作品

概要

作者江戸小僧
作品名Kyon HUNTER
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-12-24 (月) 13:21:00

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ登場
佐々木登場
橘京子登場

SS

 

 俺は叢の陰から灯りの方を窺った。良し、誰も近くにはいない。
 そっと、音を立てないように枯れた芝生の上に腰を落とした。これで暫く休憩できるだろう。
 星の見えない空はいつの間にか厚い雲に覆われている。きっと多くの人は明日のイブがホワイトクリスマスになるのを望んでいるんだろうが、俺はどうか今晩は降らないでくれと念じた。
 全く、なんでこんな風に逃げ回らなきゃならないんだ。

 

 それは、初めは些細な事だった。
「こら! あんたはいつになったら遅刻しないようになるのよ」
 そりゃ、夏になれば暑さで自然に目が覚めるようになるだろうぜ。
「どうしてあんたは団員としての自覚が持てないのかしら。団長として恥ずかしくてしようがないわ」
 わかったわかった。だからさっさとどっかに入ろうぜ。寒くてしようがない。
「何言ってんのよ。不思議を追求する熱意があれば、寒くなんてないんだから」
 おい誰か突っ込んでやれよ。と言っても無理か……
「一方的に言うのもどうかな、涼宮さん」
 ナイス・助け舟! っと、え? 佐々木?
「キョン、その癖はやはり直らないようだね。僕も君に時間を守らせるコツを掴むのに苦労したからな」
 そう言ってクツクツと笑う佐々木は橘と周防九曜を両脇に従えている。お前らもクリスマスパーティーの買い出しか?
「いや、詳しい予定は立てていなかった。しかし、ここで君に会えるとは実に僥倖だ。もしよければ明日は君を賓客として迎え――」
 と、俺と佐々木の間に割り込む人影。
「ちょっと! SOS団専属の雑用係は渡さないわよ! 今日も明日もこいつは荷物もちなんだから」
「人気者だね、キョン」
 佐々木は余裕のある表情でハルヒに笑いかけた。
「でもね。わざわざ苦労するためだけに早起きまでする人なんて一体何人いるのかな」
 ハルヒの後姿が一瞬震えるのがわかった。
「あなたは気分いいでしょう、自分の思い通りに他人に命令をする。でも、それをされる方の気持ちを考えた事はある?」
「う……うるさい! SOS団はお互いに助け合ってんのよ。それぞれが役目を持ってるの」
「そして、それにふさわしい褒章は出している?」
 後ろでわざとらしい咳払い。おい、首筋に息吹きかけるな!
 わかってるって。だがな、今ヘタに口を出したらそれこそ収拾が付かなくなるぜ。
「それで遅刻するなという方が無理があると思わない?」
 あ、橘が後ずさり始めやがった。空気読んで自分だけ逃げる気か?
 と思っていると、ハルヒと佐々木の間に小柄な影が滑り込んだ。
「要点が明確でない」
「そうよ有希、もっと言ってやんなさい」
「要点、ね。つまり、キョンの気持ちをわかる者こそが彼と一緒にいるべきだということよ」
 何故か、背中越しにハルヒが凄い視線を送ってきている気がする。
「そ。わかったわ」
 おい、何がわかったって?
「つまり」
 突然暴君竜、いや我らが団長様は振り向きざまに俺のコートの襟を掴み上げた。
「こいつの気持ちを一番わかる人が、こいつを占有できるってことでいいんでしょ」
 おい、占有ってなんだ。俺はいつから編集中のコンピューターファイルになったんだ。
 しかし、ハルヒと対峙する佐々木どころか橘までその言葉を聞いてシャミセンが蝶を狙う時のような目で俺を見つめだした。
 うおっ 朝比奈さんまでそんな目をなさるんですか? 古泉、お前は自重しろ!
 さすがに長門はこんな時冷静に――な、何で九曜と睨み合ってんだ? 親玉同士、もう和解したんだろ?
「それとこれは別」
「壁は――囲う」
「私がさせない」
「交差する――腕。音が冷たい」
 ハルヒと佐々木はさらにヒートアップしていた。
「じゃ、権利は皆で平等に」
「タイムリミットは今夜一杯、ってところかしら」
「24日の権利をかけてね」
「判定は?」
「どこでもいいから体に触れたら捕まえた証拠。ただ見つけるだけじゃ、望遠鏡持ってりゃすぐに終わっちゃうでしょ」
 予測不能に暴走するフレアと精緻な計算によるメーザーの焦点が俺に突きつけられた。
「いまから1時間待ってあげるわ。その間に好きなとこに逃げなさい」
「と言ってもさすがに公共の交通機関の利用は遠慮してくれたまえ。範囲が広がりすぎるからね」
「ふふふ。これはちょっとしたハンティングですよ」
 こいつ、本当に楽しそうな目つきしてやがる。古泉にだけは捕まるとヤバい気がするぜ。
「待て、こっちにも条件がある」
「何よ、条件って。言っとくけど、ハンデなんてあげないわよ」
「そうじゃねえ。俺が先にお前らの背中にタッチしたら、そいつにはリタイアしてもらう」
「ふーん」
 元気一杯高校生はチェシャ猫を思わせる笑顔を向けてきやがった。
「面白いじゃない。あんたがあたしに対抗するって? 好きにしなさい」
「ああ。公平で結構だよ、キョン」
 ハルヒは右手を高く突き上げた。
「さ、正々堂々といくわよ、みんな」
「そう、正々堂々とインチキなしでね」
 ハルヒは皆に言ったが、佐々木はどうやら九曜に言ったつもりらしい。ああ、せめて宇宙パワーは控えてもらえないとな。長門もハルヒのお陰で正々堂々とやることを決めたようだ。
 そんな訳で、というにはあまりにも良く分からない理由でいきなり俺は追われる身になってしまった。
 あえて言おう。やれやれ、と。

 

 連中がお互いを睨み合ってる様を眺めている場合ではない。まずは愛機を駆って家に。とにかく、せめて事前準備は必要だ。
「あれ、キョン君もう帰ってきたの〜?」
「あ、お兄さん。おはようございます」
 なんだ、2人で買い物行くんじゃなかったのか?
「えへへ、ちょっとね」
 ん? そう言えばお前のコート、そんなの持ってたっけ。
「取替えっこだよ」
 ミヨキチは見慣れた妹のコートを手に困ったような顔で笑っていた。
 おい、ミヨキチにお前のコートは小さすぎだろう。
「だってー、たまには気分変えたいんだもん」
 ひらめいたぞ。
「ミヨキチ、良かったらこれ着て行くか?」
「えっ?」
 ミヨキチの整った顔がたちまち赤くなる。やっぱり男物なんか嫌か。いいアイデアだったんだが。
「あの……いいんですか?」
 なんか良くわからんがミヨキチは随分嬉しそうに俺の差し出したコートを羽織った。背の高いミヨキチならちょっと大きめってだけでなかなか似合ってる。妹と2人で歩いていたら、少しは連中を惑わせてくれるだろう。
 2人を送り出した後、部屋で準備を始める。俺は黒いダウンパーカをタンスの奥から引っ張り出した。高校受験の頃、母親が安いという理由だけで買ってきたんだがハッキリ言ってカッコ良くないデザインで佐々木の前でもSOS団の連中の前でも着たことがない。これに帽子を被ると、俺が普段する格好とはまるで違う。少なくとも後姿ならわからない筈だ。
 後は愛機をフルに利用するか、それとも足で動くかだが、佐々木は俺の行動パターンにやたらと詳しい。長門も恐らくは同じかそれ以上。ハルヒは本能と直感で同じ事ができそうだ。
 俺はマンガで読んだ知識を総動員することにした。こっちの行動パターンを知悉する相手に対してどうすれば良い? 自分の行動を考えて裏の裏を読んで、なんてやってたら間違いなく佐々木か長門に先手を取られる。ではどうするか。他人の行動パターンに沿ってみるのだ。
 谷口の行動を真似したら却って捕まえてくださいというようなものだ。国木田ならこんな時どうするだろう……うん、足で動く。常に敵を近づけないようにしながら小回りを利かせた逃避行をしよう。可能な限り何かに隠れる。敵の数が多いから、動けば動くほど見つかる可能性が高くなるからな。あとはランチェスター戦法で、弱い奴からバックを取って封じていくだけだ。

 

 とりあえずどこに向かおうか。やはり人混みに紛れるのが定番だろう。
「ふっふっふ。見つけたのです」
 な、何?
「あなたの事だから時間ギリギリまで家にいると思いました。大成功なのです」
 しまった! もう1時間経ってたのか。
「佐々木さんはあなたを買いかぶりすぎです。こんなに簡単だなんて」
 大きなお世話だ。しかし、こんなヘタレな誘拐犯に捕まる訳にはいかないぜ。
「心配ないのです。明日は一緒にバイト先でケーキを売ってもらうだけです」
 おいおい、ホントにお前は組織の幹部なのか。
「んんっもう! それはいいっこなしなのです」
 地団駄踏む橘は思いっきり頬を膨らませた。
 悪い悪い。しかし、どうせならもっと能力を生かしたバイトをやったらどうだ。
「なんですか? 私達は神に従うんですから、世界征服なんてしませんよ」
 もっといい方法があるだろう。古泉の組織で雇ってもらったらどうだ。
「え? それは発想の転換ですね……って、なんですかそれ! からかうなんてひどいです」
 橘はいじけたように俺に背を向ける。ありがとよ、橘。
「タッチ。お前はリタイアだ」
「ああ! き、汚いのです! 卑怯です〜」
 何言ってやがる。止めを刺さずにいたお前のせいだろうが。
 先ずは1人撃破。

 

 商店街を、あくまでもゆっくり歩く。とにかく目立たない事。こっちが先に向こうを見つけて背中に触れればいいんだ。
 きっと、ここに網を張ってる奴がいる筈だ。時間が経つほど体力を消耗してこちらが不利になる。今のうちに敵の数を減らすんだ。
 と、クリスマスツリーに見入る可愛らしい影が1つ。確かめるまでもない、あの神々しいお姿はあの方しかありえない。
「朝比奈さん」
「ひゃい!?」
 ああ、済みません。驚かすつもりはなかったんです。
「キョン君、ご無事でしたか」
 ええ、お陰さまで。あなたで2人目です。
「頑張ってくださいね。応援してますから」
 ありがとうございます。俺は誰にも捕まりません。クリスマスは皆で普通に祝いましょう。
「あの、あの、でも……」
 その目を見た瞬間、本能に従い俺は方向を決めずに走り出した。
「待ちなさい、キョン!」
 ハルヒの奴、朝比奈さんを囮にしやがって。ま、簡単にひっかかる俺も俺だが。
「こら! 団長命令よ、今すぐ止まりなさい」
 これが開けた場所なら確実に俺はハルヒに捕まっただろう。しかし、こんな地元の商店街だってクリスマス前は結構な人手だ。危険をいち早く察知したお陰で初めから距離があるためにどうにか逃げ切れそうだ。
 ハルヒの射るような視線を完全に感じなくなった。今だ! 俺はゲームセンターに入り、帽子を取る。
 あいつのバックを取るのはかなり危険だ。ここは一旦逃げるべきだろう。俺は暫く中でうろうろしてから、再び商店街に出てそこから今度は駅に向かった。電車を使わなければいいんだから、ただ駅に行くのは問題ない。

 

「くっくっ、やはり来たね」
 国木田の考え方をしてみたつもりだが、結局俺自身の考え方で動いてたって事か。こうもあっさり見抜かれてるとはな。
「君のせいではないよ。敢えて言おう、僕は君の事に詳しいと」
 ああ、あれだけしょっちゅう勉強教えてもらってたしな。俺の思考パターンなんぞお前にとっちゃ自分のペンケースの中みたいに良くわかってるだろうよ。
「その例えはあまり胸に響かないな。むしろ、自分の右手のように良くわかってる、と言って欲しい」
 男が女の子をそういう風に例えると凄まじく問題があるがな。
「キョン、君も言うようになったじゃないか。あの頃の君はそんな事を決して言わない奴だった。いよいよ君も自意識を無限に拡大してくれるような壮大な夢よりも地に足が着いた日常の小さな幸せの方が好きになったのかな」
 そう言いながらも佐々木は油断なく間合いを詰めてくる。俺の行動を予測していたならもっとキチンと隠れて至近距離から俺を捕まれば良いのに、わざわざ正面から歩いてくるのはどんな計略なんだ。あのスカートじゃさっきのハルヒみたいに走り回るのはかなり無理がある筈だ。
「どうだい、キョン。僕は君をただ招待したいだけだ。荷物もちなんかにする気はないよ。君は僕と握手すればそれで良い。君にとってこれほど有利な条件は他の誰も提示できないんじゃないか」
 ああ、言いたい事はわかってる。だが、俺の返事もわかってるだろう。
「君の口から聞きたいな。その理由も」
 これでも男だからな。狩られるって立場は好きじゃねえ。ましてや、わざと捕まるような事は俺の趣味じゃない。
「君が男の沽券に拘るとは少々意外だな。そんなものはあの頃から超越していると思っていた」
 譲れない一線てのがあるのさ。端から見ればくだらない事かも知れないがな。
「いや、それでこそキョンだ。じゃ、遠慮なく狩らせてもらおう。全力を持ってね」
 さて、どう出る? 佐々木。
 それに気が付いたのは、やはり経験の賜物って奴だろう。佐々木の瞳の僅かな動きを追って素早く右後方を横目で確認すると、風景に溶けるように見つけにくい黒髪黒服の少女が漂うように近づいてきていた。
「木の幹が――細い」
 共同戦線って訳じゃなさそうだが、他人の動きをも計算に入れているのはさすが佐々木だ。
 だがな、佐々木。俺だってお前の性格を少しは知ってるんだぜ。お前は単純な力技よりも張り巡らせた策が美しく成功する方法を必ず選択する。
 俺は一旦九曜に向き合い、それから急に佐々木の元へと走り出した。
 思いがけない俺の行動にあっけにとられて動けない佐々木が目の前に迫る。
 よし! もう少し。
 と、佐々木の口が吊り上った。
「甘いな、キョン。予想していれば対処できるよ」
 佐々木の白い手が俺に伸ばされる。だが、その動きは上半身だけのものだ。
 フェイントをかけておいて、俺は佐々木の横をすり抜けた。
 改札の前まで行ってから更に方向転換し、そのまま走り続けた。佐々木はこういう時に無駄な深追いをする奴じゃない。九曜も足は遅そうだ。
 しかし。
 突然、目の前に小柄な姿が飛び込んできた。セーラー服と短い髪が揺れている。
「……」
 やばい!
 長門の繊細な右手が突き出された。なぜか真横へと、俺の向かう先を断ち切るように。
 いや、これはきっとフェイントだ。俺は長門の伸ばされた右手の更に右側へとステップを切る。
 だが、すれ違い様にバックを取る余裕はない。何しろ宇宙パワーがなくても長門はとんでもない運動性能を誇っている。一瞬の判断ミスが命取りになるだろう。
 そのまま駆け続ける。軽やかな足音が追ってくるのは長門だ。このままじゃ、追いつかれるな。

 

 後ろに長門が迫るまま、俺は線路沿いの道を走った。もうすぐ踏み切りだ。頼む、運よ、俺に味方してくれ。
 くそっ、こんな時に警報が鳴り出した。まだ早いんだよ。しかし、今はとにかく走るしかない。
 俺が踏み切りに差し掛かる前に電車は通り過ぎていった。遮断機が上がる。
「今日だけは僕も全力を向けさせていただきます」
 何!
 目の前を塞ぐように立ちはだかるのは、ハンサム野郎だった。おい、ハルヒの世話はいいのか?
「幸いにも閉鎖空間は発生していません」
 そうかい。それにしてもやけに服が汚れてるな。誰かとやりあったみたいに。
「ええ。ちょっと変質者と間違われまして」
 そりゃ不幸なこった。まさか、関係ない人に迷惑かけてねえだろうな。
「とんでもない。ただ、あなたのコートを着ていた少女にあなたの行方を聞いたところ、急に悲鳴を上げられただけです」
 ミヨキチ、なんて空気の読める子だ。やっぱりああいう妹がもう1人いてくれると俺の人生はさぞかし幸福になるだろう。
 奴の目が、開いた。
 な、何だ。あの赤いオーラに染まった瞳は!
「ふっふっふ。これでようやく本懐を遂げられるというものです」
 気色悪い事言ってんじゃねえ。って言うか、お前目がヤバいぞ。
「あなたの感想は後でゆっくりお伺いしますよ」
 まるで瞬間移動したみたいにいきなり眼前に古泉が現れる。その手が俺の――
「くっ!」
「させない。私が、させない」
 入れ替わるようにして俺に前に背中を向けて立つ細身の体。どうやったのか、2メートルほど離れて古泉が腰を落とした体制で身構えている。
「長門さん、彼に背中を向けてしまっていいんですか」
「いい」
 長門、お前って奴は。すまん! 俺はお前を誤解してた。やっぱりお前は俺の長門だ。
「大した信頼関係だ。でもね、長門さん。今日はあなたも僕も対等な立場で、対等な力しか使えない」
 言うなり古泉は俺と長門に突っ込んでくる。
 長門の姿が急に消えた。と思うと、古泉が倒れ掛かる。
 ようやく視点を動かした俺の目に、しゃがみ込んで綺麗な右足をまっすぐ横に伸ばした長門とその足に引っ掛かって見事に転んだ古泉が写った。
「終わった」
 よっしゃ。俺は走り寄って古泉の背中を思い切り叩いてやった。
「あなた方が息を合わせたのではとても敵いませんね」
 ああ。そもそも長門に勝とうなんて無理な話さ。
「しかし、佐々木さんには気をつけてください。僕達がどう動くかも予測した上で自分の行動を決めているようです」
 分かってる。あいつこそ天性の策士だ。油断はしねえぜ。
「それでこそ僕の……うごっ」
 長門、武士の情けだ。もう叩かなくてもいいだろう。
「……念のため」

 

 708号室は、一見地味ながら実に上品な形で装飾されていた。
 誰のセンスなんだろう。って、長門しかいないか。改めて見ると、随分成長したもんだ。
「飲んで」
 差し出された湯呑みを啜る。うん、お茶の淹れ方も随分進歩したな。
「あなたの行動範囲の制約に、他人の人家は含まれていない」
 ああ。事情を知った上で俺を匿ってくれる奴がいるとも思わなかったしな。
「今のうちに栄養を補給する方が良い」
 そりゃ助かる。いつもありがとよ、長門。
 いつものように俺にだけわかる頷きと共にキッチンに消えた長門は、すぐに湯気の立つカレーを持って現れた。
 まさか、こうなることを予想してたのか?
「違う。明日に備えていた」
 明日って、クリスマスイブか? ってことは七面鳥カレー?
 いやスマン、唯の冗談だ。頂きます。
「美味しい?」
 勿論だ。カレー作りの腕も上がったよな。
「あなたが教えてくれた」
 たった5回ばかり、一緒に作っただけじゃないか。
 穏やかで静かなこの空間で、俺はコタツの暖かさに負けてうつらうつらしてしまった。ここなら誰も邪魔なんてしないし、少しくらい寝ててもいいよな……悪寒が俺の背中を走る!
 俺の神経を逆撫でしたのは何だ?
 長門がインターフォンに向かっている。あまりにも大声に、俺にも内容が聞こえた。
「有希、いるのはわかってるのよ! キョンに脅されて一緒にそこにいるんでしょ。もう大丈夫、だから開けなさい」
 長門が俺に振り返り、俺は頷いてみせる。
「逃げて」
 ああ。すまないな、長門。しかしどうやってあいつは俺の居場所を見つけ出せるんだ。
「おそらく涼宮ハルヒは無意識に嗅覚を増幅している」
 冗談じゃない。あいつは犬に変身でもできるのかよ。この季節に川に入って匂いを消すなんて勘弁してくれ。
 夕闇が迫る中、俺は廊下をエレベーターとは逆の非常階段へと向かい、3階下までそっと降りていった。
 エレベーターが7階で止まるのを確認してからボタンを押し、ロビーに降りる。
 茜色に染まった玄関を出て、俺はたたらを踏んだ。
「ここまでだ、キョン」
 佐々木。お前までどうやって。
「勿論、彼女の動きを追っていたのさ。時には論理よりも勘が真実を突き止めるものだ」
 相変わらず臨機応変に最善の方策を見つけるじゃないか。
「くっくっ、そうでもないさ。少なくとも2年前は失敗した」
 なんだ、志望校に入っておいて何か小さな失敗でもあったのか。
「とても大きな失敗がね。だが、それもこれで修復できる」
 おいおい、それを手伝わせるために張り切ってたのか。そりゃ親友のためなら言ってくれれば手伝うがな、俺にできてお前にできない事なんて一体いくつあるんだ。
「全く君って奴は。皆が自分達の能力を抑えて頑張ってるのにそうやって平然と特殊能力を発動するのはどうかと思うね」
 おい、何言ってんのかさっぱりわかんねえぞ。
「君のようなクラッシャーは覚醒の前にどうにかしないとな」
 佐々木はさっきとはうってかわって全力で向かってくる。おい、スカートスカート! 見えるぞ。
「え? き、君はこんな時にそんなこすい手を」
 慌てて両手でスカートを押さえる佐々木の横を駆け抜ける。だがな、佐々木よ、親友として忠告しただけだ。別にあこぎな心理作戦じゃないぜ、誤解しないでくれよ。
「く、キョン!」
「所詮あんたはその程度よ。そいつの行動が半分もわかってないじゃない」
 上から降り来る大音声。
 と思うと、ハルヒの奴非常階段から半ば飛び降りてきやがった。刑事ドラマの見すぎだぞ、お前。
 佐々木とハルヒは正面から向かい合った。なんか、俺を捕まえようとしてる時より真剣なんですけど。
「あんたは策に溺れるタイプね」
「スタイルの問題よ、涼宮さん」
「そ、やっぱりスタイルが大事」
「心のスタイルもね」
 お互い、一歩も退かない姿は正に『強敵と書いて”とも”と読む』を地でいっている。
 最早、お互いの目に俺の姿はない。お互いに相手を牽制するのに精一杯だ。
 それでも、じりじりとお互いに接近している。一発で決する気なのか。もう、どちらかが一歩踏み込めば完全に懐に飛び込める距離だというのにどちらも大きな動きをしない。
 沈もうとする太陽が、2人の髪を赤く染め上げていた。
 まるで音が世界から消えたように静かだ。
 二人は、いつしか俺の前でお互い見つめ合っていた。まるで俺に勝負の判定をしろ、と言っているように。
 このまま、いつまでも動かないのではないか。そんな気さえする。
 太陽が、顔を隠した。二人の呪縛が解ける。
 俺の方に突き出す手は、どちらが早かっただろうか。
 しかし、俺だってそこまでぼんやりしていた訳じゃないぜ。悪いな、2人とも。
「あ……」
「この――」
 ルールはルールだ。俺はもう一度しっかりと2人の背中を叩いてやった。
「ハルヒ、だから突撃ばっかじゃダメだって言ったろ。佐々木、お前の作戦ミスは始めて見たぜ」
 佐々木はその場に座り込んでしまった。
「君がからむと何故かそうなるようだ」
「あんたって、こういうせこい事しかできないの?」
 大きなお世話だ。俺が冷静だっただけだろう。
「くく、こうなったら最後まで君が頑張りぬくよう応援しよう」
 ああ、それでこそ佐々木、俺の親友だ。
「ちょっとキョン。残ってんのはあの黒尽くめでしょ。負けたら正月三が日はずっと罰金だからね、覚えてなさい」
そう。陽が暮れた今最も手強くなるであろう奴が残ってしまったのだ。

 

 もう一度、俺は叢越しに公園に目を配る。あの後すぐにこの公園に身を隠した。ただでさえ気配を感じさせない上に黒尽くめの九曜は夜となった今は実に油断のならない相手だ。
 タイムリミットはあと2時間弱。
 やはり、暗闇ではあいつの接近をこっちが見過ごすことになる。となると、もう一度人の多い場所へ行くか。いや、それはそれで気配の薄いあいつに有利だ。むしろ、明るくてしかも広々した場所の方が感知しやすく、逃げやすいだろう。
 そう考えて公園の街灯の灯りの下に這い出した。蛍光灯の灯りのせいで木々の色が薄気味悪い。
 街灯が集まっている奥まった広場へと移動した。円形に並ぶベンチと、何本もの街灯。
 と、その光の束の中から、漆黒のものが湧き上がった。いや、明かりが集中していたせいでその後ろにあるものが見えなかったのだ。
 九曜。やはり意外な方向からやって来たか。
「暖かい――砂丘」
 なんだそりゃ、もう逃げ場はないとでも言いたいのか。
「壁は――崩れる」
 良くわからんが、そう簡単には捕まらないぜ。お前が宇宙パワーを使えないなら、まだまだ可能性はある。
 表情のない目が俺から離れないまま、そいつはゆっくりと一歩俺に近づいた。一見無造作なようで、隙がない。くそっ、これじゃバックを狙えないぜ。
 だが、まだまだ甘いな。俺がここにいたのは、ここなら目をつぶっていてもどこに何があるか把握しているからだぜ。
 俺はゆっくりと光の届かぬ場所にまで後ずさる。やがて、左足から伝わる感触が砂利からコンクリートに変わった。
 ここだ!
 ジャンプするように右に動き、そのままダッシュする。公園を抜け、狭い路地へ。光の届かぬ闇の中、どれだけ早くここを抜けることができるかが勝負だ。ここを良く知る佐々木はもはやリタイア済み、後ろから迫る九曜が宇宙パワーを使わない限り、足元の見えないこの路地を全力で走るのは無理だろう。
 よし、街灯が見えてきた! あそこを出てすぐに隠れれば……
「待って」
 俺が隠れようと思っていたまさにそこに、輝く瞳の長門が立っていた。
「長門!」
「もう大丈夫」
 俺は頷いて長門の横に片膝を付く。
 今か。まだか。
 永遠とも思える時間が過ぎる。
 突然、長門が振り返った。その意味は疑いようがない。
 俺はその体制のままで横に転がった。
 予想通り、俺がいた場所に九曜が上から降り立っていた。九曜は長門と見つめ合う。
 今だ!
 俺の左手が、豊かな黒髪にしっかりと触れる。
「これで終了だ」
「あなたは――暖かい。ハニーポット」
「それは許可できない」
 長門がなにやら硬い声で九曜に応じている。結局、お前らは意思疎通ができてるのか。
 俺は思わずそんな長門の肩に手を置いていた。
「ありがとよ、長門。また、お前のお陰で助かったな」
 小柄な少女はゆっくりと振り返った。その瞳は凍てついたこの夜よりも温かく、そして輝いていた。
「……あなたは」
 うん?
「あなたの意思で私を選んだ」
 何だって?
「私はあなたの意思を尊重するためにあなたに触れなかった。しかし、あなたはあなたの意思で私に接触を許した」
 あ……いや、その、ですね。長門さん。
「私はあなたの意思に応えなくてはならない」
 いや、えーと、ですね。

 

 無事に12月24日が来た。内心ループするんじゃないかと不安だったが、閉鎖空間もなかったらしいし、もうそういう心配はいらないのかも知れない。
 俺は約束通り、一回しか袖を通したことのないジャケットを着た。どうしてあいつがこの服の事を知っているのかは全くもって謎だ。
 俺は約束の時間に約束の場所に立った。小柄な少女は既にそこに来ている。
「で、今日は先ず何をすればいい?」
「……それは」
 何でも言ってくれ。と言っても夕方は例によってSOS団で集まらなきゃいけないがな。ま、これはこっち側の誰が勝ってもそうなったんだろうが。
「そう」
 短いさらさらの髪を揺らして、そいつはこう言った。
「また、図書館に」
 俺の見間違いだろうか、それとも、ちょっとばかり早い奇跡だろうか。
 その時、穏やかな風に揺れる髪越しに見えたのはあの笑顔だった。俺達だけの秘密の、あのはにかむような笑顔。
     終

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:04:05 (3094d)