作品

概要

作者エイレイ
作品名ハルメタ3!『全力回転のモーニングライナー』
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2008-11-15 (土) 18:22:45

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

フルメタ原作『空回りのランチタイム』

 
 

■1

 

『駒止めて袖打ちはらうかげもなし佐野のわたりの雪の夕暮れ』
  ふうむ・・・・・・駒、つまりは馬を止めて袖をはたくような影もなし・・・・・・影があろうとなかろうと袖は払えるだろう。佐野のわたり・・・・・・とりあえず佐野のわたりで、雪が降る夕暮れにて・・・・・・。
  俺は本日数度目のため息を遠慮することなく盛大に吐き出した。分からん。いや授業を聞いていなかったとか、睡眠学習で間に合わせようとしたことが原因ではないのだ。なんで教師に聞いたり古語辞典などの参考書を使わないのかって? そんな質問は某爆弾魔に「何故お前は靴箱を爆破した?」と尋ねるのと同じくらい無意味なことであると断言する。

 

「その宿題の提出期限は明日の一時間目開始の0840(マルハチヨンマル)。放課後に居残りして帰宅時間を遅くしたくないのなら早く済ませるべき」

 

  いやあ、そうしたいのは山々なんだ。明日はスーパーの水曜日限定タイムサー・・・・・・ってお前から話し掛けてくるなんて珍しいな。どうした?

 

「仮にあなたが居残りや補習等をさせられた場合、ほとんどあなたに依存しているわたしの食生活は変更を余儀なくされる。健康に影響が出る」

 

  実利的な理由だな。確かにタイムサービスに行けなくなるのはキツイが。

 

「追加で目の前で何度もため息をされるのも。あなたが苦しむ姿を見るのは辛い」

 

  すまん、悪かった。なるべく気をつけるようにする。む、どうした。古文、と明朝体で銘打たれた大学ノートを差し出して。

 

「わたしのノートを貸す。古文の藤咲先生は提出時刻にも内容にも厳しいから、自分の表現の参考程度に考えて明日の朝休みに返してほしい」
「いいのか?」

 

  長門はコクリと頷いてくれた。恩に切るぜ。

 
 

  そうして俺は長門との夕食を終えた後、あーそこそこ。変な勘違いをするなよ。長門は放っとくと年中災害一日目みたいな、缶詰と乾パンとインスタント食品しか食べないからな。利便性の高い食事を否定するわけではないが、普段は普通の食事を味わうべきだ。
  話を戻すと、俺は自室の机の上で借り物の古文のノートを広げているところなのだが、はてさて、問題の短歌は長門的解釈によるとこうなるらしい。

 

『駒止めて袖打ちはらうかげもなし佐野のわたりの雪の夕暮れ』
  乗っている装甲車を停車させて、サイドミラーの塵を落とすのに使えそうな遮蔽物すらない。(大阪府泉佐野市の)関西国際空港の滑走路にて、敵弾が雪の如く降りしきる夕暮れよ。

 

  絶対に違う。新古今和歌集の鎌倉初期に装甲車も関空も敵弾も無い。世界史で言えばチンギスハンがモンゴルを統一した馬真っ盛りの時代だぞ。ちなみに時計の長針短針がスタート地点に戻った頃、俺は勉強を頑張ろうと心に決めた。長門に頼りっぱなしと言うのもよくない。アイツ風に言えば「一極依存の姿勢は従属を認めたも同然」だからな。結局俺は自分のにも長門のノートの別のページにも、ちゃんと教科書や辞典で調べた現代文を書いてやった。まあ普段の護衛に対する恩返しのつもりだ。最近は仕事を増やされている気もするが。
  椅子に座り続けて凝り固まった体をほぐす。首を思い切り回すと、太陽がはるか彼方の山際から枕草子の春の出だしと同じくおはようをしていた。結局徹夜しちまったか。ああ、もう日が昇ったから今日は水曜か。俺と長門の二人分の弁当を作らないと。眠いな。

 
 

■2

 

  一晩まるまる目を開いたまま明かして集中力の低下した体に鞭打って登校し、陽光を存分に浴びてしっかりと温まっている机に突っ伏す。まだ長門は来てないし今は朝休みだ。シグサワーP230を突きつけられることもあるまい。全力で眠ってやる。総員第一種睡眠配置って奴だ。

 

「おはようキョン。今日も眠たそうだね。睡眠は大事にしないと。時間はただ流れてるわけじゃないんだよ。有効に使わないと」

 

  お前はいいよな国木田。自分一人でちゃんとこなせるんだから。そういえばこいつに借りてもよかったかもしれん。

 

「古文の宿題がヤバくて長門にノート貸してもらったんだが訂正作業で徹夜した」

 

  必要最低限で伝えてやる。今は睡眠が第一だ。たとえ文字一文字であってもエネルギーを無駄に使ってたまるか。

 

「昨日はどうだった?」

 

  長門か。まあありがたかったよ。間違ってるらしいところは直しといてやったし。

 

「それはありがたい。では返してほしい」
「今出す。ちょっと待っててくれ」

 

  机に引っ掛けた鞄にゴソゴソと手を突っ込む。最初に取り出したノートが我ながら上手く世界地図を書いた世界史のノートだったので、おかしいなと思いながら鞄の中を俯瞰した俺はそのあるべき物が存在しないことに気づき心臓が数インチほど縮まった。
  突然だが、ここでシンキングタイムだ。

 

Q1・今朝俺は借りたノートを鞄に入れたか?
A1・入れたかどうか明確な記憶は無い。

 

Q2・現状は?
A2・鞄の中には入っていない。

 

Q3・それでは何処に?
A3・思い当たるのは俺の机の上だ。他には考え付かない。

 

Q4・つまりどういうこと?
A4・ノートを、忘れた。

 

Q5・では、そのことを長門に伝えたとしたら?
A5・かなりの高確率で俺は今日の正午、真南に位置する太陽を望むことが出来ない。

 

  はい深呼吸。事実だけを伝えるんだ俺。長門はいつだって冷静沈着だから、いきなり腰の拳銃とか背中の短機関銃とか机の手榴弾とかロッカーの無反動砲とか天井裏の対戦車ミサイルとか、とにかくその手の物騒な物品を取り出したりはしないさ。

 

「長門」
「なに」
「落ち着いて、冷静に聞いてほしい」
「わたしの所見では冷静になる必要があるのはあなた。瞳孔の拡大、異常な発汗、心拍数の急増などの症状が認められる。あなたは動揺している」

 

  そこまで分析してくれてありがとよ。もう分かるだろ?何があったか。

 

「わたしの推測では、あなたは毎週月曜以外に持参する昼食のお弁当をわたしの分も含めて忘れてきてしまった。わたしの経験上、飢えはどんな敵よりも恐ろしい」
「いや、ノートを忘れた。昼飯は持ってきた」

 

  長門曰く、謝れば済む、というのは世界中探しても日本人だけらしい。そして長門は外見上戸籍上日本人とはいえその感性は俺達ノーマルジャパニーズのそれを遥かに逸脱しているから謝罪や弁解の言葉を穀物サイロの小麦の粒より多く並べ立てても何の効果も期待できないであろう。だから俺は国木田の時と同じく必要なことだけを言ったんだ。
  長門が沈黙するのは別段珍しいことではない。黙っているのがニュートラルの奴だからな。ただこの、海原で波一つ立っていないような異常としか言いようの無い静寂はやはり異常であった。嵐の前の静けさ、という形容が一番しっくりくる、ということを俺はもうすぐ思い知ることになる。
  結局俺の期待に反し、長門は一瞬で漢字の「刀」の形をしたいかにも軽そうなサブマシンガンを取り出していた。構えてはいないが俺には親の仇を討つような表情が向けられている。古文のノートはお前の親か?

 

「意味が分からないし笑えない。冗談なら早くそうだと言ってほしい。誤った情報が伝達されることは非常に危険」

 

  最初のは本来俺の台詞だ。第一冗談な訳が無い。これでもかと言わんばかりに汗ばんでいる俺の掌を見ろ。これじゃ水分が欠乏しちまうぞ。#br
「とにかく、古文の藤咲先生に事情を話そう。頑固とはいえ理解のある人だから、きっと分かってくれる」
「あ、そのことなんだけど今日」

 

  国木田、悪いが俺達の会話に口を挟むんじゃない。友人とのコミュニケーションを拒むつもりは毛頭ないが、今の俺の心の中は混乱と後悔と恐怖と希望がそれぞれ一のブレンドで余裕は一切無いんだ、すまないが。長門も同意見らしいぞ。照準は俺だが血走った視線はお前だ。

 

「あなたは関係ない。職員室へ急行。すぐに」
「分かった」

 

  言うが早いか、俺は一気に踵を返して教室のドアを開け職員室へ殺到したが、想定外の光景を見た。いつもは日本標準時七時ジャストに出勤してくるメガネをかけた神経質そうな藤咲先生がいない。非常事態だ。とりあえずは戻るしかない。長門に相談だ。もしかしたら許してくれるかもしれない。
  チーターもびっくりな加速力で俺は教室にトンボ返りして、即座に俺に照準を定める長門に事情を説明する。呼吸は荒いが、少しは落ち着けそうだ。まだ銃の安全装置は解除されていないからな。ただそういうのを真っ先に、一目で見分ける習慣のついてしまった自分が少し悲しい。

 

「ゼエゼエ・・・・・・行ってきた」
「結果は」
「おられなかった」

 

  机に手をつき、急な運動後で悲鳴をあげる体を抑える中、ジャキリという音がした。長門がセーフティを解除した音だった。脳髄の中心で静止を叫んだのは理性だが、本能は強行して反射的に両手を上にあげていた。ついでに国木田他の同級生達もだ。誰だって命は惜しいぜ。長門ストッパーとして真っ先にアクションを起こすのは俺の役目であり、俺だって自分の仕事はする。したくはないが。

 

「落ち着け!姿も見当たらなかった」
「こうなれば最終手段」
「取りに行くのか」
「無論」
「間に合うとは思えな・・・・・・」

 

  普段以上の無表情にそんなことを聞く時間も惜しいという声色で、長門は俺の制服の襟を引っつかんでオリンピック選手のようなロケットスタートで走り出した。人一人に携帯してる銃器の分の負荷がかかっているのにいい走りだ。世界大会に出れるんじゃないか? あと国木田、爽やかな笑顔で手を振るんじゃない。こちとら命懸けなんだぞ。
  雑念があったのが原因かもしれない。長門が階段へと曲がる廊下を走りぬけた際に俺は遠心力で壁に頭をぶつけた。発射五秒後のサターン垢諒がいくらかマシではないかと思えるほどのGに歯を食いしばって出来たコブをさすり、生徒達の好奇の視線から目を逸らしていると長門が頭上で淡々と告げた。

 

「先程の時刻は0746(マルナナヨンロク)、一時間目開始は0840(マルハチヨンマル)、マンションのあなたの部屋に行って探して戻るには、歩いていられるような時間的余裕はほとんどない」

 

  だからって何も埃や女子のスカートや掲示物を巻き上げるような速度で走らなくてもいいのでは・・・・・・。

 

「わたしは現在宿題連続提出記録を更新し続けている。不可能は可能にするため存在する」
「名言のつもりかもしれんが不可能なものは・・・・・・」

 

  痛い痛いもう反論しないから壁に顔をこすりつけるな階段の段差にぶつけないでくれ外に出るなら靴ぐらい履かせてください。

 

「うかつ」

 

  人が空中に浮いているのに手を離すな! 痛いだろうが! などと不満を叫べる立場ではないことは俺が最も理解している。だから黙って靴を履く。関係は無いがつい一昨日も吹っ飛ばされた罪無き靴箱達は今日も補修中だ。ハルヒの特別財源でな。永遠に補修中かもしれん。許してくれ。
  寝不足気味の目に、教室より強い日光が突き刺さる。俺に続いて玄関から出てきた長門は靴紐を結び直している俺を見下ろし、頭の中で地球シミュレータを上回る性能のスパコンを三台ぐらい、全力稼動させているような表情で呟いた。

 

「今の行動で21秒浪費している。そしてあなたは今靴を履く必要が無いと判断する」

 

  どういう意味だ? おいいきなり苦も無く持ちあげるな。確かに空は綺麗だが今はそう悠長な場合ではないはずだろ。

 

「目標を視認。方位176(ヒトナナロク)から356(サンゴーロク)へ低速で移動中。目標との距離、気温、気圧、湿度、風向、風速、重力、その他の影響要因を踏まえた修正を完了。投擲体勢へ移行開始」

 

  俺の脇腹を掴んで高々とあげ、生徒が登校している校門の方をベルトコンベアの前で仕事中の不良品検査係のような目で見つめた長門は、俺の目の錯覚かもしれないが、信じられないことに不敵な笑みらしきものを浮かべたのだ。まるで予想通りというように。狙っていた獲物が予測した罠にかかったというように。

 

「投げ方始め」

 

  始め、の声から俺の体内時計で丁度一秒、前に足を踏み出した長門は槍投げの要領で右手に掴んだ俺をぶん投げた。文字通り砲弾の気分を満喫させられ、視界が一瞬一瞬で変化していく中、俺はこいつみたいな無感動少女の操縦する巨大ロボットが馬鹿でかい槍を投げ飛ばすという、昔見たアニメのワンシーンを思い出していた。当時俺は何歳だっけ?
  そんなことまで思い出しながら俺は校門を越えて吹っ飛んでいく。確かアニメでは、その槍は成層圏だか衛星軌道だかの白い敵を貫いた後月まで到達したと思う。しかし俺が貫いたのは亀の子交通とペイントされたタクシーの窓ガラスで、着いたのはリアシートだった。まさに月とスッポンだ。しかしタクシーに亀なんて遅そうな名前つけて良いのかね?

 

「ひぃぃぃぃ!」

 

  ドライバーが悲鳴を上げた。未確認飛行物体が割り込んできたものな。俺としてはとりあえず頭全体がガラスを割ったのとシートの生地に擦りつけたので痛い。急ブレーキによる慣性に耐えながら頬をさすっていると、完全に停止するのを待たずに長門がガラスを割ったのとは反対側のドアの蝶番をフルオート射撃して、というよりはドア自体を落下させて乗り込んできた。その蛮行を目の当たりにした運ちゃんはガタガタと震えながら無線機に手を伸ばそうとしたが、数十発の弾丸を放ち後部ドアを完全に破壊した銃を片手に乗り込んできた長門は無線機のケーブルを狙撃し、ポケットから替えのものらしいマガジンを取り出しながら恐ろしいまでの命令口調で次のように言った。

 

「光陽園駅前公園近くのマンションまで。大至急。実演した通りこの短機関銃、スコーピオンは本物」

 

  運ちゃんは条件反射かドライバーとしての本能でアクセルを踏み込んだ。亀の子にしては早い。ところで長門、タクシーを呼び止めるにしてももう少し穏便な手段は無かったのか。手をあげるとかさ。

 

「これでドア一枚分軽くなった。加減速や乗降が速くなる」

 

  そりゃあ合理的だな。まるでTVショッピングだ。顔の前で腕を組み、追求を諦めた俺はふと、やはり長門にも運ちゃんにも謝っておくべきだろうかと思慮を巡らした。ところで長門、そのだな。

 

「言い訳なんかするだけ無駄なこと。あなたの責任能力などしょせんこの程度。今のわたしの精神状態を涼宮ハルヒの言を借りて表すなら『はあ?! このアホンダラゲ!』という表現が最適」

 

  思わず息を呑んだ。ハルヒならともかく、あの長門がここまで言うなんて、俺には信じられない。ああ、俺が今朝、鞄の中身を確かめてさえいれば・・・・・・。

 

「・・・・・・すまないと思ってる」
「長年の経験からの私見を言えば、謝罪の言葉で済めば宗教戦争も無差別テロも起こらないし兵士も兵器もいらない。全世界に理想的な平和が訪れる。理解した?」

 

  間髪を入れずに返ってきた答えに対する言葉を俺は返せなかった。俺に合わせて長門も沈黙を開始し、車内はエンジン音に包まれた。

 
 

  さて、この気まずい空間に耐えられそうにないのでとりあえずマンションの説明でもしておこうと思う。俺と長門が住むマンションは、運ちゃんへの脅迫にもあったが光陽園駅前公園の近くにある高級分譲だ。人によってはテニスコートや競輪場の近く、と言ったほうが話が通じるかもしれない。部屋は自慢になるが広い。天井は高い。景色はいい。南向きで多摩川が望める。俺の部屋が608号室、長門が真上の708号室。
  長門はともかく、俺みたいな一般人がなぜそんなところに住んでいるかというと今は海外にいるお袋の職業的な経済事情に起因するが詳細は話しても嫌だろうし長くなるので省略させてもらう。そういえば今は元気かな。

 
 

■3

 

  十数分後、仙川駅から光陽園駅の間をかなりの速度で飛ばしていたにもかかわらず亀の子交通のタクシーは道交法を犯すことも無く無事にマンション前に到着した。現在時刻は八時丁度。これなら余裕だ。運ちゃんナイスワーク。帰りもこの調子で頼むぜ。

 

「すぐに取ってくる。帰りも使うから待ってもらってくれ」
「了解」

 

  ドア無きドアから飛び降り、ああやっぱり無いほうが早いなあとどうでもいい感心をした俺はマンションのエレベーターへ走った。電光表示は丁度「2」が「3」になったところだ。俺の部屋は6階にあるというのに。ええいくそと悪態をつきながらボタンを壊す勢いで叩く。後ろからはさっきまで怒り心頭状態真っ盛りだった長門が追いついた。表示がやっと「4」を示す。

 

「か〜〜〜っ!」

 

  もう待ってられん。俺の堪忍袋の緒は比較的頑丈なほうだとは自画自賛するが今は非常事態だ。階段を使うぞ!

 

「了解した」

 

  コンクリート製の階段を数段飛ばしで上り踊り場で曲がるというアクションを行い続ける。いつの間にかテレポートでもしたのか、あっというまに6階に着いた。鍵はえーとズボンの腰ポケットか! 長門、一応言っとくがタクシーのはともかく俺の部屋のドアは壊すなよ!

 

「今のところは。携行している火器や爆薬が不足気味」

 

  それは将来的に、条件が整えば破壊するという意思表示かと尋ねる間も無く長門はエレベーターに向かい、マイルームのドアは恐怖を感じたように大人しく開いてくれた。そりゃ壊されたくは無いよな。俺はドアにある種の同情を感じつつほんの数十分ぶりに自室に足を踏み入れた。ああもちろん靴は脱いだぞ。机の上の二冊のノート・・・・・・ロックオン! 両手でしっかりと握り、即座に引き戻し鍵をもう一度かけた俺はエレベーターに走った。

 

「あったぞ!」

 

  エレベーターの箱の中で今か今かと待ち伏せている長門に叫び手にがっちり握りしめたノートを見せつける。さすがの長門も安堵したらしく、ボタンを押した後天井を見つめて息を吐き出した。とりあえず生命の危機は去ったか。後はタクシーと電車に乗るだけ、それで八時半前には教室の席に着席、ミッションコンプリートだ。作戦といえるようなものでもないが。ありがたいことにエレベーターは途中停車せず順調に地上まで到達してくれた。マンションの住民に感謝だ。
  ところが俺達の幸運はそこでガダルカナル島の食料のごとく底を尽いたらしい。
  電光石火で飛ばしてくれた亀の子交通のタクシーがマンション前に止まっていない。思わず道路の左右を見回すが影も形も無くなっている。まるで幽霊だ。ときに長門、待つように言ってくれたんだよな。

 

「もちろん。スコーピオンを突き付けて『もしもここにいなかった場合、実力行使に出る』と」 

 

  何故あの運ちゃんが逃走したのか理解できないという口調と表情だった。ああコイツにそんな曖昧模糊なことを言うんじゃなかった。ずっと乗っていろ、が正しかったな。そうすれば運ちゃんも動けなかったのに。うわっ、何をする長門。俺はお前に対する文句は考えてもいないぞ。今回は俺が悪いからな。訂正文なら別だが。
  しかし長門は俺を引っ張りマンションの駐輪場へゴミでも捨てるように放った。ひどいぞ。ちゃんとゴミ箱に・・・・・・違う、俺を人間として扱ってくれ。
  しかしこの願いが全く通じていないと思われる長門は、ここの住人の物らしいカゴ荷台付銀色自転車のチェーンを撃ち抜き、平坦を取り戻した顔で俺を見つめた。

 

「漕いで」

 

  チェーンと同じ運命をたどるのは嫌だ。カゴにノートを納めて、俺は赤の他人が乗っている自転車のサドルに跨った。当の長門は、俺が跨るのを見てから後ろの荷台に飛び乗った。体が軽いっていいな。それよりも長門。

 

「二人乗りは御法渡だぞ」
「あなたは御託を並べられるようなことをしていない。もしもあなたがわたしのノートを持ってきていたならばわたし達はここにはいない」

 

  そろそろ泣きたくなってきた。

 

「出撃」

 

  発進、の間違いではないのか?

 
 

■4

 

  長門に急かされ、やはり普段よりは重いペダルを漕ぎ出した俺は駐輪場を出て大通りに直進した。通勤ラッシュの時間帯らしく、クラクションが鳴らされている。おや、あれはドアを一枚失った亀の子交通のタクシー。どんなに腕はよくても急ぎはしないのか。ドライバーの鑑だ。全く。

 

「このまま大通りを直進するのは困難と危険が伴う。20m先のT字路を手前3mでカーブ、左折するのが距離的最短経路と判断する」
「了解した!」

 

  俺はナビに従って住宅街方面へと前輪を向けた。うわ、京都の三年坂ほどではないにしろかなりきつそうな坂だ。確かにショートカットにはなりそうだが。長門、しっかり捕まっていろ!
  全身に力を入れ直し、一気に倍になったような負荷に耐える。勝手に右へ左へ流れるハンドルを押さえ込むのに苦戦していると、いきなり後ろで長門が身じろぐ気配がした。下手に動かないでくれ。ただでさえ転びそうなんだ。

 

「必要なら下車、並走する」
「いい。降りるだけ時間の無駄だ」

 

  首を横に振り、拒否の意思を伝える。もう長門にはこの時点で迷惑をかけているんだ。これよりもかけようものなら男の恥だぞ俺。そら見ろ、もうすぐ山頂だ。

 

「ふう」

 

  全身から力が抜けていく。そういえば寝てないんだった。教室に着いたら思い切りダウンしよう。もうこりごりだ。頑張れ俺。後ほんの十数メートルしかないぞ。
  ところがそんな俺の心情を慮ることも無く、本日最大最強の敵が坂の下の方から現れた。ファンファンというサイレンの音。血を思い出させる赤色灯。タクシーよりも重く轟くエンジン音。長門、俺は後ろを振り返る余裕なんて無いし見たくも無いから代わりに伝えてくれ。なんだあれは。

 

「パトロールカー。ミニパトと呼ばれる小型警察車両。エンジンに何らかの改造がされていると推測する」
「そこの二人乗り自転車!直ちに脇に寄せて停車しなさい!」

 

  スピーカーから婦警の声が聞こえる。やっぱりパトカーか。しょうがないな。大人しく従おうとしてハンドルを切ろうとすると、長門が何をしているんだという感情を大いに含ませた顔をしていた。右手にはスコーピオン。

 

「盗難車両に二人乗り、おまけに銃刀法違反の現行犯。捕まればわたしはあなたから武器弾薬を受け取ったと供述する」
「ひでえ!それに違法だって自覚はあったのか!」
「自分の行動にはいかなる場合も責任を持つ。あなたとは違う」
「・・・・・・すいません」
「謝っている場合ではない。すぐにターン、坂を下って。この道幅では車はUターン出来ない」

 

  あいよ! 俺はせっかく登りつめた坂の頂上で、アフターバーナーを焚いて上昇した戦闘機が背面飛行で旋回するかのごとく滑らかなカーブの軌跡を描いた。人間二人を乗せた自転車が一気に加速する。長門、早く銃を隠せ。
  下る最中に見えた白黒のミニパトの運転席には、警察官には長すぎるような髪をした婦警が座っていた。すれ違った直後にスピーカーが騒ぎ立てる。

 

「人間はさあ、よくやらなくて後悔するよりもやって後悔した方がいいって言うよね。これってどう思う?」

 

  よく言うかどうかは知らんが、今やってるのが正にそれだ。この坂は最早三年坂じゃない。留置所と日常をつなぐ黄泉比良坂である。

 

「じゃあさ、例え話なんだけど、現状を維持するだけではジリ貧になることはわかってるんだけど、どうすればいい方向に向かうか分からない時、あなたならどうする?」
「しつこいぞ!見ての通りだ!」

 

  もう声に出しながら、追ってこられないように坂の途中にある道路へ自転車を突っ込ませた俺は、信じられないものを見た。ミニパトがその場で回転して、こっちに鼻先を向けていやがる。

 

「あれは超信地旋回。戦車や建設機械など、キャタピラを持つ車両が左右の回転方向を前後逆にして・・・・・・」

 

  その場で回転するんだろ!? たった今生で見たよ! ミニパトってあんなことまで出来るのか!? 後お前も少し驚け! そんな冷静に解説しないでくれ! まるで俺が馬鹿と無知を兼ね備えているみたいじゃないか!

 

「あのミニパトは普通じゃない」

 

  フォローにもなってないぞ!

 

「とりあえず、誰でもいいから捕まえてみようと思うんじゃない? どうせ今のままでは何も変わらないんだし」
「どんな発想だ!」

 

  迫りくるエンジン音やチョーシンチセンカイという俺の漢字力では変換できないテクニカルタームが理由ではなく、俺は本気で恐怖しかけていた。この婦警も普通じゃない。

 

「そう?・・・・・・やっぱり、一般人や上層部の人は頭が固くて着いていけないのよね。でも、現場というより私はそうもしてられない。手をこまねいていたら、どんどん生活費が足りなくなりそうだから。だったら、もう私の独断で強行に検挙率を高めちゃってもいいわよね?」
「少し速度を落として。進路はそのまま。もうやむを得ない。わたしがタイヤを狙撃し、パンクさせる。銃器使用の許可を」

 

  強硬手段に出ようとする長門を、もう止める必要も余裕も無い。もう自転車は住宅街を抜けて二車線の一般道に入っていた。住宅街よりは流れ弾を気にしなくて済む。

 

「長門、俺は運転に専念する! お前は存分にやってくれ!」
「了解した」

 

  かつてなく頼れそうな声が間近で聞かれ、俺の左腹を掴む腕に力が込められた。構えているらしい。頼むぞ!
  9ミリパラか何か弾種は不明だが、暴力的な銃声が連続して背後で響いた。しかしミニパトに不似合いな程野太いエンジンの音は全く途切れない。どうした長門!?

 

「・・・・・・命中はした。効果は無い。おそらくあのタイヤは、パンクしても走れるコンバットタイヤ。日本警察が導入しているとは知らなかった」
「無駄なの。このミニパトは、私の給料の大半を注ぎ込んだ特製のパトカー。壊すことも逃げ切ることもできない」

 

  そりゃ厄介だなこん畜生! とその時、恐怖とあきれで絶叫する理性が希望の光を捉えた。咄嗟に見回した反対車線は信号が青になって大分流れている。行けるか? 俺が一瞬で自問自答する中、背中合わせの長門はフルオート射撃して空になったマガジンを交換したらしい。本当にわずかの間銃声が止み、代わりに軽めの爆発音が背後から響いた。手榴弾まで使ったらしい。

 

「・・・・・・今度は防弾ガラス。おそらくフロントカバーにも装甲板が使われている。もう手持ちの武器で対処できる相手じゃない」

 

  手榴弾でも無理なのかよ!

 

「長門、地下通路に逃げ込むぞ! あそこなら大丈夫だ!」

 

  俺は自らの言葉通りに自転車を地下通路に潜り込ませた。手首から指先程度しかないスロープを一息で下り地上道路を直角に横切る通路に入り込むべく、狭い無人の通路で90度ターンを行う。さすがに二人乗ってたらブレーキはきついか・・・・・・。お、おい、肩を叩くな! 凝ってないし、そんなことされたらハンドル操作をミスっちまう!

 

「・・・・・・あのミニパトは、この地下通路に侵入してきた。今のわたしは正直言って恐怖を感じている」
「言ったでしょ。今この警察車両は私の意のままに走る」

 

  あの婦警の声がエコーを伴い俺の耳に入ってくる。本当に地下通路に入ってきたらしい。読みが甘かったか。地上へと上がるカーブの際にチラリと目をやったら、壁と接しているサイドミラーから煙が出ていた。人間業とは思えない。弾丸を受け続けたフロントガラスは真っ白だが、あの長髪の婦警はそんなこと意にも介していないようだ。

 

「ねえ、諦めてよ。結果はどうせ、おんなじなんだしさ」
「地下通路を出たら商店街へ。一時的に射撃を中止する。さすがに人込みには・・・・・・」

 

  そう願いたいがな! 広々とした地上に出て多角形コーナリングなんて高等技術を駆使した俺は顔を引きつらせながら今日もおばちゃん達で賑わっている商店街のアーケードの下をくぐった。ところがどっこい、仮にも地下通路を突破したミニパトはやはりこれしきのことでは引き下がらなかった。

 

「ふうん、そこまでして逃げるの? 捕まるのっていや? 裁かれたくない? 私には、日本警察の逮捕の概念が、あまりよく理解できないんだけど・・・・・・」
「それならすぐ辞職しろ!」
「うん、それ無理。だって私は、本当にあなた達を捕まえて手柄を立てたいんだもの」

 

  人が多い分、追われるこちらは分が悪いと判断し、声から逃げるようにして肉屋と魚屋の間にある路地に滑り込んだ。あんな反則だらけのミニパト相手に、何の役にも立たないだろうが・・・・・・。

 

「あなた達を逮捕すれば、必ず本部の人事は何らかのアクションを起こす。多分、大きな昇給や昇進を期待できるはず。銃器まで持った獲物を刑事課なんかに渡すわけにはいかない。交通課にとって、またとない機会だわ!」
「公僕の発言じゃねえ!」

 

  そういえば、境界線の曖昧なところ、例えば県境の川に上がった水死体の作業とかは重要犯だったら奪い合いで、事故とか事件性の無いものだったら押し付け合いになるらしいな。刑事ドラマで見たぞ。
  かなり冷静になってしまった頭でそんなことを考えながら、すっかり葉が青々と茂った人気のない桜並木を疾走する。これで周りを気にしなくてもいい。長門、もう撃って良いぞ! ていうか早く撃ってくれ!

 

「携帯していた弾丸すべて撃ち放った。弾切れ。それなのに全く損害がない」
「冗談だろ!?」
「でも今名案を思いついた」

 

  狭い所に逃げ込む、なんてのは絶対に無駄だぞ。もうそれが効果無しってのは実証済みだ。図らずもな。

 

「あなたは調布駅へ向かって。途中でわたしは飛び降りて強力な武器を調達、駅前広場でミニパトを破壊する」

 

  なるほど、バズーカか何かの重火器を使うわけか。そうでもしないとあのミニパトは壊せないのか? と尋ねたら、なんとあの長門有希は、わずかに震えた声で返事を返した。

 

「あれはパトカーの範疇を遥かに凌駕している。装甲車とでも言うべき存在」

 

  もうパトカーじゃないのか。種別変更まで決定した長門は俺の制服を掴み、跳躍姿勢を取って俺の背中に頭を預けてきた。嬉しくない、なんて言うつもりは酸素原子ほども無いぞ。

 

「さよなら」

 

  長門は心細げに別れを告げ、同時に飛び上がった。ペダルが一瞬で軽くなり、思わずハンドルが乱れる。くそ、転ぶなよ!

 

「仲間を見捨てるの? 薄情な人ね?」

 

  違う。俺を助けるために、アイツは飛んだんだ。俺は長門の安否が不安になり、後ろに視線を向けた。もはや姿は無い。無事に着地したらしい。俺の役目は調布駅広場まで、魔のミニパトを引き連れるだけだ。

 

「さあ、邪魔者は消えたわ」

 

  ハンドルを片手で操作し、半身を車外に乗り出した婦警の長髪が滑らかに風に広がる。なんでわざわざそんなことをしているのかって? その手に握られ、この自転車を狙っているとしか思えない日本警察制式採用のリボルバー拳銃、ニューナンブM60をぜひともご覧頂きたい。そういえば長門がリボルバーを持っているところは見たことが無いな。

 

「おねがい」

 

  急カーブを織り交ぜながら道路標識に従いほとんど使ったことのない調布駅への道を突き進む。運良くあった交差点を曲がり、四発目までは外すことが出来た。走行中の車から発射されたという点も考慮すべきだが。しかし四発もの銃弾が発射されてもこれだけの感慨しか持てない自分は完璧に感覚がおかしい。朱に交わっちまったな。
  見えた! 調布駅前広場だ。亀の子交通タクシードア破壊事件の沙汰を受けたのか、タクシー一台いない広場では閑古鳥が鳴いている。理想的な状況だ。周囲の被害を気にする必要性はゼロ。長門が気にしたことあるのかは別にして。
  寂しい駅前に一発の銃声が轟いた。ドリフトしてる状態で撃ったんだ。当たるわけがない。俺はそう踏んでいたがしかし。

 

「うぉっ!」

 

  俺とノートは空中に投げ出された。どうも前輪に被弾したようだ。天と地がひっくり返り、地面に背中からぶつかって一回転してようやく止まった。運動が終わって呼吸が激しい。今日はこんなんばかりだなチクショー。長門、お前は今どこにいる? 遮蔽物は何も無いんだ。大量の爆弾を雨あられと落としてもオーケーだぞ。

 

「フロントガラスに雪が降ったみたい。サイドミラーもひどいわね。手榴弾の煤だらけ。後で掃わなくちゃいけないかな。ところで、それだけダメージを受けたらもう他人を気にする余裕は無いでしょ? じゃ、とどめね」

 

  落ち着け。顔を見られたら指名手配されてしまう。長門の苦労が無駄になっちまう。動くな。たとえエンジン音がアイドリング状態になり、カツカツと闊歩する足音が近づいてこようとも。甲羅に立て篭もった亀の様に大人しくしているんだ。

 

「お縄につきなさい」

 

  ああ、もう無理かな。ところが、一瞬遠のきかけた意識を戻す天使のラッパが響き渡った。手錠が鳴らしたカチャリという不吉な金属音ではない。その直後の、普段よく聞くのにこれほどありがたいと思ったことは無い爆発音だ。再び生を得たように起き上がってさっきの交差点の方に目を凝らすと、いかにもゴツそうなバズーカを構えている長門の姿があった。戦果確認を終え、バズーカを投げ捨てて駆け寄ってくる。

 

「よくやった・・・・・・。長門」

 

  広場では、あの婦警が手塩にかけたミニパトが盛大に炎を吹き上げて原型もとどめない程に破壊されていた。装甲パトカーと言えども、さすがにバズーカ砲を食らったらひとたまりも無かったようだ。

 

「あーあ、残念。しょせん特売品の装甲じゃ無理だったかあ」

 

  残念でも何でも無い。俺はノートを拾って、ようやく再会できた長門と共に駅の改札へ結婚式に出席した後のメロスのように走り出した。

 
 

■5

 

  財布の中の医学博士を券売機に突っ込み、一気に改札を通過する。ホームの方向からは警笛が聞こえてきた。ヤバイぞ!

 

「後数十秒で快速が発車する。乗り場は四番ホーム」

 

  ポケットから取り出したらしい手のひらサイズの時刻表を一瞥し、端っこの階段を指差した長門を頼りにした俺は地上に設置されたホームへの階段をほとんど落下するように飛び降りた。列車のドアは閉まり始めている。俺達にとってこれは天国の扉か地獄に通じる門だ。

 

「間に合え!」

 

  魂の底からの雄たけびがホームにこだまする。通勤客が後ずさる中、俺と長門は停車している列車に滑り込んだ。ほぼ時を同じくして、ドアが完全に閉まった。へたりこんだ腰から、鈍いモーターの振動が伝わってくる。
  全身で息をする中、勝ったんだという感触が実感され始めた。俺達は勝ったんだ。俺達は―――。

 

「やったな」
「お疲れ様」

 

  傍らでまったく息を切らしていない長門も満足気であった。ミニパトと死闘を繰り広げて疲弊した俺を慮ってくれたのか、どこからか水筒を取り出して水を注ぎ俺に手渡してくれた。すまない。飲んでいいのか?

 

「どうぞ。今日のあなたは一番疲れている」

 

  聞き終わるより早く飲み干す。水がこんなに美味いとは。おかわりもらっていいか?

 

「もちろん」
「本日のご乗車、真にありがとうございます。この電車は特急、新宿行きです。次の停車駅は明大前、明大前でございます」

 

  おかわりの冷水が気管支に入った。長門が背中をさすってくれたが、理解が出来ない。特急? 新宿行き? 明大前? 泉川通過? 聴覚異常? 幻覚? これは夢?

 

「わたしも同じ言葉を聞いた。今調べたところ、休日運休を勘違いしたらしい。わたしらしくもない単純なミス。素直に謝る。ごめんなさい」

 

  ははははは・・・・・・。まあ人間誰だって間違いはあるさ。だから気にするなよ。俺だってノート持ってくるの忘れたんだ。これでイーブンになるじゃないか。ははははは・・・・・・。

 

「自分の行動にはいかなる場合も責任を持つ」

 

  そう言いきり、マガジンを補充してきたというスコーピオンを携えて運転席を蹴破らんとする勢いの長門をどうにか押さえてこと無きを得た後、次の明大前で下車した俺達二人はもう時間溯行でもしないと間に合わないという非情な現実を知り、激戦の最中に自軍の大将が討ち取られたという報を受けた足軽のように陣代高校へ棒になった足を進めた。

 
 

■6

 

  もはや懐かしくも思える陣代高校。校庭では俺達一年五組の男子がサッカーをしている。つまり一時間目の古文ではない。二時間目の体育だ。

 

「・・・・・・今何時だ?」
「わたしの腕時計で0949(マルキューヨンキュー)時」
「もう・・・・・・無理・・・・・・か」

 

  両足が崩れ、コンクリートの地面が近付いてくる。俺の身体は、睡眠不足と過度な運動と精神的ショックでもう限界だった。長門、すまなかった。今日の俺には地面がお似合いだ・・・・・・。

 
 

  誰かが俺の体を支えている。朦朧とした意識の中、ああ確か弁当を持ってきて特急に乗ったんだっけと脈絡も関連も何も無い回想をして、それなら何故俺はここにいると自分の居場所を再確認しようとした。そばで俺を支えているのはやはり長門だった。不安げな面持ちで俺を見つめている。宿題が間に合わなかったものな。

 

「よかった。あなたは校門で突然倒れた」

 

  宿題は? 藤咲先生はどうなった?

 

「ノートはあなたがしっかりと抱きかかえている。藤咲先生は分からない」

 

  長門に言われていまさら気づいた。意識の片隅では、ノートを死守しようとする勢力がいたようだ。

 

「今は保健室に向かっている。後24歩で到着。だけどあなたが倒れた理由は不明。保健室で対応不可能なレベルならただちに専門の医療機関へあなたを搬送する・・・・・・」

 

  そんな大層な理由じゃないんだよ。長門。ただな・・・・・・。

 

「実は一晩寝ていなかったんだ」
「そうなら最初に言ってくれればあんなことは強制しなかった」

 

  許してくれるのか。鬼の目にも涙だ。ああ、でも今日の放課後には居残りだぞ。

 

「記録はいくらでも更新できる。でも、あなたの体や健康には変えられない。構わないから、一緒に居残り」
「ああ」
「キョン、大丈夫だった?」

 

  国木田か。大丈夫じゃねえよ。コイツだって太鼓判押したぞ。あんなパトカー、パトカーじゃない。それよりお前サッカーはどうした。体操着姿のままじゃないか。

 

「校庭の隅っこを、キョンを支えて歩いてる長門さんの姿が見えたからね。岡部の後任の新人教師を脅してこっちに来たんだ」

 

  腹黒い奴だな。あ、そういえばもっと重要な案件があったんだ。

 

「・・・・・・藤咲先生は」
「緊急の出張だよ。朝に藤咲先生から聞いたんだ」

 

  ホワットドゥユーミーンバイザット? 国木田、それはどういう意味だ? 三十五文字以内で簡潔にまとめろ。

 

「藤咲先生は出張中。一時間目は自習にして、宿題の提出は遅らすって」
「・・・・・・何で朝言ってくれなかったんだ」

 

  そうしたら国木田は意表を突かれたらしい。気づいていないの? とでも言いたげだ。

 

「話そうとした矢先にキョンが怒ったからね。君達二人共、二人で話し合ってる時に第三者が割り込んでくると結構怒るじゃないか。特に長門さんが」

 

  僕だって命は惜しいんだよ、とチェシャ猫笑いを浮かべて国木田は去っていった。俺はその意味するところに気づき赤くなったが、長門は俺が何故顔を赤くしているのか理解しかねるという感じだった。

 
 

―――状況終了

 


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:04:28 (2732d)