作品

概要

作者Rのヒト
作品名そして……
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2008-07-12 (土) 16:15:38

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 その後のことを少しだけ語ろう。

 

 涼宮ハルヒと“彼”は、高校を卒業したあと大学へ進学し、新たな学生生活を開始した。
 我々もまたそれに同行する。
 彼女の願い、つまり願望実現能力は依然健在であるようだが、それだけではなかった。
 彼女だけではなく我々もまた彼女と共にありたいと願っていたからだ。
 朝比奈みくるは結局、もとの時間平面には帰還しなかった。
 未来は改変された、という言葉が、彼女の異時間同位体から告げられた。彼女は未来の自分との時間接続から解き放たれ、ほんとうの意味での自分を取り戻した。
 これからの選択は、すべて彼女の意志によって決定されるということ。その時見せた彼女の笑顔を、ずっと忘れることはなかった。
 古泉一樹も自分の役割が終わったことを知った。“彼”とはいろいろ話をしたらしいが、なにを話したのかはよくわからない(ふたりともそれを語ろうとはしなかった)。
だが、“彼”の古泉一樹に対する態度は、以前よりはいくらか自然なものに変化したのは確かだった。
 大学在学中、規模は異なるとしても、涼宮ハルヒを中心とした非日常的事件との遭遇は続いていた。ただし、世界を破壊してしまうような危険性や、周辺組織の思惑と対立という物騒なものは完全に消滅していた。
 誰もが驚きに満ちた世界を存分に体験し続けた。延長戦、と誰かが表現していたが、的確なものだったと言えるだろう。
もちろん、我々SOS団がその中心に存在していたのは言うまでもない。

 

 そんな大学生活が終わる頃、我々の中で大きな事件が発生する。
 結婚である。

 

 誰と誰が?
 もちろん涼宮ハルヒと、“彼”。
 どちらがプロポーズしたのかは、我々、インターフェイスたちの観測によってもとうとう明かされることはなかった。彼女が知られたくない、と願ったためなのか。
 自分には、その時のやり取りがなんとなく想像できているのだが。
 それを思うととても微笑ましいものを感じる(この頃のわたしはすでにそういった精神的反応を自然に獲得していた)。
 たぶん、散々の言い合いの末、結局どちらが申し出たのかふたりにもわからないまま、うやむやのうちに決まったのだろうと思う。
 かなり後になって、それが正解だったことを知った。

 

 結婚から一年。出産を経て、涼宮ハルヒを取り巻く世界はさらに変化していった。
 すべての願いを叶えることができる、とても不思議で大きな力を持つ存在。
 その彼女が子供を産み、その子の幸せを願った時、世界は有史以来経験したことのないものへと変容していった。
 争いがなくなり、人が人を傷つけることがなくなり、思いやりに溢れ、すべての人々から不要な怒り、憎しみ、哀しみというものが消え去っていく。
 すべては、彼女が出産直前に発したこの一言による。
『この子が幸せに生きていけますように』
 自己存在の不安定さに悩み苦しみ続けてきた少女の、悲壮な面影は今はどこにもなかった。
 人を愛するということ。それを知り、それを彼女の力で願った時、世界は確かに変わったのだった。
 その劇的な世界改変の様を目の当たりにし、彼女と“彼”を除いた三人のSOS団員たちは顔を見合わせ、誰からともなく微笑んだ。
 彼女の力がどうして備わったのか。どうして“彼”と出会ったのか。
 その意味がここにきてようやく理解できたように思えたからだった。

 

 ふたりの結婚から五年が経過する頃。任務の終了を告げられたわたしは、喜緑江美理たち、ほかのインターフェイスと共に、地球上での待機モードへと移行した。
 なにか事件があれば、その時にふさわしい年齢と容姿をとり、必要な分だけ介入したが、その頻度も少しずつ低くなってきていた。
 彼女の世界はすでに変容をほとんど終え、安定した平和なものになっていたから。
 それでも彼女たちとの直接接触を希望したわたしは、自己の意思で何度か会いに行くことがあった。
 だが時間が経つにつれて、会うことを避け、遠くから見守ることも多くなっていった。彼女たちには、すでにそれぞれの生活がある。いつまでもわたしのような存在が介入を続けるのは不自然なことだと判断していた。
 みな、それぞれの家庭を築き、幸せであるようだった。
 それを見つめ続ける自分に、彼女たちの幸せを喜ぶ気持ちと共に、寂寥感が存在していたのは確かだった。
 わたしは、時間の経過というものの本当の意味を知らないから。

 

 十年が過ぎ、二十年が過ぎ、そして半世紀が過ぎた。
 その間、わたしは朝比奈みくると、古泉一樹がこの世界から去るのを見送った。
 人生の最後。死というもの。
 これだけ身近に接してきたヒトの死に立ち会う現実に、わたしは戸惑った。
 押し留めることはできない、と朝比奈みくるは言った。
 こうして最後にあなたと会えてよかった、と古泉一樹は言った。
 ふたりとも満足そうに、その生涯を終え、わたしの前から姿を消した。

 

 ついに“彼”も、人生の最後を迎える時が来た。
 八十五歳という高齢だった。
 肺硬化症を患った“彼”は、肺の酸素吸収機能が低下し、サチュレーション数値も九十台を切ることが多くなった。日常生活行動にも支障が出るようになっていた。
 七月に入った時だった。夜、突如高熱を発した“彼”は、市内の総合病院に運ばれた。
 涼宮ハルヒもすでに老化現象により、日常動作もおぼつかなかったが、それでも孫たちの支援もあり“彼”の入院する病院へ少なくとも週に三回は見舞いに行っていた。
 入院から一ケ月が過ぎた頃だった。
 十八時十四分。多くの人に見守られ、“彼”の心臓の鼓動は停止した。
 そのそばには、手を握ったままでいる涼宮ハルヒ――結婚して名前は変わっていたが――もいた。
 涙は流していなかった。とても優しい表情で、“彼”の顔を見つめつづけていた。
 わたしはじっと病院の向かいにあるビルの屋上から、高校生だった時の姿のまま、その様子を見届けた。

 

「後悔はない」
 その前夜、ふたりきりの病室で“彼”は言った。
 とても楽しかった。そう“彼”はしわくちゃの顔で笑い、わたしの手をとって言った。
「今までありがとうな、長門」
 わたしは点滴の痕が残る、血管の浮き出た腕をじっと見つめ、ひとつの行動を取ろうとした。
「だめだ」
 “彼”はしわがれた声で、すぐにわたしの挙動の意味を知り、制止した。
「人ってのいうのは……死ななくちゃいけないんだ。もう、わかってるだろ? 長門」
「わたしなら阻止できる」
「朝比奈さんや、古泉もおまえに同じことを言わなかったか?」
 確かにそう言った。
 とても楽しかったけど、そろそろ眠くって、と朝比奈みくるはまるで年齢を感じさせない、照れくさそうな笑みでわたしの手を握った。
 古泉一樹もまた、お心遣いは嬉しいのですが、とわたしの行動をやんわりと止めていた。
 “彼”もまた同様の反応をすると予想はしていたが、それでもあきらめたくはなかった。
「わたし以外、みないなくなってしまう」
 “彼”はうっすらと、出会った頃の面影のある、やれやれと言わんばかりの表情で、ゆっくりと手をわたしの頭に置き、くしゃくしゃと撫でた。
「……すまん。だがまだハルヒがいる。あいつにも最後に、会いに行ってやってくれ」
 薬のせいなのか、それだけ言うと“彼”はゆっくりとまぶたを閉じた。

 

 こうしてわたしの中のなにかがひとつ、本当の終わりを告げた。

 
 

 それから五年が経過。
 今日は七月七日。
 彼女たち――いや、わたしにとっても特別な意味合いを持つ日だった。
 その夕刻。町並みのところどころに姿を見せる笹の葉と、短冊が風に揺れている。
 本来であれば八十歳近い記録上の年齢を持つわたし、長門有希は、しかしこの日は生まれた頃の姿、高校生の姿をとってこの世界に干渉する。
 これまでの三人を見送った時と同じように。
 最後のひとり。涼宮ハルヒと別れを告げる日だった。

 

「……有希?」
 “彼”が去った病院の、奇遇にも同じ病室のベッドの上に彼女はいた。
「ああ……これは夢ねぇ……」
 薄暗い病室にたたずむわたしを認めた涼宮ハルヒは、昔を懐かしむようにしてわたしに微笑みかけた。
「だって、最初に出会った時のままだもの」
「……お別れを告げに来た」
 小さな声だったが、それは彼女にはっきりと伝わったようだった。
「“彼”に頼まれた」
「……そう」
 年老いてもなお、美しいと感じる。
 涼宮ハルヒが……その溢れるほどの生命の火が、今消えて行こうとしている。
「わたし。もう逝くのね」
「……行かないで欲しい」
 ずっとそう言おうと考えていた言葉だった。
「わたしには、それができる力がある。許可をくれるのなら、今すぐに実行できる」
 あなたの身体構造を作り変えることができる。いつまでも若々しいまま、永遠の生命を与えることが自分にはできる。
 だが、朝比奈みくるも、古泉一樹も、そして“彼”も、それを望まず、許可を与えてはくれなかった。
 最後に残されたのが彼女。涼宮ハルヒ。
 わたしを必要とし、呼んでくれたヒト。
 だから、せめてあなたただけでも、この世界にいて欲しいと願う。
「……あなたって不思議ねぇ」
 夢を見ているような表情のまま、涼宮ハルヒは微笑を浮かべた。
「まるで……妖精かなにかみたい」
「許可を」
 お願い。もう、すぐにでもあなたの生命は尽き果ててしまう。
 一度なくなくったものを、あなたの力の干渉を超えてまで再生することはできない。
「今すぐ、許可を」
「……わたし、ずっとあなたのことが気がかりだったの」
 涼宮ハルヒはわたしの言葉には応えず、かすれた声で話し始めた。
「いつからか姿を見せなくなって。時おり会いには来てくれたけど、なにか……生きているという感じがしなくって……」
「…………」
「どうしてるんだろう。誰か素敵な人と会えて、出結婚して……そして、どんな暮らしをしているんだろう……って」
 ……だめだ。
 もうすぐに尽きてしまう。
 みんな、わたしの前からいなくなくってしまう。

 

「……これって、本当は夢じゃないの?」
 そっと、彼女がわたしの手を握った。
「……今、わかったわ。わたしのこと。あなたたちのこと」
 涼宮ハルヒの老いた顔が突然、なにかを悟ったように輝いて見えた。
「そう。わたしがあなたを呼んだのね。わたしの願いを聞いて、来てくれたのね」
 いつか、朝倉涼子に言われた言葉を思い出す。
 有機生命体の死の概念が理解できない、と。
 我々ではけっして理解できない。そう彼女は言っていた。
 だが、わたしは理解する。
 わたしがこの世界に生まれた、その意味をくれた人が教えてくれる。
「……そう。だから、行かないで」
 両手で、もうほとんど力が残されていない、骨と血管の浮き出た手を包むようにして握った。
「わたしは、あなたのために、この世界に生み出された。そのあなたがいなくなる今、わたしの存在意義は消滅する」
 そうであれば。
 みんなのところに、行きたい。
 いつも一緒にいた、あの人たちのところへ。
 ……でも、行けない。
 わたしはヒトではないから。

 

「行きたい……みんなのところに一緒に行きたい。置いて行かないで……」
「……ごめんねぇ、有希」
 涼宮ハルヒの声はどこまでも優しかった。
「わたしが願ったから……あなたをずっと辛い目に……」
「辛くなんてなかった」
 本心からそう言った。
「あなたに呼ばれて過ごした日々は、ほんとうにかけがえのないものだった」
「……ありがとう」

 

 ――ミンナノトコロヘイク?

 

 誰かが笑っていた。
 たぶん、朝比奈みくるの声だったと思う。
 涼やかな笑顔をたたえた、古泉一樹の姿もきっとその横にあるに違いない。
 そして“彼”も。
 みんな、出会ったあの頃のままの姿だった。
 
 そして彼女。

 

 ――わたしたちSOS団は永遠不滅なのよ!

 

 そこに行っていいのだろうか。
 わたしのような、ヒトではないモノがそこに行ってもいいのだろうか。

 

 ――あたりまえじゃない! わたしたち五人はずっと一緒よ!

 

 誰かがわたしの手を引いた。
 いや、誰か、ではなかった。
 みんなだ。四人それぞれが、わたしの両手を引いてくれていた。
 会いたかった。
 ずっと一緒にいていいんだと、彼らは言ってくれていた。

 

 ありがとう。みんな。

 
 
 

 ひとりのインターフェイスが生涯を終え、本当の意味での幸せを知った。
 そして、これが、涼宮ハルヒの最後の力の現れだったという。

 
 

 ―おわり―

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:04:25 (2704d)