作品

概要

作者江戸小僧
作品名大掃除
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-12-30 (日) 22:12:28

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹登場
ハルヒ登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

「来て」
 ちょっと待てって。
「キョン君、早く」
 そうせっつくなよ。
「いいから、して」
 ほらよ、これでどうだ。さっきの約束、忘れるなよ。
「とってもうまいよ、キョン君」
 これでコツはわかっただろ。自分でやってみろ、見ててやるから。
「いじわる……」
 全く、しようがないな。もうちょっとだけだぞ。
「うん、もっと」
 いくら褒めたって拗ねたって手伝ってやるのはここまでだ。後は自分で仕上げまでやりなさい。
「やだ、キョン君の手で最後までやってぇ」
 俺はしつこく腰に腕を回す妹の両脇に手を差し入れて、その体を引き剥がした。
 いい加減にしなさい。俺だって自分の部屋の掃除、終わってないんだぞ。
 頬を膨らませてみせる妹をそのままにして自分の部屋に戻る。いい加減俺も片付けちまわないとな。夜には例によってSOS団で集まってから2年参りだし、今のうちに親が納得する程度には片付けないと最悪お年玉が貰えなくなっちまう。

 

 存在すら忘れていた雑誌やら何やらを見つける度に読みふけりたくなる誘惑に耐えておおよその掃除が終わった頃に携帯が鳴った。
 なんだ、谷口あたりのお誘いか? この冬は合宿にこそ行かなかったが正月はSOS団で過ごすから初詣はつきあえねえぞ。
 しかし、ディスプレイの名前は俺が最も信頼する無口な少女のものであった。
「どうした、長門」
「……」
 おい、そっちから掛けてんだから用件くらいは言ってくれよ。
「来て」
 すまん、何だって?
「来て」
 さっき聞いた台詞のような気もするが、こいつが言うとその意味は全く違ったものになる。
 待ってろ、長門。お前は俺が守る!
 こんな寒空の下でも金属質の輝きを失わない愛機にまたがり、俺は気分だけは弾よりも速くマンションへと向かった。長門、今度は一体何が起こったんだ!

 

 いつものように無言のまま玄関ドアが開き、俺は無意味と知りながらエレベーターの7階のボタンを何度も連打した。
 廊下を走って708号室の前へ。頼む、何だか知らんが間に合ってくれよ。
 チャイムに応えてドアがゆっくりと開いた。
 こ、これは!
 玄関に立つのは、間違いなく長門だ。しかし、この姿は……
 制服ではなく白いブラウスに赤いスカートを着込み、その上にエプロン。そして色が薄くさらさらの髪を包む、バンダナ。右手にはハタキ。
 それは見事なまでに大掃除の格好だった。というか、昔の教科書に載ってそうなレトロな格好だ。
「来てくれて感謝する」
 長門。何やってんだ? 昭和時代の事なら俺に聞いても無駄だぞ、生まれてないんだから。
「あなた達が大掃除と呼ぶ行為をトレースしている。しかし、詳細な実行手順が把握できなかった」
 そ、そうか。
 とりあえず中に入る。リビングはいつもの通りで、俺の目には床の綿埃も窓の汚れも見えない。
「長門。大掃除するほど汚れてるのか?」
「この空間でも宇宙の法則のままにエントロピーが増大している。あらゆる物質は崩壊を続けており、あなた方が埃と呼ぶものもまた存在する」
 そうか。で、何をすればいいんだ。
「最も埃が頻出するのは私の寝室」
 そうか、確かに毛布やシーツって常に埃を出すもんな――って、寝室?
「私は毎日睡眠をしている。あなたと同じ」
 決して疑ってないからそんな目で見つめないでくれ。
「私はあなたと同じ。有機物で構成され、化学反応で生体を維持している」
 ああ、そうだな。ま、俺はお前みたいに頭良くないけど。
「掃除の方法を教示してほしい」
 う、あ、わかった。わかったから。
 漆黒で冷徹な光を湛えている、そのくせ赤ん坊が親を見るようなまっすぐな瞳で見つめられたらとても嫌とは言えない。
 長門は俺の右袖を引っ張って寝室へと引きずり込む。
 寝室は、長門らしくとてもシンプルだった。窓にカーテンはあるものの、壁に何かを飾ってあるわけでもない。ベッドサイドにも何もない。俺の部屋よりも物が少ないような気がする。
 で、そのシンプルな部屋の大部分を占めるベッドには可愛らしいパジャマがきっちり畳まれて……いかん、いかん! 
「話を聞いて欲しい」
 わかってる。べ、別にお前のベッドをじろじろ見たりしてないぞ、本当だからな。
「大掃除とは、通常よりも徹底的に清掃作業を行う事であると認識している」
 ああ、そうだな。
「まだ私には通常の清掃作業と大掃除の区別がつかない。実演を交えて教えてほしい」
 そんな格好をしておいて区別が付かないとは不思議な事もあるもんだ。
「信じて」
 ああ。ここまで来たら何でも信じるさ。
 長門は満足したように壁にハタキを振るい始める。
「何やってんだ、長門」
「壁にも埃は付着する。あなたはベッドの上掛けを日光に当てて欲しい」
 そういや、ベランダに物干し竿が掛かってたような。っていうか、要領わかってませんか、長門さん。
 俺は幾何学模様のカバーがかかった上掛けを両手で抱える――あ、なんかいい匂いが。
「……」
 ! 違うんだ。別に我を忘れてなんかないんだ、信じてくれ、長門!
「そう」
 駆けるようにベランダに出て、物干し竿に羽毛布団を引っ掛ける。羽毛布団って直射日光に当てていいかどうか良く分からんが、それどころではない。ま、もうこの時間だから長い時間干す訳でもないし。
 幸いにも寝室は家具も少ないのですぐに終わった。次はリビングだ。
 長門がバケツの水に漬かった雑巾を絞る。なかなか慣れた手付きだ。
「なに?」
 長門の雑巾の絞り方って、まるでおか……あー、なんでもない。
「意思の伝達に齟齬が発生している。もっと直截的な表現を要請する」
 長門って案外――いや、ただの妄言だ、気にするな。
「そう」
 リビングの掃除が終わる頃には日が暮れていた。続いて二人でキッチンの汚れを落としていく。床や壁は1回拭いただけで十分綺麗になった。
 残るはこれか。
 俺はレンジフードの覆いを外してシンクに置いた。やはり、結構油汚れがついている。普通にやってもこれは落とすのが難しい。
 長門、油汚れ用の洗剤はあるか。
 長門は髪の毛一本分首を振る。
 じゃ、重曹は?
 同じ反応が返ってくる。
 ふむ、どうするか。油ならシャンプーで落ちるかな? かなり無理がありそうだが。
「これを洗浄する?」
 ああ。こういう時でないとやらない、こういう部分も掃除するのが大掃除だからな。
「任せて」
 そう言うと、長門は口の中で何かを呟き始める。
 と、見る間に覆いから油汚れが消失――そうだ、落ちていくのではなく、消えていった。
 なあ、長門。
「これであなたの要望に沿っている筈」
 ああ。だけど、こんなことできるならなんで全てこれでやらないんだ?
「……私はあなた方有機生命体の活動を正確にトレースするために」
 こら、ちゃんと俺の目を見て言いなさい。
「あなたにも埃が付着している。入浴して汚れを落とすべき」
 いや、別にそんな大袈裟なことはいいよ。
「あなたが入浴する間に夕食を用意する」
 わかった。結構汗かいたし、確かにもうそんな時間だ。じゃ、ありがたく風呂と夕食をご馳走になるぜ。
 既に長門が1人でやったのだろう、新品みたいに綺麗な風呂に入って汗を流す。入れ替わりに長門が風呂に入り、その間にキッチンを覗いてみるといつもの香りが充満していた。
 長門の短い入浴の後、ご飯が炊けるのを待って二人で今年最後のカレーを味わう。ただし、後があるので食べ過ぎないように気をつけたがな。

 

 SOS団で揃って蕎麦を食べ、人でごった返す中へと突入した。
「ねえ、有希も大掃除はやった? お参りの後、有希の家に行ってもいいでしょ」
「実行した。作業後二人で仕上がりを確認したので基準をクリアしたと判断している」
「へえ、誰か手伝ってくれたの?」
 ハルヒの視線は長門の見つめる方を追って動いた――俺へと。
「ははーん。なるほどね」
 おい、大晦日に指を鳴らすと蛇が出るぞ。
「あんた、女の子1人きりの部屋で何やってたの」
 何って、頼まれて大掃除の手伝いをしただけだ。
「ふーん、じゃ、なんであんたと有希から同じ匂いがするの?」
 な、なんだそりゃ。洗剤の匂いか?
「あたしね、クリスマスプレゼントにボディーソープあげたのよ。ちょっとマイナーなブランドの」
 それがどうしたってんだ。
「独特の香りがするのよ。ちょうど、今のあんたと同じような」
 そ、そりゃすごい偶然だな。我が家は普段特売の奴使ってんだが、ウチのオヤジもオフクロへの点数稼ぎにそういうの買ってきてたのかな。
「言いたいことはそれだけ? 今年最後の台詞なんだから良く考えなさい」
 待て。ほら、あの鐘の音と一緒に煩悩をだな――
「問答無用!」
 妹よ、今日した約束を守ってくれよ。俺に何かあったら、あれの中身を一切見ずに内緒で処分するっていう約束を。
     終

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:04:06 (3092d)