作品

概要

作者ながといっく
作品名長門さんとシンデレラ
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2008-12-28 (日) 03:43:36

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里登場
周防九曜登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中登場
谷口登場
ミヨキチ不登場
佐々木登場
橘京子登場

SS

 

「演劇をやるわよ!!」
 ある晴れた日の文芸部室。
 朝比奈さんがお茶を入れ、俺と古泉はボードゲームをし、長門は窓辺で読書といういつも通りの光景。
 その静寂を壊したのはもちろん涼宮ハルヒである。扉を思いっきり開け、挨拶も無しで、いきなりこれだ。
 まったくこの天上天下唯我独尊な団長様に誰か常識というものを教えてやってくれ。

 

 さて、朝比奈さんはあわあわしていて役に立ちそうもないし、古泉はいつもの爽やかスマイルを崩さない。
 長門はと言えば視線を動かすこともなく絶賛読書中である。なので、この女にツッコミを入れるのはいつものように俺の仕事である。
「いきなりなんなんだ」
「演劇をやるっていったでしょ。全く何度も同じことを言わせないでよね。団長の言葉は一字一句逃さず正確に記憶することを心がけなさい」
 お前の言葉を記憶するくらいなら、英文法や数学の公式を暗記する方に労力を注ぎたいね。もっとも注いだところでたかが知れているのだが。
「何故やるのか、どこでやるのか、とりあえずそこら辺をはっきりとしてくれ」
「それを今から言おうとしてたところじゃないの。
 さっき喜緑さんに聞いたのよ。来週、生徒会主催で文化講演会をやるんだって。
 そこで、文化系の部活が発表会をやるらしいのよ。だから、我がSOS団も演劇をやるの!
 他の文化部なんてメじゃないド迫力の大演劇で、SOS団の威光を全校に知らしめるのよ!」
 さっき聞いて、さっき思いついて、今実行に移したわけか。
 熟慮を重ねるなんて言葉はこいつの辞書にはないんだろうな。
「それはいいが、SOS団は非公式の部活だ。生徒会が参加させるわけがないと思うんだが」
「だったら文芸部として出ればいいじゃないの」
 お前の頭の中での文芸部の活動は演劇をすることなのか。それはもはや演劇部ではないのか。
 いろいろと言いたいことはあるが、こうなったハルヒはもはや止められない。長い間この団に所属していればそれくらいのことはわかる。
 俺は半ばあきらめて、最後の質問をハルヒに投げかけた。
「それで、何の劇をやるってんだ」
「それはね…シンデレラよ!!」

 

 なぜ、シンデレラなのかということは誰も聞かない。
 聞いても無駄だということがわかりきっているからである。
「シンデレラですか。古典童話の代表作にして、知名度も高い。まさにSOS団の初演劇にふさわしい題材だと思いますよ、涼宮さん」
「すごいロマンチックなおはなしですよねぇー」
 相変わらずのイエスマンぶりを発揮する古泉と、なぜか乙女モードの朝比奈さん。
 長門は未だ読書に没頭中である。ところで長門はシンデレラの話を知っているのだろうか。あれだけ読書してるんだから、一度くらいは読んだことがありそうだが。
 まぁ、シンデレラをやること自体に関しては、俺も特に異存はない。どうせ俺は雑用だろうし、そのついでに馬車の馬の役あたりをやらされるんだろうがな。

 

「それじゃ、キャストを決めるわよ!あたしはもちろん監督。
 エキストラなんかは後で適当に補充すればいいわね。とりあえずは主役のシンデレラと、王子様役を決めちゃいましょう」
 決めちゃうもなにも、それほど選択肢は多くはない。
 シンデレラ役は確かに悩みどころかもしれない。SOS団には3人の女性部員がいて、その3人ともが平均を遥かに上回るルックスを持つのである。
 しかし、男子部員は俺と古泉だけであり、悔しいことだが俺は奴に見てくれで勝っているとは思えない。
「王子役は古泉でいいだろ。適任だ」
「うーん…確かにそうね。あんたは王子って柄じゃないしね。キョンは馬車の馬なんかがお似合いね」
 そう言い捨て、クスリと笑うハルヒ。ええい忌々しい。
 やっぱり俺は馬役か。まぁ、王子役なんぞやらされるよりはずっとマシかもしれんが。
 そこで珍しく今まで黙っていた古泉が口を挟んだ。
「はて、そうでしょうか?僕は彼のほうが適役かと存じますが」
「古泉くん、なんで?」
「はい。僕は恥ずかしながら、前回の映画でも主演を努めさせていただいています。涼宮さんの構想ではあの映画は三部作とのことですから、次回の映画でも、僕は前回に近い役になるのかと思われます」
 だからどうした。主演になった自慢ならよそでやってくれ。
「僕が言いたいのは、SOS団の団員はそれぞれが同じくらいの露出をするべきだということです。
 ご存知の通り、前回の映画に涼宮さんとあなたは出演していません。団長として学内に知らぬものはいない涼宮さんは別格ですから、次の主演男優は彼が務めるのが適当であると存じますが、どうでしょうか涼宮さん?」
「そうね…古泉くんの言うとおりだわ。SOS団員は皆平等に出番を与えられるべきよ。王子様役はキョンに決定するわ!!」
 ちょっと待てハルヒ。俺が王子役だと?何を考えているんだお前は。
「正気か」
「あたしはいつでも正気よ」
 お前の正気の基準が聞きたいところだ。しかしこうなっては仕方ない。一度決めたらテコでも動かないのがハルヒだ。
 ……古泉の野郎、覚えてろよ。

 

「そ、それで、シンデレラ役は誰がやるんですかぁ?」
 朝比奈さんがおずおずと発言する。
 この人は前回酷い目にあっているから、出来ればやりたくないのだろう。
「そうね。今回もみくるちゃんでいいと思うんだけど、有希も捨てがたいのよね。有希、前回の映画撮影でのアドリブといい、案外演技が上手だったし」
 みるからに棒読みで演技と呼べるものではなかった気がするがな。
 それにあのアドリブには理由があったのだが、ハルヒがそれを知るわけもない。
「涼宮さんが監督兼主演女優をやるというのはどうでしょうか?」
 おい古泉、頼むから余計な事を言うな。俺が王子でハルヒがシンデレラだ?
 そんな劇を見られたら俺は谷口あたりにこっぴどくからかわれるだろうよ。
「あたしは監督だから普通なら演技には参加しないわ。
 ……で、でも、あんたがどうしてもっていうなら、あたしがシンデレラやっても――」
「いや、遠慮しておく」
「な?」 
なぜか頬を赤らめているハルヒをよそに俺は自論を述べる。
「大体お前はシンデレラって柄じゃないだろう。
 おまえがシンデレラだったら、意地悪な姉のいじめなんぞ返り討ちにするだろうし、ドレスと馬車はどこからか強奪して舞踏会に呼ばれなくても行くだろう。
 そんで、嫌がる王子を無理やりお持ち帰りしてくるってのが関の山だ」
「なんですって!?」
 しまった。つい本音が出てしまった。
「ちょっとキョン!それってどういう意味よ!?」
「いや、それはだな…」
 俺が口ごもっていると、古泉が助け舟を出してきた。
「まあまあ涼宮さん。落ち着いてください。
 これは彼なりの思いやりですよ。監督と主演の兼業は大変ですからね。僕はそこまで気がつきませんでしたが、彼は涼宮さんを気遣っていたようですね」
 ナイスフォローだ古泉。
 しかし、よくも俺の心にもないことを考え付くもんだな。さすがというかなんというか。

 

「それもそうね。あたしは監督に専念しなきゃね」
 どうやら古泉の説得は効果てきめんだったようだ。相変わらず単純で助かる。
 頼むから監督以外の雑用もやってもらえると助かるんだが。主に俺が。
「それに、キョンの言うこともあながち間違ってないわ。
 最初はいじめられて、誰かの力を借りて最後はハッピーエンド…なんて、あたしの柄じゃないわ。幸せは自分でつかむものなのよ!」
 ご高説は大変結構なことだが、お前が何でシンデレラをやりたいと思ったのか問い詰めたい。
 なにはともあれ、これでシンデレラ役は朝比奈さんと長門に絞られたわけだ。
「キョン、みくるちゃんと有希のどっちがいい?」
 変な聞き方をするな。選びにくくなるだろうが。そもそも俺が選ぶのか。
「そうよ。どっちもいい気がしてあたしには選べないわ。たまにはあんたに選択肢をあげるから感謝しなさい」
 こんな面倒かつ厄介な選択権よりも、出来れば他の時に選択肢が欲しかったんだが。不思議探索でのおごりの拒否権とかな。
 それにしても、朝比奈さんと長門か。どちらかをシンデレラ役に選ぶとなるとこれは難しい。
 ドレスを着たシンデレラの華やかなイメージは朝比奈さんにピッタリだし、普段の健気で薄幸な少女のイメージは長門にピッタリだ。
 俺の脳内会議がああでもないこうでもないと議論しているとき、俺は気付いた。
 長門がいつの間にか本を閉じて、こちらをしげしげと見ている。
 いつもの無表情に変わりはないのだが、どことなく物欲しそうな目をしている気がする。
「長門、ひょっとして、シンデレラやりたいのか?」
 そう問うと、長門はミリ単位で顔を傾けて、少しだけ悩むような表情をした。
 これも、昔の長門には見られなかった表情だ。出会った頃はこの黒曜石のような瞳からは何も窺えなかったが、今は違う。
 確実に、長門は少しずつ人間らしくなっている。
 しばらくすると、またもミリ単位で顔をこちらに向け、こう言った。
「少しだけ」

 

 珍しく長門が意思を表明すると、一気にその場の意見は纏まった。
「あ、あの、あたしも長門さんがいいと思います!」
「そうですね。前回は僕と朝比奈さんが主演でしたし、今回は彼と長門さんで演じるのがバランスが取れていてよろしいかと」
「そうね。考えてみればみくるちゃんより有希のほうが似合ってるかもしれないわ!
 意地悪な姉たちの虐めに耐えて、王子様に出会ってついに幸せになる少女。有希のイメージにピッタリじゃないの!さすがあたしが選んだ団員ね!」
 選べと言われたにも関わらず、俺は意見を聞かれてもいないが、もちろん俺にも異存はない。
 長門が演劇に興味を示したのだから、俺もできる限りそれに応えてやりたい。
「それじゃ、よろしく頼むぞ長門」
「……こちらこそ」

 

 数日後――

 

「脚本ができたわよ!!」
 脚本も何も、シンデレラのストーリなんか決まっているだろう。まぁ、こいつのことだからそのまま演劇にするとは思ってはいなかったが。
「ぶつくさ言ってないでさっさと読みなさい」
「はいはい」
 渋々冊子を読み始めると、1ページ目にはこう書いてあった。

 

―――――――――――――――――――
<SOS団プレゼンツ☆至高のシンデレラ>
超監督:涼宮ハルヒ
シンデレラ:長門有希
王子:キョン
王子の従者:古泉一樹
意地悪な姉:喜緑絵美里、鶴屋さん
魔法使い:朝比奈みくる
馬:谷口、国木田
―――――――――――――――――――

 

「なんなんだ。この『至高』ってのは」
「『究極』よりはなんか凄そうじゃないの」
 誰もそんなことは聞いていない。
 どうせまた、どこぞの漫画にでも影響されたんだろう。俺達がやるのは料理対決じゃないんだがな。
「SOS団って書いていいのか?文芸部としての参加なんだろ?」
「どうでもいいじゃないのそんなこと」
ケロリとして言うハルヒ。本当にどうでもいいことだと思っているらしい。
「それにこの配役は大丈夫なのか。谷口や国木田、鶴屋さんはともかく、生徒会の喜緑さんが出てくれるわけないだろう」
「あら?さっき頼んできたけどOKくれたわよ?最初はちょっと渋ってたけど、有希がシンデレラやるって言ったらあっさり了承してくれたわ」
 喜緑さんも何を考えているんだか。俺としては、厄介なことが起こらないよう願うのみだ。

 

 なにはともあれ、これで役者は揃い、明日から練習を始めることに決まった。
 帰り道、俺はいつものように古泉としゃべりながら歩いている。
 ハルヒは前のほうで朝比奈さんと騒いでいるし、長門は後ろで歩きながら読書だ。長門よ、お前はどこの二宮さんだ。転ぶぞ。
「やれやれ。また面倒なことになりそうだ」
「涼宮さんが普通の活動で満足してくれるのはいいことですよ」
 そりゃあ、お前らにとっては願ったりかなったりだろうがな。
「まぁ、僕としては涼宮さんとあなたで劇をやってほしかったところですがね」
 なぜだ。
「おわかりにならないんですか?」
 だから何をだ。
「……まぁ、いいでしょう。それにしても、変わりましたね」
「長門がか?」
「もちろんそれもあります。彼女が自分から意思表示をするなんて、かつてなら考えられないことでしたから」
 古泉は少し苦笑いを含めて続ける。
「僕が言いたいのは涼宮さんですよ。かつての彼女なら、長門さんとあなたがシンデレラと王子、なんてことになったらたちまち機嫌を悪くさせていたことでしょうし」
なんでか知らんが俺が朝比奈さんや長門と仲良くすると機嫌悪くなってたからな。
「ハルヒも成長したってことだろう」
「他人事のように仰られますが、あなたはあまり成長していないようですね」
「余計なお世話だ」
 古泉の皮肉を軽く流しながら、俺は別なことを考えていた。
 なんだって、長門はシンデレラをやりたいと思ったんだろうか。本を読んで憧れたとか?長門に限ってそんなことはないと思うが…
 そのうち、本人に聞いてみよう。

 

 翌日から練習が始まった。
 さすがのハルヒ超監督も、名作古典童話を滅茶苦茶に改造することはできないらしく、概ね原作どおりに物語は進んでいくようだった。

 

 谷口は馬役という待遇に文句を垂れていたが、朝比奈さんと鶴屋さんと話せるという特典には叶わなかったのか、前回の池ポチャの悲劇があったにも関わらず、今回も国木田と共に参加と相成った。
 鶴屋さんのキャラ的に意地悪な姉というのは微妙な役どころで、正直言って似合わなかったが、喜緑さんの演技は真に迫っていて、見ているこっちが長門を本気で可哀想に思えるようなものだった。
 もしかして、本当に苛められているのではと思ったりもしたのだが、演技の合間に楽しげに(笑顔なのは喜緑さんだけだが)話しているのを見る限りそれは杞憂のようだった。
 魔法使い役の朝比奈さんは…まぁ、不可もなく、とだけ言っておこう。
 古泉?知ったこっちゃないね。

 

 そして、我らがシンデレラ姫、長門有希の演技は相変わらず棒読み気味で、お世辞にも上手といえるものではなかった。
 しかし長門なりの一生懸命さと熱意は俺に十分に伝わり、いつしか俺も本気で王子を演じるようになっていた。
 こんなに心から楽しんでいる長門を見たのは初めてかもしれないな。

 

 そんなこんなで、上演日も間近に迫ったある日。
 練習も佳境になり、ラストシーンの場面に移った。
「次はキスシーンよ!」
「はあ?」
 つい間抜けな声をあげてしまった。
 しかし今の台詞は聞き捨てならん。キスシーンだと?そんなもんシンデレラにあったか?他の童話と勘違いしてないか?
「最後に王子様とキスして幸せになるシンデレラ。これ以上ない最高の幕切れじゃないのよ。なにか文句あるの?」
「し、しかしだな、キスなんて…それに長門だって嫌がるだろ?」
「馬鹿。何慌ててんのよ。キスするフリよフ・リ。あんたなんかが有希と本当にキスできるわけないでしょ?」
「そ、そうだな。すまなかった」
 そりゃそうだ。本当にキスなんかするわけがない。
 全く俺も焼きが回ったか。なんでこんなに動揺してるんだか。

 

 そんなこんなで、俺たちはキスシーンの練習もこなした。
 所謂寸止めで、傍から見ると実際にキスしているような角度でするわけだ。
 しかし、フリとはいえ、俺は相当神経をすり減らすことを強いられた。万一、長門の唇に触れてしまうことがないように、眼は開けていなくてはならない。
 すると、必然的に目の前には長門の顔があることになる。俺とは違い、長門は眼を閉じていて、その顔を見ていると無意識に吸い寄せられそうになる。
 軽く抱きよせているという状況だけでかなりヤバいというのに、俺には刺激が強すぎた。俺はいつしか長門の顔が網膜に焼きついたように離れなくなってしまった。

 

 そして、俺たちは上映会の日を迎えることとなった――

 

 講演会当日。
「次は、文芸部による演劇です。題目は"シンデレラ"です」
 司会は生徒会書記の喜緑さんである。
 しかしこの人、いろんなところに顔を出すな。案外目立ちたがり屋なのかもしれないな。
 そんなこんなで、俺達の演劇が始まった。

 

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 むかしむかし、SOS王国のとある村に、ある少女が住んでいました。
 名はユキと言い、それはそれは優しくて可愛い少女でした。

 

 少女にはニョロとエミリーという二人の姉がおりました。
 ところが姉たちは大変意地悪で、自分より可愛いユキを妬んでいじめました。

 

「ユキっ。掃除と洗濯をお願いするよっ」
「ユキさん。掃除が終わったら外に出ていてくださいね。部屋が汚れますから」
「ユキっ。ちょっとゴメンよ。冷蔵庫からスモークチーズ取ってくれないかなっ」
「あらユキさん。あなたの分のご飯はないですよ?外で草でも食べなさい」
 姉たちは、辛い仕事を全てユキに押しつけました。

 

 しかし、姉たちはそれだけでは満足しません。酷い仕打ちはまだまだ続きます。
 寝床は玄関マットにボロ雑巾をつなげたもの。ご飯は二人分しか用意されません。
 お腹の空いたユキは、キッチンの三角コーナーから食べられそうなものを見つけて食べていました。
 もちろん洋服など買ってもらえず、毎日同じ制服を着せられていました。
 お風呂に入ることさえも許して貰えないユキの白い肌は、いつもホコリで汚れていました。

 

 ある日、姉のエミリーは酷い嫌がらせを思いつきました。
 かまどの灰をスコップで大量に掬って、思いっきりユキの頭上にぶちまけたのです。ユキは灰で体中が真っ黒になってしまいました。
「あはは!こりゃ傑作だねっ!(えみりん、ちょっとやりすぎじゃないにょろ?)」
「あら、とてもお似合いですよユキさん(このくらいやらないと面白くないですよ)」
 その日からユキは、シンデレラ(灰かぶり)と呼ばれることになりました。

 

 そんなユキの唯一の楽しみは、本を読むことでした。
 ユキは姉たちが寝静まった夜中に、月明かりの下で本を読みます。
 かわいそうなユキは電気を使うことすら許してもらえなかったのです。

 

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「喜緑さん、これじゃ原作より酷くないですか?
 玄関マットに寝せるとか、三角コーナー漁るとか、さすがに引きますって」
「そうだよっ。有希っこ、半分涙目になってたにょろよ!」
「ここでの虐めが苛烈なほど、後のハッピーエンドが映えるのですよ」
「そういうもんですかね…」

 

「シンデレラの趣味が読書というのは涼宮さんの考案ですか?」
「そうよ。こういうオリジナル設定が大事なのよ!」
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 そんなある日のこと。
 SOS王国のキョン王子が妃を選ぶための舞踏会を開くことになりました。
 招待状がユキの家にも届き、玉の輿を狙う姉たちは喜びました。

 

「ふふ。この国の財産があれば、わたしも一生安泰です」
「エミリー随分余裕だねっ。悪いけど、キョン王子をゲットするのはあたしさっ!」
「お互い頑張りましょう。ユキさんはお留守番しててくださいね」
「じゃあ、行ってくるにょろよ〜」
 姉たちは意気揚揚と舞踏会へ向かおうとしています。
 それを羨ましそうに見ていたユキは、意を決して姉たちにお願いしました。
「……わたしも行きたい」
 いつもは決して姉に逆らわないユキが、珍しく自己主張をしたのには理由がありました。
 実は、ユキは王子様に会ったことがあったのです。

 

 それは、ある暖かい春の日のことでした。
 ユキは姉に押し付けられた仕事の合間に、王立図書館に本を借りに行きました。借りたい本は見つけられたのですが、図書館で本を借りるには貸出カードが必要です。内気なユキはカードを作ってもらうことができず、受付の周りでおどおどしていました。
 その時、偶然図書館を視察に来ていた王子様が、見かねてカードを作ってくれたのです。
 王子様がユキの名前を直筆で書いてくれた貸出カードは、今でもユキの大事な宝物です。それ以来、ユキはずっと一途に王子様のことを想っていたのです。

 

「ダメダメっ。ユキは家でお留守番してなきゃダメにょろよ〜」
「そうですよ。舞踏会なんてユキさんには身分不相応と言うものです。だいたい、その灰かぶりのみっともない姿で、王子様の前に出ようというのですか?」
「……そう」
 意地悪な姉たちは、当然ユキが舞踏会に行くことなど許しません。
 姉たちを見送ったユキは、ついに耐え切れなくなって泣き出しました。ユキは悲しくて、大好きな読書さえする気になれませんでした。
 王子様が結婚するということだけでもユキにはショックでした。
 そして、王子様に会える最後のチャンスすら、ユキには与えられなかったのです。
「……」

 

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「おいハルヒ、ユキが王子に会ったことがあるとか、なんだよこの設定は」
「有希の提案よ!運命の再会って感じがしていいじゃないの!」
「(あの世界の長門の記憶と同じ、か…)」
「それにしても、長門さんの演技もなかなかですね。
 さすがに泣いてはいませんが、本当に悲しそうですよ」
「そうですねぇ。なんか見てると、長門さんが可哀想になっちゃいます…」
「それより朝比奈さん、そろそろあなたの出番ですよ」
「は、はいぃ〜!」
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 誰もいなくなった家で、ユキは呟きました。
「……わたしも舞踏会に行きたい。彼に会いたい」
「ななな、泣くのははやめてくださいっ!シンデレラさん!」
 失意のシンデレラこと、ユキの前に魔法使いが現れました。
 魔法使いは、それはとても美しい女性でした。

 

「あなたは?」
「わ、わたしは魔法使いのミクルです。きょ、今日は、いつもいい子にしているユキさんのためにやってきました!」
「わたしのため?」
「そうです!あ、あなたを舞踏会に行かせてあげましょう」
「でも、どうやって?」
「そうね…あ、このかぼちゃなんかちょうどいいですね。ふふ。見ててくださいね。それっ!」
 ミクルが庭のカボチャにむかって杖を一振り。
 するとあら不思議。立派なカボチャの馬車が出来上がりました。
「お馬さんも必要ですねぇ。それっ!」
 ミクルは今度は庭をうろついていた2匹のネズミに向って杖を振りました。
 すると、2匹のネズミはみるみるうちに大きくなり、2頭の立派な馬に変身しました。
「ヒヒーン(ちきしょう。セリフこれだけかよ!)」
「ヒヒーン(まぁまぁ谷口。朝比奈さんと同じ出番でよかったじゃん)」
「この馬車に乗って行けば、お城まであっという間ですよ」
 世界中の人間を虜にするような笑顔で、ミクルはユキに微笑みました。
「……すごい」
 ユキはとても驚いたようです。
 でも、少しするとまた悲しそうな顔に戻ってしまいました。
「…でも、こんな服では王子様には会えない」
 ユキは薄汚れたつぎはぎだらけの制服を着ていました。意地悪な姉の言うとおり、これでは舞踏会には行けません。
「ふふ。大丈夫ですよ。それっ!」
 ミクルが杖を一振りすると、あら不思議。
 ユキのみすぼらしい制服はたちまち美しいドレスに変わりました。

 

 それだけではありません。
 ボサボサでホコリまみれだった髪の毛はきれいにまとまり、少しカールしている毛先や、ユキの白い肌に映える口紅のおかげでとても大人らしくなりました。
 まるで生まれ変わったかのように、ユキは美しくなったのです。それは、魔法使いのミクルに勝るとも劣らないほどの美しさでした。
(参照:ttp://www.amazon.co.jp/gp/product/images/B0013JWYJW/ref=dp_image_0?ie=UTF8&n=13299531&s=toys)

 

 そして最後に、ミクルはガラスの靴をユキに差し出しました。
「さあ、これを掃いてください」
 ガラスの靴はユキの足にピッタリで、まるでユキのために作られたかのようでした。
「ユキさん、楽しんできてくださいね。
 でも、一つだけ気をつけてほしいの。あたしの魔法は12時に解けてしまいます。だから、必ずそれまでにはお城を出るようにしてください」
「わかった」
「それじゃぁ、頑張ってくださいね。なが…ユキさん」
「待って」
「な、なんですか??」
「ありがとう」

 

 こうしてユキは、カボチャの馬車に乗りお城へと向かいました。

 

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「朝比奈さん、最初はガチガチだったけどなかなかいい演技だったな」
「あたしの指導がいいからね!
 でも、文化祭の時の有希の衣装をそのまま使っちゃったから、みくるちゃんにはちょっとキツそうね、まぁ仕方ないわ。あ、有希、お疲れ様!」
「ああ、長門お疲れ。…ん?」
「……?」
「長門、ちょっといいか?」
「あ、ちょっと、どこいくのよキョン!」
「最後の打ちあわせだ!」
「なによ、もう…」

 

「なに?」
「いや、なんか長門が大人っぽくなった気がしてな。顔立ちとか身長とか(胸もそうだな)……」
「身体の各部に微細な情報操作を施した。本来、これは20歳時点のわたしの姿」
「つまり、未来の長門の姿ってことか?」
「そう」
「……きれいだな」
「なに?」
「いや、な、なんでもない」
「そう。それより次はあなたの出番。準備を」
「よし、わかった」

 

「二人で何を打ち合わせしてたのよ?」
「あ、いや、それはだな…」
「何よ、怪しいわね」
「……キスシーン」
「有希?キスシーンって何のこと?」
「彼とわたしが誤って本当にキスしてしまわないように、距離感などの打ち合わせをしていた」
「そ、そうだ。万一のことがあったら俺の命がないらしいからな」
「ふーん…まぁいいわ。ともかく、打ち合わせは済んだのね?」
「ああ、バッチリだ」
「万全」
「よし!いよいよ舞踏会よ!二人とも頑張ってね!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 
 

 さて、その頃お城では舞踏会が始まろうとしていました。
 大広間には国中から女性が集まり、それぞれ着飾った姿で、王子様が現れるのを今や今やと待っておりました。

 

「この中では私が一番美しいようですね」
「エミリーは自信満々だねっ。でも中々カワイイコもいるみたいだよっ」
「すごいのね。ダンスパーティなんて初めてなのね」
「敵情視察のつもりが何故僕が女装をする羽目になるんだ。ふんっ、あのワカメ髪の端末め覚えていろ」
「ぷくっ…ふ、藤原さん、とても似合っているのです…ぐっ…」
「王子――まだ―――」
「くっくっ。まぁ、僕としては楽しい余興だと思うよ。例え自分が選ばれないことが初めから決まっているとしてもね」

 

 さすがは一国の王子のお妃を決める舞踏会。なかなかレベルの高い女性たちが集まっているようです。
 一名ほど、女性ではない方も混ざっているようですが。

 

 その頃王子様は中庭で憂鬱そうな顔をしておりました。
 付き人のコイズミが心配そうな顔で声をかけます。
「どうしたのですか?もうそろそろ大広間の方へ向かいませんと。時間の方が迫っておりますよ」
「コイズミ、そうは言ってもだな…
 俺は結婚なんかしたくないぞ。ましてや知らない女との結婚なんてまっぴらだ」
「王子もそろそろ身を固めてもよい頃合いじゃありませんか。それに、今日は美人で気立ての良い女性がたがお揃いのようですよ」
「しかしだな…」
「もしかして、まだ"あの少女"のことを考えてらっしゃるのですか?」
「……」
「王子は最近"あの少女"のことばかり考えてらっしゃるようですね。しかし、見たところ彼女は下賤な出。王子とつりあう身分ではありませんよ」
「下賤だとか上品だとか、そんなものの何が大事なんだ」
「しかし、一国の王子たるもの、国民に示しというものが…」
「うるさい。大体顔が近い。近寄るな」
「ふふっ。これは手厳しい。さて、そろそろ時間です。大広間へ参りましょう」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「涼宮さん〜あの人たちなんなんですかぁ?」
「ゲストよ!あたしは阪中だけでいいかなと思ってたんだけど、喜緑さんがそこら辺歩いてるのを引っ張ってきたみたいなの」
「そ、そうなんですかー…(あの未来人さんと、長門さんと古泉君の敵対組織の人…こんなところに呼んじゃって大丈夫なのかなぁ…)」
「さぁ、いよいよユキと王子の運命的再会よ!」
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 さて、大広間に王子様が現れると、途端に場は騒然となりました。
 王子様の服装は、一見簡素なスーツ姿でした。
 しかし、王族しか着用することを許されない黒絹の肩掛けが位の高さを象徴しています。それをいとも自然に着こなせるところが、王家の血筋というか気位なのでしょう。

 

「あらあら。馬子にも衣装とでもいいましょうか」
「そうだねっ!キョン君の王子様姿、なかなか似合ってるにょろ!」
「ずいぶん高そうな肩掛けなのね」
「ふんっ」
「できれば佐々木さんの王子様になってくれればよかったのです」
「くくっ。キョンに紳士的服装など似合うわけがないと思っていたが、その先入観は捨て去るべきのようだね」
「王子――素敵―――」

 

 大広間は瞬く間に女たちの戦いの場と化しました。
 なにせ、ここで王子の目にかかるか否かで、彼女たちの人生が変わるのですから。
 しかし、彼女たちの思惑とは裏腹に、王子様は気が進みません。

 

「おいコイズミ、なんか睨まれているんだが」
「とりあえず誰かと踊ってみてはいかがでしょうか」
「そんなこと言われてもな…」

 

 そのとき、大広間の扉がゆっくりと開きました。シンデレラ姫こと、ユキが遅れて到着したのです。
 優雅なドレスを着込んだユキは他のどの女性より輝いてみえました。
 そのあまりの美しさに、騒然としていた大広間は一瞬のうちに静まり返ってしまいました。
 もちろん王子様も例外ではなく、その視線はユキに釘付けとなりました。

 

「なんて綺麗な人なんだ(くそっ。なんでこんな恥ずかしいセリフを)」
 そう呟くと、王子はユキの方へゆっくりと歩を進めました。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うぐっ…キョンの奴、なかなかカッコいいわね…。やっぱりあたしがシンデレラやればよかったかしら…」
「涼宮さん?」
「え!?あ、な、なんでもないわよみくるちゃん!」
「ところで、あの肩掛け、本当の黒絹ですかぁ?」
「そうよ、古泉君の知り合いに洋服の仕立て屋さんがいて、演劇用に作ってくれたらしいのよ」
「そ、そうなんですかぁ〜(古泉君の機関ってなんでも屋さんなのかなぁ?)」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ユキを間近で見た王子様は驚きました。
 着ているものは違えど、彼女は紛れもなくあの時の少女だったからです。
 そう、王子様もユキと同じく、あの時図書館でユキに一目惚れしていたのでした。

 

「なぁ、ひょっとして…」
「……また会えてうれしい」
「じゃ、じゃあやっぱり、あの時のユキさんなのか?あの時図書館で、俺がカードを作ってやった?」
「そう」
「あー、もし良かったら……俺と踊らないか?」
「……よろこんで」

 

 ユキはとても踊りが上手でした。王子様はかたときもユキのそばを離れません。
 面白くないのは他の女たちです。女たちの妬ましい視線がユキに突き刺さりました。
「せっかく着飾ってきたのに、あのような娘がいたのでは台無しですね」
「悔しいけどあのコはかわいいねっ。あんなコ、この国にいたにょろ?」
 どうやら意地悪な姉たちはユキとは気付いていないようです。

 

 結局、王子様はユキのもとをかたときも離れることはありませんでした。
 残った女たちは諦めて帰ったり、王子の付き人達と踊ったりして時間を潰していました。

 

 しかし、楽しい時間は長くは続きません。舞踏会は佳境を迎えようとしていました。
 そこで、王子様はユキに大切なことを伝えようとします。
「もうすぐ舞踏会も終わるな」
「そう」
「お前に、頼みがあるんだ」
「なに?」
「もし、お前が嫌じゃなかったら、俺と――」

 

 その時、お城の鐘が鳴りました。
 ユキが時計を見ると、12時まであと15分しかありません。ユキは焦りました。あと15分で魔法は溶けてしまいます。
 もとのみすぼらしい制服姿を王子様に見られるわけには行きません。

 

「わたしは行かなくてはいけない……ごめんなさい」
 そう言ってユキは急いで大広間を出て行きました。
「待ってくれ!!」
 王子はユキの後ろ姿に叫びますが、ユキは止まりません。
「ユキ!もうお前に会えないのか!?」
 ユキは一瞬立ち止まり、一言だけ王子に告げました。
「……また図書館に」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「キョンと有希、上手に踊ってるわね」
「二人でずいぶんいっぱい練習してましたからね〜
 全体練習が終わってからも、長門さんのおうちで踊りの練習したらしいですよぉ〜」
「ふぅーん…有希の家でねぇ。それは感心ね…」
「ひえっ!(しまったぁ…)」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 急いで走ったユキは、なんとか12時までにお城を出ることができました。
 ところが、慌てた拍子にお城の階段でガラスの靴が脱げてしまいました。
 しかし、もう戻る時間はありません。ユキは仕方なくそのまま家に戻ることにしました。

 

 次の日から、ユキにはまた前のような辛い日々が戻ってきました。
 舞踏会で王子様に相手にされなかったからか、二人の姉はますます意地悪になりました。
 押し付けられる仕事は前より多く、理不尽ないじめを受けることも増えました。
 でも、ユキは幸せでした。
 もう会えないと思っていた王子様に会えただけでも嬉しいのに、その王子様と二人きりであれだけ長い時間踊っていられたのですから。

 

 ところがある日、ユキは風の噂でとんでもないことを耳にしました。
 王子様が、あのとき舞踏会で踊った女の子を探して、お妃にしようとしているというのです。
 ユキは迷いました。今、名乗り出れば王子様のお妃になれるかもしれません。
 しかし、今のユキを王子様に見られたら、きっと王子様はがっかりするでしょう。
 それに、ユキと王子様では身分が違いすぎるので、王子様のためにもなりません。
 ユキはそう考え、名乗り出ることをしませんでした。王子様を諦め、身を引くことに決めたのでした。

 

 それからしばらく経ち、季節が変わったころ。
 ユキは図書館に本を借りに行きました。実はあれから数か月の間、ユキは本を我慢していました。
 何故かと言うと、あの時、また会いたいという望みを抑えきれずに、
「また図書館に」
 などと王子様に言ってしまったものだから、もしかしたら図書館に行けば王子様に会ってしまうかもしれない。
 そう思い、ユキは王子様が自分のことを忘れるまで待つことにしました。
 これだけ時間が経てば、王子様も諦めてくれるだろう。
 そうユキは思っていたのでしたが…

 

「待ってたぞ」
「……」
 ユキは驚いて声も出ませんでした。
 図書館の入口に立っていたのは、紛れもなく王子様だったからです。
「いくらなんでも遅すぎじゃないか?俺はあれから毎日ここに来てたんだぞ?」
「……なぜ?」
「初めはガラスの靴で探そうと思ったんだが、あの靴を試しに妹に履かせてみたらピッタリだったんだよ。
 これじゃ、お前以外にも靴に合うやつがいるかもしれないし、靴で探すのはやめたんだ。後は……最後の言葉しか手がかりがないからな」
 ユキは嬉しくてたまりませんでした。
 王子様はユキの言葉を覚えていてくれたばかりか、こんなにも長く待っていてくれてたのです。
「この間言いたかったことを言うぞ。……結婚してくれないか?」
「でも」
「でも、なんだ?」
「本当のわたしは、こんなに汚い服を着て、こんなにみすぼらしい」
「だからどうした」
「だから、あなたと一緒になる資格はない」

 

「……そうか」
「……そう」
「コイズミ、あれを」
「ははっ」
 コイズミは何やら王子に袋を手渡しました。王子は袋を空け、中身を取り出しました。
「これを見てくれ」
 それは、とても優雅な黒絹のドレスでした。
「……それは?」
「これは、この国の王族の女性しか着ることが出来ないドレスらしい。俺としては、そんなしきたりは下らないとは思うのだが、決まりなものは仕方ない。
 そして、このドレスが似合うのは国中探してもお前くらいしかいない。きっと、このガラスの靴にも合うと思うぞ」
そう言うと、王子はユキの足元にあのガラスの靴を差し出しました。
「着てる服だとか身分だとかそんなもの関係ないだろう。だって俺は、図書館で制服を着ていたお前に惚れたんだからな」
「……そう」

 

 ユキは足もとに差し出されたガラスの靴を履くと、そっと王子様のもとへ歩み寄りました。
 王子様はユキを優しく抱きよせ、そっと口づけを交わしました。

 

 後日、結婚式を挙げた王子様とユキは末永く幸せに暮らしました。
 めでたしめでたし。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「有希、キョン、お疲れ様!名演技だったわね!」
 ハルヒが上機嫌で叫ぶ。
「会場の反応も上々のようですね」
「緊張したけど、楽しかったです〜」
 古泉と朝比奈さんも満足そうだ。ところで、佐々木たちはどこへ行ったんだ?
 気がついたらいなくなってるんだが。
「ああ、なんかさっき帰ったわよ。邪魔者は立ち去るべきとか何とか言って」
 邪魔者?よくわからんな。全く相変わらず意味不明な奴らだ。

 

 その後はてんてこ舞いだった。
 打ち上げパーティと称して文芸部室で大騒ぎ。鶴屋さんや喜緑さん、谷口国木田に阪中も交えての大宴会となった。アルコールこそなかったが、みんなして馬鹿みたいに盛り上がった。
 まぁ、俺も楽しんだから文句は言えないな。
 ハルヒからは長門の家で練習したことに対して一つや二つや三つや四つほどの小言が飛んできたが。

 

 そして今、俺は長門と二人で帰路についている。
 偶然最後に帰ることになった…というよりも、敢えて二人で残ったのだ。
 なぜなら、長門にどうしても聞かなきゃならないことがあったからな。

 

「長門、どうしてシンデレラをやりたかったんだ?」
 俺がそう問うと、長門は少し首を傾げ――俺を指差した。
「ん?なんだよ、それは?」
「なんでもない」
「そうかい」
「そう」
 相変わらず最小限の表現で済ます奴だな。
 ……まぁ、俺にはわかるからいいけどな。

 

「なぁ、長門、もうひとついいか?」
「なに?」
「さっきのキスシーンだが、あれは偶然か?」
 そう、例のキスシーンである。
 俺は本番ということもあり、ある程度の距離を置いてキスするフリをしたつもりなのだったのだが、嬉しいことに、いや不覚にも、いややっぱり嬉しいことに、長門の唇に触れてしまったのである。
 だが、俺は自分がミスをしたとは思えなかった。それほど細心の注意を払っていたというのもある。
 それに、何よりも、俺の唇が長門に触れたのは事実だが――

 

 ――触れてきたのは長門の唇だったからである。

 

「偶然、ではない」
 やっぱりそうか。
「あなたがいう"あれ"はわたしの意思と行動が引き起こした」
 えーっと、それはつまり、キスしたかったってことなのか?
「おそらくは、そう」
「……まぁ、俺としても、嬉しかったぞ。お前と、その…キスできて」
「……そう」

 

 心地よいような、それでいてこそばゆいような沈黙が俺たちを包む。
 いたたまれなくなった俺はどうでもいい話題をきりだした。
「それにしても、ハルヒに見つかったら殺されるところだったな」
「それは心配ない。角度、光度、反射率など全ての情報を考慮した上で、あらゆる不確定要素を除去し、どのような存在にも見つからないように行動した。
 涼宮ハルヒがわたしたちの行為に気付いた可能性は限りなくゼロに近い。他の有機生命体はもちろん、喜緑絵美里からも不可視遮音フィルタで防御してある。つまり――」

 

 長門の両の眼が俺を見つめている。その瞳の奥に、ほんの少しの悪戯心が浮かんでいるように見えた。

 

「――わたしたちだけの秘密」

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:04:30 (1921d)