作品

概要

作者見守るヒト
作品名喫茶・キ長にどうぞ
カテゴリーその他
保管日2007-12-21 (金) 17:09:50

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里登場
周防九曜登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木登場
橘京子登場

SS

 

ある場所に僕のお気に入りの店がある。
立地のせいもあるだろう。そこは常連の客が毎日十数人だけ訪れるだけというひと気の少なさだったが僕はその静かで穏やかな空気が好きだった。
だがそれ以上に、僕はマスターとウェイトレスさんが好きだった。
聞いた話では夫婦だという若い二人。そんな二人の間に流れる温かい空気が好きなのだ。

 

カランコローン

 

「いらっしゃい…て、あんたか。よくよくマメなことだな。そんなに暇なのか?」
「いえいえ、これでも結構忙しいんですよ?毎日暇を見つけて来てるんですから」
「どうだかな」

 

チョットぞんざいな話し方をする、私服に店のロゴが入っただけのエプロン姿の彼はここのマスターだ。
来たばかりの頃は丁寧な話し方をしていたマスターだったけど、ここに通い続け常連となってから、マスターは気軽に話しかけてくれるようになった。
そのために今みたいなやり取りも結構ざらにあったりするので、大して気になるものでもない。

 

「あれ?今日は有希ちゃんの姿は見えませんけど、どうしたんです?」
「有希ちゃんてアンタな…はぁ、うすうす気付いてはいたが、やっぱりアンタもアイツ目当てなわけか…だが生憎とアイツは買出し中だ。残念だったな」
「そう言わないでくださいよ。しかし買出しですか、そりゃ残念。まったく、あんな可愛い子を独り占めしてるマスターが羨ましいですよ」
「ほっとけ」

 

有希ちゃんというのはここでウェイトレスをしている女性だ。
小柄で表情が乏しくて口調がチョット固い、藤色の髪がチャームポイントのどこか守ってあげたくなるヒト。
ただ、年齢以上に若く見えるせいもあって、実はまだ高校生なんじゃないかって噂さえたったこともあった。
そんな彼女を目当てにここに来る常連さんも少なくないのだ。僕だってその一人であることは否定しない。

 

「そんなに照れなくてもいいじゃないですか。事実でしょう?
実際、有希ちゃんにはマスターしか見えてないことは確かなんですし」

 

彼女を見ていればそれはすぐに判ることだ。
ここのウェイトレスである彼女だけど、特別注文等がなければ大体はマスターの傍にいるのが常だ。
皿洗いしかり、調理しかり。マスターの傍を離れようとしない。
マスターもそれがわかっているようで、絶対に邪険に扱うようなことはせずに好きにさせている、というよりマスターもそのことを喜んでいるようだった。
時折マスターの横顔を見つめていたり、まるで気を引くかのようにマスターの袖やエプロンの先をつまむ彼女を可愛いと思ったのは僕だけじゃないはずだ。

 

「やれやれ、そんなことより注文はどうするんだ?まさか冷やかしって訳じゃないだろ」
「あ、今あからさまに話をそらしましたね?ま、いいか。じゃあコーヒーお願いします」
「わかった。それじゃ今淹れるからちょっと待ってくれ」

 

そう言ってマスターはコーヒーを淹れる準備を始めた。
ただじっと待つのもアレなのでまたマスターに話しかける。

 

「それにしても相変わらず人が少ないですね。経営とかって大丈夫なんですか?」
「ん?ああ、それは、な。色々事情があるから詳しくは言えんが大丈夫だ。それにあんまりそういうのは気にしてない。ここはもともと人付き合いがあんまり得意でないアイツのために始めたようなもんだしな。だからあんまり多いのも困る。これぐらいでちょうどいいさ」

 

そいうマスターの顔は、彼女と一緒の時によく見せる、とても穏やかな顔だ。
その顔を見れば、マスターがどれだけ彼女のことを大事に、大切にしているかわかるというものだ。
そんなマスターの顔も僕は大好だった。

 

「アイツも昔に比べれば随分愛想が良くなった。昔はほんとに無表情、無感情がデフォルトだったしな。
 感情や表情を読み取るのもかなり苦労したもんだ。今とは雲泥の差だな。」

 

マスターはそういうものの、彼女の表情や感情を読み取るのは僕らにしてみれば至難の技だ。
ほんとに注意深く見ないとなかなかわかるものではない。
マスターからすれば、昔はミリやそれ以下の変化しかしなかったのだからセンチ単位で読み取れる今は楽なもんらしい。
一体あなたはどんな視力をしているんですか。
ていうかそれはそれはノロケですか。俺はそれだけ昔から彼女を見ていたんだぞっていう。
考えすぎだとは思うものの、つい勘ぐってしまう。
そんなことを考えていると「はいよ、注文のコーヒーだ」と言ってマスターは先ほど頼んだそれを差し出した。
それを見た僕は一旦思考を中断し、それに口をつけた。
うん、相変わらず普通だ。
そんな感想しか出ないくらいに普通の味。
美味いとも不味いともいえない絶妙な普通さ。けれど何故か飽きない不思議な味。
これはある意味すごく出すのが難しい味なんじゃないだろうか。
それはさておき

 

「そうそうマスター。またあの話聞かせてくださいよ。マスターの高校時代にあったって言う話」
「なんだ、またあの話か?そんなに面白いか?」
「ええ、そりゃもう。先が気になって眠れないくらいには」

 

そう冗談ぽく笑う。
少し前に、話の流れで聞いたマスターの高校時代の話。
いかにも荒唐無稽で波乱万丈で、そのくせ賑やかで面白おかしい、そんな話。
僕にはその話が本当か嘘かはわからなけど、それは大して重要じゃなかった。
ただ、演技めいた口調で、マスターらしい独特で捻くれた比喩表現で語られる話は本当に面白い。
だからここに来るたびにその話をせがんでしまうのだ。

 

「アンタもほんとに物好きなやつだな。まぁ、いいか。この前はどこまで話したんだったか…」
「アレですよ。12月にあったっていう、いつの間にか世界が変わってしまっていたっていう話」
「ああ、アレか。あれは本当に驚いたな。でもアレのおかげでアイツとの今があるようなもんだしな。今となってはいい思い出だ」

 

それを冒頭にしてマスターは話し始める。
どこか遠くを見つめるような瞳は昔を懐かしんでいるのだろう。
僕も下手な口を挟まずにこの店の名前の通り、気長にその話に聞き入ることにした。

 

カランコローン   「ただいま」

 

マスターの話が丁度一区切りしたところで店の戸が開く音がして、聞きたかった声がしたのでそっちを振り向くと思ったとおり有希ちゃんがいた。

 

「おう、お帰り。チョット遅かったな。何かあったか?」
「……あった」

 

そういって彼女は今入ってきた戸のほうを向く。そこには複数の男女がいて、そのまま店に入ってきた。

 

「やっほー!来てあげたわよ!」
「ふふ、お元気ですか?」
「どうも、お邪魔します」
「やあやあやあ!元気にしてるかい?」
「お邪魔しますわ」
「こんにちわ!」
「やあ、相変わらず元気そうだね」
「こんにちわです」
「―――こんに、ちわ―――」
「…フン!」
「何だ何だ、揃いも揃って。どうしたんだ?」
「すぐそこで会った」
「ふっふっふ、今日は皆で来るつもりだったのよ。わざわざあたしが売り上げに貢献してあげようって言うんだから感謝しなさい!」
「へいへい、そりゃありがとうよ」
「む、何よその反応」
「まあまあ、……さん、落ち着いてください」

 

なんだか一気に賑やかになってしまった。どうも一連の会話を聞くとどうやらマスター達の知り合いのようだ。
そうと分かればいつまでもここにいるのは野暮ってもんだろう。

 

「なんだかお邪魔になりそうですし、今日はおいとまします。コーヒーありがとうございました」

 

カウンターにコーヒーの代金を置き、マスターにそう伝えると「悪いな」の一言だけが返ってきた。
店を出る際に有希ちゃんが「また来て」と言ってくれたのはすごく嬉しかった。
本当にマスターが羨ましい。
けど、あのマスターあっての彼女だと思うとやっぱり羨ましさより微笑ましさが先立った。
そんな想いを抱えながら僕は家路を辿っていった。

 
 

きっとまた僕はまたあのお店に足を運ぶだろう。
僕のお気に入りのあのお店に。
あの二人に会いに。
そしてまたあの話を聞くために。

 
 
 

ある町のビルの間の路地を抜けた先、そこに小さな喫茶店がある。
マスターとウェイトレス一人づつで経営してる、『喫茶・キ長にどうぞ』というチョット変わった名前の、小さな喫茶店。

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:04:04 (2704d)