作品

概要

作者NEDO
作品名小さなヒーロー 第七話 「迷走」
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2008-06-26 (木) 23:43:24

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 
 

 《神人》が俺に向けて放った地面をも凹ませる強烈な打ち下ろし左ストレートは、颯爽と現れた小さなヒーロー、長門有希が展開したシールドによって間一髪防がれた。頑張れ、長門有希。俺の命運は君にかかっている。(ナレーション風に)

 

「どうやってここへ?お前も一緒にワープさせられていたのか?」
 長門は小声の早口で何かしらつぶやいた後、聞き取れる小声で言った。
「いない。外部からの干渉を試みた結果、物理的な侵入に成功した」
「わざわざ来てくれたのか。いつもながらすまん」
「いい」
 俺の謝意に2文字で返事をする謙虚な長門に、俺は原稿用紙二枚分の感謝の言葉を贈りたいほど嬉しかったが、前後を取り巻く青い巨人達がその暇を与えてくれなかった。
「走って」
 そう言うと長門は俺の右手を掴んで、小柄な少女とは思えない力で地面から引っこ抜いた。俺は長門に導かれるままに走り出し、右手の海の膝下20センチほどの深さまで迂回して前方の巨人を突破した。
 片方の靴を置いてきてしまったが、靴なんてこの空間から出た後で買えばいい。

 

 正直、長門の力を借りてばかりなのはあまり気が進まない。しかしこの危機的状況の中に置かれて、既に長門も来てしまった以上、共に脱出する方法を模索するのが賢明だろう。
「ここからどうやって出る気だ?」
 俺は長門が聞き逃さないよう大声で言うと、長門は単調だが聞き取れる声で、
「あなたを連れてこの空間から脱出することは不可能ではない。しかしあなただけがここに再転移される恐れがある」
 じゃあどうする?
「《神人》をすべて破壊して空間自体を消滅させる」
 出来るのかそんなこと?
「既にやっている」
 そう言うと、長門は足で砂地に急ブレーキをかけた。斜め後ろを追走していた俺は長門とぶつかりそうになったが、なんとか避けて長門を軸に半回転して止まった。女に振り回される男の比喩表現みたいでちょっと格好悪い。
 長門は追ってくる《神人》に向かってつぶやいた。
「情報連結解除、開始」
 すると《神人》は足の先から徐々に青い光の粒となって霧散し、やがて頭まで霧となり消滅した。
「凄いな長門!閉鎖空間に侵入した上にこんな古泉みたいな芸当まで出来るなんて!」
 本音をそのまま口にする俺。長門は再び呪文らしきものをつぶやいた後、
「今回のケースは特殊。私に対するセキュリティが甘かったから侵入できた」
 謙遜なのか事実なのか分からない事を言った。

 

 そして長門はこんこんと説明した。
「通称:《神人》一体分の情報連結解除プログラムを割り込ませて起動させるまでに二分四十秒が必要。この空間内には現在十五体の《神人》が存在する。すべての標的を破壊するには四十分の時間が必要」
 四十分か、黙って待っててくれそうもないな。どうやって時間を稼ぐ?
「走る」
 長門は再び俺の手を引いて先程と同じ方向に走り出した。この白魚のような細い手の感触を楽しんでる暇も余裕もなさそうだ。握力も結構強いな、長門。

 

 背後からの馬鹿でかい足音に追われながら走っていくと、前方からもいまいましい足音が聞こえてきた。やばいと感じて走る速度を緩めると、
「止まらないで」
 と腕を強く引っ張られた。
 この異常空間では無力な赤子に等しい俺は長門を盲信するしかない。走るにつれて前方の《神人》はどんどん大きくなっていくが、それでも長門は走る速度を緩めない。まさか体当たりするわけじゃないよな?信じていいんだよな、長門?

 

 青い壁に正面衝突する寸前、ということろで長門の声がして、俺達は青い霧と化した《神人》の中を無事走り抜けた。シートベルト無しでウォータースライダーに乗ったような気分になった。
「おい、こんなに急ぐ必要あるのか?」
 動揺した俺が弱気な発言をすると、長門は微塵も動揺してないような口調で言った。
「前方には敵は存在しない。今は後方との距離を稼ぐべき」
 計算通り行動するのはいいことだが、もうちょっとスリル少なめな感じで頼む。

 

 走り始めてからどれぐらい経っただろう。
 もう片方の靴もどこかで脱げ落ちて、ブレザーの下は汗だくの状態で、呼吸を乱しながら走っている。一方長門は俺を牽引しながら走っているにも関わらず呼吸ひとつ乱していない。
 長門は走ったまま後ろを向いて例の呪文を詠唱し、また前を向いて走り出した。海岸線が湾曲してるので姿は確認できないが、後方からの足音が少し減ったような気がした。

 

「この調子で行けばなんとかなりそうだな」
 などと楽観的なことを言う俺に長門は釘を刺した。
「楽観視は出来ない。この空間においての私の機能は制限されている」
 しかし、凛々しい口調で、
「でも心配しないで。あなたは私が必ず守る」
 なんかカッコいいぞ、長門。あやうく惚れちまうところだ。ヒーローに助けられるヒロインの心境が少しだけわかったかもしれない。

 

 セーラー服の襟をヒーローのマントのようにはためかせる長門の後姿を、俺は母親に手を引かれる子供のように追いかけていた。
 ふと、長門の首が上を向いたので俺もつられて見上げた。

 

 崖の上で《神人》がいわゆるハンマーナックルのポーズを取っていた。

 

 あの手をどうする気だ?俺がその先を想像するより早く、長門は俺の胴に手をまわして軌道修正するように地面を強く蹴った。俺の体は長門に抱えられたまま宙を舞い、崖から離れた浅瀬に着地した。
 俺は長門にお姫様だっこの性別転換バージョン、言わば王子様だっこされた状態で、落石が浜辺に打ち付けられるのを眺めていた。長門は俺を王子様だっこしたまま一向に降ろしてくれる気配がないので、
「もういいぞ」
 と促すとようやく浅瀬に下ろしてくれた。

 

 一難去って和んだ空気。

 

 俺はもう少し早く気づくべきだった。
 何故長門は落石をシールドのような力で弾かなかったのか。
 何故長門はあらかじめ崖から離れた場所を走らなかったのか。
 何故長門に朝倉涼子の放つ金属槍が突き刺さったのか。

 

 誰もいないはずの進行方向、それも至近距離に青い光の拳が迫っていた。

 

 俺がそれに気づいた時、既に長門は右手で俺を突き飛ばしていた。スローモーションで遠ざかる視界の中で、俺ははっきりと見た。長門の周囲を薄い光の幕が包み込むより早く、巨人の拳が長門に到達し、人形のように軽々と崖に吹き飛ばしてしまう光景を。
 呪文詠唱が必要な長門のシールド能力は不意の攻撃には対処できない、その仮説に辿り着いても後の祭りだった。

 

 浅瀬に背中からダイブする感覚で再び我に返る。海水がクッションになったお陰でどうやら俺に怪我はないようだ。しかし長門は、崖の下に仰向けに倒れたまま立ち上がる気配を見せない。

 

「長門!」
 俺は飛び起きて長門に駆け寄った。服はあちこちが破れ、足や頭からは血が滴っていた。全身打撲、内臓破裂、満身創痍、医学に詳しくない俺の頭に危険な単語が次々と浮かんだ。
 金属の槍で胸を貫かれても平然としていた長門だが、あの大型トラック何台分もありそうな巨人の拳を受けて無事でいられるのか?

 

「大丈夫か長門!動けるか!」
 動かない長門を抱き起こして必死に呼びかけると、長門はうっすらと目を開けた。意識があった事にひとまず安心した。
「あの時みたいに怪我を治せるんだろ?何分かかる?」
「治せない。この空間では、インターフェイスの再生はできない」
 長門がかすれた声で告げた事実に、俺は唖然とした。

 

 長門の怪我が治せない?
 先程の長門が言っていた『能力の制限』とは、このことなのか?

 

 長門に苦痛の表情はない。しかし、先程から手も足も動かさず、まぶたを上げている事でさえ辛そうだ。口から漏れる浅く細かい呼吸音が、嫌な予感を増幅させた。

 

 このまま怪我の治療が出来なかったら、長門はどうなるんだ?

 

 心配する俺を他所に、長門は弱々しい声でつぶやいた。
「…連結解除、開始」
 長門をこんな姿にした《神人》はいつの間にか俺の背後まで迫っていたが、しかし既に足元から霧になって姿を消し始めていた。

 

 こんな大怪我を負っても、長門は長門だ。なんとかなるかも。絶望の中で俺が見出したわずかな希望は、次の瞬間あっけなく砕け散った。

 

 次の呪文を唱え始めた長門の小さな口から、咳と共に血が吐き出された。
 そして、長門は静かに目を閉じた。

 

「駄目だ!しっかりしろ長門!頼むから目を開けてくれ!」
 長門は答えてくれない。かすかな呼吸音がかろうじて生きてる事を伝えるだけだった。

 

 上からの物音に気づいて見上げると、頭上の《神人》が再び崖を切り崩そうとしていた。
 もう長門を頼っちゃ駄目だ。逃げて逃げて逃げまくって、空間が自然消滅するのを待つしかない。長門の息がそれまでもってくれるかわからないが、それ以外に方法は無い。この状態で《神人》の追撃を受けてしまったら、何もかもが終わってしまう。

 

 俺は長門を抱えたまま立ち上がり、長門が最後の力で開いてくれた海岸沿いの道の先へと走りだした。すぐ後ろから落石の音がした。引き離したはずの《神人》の足音もすぐ側まで迫っていた。振り返る余裕はない。走れ、俺の脚。

 

 長門の体は嘘みたいに軽かった。
 こんな頼りない体なのにあの馬鹿でかい巨人達と戦ったり、繰り返す無間地獄の回数を数えたり、見えない敵と一人で戦ったりしてたのか。愚痴一つ言わずに、一人でストレスを抱え込みながら…
 いつもいつも無理ばっかしやがって、馬鹿野郎!

 

 俺の左側を塞いでいた邪魔な崖が途切れ、薄暗い森に囲まれた薄暗い獣道が視界に飛び込んできた。海岸の先にはもう何人目か覚えてもいない《神人》が待ち構えている。森の方には一匹も居ない。森を通って反対側の海岸へ抜ければ時間を稼げる。

 

 俺は迷わず木々の中へと踏み入れた。
 月も星も出ていない灰色の空から差し込む光源は無いに等しかったが、メキメキという樹の裂ける音とともに追ってくる《神人》の青い光に照らされて、なんとか前方の視界を確保できた。地面に張り出した根に何度も足をすくわれそうになったが、長門を抱えたまま転倒するわけにはいかないので、強引に体勢を維持してまた走り出した。

 

 長門の呼吸は確実に弱まっていた。

 

 やがて前方を被う木々の数が徐々に減っていき、水平線が見えてきた。やった、無事に森を抜けた。俺はひと時の達成感を抱きながら、森の出口にある小さな茂みを飛び越えて、砂浜に着地した。

 

 無人のビーチ。《神人》に散々追い回されていた今の俺にとってはこの上なく有難い風景だった。
 呼吸を整えながらその風景を眺めていると、それは少しずつ青色に染まっていき、青い光の壁に変わってしまった。見上げてみると、青く光る7つの頭がこちらを見下ろしていた。それはつまり、たった今出現した《神人》によって前方を包囲された事を意味した。
 これは引き返すしかない、そう判断してUターンすると、追っ手の《神人》が森の逃げ道を樹ごと踏み潰して破壊した。

 

 逃げ場はない。
 《神人》達は壁のように隙間なく立ち並んで、俺の八方を塞いでいた。

 

 俺は絶望とともに襲ってきた疲労に負けて、両膝をついた。 
「ごめん、俺じゃお前を助けられなかった」
 腕の中の少女は何も言わない。もう聞こえてもいないかもしれない。それでも言わずにはいられなかった。
「長門、お前がいなかったら俺はもう10回ぐらい死んでいる。俺はまだその恩を返してない。ここから出たら、お前の欲しい本を買ってやる。お前に似合う服も買ってやる。食いたいもんがあったら何でも食わせてやる。だから…目を開けてくれ、長門」

 

 長門のただでさえ白い肌は、血の気が失せて蒼白になっていた。それは見ていると胸が締め付けられるくらい悲壮感漂う姿だった。それでも俺は、長門から視線を外そうとはしなかった。
 長門の頬にぽつり、ぽつりと水滴が落ちた。

 

 滲む視界の中で、長門はうっすらと目を開いた。

 

「泣いて…いるの?」
 長門は珍しいものを見ているような無垢な瞳でこちらを見つめながら、微かな声でささやいた。
「ああ」
「泣く事は…悲しい?」
「ああ、悲しいよ」
 俺は言葉を取り繕うことさえ忘れて、条件反射のように長門の言葉に素直な返事をしていた。会話が途切れても、何を言ってやればいいのかもわからなくなり、ぎこちない作り笑いを返すだけで精一杯だった。

 

「………」
 長門は声を出さずに口を動かし、糸が切れた人形のように首をもたげて、それっきり動かなくなった。
 長門の口は、『ごめんなさい』と言っていた。

 

 長門、なんでお前が謝らなきゃならない。
 謝るべきなのは俺だろうが。今までお前にさんざん守られてきたのにただの一度も守ってやることが出来ないなんて、不甲斐ないにも程がある。
 俺の事を助けに来たせいでこんな事になっちまって…
 お前は俺の事なんか放っておいて、もっと楽に生きればよかったんだ。

 

 どれだけ耳を澄ませても、返事どころか呼吸さえも聞こえてこなかった。俺はこの理不尽な状況に怒りが沸いて、搾り出せる最大の声で叫んでいた。

 

「ふざけるな!
 なんでこんな事をしなきゃいけねえんだ!

 

 このまま長門を死なせちまっていいのかよ!
 それがお前の望んでることなのか!?

 

 長門はSOS団に必要な無口キャラじゃなかったのかよ!
 お前の仲間じゃなかったのかよ!」

 

 聞こえるわけがない。それでも声を大にして叫んだ。

 

「なんとか言え、ハルヒ!」

 

 返事はない。静寂。
 《神人》の足音も、破壊音もいつの間にか消えていた。

 

 《神人》が止まった?

 

 そう思った瞬間、目の前の青い光が急激に強くなり、視界が白で覆われた。

 

 暗転。

 

 ふと気が付くと、肘には俺の机のような感触、尻には俺の椅子のような感触、目の前には暗くてよく見えないが多分俺の部屋の壁があった。つまり俺の部屋だ。服装は先程の汗と砂まみれの制服ではなく、普段着を着ている。
 俺は丁度よく手元にあった飲みかけのコーヒーを喉に流し込んだ。

 

 どうやら俺は、元の世界に戻ったらしい。
 何故戻れたのか、自分でもよくわからない。あれは閉鎖空間じゃなくてただの夢だったのか?
 いや、そんなことはありえない。
 俺の手を強く握ってくれた長門の掌、腕の中で動かなくなった長門の身体、今でも手の中に残っているこの感触が、夢なわけがない。

 

 そうだ、長門はどうなった?
 俺はあわててどこにやったかよく覚えていない俺の携帯を探し出し、メモリ登録されている長門の番号にかけた。
 なかなか出ない。無機質なコール音が俺を焦らす。
 こっちの空間に戻されているなら、長門の再生能力は有効になっている。それにもし死んでいたらとっくに朝倉のように光の粒になって消えているはずだ。俺は根拠に乏しい憶測を羅列して、長門が生きている事を自分に確信させようとした。

 

「はい、もしもし」
 10回ほどコールして出たのは、長門とは明らかに違う軽やかな女性の声だった。
「あ、あれ、どなたですか?」
 予想外だった俺が素っ頓狂な声で尋ねると、電話の主はにこやかな声で、
「長門さんの友人で喜緑と申します」
 喜緑?誰だ?何故長門の電話に?
 いや、それは今はいい。
「長門は無事ですか?長門に代わってもらえますか?」
 と言うと自称・喜緑さんは、
「長門?」
 綺麗だが半ギレ状態のような口調で言った。
「あ、いえ、長門さんに」
 訂正すると、喜緑嬢は機嫌を直したような声で、
「少々お待ちください」と言った。

 

 しばらくして携帯を掴むような音がする。多分長門に代わったんだろう。いい加減『もしもし』という単語を覚えて欲しい。

 

「長門、お前、無事か?」
「無事」
「怪我は大丈夫か?ちゃんと治せるのか?」
「大丈夫」
 長門はいつも通りの声で無事を表現してくれた。それを聞いた俺はつま先から首まで脱力して椅子にもたれるほど安堵した。
「あ、あのな、長門…」
 何か言いたいことがあるけどまとめられずにいると、
「長門さんは疲れているので、これくらいにして頂けませんか?」
 喜緑さんが売れっ子女優の敏腕マネージャーのように割り込んできた。
「長門さんは私が責任をもって治療しますのでご心配なく。それでは」
 そう言って電話を切られた。

 

 喜緑江美里。確かカマドウマの時に宇宙がらみの依頼を持ってきた人だ。こんな深夜に長門と一緒にいるなんて、およそただの友達とは思えない。長門を治療すると言っていたが、仲間のインターフェイスか何かだろうか。
 朝倉涼子のように姉妹喧嘩しないことを祈ろう。

 

 とにかく長門が生きていた。そのことだけで俺は安心して眠ることができた。

 
 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
喜緑江美里の思考記録(抜粋)

 

 本当に長門さんには困ったものです。

 

 私を無理やり付き合わせたかと思えば、私の意見も無視して後先考えずに突っ走って、思念体への事前報告義務は怠って、その上自己修復不能な状態で戻って来られてはこちらの気苦労が絶えません。

 

 それだけ彼のことが…あら、その目つきは何でしょう。

 
 

  −最終話に続く−

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:04:23 (1774d)