作品

概要

作者NEDO
作品名小さなヒーロー 第四話 「告白2」
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2008-06-25 (水) 01:15:18

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 
 

 冬の日差しが傾いてやや肌寒くなり始めた頃、俺と長門は手近なコンビニ前で落ち合った。

 

「どうしたの?」
「なんとなくだが、迷惑だったか?」
 長門は小さく首を振った。
 俺は自転車から降りて、長門と並んで歩きながら問いかけた。
「今日のお前は沈んでいるように見えたけど、何かあったのか?」
「……」
 何も無ければ長門なら否定する。つまり、
「何かあったんだな」
「……」
 俺の度重なる質問に長門は答えようとはしなかった。長門がこういう態度の時に無理やり聞きだすのは難しいし、気が引ける。とはいえ、このまま放っておく気にもならない。
 疲れているか尋ねると、長門はこう返事をした。
「肉体的疲労は無視できるレベル」
 つまり精神的に参ってるというわけか。いいか長門、そういう場合、人は気晴らしをして心の均衡を保つものだ。
「例えば?」
 という長門の問いに、俺はその辺を見渡して丁度目に止まったゲームセンターの看板を指差した。

 

 図書館でも良かったが、ここからではちょっと遠いし、たまには違う所に連れて行くのもいいだろう。それにコンピ研とのゲームバトルから察するに、長門はデジタルな遊具と相性がいいような気がする。思ったとおり、ゲーセンの自動ドアをくぐるなり長門は色とりどりの電子遊具を好奇の眼差しで見渡している。

 

 長門を手近にあったUFOキャッチャーに連れて行き、操作説明がてら手本を見せてやった。あまり経験のない俺はあっさりと500円を飲み込まれ、まあこんなもんだと弁解しながら長門に番を譲った。
 長門はガラスに鼻をこすりそうなくらいに顔を近づけて入念にぬいぐるみの山を吟味し、長門にしてはやる気がありそうな雰囲気で硬貨を投入してゲームを開始した。長門なら一発で取れるかも、と思ったのもつかの間、流石の長門でも店側によって巧妙に仕組まれたアームの脆弱さには勝てないようだ。いい感じに掴んだと思われたぬいぐるみは、長門の操作するアームから何度も何度もすり抜けていった。

 

 無言で2000円をつぎ込んだところで、長門は何かいいたげな顔で俺の顔を見つめてきた。言いたいことはわかってる。なんとしても景品が欲しいんだろう。
「欲しい」
 何万人もの若者の財布から現金を奪い取ってきたブラックボックスの魔性に長門も取り込まれてしまったようだ。
 気持ちはわかる。だが、ただの遊びでズルしちゃ駄目だ。
「そう」
 長門は残念そうにつぶやいて、両手をガラスに貼り付けての白猫のぬいぐるみを物欲しそうに見つめた。
 さりとて、この哀れなトランペット少年の少女版を見捨てることは出来ない。俺は駄目もとでUFOキャッチャーに硬貨を入れ、八百万の神のうちUFOキャッチャーを担当してそうな神に祈りながらボタンを押した。俺の漠然とした祈りが通じたのか、二回目で目的のぬいぐるみを手に入れることができた。捨てる神あればなんとやらだな。

 

 ぬいぐるみを手渡すと、長門は両手で持ってまじまじと見つめた。苦労して手に入れたものは価値があるように見えるものだ。原価は100円もしないだろうが、そういう夢の無い事は口には出さない主義だ。

 

 UFOキャッチャーで味わった辛酸を忘れるために、俺は長門を音ゲーのコーナーに連れて行った。学祭で見せた長門のぶっつけ本番の名ギタリストっぷりを考えると、ここならスカっと楽しめるに違いない。
 長門が手に取ったのはギターだった。一回目の演奏でコツをつかむと、二回目は予想通りの正確無比な指さばきで見事ハイスコアをたたき出した。なかなかやるじゃないか、と軽く手を叩きながら誉めてやると、満足そうにうなずいてギターを置いた。
 長門の可憐なギター少女っぷりが目を引いたのか、気づくと回りに小さな人だかりが出来ていたので、俺は長門の両肩に手を置いて俺の物アピールをしながらその場を立ち去った。

 

 一通り見て回った後、俺と長門は飲食コーナーで腰を下ろして小休止した。長門はポケットから取り出した先程のぬいぐるみとにらめっこをしている。どうやら気に入ってくれたようだ。あの殺風景な部屋に少しでも少女チックなものが飾られるのは嬉しいことだ。頼むからゲーセンを出た直後に捨てないでくれよ、長門。

 

 そんな長門を頬杖をつきながら眺めていると、
「ぬおっ!」
 と、左手からどこかで聞いたような男の悲鳴がした。

 

 まさかの谷口登場である。

 

 谷口は苦笑しながら手で軽く会釈をすると、踵を返して逃げるような早足で歩き出した。嫌な予感がした俺はとっさに駆け寄って谷口の肩をつかんだ。場合によっては口を封じねばなるまい。
「いいっていいって、お邪魔するつもりはねーからよ」
 谷口は両手でノーサンキューのポーズをしながら冷やかし口調で言った。

 

 俺は必死に弁解した。
 本格的にSOS団に部室を乗っ取られ、涼宮ハルヒに振り回される日々に嫌気が差した長門は、溜まった鬱憤を晴らすためにゲーセンに来たのだが、彼女は生粋の文学少女でUFOキャッチャーなどやった事がないため、お目当ての景品が取れず困っていた。そこにたまたま通りがかった俺が代わりに取ってやって、そのお礼に軽く一杯安物のコーヒーをおごってもらった。
 ただそれだけの事だ。

 

 ちなみに、半分くらいは事実だ。

 

「わかってるって、涼宮の奴には黙っておいてやるよ」
 俺の弁解など端から聞く気なしのようだが、黙っていてくれるのは有難い。出来れば国木田にも言わないでくれると助かる。ああ見えて口が軽いからな。
「しかしゲーセンでデートとはお前も洒落っ気がないな。今度俺様が大人のデートコースってもんを教えてやろうか?」
 本当に大きなお世話だ。
「それにしても、」
 谷口は俺の背後にいる長門を一瞥してこう言った。
「あいつ、前より少し綺麗になってないか?今なら俺様的美的ランクをAランクに昇格してもいいぐらいだ」
 お前のランクなど知らん。
「恋する女はなんとやら、ってか。じゃあな」
 と捨て台詞を吐いて、谷口はメダルゲームのコーナーに入っていった。
 まったく、相変わらずのアホっぷりだ。

 

 俺はさっさと長門の所へと引き返すと、谷口のことを「困った奴だ」と総括してゲーセンから連れ出した。これ以上誰かに見られると面倒だからな。

 

 冬場の太陽は気が早いもので、表に出ると辺りはすっかり暗くなっていた。我が家の夕食時にはまだ余裕があるので、俺は長門を自宅まで送っていってやることにした。
 自転車を手押し車にしながら、長門にとって初めてのゲームセンターの感想を尋ねた。
「それなりに」
「それなりでも楽しめたならいいことだ。でもああいう所にはあまり一人で行かない方がいいぞ。谷口みたいなのがうろついてるからな」
 長門はこくんとうなずいた。
 とびきりのジョークのつもりだったが、やはりこの程度では笑わないようだ。

 

「なあ長門、」
 俺は少し改まった感じで間を置いてから言った。
「これからもお前に何か嫌なことがあったら、些細なことでもいい、俺に話してくれないか?」
 長門は変わらず前を向いて歩いているが、聞こえてると判断し言葉を続ける。
「俺の力がちっぽけで、大それた事をいってるのはわかってる。だけど俺でも相談に乗ったり気晴らしに付き合うくらいのことはできる」
 我ながら薄ら寒い事を言ってるのは自覚してる。だがこれは偽らざる俺の本心だ。サーモグラフやポリグラフを内蔵してそうな長門相手に嘘をついても仕方ない。

 

「そう」
 小さな返事をして、長門は立ち止まった。
 気づけば長門の自宅マンションの前にいた。丁度話の区切りのいいタイミングだ。じゃあな、と軽い挨拶をしてマイ自転車にまたがると、
「待って」
 という長門の声に制止された。

 

「あなたに、相談したい事がある」

 

 そして招かれた長門宅。
 俺はこたつの前であぐらをかいて、台所でお茶でも沸かしているであろう長門を待っている。この部屋に何もないのは相変わらずだ。こたつの隅に置かれたUFOキャッチャーの景品の白い猫がちょっとしたアクセントになっている。

 

 前に来た時は赤ら顔の長門がいて、もう一人嫌な奴がいたな。二回も俺を刃物で斬りつけやがって、思い出したくも無い。

 

 などとトラウマ気味の回想をしてると、お茶をお盆に載せた長門がやってきた。差し出されたほうじ茶を一口すすり、相談事の用件を聞いてみた。

 

 長門は自分の湯飲みに視線を落としたまましばらくの間を置いてから、いつもの無表情で言った。
「今日の、SOS団野外活動のこと」
 ああ、あれか。確か長門は午前中はハルヒと二人で、午後はハルヒと朝比奈さんの三人で探索したんだったな。
「そう。その午前中に起こったこと」
 何があった?
「涼宮ハルヒに質問された」
 何を?
 俺が言葉を促すと長門はまた沈黙した。表情こそ変えないものの、長門がここまで言い渋るのはさぞかし言いにくいことなんだろう。
 だがこのまま黙っていても仕方ない。
 どんな事でも気にせず言ってみろ、とフランクさをアピールすると、長門は顔を伏せながらぽつりと言った。

 

「好きな人はいるのか」

 

 思わずお茶を噴き出しそうになった。

 

 なんてこった。あのハルヒがこの長門にそんな質問をするとは。長門が困惑するのも無理はない。俺だって困る。事実、俺も朝比奈さんに同じ質問をされて返事に困った。

 

「あなたは、どう回答したの?」
 長門はここにきて初めて顔を上げて尋ねてきた。
「別に。答える前にハルヒの差し金ってことに気づいて質問はなかったことになった」
 長門は「そう」とつぶやいて視線を湯飲みに戻した。
「それで、長門はハルヒに何と答えた?」
「わからない、と回答した」
 そうか、まあ無難な返事だ。
 俺の名前じゃなかったのが少々残念だが。もし誰かを名指ししようものならハルヒが名指しされた相手に何をしでかすかわからないからな。

 

「でもそれは事実」
 それまで歯切れの悪かった長門が、途切れ途切れだが言葉を続けた。
「私には…恋愛という感情がわからない。今まで読んできた物語に多くの事例が出てきた。特定の人物に対する観測も行ってきた。ヒトが特定の異性に対して特別な感情を持つ事があるというのは知っている」
「でも…」
 長門はそこで一区切りし、声のトーンを落として言った。
「私は、人を好きになる感覚がわからない」

 

 俺は黙って聞いていた。いい加減に返事を出来るような話じゃない。

 

 なるほど、今日の長門の様子が違って見えたのはこのためか。ハルヒに何かされた、のではなく、ハルヒの質問がきっかけで自分が抱えていた問題に気づいたのか。

 

 長門はヒトに対してコンプレックスを抱えているのかもしれない。この場合のヒトは他人という意味じゃなくてヒト科の生物、人類のことだ。去年の末に起きた世界改変事件、あれは長門が普通の少女、ヒトとして生きて行きたいという願望の現われだと俺は思っているし、少なからず当たってるだろう。

 

 だが、好きという感情は口で説明して理解できるものなのだろうか。

 

「―わたしは」
 腕組みしながら熟考する俺に、長門は細い声で問いかけた。
「あなたに教えて欲しい」
 何を?
「人を好きになるということを」
 俺の心拍数が一瞬だけ急上昇した。
 俺に愛を教えて欲しい、という告白のような意味と曲解してしまったからだ。落ち着け、俺。この場合は違う。

 

 すっかり冷めてしまったほうじ茶をすすって、冷静に考えてみた。

 

 今日の午前中、朝比奈さんから質問された俺も似た様な事を考えていた。俺に好きな人がいるかどうか考えた結果、いないという答えが導き出された。とりあえず、今のところは。年上の従姉妹に好意を抱いていた事もあるが、それは尻の青いガキだった頃の話だ。まさか他の男と駆け落ちするなんて…いや、それは今は関係ない。忘れよう。

 

 そもそも好きだの愛だの恋だのなんていうのは突き詰めていけば頭のいい哲学者でさえ死ぬまで頭をひねって考えるような難しい問題だ。

 

 そして、俺は長門に自分なりの答えを告げた。

 

「すまん長門、俺にもよくわからないんだ」
 落胆するように視線を落とす長門を励ますように、俺は言った。
「だが落胆することはない。俺や長門以外にも、その意味を分からない奴は多分世の中にいっぱいいる。だからな、お前が一人で思いつめることはない。俺にも長門にも、いつかわかる日が来る。それでいいじゃないか」

 

 長門は少し残念そうに、「そう」とつぶやいて、こたつの隅にあるぬいぐるみの猫を指で撫でた。

 
 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
長門有希の思考記録(抜粋)

 

 彼は明確な解答を示してくれなかった。
 だけど彼の言葉は私の不安感を和らげてくれた。
 彼の言葉には不思議な力がある。
 信頼性の低いものでも信頼させる力がある。
 それは彼だけが持ちうる特性なのかもしれない。

 

 原価100円にも満たない安価なぬいぐるみでさえ、大切な物のように感じられた。

 

 お弁当、頑張って作ろう。

 
 

  −第五話に続く−

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:04:22 (1776d)