作品

概要

作者エイレイ
作品名ハルメタ2!『激突のストラテジー』
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2008-11-04 (火) 21:24:45

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

  フルメタ原作『すれ違いのホスティリティ』

 
 

■1

 

「発生した瞬間から生物は互いに食われ食うという食物連鎖を繰り返して進化し、淘汰されてきまして現在の生態系に至ったわけであります。食べられる側は進化によって身を守る術を、食べる側もまた進化により食べる方法を模索してきました」

 

  んな話はどうでもいい。なんで現代国語の教師が生物の発達の歴史を講義してんだ。と声を大にして言えたらどんなにいいだろう。生徒会副会長である自分の立場を呪うね。そもそもハルヒが俺を指名した瞬間から俺は悪口やらを発言しにくく、自由な思想を制限されるかつての大日本帝国の共産主義者並の立場に置かれてしまったんだ。まあそんなものは持っていようとなかろうとどっちでも多分発表しないが。全くハルヒめ。俺の学園生活はお前の・・・・・・いや長門も追加か。お前達のせいで期待値から地震直後の断層のごとき離別を見せているんだぞ。

 

「生物は進化する。より速く、より高く、より強く。オリンピックのモットーではありませんが、生物、特に肉食動物にもその言葉に近い傾向が見られます。
  それに対する草食動物、被捕食者側の例といたしましては亀の甲羅等の固い外皮、外見の派手な生物に多く見られる毒、キリンは首を伸張発達させて先にライオンを見つける、鯨や象では身体を巨大化させて食べられにくくするという各種の対策を採ってきた訳です。また非常に稀な例ではありますが、スカンクは猛烈な臭いのするガスを放出し、相手の嗅覚を麻痺させてその隙に捕食者との距離を稼ぎ生き延びるわけです」

 

  何で俺がこんなにもイラついているのか説明の必要があるだろう。それは今が4時間目終了のチャイムの鳴る数十秒前空腹絶頂の時間で、生物であり腹を空かしている俺は気が立っているからである。しかもこの校に出張販売に来るパン屋は毎日大盛況を博する美味さと安さを兼ね備えているので俺も弁当を作らない毎週月曜はその恩恵に預かってはいるが、あのパン屋の商品をゆっくり選ぶという至福の時間を味わうためにはチャイムと同時かそれより早く行かないと超高確率で黒山ダイブをする必要があり、芳香香る女子ならともかく体育の授業直後の汗臭い男共の群れの中に飛び込むのは御免だからだ。
  しかも仮にそれを躊躇したなら昼食抜きか近所のコンビニで非人道的な値段の弁当を覚悟せねばならない。まあ今回は長門に頼み込んで極秘作戦を計画しているのだが、それでも障害はまず避けられない。何せ4時間目開始と終了の時点では開始時の教室人口のほうが多いからな。何人か抜け出した奴がいるんだろう。俺は今後行うことも考え、立場上真面目に授業を受けるふりをするが。
  要するに、この時間が早く終わるか否かに今日の昼食が懸かっているのだ。ご理解いただけただろうか。今日の昼飯は何にしよう。まずカリッカリ特厚のカツサンドは外せん。たっぷりの香ばしいソースを受け止めたコロッケパンも捨て難い。いや待て、焼きそばとのゴージャスな一体感を堪能できる王道焼きそばパンも悩みどころだ。最後に、うっかり何も知らずに噛むと中身の飛び出るぐらい餡の詰め込まれたアンパンだ。ちなみにこのプランでも最高額の硬貨を出したら銅貨が数枚返ってくる。ああたまらん。
  そうしてプチ天国を味わっていたら、4時間目終了を告げるチャイムの音が尾を残して鳴り響いた。教室内で同志が身構える気配が伝わる。さあ早く話を終えやがれ現代国語の教師。俺は噛んだらルーが飛び出すような売れ残りのカレーパンに泣く泣く手を出すなんてのは御免なんだよ。

 

「毒を持つ生物、例えばヤドクガエルがアマゾンのジャングルには異端としか言いようのない色彩、専門用語では警戒色といいますが、それを持っているのは、食べたら危険だというメッセージを周囲の捕食者、鳥やトカゲに送っているわけです。これにより互いの個体数をあまり減らさずに、繁栄を築いていこうとするのです。ですが昨今の環境破壊に・・・・・・おや、もう時間ですか」

 

  授業延長を行いますとでも言ってみろ背後で生真面目に授業に偽装した演説を拝聴している長門にサブマシンガンを借りて引き金を引くぞ、という俺の脅しが通じることを祈る。

 

「え、何か質問は」

 

  谷口、椅子から立ち上がるにはまだ早いぞ。少し落ち着け。冷静にならないと駄目だぞ。

 

「無いようでしたら・・・・・・ん、終わります」
「起立、礼」

 

  俺は、重なり合うようにフェードインした副委員長の号令を最後まで聞くことなく立ち上がると言うよりは椅子から滑り落ちて右足に渾身の力を込めつつ上半身を前に倒してロケットスタートを切った。腹を減らした谷口や副委員長、他の同志も後に続く。五組からは窓際なのに俺が一番か。
  だが、それでも四組や六組その他の教室から、敵ではないが決して味方でもない生徒達が先週の俺と同じく階段へ大量に殺到してボトルネック現象を起こし結果的にほぼ全員がパンを買えなくなる事態に発展することは想像に難くない。何しろ実際に階段で詰まっているんだからな。しかし今週の俺は違う。長門に頼んだ仕掛けがあるんだ。もう購入ラッシュに巻き込まれることもない。
  俺は飢えた奴らを尻目に、ある部屋の鍵を取り出し扉を開けた。頑丈な扉の内側は生徒会倉庫室と呼ばれる、施錠状態が基本の名称通りの部屋。内部には昔の記録などを収めた棚、予備の机や椅子、簡易テントといったそんなもんしかない。当然一般生徒は立ち入れない。入れるのは鍵を持っている俺達一部の人間だけという閉鎖的な空間だ。だからこそ今回にはうってつけな訳だが。
  パン屋が販売に来る中庭どころかほとんど全校生徒から死角になるこの部屋の窓には長門が数日前に仕掛けた道具、軍用ロープが設置されている。この部屋は一応ハルヒや朝比奈さんも出入りするので名目上非常用と書いた看板を立てておいたが、実際のところは俺専用の月曜昼食購入用だ。
  すなわち、このロープを伝って人目につかないように地上に降り、その後は堂々とパン屋のおばちゃんに五百円玉を渡し黄金の昼食を手に入れ腹を満たす。そんな非の打ち所の無い作戦が可能になるわけだ。
  俺は勝利を予感し、はやる心を平静に抑えて以前レクチャーしてもらった通り、体にハーネスを装着しロープを回してカラビナでしっかりと固定させた。長門の仕事だ。抜かりは無いだろう。

 

「体勢良し、ハーネス良し、カラビナ良し、左腕良し、降下地点良し」

 

  我らが長門によると見るだけよりは声に出して確認する方が安全面でも精神面でもいいらしい。俺は一度深呼吸をしてから窓枠に身を乗り出し、練習の時と同じく校舎の外壁を勢いよく蹴った。
  白い壁が目前を流れ、心地よい風が髪の毛をなびかせる。気持ちいい。爽快な気分だ。やはり病み付きになるかもしれん。俺は一気に地上に近づいていった。
  そして地面に足をのばして無事着地しようと・・・・・・ん? 今空が光らなかったか? 横を咄嗟に見回しああ今の俺は空中にいるのかと考え直して上下に首を振ったら―――。
  生徒会書記の今日も可愛らしい朝比奈さんが(夏服姿で)俺の方にカメラを構えていた。さっきの光はカメラのフラッシュらしい。ここは北側、光が入りませんものね。
  でも待て。何で朝比奈さんは俺をカメラで撮った? 今の俺は地面に足をつけて精神的にハイになっていた。
  ああ分かりましたよ朝比奈さん。今の俺を写真に収めてお部屋のベッドサイドの写真立てにでも飾って毎晩眠りに就かれる前に眺めたいのですね。ええ一向に構いません。もう一枚いや五枚ぐらいはどうぞ。

 

「キョン君・・・・・・」

 

  何でしょう? 貴女の頼みなら俺はキリマンジャロ山頂往復レースだって一時間で走り抜けてみせますよ。

 

「・・・・・・ごめんなさい」

 

  ホワット? どゆこと?

 

  だが、朝比奈さんは俺の問いにお答えを返して下さらずにパン屋のいる中庭の方へパタパタと走り去っていった。どうしたんだろう。
  ま、朝比奈さんなら俺が不利益を被るようなことはしないだろう。きっとそうだ。さあ昼飯だ。ラペリング降下したとはいってもその前に大分時間を食っちまったからな、昼飯前だってのに。
・・・・・・かなりハイテンションだな。今日の俺は。

 
 

  そうして頭に一切の懸案事項を残さず、中庭まで走ってきた俺はまあ想定の範囲内の光景を目の当たりにした。パン屋の出張販売用のワゴンが見えないほどの人だかり。黒山。ここが仮にフランスとか移民の国だったら何色の山になるんだろうね。やっぱり金の山か? 現実逃避をするんじゃない俺。立ち向かえ俺。
  さっき窓から飛び出した時より意を決して人込みに割り込む。通勤電車のサラリーマンの気持ちを体感する。ちなみに生徒会長ハルヒは、この場合学年の上下関係は一切無視、早い者勝ちというそれまでからあったらしい不文律を掲示によって明確にした。不文律をはっきりさせるというのも異例だが、一年生が会長になること自体が異例と言うより異常だ。ハルヒ本人は「後で揉め事になっても嫌じゃん。だから先に決めとくの」と言っていた。まあ問題はないだろう。こんなことでいちいち突っ込みを入れるような細かい男と思われるのも嫌だし。
  とその頃は思っていた。そういうところにも気づくハルヒは意外とリーダー向きの人材かもしれないと。そう考えてた時代もあったさ。だが俺には人を見抜く慧眼が光秀を雇った信長のように備わっていなかったらしい。いや、信長に慧眼はあったか。秀吉を抜擢したぐらいだしな。ただ光秀や久秀相手に通じなかっただけで。
  そのハルヒは現在男子空手部主将とサッカー部キーパーと野球部四番のいかにもごつそうな奴らを腕力で我先にと押しのけておばちゃんに千円札を渡して世界一の幸せ者の表情で袋一杯のパンを握り締めていた。ああそうさコイツはそういう奴さ。
  かつての自分の誤りをなるたけ目に入れない様にしつつ俺は人を掻き分け掻き分け、やっとこさパン屋のおばちゃんの前に到達した。地上に降り立った時から握り締めて汗まみれになった五百円玉をレジに叩きつける。

 

「おばちゃん!」

 

  ここで重要なのは気合と根性、それにあまり持ちたくは無いが強靭なエゴイズムだ。譲り合いや和の精神などが入る隙は微塵も無い。長門好みの世界かもしれないな。

 

「カツサンドとコロッケパンと焼きそばパン、それにアンパン!」
「はいよ、470円」

 

  思わずガッツポーズを取りそうになった。俺も世界一の幸せ者だ。じいちゃんが初孫を抱くように袋を受け取り、羨望の眼差しを浴びながら人込みから抜け出たところ、丁度長門に出くわした。一応言っておくがこいつも制服姿だ。

 

「よう。助かったぜ。ロープのおかげで」
「そう」

 

  む? どうしたそんな泣きそうな顔をして。お前にそんな顔は似合わないぞ。そりゃまあ「敵特殊部隊が東門から突入した。共同戦線を張りたい」とかの要請は勘弁願いたいがな。別件で俺個人の望みとしてはそこで指を咥えるとかの愛らしい仕草をまあほんの少しは期待するのだが。・・・・・・そんな目で睨むなよ。

 

「パン屋のこと。ここまで混んでいるとは思わなかった。各国軍隊払い下げの戦闘糧食よりはあなたと同じ物を食べたい」

 

  ははは、ラペリング降下のお膳立てをしたお前の頼みだ。もう一度割り込めってんなら余裕のよっちゃんだぜ。

 

「あなたの手を煩わせたくない」

 

  そうかそうか。いい子だな。長門、いいか。あそこで要るのはガッツとエゴだ。俺が何をしても許してやる。お前ならそれぐらいで何とかなるはずさ。満面の笑みでグッドラック!

 

「理解した。ガッツとエゴ。あなたはわたしが何をしても許してくれる」

 

  それで納得したらしく、やや嬉しそうな顔をした長門はテクテクとパン屋の方に歩いていき、スカートのポケットに右手を突っ込んだ。所持金の確認か? お前の体格なら多分100円玉一枚で腹いっぱいになれるぞ。
  しかし悲しいかな、俺はこの長門の行動の真意を理解していなかった。小生は先程納得と申したが、納得と曲解を取り違えたことをお詫び申し上げる候。
  長門改め戦争馬鹿は、傍目には大型拳銃のグリップにこれまた大型マガジンを取り付けたような、拳銃とも短機関銃とも素人の俺にはどちらか判りかねる銃を取り出して青空に向けて構えた。俺は止めようと走ったが、長門の行動の方がどうしても早い。アクションの数に差がありすぎる。
  もうお分かりであろう。いわゆる威嚇射撃の姿勢をとった長門はヒゲソリを思わせる形の銃の引き金を絞り込み発射した。入学してからこっち、長門が他人に危害を加えたことは無いとは思うが精神的負担をかけたことは誰の目にも明らかだ。特に俺にな。
  そしてパン屋に群がる生徒達の視線と言うか注目を一身に集めた長門は沈黙が支配する中、惚れ惚れするくらいに感情の無い声で言い放った。

 

「カレーパンを要求する」
「カレー・・・・・・」

 

  俺は文字通り顎を垂らした。あのー長門さん、それ大抵売れ残りますよ。

 

「大人しくカレーパンを引き渡してほしい。さもなければ引き金を引く」

 

  銃口が自分達に向けられるのにあわせて群集が蜘蛛の子を散らすように四散した。パン屋のおばちゃんを乗り越えて。

 
 

■2

 

  その日の放課後、生徒会室にて。校長に報告に行ってきた当事者こと俺、俺より遅れて帰ってきた主犯こと長門、裁判長もといハルヒ、書記こと朝比奈さんのいつもの面々が長机を囲んでいた。

 

「全治二週間だそうです」

 

  昼前にラペリング降下していた俺をカメラで撮影した麗しの朝比奈さん(メイド服)がメモ帳を片手に心の底から心配そうな声で続ける。

 

「そ、それからパン屋さんは、出張販売を当面の間中止するって言ってます」
「ふーん、きっと遠回しに抗議してるつもりね。うちの高校が欠けたらあのパン屋は収入数割減よ」
「まあ販売用のワゴンも大分ダメージを受けたしな。これぐらいが妥当だろう」
「日本車の耐久力があんなにひどいとは予想できなかった。たかだか十数人の生徒が屋根に乗っただけで潰れるとはまさに予想外」
「お前が原因だろう」

 

  俺は長机を挟んで対面の椅子にちょこんと座る長門を睨みつけた。コイツも黙ってれば可愛らしいと思うんだけどなあと淡い妄想を繰り広げる。そんな脳内の不穏な動向を読み取ったのか、ハルヒがイライラした声を発した。

 

「で〜も〜キョン、わたしは『あそこで要るのはガッツとエゴだ。俺が何をしても許してやる。お前ならそれぐらいで何とかなるはずさ』って断言する声を聞いたわよ」

 

  丁度口に含んだ朝比奈さん謹製のお茶を盛大に噴き出しそうになった。断言ってお前。

 

「有希、違うの?」
「違わない。それは事実」
「つまりキョンに後押しされたと」
「それで相違ない」
「確認するわよ。キョンの言葉をちゃんと聴いてから発砲したと」
「その通り」

 

  ああそうだよ長門の責任は俺の責任だよ今回はな。認めたくないものだがな。しかしハルヒ、お前は何処で俺達の会話を聞いていたというのだ? 俺としてはてっきりパンを買った後生徒会室にトンボ返りしたと思っていたのだが。

 

「みくるちゃんに頼んでたものがあってね、それを受け取ってたのよ。あんた達のすぐ後ろで」

 

  俺が首を巡らせると、その朝比奈さんは目線を合わせるより早く俺に向かって頭を垂らしていた。そんな、一日に何度もそんなことしないでくださいよ。全校生徒の半分イコール男子全員を敵に回したくないです。

 

「それがこれ。校内某所からタレコミがあったのよ」

 

  一瞬で表情をチェンジして、ハルヒがニコニコと封の空いている事務用の茶封筒をバサリと長机の上に放った。中身がハルヒの性格ばりに乱雑に散らばる。中に入っていたのは写真だった。

 

「なっ・・・・・・!」

 

  俺が言葉に詰まった理由を正確かつ客観的に説明する必要があるだろう。俺は今日昼前に生徒会倉庫室からラペリング降下した。朝比奈さんはそれを写真に収めた。ハルヒはおそらくその写真を受け取った。その写真は現在長机の上にある。

 

「まさか、『彼ら』か?」

 

  当社比二倍になったハルヒの顔には、「大正解」と太字で書いてあった。ついに彼らはハルヒの使いっ走りになってしまったのか。

 

「さて。倉庫室の無断開錠、危険行為。これら役員にあるまじき行動をどう言い逃れるつもり? キョン副会長?」
「危険行為ってんなら長門のほうに軍配が上がる気がするが……」

 

  脳内人格を結集して会議を開くまでも無い。この策士はこれだけの下準備をしてきたんだ。

 

「何をすればいい?」
「そんな難しいことじゃないの」

 

  南国の花みたいな笑顔をされても出来ないことは出来ないってはっきり言うぞ。俺の能力の範囲内で頼むぜ。月の石を取って来いなんて無茶は言うなよ。

 

「月の石は確かに欲しいけどそこまで言わないわよ。で、本題。パン屋が出張販売を中止したことにより、本校は大変な食糧危機を迎えました」

 

  弁当でも持ってこさせりゃいいだろう。俺だって毎朝二人分作ってんだ。誰にだって出来る。なあ長門。俺の弁当、不味くは無いよな。

 

「むしろ美味しい。美食で有名なフランスが作った戦闘糧食よりも」

 

  それはよかった。お前の部屋に山と積まれていたフランス軍のレーションがどれだけのものか俺は知らないが。

 

「あれは各国兵士、特に米軍から絶賛された。でも、あなたのお弁当には敵わない」

 

  嬉しいこといってくれるな。コイツは。ああ、今度フランス軍に注文とってくれ。やっぱり一度は食ってみたい。最近ブームだしな。ミリメシ。

 

「分かった。フランス軍には・・・・・・」
「そ! こ! で!」

 

  あ、すまんハルヒ。話の腰を折ってた。

 

「分かればいいのよ分かれば!」

 

  そう怒るなって。先刻から黙りっぱなしの朝比奈さんが怯えてるじゃないか。

 

「怒ってなんか無いわよ! パン屋が出張販売を中止して、ここの生徒のお昼ご飯はピンチなの! で、あたしが校長や指導課を黙らせ・・・・・・協議して、生徒会が一時的に昼食の販売を行うことにしたの。で、そこの担当を決めなきゃいけないわけ」

 

  そこまで一気に言い切ったハルヒはようやく平静を取り戻したようだ。朝比奈さんが冷たいお茶をすかさずハルヒに手渡す。ナイスタイミング。
  む、コイツは担当と言ったか? つまりは売り子?

 

「そ。販売員。校長は自由にやるのがいいっさ、って寛容なんだけど、生徒指導の小暮(こぐれ)は騒ぎを引き起こした人達がメインでやるのが条件だってほざいてたわ。あたしは生徒会全員でやるのが政治的アピールにもなるって反抗したんだけど、自分のことは自分でやれってのが小暮の言い分。ただ、あなた達だけじゃ不安だから生徒会から応援スタッフを出せって」

 

  しかもあたし以外で、とハルヒが心の奥底から残念そうに付け加えた。働かなくていいならそれでいいだろうと思う。

 

「あたしもやりたかったのよ、パン販売。でも小暮がどうしても譲らなくて・・・・・・校長が名案を出してくれたんだけどね・・・・・・」
「やあやあ! みんな揃ってるっかなあ?」

 

  ハルヒの弁を断ち切り生徒会室のドアを勢いよく開けて参上したのはこの学校で起こる爆発事件やその他色々な事件をいつも笑って吹き飛ばしてきた名校長、鶴屋校長だ。俺自身は長門や生徒会関係の仕事で会うことも多いが、直接ここに来るということはほとんど無い。校長=学校の司令官と考えている長門が反射的に直立不動で敬礼のポーズを取る。長門、ここは民間・・・・・・じゃない、公立校か、えーと軍事施設じゃないし校長は一般人だぞ。

 

「いいっさ長門っち―。そんな格好されても肩が凝るにょろ。おおそうだキョン君、ハルニャンから聞いたよ。君ロープで降りたらしいね。若者のやることらしいし元気があって結構結構!」

 

  それはどうも。って! 許すんかい!

 

「おおっお茶かい。ありがとっみくる。さてさて皆の衆、もうハルニャンの話は聞いたね?」

 

  そこで、と前置きして鶴屋校長は長門の方にくるりと向きを変えて、なにやら賞状のような紙を取り出した。

 

「長門有希、パン屋出張販売中止による生徒会臨時販売担当に伴い、あなたを今後次の役職に任命します。役職、生徒会安全保障問題担当・生徒会長補佐官。任命者、涼宮ハルヒ生徒会長、承認者、鶴屋校長」

 

  こんな喋り方も出来るのか。校長は。率直に言えば驚きだ。そういえば紙を受け取った長門は、わずかにごくわずかに誇らしげに見えた。そんなに嬉しいか?

 

「小暮先生も頑固でさあ。まあ後のことは頼むよっ! 明日からのパン販売頑張っとくれ!」

 

  鶴屋校長は長門とハルヒに何かを含んだような目配せをした。

 

「了解」

 

  開口一番で長門が力強く応じる。なんか知らんが頼みの綱になりそうだ。

 
 

■3

 

  翌日の朝休み。中庭にて。
「えーと、爆熱ゴッドカレーパンが6つ多くて、スパイスオブワールドびっくりぎっしりずっしりパンが4つ少ないと。ついでにカレーとアンパンが無い。代わりにコロッケパンが普段の倍と」
「すいません、急なものでしたから。製造が間に合わなくて。トータルで値段は同じですから、今日はそれで・・・・・・」
「いえいえ、注文したのも昨日の今日でしたから。まあ明日からはよろしくお願いしますよ」
「ええ。それではこれで」

 

  急遽注文を受けた数百個単位のパンを一日で作るのは大変だろう。走り去る配達トラックの若い運ちゃんに手を振りつつ、俺はプラスチックのケースの中、綺麗に収められた眩いばかりのパンを眺めた。美味そうだ。思わずため息が出る。
  おっと、状況説明がまだだったな。今現在俺達、つまり俺と長門、それに応援を頼んだ国木田を合わせた3人は鶴屋校長とハルヒ会長の勅命に従い、『二週間のパン販売活動』を行っている。今は昼休みに備えた準備だ。パンの個数確認、机や釣銭の準備、混雑に備えた誘導路設営(国木田考案)等を行っている。ちなみに生徒会から応援選手である朝比奈さんは生徒会室でハルヒと一緒に仕事中だ。ご苦労様である。

 

「僕もここのパンを食べてみたかったんだけどね、いつも人がいるから苦手だったんだ。皆が並ぶようになれば、販売がスムーズになって売上げも伸びると思うよ」
「そのアイディアはぜひとも俺がラペリングする前に出してほしかったな」

 

  そうすりゃこんなことにはならなかったぞ。

 

「わたしは別に構わない」

 

そりゃお前は原因だから構ったら困る。

 

「僕の分のコロッケパンを忘れないでね。あれキョン、そういえば朝比奈さんは?」
「朝は生徒会室でハルヒと一緒に雑務を片付けてる。普段は俺も行くな。人手不足だ」
「ということは朝は見られないの? 朝比奈さんのコスプレ衣装」

 

  国木田の指摘で今更ながら気づいた。そうだ。何かこう・・・・・・心の隙間とか空白とか、そういうものがあると思ったら今日は朝比奈さんを拝んでいない。大変な事態だ。そういえば今日の販売の時には新しい衣装を考えてあるってハルヒが言ってたな。

 

「それホント? キョン」

 

  本当だ。実に楽しみ・・・・・・どうした長門。そんなにパンを見つめて。

 

「カレーパンが無い」
「ああ。注文はしたんだが、いかんせん急だったもんで製造が間に合わなかったらしい」
「キョン、パンを生徒玄関の中に入れておこう。外だったら不衛生だし危ないよ」

 

  そうだな。今行く。長門も手伝ってくれ。

 

「了解した」

 
 
 
 

  全く本名すら呼ばれないあの忌々しい副会長め、校舎からロープを伝って降りたあげく、あの戦争馬鹿の長門が発砲するのを許可しただと。 全くもって許さん! そもそも先月から何回爆発事件が起きたと思ってる。全部お前らが原因だろうが! 少しは減らそうとか自重しようとかそういう考えは無いのかお前らには! 第一涼宮や鶴屋校長もだ、何故あんな事件を笑って済ませられる? 普通なら即刻警察に連絡するのが当たり前だろう! しかも涼宮め、自分の部下の尻拭いを何故しようしない!?
  私小暮教師は、もう我慢ならん! そこでだ。私は素晴らしい妙案を思いついた。仮にこれから販売されるパンに何か、食品に入っていたら新聞の一面記事を飾るような物体、例えば近所の熱帯魚店で売っているような昆虫の足とかミミズが「間違って」入っていたら? ひゃひゃひゃ、笑いが止まらん! これは愛の鞭だ。少しは感謝しろよお前ら!
  生徒玄関に無造作に置きっぱなしにしてある、シートのかけられたパンを入れるケースを見つけた。何と無用心な。これではその手の物が「間違って」入っていたとしても言い訳は出来ない。私の勝利だな副会長と長門!
  私は意気揚々、シートに手をかけた。その瞬間、

 

「ギャアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」

 

  何が・・・・・・起きた・・・・・・。

 
 
 
 

  昼休み。同じく中庭。
  4時間目の授業を少しだけ早く抜けさせてもらった俺達4人は、朝生徒玄関の中に入れておいたパンを販売すべく、エプロン姿で一路生徒玄関を目指していた。

 

「国木田、そういえば4時間目の途中・・・・・・50分ぐらいに一瞬電気が消えなかったか?」
「いやあ、僕は気がつかなかったな。ところでキョンは一人暮らしだったよね。食事はどうしてるんだっけ?」
「自炊だ。難しそうなもんだったら料理本とか見たりしてぼちぼちやってるさ」

 

  このエプロンも、普段マンションの自分の部屋で食事を作る時に使う生活感と調味料の染み込んでいる歴戦の兵だ。右裾の部分をよく嗅げば昔こぼした醤油の匂いがするはず・・・・・・おい長門、確かめるんじゃない。恥ずかしいだろ。そして写真を撮るのは止めろ国木田。俺は最近カメラ恐怖症なんだぞ。

 

「確かに醤油の香りがした」

 

  満足そうな顔をするんじゃない。

 

「道を開けて!」

 

  後ろから突然大声をかけられて、俺達はぎょっと固まった。ああ長門の名誉のために言っておくが、すかさず俺を引っ張って廊下の端に連れてってくれたぞ。
  端っこに待避してすぐ、保健室の先生と体育教師に持たれた担架が走ってきた。なんだなんだ物騒な。

 

「しっかり小暮先生、すぐにハイヤーが来ますから」

 

  担架に横たえられていたのはハルヒや鶴屋校長と散々揉めたという生徒指導の小暮だった。がっしりとした筋肉がひくひくと痙攣している。やばい病気か?

 

「おぉ・・・・・・のぉれぇ・・・・・・」

 

  そんな呻かれても。お大事にとしか言いようがありませんよ。そうこうする内に小暮は外に運ばれていった。どうしたんだ?

 

「風邪かなあ?」

 

  そんな軽いものではないだろ。さて長門。裾から手を話して、何をしたのか説明してもらおうか。

 

「あなたが、今朝パンを生徒玄関の中に入れる際わたしに手伝いを求めた。中に入れる理由は不衛生・危険の二つ。それはすなわちわたしに防疫・防犯の両面からの・・・・・・」

 

  要するに何を仕掛けたんだ?

 

「高圧電流のトラップ。背面の電源をオフにせずにシートに触ると高圧電流で気絶、失神する。意識が戻っても頭痛や嘔吐、動悸や息切れなどの諸症状が現れる。本日1151(ヒトヒトゴーヒト)時の瞬停はそのせい。あなたの感覚は正しい。理由は手持ちのバッテリーでは電力が不足していたので、学校の電線を枝分かれさせて・・・・・・」
「明日から罠なんか仕掛けるな! 盗電もするな!」

 

  う、泣きそうな顔をするんじゃない。怒れなくなるだろ。

 

「電気トラップのこと?」
「そうだ!」

 
 

■4

 

  おのれ長門め。爆弾では飽き足らず電気の罠だと! なんて卑劣な奴だ!
  だが今日は違うぞ。こちらにも備えあれば憂い無しの言葉に基づいて電力会社で働いている友人に頼んで特別に用意してもらった空中架線(鉄塔と鉄塔を結ぶ電線)のメンテナンス用の絶縁手袋がある! 高圧電流なんぞ恐るるに足らん。残念だったな!
  しかもだ、今日は昆虫の足などの生ぬるいものは使わん! ふふふ・・・・・・昨日運ばれた病院からちょいと失敬した医療用の超強力下剤だ!
  おお、今日も昨日と同じように置いてあるじゃないか。覚悟しろ!

 

「ふぉぉっ! ゴホゴホッ・・・・・・」

 

  今日は・・・・・・何だ・・・・・・。

 
 
 
 

  翌々日の昼休み。今日は朝比奈さんが途中で合流していた。何とハルヒ特選の衣装で。

 

「朝比奈さん、よくお似合いですね」
「そ、そうですか?」
「へえ、可愛らしいなあ」

 

  今日の朝比奈さんはなんとピチピチミニスカウェイトレスだ。左胸に名札があるのがポイントを高めている。そのポイントが何を示すのかは別としてだ。まあ結局は一男子である俺達の目線を集め、顔の筋肉を弛緩させるのも無理は無い。俺的ベストマッチ賞を差し上げたいぐらいだ。

 

「そんなに見ないでくださいよぅ・・・・・・」

 

  ああこれは失敬。でもホントに愛くるしい。今回ばかりはハルヒをべた褒めしてやる。

 

「どいたほうがいい」

 

  いきなりどうした、そんな殺気立った声で。おい引っ張るな。

 

「速やかに道を開けなさい! 小暮先生、しっかりしてください!」

 

  後ろから長門以上に殺気立った声と気配が近づいてきた。何人かが走っているらしい。近づいてきていたのは教師数名と、確か保健室に一台だけ置いてあるストレッチャー(移動可能な車輪付きのベッド。救急車等に装備)だった。上に乗っているのは今日も小暮。呼吸が荒い。目を赤く腫らし大量の涙を浮かべている。期間はそんなに長くないとはいえ料理に携わっている者の経験では、無防備にタマネギを切った感じだな。

 

「今日もか。小暮先生どうしたのかな」
「季節外れの花粉症ですか?」
「全く大変ですよね。で、長門。今日は何だ?」
「クロロベンジリデンマロノニトリル」

 

  そんなムッとした声の早口で言われても、俺の聴覚と頭脳では聞き取れないし当然理解も出来ない。

 

「C10H5CLN2」

 

  なおさら分からん。化学を苦手なのは知ってるだろう。もっと通俗的な名称は無いのか。

 

「催涙ガス」

 

  ああ言えばこう言うって奴か? 明日からは電気もガスも禁止だ!

 

「・・・・・・了解」

 
 

■5

 

  何て奴らだ・・・・・・。電気の次は催涙ガスだと・・・・・・。だが私はこれしきのことでは引き下がるような男ではないぞ! せめて一太刀入れんと教師として名が廃る!
  今日は事前に下調べしてきた。電気、ガス、激しい光や音で相手を麻痺させるスタングレネードなる手榴弾。すべて完璧に対策をした! 友人からの絶縁手袋、専門店で買ったガスマスクには鉄板を仕込んである! 光は通さん! 耳には高性能耳栓を入れてある!
  さあ、止められるものなら止めてみろ! 私は逃げないぞ! 今日混入するものは賞味期限切れのパンだ! 「公立高校生徒会、賞味期限偽装パンを販売」そんな見出しが頭をよぎるわ! ふははははは!
  私はいつものケースに近づき、鉄板入りガスマスクを装着した。む、息苦しいな。だが問題は無い! 尋常に勝負せい!

 

「ガッ!」

 

背中に、痛みが・・・・・・。

 

「悪いことするからこうなるのよ」

 
 
 
 

翌々々日。
「さあ、今日もバリバリ売るぞ」

 

  昨日と一昨日の売上げが予想よりもよく、いきなり鶴屋校長からお褒めの言葉を頂いた俺達のパン屋は意外と生徒にも好評らしい。朝比奈さんの看板娘効果が大なんだろうな。国木田の考えた誘導路も十分に機能を果たしているし。

 

「元気なのはよいこと」

 

  全くだ。あれ? お前今日機嫌いいな。どうした?

 

「あなたが食べたいと言っていたフランス軍の戦闘糧食が今朝届いた。当然日持ちはするけど、食品である以上は早く食べたほうがいい」

 

  そうだな。今晩お邪魔していいか?

 

「もちろん。準備して待っている」
「今日も二人は仲がいいね。まるで新婚・・・・・・」

 

  黙ってろ国木田。ん? 今日も後方から何かが接近してきたぞ。

 

「そこの生徒達! 速やかに道を開けなさい! 小暮先生、しっかりしてください!」

 

  保健室の先生は台詞はデフォルト設定なんじゃないかと思うぐらいに昨日と同じ文面で呼びかけている。声をかけられているのは今日も小暮だ。ただ、今日は目立った症状は無い。

 

「今日はどうしたんでしょう?」
「外見からは大したこと無さそうに見えるけどなあ」

 

  呑気な発言だ。まあ朝比奈さんなら仕方あるまい。長門、お前だな?

 

「わたしではない」

 

  俺を含め一同の驚きの視線が一斉に長門に振り向けられる。じゃあ誰だ? 身近なところでハルヒか、大穴狙いで新キャラか?

 

「どちらでもない。フランス陸軍後方支援司令部。今朝、あなたが所望した戦闘糧食を持ってきた際に『新型対人装備の実験をしたい。非殺傷兵器だから誰でもいいが、できれば中年男性、それもガタイのいい奴が望ましい』という条件を提示したため、この場所と小暮先生を提供した」

 

  あきれて物も言えない・・・・・・。いやフランス軍の組織にも、もちろんコイツにも。

 

「長門、落ち着いて聞け。今後二週間、パンの警備において一切の罠を仕掛けることを禁止する。分かったか?」

 

「理解した。それでは地雷を仕掛ける」

 

  背後で国木田と朝比奈さんが笑いを噛み殺している気配が伝わる。そこ、笑うトコじゃないぞ。

 
 

■6

 

  何だったんだ昨日の衝撃は・・・・・・。だがもう恐れるものは何も無い。今日の私は昨日までの装備に加えて、骨董品店で大枚はたいて購入した鑑定書つきの鎧を着ているんだ。これでは銃弾でも持ってこない限り私を倒すことは出来ん!
  しかも今日は、ふふふふふふ、数ある異物混入の中でも最悪の部類に入る物品、針を数十本持参してある! 副会長! 長門! 貴様らの命は今日限りだ!
  体が震える。これが武者震いか。落ち着け私。たとえ鉄板で前が見えなくても耳栓で音が聞こえなくても、触感がある。一本ずつ確実に刺していけ。えいっ、どうだ、このっ。
  今誰か喋ったか? 気のせいだな。指先の感覚では針はまだまだある。おや? 耳栓が抜けたか?

 

「何してるにょろ? 小暮先生」
「やっぱりこんなことだと思ったわ」

 

  鶴屋校長と涼宮の声! 私は咄嗟にガスマスクを脱いでしまった。やはりあの二人。

 

「めがっさ考えたにょろよ。小暮先生なら生徒会全員でやらせるはずだってハルにゃんは譲らなかったしねっ。じゃあ何だって言ったら・・・・・・」
「こんなことをしてあたし達生徒会の面目を丸潰れにする。そうすればしばらく大人しくなるだろうってところかしら?」
「最初に気づいたのは長門っちさっ。あたしは罠を張るの止めたんだけど、長門っちがどうしてもやりたいって言うから、若者の自由を優先したのさっ」
「まさかここまでとは思わなかったけどね。みくるちゃん、証拠写真は撮った?」

 

  証拠写真だと?  何て用意周到な奴等だ!

 

「はい。しっかりと」
「やっぱし練習した甲斐があったわね。キョンで」
「まさかこんなことになってたとはな。今回はウチの女性陣のお手柄だ。小暮・・・・・・もう先生と呼ぶ必要もないか。あんたは知らないだろうが、ハルヒが販売員をやらなかったのは最悪長門の罠が作動しなかったときに備えてさ。・・・・・・俺はずっと蚊帳の外だったが。知ったのは10分前だ。なあハルヒ、どうして俺には教えてくれなかったんだ?」
「だってキョンはウソつけないもん」

 

  本名無き副会長! 貴様も黒幕か!

 

「俺は単なる副会長だ。今は少しヒロイズムに酔ってはいるがな」

 

  貴様、英雄にでもなったつもりか!?

 

「どっちが黒幕にょろ!? 生徒達の食べる物にこんなのをいれるなんて、めがっさ許せないっさ!」

 

  ふん、学校爆破事件を黙殺したような奴に何が言える! もう我慢ならん! 堪忍袋の緒は切れた!

 

「貴様らぁ! 調子に乗るなっ・・・・・・!」

 

  背中に昨日以上の痛み、というより衝撃が・・・・・・。

 
 
 
 

  しっかりと小暮の背後に回っていた長門が発射したのは普段の銃弾では無かった。それがフランスからの新しい装備とやらか?

 

「暴徒鎮圧用特殊ゴム弾。十字型などをしたゴム弾を高速で射出し目標の動きを止める装備。これは弾丸状のゴム弾を使用。同様の非致死性兵器はこれ以外にも複数あるが、これは発射機構を改良して一発一発の威力を落とさず連射が出来るようにしてある。画期的」
「そうか。それではハルヒ閣下」

 

  ハルヒの俺を見る目が、賞味期限切れの牛乳を見るような目に変わる。

 

「な、何よそんな顔して」

 

「このくそ教師が気を失う前に、勝利宣言をお願いします」
「何よ、どこかで頭でも打ったの?」

 

  いやいや、俺は至って正常だよ。ただ、フィナーレを飾ろうとな。
  俺がそう言うと、ハルヒは唇の端を吊り上げて、笑みの形を作った。

 

「あんたにしては気が利くじゃない。いいわ、やってあげるわよ」

 

  腕を組み直して、仁王立ちしたハルヒがコンクリートに平伏した小暮を前に、朗々と告げた。

 

「ここの生徒達は自由と安心を謳歌し続けるわ!  あたし達が陣代高校の政権を握ってる限りはね!」

 

  鶴屋校長が大笑いしながら手を叩いた。朝比奈さんも、長門も、最後に俺も拍手した。

 

「とりあえず小暮先生は休職扱いにするにょろ。皆もお疲れさん! あと1週間と半分を頼んだよっ! 私も買いに行くからねっ!」

 

  終わりよければ全て良し、か。まあいいか。

 

「あ、そうそう。これからあたしも参加するからね! 販売員!」

 

  マジかよ。

 
 

■7

 

  そして激闘の2週間があっという間に過ぎ去り、ハルヒも交えた最終日。今回金か銀メダルの功労者である長門有希は売り切れと同時に、こっそり確保していたカレーパンに噛り付いていた。

 

「いやあ楽しかったねえ」
「ほんと。何でもっと早く入れなかったのかしら」
「生徒会の用事があって昼に抜けられなかったんだろ?」

 

  うっかりハルヒが小暮の監視を担当していたことを口に滑らせたら鶴屋校長の努力が水の泡になるからな。ハルヒはギクリと体を強張らせて自分の粗忽さに気づいたようだ。

 

「あ、そう、そうよ。あたしは仕事があったの」

 

  無理に取り繕うなよ。

 

「そういえば小暮先生、しばらく休職するらしいね」

 

  ほう? ニュースソースは何処だ。国木田。と真実を知る俺は演技をする。

 

「結構話題になってるよ。先週の半ばぐらいにはよく体を壊して運ばれてたじゃないか。あの頃から無理してたらしいってのが大勢の見方だね」

 

  なるほど。あれは前兆だったのか。俺は一人背中を向けて佇む長門に問いかけた。長門、何か知ってるか?
  こっちを振り向いた小柄なショートカットが首をフルフルと横に振る。まあ当然だよな。分かってる分かってる。ん? 長門、ここここ。俺は自分の左頬に指を触れさせた。

 

「なに?」
「何かついてるぞ。カレールーか?」

 

  そう指摘されて二回ほど瞬きをした長門は、ちょっとした悪戯をした後の子供の様な笑みをわずかに浮かべた。貴重な表情だ。
  そして長門はその顔のまま左頬をなぞり、ルーを拭って―――人差し指を口に咥えた。どうした。そんな行動を取るお前は想像できないぞ。

 

「あなたが望んだこと」

 

  俺が望んだこと? 俺そんな発言したか? えーと・・・・・・。
  俺のまだ衰えてはいないであろう記憶回路に、この代理販売を引き起こす発端になった事件がふっと再生された。ラペリング降下してパンを買った後、俺は残念そうな長門に確かこう言ったと思う。

 

『別件で俺個人の望みとしてはそこで指を咥えるとかの愛らしい仕草をまあほんの少しは期待するのだが』

 

「思い出した?」

 

「・・・・・・ああ。はっきりとな」

 

  その長門がどこか満足気に見えたのは、きっと毎日、しっかりと確保しておいた念願のカレーパンを食べられたからだろう。そうに違いないと思う。

 
 

―――状況終了

 
 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:04:28 (3087d)