作品

概要

作者エイレイ
作品名ハルメタ5!『混迷のインデペンデンス・デイ』
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2008-12-25 (木) 18:06:59

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中登場
谷口登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

フルメタ原作『芸術のハンバーガーヒル』

 
 

■1

 

  お台場ウォーターバブルの7月1日にして第一回目の土曜日から次週、火曜日。俺は勉強机と棚に加えて自室面積のかなりを占有している、お袋が日本出国直前に向こうで使う家具をなんと通販で選定していた際にサイズを間違えて買ってしまい結局向こうにも持っていけずに「返品面倒くさいしー。そうだキョンの部屋にでも突っ込んどけ」と自身のミスを誤魔化したという逸話付きのキングというよりエンペラーサイズぐらいにやたらでかいベッドで睡魔との第数千次大戦を繰り広げて何とか講和条約に持ち込み、日の光を浴びて勝利を確固たるものにしようとカーテンと窓を開けてベランダに出た。涼しげな空気が目覚めたばかりの体に心地よい。

 

「なんだ、まだ日も出てないのか」

 

  土曜は正確だった体内時計が一気に故障しちまったらしい。どうやって直したもんかなと山から頭を出し始めた太陽がうっすらと照らす空を眺めてとりあえず春先から育ててもうすぐ食べ頃なプチトマトやキュウリや枝豆やらのプランターに水をやり、ベッドに戻ろうとしたら長門の部屋のベランダ、要するに真上から何か細長い棒が突き出しているのが見えた。カラスの止まり木か? 俺の菜園を食わせるなよ。そろそろプチトマトが収穫時なのに、ここで食われたら目も当てられん。
  などとユルい想像を送れるのは一般人の特権である。残念かどうかはとにかくとして陣代高校での学園生活with長門という非日常に昨日塩加減をミスったナス(市販品)の漬物よりもどっぷり浸かった俺にはアサルトかスナイパーかアンチマテリアルか、いずれにせよライフルの類しか思いつかない。
  すっかりと肥えた目でよく見ると、銃身は太いがそう長くはない。先日のM16と同じかそれ以下、首を出して上を見てみるとバレルの全長は俺の持っている傘の半分くらいだ。このサイズでサプレッサー標準装備の銃ってなると・・・・・・ロシアのビントレスってところか。
  ドアの鍵を開いたような金属音が微かに響き、銃弾が発射された気配がした。素晴らしい消音性能だ。早朝だから派手に音立てたら騒音問題だよな。上下左右の周囲五部屋は空き部屋だが。しかしこれは鳥害防止になるだろうか。どうせなら集まってきた頃合を見てM2ブローニングでやってくれ。
  その後も数回鍵が開き、東京と神奈川の県境である多摩川の中洲に垂直に立ててあった白い皿五枚が見事に割れた。朝っぱらから見事だ。というより、毎朝こんなことしてたのか。全く気づかなかった。

 

「モーニングスナイプか? 長門」

 

  溢れるばかりの動揺が真上のベランダから伝播し、どんな言い訳をしても無駄だと達観したようで、

 

「精神統一に最適」
「そうかい。まあいい。今日は朝飯も作ってやるから下に下りて来い。階段を使ってな」

 

  いちいち移動手段を指摘しなければいけないのは、こいつにそう喚起しておかないとどうなるかは火を見るより明らかだからだ。例えば、の後に続く文章は各自のご想像に一任させていただく。
  さあ、今日は野外活動だ。弁当は気合入れて昨晩のうちに下ごしらえをしといた。

 
 

■2

 

  俺達陣代高校の一年生は、先述した校外活動で郊外にある鶴屋校長所有の鶴屋自然公園に集合していた。あ、シャレじゃないぞ。理由はメガホンを持って生徒達の前に立つ英語教師が頼まずとも穏やかな口調で説明してくれる。

 

「今日は写生会です。高校生らしく、節度と秩序ある行動をお願いします」

 

  というわけだ。そこでメガホンの矛先がイージス艦の速射砲のように回転して、俺の脇で画板と黒いスポーツバッグを持つ小柄な長門有希に照準を定めた。語勢は数秒前とは打って変わり、例えるなら重装甲を貫くべく先端を鋼鉄で被膜された徹甲弾だ。

 

「特に長門さん、分かってますね?」
「心得ている。与えられた装備と磨かれた技能を的確に最大限活用して、彼と―――」

 

  こちらはこちらで滑らかかつ真っ平な装甲板であろうか。長門は音速の徹甲弾を受け止め俺を見上げた後、記憶の糸を手繰っているような顔をした。

 

「母校の安全を守り抜く」
「いやあの、節度と秩序ですよ」
「了解した。節度ある武力と秩序ある戦術で外敵を排除、掃討する」
「するな」と久しぶりにピコハン。

 

  長門にこれ以上喋らせたら、メガホンがハウってしまいそうだからな。英語教師はそれで気を取り直してくれたらしく、メガホンを隣で白衣を着た美術教師に渡した。

 

「こほん、それでは美術科担当の水星先生よりご注意があります。どうぞ」

 

  そして水星はボサボサの長髪を無造作に振り乱し、気の狂ったカイニシクス学者かと誤認するぐらいボディランゲージ全開で注意という名の演説を意気揚々と開始した。

 

「えー、皆さん。テーマは『自然と人間』です。
大宇宙に生み落とされたこの小さな星で我々に恵みを与えてくれる自然を、諸君の若く輝かしい筆致と感性で絵画に成就させそれを鎖のように次の世代へと渡していくのは大変に素晴らしいことです。ニコラス・クザーヌスの提唱した『すべては美しい』という言の葉が示す通り自然は美しい。ヘラクレイトスは、自然の本性は隠れることを好むと言っていますが、その美しさを諸君がどれだけ額縁の中に繋ぎとめられるかは一人の美術家として非常に楽しみです。ところで皆さん、ただいまの鎖という単語が、未来永劫に渡って使われていくという永久存在たることを成し遂げていくならば、その記録の中に現時の皆さんをも留めておくべきでありましょう。そこには自我とでも言うべき意識的存在があってしかるべきであり、非我の中にフラクタル的図形にもどこか一致するモデルの存在が必要となります。素朴観念を論じる方ならよくご存知でしょう、知覚によって存在を認識するという概念に則っていえばそこにモデルが目に見えるから存在する。ところでかの名著『ワンダフルライフ』を著したグールドは『可能だが実現しなかった世界』の可能性を提唱して・・・・・・」

 

  誰か、オッカムの剃刀を持ってないか? 持っていたらすぐに使ってくれ。

 
 

■3

 

「えっと、モデルの人と風景を一緒に書くわけ」

 

  一ヶ月前、俺に告白しようとした(と思われる)委員長朝倉涼子が、そんな過去を微塵も感じさせずに水星の催眠術的話をまとめてくれた。頼りになる。

 

「乱暴なシステムなのね」とお嬢様気質の阪中。
「まあ水星馬鹿だし」

 

  常時女子に飢えている谷口がすかさず応じた。仮にも教師を馬鹿呼ばわりするのには同意出来ないが。責任感ある朝倉が、方向転換しそうな事態を前進させようと声をかけた。

 

「誰かモデルになりたい人、いる?」
「えー、動けないんでしょ?」
「俺は嫌だぜそんなの」
「この中で一番忍耐力のある人って言ったら・・・・・・」国木田だ。

 

  ふと嫌な予感がしたら、長門を除く全員の視線が俺の両目と合わされていた。おい、これはクラス内に膾炙している俺の忍耐強さを喜ぶべきことなのか? 残念だが丁重に辞退させてもらうぞ。しかし俺が辞表の下書きを推敲していたら、長門が唐突に手を上げた。

 

「わたしがやる」
「だそうだ。長門に任せていいな」
「キョン君がそういうなら」と女子の誰か。
「賛成」同じく男子。

 

  ということで、栄えあるモデルは長門有希に決定した。さて、長門はモデルの意味をちゃんと理解しているだろうか。

 

「モデル・・・・・・物事を簡単に説明するために用いられる、複雑な概念や事件を図形や矢印によって簡略化したもの」

 

  うん、間違いじゃない。間違いではない。そうだよな、昨日の化学の時間にそうやって五酸化二窒素分子の構造を学んだよな。面倒なだけだったが。

 

「木の下でキョン君・・・・・・人を待っているとか」おい誰だ。
「イナバウアーってのはどうだ?」
「キョン君、長門さんのポーズを決めるからちょっとこっちに来て」
「ああ、今行くから。長門、すまんが」

 

  俺は林の際を闊歩している白衣姿の水星を顎でしゃくった。一般人には難解な表現はともかく、長門なら理解は出来るだろう。じゃ、頑張ってくれ。

 

「分かった」

 
 

■4

 

  危うく彼が、みんなやりたくないと言っていた「モデル」にされるところだった。彼は、わたしの思いやりに気づいてくれただろうか。
  彼に言われた通りに水星先生に教えを請おうと思う。頑張ってくれ、とまで言われたし「モデル」がわたしにとって既知の言葉ではないならちゃんと分かっておく必要がある。水星先生の近くに行って質問してみた。

 

「水星先生、モデルの概念がわたしには理解不可能」
「えーと、君は五組の長門君かね?」

 

  わたしは首を縦に振った。

 

「モデルの意味を知りたい、そう言ったね?」
「知りたい。その役割をこなす以上、内容を理解しておくことが不可欠」
「うん、素晴らしい! 素晴らしい質問だよ君!」

 

  感動するのは構わないけど、肩を掴みそうにしないでほしい。思わず一歩後ずさった。

 

「あー、モデルという役割は非常に重大だ」
「と言うと」

 

  そこで水星先生が両手を広げ目をカッと見開いた。まるで天啓を受けた預言者だ。

 

「君は!」

 

  わたしは? 水星先生はますます興奮して一回転した。

 

「自然と一体化するのだ!!」

 

  自然と、一体化。昔使っていたギリースーツは念のために持ってきた。バッグの中に入っている。

 

「草木の沈黙に溶け込むことで既成概念を破壊し! 偽装し! 罠にかける!」

 

  沈黙、破壊、偽装、罠。沈黙は得意。破壊も偽装も十八番。罠の設置はパン屋事件でもやった。

 

「この行為を分かりやすく説明するなら、自らの存在を周囲の自然と調和させ一体化させるのだ。シンクロニゼーションというカタカナが意味合いとしては適当かもしれない。同調の中の異端、摂理的に反する部分集合的な異物たる自分を自然に紛れ込ませ完全に草木と呼吸を共にする。軍隊用語で迷彩、という近しい概念があるが似て非なるものだ。あの目的はあくまで隠蔽であり、その存在は人工の緑を背負った反自然的・アンチテーゼな、その存在を知らない人間にとってはトラップである。しかし洪水に飲まれた蟻の如き存在であるその一方、逆説の逆説で一人の人間はバタフライ効果をも期待させる。更には形而上学問題でもある。『そこに存在する』ことは分かっても『なぜ存在するのか』という疑問に答えることは出来ない。ただ獲物を捕らえるために息を潜め続けるのか。そこに何らかの感情が生まれる余地は存在し得ないのだろうか。ここでエピクロス主義的に分析すると精神の平静を常に保ち精神統一を図ることで最高の快楽を味わうことが出来るという半仮説が立てられる。ここでいう快楽はいわゆる麻薬などの薬物乱用によるものではなく一瞬のメンタル的高揚感なのだ。肉食動物と草食動物の心理は生物担当の教師に任せるとして張り込みを続ける刑事が犯人を見つけた、という例えを使う方がファシリティ的観点から察するに我々には妥当であろう。インスピレーションにも近いあの感覚だ。草木に話を戻すとあの沈黙の中でひたすらに自然との同一化、無我の境地への没入を試みることにより一種の神的心理を体感する。まさにエピクロスだ。私は先程沈黙という言葉を用いてそのアウトラインを語ったが沈黙、の二文字には音響学的静寂と精神的平静を守る心の二つの意味があることを忘れないでくれ。真に動揺を起こさせない、造語ではあるがホライズンハートとでも称すべき無味乾燥とは裏の関係に精神状態を維持することで・・・・・・」

 

  頭の中でワールドカップとオリンピックと米大統領選とサミットと50を上回る地域で大規模紛争が同時並行して行われたように感じた。新聞は100ページぐらい? テレビはニュースだけ?

 

「極力努力する」

 
 

■5

 

  モデルのポーズについて太陽のコロナも冬場の焼き芋程度の暖かさになるほど白熱し皆が疲労困憊した議論は結局多数決で「木の下に座らせる」ということになり一応の決着がつけられた。

 

「平凡なのね」空気読んでくれ阪中。
「そう言うなよ」

 

  谷口が条件反射で珍しくまともなことを答えた。ポーズに関してイナバウアー派だった朝倉がこっちを見る。イナバウアーは無理だと思うが。

 

「キョン君、長門さんは?」

 

  そういえばいつからか姿が見えない。どこ行ったんだ? 俺は携帯を取り出した。

 

「待ちくたびれちまったのか? 今電話してみる」
「いつもは待たせないのね、キョン君は」

 

  阪中がくすくすと笑いながら想定外なことを言った。そんな風に取るんじゃない。俺は全世界に対して断言できる。

 

「待ち合わせたことは一切無い」

 

  それにあれは待ち伏せ、と言った方がいい。お、ようやく繋がったか。

 

「おい長門、今どこにいる?」
(答えられない)即答。

 

  現在地は軍事機密にでも抵触するような場所かよ。飛行中のエアフォース・ワンか、作戦中の潜水艦か? なら答えなくてもいいさ。俺は本部施設の形状で呼ばれる国防組織に消されたくない。が、そんなのは時間的と地理的にありえない。

 

「はあ? どういうこった?」
(わたしはモデル。芸術のため自然と調和したり破壊したりしなければいけない)

 

  相反する意味の単語を隣接させると結局無意味、ゼロになる。今のが好例だ。で、どっちだ。ハーモニーかディストラクションか。環境破壊なんかするなよ。

 

(どちらでもない。むしろカタリナ飛行艇やバタフライ地雷やオライアン哨戒機がそれに該当する)
「本気で意味が分からん」
(とにかく絵を描いてほしい。わたしはここで見守る)
「そのここ、が何処なのかぜひとも教えてほしいもんだが」
(機密事項)

 

  そう言い残して電話は切れてしまった。結局分からずじまいか。ため息をついたら朝倉を始めとしてクラス全員が怪訝な顔をしていた。役目を果たせなくてすまない。

 

「どうだった?」
「どうもこうもないさ。完璧に勘違いしてやがる。俺がモデルでもいいから、さっさと描きあげて帰ろうぜ。アイツには俺から・・・・・・」
「駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!」

 

  魂魄の奥底からの絶叫を伴い、水星が第一種永久機関を搭載して登場した。一回で十分伝わりますよ。

 

「駄目だ!モデルの変更など私は認めん!」
「そのモデルが所在不明なんですよ! どうやって描けと言うんですか!?」
「そんな口実は通用せん! 私の情熱を受け止めたあのモデルを外すなどとは何を企んでいるのか! 大衆はいつもそうだ、我々が何かアクションを起こす度に思いつく限りの邪知暴虐を尽くしてそれを妨げる! 矛盾概念の信奉者のように白黒はっきりつけたがり、灰色の割り込む余地すら無くす! そこにあるのはドグマチックとしか言いようの無い自己の利益を真っ先に考える現代的人類の隠されざる本質であり異物を認めようとしない窮屈なヒエラルキー主義の典型だ! 同化を強いる現代社会の問題点がそこには存在し・・・・・・」

 
 

  つまり水星は長門以外認めないそうだ。描かなければ補習で夏休みが削られるぞ。

 

「しょうがないわね。皆で長門さんを探しましょう」
「よっし、俺が行ってくる。期待してて待ってろよ」

 

  谷口が先陣を切り、数人の男子が続いて山に入った。戦果を頼むぞ。

 
 

■6

 

  わたしは植物を使った野戦用非殺傷性の罠を思いつく限り設置した後、草木を模したギリースーツを着込んで山頂近くの繁みに潜伏、アンブッシュを開始した。彼から携帯電話に着信があったのはその直後。日の出前に撃っていたら珍しく早起きした彼に止められて、結局分解してバッグに入れておいたロシア製狙撃銃、VSSビントレスの四倍率スコープを通して見ると彼はやや困ったような顔をしていた。その顔で降りて来い、とも言っていたけれどわたしはモデル。水星先生曰く、その存在は人工の緑を背負った反自然的・アンチテーゼな、その存在を知らない人間にとってはトラップである。らしい。
  つまりは高度に偽装された人の手による対抗的なブービートラップ。それがわたし。その役目は存分に果たす。

 

「来た。想定済み」

 

  スコープに斜面を登る四人の男子生徒が映っていた。隊列も動きもバラバラ。素人。彼は陣頭指揮を執っているのか、姿は見えない。残念ではない。彼に指揮官としての素質があるということ。
  やった。一番後ろの男子生徒が落とし穴にかかった。そこで後ずさりするのを狙って足首ほどの高さに張ったテグス線が引っ張られて樹上の強力接着剤が降り注ぐ・・・・・・予想通り。これで三人。後の一人、先月彼と二人で教室にいた際に入ってきた男子生徒がパニック状態になって走り出した。あの方向なら地面に敷いたネットを全身に絡ませて宙吊りになるはず。先鋒でこのレベルなら最悪の場合に備えたビントレスを撃つまでも無く無力化できそう。
  ギリースーツの袖に収納した携帯電話が二回振動した。彼からなら音声メール問わず『愛の挨拶』が流れる設定にしてある。そうならすぐに応答するけれど、これは外部との通信を知らせる手段ではない。あらかじめプログラミングした信号。意味は地点ブラボーに侵入者。
  地点ブラボーの方へビントレスを向けると、十字線上に朝倉涼子他の女子生徒がいた。ここからは約250メートル。彼女たちもモデルの役割を妨げるつもりらしい。

 
 

■7

 

(くそ・・・・・・網に絡まって宙吊りだ。抜け出せねえよ)

 

  ややノイズ混じりに聞こえる谷口の声は、ほとんど虫の息だった。おい! 大丈夫か!?

 

「谷口、しっかりしろ! 死ぬな!」
(もう駄目らしい・・・・・・。なあキョン、お前さ、先月の初めに長門と二人で教室に・・・・・・)
「前言撤回だ。遺言なら聞いてやる」
(分かったよ。じゃあ、土曜日に・・・・・・」

 

  俺は歯軋りして携帯の通話ボタンを押し潰した。代わりに罠を仕掛けた長門にかける。呼び出し音が鳴り始めた頃に国木田がこっちを見て残念そうに頭を振った。いい知らせじゃ無さそうだな。

 

「キョン、朝倉さん率いるチーム・アサクラも壊滅だって。これで18人が行動不能だよ」
「分かった。他のチームには一時撤退、集合と伝えとけ。・・・・・・長門か? すぐに降りて来い」

 

  そうしたら雑音が消えて、タングステン鋼よりも硬い声が聴覚神経を通過した。

 

(繰り返すが出来ない。わたしはモデル。自然に同調し草木と呼吸を共にしなければいけない)

 

  思わず電波越しに絶句させられちまったね。草木と呼吸を共にってオイ。

 

「お前は仙人にでもなるつもりか」
(そんな非科学的なものは存在しない)

 

リアリズムな発言だが、生憎と俺は幽霊とかを信じていたい。赤い服着たじーさんは別だが。

 

「そりゃそうかもしれんがな、とにかく・・・・・・」

 

  その刹那。山の中腹で、巨大な火球が野鳥達を蹴散らして顕現し、周囲の樹木を薙ぎ倒して禍々しいキノコ雲へ姿を変えた。山からこちらへ風が吹いているがいつものセムテックス臭(甘いにおい)は認知不可能だ。オクトーゲンかヘキソーゲンかはたまた舌を噛みそうな名称を持つその他の爆薬か分からないが、珍しく血の気の引いた国木田が携帯に喚いているところから察して犠牲がまた増えたことは確定した。ったく長門め、鶴屋校長所有の公園でこんなことするとは、何を考えていやがる。

 

「チーム・オオノキ、どうしたんだい!? 繰り返す・・・・・・駄目だ、雑音がひどくて聞き取れない」

 

  俺は山を仰いだ。青嵐を吹き渡らせ青々と茂る山は、凄惨さでは特上を誇るクリミア戦争のセバストポリ要塞へと変貌を遂げているらしい。

 
 

■8

 

  委員長朝倉涼子が戦死・・・・・・じゃねえな、縁起でもない。志半ばにして倒れたことにより一年五組の指揮権は生徒会副会長の俺に移ったようでクラス全員(俺と長門、行動不能の22人除く)から出撃前の演説をしてくれと言われた。俺にはハルヒみたいな演説は出来そうに無いし演説の経験なんかほとんどないが、慣れないことでもやるしかない。俺は手を腰で組んで残った6人を正面に見据えた。

 

「皆に伝えたいことがある。聴いてくれ。敵を持たないということが最大の悪運であるという言葉がある。この言葉に照らすならば俺達は最大の幸運に恵まれている。
  本題に入ろう。俺達はこれよりありったけの力を振り絞り、最終戦争に臨む。これまで俺は、最も謙虚な言葉をもって下山を請願してきたつもりだ。しかし俺の度重なる請願は、度重なる犠牲と屈辱によって応えられたのみだった。
  俺達は強硬手段に移る。すなわち、数多の同志が散り長門有希が身を潜めるかの山への突入を敢行、目標に対し同時一斉攻撃を行いこれを殲滅。美術の単位を獲得する。この戦いの後、歴史は俺達に勝者か敗者、どちらかの言葉を冠するだろう。
  しかし如何なる神の思し召しか今日は7月4日、アメリカ独立記念日だ。これは偶然じゃないと俺は思ってる。この日にふさわしい勝利を収めようじゃないか。
  諸君! ぜひとも戦い抜こう。
  自由と繁栄を勝ち取るために。未来を、そして単位を掴み取るために。
  今日、我々の独立記念日を祝おう!」

 

  うおお、と雄叫びをあげて6人が感極まり立ち上がった。俺はピコハンを片手に山を睨んだ。

 

「俺達はこれから、想像を絶する地獄に足を踏み入れる。おそらく何人かは道半ばにして息絶えるだろう。しかし倒れた仲間を振り返るな。見捨てて行け。苦渋の決断だが、相手はあの長門有希だ。多少の犠牲はやむを得ないと言わせてくれ。もう友人や家族と顔を合わせられないかもしれない。俺達が赴くのはそういうところだ。同意する者だけ俺に続いてくれ」

 

  追伸のように付け加えたら、国木田を筆頭にクラスメイトが神妙な顔をしていた。

 

「何言ってるんだいキョン、僕達はもうそんな覚悟は済んでるんだよ」
「もう終わらせようぜ。犠牲はチーム・オオノキで最後にするんだ」
「これ以上長門さんの好きにはさせないわ。鶴屋校長に悪いもの」
「お前ら・・・・・・」

 

  俺は頬に流れた水滴を見せないようにして走り出した。こんないい奴ら、誰も失いたくないぜ。

 
 

  俺達はところどころに横たわった同志や制服の切れ端、巨大な穴や倒れた木々が見受けられる山中で両足を全力稼動させている。倒れた仲間が痛々しく、トラップの存在が予測される正面にしか目をやれないのが幸いだ。だが・・・・・・。

 

「おかしいな」
「何が?」

 

  背後で走りながら応じてくれた国木田を振り返りもせずに、

 

「長門なら、俺達が山頂までの最短コースを通ると予測して罠を増設しておくはずだ」
「さっきの演説でもそう言ってたね」
「ああ、それが引っかかってる。もう山頂が見えるが全員無傷でここまで来れた」
「別の場所で監視してるとか」
「かも知れないが・・・・・・」

 

  俺は地面に直径5メーター程度のあからさまな跡を見つけた。周囲と色の違う盛り上がった土、無造作に刺さった小枝や枯葉。幼稚な落とし穴だ。一網打尽にする腹づもりだったらしいが、これでは俺の目は誤魔化せない。

 

「皆、落とし穴だ! 跳べ!」

 

  長門、こんなレベルじゃあ俺達を防ぎきれないぜ。俺は大地を蹴った。今ならカウペンスの戦い直後のモーガン准将と肩を並べて気持ちよく酒を飲み交わせる気分だぜ。俺達の勝利だ。これで夏休みは削られない。
  だが、長門ブービートラップ卸売店は俺達の予測の一枚上をいったキャンペーン活動を展開していた。

 

「嘘だろ!?」
「えっ、そんな馬鹿な!」

 

  驚天動地だ。着地予定地点が動いてるというよりスライドしている。上に土を被せて擬装したビニールシートが一気に引っ張られ、暗く巨大な穴がその姿を現した。まるで怪獣の口だ。まさか、さっきのはこれを隠すためのダミーか!
  運良く穴を飛び越えた俺の後ろで地面を踏み鳴らしていた複数の気配が消えた。くそっ! 全員落ちちまった!

 

「皆、大丈夫か!」
「キョン! 自分で言ったろ! 見捨てろって! 倒れた仲間を振り返るなって!」
「私達は大丈夫だから、キョン君だけでも!」
「ここでお前が足を止めたら、俺達全員犬死にだ! 早く行け!」

 

  悲愴な声にまた涙が出そうになった。そうだ、せめて俺だけでも・・・・・・。

 

「また会おう!」

 
 

■9

 

  唯一の生存者とも言える俺は仲間の顔を思い出しながら山頂へと足を進めた。ようやく辿り着いた山頂には俺以外の28人を無力化した長門が葉っぱを塗したような迷彩服、ギリースーツを纏い今朝撃っていたロシアの消音狙撃銃、VSSビントレスを構えて棒立ちになっていた。しっかしまあ実際に見ると木製銃床が簡素な銃である。さぞかし軽量なんだろう。今回みたいなのにはうってつけってことか。どうした、驚いた顔して。幾重にも張り巡らされた罠を突破してきたことが信じられないか?

 

「よーう長門、久し振りだな。俺だけが何とかここまで来れたぜ」

 

  長門はそっぽを向いて答えない。ただボソッと、全く違う話題を切り出した。

 

「正しいモデルの役割を教えてほしい」

 

  想定外だ。水星に聞いたんじゃないのか?

 

「水星先生曰く、その存在は人工の緑を背負った反自然的・アンチテーゼな、その存在を知らない人間にとってはトラップである」
「それをお前の語彙で言い換えるとどうなる?」
「高度に偽装された人の手による対抗的なブービートラップ」

 

  曲解の範疇を超えている。だからこの山を罠の巣へと改造したのか。

 

「長門、モデルってのは、平たく言えば被写体だ」
「被写体。カメラの?」
「違う違う、絵のだ」

 

  その時、後ろからガサガサと藪を歩く音がした。穴に落ちた仲間達だ。

 

「キョン君、大丈夫だった?」
「ホントにこの二人は・・・・・・」

 
 

  その後、わらわらと生還し始めたクラスメイトをも交えて長門に「絵画モデル」を説明しとりあえず今日のことは大目に見てやってくれと頼み、太陽が南中する前には立派な作品が完成した。これで補習は免れそうだな。

 

「やれやれだ」
「皆お疲れ様。私が作ってきた熱々のおでんがあるわよ」

 

  長門捜索で汗をかいた後にはちと辛いが食わせてくれ朝倉。ハングリーだ。あれ? 谷口は? 携帯切ってから行方知れずだが。

 

「宙吊りのトラップに引っかかっていた」と元凶たる長門。
「それは俺も知ってる。どこら辺だ?」
「地点オスカー。山のかなり下側」

 

  オスカー? Oはアルファベットでえーと15番目か。どれだけ罠を仕掛けたんだお前は。

 

「どうする? 助けに行く?」コンニャクを摘んで朝倉。
「谷口なら別になんとかなりそうな気がするなあ」
「意外と冷たいのね、国木田君」

 

  阪中の言を受けても国木田の箸を動かす手は大して速度を落とさない。ドライな奴だな。昆布を齧っていた長門は普段の声で、

 

「あなたの判断に任せる。自力での脱出は可能」

 

  よく味の染みたサトイモを頬張った俺はちょっと考えた。団欒の最中にこれ以上歩けというとのも酷な話だし、もう疲労はシーリングプライスだ。

 

「いや、そうなら何とかなるだろ。携帯にかかってくれば助けに行くってのでどうだ?」

 

  頷くクラスメイト達。皆疲れてるよな。じゃあいいか。
  さあ、帰ろうぜ。今日はいいか悪いか別にしてよく汗をかいた。

 
 

  だが、俺は翌日の夕食時に衝撃の事実を長門から聞かされた。

 
 

―――状況終了

 
 

 

「次回、あの超能力者が最初で最後の登場をする」
「別に最後じゃない。それでも構わんが」
「何ともひどい言われようですね。さて次回、第6話は『見覚えのサイキック』、原作は『純で不純なグラップラー』になるようです」

 
 

注(ギリースーツは綴りの関係で『ゲイリースーツ』とも言われます。あと、水星先生の文章に関して一応筋は通らせたつもりです。ですが自分で勉強してください。長門さんみたいに曲解しないでください)

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:04:29 (3094d)