作品

概要

作者江戸小僧
作品名青鬼
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2008-02-02 (土) 22:06:36

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 いつものようにノックをすると、無音の反応。しかし、この感じは無人ではない。
「よっ」
 予想通りというか、長門がいつもの指定席で筋トレに使えそうな分厚い本を読んでいた。
 静かな空間。他には誰もいない、二人だけの世界。
 今週末は節分だから何か企んでいるのであろう団長様は数学の授業終了と同時に俺の後ろの席から消えており、いつ戻ってくるか想像もつかない。
 ま、こんな静かな空間も悪くない。週末を控えた放課後は人の気持ちを――
「あなたは」
 うん? 何だ、長門。
「朝倉涼子を覚えている?」
 う……忘れる訳がねえだろう。危うく辞世の句も詠めないまま旅立ちそうになったんだからな、それも2度も。まあ、その2度ともお前が助けてくれたんだが。
「彼女はあなたがたが言う悪人ではない。むしろ、純粋と呼ばれる性格とも言える」
 そりゃわかるがな、長門。思うに、俺を亡き者にすることを雑草を抜くような感覚でいたんじゃないか。もうちょっとマシな例えで言えば実験室のマウス位か?
「そう……」
 あれ? なんか長門の顔が寂しそうに見えるんだが。
「帰る」
 え?
 いつものように、いや、俺にはいつもより表情が読めない顔で長門は部屋を出て行った。
「おや、あなただけですか。他に誰も来てないなんて珍しいですね」
 おい、今来たなら長門とすれ違っただろ?
「いいえ、ここに来るまで団の誰とも会っていませんが」
 なんかおかしな事が起こってる。どうする? 俺。
「悪い。俺も今日は休みだ」
「どうしたんですか、一体」
 すまんが後は頼む。ハルヒには、昨夜のギョーザのせいだと言っといてくれ。
 俺はともかく長門の家へと向かうことを決める。さっきの顔つきは只事じゃなかった。

 

「あら、焦っているようですが、どうかなされましたか」
 狙ったかのように階段で俺の前に立ち塞がったのは、直前まで全く気配もなかった生徒会書記の上級生だった。
「別に」
「長門さんですか?」
 緑の髪の上級生の脇をすり抜けようとしていた俺は、その言葉に足を止めた。
「なぜです?」
 本意の読めない笑顔の中から鋭い眼光が俺を貫いた。
「長門さんにとって、特別なことがあるんです」
 まさか……俺の脳裏には、あの病室での会話が再現されていた。今更あいつの処分が決まったなんて言ってみろ、俺は絶対退かねえぜ。SOS団が相手になって――
「一緒に行きますか?」
 え? あー、どこにです?
「彼女が何をするのか、見に」
 それって、なんかスケベな言い回し……俺は目の前の翠の瞳を見て言葉を呑み込んだ。長門を見つけ続けて養った俺の観察眼が、喜緑さんが冗談なんか言ってないと教えてくれた。
 でも、どうやって見るんですか。
「簡単なことです。ただ観察するだけですから」
 じゃ、どこに行くんです?
「勿論、邪魔が入らない場所へです」
 俺は怪しい先輩に従って坂を下り、自転車を引き出して――え、ここですか?
 確かにここなら邪魔は入らないだろう。しかし、何で俺の部屋なんです?
「彼女はあなたの固有情報に関連するものに対しては警戒レベルが低くなります。代案はあなたをあそこまでお連れしてドア越しに透視する事ですが、どちらがよろしいですか?」
 そう言われても困るのは確かだが、こっそり覗き見するってのがどうも。いっそ、堂々と乗り込むほうが性に合ってるんですが。
「その潔白な感性は頼もしいですね。でも、長門さんには秘密のままであなたに知って欲しいんです」
 つまり、何が起こるか知ってるんですね。
「見当はついています。私を誰だと思ってるんですか」
 ああ、そうでした。
 俺の左手に、冷たい小さな手が触れた。
「目を瞑ってください。そして、気を楽にして」
 俺は言われるままにした。やがて、時間を越える時とは違う感覚に襲われる。
「ゆっくりと目を開けてください。あなたの正面に、該当する空間情報を複写しています。正面には彼女が見えるし音も聞こえますが、実際のあなたはちゃんと自分の部屋にいて横を見れば私が見えますから安心してください」
 言われて目を開けた俺は、そこに写る光景に思わず声を漏らした。
 そこは、長門の住む殺風景なあのマンションの一室だった。
 しかも、誰かがそこにいる。あれは……

 
 
 

「元気?」
「私は問題ない。あなたは?」
「勿論。この状態なら変動要素もないし」
「私はこの時空へのあなたの再構築を諦めな――」
「いいのよ、長門さん。これでよかったの、いろんな意味で」
「それは違う」
「あの時私が静観していたら、どうなったと思う?」
「……」
「あのままなら、近いうちに情報統合思念体から何らかの指示が出ていた。そうなればあなたも干渉はできなかったでしょ」
 長門の瞳の色が僅かに曇ったように見えた。
「私が独断で動き、あなたがそれを阻止した。彼の世界に対する認識が変わり、結果として彼女を刺激した。私はそれで十分。この時空での私の役割はもう終わったの」
「いずれ、あなたの助けが必要になる時が来る。その時は私が彼に理解してもらう。だから」
「それ無理」
「無理ではない。必ず彼にも納得してもら――」
「あなたが3年間ずっと待機している間、私は彼らを観察し続けたわ。彼らは本能と呼んでいる肉体の反射行動に完全に支配されている。自分達では理性で判断しているつもりになっているけれど、彼らの論理は無意識の本能を超える事はできないの。彼は私という恐怖を味わう事で新しい現実を理解できた。そして彼の反射行動には私を忌避する回路が設定された。たとえ彼が努力しても、それは簡単には消えない」
「あの時、私が説得できていれば――」
「それも違う。私は彼女に受け入れられなかった。その時点で私はそちら側には行けない事が決まっていたの。私の価値は、もうなかったのよ。バックアップとしても」
「彼女も変わった」
「いいのよ、長門さん。私が必要となる時が来れば、私は必ずあなたの傍にいる。でも、あなたしか私に気が付かない。私はその方がいい。再開の挨拶とか彼らでも理解できるような話を作り上げるとか、面倒なだけでしょ」
「私は……」
 その人影から伸ばされた腕が長門の頬に触れた。
「お互いを満足いくまで認識してようやく彼らは信頼し合う。それを築くのは難しく、壊すのは容易い。感情なんかに振り回されているから、純粋に論理的な意思疎通も難しい。もう、思い出したくもないわ」
「でも、あなたはそれが得意だったのに」
 その表情は見えなかったが、俺はあいつの声からそれがわかった。
「ほら、そんな顔してないで笑って。せっかくその体があるんだから、今のうちに感情を楽しまなきゃ。私だってかつての影響で今でもこんな風なんだから。ね」
「……寂しい」
「何言ってるの。呼べば来てくれる仲間がいるでしょ。私達とは違うけど、彼らなりに全力で助けてくれる仲間が」
 人影は明るい声で言いながら両腕で相手をしっかりと抱きとめた。その腕の中で、ショートヘアの頭が微かに動く。
「あんなに大切にされているのに、そんな事言ったらだめじゃない」
「でも」
「肉体の中に意識が閉じ込められている感覚って、時々すごく寂しくなるものね。孤独に耐え切れなくなりそうになる。でもね、だから彼らはお互いを大切にするのよ。あなたもそれを学ばなきゃ、お互い頼る事に」
「わかっている。でも……あなたにも一緒にいて欲しい」
「今でも一緒よ。あまり私を困らせないで。ね?」

 

 堪らず、俺は思わず視線を横に逸らせた。そこに見える先輩の瞳は、水気を湛えて光っている。
「あなたがた、この地の有機生命体というのは実に不完全な構築物です。余計な分泌物が不意に出たり」
 そうですね。でも、あなたが不完全と呼ぶその機能は体が昔を懐かしんでいるんだって説もあるんですよ。
「昔、ですか」
 かつて海で生活していた頃を懐かしんで、せめて目だけでも塩水に漬けてあげようと体が頑張ってるんです。
「実に非論理的ですね。光学情報受信器官を防護しない形態のまま進化したせいで常に湿潤を要する事になり、その機能が時折おかしくなるだけしょう。肉体という制約を持ちながら中途半端に知性を発達させた結果として、そんな根拠不明な発想を生むんですね」
 ああ、そうかも知れません。しかし、俺たちはこの機能を大事に思ってるんです。
「一応念を押しておきますが、今見たことは内密に願います」
 勿論です。いくらあいつが心配だからって、プライバシーを覗き見ていいんだなんて思ってません。
「ふふ。あなたのそういう反応にはいつも驚かされます」
 全く。俺は宇宙人から見ても変わった奴に見えるのかよ。

 

 月曜日。
 いつものようにノックをすると、無音の反応。しかし、この感じは無人ではない。
「よっ」
 予想通りというか、長門がいつもの指定席で筋トレに使えそうな分厚い本を読んでいた。
 静かな空間。他には誰もいない、二人だけの世界。いつもと変わらないあいつ。
 いや。その顔は、俺には先週よりも嬉しそうに見える。
 なあ、長門。先週言ってた、あいつのこと話さねえか――

 

<終>

 


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:04:10 (3088d)