作品

概要

作者輪舞の人
作品名ヒトメボレReverse
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-12-23 (日) 04:11:30

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

「長門……さん?」

 

 すでにわたしが北高に潜入してから一年が経過しようとしていた、ある日のこと。
 昨周期はいろいろなことがあった、などと、感慨と呼ばれる情報が自分の中に発生していることを改めて確認していた、そんな時、珍しくわたしに声をかけるヒトの存在があった。
 一年六組。わたしが所属するクラスの、つまり同級生。
 教室の自分の机の上にある本から目を離し、視線をその声の発生源に向けると、机の横に立つ、挙動の安定しない様子の人物の姿が視界に入ってくる。
 長い髪の、おとなしめな印象を与える風貌の女性だった。その彼女は胸の前に手を組み、真剣そのものといった表情で再び口を開く。
「あの。今、忙しいかな」
「…………」
 本当に珍しい。わたしに声をかけてくる生徒など、SOS団やその関係者以外ではほぼ皆無に近いというのに。
 もちろんこれまで、彼女とは会話などしたこともない。突然、どうしたというのだろう。
「特には」
 言葉情報を瞬時に検索、選択し、最低限度の返答を実行する。
「忙しい、ということはない」
 ホームルームを終えれば、本日の学校のカリキュラムは修了する。学校帰りにどこかに寄って行こうとか、あるアーティストの新しく発売されるCDについての話題とか、週末の予定を話し合うグループからの楽しげな笑い声。そんな言語情報に彩られた教室だった。忙しい用事などを抱えている生徒など、どこにもいない。
 もちろん、わたしも。

 

「あのね。実は……」
 机の横でじっと立ったままでいるその生徒は、用件を言い出しかねるのか、何度も何度も口を開き、また閉じ、目を伏せ、胸の前で合わせた手を握ったり、放したりを繰り返していた。
 これまでの経験から、ヒトの取るこの種の動作は、自分の発する言語情報に自信がないのか、またはそれを発信することによって引き起こされる、周辺状況の変化を恐れている、などの表れであると推察される。無意識に行われる、ストレスの軽減を計る反射行動なのだろう。
 しかし、とわたしは思う。こんな自分に対して、そこまでの反応を強いる(彼女にとっての)重要情報とはいったいなんだろう。
 興味を惹かれると同時に、それがなぜ自分に対してなのか、その理由が不明。この事案対する検討を返答までのごくわずかな間に3000回ほど実施するものの、しかし、該当するものが存在しなかった。
 わたしは状況把握システムの警戒レベルを一割ほど増している。人間でいうのなら、これはおそらく”いやな予感”に該当するものだった。

 

「あの。文芸部の……」
 ようやく本題に入る。
「”彼”のことなんだけど」
「”彼”」
 復唱、確認しつつ、ごく一部の人間にしかわからないほどの角度で首をかしげる。おそらく彼女も気づかないだろう。
 現在、文芸部室を拠点とする、非公式名称”SOS団”に所属する正団員の男性は二名存在する。”彼”と、『機関』所属員である古泉一樹の、二名。
 そのふたりの顔を無意識に思考領域に呼び出していると、彼女はわたしの予想外の情報をぶつけてきた。予測もできず、回避も不能の状況だった。
「その……つきあってる人とか、いる……よね。たぶん」
 思考が一瞬停止する。
 異性に対する、興味ということか。その情報の持つ意味は幅広い。有性生命体ならではの、さまざまな問題と付随する行動、動向などについて、しかし、短い期間ではあったが、わたし自身もいろいろと経験を蓄積してきている。
 その経験を元にただちに解析を開始する。文芸部に存在する。異性から興味を持たれる、という条件に符号する対象を選定。
 解析はただちに終了。
 結論。
 女性、特にこの北高での場合ではあるが、女性から興味を惹かれる、というのであれば、それはかなりの高確率で”あの人物”に違いない。
 経験によって、対人類用のインターフェイスとしての機能がここまで高まっているのだという自負を感じる。
 恋愛という原初的な情動情報に、わたしはここまで機微を測れる機能を獲得するに至ったのだ。他のインターフェイスではここまでの能力を持つ個体は存在しないだろう。素晴らしい。
「あなたが言う人物とは」
 確信を持って、わたしは対象となるパーソナルネームを告げる。
「古泉一樹のことだと思われる。だが、彼は……」
 そこで言葉が止まる。
 相手が何度か、まばたきしていた。
「古泉……くん?」
 その声に含まれた成分に、なぜか危険なものを感じる。
 まさか。いや、そんなはずはない。
 自分の機能と経験に自信はある。間違いはないはずだった。
 そのはず。
「ううん。違うの」
 彼女は、しかし容赦なくわたしの自信を打ち砕いた。
「キョンくんのこと。彼、涼宮さんとつきあってるって言われてるけど、本当はどうなのかなって」
 おそらく誕生して以来初めて、三秒以上の機能停止期間を、この時、経験した。

 
 

 708号室で、かわいらしい手書きの文字がつづられている便箋から目が離せないでいる。
 内容は、あるエピソードを回顧する文言の羅列だった。
『最初に会ったのは、去年の五月のこと』
 出会いの時期。その解説が冒頭に述べられている。
『あの時から、ずっと気になっていました』
 特定の人物に対する、関心。
『もうずいぶん時間が経ってしまったけど。でも、やっぱり、自分のこの今の気持ちを素直に伝えてみたいです。笑われてしまっても、それでもいい』
 …………
 しばらく続く彼女の、”彼”へ抱く心情の吐露のあと、決定的な一言が記されていた。
 その一言を目にすると、無意識に大きく息をつき、瞳を閉じている。
 本ではよく見かける、愛情表現の一種。告白というものだ。しかし現実にそれを目の当たりにするというのは初めてのこと。しかも、身近な存在たちの織り成す行為だった。これは衝撃といってもいいだろう。軽く眩暈のようなものを感じる。人間ではない、インターフェイスだというのに。
 結局、わたしが彼女の意思を仲介するということになってしまった。断ることはあの状況ではわたしには不可能だった。
 彼女の、とても真剣な想いを込めた眼差しを前にして、もっとも適正な回答と思われた最有力候補の言語情報『わたしには関係ない』を告げることができなかったのだ。
 そんな自分に対して、苛立ちのようなものを感じている。なぜか。
 これもまた、ひとつの感情なのだろう。あの昨年のクリスマスに自分に宿ったものが、制御できないまま内部で渦巻いている。
 プログラムで動く自分のシステムに介入していく、計算できない不確定情報。今はこれを、わたしはエラーだとは認識していない。ノイズであるとも思わない。別の、なにか。わたしを形作る、もうひとつの、そしてきっと大切なもの。
 あのクリスマスに起こした世界改変の、重大な要素となったもの。それが、再び大きく変動していく。
 便箋を手に取り、彼女が、どのような気持ちでこれを書いたのかを想像する。
 想像した内容が重くわたしにのしかかってくるようだ。

 

 ヒトの想いというものは、今の自分にはまだ大きすぎる存在ではないだろうか。
 そのまましばらく、わたしはひとりきりの待機所でさまざまな想いを巡らせていた。

 
 

 翌日、放課後。部室でひとり”彼”を待つ。
 文芸部室で黙々と読みかけの本の処理を行ってはいるのだが、情報の取得はきわめて困難な状況にある。ただページをめくるだけの作業になってしまっていた。
 さて。どうしたものだろう。カーディガンのポケットには、彼女から託された例の手紙がしまってある。
 果たして彼女の期待に応えることができるだろうか。
「おっす」
 扉を開け、”彼”が入ってくる。
 その何の緊張感もない、いつもとなんら変わりのない顔を見ていると、わたしが直面している困難な状況を思い、不可解な感情が発生するのだった。
 なんだろう。あまり感じたことのないものだと……いや。一度あったかもしれない。
 いつのことだろう。記録はすぐに呼び出されたが、その検索結果はあまり思い返したくないものだった。
 それは朝比奈みくるの異時間同位体が未来からやって来た時、”彼”が「今日のくじ引きだが、俺とおまえが一緒になるように情報操作してくれ」と言われたあとの図書館でのことだった。
 その時に感じたもの。それが再生されている。
 “彼”に悟られないよう、軽く息をつく。

 

 要するに。
 わたしは改めて”彼”の顔をまじまじと注視し、実感した。

 

 人間の言葉で言うのなら、わたしは今、”ムカついている”のだった。

 

 理不尽だろうか。”彼”にとってはそうだろう。何しろ、この案件については”彼”を咎めるべきなにものも存在しない。
 ただ、ひとりの女性から好意を寄せられている。一方的に。ただそれだけのことだ。
 “彼”が何かをしたわけではないのに。
 だが、それでも何も知らないまま、暢気に鼻歌まで歌いながら椅子に座って欠伸までしようとしている”彼”の姿を見ていると、そういった事情は完全に優位性を失っていく。
 後に冷静な状況で分析するのだが、つまりこれは「人の気も知らないで」なのだった。もどかしい。あまりにも理不尽な感情。
 なぜ、わたしがあなたのためにここまで様々な情報に翻弄されなければならないのか、ということ。それが受け入れられない自分がいるのだ。
 本を閉じ、立ち上がるとようやく”彼”はわたしの何かに気づいたようだった。
 そう。今のわたしは確実に……冷静ではない。それを知った”彼”がどんな行動を起こすのかと……

 

「どうした長門。トイレか」

 

 期待するだけ無駄だった。

 

 行くわけがない。わたしが。
 どれだけ共に同じ時を過ごしてきたのだろう。それにも関わらず、この対応。
 この……鈍感もいいところの地球人。
 いけない。少し冷静にならなければ。わたしは機能変調をきたしている内部情報の整理に処理機能の一部をさらに振り分ける。これは危険かもしれない。
 しかし、と”彼”を冷ややかな目線で観測する。この人の推察力は人類平均値を大きく下回っているのは確実だと、この時に再度実感する。そのくせ余計なところでは鋭い分析力を発揮するのだ。本当に理解のできない人だった。
 わたしはまた軽く息をつき、冷静さを失いつつある自分を落ち着かせ、そうしてから本題を切り出した。
「話がある」
「なんだよ。改まって」
 怪訝そうな表情でこちらを見る、パイプ椅子に座ったままの”彼”にわたしは歩み寄り、例の託された便箋をポケットから取り出す。
「これは、ひとりの女性から託された、あなたへのメッセージ」
「メッセージ?」
 思い当たる節はないのだろう。彼は首をひねり、よくわからない、と返答した。
「誰からだ」
「わたしのクラスの同級生」
 名前を告げるが、心当たりはない、という。そうかも知れない。
 これまでの”彼”との付き合いを考えると、仮にこの女性がもっと積極的な行動を起こしたとしても、気づくということはないのだろう。
 人に対する共感能力が欠如しているのだろうか。それは人間としては致命的な欠損なのではないだろうかと、危うい推察までしている自分。
「わたしが口頭で伝えるよう、そう依頼された」
 “彼”の前で便箋を広げる。
「今のわたしでは、彼女の感じること、想うことを、齟齬なくあなたに伝えることは困難。そのため、このように文書に記してもらったものを、そのままあなたに伝える」
「あー……」
「あなたには聞く義務がある」
 わたしは有無を言わさぬことを、その場で決めた。
 もはや自分の感情をコントロールすることは困難なのだった。

 

「……最初に会ったのは、去年の五月のこと」
 わたしは便箋に記されている言葉を、そのまま読み上げる。
「あの時から、ずっと気になっていました」
 “彼”は黙ってわたしの言葉を聞いていた。何を感じているのかを知りたいが、実のところ、わたし自身にそういった余裕は失われてしまっている。
「もうずいぶん時間が経ってしまったけど。でも、やっぱり、自分のこの今の気持ちを素直に伝えてみたいです。笑われてしまっても、それでもいい」
 わたしと、”彼”との時間を思う。
 最初に出会ったのは、でも五月ではない。
 本当に出会ったのは今のわたしで言うなら、四年前の七月七日。七夕の日。
 まだ何も知らないでいたわたしの元へ、あなたは突然やって来た。朝比奈みくると共に。
 朝倉涼子がまだいた。その頃のこと。
 そして……冒険の日々が始まった。
 わたしたち五人の、時空を駆け巡るような、冒険の日々。
 そして、わたしはすでに六百年近い時間を経て、今、あなたの前にいる。

 

 もっとも大きく変わったのは、あのクリスマスのこと。
 今のわたしを形作った、あの決定的な事件のこと。

 

 あなたが、わたしの作った世界を選択しなかった、あの日のこと。

 

 もうすでに割り切ったと思っていたのに。

 
 

「……それだけなのか?」
 “彼”の声だけが聞こえる。
 わたしはいつの間にかうつむいていた。”彼”の顔が見えない。
 彼女の伝言は、最後の一言が残っている。それを、告げなければ。
 ……でも、それは彼女の言葉。
 わたしの言葉では、ない。
 そうであっては、ならない。

 

「……長門?」
 わたしは機械的な動作で”彼”に向き直り、その顔を見つめた。

 

 ありがとう。

 

 まるで機械のようだったわたしが、こんな気持ちを抱くようにしてくれた。あなたたちとの係わり合いの中で、わたしはここまで来ることができた。
 いえ。
 やはりそれは、あなたのおかげなのかもしれない。
 自然とその言葉が口から出るのは、でも止められなかった。

 
 

「あなたのことが、好きです」

 
 

 とても鈍感で、わたしがどんな気持ちでいるのかわからない、あなた。
 でも、だからなのだろうとわたしは思う。
 人ではないわたしに、何の偏見も持たず接し続けてくれた人。

 

 彼女のこの気持ちに、”彼”はどう応えるだろうか。
 涼宮ハルヒがこのことを知ったらどうなるのか、予測は少しだけど、今はできる。
 思考領域に明るく響く笑い声を感じていた。それはけっして外部に発現することのない、わたしの小さな笑い声。

 

 人の気持ちに真摯に向き合うこと。それがどんな結末であれ、それは人にしかできないこと。
 だから”彼”がどんな選択を行い、自分に好意を寄せる人に対するのか、それを見届けようと思う。

 

 さあ、どうするのだろう。
 わたしが、好きだった人。

 

 “彼”は困惑の表情をたたえたまま、わたしの顔をじっと見続けていた。
 
 でもね。
 今回、あなたに対して助け舟を出すつもりは、まったくないの。
 心の内で表に出せない微笑と共に、そうつぶやいた。

 
 

 ―おわり―

 
 
 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:04:04 (2729d)