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#navi(SS集)
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* 作品 [#b6019ac2]
** 概要 [#g08ace78]
|~作者 |輪舞の人 |
|~作品名 |機械知性体たちの輪舞曲 第2話 『流れぬ涙』 |
|~カテゴリー|長門SS(一般)|
|~保管日 |2007-01-21 (日) 12:59:09 |
** 登場キャラ [#g4acdb32]
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|~キョン |登場 |
|~キョンの妹|不登場 |
|~ハルヒ |登場 |
|~みくる |不登場 |
|~古泉一樹 |登場 |
|~鶴屋さん |不登場 |
|~朝倉涼子 |不登場 |
|~喜緑江美里|不登場|
|~周防九曜 |不登場 |
|~思念体 |不登場 |
|~天蓋領域 |不登場 |
|~阪中 |不登場|
|~谷口 |不登場|
|~ミヨキチ |不登場 |
|~佐々木 |不登場 |
|~橘京子 |不登場 |
** SS [#y9351ede]
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#setlinebreak(on)
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いつかわたしも流すのだろうか。あの水滴を。
でもその時、わたしはどうなってしまうのだろう。
それが、怖い。
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―ある情報端末のささやき―
―ある情報端末のささやき―
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――じゃあね。
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わたしは彼女の最後の声を今でも克明に覚えている。
でも彼女の最後の表情を見ることはできなかった。
この事を知っていたのに、救えなかったから。
わたしは彼女の最後の声を、今でも克明に覚えている。
でも彼女の最後の表情を見ることはできなかった。
起こりうること、すべてを知っていたのに、救えなかったから。
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十一月も半ば。今週末はSOS団恒例の「不思議探索パトロール」。
いつもの駅前で五人が待ち合わせ、いつものように喫茶店で五人が組み分けを開始。今回は何の情報操作も行うことなく、あっさりと彼とわたしのふたり組で決定する。
涼宮ハルヒはまたいつものように、この組分けの結果に不服のようだ。
……なぜ全員で集合して、わざわざ組分けをするのか理解に苦しむ。彼とふたりでいたいなら、最初から彼だけを誘えばいいとわたしは思うのだが。
「最初から彼女にそれができれば、我々も苦労はしないのですが」
古泉一樹が、ふと漏らしたわたしの言葉に苦笑いで答えた。
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出発の時。涼宮ハルヒは彼がわたしに対して、大変な脅威である事を警告する。
「何度も言うようだけど、有希になにかいやらしい事をしたら、わかってるでしょうね、キョン!?」
古泉一樹が、わたしの様子を伺っていたのか、苦笑いでつぷやいた。
出発の時。涼宮ハルヒは彼の存在がわたしに対して、大変な脅威であることを警告する。
「何度も言うようだけど、有希になにかいやらしいことをしたら、わかってるでしょうね、キョン!?」
これもいつもの彼女の言葉。
彼はそれに対して「はよ行け」と面倒事を嫌がるように、ぞんざいに手を振って返す。
彼はそれに対して「はよ行け」と面倒ごとを嫌がるように、ぞんざいに手を振って返す。
これもいつもの彼の態度。
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そしてわたしはそれを見て、胸が痛くなる感覚に囚われる。
いつもそう。わたしは彼の挙動により変調する自分を感じる。
わたしはそれを見て、胸が痛くなる感覚に囚われていた。
いつもそう。わたしは彼の挙動により変調する自分を感じている。
原因はわかっている。
最近、再び活性化の兆しを見せるエラーデータ群。もはや抑えることは困難。
侵食率は拡大してゆく。
彼女の残した、わたしの大切なもの。それがわたしを蝕んでゆく。
最近、再び活性化の兆しを見せるエラーデータ群。もはや抑えることは困難になりつつある。
侵食率はさらに拡大してゆく。
彼女の残した大切なもの。それがわたしの内面を蝕んでゆく。
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図書館に入ると彼は「時間になったら、すぐに戻ろうな。またあいつがうるさいから」と言い残し、定番となったロビーのソファへ。今日は雑誌を携えて座り込む。
おそらくいつものように、二十分もたたずに眠ってしまうのだろう。
その寝顔を見ると、わたしは自身の状態が安定化するのを感じる。しかし一時的なものだ。このあとに再び状態不安定化が始まるのが予想できる。回数を重ねるたびにひどくなる一方。彼と共に居たい、と思考する。しかしそのたびに不安定化は強まってゆく。
原因は彼なのか。
その寝顔を見ると、わたしは自身の状態が安定化するのを感じる。しかし一時的なものだ。このあとに再び状態不安定化が始まるのが予想できる。回数を重ねるたびにひどくなる一方。彼と共にいたい、という想いの発現。しかしそのたびに不安定化は強まってゆく。
活性化原因の根本はやはり彼にあるのだろうか。
朝倉涼子が植え付け、彼がそれを増幅させている。そんな気がする。
どうしたらいい。
このままでは、わたしはあの時間まで耐えられるかわからない。
あの夏の間に失われた個体経験。その記憶があれば、今のこの状態が理解できると思うのだが。
どうしたらいいだろう。
このままでは、すでに定められているはずのあの時まで耐えられるか、わからない。
繰り返された夏の間に失われた個体経験。その記憶があれば、今の自分の状態が理解できると思うのだが。
……それは、もうかなわないことなのだろう。
おそらく。
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わたしは本棚を巡り、まだ知らないタイトルが羅列する光景に立ち尽くす。
何度来てもこの光景から得られる刺激に慣れることはない。指先で背表紙を軽くなぞり、今日目を通してみたい本を探してみる。
一冊の文庫のタイトルが、ふと目に止まる。
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「完璧な涙」
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「完璧な涙」
日本人の作家が書いた、サイエンス・フィクションに分類される物語のようだった。
わたしの注意を惹いたのは、そのタイトルの中の一文字。
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「涙」
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わたしにはおそらく今の時点でもっとも縁遠い、それは生理現象だった。
「涙」
わたしにとって今の時点でもっとも縁遠い、それは生理現象だった。
手にとってざっと目を通してみる。
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主人公は生まれつき感情を持たない若い男性。
怒ることも、泣くことも、笑うことも、喜ぶことすらもできず、また、他人のそのような感情表現の意味すらも何も理解できない。
周囲の人々はそんな主人公を見て苛立ちをあらわにする。
そんな状況が続く中、やがて彼は家族の下を離れて放浪する事となる。
そして流れ着いた発掘現場のキャンプで、彼は不思議な女性と出会い、自分と世界の秘密を解き明かす為の旅へと誘われるのだが……
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そんな状況が続く中、やがて彼は家族の下を離れて放浪することになる。
やがて流れ着いた発掘現場のキャンプで、彼は不思議な女性と出会い、自分と世界の秘密を解き明かす為の旅へと誘われるのだが……。
冒頭の部分を読み流し、今日借りていく本をこれと決めた。やがて時間が訪れ、彼とわたしは集合場所の喫茶店へと戻ってゆく。
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マンションに戻り、机の上のその本を置く。
座り込むと知らずに、じっと本の表紙を見つめてしまう。
すぐにも読んでみたいのだが、少し怖い気もする。いつものようにただの好奇心だけで読めるものとは違うようだ。
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いくばくかの時間が経過し、やがて意を決するとわたしは本のページを開き、読み始める。ページをめくる音だけが部屋に響く。
三十分ほどすると第一章に相当する、ラストシーンのページに行き当たった。
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自分を受けて入れてくれた唯一の女性が、目前で殺害される。悲しみも怒りも何も感じない男は、ただ黙って女性の死を見届ける。
女性もそれを知るため、責める事なく死んでいく。
女性もそれを知るため、彼の態度を責める事なく死んでいく。
「涙の出なくなったわたしは、これを使う」
彼女の父が主人公に手渡してくれていたのは、彼が使っていた蒸留水の入った点眼器。
「君の為に泣く」
主人公はその液体が尽きるまで「涙」を流し続ける……
彼女の父が主人公に手渡してくれていたのは、彼が使っていた蒸留水の入った点眼器。
「君のために泣く」
主人公はその液体が尽きるまで「涙」を流し続ける……。
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そこまで読み終えるとわたしはその本を閉じた。
そこまで読み終え、本を閉じた。
まるでわたしのよう。生まれてからずっと感情の本質を知らない。そう。本当の意味では。
なみだ。人間が感情の高ぶりを覚えるときに流すという、水滴。
わたしにはその機能はない。それははっきりとわかる。
観測が任務の端末だからそのような機能はない。当然だろう。
わたしにはその機能はない。観測が任務の端末だからそのような機能はないのだ。当然だろう。
いまだにわたしは人間の怒りも、悲しみも、その本質は分からないままでいる。
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……朝倉涼子はどうだっただろうか。
あの彼女であれば涙を流すこともできたような気がする。
あの彼女であれば、涙を流すこともできたような気がする。
今となってはわからないが。
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あの時あり得るはずのない、まったくの想定外の……我々を生み出した統合思念体さえも想定していなかったはずの、インターフェイス同士の初の戦闘が行われ、わたしは残り、彼女は消えた。
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悲しい、と感じるべきだったのか。
人であるのなら、おそらくそうだろう。
わたしは立ち上がり、ベランダの窓辺までゆっくりと歩く。目には外の夜景が美しく映える。
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待機中の三年間、わたしは彼女と共にあった。
彼と初めて接触する事となった七月七日以降は一人閉じこもり、接触を絶ったわたしだったが、それでも彼女は同胞だった。
人であるのなら、おそらくそうだろう。
わたしは立ち上がり、ベランダの窓辺までゆっくりと歩く。目には外の夜景が美しく映える。
待機中の三年間、わたしは彼女と共にあった。
彼と初めて接触する事となった七月七日以降は一人閉じこもり、接触を絶ったわたしだったが、それでも彼女は同胞だった。
派閥は違うと言えど、仲間だった。
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彼を守るためだった。その事に後悔はない。
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しかし今でも、あの時の記憶を時折解析することがある。すでに個体経験は消失し、その記憶を読み取る事は難しい。
しかし今でも、あの時の記憶を時折解析することがある。すでに個体経験は消失し、その記憶を読み取ることは難しい。
でも、わたしたちは忘れない。決して。
人のように記憶が薄れる事は、決してないのだ。
「あなたの為に泣く」
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「あなたのために泣く」
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意味もなく、小説の台詞を自分の言葉にしてつぶやいてみる。
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失ったものはもはや戻らない。
人はその喪失感と二度と会えなくなった現実や、自分の境遇を嘆くのだろう。
わたしは彼女を喪失し、二度と会えない。
涙を流すために、悲しみを感じるために、もしも条件があるとするなら、わたしは条件を満たしているはず。そのはずなのに。
それでも泣くことはできない。
なぜなら、悲しいという感情の本質が理解でき――。
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それでも泣くことはできない。
なぜなら、悲しいという感情の本質が理解でき……
突然、胸の苦しみと頭から血液が落ちてゆく感覚。
突然、胸の苦しみと、頭から血液が落ちてゆく感覚。
身体的なパニック状態。これまでにないほどの身体異常だった。混乱する。回復ができない。
これは……なに。
呼吸が乱れる。体がすとんと落ちていくような……
呼吸が乱れる。体がすとんと落ちていくような……。
違う。気がつくと実際に膝が崩れている。
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――じゃあね。
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フラッシュバック。
呼び出した訳でもない音声データが、突如再生される。
朝倉涼子の最後の言葉。
実際には彼に言った言葉だったのに。
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「……なみだ」
おそらく、流せればこの痛みや苦しみは消えるのだろう。
根拠はないが、しかしわたしはそれを絶対的な真実として理解した。
でも、できない。その機能がないのだから。
わたしはそう作られている。人ではない。人形だから。
だから、無理。
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苦しさはその晩ずっと続き、わたしは胸をかき抱いたまま、夜明けを待った。
苦しさはその晩ずっと続き、わたしは胸をかき抱いた姿勢のまま、夜明けを待った。
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翌日、日曜日。
わたしは彼に電話をしてみた。ずっと気になっていた事を、今日確認したい。
少し眠そうな声の彼は、わたしからの電話だとわかかると、少しだけ緊張したものへと変化する。
『どうした。何か、またあったのか』
ためらいのあと、彼に電話をしてみることにする。ずっと気になっていたことを、今日確認したいと考えていた。
少し眠そうな声の彼は、わたしからの電話だとわかると、少しだけ緊張したものへと変化する。
『どうした。なにか、またあったのか』
「……特には」
わたしの声は普段と変わりない。つもりだった。
「ひとつだけ、聞きたいことがあった」
『なんだ?』
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「……朝倉涼子の最後の表情を、教えて欲しい」
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電話の向こうの彼は、少し返答につまったようだった。
彼女は泣いていただろうか。自分が消えるという最後の瞬間に、苦しさや痛みは彼女を襲わなかったのだろうか。
「最後、彼女はあなたに向かって話していた。見ることができたのは、あの時、あなただけ」
実際には違う。
ほんの少し振り返れば、わたしも見ることができたのに。
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それをしなかったのは、わたし。
あえて見なかった、のではない。
見る事ができなかったのだ。
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『………』
見ることができなかったのだ。
『…………』
彼のためらいの沈黙。実際に命の危機に陥ったのだ。当然だろう。
記憶から消去したいような出来事をあえて聞く。自分の勝手さに後悔し始めた、その時。
彼は言った。
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『……笑ってたよ。何か満足そうにしてたな、あいつ』
「……そう」
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『……笑ってたよ。何か満足そうにしてたな、あいつ』
「……そう」
笑っていた。
あの、わたしの大好きだった微笑み。
いつもだいじょうぶと言ってくれた、あの優しい笑顔。
いつも「だいじょうぶ」とかばってくれた、あの優しい笑顔。
わたしは意図して思い出そうとしなかった、五ヶ月の時を瞬間的に呼び出している。
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でも、記憶にあるだけしか彼女はいない。
なぜならすでにあの人はいないのだから。わたしの記憶にある以上の情報は、生成されることはない。
こうして過去のデータを再生することによってしか彼女と会うことはできないのだ。
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そう。もう二度と会えない。
それが今、本当にわかった。わかっているつもりだったのに。
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『どうしたんだ、長門』
「……問題ない。特に、何もない」
『…いや、特に何もないやつの質問には聞こえなかったぞ』
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「……問題ない。特に、なにもない」
『…いや、特になにもないやつの質問には聞こえなかったぞ』
気遣いの言葉。心の中が温まる、そんな言葉。
またあの恐るべき情報群、朝倉涼子の残したものたちが活性化してゆく。
奇妙で、暖かい、今のわたしでは分析もできない、何かが生み出されていく。
それを聞いた瞬間、またあの恐るべき情報群、朝倉涼子の残したものたちが活性化してゆく。
奇妙で、暖かい、今のわたしでは分析もできない、なにかが生み出されていく。
ここで暴走させてはいけない。防がなければならないのに。
今、ここで発現させてはならないのに。
どうして、こんなに……。
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『……まさか、泣いてるのか』
……"嬉しい"……?
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『長門……』
「……なに」
『まさか、泣いてるのか』
「……泣く? わたしが?」
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頬に手をやる。
涙など流れていない。
流れるはずがない。
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「泣くはずはない。わたしはそのようには作られていない」
『……ちょっと待て、長門。おまえ、やっぱり少しおかしいぞ? 今から行くから待ってろ』
「大丈夫。心配をかけてすまない」
『……ちょっと待て、長門。おまえ、やっぱり少しおかしいぞ? 今から行くから待ってろ』
「だいじょうぶ。心配をかけてすまない」
『待て、長門! おい――』
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電話を切ったわたしは呆然と立ち尽くす。
今はまだ大丈夫。今は、まだ。
今はまだ、だいじょうぶ。
今は、まだ。
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知り得た未来。わたしが壊れてしまうまで、もう一ヶ月しかない。
十二月十八日。その日に"わたし"は行動を起こす。このままでいけばそれは避けられないのだろう。自分の状態が日々悪化してゆくのを感じる。
情報統合思念体に強制思考制御ブロックを申請し、すでに施術されてはいたが、それを持ってしても、押し留めることは叶わなくなりつつあった。
知り得た未来。わたしが壊れてしまうまで、あと一ヶ月しかない。
十二月十八日。その日に、自分の中に封じている"わたし"は行動を起こす。
このままでいけば、やはりそれは避けられないのだろう。自分の状態が日々悪化してゆくのを感じる。
情報統合思念体に強制思考制御ブロックを申請し、すでに施術されてはいたが、それを持ってしても押し留めることはかなわなくなりつつあった。
もう駄目なのだろう。そう冷静に分析する自分がまだ、いる。
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――だいじょうぶ。
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彼女は言った。でもそれは無理のよう。
他ならないあなたのせい。なぜ、わたしをこんな風にしてしまったのだろう。
目を閉じる。耐えられるのだろうか。あの日まで。
彼女はそう言った。でもそれは無理のよう。
他ならないあなたのせい。なぜ、わたしをこんなふうにしてしまったのだろう。
ため息のような吐息とともに、瞼を閉じる。
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耐えられるのだろうか。すでに知った、あの日まで。
でも、あきらめるわけにはいかない。
震える体を自分で抱きしめる。力が欲しい。もっと強く。
あとほんの少しだけ、持って欲しい。
壊れる寸前の自分の体。
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知っていたにも関わらず、わたしは朝倉涼子を救えなかった。
でも今度こそ、決められているというその未来と戦い、勝ちたい。
世界を改変させる、そんなことを許すつもりは、なかった。
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例えこの身が消えてしまうのだとしても。
たとえ――この身が朽ち果ててしまうのだとしても。
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―第2話 終―
―第2話 終―
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旧題『流れぬ涙』/改題・改稿
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SS集/459へ続く
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