作品

概要

作者totoron
作品名感謝の気持ちを
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2008-07-23 (水) 23:40:52

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

ふう、暑いなぁ。
一学期も終わってとりあえず夏休みだ。今は成績のことは忘れよう、それがいい。この先、おそらく大学受験への長い道のりが、今、俺が歩いている目の前のハイキングコースの急坂の様にドーンと控えているわけだが、そんなことは考えたくも無い。
そして、夏休みだというのにその急坂を登っているのは、団長様のお達しがあったからだ。
「この世の不思議は年中無休、よってSOS団も年中無休なのよ」
ふん、だからといって、特に何かをするわけでもあるまい? 単に部室でネットサーフィンするだけだろうが、と、心の中だけで反論したのは、一学期の終業式のことだった。どうせ、俺以外の連中はそんなハルヒに素直に従うだけだ。もはや実際に声を上げる気にもならない。結局、その方がすべて丸く収まることは、入学以来のさまざまな経験から学習済みだ。

 

ノックして部室に入ると、珍しく長門しかいなかった。てっきり俺が最後だと思っていたのだが。
「よう、長門だけか」
「そう」
昼過ぎの暑い部室の窓辺で厚い本を読んでいた長門は、やはりいつものように表情ひとつ変えることなく俺の方に少し視線を移した後、再びうつむいて読書に戻った。
俺はとりあえず一息つこうと冷蔵庫から冷えたお茶を取り出して湯飲みに注いだ。冷えたお茶はガラスのコップの方が涼しげに見えるんだけどな、などと考えながら、長門の分もついでに入れて、読書マシーンの前に置いた。
「お茶、おくぜ」
長門はゆっくりと顔を上げると、俺の目をじっと見つめながら、
「ありがとう」
とだけ言って、湯飲みのお茶に視線を落とした後、また読書に戻った。
うん、それでいい。長門はこれぐらいの反応でないと。下手におおげさに感謝されたりすると戸惑ってしまうからな。

 

湯飲みの冷たいお茶を飲みながら、俺は、窓辺の読書アンドロイドをぼんやりと眺めていた。いつも思うんだが、読むのがやたら速い。ページめくるのがあっという間だ。というか、そもそも活字を読む必要あるのか、長門は?
本の表紙に手を当てて、例の高速呪文を唱えるだけで、すべて頭に入るんじゃないのかね、マジで。
あーあ、そんな便利な能力が俺にもあれば、この先の受験なんて何の問題もなくなるのになぁ。ま、そんな都合のいいことはあるわけは無いか。
そんな俺の視線を感じたのか、長門は顔を上げるとわずかに右に首を傾けて俺の方を向いて、三点リーダを送っている。
「なんでもないよ、すまんな」
俺がそういうと、長門は反対向きに首をかしげた後、また読書に戻った。

 
 

「あら? キョン、珍しく早いわね」
ただでさえ暑い部室の温度をさらに上げるような勢いでハルヒがやってきた。
「あんた、そんなにあたしたちに奢るのがいやなわけ?」
「いやとかそういう問題ではないだろ」
団長席に腰を下ろしパソコンの電源を入れたハルヒは、口先を少し尖らせながら俺に向かって言った。
「ヒラの団員にとっては名誉なことなのよ、あたしたちのために私財を提供するのは」
「何を勝手なことを。お前にちょっとでも感謝の気持ちがあれば、俺も救われるんだけどな」
「あら、あたしは常に感謝の気持ちを忘れたことは無いわ。日頃から森羅万象に感謝してるわよ」
「その森羅万象に俺は含まれているのか?」
「それは、秘密ね」
ハルヒはそう言ってペロッと舌を出すと、パソコンのモニタを覗きだした。
「そうかい」
俺はモニタの上で揺れている黄色いカチューシャに対して小さくつぶやくと、不思議そうにこっちを見つめていた長門に向かって肩をすくめた。
長門は、そんな俺に同情してくれているのか、またわずかに首をかしげてくれた。
ありがとよ、長門……。

 
 

それから程なくして、朝比奈さんと古泉もやってきて、またいつもと同じ日常の光景が始まった。
古泉と俺は、久々に野球盤で対戦している。ちまたでは高校野球の予選大会が繰り広げられているので、ちょっと影響されてみたわけだ。ちなみにうちの高校はすでに敗退したらしいが。
「それにしてもお前、あいかわらず弱いな」
「うーん、なぜでしょうね。オセロや将棋と異なって、野球盤はさほど技術や実力には影響されないと思われるのですが」
「そんなことはないぜ、これで結構テクニックは必要なんだ、ぜっ、と」
「わっ、ここで消える魔球ですか……」
あっさり三振した古泉は力なく笑っている。そうさ、一つのイニングに三球までと決めた消える魔球の使いどころなんて、テクニックの見せどころさ。さてと、これでチェンジだ。
「野球盤に限らず、一度じっくりとそのテクニックとやらを伝授していただけませんか、その際には盛大に感謝させていただきますよ」
「そんなことでお前に感謝されてもうれしくないさ」
「厳しいですね」
攻守交替し、古泉の放った一球目を軽く二塁打にした俺は、朝比奈さんの淹れてくれたお茶を口にした。
「いつもおいしいお茶、ありがとうございます、朝比奈さん」
「いえ、そんな……わたしの方こそ、いつもキョンくんにはお世話になりっぱなしなので
……」
俺たちの勝負を頬杖をつきながら眺めていた朝比奈さんは、少し驚いたように答えてくれた。
「夏場は冷たいお茶の方がよかったんじゃないですか?」
「いえいえ、暑いからこそ熱いお茶がおいしいんです」
実際のところ、暑かろうが寒かろうが、朝比奈さんが淹れてくれるお茶はいつだって美味しいに決まっているんですよ。俺はにっこりと微笑んでくれる朝比奈さんの笑顔を眺めながら、ホームランを放った。

 
 

その後、次回不思議探索の予定や、海に遊びに行く計画などで盛り上がっているうちに三時過ぎになった。そろそろ窓の外からはアブラゼミの鳴き声が響き始めている。
「暑いから冷たいものでも食べて帰ろうか」
というハルヒの提案は、当然のように全会一致で可決された。
時々学校帰りに立ち寄る甘味処は、夏休みのためか普段ほども生徒の姿は無かった。少し奥のテーブルで、どこかの運動部の連中が俺たちと同じように、カキ氷やらあんみつやらを食べていたぐらいだ。
「さっきの続きだけどさ……」
あんみつのフルーツを頬張りながらハルヒは続けた。
「せっかくだから一泊ぐらいはしたいわよね。古泉くん、どこか紹介してもらえるところはない?」
「うーん、そうですね、心当たりはいくつかありますが、今から確保できるかどうか」
「じゃあ、早速当たってみてよ、ね」
「かしこまりました」
確保できるかどうか、なんてもったいつけて言ってるが、こうなることは予想通りだろう、きっと機関の方で準備はできているはずだぜ、古泉、そうだろ? 俺がそっと目配せすると、古泉はにっこり笑っていた。やはりな。
「楽しみねー、昼間は海、夜は花火に肝試しよね、やっぱり」
「えぇー、肝試しもやるんですかぁ……」
「当然じゃない? 古泉くん、そこんとこもよろしくね」
「了解です」
「ひえーー」
大丈夫です、朝比奈さん、俺がハルヒの魔の手からしっかり守ってあげますよ。

 

ハルヒと朝比奈さんがわいわい言っている横では、長門が白玉入りミルク宇治金時のカキ氷を黙々と食べていた。時々、スプーンを持つ手が止まるのは、長門でも頭がキーンとなっているのかも知れないな。
「長門、そんなに食って大丈夫なのか?」
「へいき」
「見てるこっちの方が、頭が痛くなりそうだぜ」
「そのような印象を与えているなら、申し訳ない」
「ほんとに、頭痛くなったりしないのか?」
「へいき」
「さすがは長門さんですね」
「変なところで感心するんじゃない、古泉」
「あははは、すみません」
そんな俺たちを見つめながら、長門は少し抹茶色に染まった白玉を口に運んでいた。

 

ひとしきり盛りあがった後、そろそろ帰ろうかという話になった時だ。
「今日はあたしが払っておくわ」
伝票を持ってテーブルを立ったハルヒが振り返りながら言った。
「また、古泉くんには世話になるし、団員のみんなにも感謝の気持ちを込めてね」
驚いた俺は、念のために尋ねてみた。
「一応聞くが、その『団員のみんな』には俺も含まれているのか?」
「いやなら、除外してもいいわよ」
そういってハルヒは伝票をひらひらさせている。
「安心しなさい、今日は含めておいてあげるから」
「じゃあ、気が変わらないうち、ごちそうさま、といっておこう」
「感謝の気持ちは態度で示しなさいよ」
俺を指差してにこやかに笑いながら振り返ったハルヒは先頭を切ってレジに向かっていった。
「よかったですね」
ハルヒの後姿を追いながら、古泉がそっと話しかけてきた。俺は古泉の方にちらっと視線を移しながら、
「後が怖いよ」
と言うと、
「いつものことじゃないですか」
といって古泉は苦笑いをしていた。
「いずれにせよ、今日も閉鎖空間の発生はなさそうです。あなたには感謝していますよ」
「そりゃよかったな。感謝の気持ちは態度で示してくれよ、な」
「あははは、了解です」
その時、俺たちの前を歩いている長門のショートカットの頭が少しばかり傾いた気がした。

 
 

「じゃあ、今日は解散。古泉くん、よろしくね」
そういい残して、ハルヒはスキップするぐらいの軽やかな足取りで駆けていった。よっぽどご機嫌なんだろうな。
「では、お疲れ様でしたぁ」
「お疲れです」
朝比奈さんと古泉もそれぞれの方向に帰っていった。

 

残された俺は、途中までは長門と帰る方向が一緒なので、並んで歩き始めた。沈黙のまま電柱二本分ほどの距離を歩いたところで、長門が静かに話し始めた。
「涼宮ハルヒも朝比奈みくるも古泉一樹もあなたには常日頃から感謝している」
「ん、ハルヒもか?」
「そう」
「朝比奈さんや古泉はまだしも、ハルヒが本気で俺に感謝しているかどうかなんてわからんと思うが」
「感謝している」
「そうかな」
「そう」
長門はハルヒたちが去って行った方向に振り返るとしばらくじっと見つめていた。そして、
「わたしもあなたに……」
と言いながら、俺の方に体を向けた。
「感謝の気持ちを伝えたい」
「待てよ、どっちかというと感謝しなければならんのは俺の方だ」
俺は、隣にたたずむ小柄な有機アンドロイドを見つめた。そうだ、長門には幾度と無く助けられたんだからな。どれほど感謝してもしきれないぐらいだ。
そんなことを考えながらなんとなくお互い見つめ合っていると、やがて長門は何か耳打ちをするような仕草をして俺のことを見上げた。
「ん、なんだ?」
俺は長門の言葉を聞きとるため、小柄な長門に頭の高さを合わせようとして体を曲げた。長門は俺の肩に両手を乗せると、そっと背伸びをして顔を近づけてきた。
そして次の瞬間、俺の頬にやわらかいものがそっと触れた。
「えっ?」
驚いた俺が振り向くと、かかとを下ろした長門はわずかにうつむいていた。
キスされたのか、あの長門に?
「長門……」
「感謝の気持ち」
長門は再び顔を上げると俺の目をじっと見つめながら小さく首をかしげた。
それは一瞬のことだった。今、俺の目の前には、ついさっきと同じように黒い大きな瞳で俺のことをじっと見つめて立っている長門がいる。そう、まるで何も無かったかのように……。
しかし、俺の頬には、ミルクと抹茶のほんのりした香りとともに、小さくて暖かい感触がしっかりと残されていた。

 
 

Fin.

 
 
 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:04:26 (3090d)