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作者 | NEDO |
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作品名 | 小さなヒーロー 第六話 「孤立」 |
カテゴリー | 長門SS(一般) |
保管日 | 2008-06-25 (水) 02:14:56 |
キョン | 登場 |
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キョンの妹 | 不登場 |
ハルヒ | 不登場 |
みくる | 不登場 |
古泉一樹 | 登場 |
鶴屋さん | 不登場 |
朝倉涼子 | 不登場 |
喜緑江美里 | 不登場 |
周防九曜 | 不登場 |
思念体 | 不登場 |
天蓋領域 | 不登場 |
阪中 | 不登場 |
谷口 | 不登場 |
ミヨキチ | 不登場 |
佐々木 | 不登場 |
橘京子 | 不登場 |
その日の夜。
後楽園ホールの選手控え室でデビューから二戦目の出番を待つ新人ボクサーのような気分で、俺は自宅の自分の部屋の学習机の前に座っていた。
長門や朝比奈さんとはあの会話が最後で、古泉とはまだコンタクトを取っていない。必要があれば向こうからかけてくるだろう。
前回は眠ってる時に閉鎖空間にワープさせられた。だとすると俺は眠らない方がいいのか?このまま俺が徹夜をすれば何も起こらず、世界は無事夜明けを迎えることができるんだろうか。などと考えながら、念のため淹れた濃いめのブレンドコーヒーを口に運んだ。
次の瞬間。
俺は強烈な立ちくらみのような激しい目眩を覚えて、前のめりに突っ伏した。机に顔面強打しないようとっさに両手を前に出すと、俺が感じたのは硬い机の感触ではなく、冷たい砂の感触だった。
なんだこれは?
というか、どこだここは?
うつむき加減の俺の目の前には砂が敷き詰められていた。
顔を上げてあたりを見渡すと、そこは今までいた自室ではなく夜の海岸だった。水平線を描いている海だろうと思われる広大な水は、波どころか水しぶきひとつ立てていない。海岸なのに波の音はしない。風の音もない。完全な静寂。空は月も星も雲もなく灰色一色に染まっている。
どう見ても閉鎖空間だ。
なんてこった、俺が寝ても寝なくても関係ないのか。いや、それはもういい。過ぎたことだ。まずは今いる場所がどこなのか把握しよう。
この砂浜には見覚えがある。忘れもしない。振り返って小高い丘の上を見上げると、やはり在った。
薄暗くて見にくいが間違いない、夏合宿で泊まったあの別荘だ。どういうつもりかわからんが、ここはあの孤島を模した閉鎖空間のようだ。
気が付くといつの間にか制服姿になってて、靴もちゃんとはいていた。コートがないと寒いんじゃないかと疑ったが、幸い周囲の気温はこの季節の今ほど寒くはない。やや肌寒い程度だ。
場所は把握した。次はどうしたらいい?
あの時はハルヒと一緒だったから、また俺以外にも誰かいるかもしれない。
「おーい!誰かいないかー!」
両手でメガホンを作って大声で呼びかけてみたが、返ってきたのは俺のこだまだけだった。
誰もいない。俺だけか。
ふと、どこからともなく赤い球体が現れて、ゆらゆらと俺の目の前に停泊した。夜の海岸に現れる不知火という不思議現象じゃないだろう。
「こんばんわ」
赤色の球体から予想通り古泉の声がした。俺は挨拶もせずにこの状況を尋ねた。
「お察しの通り、あなたの居るこの場所は涼宮さんが創り出した閉鎖空間です。私もこんな姿で一時的にしか留まっていられないほどの、強力な意思を持った閉鎖空間です」
強力な意思?ハルヒのか?どんな意思だ?
「正確にはわかりかねますが、この閉鎖空間のあり方から涼宮さんの考えを推測しますと、そうですね・・・」
若干の考量時間を置いて、古泉はややハクのある声で言った。
「『あなたがどこか遠くへ消えて欲しい』」
昼間のハルヒの言葉が脳内で再生された。
『あんたなんかどっか行っちゃえばいいんだわ!』
今この状況はあの時の言葉通りというわけか。
「何か心当たりがあるようですね」
ある。大有りだ。けど俺は答えなかった。
かわりにこれからの事を尋ねた。
「ご存知の通り、閉鎖空間の拡大が世界の危機につながるのですが、この閉鎖空間は発生して以来拡大する兆候は見られません。恐らく、世界を創り変えるためではなく、あなたを閉じ込めておくためだけに作られたのでしょう。なので機関としましてはこの状況をさほど危惧していません」
世界はそれでいいかもしれないが、俺は困る。こんな猫一匹いなさそうな薄暗い無人島でなんのアテもなくサバイバル生活を送るなんて御免だ。脱出する方法はないのか?
「涼宮さんのご機嫌が自然に直るのを待つか、それとも…」
古泉は答えを探すように間を置いて、
「折角の機会です。この空間で頭を冷やして反省してみてはいかがでしょう」
軽やかな口調であてつけがましい言葉を残して、古泉だった赤い球体は消滅した。頭を冷やせだと?お前に対する怒りで冷えるどころじゃないぞ。
ふと、背後から地鳴りのような音がしたのでその方向に目をやると、これまで何度も目にしたあの青い光を纏った巨人、《神人》がいた。
ここにも出るのか、《神人》。あんなのに暴れまわられたら、ますます頭が冷えるどころじゃない。《神人》は俺の方を向き直り小高い丘から砂浜へとゆっくり向かってきた。まさか俺が標的になってるわけじゃないよな?という不安を他所に《神人》は一歩、また一歩と俺に向かって近づいてきている。
コマンド?
なんてふざけてる場合じゃない。こういう場合はどうすればいい?
そうだ、パソコンを探せ。あの時は長門がパソコンを介してメッセージを送ってくれたから、今回ももしかしたら何かヒントがあるかもしれない。この文字通りの孤島でパソコンがありそうな場所といえば、多丸兄弟所有ということになっているあの別荘しかない。
俺は急いでその場から走り出し、別荘へと続く坂道に向かった。幸い《神人》の居る場所は坂道からも別荘からも離れているから、急いで走れば《神人》より先に別荘にたどり着けるはず。
坂道に差し掛かったあたりで別荘の方を確認すると、別荘の影から青い人影が姿を現した。新手の《神人》だ。新手の《神人》は別荘に向かって仁王立ちして、ゆっくりと握りこぶしを振り上げている。
まずい、唯一の手助けが!やめろ!
俺の心の叫びも届かず、《神人》は激しい破壊音とともに別荘をまっぷたつに叩き割った。俺が足を止めて呆然と眺めていると、さらに《神人》が二匹ほど現れて積み上げた積み木を破壊する子供のように別荘を叩き潰した。
多丸さんに怒られても知らないぞ、ハルヒ。
これで長門との交信手段は無くなった。古泉は恐らくもう来れないだろう。ハルヒに天ぷらにすると美味しい白身魚の名前に似た行為をして脱出するという裏技もここでは出来ない。
どうする、俺?
考える間もなく、背後から青色の光が差し込んだ。振り返ると《神人》が左手を丘陵に置いて、ふもとにいる俺を見下ろしていた。話し合いで解決できるかどうか考えていると、《神人》は右手で握りこぶしを作って
ゆっくりと俺の頭上高くに振りかざした。
ちょっと待て、まさかその大型トラックぐらいありそうな拳を俺にぶつけるつもりか!?
俺は考えるのをやめて飛びのいた。その直後、《神人》の馬鹿でかい拳がうなりを上げて振り下ろされ、大砲のような音とともに地面に突き刺さった。《神人》が拳を引き抜くと、地面には野球のマウンドより2まわりも大きいクレーターが出来ていた。
背筋が凍った。これが直撃したら俺はどうなるだろう?間違いなく圧死する。この空間はハルヒの深層意識の投影だ。つまりハルヒは俺を殺そうとしている?まさか、考えられない。ハルヒは人殺しを望むような奴じゃない。しかし…
脳裏にいつかのハルヒの顔がフラッシュバックする。
中河から長門宛の電波恋文を俺が長門に書いたものと勘違いした時にハルヒが見せた、笑いとも怒りともつかない困惑に引きつらせた表情。あの時の表情にも似たやり場のない激情、それが理性の鎖を断ち切って《神人》を暴走させているのか!?
ハッとなって我に返ると、《神人》の右拳が再び俺に照準を向けていた。
逃げるしかない。
逃げる?どっちに?自慢じゃないが俺にこの孤島の土地勘はない。とにかくあのいまいましい《神人》がいない方向に向かって逃げるのが得策だ。
俺は《神人》がいない海岸沿いを半時計周りにただひたすら走った。背後から迫り来る地鳴りのような足音が俺の背筋を凍らせた。
くそったれ。何で俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。俺が一体何をしたって言うんだ。長門と一緒に弁当を食べてただけじゃないか。俺は長門が少しずつ人間らしくなる様子を見守っちゃいけないのか?
俺は谷口、国木田コンビ以外と飯を食っちゃいけないのか?
俺に人権はあるのか?
俺が走るクレーマーと化していると、俺の視界の前方、左曲がりにカーブした崖の向こう側からも恐れていた青い姿が現れた。それが何かは今更言いたくもない。
正面の非常に大柄な青い人は狭い海岸を完全にふさいでいる。さらに左手は崖、右手は海、背後からは重低音のように響く足音。八方ふさがり、四面楚歌、万事休す、そんなネガティブな言葉が頭の中で復唱された。
逃げ場を失って右往左往していると、前方の《神人》は情け容赦なく打ち下ろしの左ストレートのモーションに入った。
まずはこの一撃を回避するのが優先、ひとまず後ろに逃れるしかない。俺は外野手の好返球によって進塁を阻まれたランナーのように方向転換を試みた。しかし、足場が悪いせいか、日頃の運動不足が祟ったのか、それとも“神”のいたずらなのか…
俺は派手に転倒した。
砂を撒き散らし宙を舞う右の革靴。
少しずつ大きくなる馬鹿でかい青い拳。
スローモーションの世界。
どうやら俺は臨死体験した人と同じ体験をしているようだ。
どこからともなく現れた、セーラー服の後姿。
無造作に揺れるショートカット。
静かで平坦な声。
長門有希。
なんだ、今度は走馬灯体験か?オカルト話にはうさんくさいものが多いけど意外と事実も含まれているんだな。
そう思った矢先、変電所が丸ごとショートしたような激しい炸裂音が鳴り響き俺の感覚を通常に戻した。《神人》の拳は薄い光の膜によって俺の前方2メートルあたりの所で食い止められていた。
嘘みたいな光景だが、これは幻覚じゃない。何故なら以前にも似たような光景を見た事があるからだ。
俺は思わず喚起の声を上げた。
「長門!」
腰砕けな俺を庇うように毅然と立つ少女は、小柄なはずなのに大きく見えた。
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長門有希の思考記録(抜粋)
あなたは私を救ってくれた。
不安の中で沈んでいた私に手を差し伸べてくれた。
だから、今度は私があなたを救う番。
待っていて。
−第七話に続く−