作品

概要

作者子持ちししゃも
作品名編み物のある風景
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2008-12-31 (水) 03:19:04

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

「よう」
 放課後、入部して一月の割にはすっかり通い慣れている文芸部室の安っぽい扉を開き、中で置物のように静かに本を読んでいる長門に挨拶をした。
 小さな体を更に小さくするようにして本を読んでいたこの元宇宙人は、ページを捲る手を止めてこちらに顔を向け、小さく首を傾ける。そして、あの頃とは異なり、挨拶を言葉として返してくれた。

 

「こんにちは」
 寒いながらも日差しがあるので、窓から注ぐ光に包まれた長門の表情は逆光で良くは見えなかったが、俺ではなくてもわかるような表情を浮かべてくれているようだった。
 眼鏡をかけている長門の、柔らかな微笑み。
 12月のあの寒い日に、俺が全てと引き換えに手に入れた象徴だった。

 

「何読んでるんだ?」
 俺はそこに座ることが習慣になっているいつもの席の側にカバンを放りなげ、そのまま本棚に向かいながら長門に話かけてみる。
 彼女はまた無闇に厚い本を抱えていた。タイトルははっきりとは見えないが、どうやら洋書ではないらしい。
 宇宙人製アンドロイドと、人間として生きている長門の差を感じては違和感を覚えている癖に、何故かそんなところでは安心感を覚える自分に、我ながら飽きれてしまう。

 

 しかし、帰国子女やらハーフやら宇宙人でもない一介の女子高生に、普通の顔をして洋書でも読まれた日には、学力の差を感じて卑屈になってしまうこと請け合いなのである。
 俺の問いに、長門はすっと本の表紙を見せる。いつか見たような光景に、一瞬目眩が起きそうになった。
 その記憶を振り払うように、続けて「面白いか?」と問いかけると、少し迷ったような顔をしてから、「出だしの描写や、主人公の置かれた境遇は好ましいとは思う。しかし、総合的な判断が可能な箇所までは読み進めていない」と長門は答えた。

 

 確かに手で押さえられ、二つに分けられた紙の量はアンバランスだ。少ない方が読み終えた箇所らしい。
「わりと」という答えが返ってくることを半ば期待していた俺は、少しだけ面食らう。
 そして、俺にわかりやすいベクトルで面白いと感じているんだなぁと、なんだかしみじみしてしまった。
 そりゃ前の長門も、読書を面白いと思っているのは、俺にだって痛いほどわかってはいたさ。けれど、それをどのように面白いと感じていたのか説明しろと言われれば、「宇宙の神秘を語るのと同じ事だ」としか答えようがないと思う。

 

「そうか、俺は昨日の続きでも読むかな」
 俺の言葉に長門は頷くと、また静かに読書に戻る。
 俺は、本棚の空いたスペースに、わかりやすいように横に置いておいた本を取り、いつもの場所にどかっと座って栞を挟んでいたページを開く。前の長門に借りた本の続きの話だ。
 読み始めれば面白いのだが、俺は読書にのるには少し時間がかかるタイプだ。今日のように寝不足の日には、翻訳物にありがちな少しだけ古臭く感じる描写に、ついつい眠気を感じてしまう。
 何度かうとうとしたことを自覚した後、俺は机に突っ伏し、長門のページを捲る音をBGMに、迫り来る眠気に身を委ねるまま眠りについてしまった。

 
 

 夢と現の中で、いつも俺は自問自答している。
 これで良かったのか。
 ハルヒ達に対する罪悪感はないわけではないが、そこをとやかく思うほど傲慢にはなれない。後悔するなら、最初から選ぶべきではない。
 俺の頭に付いて離れないのは、やはり長門のことだ。

 

 長門の夢を叶える世界は、果たしてこの世界で良かったのか。
 元の世界で長門が抱えていたエラーに気付いてやって、そして長門がしたかったことを出来るように努力してやるべきだったのではないか。
 ……いや、それは今更言っても仕方ない事だ。俺には気付けなかった。こうなるまで、気付いてやれなかった。
 しかも、何かをしてやりたいと思いつつも、俺は日々こうやって長門と文芸部室で本を読んだり、途中まで一緒に帰るだけで、何も長門にしてやってはいないではないか。
 だらだらと、日々を浪費するだけの日常だ。

 

 そしてそうやって時間を浪費していくごとに、前の長門と今の長門の差を感じ、そこに長門の連続性を見いだせなくなってしまっている。
 長門は長門だ。例えこの長門が、前の長門の望んだ産物だとしても、やはり長門の筈だ。
 しかし前には見ることのなかった反応に、表情に、俺は戸惑っている。
 結局俺は長門を選んだつもりになっているだけで、独り相撲を取っているだけではないのかと、毎夜ベッドの中で身もだえ、そして眠れぬ夜を繰り返す。
 ええいくそ、情けない。
 この期に及んで、自分が選択した筈の世界に、俺はまだ馴染まないでいた。

 
 

「くしゅん」

 

 ぐるぐると回る思考と眠りの輪は、小さなくしゃみで断ち切られた。
 くしゃみと同時に、夢うつつで聞こえていた、定期的に紙が何かと擦れるような音が止まった。
 そうだ、いつの間にか、不定期に聞こえていたページを捲る音が、別の何かくぐもったようなそれに変わっていた。
 何の音だったんだろう。

 

「あー悪い、俺寝ちまった」
 眠ったことで、少しだけすっきりした頭をもたげる。まだ明るかった筈の窓の外は、すっかり闇色に染まっていた。
 その窓辺に座って本を読んでいる筈の少女は、膝の上に置いた紙袋の中に手を入れて、机の上の本を難しい顔を見つめている姿へと変わっていた。

 

「長門、何してるんだ?」
 俺の声に慌てたように、長門は腕を紙袋の中に押し込める。

 

「起こしてしまった。すまない」
 そして少し早口でそう言うと、長門は慌てたように机の上にあった本を紙袋にしまおうとして、膝の上から何かを落とした。
 何の音も立てずに転がったそれは、淡い緑色の毛糸玉だった。

 

 瞬間、長門は見たこともない顔をした。
 泣きそうな、それでいてびっくりしたような顔で、何より耳まで真っ赤だった。
 しかしすぐに俺から顔をそらすと、既に回転を止めていた毛糸を拾い、愛おしそうに埃を払う。
 そして大事そうにそれを紙袋に入れると、その袋をきゅっと抱きしめた。
 それから顔を上げたり下げたりと、少し迷っているような動作をした後、先ほどしまった本をまた取り出して、開き癖がついているらしいページをさっと開くと、俺に突きつけこう言った。

 

「い、今これを作っている。あと2日程で出来上がる予定」
 長門が開いて寄越したそのページには、カラフルなマフラーの写真が鎮座ましましていた。
 朝比奈さん研究家であった俺には、そのデザインに見覚えがあった。……朝比奈さんが部室で編んでいたやつじゃないだろうか。良く見れば、紙袋の端から細い木の棒が見える。編み棒ってやつだろうか。
 ああ、紙と何かが擦れるような音は、紙袋の中で編み物をしていた音なのか、と急に合点がいった。
 そうでもなければ、俺が目を覚ました瞬間に全て紙袋にしまうのは困難だろう。
 でも何でだ?編み物をしたことはないが、そんな風にしていたら、かなり編みにくい事くらいはわかる。

 

 しかしそれには取り敢えず触れずに、「すごいな、編み物出来るのか」と口にする。
 何故かといわれれば、なんとなく、だ。

 

「……編み物をするのは初めて。でも、前からやってみたいと思っていた……と思う。だから出来は保証しかねる」
 うつむいたまま、ぼつぼつと長門が答える。
 その答えに、俺はなんだか胸がじわりとした。
 前から、という記憶は、前の長門が植えつけたものに違いない。
 あの長門は、朝比奈さんが編み物をしているのを見て、自分もやってみたいと思っていたのだろうか。
 でもその夢が叶えられるこの世界で、そして俺しかいないこの部室で、隠すように編むことはないのに。

 

 受け取った本を長門に返そうと腕を動かした時に、肩から何かがずり落ちる感覚がし、カーディガンがかけられていたことにようやく気付く。向かいの少女がいつも身に纏っているそれがないことと、先ほどのくしゃみの原因が、俺の背中を温める為であることに、遅ればせながら思い当たった。

 

 そしてまたデジャヴ。
 朝比奈さんが編み物をし、そして長門と二人で部室にいたあの寒い日。今日と同じように転寝をして、目が覚めると二枚のカーディガンが俺にかけられていたあの日が、脳裏によぎる。
 一瞬俺はどんな顔をしただろうか。長門がうつむいていてくれて、良かったと思った。

 

「それで、お願いがある」
 こう切り出した長門は、ぱくぱくと口を何度か開いた後、更に耳を真っ赤にしてから、

 

「本当は、出来上がるまで内緒に、しておきたかった。
 でももう少しだと思うと、早く終わらせたい気持ちが抑えられなかった。
 だから今言っておく」
 早口で巻くしたてると、顔を上げて俺の目をじっと見つめてこう言った。

 

「不出来かもしれないけど、出来あがったら、もらって欲しい」
 ふいうちのようなその台詞に、俺の意識はどこかに吹っ飛びそうになった。
 かろうじて残った意識で、手編みのマフラーをもらえるなんて、まるでアニメや漫画の主人公みたいだなと、どこか他人事のように思ったりする。

 

 いや、逃げるのは止めにしなくちゃいけない。どこかへ飛んでいった意識を無理矢理かき集めて、俺は腹をくくることにした。
 俺は長門達の差に戸惑っているんじゃない。
 この長門を可愛いと思っていいこと、この長門を好きになっていいという、そのことに俺は戸惑っているんだろう?

 

 内気で大人しくて、とびきり可愛らしい、そしてただの人間の女の子で−−。
 ただの人間だからこそ、恋愛対象として見てもいいっていう、本当ならそんな単純なことなのだ。
 だけどあの寂しい長門を思うと、この長門の側にいるのは間違っているんじゃないかと、いや、それすらもどこかで自分に対しての言い訳にして、俺はただ逃げているだけなのだ。

 

 でもそれもお終いだ。
 だって長門はここにいる。
 本当は編み物をしたくても出来なかった長門はここにいる。
 こちらでは何回も会っていない筈でも、それでもきっと長門はどこかで俺を覚えている。思い出せなくても、あの楽しかった日々をどこかで覚えている。
 
 俺はカーディガンを手に立ち上がって、彼女の背後に回った。
 長門は不安げに首の動きだけで俺の姿を追う。

 

「カーディガン、ありがとう長門。あと、嫌だったら、振り払ってくれ」
 小さな背中に羽織らせると、彼女が抱えた紙袋ごと背後から抱きしめた。
 びくっと震える長門。その感覚と、俺のせいで少し冷えた体温が伝わることに、否が応でも彼女の存在を感じて、緊張で死にそうになる。
 世の中には道の往来でこんなことをしている奴らもいるんだよな。正気の沙汰じゃねえ。
 少しの間のあと、首が横に振られる。その頭に触れている胸がむずがゆい。

 

「マフラー、もちろん喜んでもらうぞ。ありがとうな。あと、俺からもお願いがあるんだが、聞いてくれるか」
 小さな頭が微かに縦に振られる。表情は見えないが、耳がまた一層真っ赤だ。
 多分俺も同じような耳をしているのだろう。お互い見えないから、背後からで正解だったかもしれない。

 

「ええとだな、そのマフラーを付けた俺と、一緒に出掛けてくれないか。
 そうだな、図書館に行こう。あと電気ポッドを買いに行きたいんだ。部室に置いたらさ、便利だと思うんだけど、どうかな」
 腕の中にいる長門の体がまたびくっと震え、そして答えとして、
「……わたしも、お茶を買いたいと思っていた。あと、急須と湯呑み茶碗を買いたい」
 と言った。

 

 ……そうだよな、あの宇宙人だと告白された時、あの時には既に同期していたお前は、何度も何度も俺が朝比奈さんに入れてもらったお茶への賛辞を聞いていたんだよな。
 自惚れでなければって、そう思うのはもうよそう。こんな世界を変えるほどのラブレターをもらって、こっちの世界を選んだ俺は、既に返信を返したのと同じだろ?
 もちろん、YES、と。

 

 お前は俺に、同じように美味しいと言って貰いたくて、何杯もお茶を入れてくれたんだよな?
 本当はいっぱい、思ったことをしたかったんだよな。
 でも俺は馬鹿だから、そのサインに気付かない。
 お前も馬鹿だから、そんな簡単なことを口に出せなかった。

 

「長門がよければ、お揃いの湯呑みを買おう」
 少し強く頭が縦に振られる。あごに短く切られたくせっ毛が触れてくすぐったい。
「それにあの図書館だけじゃなくて、他にも色々図書館はあるぞ。本屋も沢山ある。お前の興味を惹く映画があったら観に行こう。あと、俺、簡単な料理なら作れるから、今度ごちそうしてやるぞ。もちろん朝倉には敵わないけどな」
 今度はさらに強く首が振られたかと思うと、長門は胸に抱いたままの紙袋をぽとりと落とした。
 そして、くるりと振り向くと真っ赤な顔で俺を見上げる。
 泣きそうに潤んだ瞳の、長門の顔があった。その小さな口が開かれると、

 

「あと一つ、お願いがある。……欲張り?」
 小鳥のように小さく首を傾げながらそんな事を聞く長門。一度認めてしまえば、それらの一挙一動が恐ろしく可愛く感じられて、心臓が超過勤務で休暇を取ってしまいそうだ。

 

「なんだ、欲張りなんてことはないぞ。それにお願いなら俺が言っている方が多いじゃないか」
「違う、だってあなたのお願いは、わたしがお願いしたいことばっかりだったから……」
 心臓の動悸が一層早くなる。俺を殺す気か、長門。

 

「なんだ、俺に出来ることか?」
「あなたにしか出来ない」
 そこで一度俯いたかと思うと、また顔を上げた。
「……わたしを嫌いになるまで、側にいて欲しい」
 一瞬息が出来なかった。
 膨張し続ける宇宙のような、二対の深い色の瞳が眼鏡ごしにじっと俺を見つめている。この長門だけじゃなく、前の長門にも見つめられている気がした。
 さすがに馬鹿な俺でも、こんな時にはどう返事するかどうかくらいはわかっている筈だ。

 

 sleeping beauty
 
 俺は少しかがむと、目を閉じてその小さな薄い唇に自分の唇を重ねた。
 そうだろ、長門。
 俺がお前を嫌いになるなど、そんな難しいことはこの世にはそうないんだぜ。
 ずっと、一緒にいよう。

 


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:04:31 (1888d)