともかくここに居ては危険な様です。一旦、上空に! ……あれ。
 神人を倒す能力、赤い光を発動しようとどれだけ念じても、一向に光は生ま
れませんでした。
 ど、どうして? ……もしかして、神人が居ないから……力も使えない?
 それはつまり……今の僕はただの高校生でしかない?
 十数メートル先まで迫ってきたオオアリクイの群れを前に、僕は背中を向け
て逃げ出した…………しかし、逃げられない!
 背後から伸びてきた舌に足を巻き取られ、あっさりと僕の体は地面に転がる。
 な、何故? オオアリクイの舌はこんなに伸びないはずですよ?!
 そんなこちらの事情も気にせず飛んでくる無数の舌。
 ――喰われる。
 そう僕が覚悟したその時。
 灰色の空に無数の皹が入り、発泡スチロールをぶち破るような音と共に瓦礫
の山が降ってきました。何かの破片が僕の体に当たり、逃げ場も無い程に降り
注ぐ灰色の粉の雨が俺の身体を粉まみれにしていく。
 顔を上げた時、僕は見たんです。
 オオアリクイと僕の間に立ち、伸びてきたオオアリクイの舌を束にして片手
で掴んでいる長門さんの姿を。
「胃の鍛え方が甘い」
 え?
「腸の消化機能も弱い。日頃から歯ごたえのある物を食べず、食物繊維を多め
に摂取しないからこうなる。現代人は食生活を見直すべき」
 普段と変わらぬ無感動な平坦な声で、長門さんはそう呟きました。
「なんていうか……その、おっしゃる意味はさっぱりわかりませんが、危ない
所を助けて頂いてありがとうございました」
 そう頭を下げる僕に、長門さんは首を横に振る。
「危険はまだ過ぎ去ってはいない」
 え?
 見ればオオアリクイの舌はいつの間にか長門さんの手から離れ、無傷のオオ
アリクイ達に僕達は取り囲まれてしまっていました。
 ですが……長門さんが居る以上、オオアリクイ如きに遅れは取りません。
 そう、安堵する僕の目の前で
「迂闊」
「な、長門さん!?」
 オオアリクイの舌に全身を巻きつかれて、身動きできなくなっている長門さ
んが居ました。
「どうしたんですか!? ここは不可視の遮断フィールドの形成とか、空間の
正常化とかの出番じゃないんですか?」
 僕の言葉に彼女は適当に首を横に振り
「アニメの見過ぎ」
 と指摘するのだった。
 そして身動きしない彼女の体の上を、何本もの舌が蠢き体の起伏に沿って這
っていく。
 何故彼女が抵抗しないのかを考えながら見守っていると、長門さんは僕の方
を見て真面目な顔で
「触手プレイ」
「どこでそんな言葉を覚えてくるんですか!!!」
 彼ですか!? それとも最近あなたがずっと夢中になってるパソコンゲーム
の影響ですか?!
 色々と言いたい事が溢れ過ぎて何も言えない僕に、
「この空間は、涼宮ハルヒの作った異空間。彼女は今『NHK教育スペシャル
現代人が失った力 アフリカで逞しく生きる人々』を熱中して見ている」
 もう、人の形をした舌にしか見えない状態の長門さんは、それでものんびり
とした声で話している。
「……あの、その話が今の状態と何か関係あるんですか?」
 どう見ても大ピンチですよ?
「ある。その番組の意図は、対等な関係での弱肉強食。涼宮ハルヒは今、現地
でオオアリクイに主人を殺された家族の物語に涙し、原始的な武器のみで仇を
討とうとする姿に感動を覚えている」
 ……それって、もしかして。
 悪い予感が止まらない中、
「つまり、この空間の中では宇宙的、あるいは未来的、更には超能力的な力は
一切使用出来ない」
 やっぱり!
「マジですか?!」
「マジ」
 最悪の展開だ。
 力が使えないという事はつまり、この世界から一旦逃げるという事もできな
いという事。
 そんな僕の思考を読んだのか、
「知らなかった? オオアリクイからは逃げられない」
 何故か老人ぶった口調で、長門さんはそう言いました。
「知りませんよそんなこと! とにかく長門さん、状況はわかりましたからと
にかくここから一旦離れましょう! 誰かの助けでもなければ、たった2人で
オオアリクイの群れを退治するなんて無理です!」
 彼女を助け出そうと体に絡まる舌を掴んでは外していくが、あまりに数が多
すぎて僕一人では手に負えない。
 それでも必死に手を動かしましたが……あの、さっきから長門さんの声が聞
こえない気がするんですが……まさか……そんな……。
 あの長門さんがやられるなんて考えられない。
 ――でも……今の彼女が本当にただのか弱い女子高生だとしたら……?
 目に浮かぶ、窓際に座る寡黙な読書好きの少女の姿。
 血の気が引き、形振り構わず舌を引き剥がす僕の耳に、
「終わった」
 淡々とした長門さんの声が聞こえたと思った瞬間、彼女の体を覆っていたオ
オアリクイの舌は光の粒へと変わり始めた。
「……こ、これは……?」
 周りを取り囲んだオオアリクイの群れ、その全てが舌から伝わってきた光に
触れてに光り輝きだし……消えていく。
 やがて、全ての光の粒が消えたと同時に閉鎖空間は消滅し――その場に残っ
ていたのは
「長門さん! 無事ですか?」
 大事そうに何かの缶を持って立つ、長門さんの姿でした。
「無事」
 そう答えるだけあって、彼女の体には傷一つありません。
 あれだけ多くの舌に巻きつかれていたはずなのに……それに、ただの人間の
力しかないのなら、いったいどうやってオオアリクイを退治したのか?
 疑問を顔に浮かべる僕を見て、長門さんは手に持った缶を残念そうに見つめ
ながら
「あのオオアリクイは涼宮ハルヒの想像の産物。彼女にとって、オオアリクイ
の舌は武器だった。しかし、その武器は同時にオオアリクイの弱点にもなった」
 そう呟いた後、僕の前に缶を差し出した。
 その中には何も入っておらず、ただ缶の横には『激辛カレー 業務用』と書
いたラベルが貼られていました。
 なるほど、これを使ったんですか。
「わたしの夕飯が無くなってしまった」
 残念そうに呟く彼女。
「それくらい、いくらでも買ってきてあげますよ」
 命を助けてもらったんですから、それくらいお安い御用です……っと。
 安心したせいでしょうか、急に力が抜けてしまった僕はその場に座り込んで
しまいました。
 やれやれ……こんな事では本当に森さんの再教育が必要かもしれませんね。
 ――僕は、力に頼りすぎている。
 長門さんは力を失っても、機転で現状を解決してみせたというのに……僕は
ただ、逃げ惑うだけだった。
「どうしたの」
 俯いたまま僕を顔を、彼女はじっと見ている。
 さあ、どうした一樹。笑って見せろ。
 そう、自分に言い聞かせていると
「触手プレイが終わってしまった事が、そんなに悲しかったの?」
 お願いです……誰か、あの物静かだった長門さんを返してください。
 ――もしかしたら、それは長門さんなりの励まし方だったのかもしれません。
 そうでなくても、深い意味の無い冗談だったのかも。
 しかし、ただ苦笑いを浮かべていた僕が見たのは……
「……」
 いつの間にか長門さんの後ろに立っていた、森さんの姿でした。
 無慈悲な彼女の視線の前に、理性より先に本能が判断する。
 ――終わった。
「古泉。最後に言い残す事は」
 冷たく告げられる森さんの言葉に、僕は事の成り行きを見守る彼女へ、
「普通がいいと思いますよ、長門さん。僕も彼も恐らく触手属性ないですから」
 その言葉を最後に、僕の意識は途切れた。
 
 
 医者と看護婦の説明攻めからようやく逃れた俺が見たのは、
「あれ、ハルヒ」
「キョン!」
 待合室に居たハルヒだった。
「よかった……無事だったのね!」
「無事って大げさだな。ただの食いすぎの腹痛だぞ?」
 俺の言葉に、駆け寄ってきたハルヒが目を丸くする。
「へ?」
「そういえば……俺、確か昨日は家に帰ったと思ったんだが、何で病院に居る
んだ?」
 あれは気のせいだったのか?
「キョン、あんた覚えてないの?」
「覚えてって……何を」
 昨日は例の絵の件で動いてたから、お前とは会ってないはずなんだが。
 聞き返す俺を見て、何故かハルヒは急に機嫌を良くして
「いいのいいの! 何でもない何でもない! もう、帰れるの?」
 自然に俺の腕を取って歩き出すのだった。
「おい、ハルヒ?」
「何?」
「何って……」
 ……ま、いいか。病人なんだし。
「何でもない」
 普段とは違うハルヒの行動が気になりつつも、俺はハルヒの手に引かれるま
ま歩く事にした。
 廊下を歩く間も、何故かテンションの高いハルヒはやけに嬉しそうに話しか
けてくる。
「ねえキョン、あたしさっきテレビでアフリカの現状ってのを見てたのよ」
 お前にしては真面目な番組だな。
「それで」
「それでね? こうしている瞬間も、生き物は常に何かを犠牲にして生きてる
んだって思ったの」
「そうかい」
 それはいい勉強をしたな。
「だーかーら。生きてる方は、犠牲になった生き物に感謝しながら生きないと
いけないのよね」
 それが俺の腕に抱きつく事といったいどんな関係があるんだ?
 いつもとは違う意味で挙動不審なハルヒを見ていると、遠くから聞こえてき
たサイレンの音が徐々に大きくなり、緊急外来に救急車が入って来た。
 それにあわせて、静かだった病院の中が急に慌しくなる。
「ここにいると邪魔になりそうだし、もう用も無いから帰るか」
「うん!」
 出口へと向かう俺とハルヒと入れ違いに、医師に囲まれた担架が病院の中へ
と担ぎ込まれていった。
 
 
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