作品

概要

作者嫁は朝倉眉
作品名長門有希の報復
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2008-02-24 (日) 23:16:21

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 世の中に当番というものがあるということの理不尽を、どうして誰も口にしないのか――教師の手伝い1回につき、せめて内申点をいくらかくれるとか、そういう仕組みを作ってでも置けば、はいはいと進んで教材でも運ぼうという奴等の数名は簡単に思い浮かぶ。が、実際には誰も運ぼうとはしない。当然といえば当然である、そういう仕組みなど、この北高には存在しないからだ。

 すなわち、俺がクジ運悪くこうやって当番にあたり、しかもこんなときに限って社会科の教師の奴と言ったら意地悪く、こんな重い物を準備室から持って来させるわけだ。それをまた、返しに行かなければならないという恐ろしく理不尽な目に、俺は遭遇しているのである。これが理不尽でなくて、何が理不尽であろうか。強引に解釈してくれるようなその手のスレの住人でもいれば、出て来ていただきたい。古泉でも連れてきて、賞賛の言葉を滝のように浴びせて差し上げよう。激しく心はこもっていないだろうけどな。

 ま、せっかくこうやって校舎の中でも普段通る頻度の少ない道筋を通ったりしたんだ、ハルヒが言うような不思議なことすら目にする機会くらいあってもいいかもな……なんて思ったのがいけなかったのか、実際、それはあった。

 6組はとなりのクラスだ。だが、俺たちのクラスの方がひとつだけ若い分、毎朝の下駄箱経由のルーチンワークにはその前を通ることは、かろうじて入っていない。部室に行くときにも、目の前を横切ったりする――なんてこともない。だから、長門がクラスで普段どうしているのかということを目にする機会なんてない。いつだったか、話題がなくなったときについ「クラスで浮いてないか」なんて聞いてしまったほどだ。1ミクロンほど頬をゆるめて、問題ない、と言われておしまいだったが。

 その6組の前を、果たして横切ってみることになったわけだ。

 当然、気になるのは長門だ。やっぱり誰とも話をせず、ひとりで本に向かってるんだろうな……なんて想像をしながら、それこそ三角クジの入った箱の中で当たりを探すように、その相手の姿を選り分けていた。

 当たり前といえば当たり前だが、長門はそこにいた。しかし、俺が思い描いていた姿とは、少し違っていたんだ。

 なにせ、本を読んでいない。それどころか、クラスの女子となにやら話をしている様子ですらある。話をしている、というのが正確な表現なのかどうかは怪しいところで、どれだけ話を聞いても「そう」としか言っていないような気がしないでもない。それでも、まわりの女子たちは長門との会話を楽しんでいるようにも見える。パソコンのCPUに使われてるような超微細パターンくらいしかない長門の表情の変化をこいつらも理解できるのか、それはそれで不思議な気もしたが、この状況を考えれば、あのとき応えに困って口にした「そうか、よかったな」という台詞が当てはまることだけは確かだ。

 考えながら突っ立っていたのは、およそコンマ4秒ほどのことだったと思う。そこで長門がこっちを向いた。俺は飲みそうだった息を少し解放しながら、片手を上げた。上げたのは吐いた息の量に見合う分だけだったのだが、長門も、応じるように顎を引いた。俺にしかわからないようなぐらいでしかなかったが。いや、さっきの考えから行けば、あいつの周りにいる女子たちにもわかっているのかもしれない。

 ま、せっかく話に興じているんだ。邪魔をしては悪い。俺は数メートルしか先にない自分の教室に、歩を進めることにした。
 それが「歩を進める」どころか、自陣にいきなり飛車でも指されたようなあんな話になるなんて、そのときの俺は考えてもいなかったのさ。

 
 
 
 

 数日後のことだ。

 放課後を知らせるチャイムが鳴るなり、俺のネクタイを涼宮ハルヒ号という名のジェット機が右斜め後ろに引きずった。ネクタイだけが飛んで行ってくれる分には全然構わないのだが、あいにくほどけていないらしく、俺の体もそのまま廊下へと引きずり出された。何を急いでるんだ。カバンの用意ぐらいさせろよ、すぐ部室に行くから。

「それじゃ遅いわ、あたし掃除当番なんだから。いま、ここで、ちゃんと言いなさいっ」
 何をだよ。
「あんた、隠してることがあるでしょ。このあたしに隠せおおせるつもり?」

 自分を釈迦無二世尊か何かと勘違いしているに違いない、唯我独尊ぶりである。しかし、いくら相手がお釈迦様でも、どういうつもりもこういうつもりも思い当たる節がないことには答えようがない。閻魔大王のところに呼び出されたとしても、俺には舌は二枚もない。抜くような余分はないぞ。

「言うんなら、いまのうちなんだからね?正直に言えば神様だって許してくださるわよ」

 仏様の次は神様か。その神様はキリスト教じゃないだろうな。できれば日本の神様にしておいてもらいたいもんだ、ヘブライ語なんて話せる自信がないからな。っていうか、なんで懺悔しなきゃならんのだ、何も悪いことをしていない俺が。ほら言うじゃないか、石川五右衛門でも無い物は盗れぬ、って。

「やめておきなさい、ルパンになんてなれやしないんだから」
 なる気など更々無いぞ。
「ごまかそうったってだめよ」
 言い出したのはお前だ。
「あくまでシラを通そうっていうのね。いいわ、あんたが言わないんならあたしが言ったげる。あんた、有希にちょっかい出してたんですってね!」

 は行の一番上の文字、つまり「は」なんだが、それが口から間抜けに抜け出している図を想像していただきたい。

 長門は、SOS団の大切な仲間だ。とりわけ、困ったときに頼りになる、とんでもない味方だ。古泉の「機関」はハルヒが神に匹敵すると言ってるらしいが、俺はハルヒより長門の方が神様って呼ぶのにふさわしいんじゃないかとすら思えるね。その長門にちょっかい出す、なんて接し方は、馬と鹿が大群で突進して来たってありえない話でしかない。だいたい「ちょっかい出す」なんて言葉、まだ生きてたのか。
「うるさい!」
 都合が悪くなったらそれかよ。

「噂になってるから、あたしなりに調べてみたのよ。そしたらあんた、誰もいなくなった放課後の教室で、有希を押し倒そうとしてたんですってね!?」
 谷口から聞いたんだろ。そんなの信じるのか?
「ちゃんとこの目で見た、って言ってたわよ。あいつ、アホだけど嘘を言うようなやつじゃないわ」

 確かにあいつがそういう場面を見たには違いないがハルヒ、あれはだな、文芸部の部室の件で相談をしていただけだ。たまたま長門が貧血を起こして倒れたのを受け止めに、

「有希だって『前につきあったことある』っていうようなこと、言ってたらしいし」

 ……長門が?
 信じられん。嘘を言わないことに関しては、谷口よりも数段上だ。そりゃもちろん、隠してることはある。対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース、なんてこと、おおっぴらにしたって良いことはひとつもないからな。しかし、虚偽の情報をわざわざ発信する――なんてことを、長門がするはずがない。
 特に、俺については、だ。その確信は、ある。

 ハルヒは俺が考えているのを見ているのも、黙っているのも良しとしない奴だった。
「……まぁいいわ。あんたと有希の間に何があったか知らないけど、――有希を泣かせるようなことしてたんなら、あたしがただじゃおかないからね!」
 お前、他人の恋愛に口を出すつもりはない、って言ってなかったか?
「有希は『他人』なんてつまらない存在なんかじゃないわ。あたしはSOS団の団長で、有希は団員なんだから!」
 俺は外してくれるんだな?
「バカなこと言ってんじゃないわよ……とにかく、ちゃんとしてよね!団の活動に差し障りがないように!」

 俺の鼻先を突き刺しそうだった指を自分の腰に戻すと、ハルヒはアヒルにした口を教室の方へずんずん進めていった。
 みんな、掃除はゆっくりやってくれ。隅々まで、きれいにな。それで俺に考える時間を、作ってくれ。

 
 
 
 

 部室に向かう道すがら、混乱した頭を少しでも整理すべく、俺は頭をひねっていた。

 ハルヒは、長門が俺と「前につきあったことある」っていうようなことを言ってた”らしい”と言っていた。つまり、長門本人から聞いたわけじゃないってことだ。きっと、6組の誰かが長門の話を聞いて、意訳だか超訳だかした結果がそれで、それがとんでもない誤訳だったってことは考えられる。うん。長門は別の言い方をした。そうに違いない。あいつ本人に聞けば、はっきりする話だ。

 しかし、俺の頭の隅にはどうしても、「そうに違いない」と言い切れない考えが残ってしまっていた。
 ……もし本当に長門が、「そう言った」んだったとしたら?

 あいつがこの世界を弄くり回しちまったのは、エラーがたまったせいだって話だ。そのエラーは、過去のあいつ自身が作った修正プログラムでなんとかなった。
 本当になんとかなったのか?ひょっとして、その修正でもって、また別の何かがおかしくなったってことはないのか。

 いや、他にも誰かが仕組んだ可能性もある。朝倉は長門と同じインターフェースのくせに、俺を陥れて殺そうとまでしやがった。そういう機能を、長門自身が思念体に植えつけられちまったとか。
 あるいは、風読みリボンのあいつが、何か妙なことを望んだか――。

 どこをどう歩いていくら考えたところで、考えなんてまとまるもんでもない。いつしか、俺は校舎の中をぐるっと一回りしていた。部室へ行くどころかもう少しで丸々一周、自分のクラスが目の前だ。

 つまり、俺は今、6組の前にいる。

 長門は……いない、か。あいつはいつも、俺が部室に行く頃にはもう先に来ている。ここにいないってことは、ごく普通の行動を長門が取っているんだから、ひとまず安心はできるな。

 教室には、まだ何人かがいた。掃除当番なんだろう、こんな時間にまだいるってのは。
 覗き込んだのが目に留まったらしく、女子のひとりと目が合った。そいつは急ぎ足でやってきた。まずい、怪しまれたか……と思いきや、スーパーでお買い得品の品定めをする主婦のような目で俺を見やがると、いかにも面白そうに言って来た。

「有希ちゃんなら、もう行ってるけど?」

 そう言えばこいつは、こないだ俺が社会科準備室から帰ってきたとき、長門と話をしてた連中の一人だったような気がする。ということは、ハルヒの言っていた長門発言を、ひょっとしたら直接聞いてたか……なぁ、長門は俺のこと、なんて言ってたんだ?

「え?あぁ、元カレ…とか、のこと?涼宮さんにも聞かれたわね」
 やっぱりか。悪いが、詳しく教えてくれないか。
「キミが来たときにね、誰だったか、有希ちゃんに『だぁれ?』って聞いたの。あたしはキミが、となりのクラスで涼宮さんと仲良くしてるって有名なのを知ってたから、知らない人もいるんだなぁと思ってたけど」
 仲良くしてるんじゃない、巻き込まれてるだけだ。
「あら、うれしそうに見えてるけど、違うの?」
 否。断じて、否。
「ふぅん…」
 そんなに不思議そうな目で見てくれるな。
「とにかく、その場はそうで、ね。そしたら有希ちゃん、部活の仲間だ、って」
 えらく普通の返事じゃないか。それがどうして「元カレ」なんて話になるんだ?
「なんとなく、返事に間があったのよ。それを別の子が面白がって『実はこっそり付き合ってるとか?』って言ったらね、有希ちゃん、『彼と交際はしていない』って」
 そうだろう。その通りじゃないか。実際、あいつと付き合ったことなんてない。っていうか、好きあった女子と交際したようなことは、いまだかつてないぞ。
「うそぉ、そんなはずないでしょ?だって……」
 猫がネズミを見つけたときのような目をするやつは、意外とたくさんいるものだ。こいつも、そのうちの一人だったらしい。

「有希ちゃんはね、その後に『今は』って、言ったわよ?」

 俺は弁明に奮闘せざるを得なかった。
 長門のことは――あいつがどういうつもりだったか分からんからさておいたとしても、ハルヒと仲良く云々という誤解だけは、最低限解いておかなければならない。俺の話を信じる、と、件の女子に何とか言わせるには、四半時ほどもかかったが。

 
 
 
 

 さて、俺はますます、訳が分からなくなっていた。
 証言によれば、長門は「彼と交際はしていない、今は」と言った――ことになっている。この文章は、以前付き合ったことがあって今は別れた、っていう意味だ、と答えれば、国語表現Iのテストなら丸の一つもくれるんだろう。いや、こういう問題は国語総合だったかな。

 今も昔も、長門とそういう関係になったことはない。どこぞの改変世界に居続けたら、多分そうなっていただろうことは俺も認めるが、ここは長門がちゃんと戻してくれた、元の世界だ。
 ……本当に?

 表現Iだろうが総合だろうが、何にせよ出題者は長門だ。答案の合否は、教官に尋ねなければ分かりはしない。そしてその教官は、もう部室にいるはずだ。

 部室のドアをノックすると、ふわふわした心地よい声が出迎えてくれた。
「はーい」
 朝比奈さんが、わざわざ俺のために扉を開けにまで来て下さったという事実がそこに存在するだけで、ここまでの気苦労がどこかに吹っ飛んで行こうというものだ。
「あ、やっぱりキョンくん……」
 しかし朝比奈さんの顔には、ありありと困惑の色が浮かんでいた。どうなさったんですか、またハルヒに無茶な格好を強要されたとか?
「ううん、そうじゃないんですけど……その……」
 無茶な格好でなければ、今度は何ですか。

 朝比奈さんの向こう、部室の中には確かにハルヒの気配がする。いつものハルヒなら、俺が来るなり何か暴言を吐くだろう。そうでなくても、今日はあいつが掃除当番で、俺はそうじゃない。俺の方がずっと早く教室を出ているのに、ここに来たのはあいつの方が先だ。俺が来たことがわかった時点で、遅い、キョンのくせに何やってた、とか罵声を浴びせて来たって不思議じゃない。むしろ、その罵声が飛んでこない今の状況のほうが、よっぽど不思議だ。
 心配顔の朝比奈さんをそっと横にどけると、俺は部室の中の様子を覗き込んだ。

 そこにあったのは、腕組みをして長門を見下ろしている、ハルヒの姿だった。長門はいつも通りパイプ椅子にすわったまま、相変わらず本から目を離さない。
 世間じゃ誰々が空気が読めるだの読めないだの、やいのやいの言うのが流行りのようだが、俺は自分がそんなに空気の読めない人間だとは思わないね。この場に踏み込んで「仲良くお話ですね」なんて口を挟むような真似できるもんか、どっかのニヤケ野郎じゃあるまいし。朝比奈さんがオロオロするのも無理ないぜ、この状況は。

 ハルヒは長門の頭にクチバシでも突き立てそうに口を尖らせていたが、どれだけ尖らせたって、そこに餌があるはずはない。ついには痺れを切らしたらしく、引っ込めて口を開いた。

「有希……お願い」

 長門はそのまま本を読んでいた。いや、読んでいたんじゃなさそうだ。ページが全く進んでいない。
 沈黙は、長くは続かなかった。

「私は、彼に危害を加えられたことはない」

 ハルヒのただでさえ大きな目が、さらに開いた。どこまで大きくするつもりだ。そのまま開いていけば、両方がレミニスケート形につながりそうだな。空に拳銃をダンダンぶっ放して、逮捕だなんだと追いかけてでも来るのか。

「ホントに、そうなのね?」
「そう」
「押し倒された、っていうのは?」
「私の身体の物理的なバランスにおいて不安定な状態が、彼の意思によってもたらされたことはない」
「うーん……つまり、キョンが押し倒した、ってことはないのね?」
「起き上がるのが困難な状況下で、物理的に支えてもらったことならある」
「谷口が見たのはその時のこと?」
「そう」
「ふーん……」

 ハルヒはしばらく長門の瞳に自分を映りこませていたが、不意に胸を反らせると、そこにあった邪気か何かを吹き飛ばしてしまうかのように息をふうっ、と吐いた。

「わかったわ、有希が嘘なんて言うはず、ないもんね」

 こいつ、長門の言うことならあっさり信用しやがった。俺の言ったことと同じだろ?爪の先ほども信用しなかったくせに。
「あらキョン、いたの?人徳よ、人徳。積み上げた徳の成せる業よ。あんたも精進なさい」
 何が人徳だ、お前に言われたかないね。三徳包丁みたいな目付きしやがって。
「そんなことより、」
 そうだろうとは思ったが、やっぱり聞いちゃいない。
「ねぇ有希、ひとつだけ教えて。それじゃあ、なんでわざわざその子たちに『今はもう交際してない』なんて言ったの?」
 長門は1ミリほど首を傾けた。

「違う。わたしが彼女たちに言ったのは『彼と交際はしていない、今は』という文章」

 ストーブがついてるとはいえ、よく冷える毎日だ。風が窓ガラスを叩いた挙げ句、隙間からすうっ、と入って来ようものなら、足元で感じていた寒さが背筋を駆け上がって来やがる。まして、こんな笑えない冗談の後なら、なおさら堪えるんだ。あのぉ長門さん、何か微妙に言葉の使い方、間違ってません?

「あなたとわたしが今までに異性関係という意味で交際をしたことはない。だから現時点で、あなたと私は交際をしていない。それは事実」

 だからな長門――と言おうとして、俺はそれを止めた。何だろう、この違和感は。長門は確かに、いつもと変わらない無表情だ。なのに、何かが違う。
 その何か、を、俺は直感した。俺は前にも、長門のこんな顔を見たことがある。いや、でもそんなはずはない。何故かって?それは、こいつが前に朝比奈さんを真似て「禁則事項」と言った時と、同じものを感じるからさ。つまりそれは、この状況を長門が、

 ――面白がってる、ってことなんだからな。

 
 
 
 

 とんでもなく悪い予感で気分が悪くなりそうな俺を尻目に、ハルヒは自分の手のひらに判を押すように、ポンっと手を叩いた。
「あっ、そういうことなんだ!」
 今度は何だ、何がどういうことなんだ。

「何よ、あんたまだわかんないの?キョンってさ、
  K=空気
  Y=読めない
  O=男
  N=ナンバーワン
の略?ひょっとして」

 先にも言ったが、俺はどっちかって言うと空気の読めるタイプだという自負がある。会話の真空地帯でも突き進んで行けそうな宇宙服でも神経に着込んでいそうなこいつに、こんなこと言われる筋合いはないってもんだ。空気読めねー読めねーって、言えばいいってもんじゃない。逆にお前が、勝手に考えて、勝手に納得してるだけって可能性は考えに入れたりしないのか?だいたいナンバーワンだったら、最後にワンのOを付けるぞ、普通。

 涼宮ハルヒという生物に、何か苦言を呈するだけ無駄だってことを、俺は忘れていた。
「あ、そう。わかんないならいいわ。あたしも他人の恋愛に首突っ込んでるほど、ヒマじゃないのよ」
 ハルヒはカバンを担ぎ上げると、これから悪ふざけを思いっきりしてやろうかと待ち構えている小学生男子のようなイタズラっぽい目を俺に……いや、長門に向けたのか?
「古泉君が、なんか面白いものを見つけたって言うから、行くわよ。あたし、先に言ってるから、あんたたちは後から来なさい……いろいろあるだろうから!みくるちゃんもなるべく早くね。いいわね?」

 どうせ、「機関」の仕込みイベントなんだろう。ある意味安心だが、つまらん猿芝居に付き合わされるこっちの身にもなれってんだ。そうでなくても俺は今、長門のことで……。

「そうそう、キョン!」

 ほとんど体も廊下に出てしまおうとしていたハルヒは、ドアノブに手をかけたまま、こっちを振り返った。
「有希はとてもじゃないけどやりそうにないから、あたしが代わりにやっとくわ。しっかり見ときなさい!」
 なんだよ一体、という台詞を俺が声にする間も与えず、奴は下の瞼をひっくり返して「アッカン、ベーだ」と、ご丁寧に舌まで上下にベロベロと動かしながら言い放つと、有らん力の限りを込めたんじゃないかと思えるくらいの大きな音を立ててドアを閉めた。だからさハルヒ、部室棟は古いんだぞ。お前の一撃で崩壊する羽目になったらどうする。大事に使えって。

 その音を合図にしたように、長門は分厚い本にしおりを挟むと、いかにもページの厚みを感じる音を立てながらその本を閉じた。そして立ち上がると、本をカバンにしまった。そうだな、俺たちも行くか。
「まだ」

 どうした、と口に出してから、俺はもうひとつ大事なことを忘れていたことに気が付いた。
 さっきの長門の様子は、明らかにいつもと違った。会話にありがちな思い違いを起こすのを嫌って、生真面目で固すぎるぐらいの言葉をわざわざ選んで話すこいつが、あえて誤解されそうな文章で自分と俺との間を言った。それだけならまだしも、それで俺が驚いているのを見て、面白がっていたんだぜ。
 場合によっちゃ、非常事態かもしれない。あんまり考えたくないが、古泉がハルヒを含めた俺たちをどこかに呼び出そうとしているのも、本当に何かあるのか?なぁ長門、お前、本当に長門だよな?時空が改変されたりとか、

「していない。この時空平面はこれまでの過去時空と歪みなく連続しており、改変された痕跡は一切見当たらない。わたしはあなたの知っているとおりの、パーソナルネーム長門有希のヒューマノイド・インターフェース」

 コンマ5ミリほど顔をこわばらせて、長門は俺を見た。瞳の中の重力の井戸に、俺の姿が吸い込まれそうだ。わかった、じゃあ、お前の親玉も今まで通りなんだな?
「今まで通りって?」
 あくまでいつも通り、平坦に聞き返す長門に、安心したような恐ろしいような感覚を覚える。いつか朝倉が言ってたように、もし長門の親玉が考えを変えて、俺を窮地に追い込もうとしているとしたら――。

「情報統合思念体からわたしが受けている任務は、涼宮ハルヒの監視。以前と変更はない」
 ハルヒ……か。やっぱり、お前がわざわざ妙な話振りをしてほしい、なんてあいつが、望んだからか?
「この数日間に彼女が環境情報に与えた影響は、皆無。ただ」
 ただ……どうした?
「ただ、わたしが与えられた影響はある」
 まぁ、そりゃな、放課後だけとは言え、顔を毎日毎日つき合わせりゃ……っておい、ハルヒに何の影響を受けたってんだ!?

「涼宮ハルヒがあなたに対して不満を抱いた場合の事後処理について解析を行った。不満を持ちながら、あなたに対して一切の不満解消行動を取らなかった場合、閉鎖空間、及びそれに準ずる環境情報の改変を生ずる確率は81.4パーセント。しかし、不満を持ちながらも彼女が受けた精神的衝撃と同等、もしくはそれに相当すると彼女が納得するだけの精神的、または物理的衝撃をあなたに対して与え、彼女がその効果を認めた場合には、閉鎖空間、及びそれに準ずる環境情報の改変を生じたことは、全くない」
 漢字が多くてなんだかよくわからんが、つまり、あれだろ?パーッとストレスを解消したら、あいつは納得して閉鎖空間を起こさない、って。
「そう。これを、わたしのエラーデータの処理に応用するプログラムを作成した。今、試行中」

 つまり、お前なりにエラーの蓄積を防ごうとしてた、ってことか。
 長門は俺の目にわかるようなほんの少しだけ、首を縦に振った。そうか、お前だって、不満のひとつぐらい、こぼしたくなるんだよな。よし、何でも言え。俺が聞いてやるから。
 そう言ったのを聞いて、長門は両側の眉根を1ミリほど、真ん中に向けて寄せた。そりゃな、言いたくないこともあるんだろうけどさ。俺とお前の間じゃないか、何だって聞いてやるぜ?

「……いずれにせよ、6組の級友への情報伝達に齟齬が発生しているのは確か。訂正が必要」
 目をそらすと、長門はカバンを持たずにドアへ向かった。
「彼女はまだ、教室にいた?」
 振り向かずに、目の端だけで俺を捕らえている。どうだかなぁ。俺が行ったときには、まだいたが。
「そう」

 ほとんど体も廊下に出てしまいかけてから、長門はドアノブに手をかけて向こうを向いたまま、立ち止まった。

「訂正は早いほうがいい」
 そうだな。
「彼女がいた場合、以前の発言を取り消した上で訂正する」
 ん。
「『彼と交際はしたことはない』」
 うんうん。
「『……まだ』と」
 おいちょっと待て、それじゃ、また――
 ドアが戸口に音もなく吸い込まれると、長門の静かな足音がひとつ、ふたつと進んでいくのだけが聞こえた。

「さて……あたしも着替えなきゃ、ですね」

 居心地が悪かったですぅ、とバックグラウンドに聞こえて来そうな溜め息を出してしまうと、朝比奈さんはそう言って微笑んだ。ああそうですね、じゃあ俺、廊下に出てます。長門はまだカバン、取りに来るでしょうし。
「あの……キョンくん、ひとつ聞いてもいいですか?」
 険悪な場面はとうに終わったというのに、朝比奈さんの愛らしい目には、またもや困惑の星が舞っている。心配要りませんよ、ハルヒはああは言いますけど、根は結構いい奴なんです。お節介焼きたいんなら、もっと素直にやりゃいいのに。
「そうじゃなくて……その……」
 もじもじしている人が人なだけに、破壊力抜群である。こんな目で見られ続ければ、聖徳太子でもイチコロに違いない。今ちょっとうまいこと言ったよなと思っていた俺だったが、ここで朝比奈さんが口を開いてくれたのは本当に助かった。もう少しもじもじが続いていたら、ぎりぎりのところで本能に負けていたかも知れないからな。

「その……あのねキョンくん、あたし、よくわからないから、間違ってたらごめんなさいなんですけど……長門さんが言ってた『受けたショックと同じくらいのショックをキョンくんに与える』って、それって、『仕返し』ってことじゃ、ないかなぁって」

 仕返し……だって?
 確かに、長門はハルヒの行動を解析したと言っていた。ハルヒなら、取るに足らないことでも気に入らなければ、仕返し3倍!とか、いや10倍か?そんなことを平気で言って来て、理不尽に俺の頭を抱えさせることなど得意中の得意なのはよくわかる。だからって、その行動を解析したところで、俺が長門に何の仕返しをされなきゃいけないんだ?この場に古泉でもいれば、いらない解説でも長々と始めてくれるんだろうか。

 朝比奈さんは、さっき長門がやったのと同じように、しかしはっきりと誰の目にもわかるように、両方の眉の距離を縮めた。
「ちょっと気になったんですけど、この前のこと、長門さんにちゃんと、謝ったんですか?」
 この前……ですか?
「うん、あの……あたしが1週間、『みちる』になってたときの」

 その間のって、……ああ、長門にちゃんと謝るようにって、朝比奈さんに言われましたっけ。ええ、謝りましたけど……あの後すぐ、ちゃんと。
「そんなんじゃなくて……えーと、長門さんとどこかに行くとか、なにか……その……」

 豊かな胸の前で両手をグーにして合わせ、一生懸命に考える朝比奈さんの姿が、愛しさを誘っている。その胸の奥には、優しさがいっぱい詰まっているに違いあるまい。いや待てよ、長門だって、別の形で表現するだけで、優しさってことから言えば朝比奈さんと比べられるものじゃない。ハルヒ?論外に決まってる。
 俺がそんなことを考えている間にも、朝比奈さんは一生懸命にその優しさを練り上げていらしたのだった。結果出てきたのは、こんな言葉だったが。
「あのね……ひょっとして、長門さんにとって『キョンくんと図書館』って、特別なことなのかなぁって」

 ……そうだ。
 改変世界での、「あの長門」と俺の出会った場所。
 ハルヒと閉鎖空間に閉じ込められた時、パソコンに表示された長門の言葉。

「それがどうなのかなんて、ぜんぜん分かんないけど……あたしね、勝手に思い込んじゃって、勝手に期待して、勝手に裏切られた気分になって、ショックで何日もごはん食べられなかったりって、結構あるんですよっ」

 えへっ、などと言いながら、ちみっと舌を出しついでにウィンクしたりする。朝比奈さん、それは反則ですよ。俺の脳内は、アドレナリン飲み放題パーティを開いてしまってます。
 朝比奈さんにそんなことを言わせる奴は大罪人ですよ。俺が小一時間、問い詰めてやりたい。

 目の前の天使はちょっと口先をとがらせたが、すぐまた優しい顔になって、目を泳がせた。廊下の先の方を見るように――長門の行った先、を。
「でも女の子って、いろんなこと、ちょっと期待しちゃうもんだから……」

 だから、仕返ししたくなるほど、あいつをがっかりさせちまったってことか。ちきしょう。バカか、俺は。

 音にならない言葉を唇にそっと広げると、朝比奈さんの口はすぐ、閉ざされていた。それが何だったのか、俺には分からないが――俺にはもう一つ、尋ねたいことがあった。

 長門も……やっぱ、そうなんですかね。

 朝比奈さんは珍しく、上級生らしい目で俺を見た。
「いくら長門さんが宇宙人のナントカだって、女の子には変わりない、でしょ?」

 手を振る朝比奈さんに頭を下げ、俺は長門のカバンを拾い上げた。

 
 
 
 

 結局、その日の「古泉の面白いこと」というのも取るに足らず、ハルヒは俺たちに海の中で真水を探させるような真似をした。「まだ何かあるに違いないわ」って台詞は当分、聞きたくない。
 それでもハルヒの機嫌が悪そうに見えなかったのは、ちょっと意外だった。時折、俺を見てニヤニヤするのが気味悪く、何を企んでるのかと考えれば考えるだけ恐ろしく思える。

 ニヤニヤの意味が分かったのは、その次の土曜だった。
 探索、いつもの駅前に集合……とは言っても、長門しかいない。もうあと5分で集合時間だってのに珍しいこともあるもんだ、俺が2番目か?みんなはまだか。
「急用で欠席」
 3人ともか?
「そう」
 連絡、あったのか。
「涼宮ハルヒから」

 ハルヒのやつ、朝比奈さんや古泉に「来るな」と言ったに違いない。あいつの企みは何だ、今度は一体。長門、ハルヒは何か言ってなかったか?
「何かって?」
 そうだな、妙なことっていうか、いつも言わないような何かをさ。

 そう聞くと、長門は真っ直ぐに俺を見た。
「彼女は『貸したげる』と言っていた」

 何を?と聞いても、そのまま微動だにしない。これはあれか、俺に何か考えろってことか。お前、まだあの仕返しプログラムっていうやつ、実行中なのか?

「先日試行したエラー処理プログラムは失敗と判断」
 どうしたんだ。
「処理の結果、別のエラーが増大した」

 お前のエラーとかっていうことの概念がイマイチはっきり分からんが……まぁ、仕返ししてみたものの、やめときゃよかったと思ってるって、そんな感じか。

 長門の反応を見ようとしていたが、ケータイの着メロに邪魔をされた。ハルヒかよ。はいもしもし、お前なぁ、
「あっキョン、あたしは急用ができたから行けなくなったけど、あんたたちはちゃんと探索するのよ?それから、あとでどこをどう調べたか、ちゃんとレポートしなさい!隅々までちゃんとレポートするのよ、いいわねっ?」
 一方的に話すのはいつものことだが、声がでかいんだよお前。で、何なんだ、また何か企んで――
「あたしに世話焼かせるんじゃないわよ!」
 それだけをやけに機嫌よく言うと、また一方的に切りやがった。全く……やれやれ、だ。

 ま、いいさ。こないだの部室の時といい、お前たち女子の間でしか分かんねぇことだってあるんだろうよ。男は女の言うとおり、ハイハイって動いてやるんだ、普段はな。それで何かあるんなら、その時はとことん付き合ってやる。それでいいんだろ?

 長門はしばらく、黙って俺の顔を見ていた。こういう時の長門は、何かを考えているんだ。その結果、またエラーになっちまうのかも知れない。そのエラーが溜まって、またこいつはおかしくなるのかも知れない。いいさ、それならそれで。それこそ、とことん付き合ってやる。いいぜ、長門。どこまでも、一緒にな。
 口に出してはいなかったのだが、長門はタイミングよく「そう」と言った。どこまでも見透かされてるような気がしないでもないが、こいつになら、それもいいだろう。

 じゃ、行くか。
「どこに?」
 決まってるだろ?
「……了解」

 長門は先に歩き出すと、3歩先で振り向いた。そして俺の目を見ると、1ミクロンほど頬を緩めて、俺が追いつくのを待っていた。

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:04:13 (2734d)