作品

概要

作者霍乱
作品名NOS
 ― Nagato Operating System ―
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2008-03-01 (土) 02:40:27

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

NOS
  ― Nagato Operating System ―

 

  by 霍乱

 

NOS 00 〜 プロローグ 〜

 

「すみません、先輩、これ、繋いでも動かないんですけど。」
 
 先輩と呼ばれた少女は小声で答える

 

「デバイスドライバーが不適切。
 OSのバージョンに合わせたものに変更すべき。」

 

 そっけない返答に戸惑いながら質問した一年生はメーカーと型番のメモを片手にネットアクセスを始めた。やがて、
「ああ〜、これ4年も前のジャンクか。もうデバドラもう更新してないや。」

 

少女はその言葉にピクリとする。

 

4年前、それは、その呼ばれた少女がこの世界に存在し始めた頃。こんなにも短期間で陳腐化してしまう技術と物のあふれるこの世界の危うさを感じると同時に、私も旧式?という、自嘲にも似た反発心がちらりと覗いた。

 

そういえば、『彼』が見せてくれた半ば壊れたメモリディバイス、現存するどんな機器もOSもそれを認識できないだろう。でも、彼女の様に、知的パズルとしてアクセス様式を探せばなんと言うこともなく認識出来てしまう。

 

「先輩、このファンクションコール、呼び方、サンプル見てもぜんぜん分からないんですけど」

 

「それには予めダミーのパラメータを与えて初期化してからでないと動かない。
 しかもバグがある。
 私が作ったダイナミックリンクライブラリのファンクションをコールすることを推奨する。」

 

たかだか二、三十年の歴史でしかないのに、こんなにも旧弊と垢のこびりついたシステム。ごく小さなデータを扱うサンプルのルーチンでしかなかったものが、データの大きさを無視してそのまま利用され、いたるところでメモリーリークとシステムエラーを生んでいる。

 

最初はこんなバグ取りも面白いゲームだったけど、一瞬で分かるようになれば退屈な作業になってしまった。

 

きっと人間はシステムの全体を把握できるだけのワーキングメモリが無いのだろう、だから局所しか見ていない。ワーキングメモリが多ければ単純な知性でも時間をかければ問題解決ができるのに。そうか、これが新しいゲームになるかもしれない、そう、私だけの知的ゲーム。

 

少女は新しいプログラムの構想を練り始めた。

 
 

NOS 01

 

 ハルヒより一足先に部室についた俺は、隣の部室から長門が出てくるところに出くわした。
そういえば、こいつ、最近ちょくちょくコンピュータ研究部にも狩り出されているらしい。

 

「なあ、長門
 お前、なんか凄いプログラムを作ったんだって?
 コンピ研のやつらが言ってたぞ。
 それって、いったいどんなプログラムなんだ?」

 

「プログラムではあるが、あなたが期待するような一般的ソフトウエアではない」

 

俺が期待するって、いったいどんなプログラムを俺が期待してるって言うんだ?
言っておくが、谷口の奴が昼飯の時に自慢していたエッチ系のゲームソフトなんて俺は一切期待してないぞ。
まして一般的でないアブノーマルなゲームなんて俺には想像もつかん。

 

「だから、ゲームソフトではないと私は言っている。」

 

でも、ゲーム好きオタク、前のコンピ研の部長が、長門は神だ、天才的だ、歴史に残るソフトだとか言っていたぞ。ま、お前の事だ、あながち大げさでもないんだろうが。
そう言いながら部室に入った俺は、ノックをしていなかったことに気づいて思わず目をつむって立ち止まった。
「きゃっ」という、我が心の天使の声が聞こえないことに心安堵してそっと目を開けると、そこには俺を覗き込むように長門が立っていた。

 

「あなたは私との会話により、朝比奈みくるの存在を忘れていた。」

 

ああ、そうだ。おかしいか? 涼宮ハルヒや俺たち以外の人間と接点を持ち始めたお前の事が、ちょっと気になってな。でも、決して悪いことでは無いと思うぞ。

 

「そう・・・」

 

長門はそう言いながらいつもの定位置に座ると分厚い専門書らしい洋書を読み始めた。こいつが作っているプログラムってどんなソフトなんだろうね。せめて名前だけでも教えてくれても良いんじゃないか?

 

「ノス」

 

おい、ノスって・・・お前の力でぶっとばされたら俺だってたしかに伸されるかもしれんが、そんなに読書の邪魔しちゃけないのか?

 

「その『伸す』ではない。
 Nagato Operating System
 略してエヌ・オー・エス、NOS《ノス》と彼らは呼んでいる。」

 

オペレーティングシステムって、なんかそれ凄そうだな。しかもSOSじゃなくてNOSか。どこぞの団長さんが作るものよりよっぽど役に立ちそうだ。

 

「OS、オペレーティングシステムとはコンピュータの基本ソフト。
 コンピュータのハードウエアと一般的なソフトウエアプログラムとの橋渡しをする
 最も基礎となるプログラム」

 

いきなり饒舌になったお前の話はさっぱり宇宙語だな。なんだ、そこのPCを立ち上げると出てくる風に吹かれた窓のマークみたいなものか?

 

「そう、それも原始的なOS。
 私の作っているものは自律的にハードウエア環境を認識して最適化したIOとファンクションコールを構築するシステム。」

 

おいおい、なんだかんだ言っても世界標準が原始的って、さらりと凄いことを言うな。俺のノートにもそのNOSとやらは入れられるのか?

 

そう言った時、いきなりハルヒが入ってきやがった。

 

「キョン、あんた有希の邪魔ばっかしてんじゃないのよ。」

 

久々に一行以上の言葉をしゃべっている長門との時間はこうしてぶった切られた。
やれやれ・・・

 
 

NOS 02

 

さて、翌日のこと。俺はいつもの様に鞄をぶらさげて部室へ向かおうとしていると後からパタパタとハルヒが駆け寄ってきた。

 

「あんた、また先に行って有希の邪魔でもするつもり?」

 

いや、まったくもってそんな気持ちは無い・・・って、端から邪魔なんぞしてないんだが。
俺としては至極満足している平穏なる日常にまたそぞろ不満を持ち始めていたに違いないハルヒは、何を思ったかまるでもって俺が長門にチョッカイを出しているかの様にチクチクと探りを入れてくる。まさか、焼き餅を焼いているなんてことは無いだろうから、これはネコがネズミの玩具をみるとチョッカイを出さずにはいられないようなものかもしれんが、ネズミの玩具にされている俺にとっては厄介な限りである。まさかコンピ研がSOS団の向こうを行くような名前のソフトを、しかも長門の手を借りて開発しているなんて事を漏らせば、負けず嫌いに手足をつけた様なこいつの事だ。要らぬ対抗心からあたり一面迷惑を撒き散らすのは確定事項に違いないから億尾にも出すわけにもならず、ただひたすら一切合切全否定を重ねたのだが、いったいこれの何がいけなかったのか、どうか教えて頂きたい。

 

何とかネコの爪を逃れたと思った俺はいつもの様に朝比奈さんの入れてくださるお茶を待ちながら自分用に確保してあるノートPCの電源スイッチを何気なく押した。長門が一瞬こちらを見つめていた気がしたが、天国のようなコーヒーの香りに気をとられていた俺にはそんなことは全くもって見えていなかった。

 

「はい、涼宮さんとキョン君。
 昨日キリマンジャロを買ってみたんですよ、
 お口に合うでしょうか?」

 

滅相も無い、最高ですよ。たとえケニアの泥水でも朝比奈さんの手にかかれば最高級の珈琲に負けはしませんとも。

 

カタカタと起動を始めたノートPCから目をあげ、うっとりとしながら朝比奈さんの差し出すカップに手をのばすと、いつの間にか俺の後で仁王立ちになったハルヒが声を上げた。

 

「ちょっと、キョン。このNOSって何のこと?」

 
 

NOS 03

 

ふと見ると画面に浮かび上がった「NOS」のロゴ。俺も知らないこと嗅ぎつけるとはハルヒの嗅覚はトリュフを探す豚以上どころか臭いで病人を見つけるスーパー犬以上に鋭敏であるに違いない。
知らん、知らん。俺は知らんぞ・・・と言いかけると画面は一瞬暗転していつもの能天気風な窓のマークがでてきやがった。
ほっと安堵して長門の方を見ると、一瞬、髪を揺らして俯いた。昨日冗談で頼んだら、長門は律儀にも本当にNOSとやらを入れてくれていたに違いない。おや、いつもよりデスクトップが立ち上がるのが早い気がするが。ポインターの動きもいつになくスムースだ。

 

「ねえ、有希。あなた詳しいんでしょ?
 何か知らない?
 一瞬キョンのパソコンが変だったのよ」

 

いや、変じゃないぞ。全く持って普通というか、むしろ快適かもしれん。

 

「彼に頼んで開発中のOSを、昼休みに私がインストールさせてもらった」
「キョン、何を隠し事してるの。やっぱり有希に手間をとらせてるんじゃない。」

 

せっかくの俺の全否定がこの一瞬無に帰した。長門よ、正直なのは良いことなんだが、俺の立場はどうなる。そう青ざめた俺を知ってかしらずか

 

「コンピュータ研究会で開発しているプログラムのテスターを彼に依頼した。全くの素人の意見を知りたい。」

 

そう長門が続けた。

 

「それならそうと私におっしゃい。キョンの癖に私に隠し事をしようなんて百万と八万年ほど早いわね。」

 
 

いったいどこからそんな屁理屈と奇妙な年がでてくるんだ。

 

「あのぉ・・・何なんでしょう?」

 

いつになく剣呑な、いやいつも通りか、わけの分からん屁理屈を振り回し始めたハルヒを前に朝比奈さんまで空になったトレーをフルフルと震わせながら後ずさりしていく。
いやあ、朝比奈さんには何の責任もないんです。悪いのは回りの思いやりを無視してつっかかりまわるハルヒなんですから・・・って、何で朝比奈さんまで俺を非難するような目で見つめるんですか。

 

「やあ、皆さんおそろいですね。遅れまして申し訳ありません。」

 

そこへ、いつもどおりのにやけ面で古泉がこのこと登場してきた。今日に限ってはいいタイミングかも知れんぞ、古泉。

 

事の次第を説明する俺とハルヒに

 

「つまり、こういったことですね。長門さんがコンピュータ研究会と行っているプログラム開発のテストをするのに、素人のユーザが必要と言うわけですね。
 それを キョン君が一人で引き受けようとした。
 しかし、涼宮さんとしては、いわば我がSOS団の下部機関とも言えるコンピュータ研究会の手伝いを涼宮さんの許可なく引き受けられたことを怒っておられる。
 ふむ、それは尤もなことです。
 涼宮さんとしては、どの様な対応をお望みなのでしょう?」

 

ますます混ぜっ返す様な事を言い始めた。

 

「そうよ、有希も水臭いじゃない。
 一致団結相互扶助幇助はSOS団の基本方針だわ。」

 

なに舌噛みそうなことを言ってるんだ。

 

「それにしてもNOSって、なんか変よね。」
「それは・・・Next generation Operating System の略」

 

やはりハルヒの前で長門も自分の名前を冠することには抵抗があるのか? 俺にとは違う答えに一瞬ドキっとした。

 

「せっかく我がSOSコンピュータ研究所が開発するんだから、ソフトの名前もSOSにしなくっちゃ。有希、良いわね?」

 

おいおい、いきなり命令かよ。って、何時からここはコンピュータ研究所になったんだ。

 
 

NOS 04

 

「でも、この名前はSOS団のロゴマークにもちなんだもの。」

 

そう言いながら長門は、冷や汗を垂らした俺の横でSOS団のホームページを開いて見せた。

 

「このマークの一番上の文字を回転させるとNに見える」

 

「あら、私ってこんな風に書いたのかしら。」

 

もちろんそうだ、としか俺たちには言い様がない。ハルヒが描いたミミズが痙攣したような絵が引き起こしたおぞましい出来事は二度とごめんだ。

 

「そうよね、この方が芸術的にバランスが良いんだわ。
 なんというか、違和感ないものね。
 でも、私が描いた天才的芸術作品にちなんでるってのなら、それはそれで仕方ないか・・・」

 

自分が原因だと言い含められてしぶしぶハルヒは引き下がったのに、ほっと胸をなでおろしたのは俺ばかりではあるまい。

 

「で、そのNOSっていったい何のプログラムなの?」

 

「コンピュータの基本ソフト、OSと呼ばれているものの一種。
 人間と、あなた達が使うソフトウエア、ソフトウエアとコンピュータのハードウエアやネットワークシステムとの仲立ちをするもの。」

 

「なんだか聞いただけでも地味そうね。
 私はもっとパァッとしたものが良いわ。
 そっちはあんた達にまかせるから、私はもっと凄いのを考えてくる。
 まあ見てなさい、ビルだかゲイだかしらないけど、裸足で逃げ出すようなのを作ってあげるから。」

 

そう言うとハルヒはそそくさと荷物をまとめて帰っていった。

 

「涼宮さんに何か興味を持って頂くものをと思ったのですが、貴方もお分かりでしょう。涼宮さんは貴方と何かを作りたいのですから、ちゃんとしてあげてくださいね。」

 

古泉は俺の耳元でそう囁くと、

 

「じゃあ私も、バイトが入りそうなのでお先に失礼します。」

 

こら、息が近い!

 
 

なんと言っても一番コンピュータと縁の薄そうな朝比奈さんは隅っこで固まっていたが、ハルヒと古泉が帰って、ようやくほっとした表情になり俺の側へ歩いて来た。
珍しく、マウスとキーボードでなにかしながら、

 

「え・・・そうか、そうなんだ」
とつぶやいた。
あの、その角度、胸元がきわどいんですが・・・・

 

「コーヒー、冷めちゃいましたね。
 今、もう一度入れなおしますから新しいお水を汲んできます。」

 

と、そそくさと部室から出て行ってしまった。
そのカッコで部室から出るのは・・・・と見送っていると

 

「貴方の顔、鼻の下が伸びていると言うのは事実。
 鼻と口との距離は通常より2.5mm伸張している。」

 

駄目押しが来やがった。

 
 

NOS 05

 

その日の夕食後、いつもの如く妹のボディプレスから逃れてきたシャミセンが膝の上であまりに動かぬもので、いい加減足が痺れた、どこぞに行かぬかと髭を引っ張ろうとしてると携帯が鳴った。

 

「あの、キョン君ですよね?
 お話したいことがあるのですが、
 今、良いですか?」

 

言いも悪いも朝比奈さんの為なら何時だって時間はあるもののいったい何の用かと訝っていると、

 

「あの、長門さんの作ったプログラム、
 NOSって、
 私が昔習ったことがある、
 ほとんどすべての機械やコンピュータにはいっている基本ソフトと似てると思うんです。
 名前も確か・・・」

 

昔って事は、その・・・未来って事ですよね。

 

「ええ、ですから、禁則事項になるので私お手伝いとか出来ないと思うんです。
 多分何か聞かれたら私、声も出せなくなってしまいます。
 どうしましょう」

 

そんな泣きそうな声で悩むことは無いですよ朝比奈さん、
ハルヒもコンピュータの事で貴女に期待は・・・
って、失礼なこと言いかけました。
ともかく分かりませんとか、なんとか言って適当にあしらっておけば大丈夫です。
俺と長門とできっと何とかしますから。
俺がそう安請け合いをすると、少しは安心したのか、

 

「すみません、あんまりびっくりしたものですから。
 つい心配になってキョン君に電話しちゃいました。
 頼りにしてますからよろしくお願いしますね。」

 

いつぞやの安請け合いの結末を思い出した俺は、朝比奈さんからの電話を切るなり長門の携帯を呼び出していた。

 
 

NOS 06

 

「来て」
長門はそう言ったなり電話を切った。
いったい何なんだ?
かくして俺は自転車を立ちこぎしながら長門のマンションへ向かった。

 

部屋を見回すと、以前より心なしか物が増えている。何かと思って見回すと、写真だ。SOS団で撮った写真が何点か写真立てに飾られている。長門も俺たちとの絆を大切に思ってくれているんだな。
そう思ってコタツに座ると台所から良いにおいがする。

 

「これはブルーマウンテン、飲んで」

 

長門もコーヒーを語るようになったのか?

 

「貴方が美味しそうに飲んでいたから、今日買って帰った。
 貴方が来ると思ったから。」

 

そうか、有難うよ、しかし何故そう思ったんだ?

 

「今日のことは私の責任、
 ロゴを消去しておくべきだった。」

 

いや、いきなり俺より先に気づくハルヒの方が異常だ。せっかくお前のイニシャルのついたロゴが出てくるんだから、消すことはない。それよりお前の作っているプログラムって、未来でも使われる凄いものなんだな。と、朝比奈さんから聞いたNOSについての情報を長門に伝えると、一瞬、首をわずかにかしげて答えた。

 

「それは恐らく私のプログラムでは無い。
 確かにそうなるポテンシャルはあるプログラム、
 でも、すべての機械に普遍的に適応するにはプログラムの絶対サイズが大きすぎる。
 貴方は気がつかなかったもしれないけれど、
 ハードディスクの空き容量はかなり少なくなっていたはず。
 しばらく使っていれば上に載っているこれまでのOSを自動的に小さく書き換えるから最終的にはほとんどもとの大きさにはなるけれども、産業用OSには規模が大きすぎる。」

 

すまん、よく分からないが、お前のプログラムはあれ以上大幅に小さくすることは無理なのか?

 

「あれは、ある意味、自意識を持った自律的かつ知的なプログラム。
 自分の置かれた環境を認識し、ハードウエアの違いを吸収した上でその上で動くプログラムを最適化した仮想マシンの上で動かしながら、プログラム自身を検証して再構築する高度なある種の知性を持っている。
 したがってその必要とする情報量は小さな機械に組み込むことは不可能。」

 

おれの幼稚な質問に、真剣に言葉を紡ぐ長門のまなざしは眩しかったが、俺の理解を超えた言葉の羅列に俺の脳みそは必死に機能停止を訴える。
何とか理解しようとあおったコーヒーは美味かったがさすがに胃が痛くなってきやがった。

 

夜遅くになり、長門の言わんとすることを何とか納得して、帰ろうと立ち上がったが、如何せん、座っていた時間が長すぎたのか、痺れた足に踏鞴を踏んだところを長門がさっと支えてくれた。

 

「でも、朝比奈みくるが危惧する通り。
 このプログラムには、未来にも大きな影響を与えてしまうかもしれない潜在的危険性はあるかもしれない。
 十分な注意が必要。
 貴方にも一緒に考えてほしい。
 明日の夜も待っている」

 

ふわっと鼻をくすぐった髪の良い匂いに一瞬顔を赤らめた俺へ呟くように言った。

 
 

NOS 07

 

翌日、部室で朝比奈さんに、関係はありそうで無さそうで、どうも違うかもしれないらしいなんぞと話していたら、いきなりハルヒが妙な紙袋を下げて部室に現れた。紙袋には平べったい大きなものが5、6個入っている。

 

「昨日、あれからいろいろ調べてみたのよね」

 

いつの間にか、超プログラマーの腕章をつけたハルヒは袋の中身を広げ始めた。なんと、それはPC用のキーボード、コンピュータ研の連中に言ってジャンク屋でも漁ってこさせたに違いない。

 

「これを全部まとめて私のパソコンに繋いでちょうだい。」

 

どこぞのアニメでたくさんのキーボードを繋げてあやつるプログラマーでも見かけたに違いない。
いきなり無茶を言い始める、いったい何処で何を調べてきたのやら。

 

「そんなことドウだって良いでしょ。ヒミツ、秘密よ。」

 

「貴方のPCではキーボードを複数繋いでも機能しない。
 NOSが入れてある私か彼のノートなら大丈夫。」

 

「どうして団長のパソコンには入れられないの?」

 

「貴方のPCはSOS団にとって重要。
 テストプログラムで万一の事があってはいけないから入れてはいけない。」

 

おっ、長門がないやら逆らっているような気がするが?

 

「何か、のけ者にされたような気分ね。
 有希のノートを私に使わせてくれるの?」

 

「それは・・・かまわない」

 

そう言いながら長門は隣の部室からなにやらケーブルのついた小箱をもってきてそれにキーボードを繋ぎ始めた。あっというまにテーブルはキーボードでいっぱいになり小柄な長門は埋もれてしまったようになる。

 

「テストする」

 

長門はそう言うとモニタ上にいくつも黒いウインドウを開き始めた。
右に、左に体を舞うように動かしながらなにやら猛烈な勢いでキーボードをたたき始める。

 

「貴方のアイディアは秀逸。これなら、あのままでも勝てたかもしれない。」

 

それはきっと、以前のコンピ研との宇宙バトルの事だろう。それを自分への賛辞と受け取ったのか、挑戦と受け取ったのか、ハルヒは長門と入れ替わるとめったやたらにキーボードをたたき始めた。

 

「私って、ピアノやってたから両手の指、別々に動かせるのよね。
 ほら。」

 

とかいって、なにやら鼻歌を口づさみはじめた。おい、それってネコ踏んじゃったじゃないのか?
 ひとしきり遊んで飽きたのか、すべてのキーボードのエンターキーを、ポンポンと跳ねるように押すとハルヒは自分の席にもどっていった。

 

「でも、プログラマーってなんか地味なのよね。
 バトル何とかて言うアニメを店長のおじさんが進めてくれたの見てみたけど、
 出てくるのはカッコ良くない変なニートのロリコンと小学生よ。」

 

いったいどんなレアなアニメを見てきたのだ、知っている方は教えていただきたい。
俺がため息をついていると

 

「涼宮さんも一生懸命なんですよ。
 いっそ何か相談に乗ってあげればいかがですか?」

 

そう言いながら古泉がボードゲームを片手に俺に前にやってきた。お前はいったい協力する気があるのか無いのかはっきりしろ。

 

「ねえ、古泉君。
 地味でないプログラムで、カッコ良いのって何かしら。」

 

すっかり飽きてしまった風にハルヒは問いかける。

 

「そうですね、OSというのはやはりあまりにも地味かと思いますね。」
「そうよね、みくるちゃんはどんなのが良いと思う?」
「ええっ? 私は、可愛くて素敵なのが良いです。」

 

そりゃそうかもしれませんが、朝比奈さん、貴女は何か人形や服を選ぶのと間違ってませんか?

 

「そうよね、キョンもそう思うでしょ。
 それで、わくわく、ドキドキする面白いのがいいわよね。
 ゲーム、ゲームを作りましょう!」

 

おい、俺と長門の意見は聞かないのかい。

 

そうこうして、俺たちのゲームつくり地獄が始まるのだが、これはまた別の話。

 

実は、俺にとってはもっと大変なことが始まろうとしていた。いや、別の俺たちと言うべきか・・・・

 

その時、じっとディスプレーを見ていた長戸が。
「まさか・・・」
と、つぶやいたのだった。

 
 

NOS 08

 

その日、長門はノートPCをもって帰った。みんなから募ったゲームのアイディアに浮かれたのか、ハルヒはすんなりそれを許可したうえ、付属のキーボードが荷物になるからと俺に荷物持ちを命じやがった。ま、どうせ俺に出来るのはこれぐらいだ。

 

「キョン、二人っきりになったからって変な気をおこすんじゃないわよ。」

 

これもいつものご忠告、どうやら機嫌も悪くはないらしい。古泉も一安心だろう。

 

「涼宮ハルヒの打ち込んだソースがコンパイラーを通った。」

 

長門は帰り道そう言った。いったい何のことだ。そりゃ、あいつの事だ。どんな関所だって潜り抜けるに違いない。
「そんな闇雲に出来るようなことじゃない。
 しかも出来たのはNOSの上で動くプリプロセッサー。」

 

すまん、何のことかさっぱりわからん。飯を食ったらまた来るからそのとき教えてくれ。

 

「食事は私と食べれば良い。買ってくる」

 

いや、おふくろがもう作っていて五月蝿いからな。そう言ってマンションの玄関を去る俺を見るその目は何をいったい言いたいんだ?

 

家で食事を終えて、再び長門のマンションを訪れた。ドアのベルを押そうとすると中から声がした。

 

「開け・・・てある、入って」

 

コタツの上にノートPCと6台のキーボードを並べ長門は全部のキーボードを超絶的な速度で操っていた。コタツの周りにはコンビにで買ってきたらしい弁当が3個ばかり、空になって散乱している。いったいどうしたんだ?

 

「涼宮ハルヒは・・・
 とんでもない・・・
 プロ・・・グラム・・・を・・
 作って・・・いたわ。
 まだ・・・、
 私・・・にも・・
 十・・・分・・・・
 理解・・でき・・・ない。
 今、解・・・析を
 試・・・み・・・ている。」

 

普段なら聖徳太子じゃあるまいかって程に三つ四つのことを平気で並列にやってみせる長門がとんでもなく途切れ途切れに答える。一体全体どうしたんだ、長門、大丈夫か?

 

「問題・・・ない、
 多分。」

 

そりゃかえって心配な答えだな。ディスプレーの光を受けて美しく光る瞳を見るともなく見ながら、そこはかとなく眠りに落ちそうな俺にやがて長門が言った。

 

「貴方に、コーヒーを、淹れて欲しい」

 

台所に向かうとデンと真新しいコーヒーメーカーの横に、ほとんどいっぱい入ったコーヒー豆の容器が置いてあった。やっぱりどちらも昨日買ってくれていたのか。 カップも2脚のお揃いである。俺が二人分のコーヒーを持っていくと、長門はゆっくりとそれを飲みながらじっと目を閉じた。

 

寝たんじゃないよな? 俺が心配になったころ、ようやくこちらを向いて長門は話し始めた。

 
 

NOS 09

 

「長い棒に一箇所に印をつけたとすると、棒の長さを1とすれば、その位置はある少数であらわすことができる。
印の精度が高ければ、一つの印できわめて長い数字の列を表すことも可能。
数字の組み合わせを文字に翻訳するルールを定めれば、すなわちきわめて長い物語をたった一つの印で表すことができる。」

 

何の話だ?

 

「見た目の複雑さが情報量を決定するのでは無いということ。
貴方はマンデルブロ集合の図形を見たことがある?」

 

いや、だから何の話だ。まったくもって先が見えない。

 

「これが、そう」

 

そう言いながらディスプレーに表示されたステンドグラスで描かれたカブトガニの抽象画の様なものをみせると、手元の紙にきちっとした明朝体でちょこっとした数式を書いた。

 

「このシンプルな数式の解の集合を表示したもの。」

 

そう言いながらカーソルを操作して見せると画像は似たような、似ていないような別のものに変わった。
「一部分を拡大すると細部に元の画像の相似形に近い形が現れる。
 似ているけど同じではない。
 このようにフラクタルな図形は元になる数式の単純さからは予想もつかない複雑な形を作り出す。」

 

そう言うと今度はなにやら樹の葉の様な図形の描かれた画面に切り替えた。

 

「涼宮ハルヒの作ったプログラムは特殊な対称性で記述されたある種の高次言語のソースコードを驚異的な効率でフラクタル次元のなかに閉じ込めたプログラムに変換する。」

 

じゃ、お前の作ったプログラムも小さく出来ちまうってことか?

 

「そう、でも、それだけではない。遥かに複雑な、そう、私自身を記述しているほどのプログラムでさえ圧縮できるほどの。」

 

いつも冷静沈着な長門が、このときは怯えてさえいる様に見えた。これも意外に可愛いかもしれんなぞと考えるのは不謹慎だよな。

 

「これ以上のテストにはハードウエアが不足。
 今注文する。」

 

そうか、で、キーボードはどうする、俺が今持って帰るか?
おれが尋ねると、

 

「まだ使うから、朝、取りに来て」

 

ははっ、早起きしなくちゃならないなと言いながら玄関を出ようとする俺の袖を、長門は小さくつまんで言った。

 

「注文した荷物は明日の夜には届くから、明日は徹夜。
 ・・・・・・
 着替えも用意して来て、
 食事も作っておく。」

 

おい、長門、おまえ嬉しそうだよな?・・・何を考えてる? しかもお泊りか?

 

翌朝眠い目をこすりながらハンドルの両脇に大量のキーボードの入った袋をぶら下げ、荷台にちょこんと長門を乗せて必死でペダルを踏んで学校へ向かったのは言うまでも無い。

 

全く、谷口に見つかったら何を言われるか分からんのにな。

 
 

NOS 10

 

「はーい、みくるちゃん、これ着て。
 あ、有希のもちゃあんと有るのよ。」

 

早速追い出された俺と古泉が自販のカップコーヒーを飲み終えてそろりと部室に戻ると、部室はミリタリーコスプレした三人娘に占領されていた。
朝比奈さんの胸がはちきれそうな白のブラウスの肩には、なにやらワッペンがついている、青のミニのタイトスカートも犯罪的にお似合いです、とベレー帽姿に見とれていると。

 

「何、みくるちゃんばっかり見てるの。」

 

と振り返って見たハルヒもお揃いの服だが、なにやら胸には大量の徽章がぶら下がっているし腕には『超戦闘プログラマー』と書かれた腕章が。何気に間違った方向へエスカレートしてないか?
長門はといえば淡々といつもの席に・・・うっ、今、ミニスカートから出た脚を組みなおした時に、ちらっとこちらを見たのは気のせいか?

 
 

その後、到底無理なハルヒのキャラクター造形論や意味の分からんバトルモードの話や、またまた、論議を根底から混ぜっ返すような演説に付き合わされたあげく、

 

「さぁってと、ゲーム作るのにも資金が必要よね。
 と言う訳で明日の市内探索は広告取りに変更。
 お店が開く前だから、9時半にいつもの所に集合ね」

 

の言葉で解散となった。

 

たとえ俺の意見が尽く却下されようとも珍しく長門のコスプレが見られただけで、今日は良かったかもなと思いつつ自転車を押して坂を下っていると、 ふとキーボードを部室に置いたままだった事に気づいた。立ち止まって行くか戻るか思案する俺に、ハルヒ達と並んで後からやってきた長門は、すれ違いざま小さな声で
「キーボードも注文したから大丈夫、後で・・・」
そう言ってスタスタと行ってしまった。

 

だが、いくら長門でも、お泊りって・・・良いのか俺?

 
 

NOS 11

 

 家に帰ると、クラブのミニ合宿だからと断って着替えなんぞをバッグに詰めて飛び出しかけたが、ふと思い、シャワーだけでもして出ることにした。決してヤマシイ事を考えてるんじゃないからな。

 

 マンションに着くと、今日は下まで長門が迎えに出てくれていた。長門の髪も少し濡れていた気がするが、やっぱり気のせいだよな。

 

 部屋は片付けられ、コタツには食事がならんでいた。
 おまえ、これ全部作ったのか?

 

「そう、これからの為に必要だから実体験をすることにした。
 食べて。」

 

 何の話かわからんが、実に美味そうだ。食ってみる、うむ、なんというか、お店の味だな。パクつく俺の前で長門もいつものように淡々と健啖家ぶりを発揮している。時折心配なのか、俺の顔を覗く度に、うん、美味いぞと答える。実際、美味いものはしょうがない。腹も膨れ、長門は結構、良い嫁さんになるんだろうななんぞと妄想をはじめたのを見透かしたのか、

 

「私と、一緒にいるのは、嫌?」

 

 と、いきなり聞かれた。

 

 そりゃあ、嫌じゃないさ。もちろん、どちらかと言えば激しく嬉しいかもしれん。たとえお前が宇宙人でなくてもな。

 

「なら、お願いがある。
 ・・・
 ずっと私と一緒に居て。」

 

 な、何なんだ? 
 それはお前なりのプロポーズか?

 

 嘘だよな?

 

 なんか間違ってないか?

 

 俺が統合思念体とやらの義理の息子にでもなるのか?

 

 待て、待つんだ、これは何かのジョークか?

 

「そうではない、後で、詳しく説明する。
 ちょっと待って。」

 

 立ち上がって長門が向かった玄関でチャイムが鳴った、注文していた荷物が届いたらしい。いつもながらお前の情報アンテナは凄いな。

 

食事の後片付けが済み、コーヒーを飲む俺の横で長門は梱包を解き、数台のテラバイト級のハードディスクやら、国産次世代型据え置き型ゲーム機やら、例の如くの蛸足配線されたキーボード×8(なんか、数か増えてないか?)を配線しはじめた。いったい費用は幾らかかったんだ?
と、鶏頭なみに直近の疑問にわれを忘却しかけていると

 

「今から、説明する。」 

 

そう言って小声でピチクチと早口言葉を呟いた。とたんに窓の外は薄紫の光のカーテンに包まれ、かすかに聞こえていた街の喧騒も消え、シンとした世界に長門と二人で取り残されたような気がした。正直、腰、抜けます。

 

「これは極めて機密を要する話。情報制御空間を構築した。
 貴方以外の誰にも、統合思念体にも知られてはならない。
 場合によっては人類と宇宙の危機を招くかもしれないから。
 
 そして貴方と私に深くかかわる話。」

 

いったい何事なんだ。

 

「もしも、貴方が反対するなら私はそれに従う。
 でも、その時は話しを聞いた貴方のに記憶と、私の記憶をも部分的に抹消しなければならない。
 だから保険をかけさせて、『今の貴方』を記録するから。」

 

 そう言うと長門は座った俺の前にかがみ込んで

 

・・・
・・・
・・・

 

唇に甘く噛むようなキスをした。

 
 

NOS 11.375

 

そして長門は、ちょこんと俺の膝の上に座ると腕を回し、体をあずけてきた。
どうしたんだ、長門。何がどうしたんだ?

 

「ナノマシンを注入した、固定化されたあなたの記憶が記録されるまで・・・待って」

 

澄んだ瞳で間近で俺を見つめる長門に胸はドキドキするし、緊張のあまり俺の体の震えがとまらない。マジ、どうしたら良いんだ?

 

震えの止まらぬ俺に、やがて長門は語り始めた。

 

「昨夜話したように、膨大な情報をコンパクトにまとめてプログラムとすることが可能。私の存在情報すら内包できる空間。もしも悪意を持った存在が自身をプログラムに変化させてネットに流せば、全世界はその存在を全く認知することもなく、その影響を受けることになる。それは、情報統合思念体にとっても例外ではない。気がついたときにはそのプログラム化された存在にすべてを奪われているかもしれない。だから、危険。
よって、涼宮ハルヒのプログラムは抹消されなければならない。

 

でも、私はもうひとつの可能性に気がついた。

 

NOSはいわば私の分身、知能を持ちえる存在。そして私は貴方との係わりにおいて、個体は他者との係わりの中で自己の存在を維持できることを学んだ。以前、私が暴走してしまったのも、そのため。だからNOSにも対照とする存在が必要。
それに、高度な対称性を維持して私の存在をコンパイルするには私に相対する存在が必須。ならばいっそ、私と貴方を仮想空間にダウンロードしてプログラム化したいと思った。
 
これが私の我儘であることは理解している。

 

現実の貴方には一切危害はない、受け入れてくれるならば、貴方は二つの存在に分離する、一人の貴方は今までどおり、家庭や涼宮ハルヒ、私を含めたSOS団、学校の人たちのとのこれまでと連続した生活を続ける。

 

そして、もう一方の貴方は私とともに、いわば永遠の存在になる。PCやネットワークの中に構築した仮想空間でもう一人の私とともにあり続ける。あなたが、その、私を愛して・・・くれるならば、もうひとりの私はその世界が終わるときまで貴方とともにあるだろう。」

 

痺れるように、俺の全存在を求め、肯定する言葉がゆっくりと俺の脳髄に染み渡っていった。

 

こいつ、本気なんだよな。

 

ごくりと唾をのみ、俺の心はすでに決まっている事に気がついた。

 

良いぜ、俺だって本当は長門が好きったんだ。宇宙人の端末だろうが、万能アンドロイドだろうが、なんだろうがこいつは可愛い、そして俺を求めてくれている。それ以上、人生にいったい何が必要なんだ?

 

「長門、いや、有希。
 
 俺もお前が好きだ。
 
 今、ようやくわかった、俺はお前を愛してる。
 
 そして、俺もお前と一緒に居たい」

 

俺は力をこめて有希を抱き寄せ、深い口付けをした。

 
 

NOS 11.375246

 

「一旦、プログラムにダウンロードされれば、そこはもう仮想空間。
 おそらく生身の体となることはもう無いはず。
 だから、私は実際に食事をつくり、貴方に食べて欲しかった。
 実空間での私のすべてを、どうか、知って欲しい。
 私も実体験として、貴方の存在のすべてを感じたい。」

 

わかった、俺もそうだ。

 

ともにシャワーを浴び、一糸まとわぬ姿で布団へ倒れこんだ。

 

「有希、ずっと一緒だぞ」

 

「私も。
 ありがう、分かったと思う、

 

これが、人間の感じてる幸せ。

 

どうか、私の中に・・・

 

あなたの遺伝情報と存在のすべてを注ぎ込んで

 

ナノマシンがそれをしてくれるから」

 

「いいんだな」

 

「ええ、お願い」

 
 

力果てた俺を、ひんやりと、そしてしっとりと滑りつく柔らかな素肌で抱きしめながら有希は言った。

 

「さあ、眠って。

 

そして、目覚めたところは11次元と12次元の狭間のフラクタル空間。

 

貴方と私の・・・」

 

そうか、お前はこんなにも美しい・・・
愛してるぞ、ずっと・・・

 

俺の意識は白い光の中へ消えていった

 
 
 

NOS 11.37524615087…… 

 

少女は今、母になろうとしていた。

 

腕の中で眠る愛しい人の全てを受けいれ、自らの全てと重ね合わせた新しい存在が、今、形作られようとしているのを体の奥底に感じた。

 

ナノマシンは大量のエネルギーを要求する、数時間前、あれほど食べたのに、もう空腹。

 

涼宮ハルヒの生み出したプログラムは、あのノートから最後の磁気の欠片にいたるまで完全に消去してある。そして彼女の中で役割を終えた最後のコピーを、今、消去する。

 

ナノマシン達は最終データを内包した小さな結晶型のメモリーディバイスを形作ると役割を終え絶縁性ジェルへと自壊しはじめた。愛しい人からの情報を受け取って来たナノマシン達もそれを取り巻くように白い炭酸カルシウムへと形を変えてメモリディバイスをくるんでいく。

 

少女は眠っている愛しい人の手を、自らの体にいざなうと、小さく
「助けて」
と囁いた。

 

ゆっくり呼吸をする、力を抜き、下腹に意識を集中する。
小さな陣痛が波のように襲ってくる。

 

もうすぐ、今・・・ 生まれる。

 

最後の瞬間、愛しい人の手から力が伝わってきて、小さな卵が生まれた。

 

しばし、疲労の回復するのを待つ。さあ、起きなければ。最後の仕事が待っている。

 

卵の殻から、そっと取り出した結晶型のメモリディバイスをゲーム機につないで、全ての機械を立ち上げた。モニタを見る、大丈夫、私たちの子供はもう私の手を離れてその世界を作り始めた。数テラバイトの空間は狭すぎるけれど、夕方までには存在の基盤を埋め込んだ新しい完成版の小さなNOSのコアが出来るはず。それがもう一人の私と彼との最初の仕事。

 

でも、その前に・・・

 

彼女は結晶型のメモリデバイスにそっと手をふれ、情報を書き換える。これがもう一人の私への最後の贈り物、出産の記憶。

 

そのメモリディバイスはチカチカと瞬いてメモリアクセスが有った事をしらせると、キラキラと輝く光の砂となって消えていった。

 

シャワーを浴び、着替え終わると、彼女はまだ眠る愛しい人の元へ戻り、優しく口付けをしてから起こさぬようにゆっくりと服を着せ始めた。

 

小さく何事かをささやく。

 

窓を覆っていた薄紫の光のカーテンは消え、朝の光がとさし込み、街の息吹が回復する。

 

もう一人の私、もう一人の彼と直接アクセスする事はしないことに決めていた。もう別々の存在、文字通り違う世界の存在だから、それに・・・きっと嫉妬してしまうから。

 

それでも、その世界に行く事を選択してくれた彼が自分を愛してくれた事、そしてその世界を生んだ事で自らの中に確とした強さもまた生まれていた。

 

「ありがとう」

 

そう囁くと、そっと台所へ向かい、二人分の食事の支度を始めたのだった。

 
 

NOS 12 〜 エピローグ 〜

 

コーヒーを飲みながら俺は寝てしまっていたらしい。しかも布団に運ばれたのか? 長門、重かったろう?

 

寝ぼけた頭を振りながら必死で昨夜の事を思い出そうとする。なにか、大切なことを長門に言われたような気がするが、あれは、夢か?

 

這い出していくとコタツの上ではPCやらハードディスクのランプが点滅しながら、なにやら必死に動いている。

 

「長門、おはよう。
 すまん、俺、寝ちゃったみたいだな。
 何も手伝えなくてごめん。
 その、NOSは結局どうなったんだ?」

 

「そちらは使ってるから、顔を洗ったら台所に来て、
 今、パンが焼けたから」

 

エプロン姿の長門が台所で朝食を作っている。めちゃ、可愛いぞ。

 

ちゃんとコーヒも、サラダも、ベーコンエッグも出来ている。

 

「あなたはとてもがんばってくれた。
 だからもう大丈夫。
 今、データをコンパイルしているところ。
 夕方には終わるから、食べたらこのままにして出かけましょう。」

 

そうか、今日は広告とりだったっけ。時間は大丈夫だよな?

 

「まだ、8時。でももうすぐハルヒは出発するはず。
 急いで、今日は貴方を最後にさせない。」

 

妙に明るく、そしていつもより近くに体を寄せてくる長門と連れ立って外に出た。

 

なあ、後、乗るだろ? うなずいて自転車の後に横すわりした長門は右手の指先でちょこんと俺のシャツをつまんだ。どうやら、今日はいい日になりそうだ。

 
 

 


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:04:13 (3092d)