作品

概要

作者見守るヒト
作品名雪の還る場所
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-11-08 (木) 22:11:48

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹登場
ハルヒ登場
みくる不登場
古泉一樹登場
鶴屋さん登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木登場
橘京子登場

SS

 

 おきて

 

 ん?なんだ長門か。悪い、今すげぇ眠いんだ。もう5分でいいから寝かしてくれ。

 

 おきて

 

 マジで頼む。あと5分でいいから……あれ?そういえば長門、お前いつ……

 

 おきて

 
 
 

「いい加減おきなさいって言ってんでしょうが、あんたはっ!!」
「うおっ!?」
 まるで耳の遠いもうろくした爺さんでさえ跳ね起きそうな怒声によって俺は強制的に意識を覚醒させられた。
「仕事中に居眠りとはいい度胸じゃない。覚悟は出来てんでしょうね?」
「まあまあ涼宮さん、落ち着いてきださい。」
 寝ぼけた頭で怒りさめやまぬハルヒとそれをなだめる古泉を見てようやく現状を思い出した。
 そういや仕事が一段落してちょっと休もうかな、と机に横になったんだったか。
「ふん、まあいいわ。今回は特別に許してあげる。古泉君に感謝しなさいよ。」
 まったく、こいつは相変わらず偉そうだね。
 態度だけじゃなく、今では本当に偉い立場にいるんだからそれは大したもんだと思うが。
「そういう君も僕からすれば相変わらずだと思うけどね、キョン。」
 と、すぐ横から声。佐々木だ。
 何言ってんだ。その言葉、そっくりそのままお前にかえしてやるぜ。
「おや、それは手厳しいね。それよりもキョン、随分と懐かしい夢をみていたようだね。」
 夢?言われてみれば見てないこともない気がするが…なんでそう思ったんだ?しかも懐かしいだなんて。
「ふふっ。寝言で何度も「長門」、と言っていたよ。」
 げっ
「今の君からその名前を聞くのは随分と滑稽だったよ。ねぇ『長門』さん?」
 うるさい。そんなニヤニヤした顔でこっちを見るな。橘、お前も笑ってんじゃねぇ。
「あ〜、笑われたからって私に八つ当たりしないでくださいよ。
元はといえばあなたが居眠りするから悪いんじゃないですか。」
 へいへい。俺がわる〜ございましたよ。
 そんなこんなのやりとりをしているうちに、気づいてみればいつもの時間になっていた。
 そろそろ行くか。
「あら、もうそんな時間なの?キョン、あんたの今日のノルマは…終わってるわね。
関心関心。よし、行っていいわよ。あの子によろしくね。」
 分かってるよ。それじゃお先に失礼する。
「お疲れ様でした。また明日。」
「お疲れ様、キョン。彼女によろしく。」
「ご苦労様でした。明日は居眠りしたらだめですよ。」
 それぞれの声に俺は片手を上げてかえした。あと橘、一言多いんだよ。
 さて、それでは我が愛しのマイ・エンジェルを迎えに行きましょうかね。
 そんなことを思いながら俺は会社をあとにした。

 

 今思えばあれは一種の予感だったのかもしれない。

 
 

 会社を出て少し歩いたところに小さな保育園がある。俺は そこにむかっていた。
 門をくぐり、玄関を通って目的の教室へと歩いていく。教室につき、俺は中にいる長い髪の保母さんに話しかけた。
 こんにちわ。
「やあキョン君!毎日お仕事ご苦労だね。お迎えかい?」
 鶴屋さんである。
 ええ、そうです。希(のぞみ)いますか?
「はいはい、ちょいと待っとくれ。希!おとーさんが迎えにきたよー!」
 鶴屋さんの声が教室に響き、その声に教室の隅のほうで絵本を読んでいた女の子が顔をあげた。
 周りの子達にくべて小柄で、薄茶色の髪の毛をショートカットにしている、少し癖毛の女の子。正真正銘俺の娘、希である。
 希はとことこと俺のほうまで寄ってきて、俺を見上げた。
「おとーさん」
 俺はしゃがんで希に目線を合わせた。
 いい子にしてたか?
 こくり、とわずかに頭が揺れる。うなずいているのだ。
 鶴屋さんに迷惑かけなかったか?
 もう一度こくり。やはり動きは小さい。
「大丈夫っさ!希はめがっさいい子だからね。ちぃ〜っとも迷惑なんてかけられてないよ!」
 鶴屋さんがそういうなら安心ですね。それじゃあ帰るか、希。
 俺は立ち上がり、希に手を差出すが、手をつなごうとはせずに、じっ、とその黒水晶のような瞳で俺を見つめていた。
 希は俺の教育方法のせいかはわからないが、感情が表にでにくい。
 そのため、普通の一般人ならこうも見つめられると少し困ってしまうだろう。
 しかし、かつてあいつの感情を読みきった俺には何を言いたいかがよく分かった。
 なんだ、おんぶしてほしいのか?
 希にそう聞くと思ったとおりこくんと頷いた。
 もしや俺が言葉すくなに理解してしまうのがいけないんだろうかと一瞬思った。
 希をおぶり、ありがとうございましたと言いかけて、鶴屋さんが俺の顔をじっと見ているのに気づいた。
 俺の顔になんか付いてますか?
「ああ、ゴメンゴメン。流石だなっておもってね。私にはあんな風に見つめられてもせいぜい何かしてほしいのかな?って思うぐらいなんさ。
 でもキョン君はすぐに何してほしいか分かった。だからすごいな〜って思ったわけさ。」
 そりゃ伊達にあいつの旦那やってませんから。
「そっか。」
 そうです。
「キョン君。」
 なんです?
「希、めがっさ大事にしないと駄目さ。」
 当然じゃないですか。

 

 ゆっくりとした歩調で俺は自宅へ向かっていた。
 保育園から徒歩でおよそ15分ほどの距離。
 いつの間にか背中で寝てしまった希を起こさないようにゆっくりと歩みを進める。
 当たり前のことではあるが、希も生まれたころに比べたら随分重くなった。
 その重さが時間の無情さを俺に突きつける。
 すでに5年の歳月が流れていた。

 

 有希が俺の前から姿を消してしまってから。

 
 

 ハルヒのごたごたが終わったあと、俺たちは付き合いはじめていた。
 そして卒業を控えた二月の半ば、有希は「大事な話がある」と、いつかのように俺を部屋へ呼んだ。
 (このころには俺は長門を有希と呼んでいた。)
「いい話と悪い話がある。」
 それを聞いた俺はなんとなく悪い話に嫌な予感を覚え、とりあえずいい話を聞くことにした。
「身ごもった。」
 はい?
「あなたの子」
 …マジで?
「えらくマジ。およそ二ヶ月前、女性特有の生理現象がこなかったことが最初。
その後、体の各場所でErrorが発生したため、その原因を究明した結果妊娠が発覚した。
加えて私はあなた意外とは性交渉をしていない。よってこの子はあなたの子。」
 じつに有希らしくズバッっと言ってくれた。
 思い返せば確かに身に覚えがある、というよりありすぎて困るというのが本音である。
 しかし、俺も健全な青少年であるのでどうかその辺りは察してほしい、というより察してくれ。
 それに有希も大丈夫ってゴニョゴニョ……
 俺はそのときよっぽどひどい顔をしていたんだろう。
 いつもならほとんど感情の見出せない瞳に、人目で分かるほどの不安をのせていた。
「この事態は私にとっても予想外。……迷惑?」
 あまりの驚きに声が出せないのを有希は勘違いして話を進めていく。
「もしあなたが迷惑というなら言ってほしい。許可をくれるならこの子の情報連結を解「有希!!」……!」
 これ以上有希に言わせたらだめだ!と思った次の瞬間には俺は有希を抱きしめていた。
 ごめん、違うんだ。ただビックリして頭が真っ白になっちまってさ。不安にさせてすまん。
 嬉しいよ、有希。当たり前じゃないか。嬉しいに決まってる。
「本当に?」まだ不安が残る声音。
 だって俺と有希の子供だぞ?迷惑なわけないじゃないか。有希こそ良いのか?
「どういうこと?」
 俺なんかの子を身ごもってよかったのかってことだ。」
「愚問。あなたの子以外を身ごもるなんて考えられないし考えたくない。」
 そうか。
「そう」
 自分の愛した人の中に新しい命がある。そう思うと胸が温かくなる気がした。
「よかった。あなたに認めてもらえて。」
 あたりまえだろう。拒否する理由がみつからない。
「これで証が残せる。『私』という存在がここにいたという確かな証を。」
 有希?一体何を…
「長門有希が確かにここにいたという証を残せる。」
 何を言ってるんだ…?どういう意味だよ。どうしたって言うんだ!?
「……ここからが悪い話。ずっと言うべきか悩んでいた。でも聞いてほしい。」
 そういって有希は俺から体を離してまっすぐな瞳で俺を射抜く。そこに灯るのは大きな決意。
「情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない。」
 かつて俺が初めて来たときに聞いたフレーズ。
「悲しみや痛みで耳をふさぎたくなるかもしれない。」
 悲しみ、痛み。それは有希がここに来て手に入れたモノの一部。
「でも、聞いて。」
「あなただから聞いてほしい」
 そこでようやく俺は有希と向かい合った。
 有希はずっと悩んでいたとと言った。
 それを話すのはうぬぼれでもなんでもなく、俺を信じてくれているからだ。
 ならば俺も覚悟を決めよう。
 その様子を準備が出来たと判断したのか、有希はとつとつと話はじめた。

 

「ことの始まりは涼宮ハルヒが力を失ったときまで遡る。」

 

 有希の話によるとこういうことらしい。
 ハルヒの神がかった力を失ったことで情報統合思念体はハルヒを監視する必要がなくなった。
 その為、思念体はこの1件から引き上げることを決定したそうだ。
 実際、ハルヒが力を失ったことによって時間の歪みが解消されたため、朝比奈さんは未来へと帰っていったし、
 思念体と対象を同じとしていた広域情報意識体とやらもさっさと引き上げたそうだ。
 いつからか九曜を見なくなったのはそのせいか。一言何かあってもいいだろうに。
「本来ならその段階において、私やその他のインターフェイスに関する記憶を改竄、
もしくは消去した上で姿を消すはずだった。」
 それならなんで有希はここにこうしているんだ?
「…分かりやすく言えば私は「わがまま」をいった。私は自らの意思でここに在ることを望んだ。
あなたや彼女たちのいるここに残ることを。だから私はその要請を拒否した。」
 嬉しいことをいってくれるじゃないか。
「拒否を続ける私に対して数度、他インターフェイスによる強制的な情報解除も実行されたがそれらは全て撃退した。」
 本当か?一言相談してくれれば…
「あなたに心配をかけたくなかった。それに下手に話せばあなたはその事態に飛び込んでくる危険性があった。」
 …否定できんな。
「そうした強固な姿勢を崩さない私に対して情報統合思念体は最終通告をした。
こちらで言う高校の卒業式の日の夜、情報思念体自ら強制的な情報連結の解除を実行すると。」
 なっ…!?、それじゃもうそんなに日もないじゃないか!
「落ち着いて。話はまだ終わってない。けれどそんな時予想外のイレギュラーが発生した。」
 妊娠のことか?
「そう。これは情報統合思念体にとっても予想外のこと。
我々インターフェイスはもともと、性行為は可能なものの、生殖自体はできないはずだった。
このまま私の有機情報を解除すればこの子もろとも思念体へと帰属し、
内在的なエラーをかかえる可能性が極めて高いと判断された。」
 じゃあ、さっきしようとしていたのは・・・?
「…出来れば忘れてほしい。原因はわからないが、この子単体に対する情報操作は私以外には不可能。
情報統合思念体も例外ではない。」
 そうなのか。つまり、その子が生まれるまでは有希は安全ってことか?
「そう。」
 でもそれは言い換えればその子が生まれてさえしまえば直ぐにでも消されちまうかもしれないってことじゃないか!
「……」
 答えてくれない、か。その沈黙が答えみたいなもんだけどな。

 

 静かな沈黙が場を支配する。
 俺は考えた。正直なところ、色々と説明してくれた有希には悪いが思念体の意思なんざどうでもいい。
 俺にとっての要点はただ一つ。遠くない未来に有希が俺の前から姿を消してしまうということだけだ。
 本当に、もうどうしようもないのか?
 そう聞いても有希は小さく首をふるだけだった。

 

 胸に広がる無力感と絶望感におしつぶされそうになる。
 泣き喚き、暴れたい衝動に駆られるが、そんなことには何も意味がないことにはとっくに気付いている。
 有希もきっとそんなことは望んじゃいないだろう。じゃあ一体どうすればいい?
 ……いや、違うか。「どうするか」じゃなく「どうしたいか」がきっと重要なんだろう。
 どうしようにもすでに決まってしまったものは覆らない。
 ならそれまでに何がしたいかを考えるほうがよっぽど有用だ。
 また有希と一緒に図書館にいきたい。一緒にデートがしたい。カレーが食べたい。散歩をしたい。

 

 有希と幸せになりたい

 

 そうだ。俺は有希と幸せになりたかったんだ。いつかみたあの微笑がまた見られるように。
 そう思ったら何か胸の中にある重いものがストンと落ちた気がした。
 それなら答えは簡単だ。後になろうが先になろうがやることは変わらん。
 きっと俺はこれからトンデモ発言をするだろう。だが後悔はしないぞ。
 それで有希が幸せになれるんならな。
「有希、結婚するか。」
 いままでの暗い雰囲気を吹き飛ばす軽い感じに言ったつもりだったが成功していたかは分からん。
 声も裏返ってたかもしれん。顔に火が着きそうなくらい熱くなっているのが自覚できる。
 有希といえばまるで鳩が散弾銃でも撃たれたみたいな驚きをその顔に貼り付けていた。レアだ。
 だが俺はそんなものを気にする余裕もなく一気にまくしたてた。
「毎朝おはようと言い合いながら起きて、一緒に朝飯を食うんだ。
そのまま一緒に学校へ行って昼も共にする。
昼休みの読書なんかは日課になって、俺はその横でぐーすか寝てるんだろうぜ。
放課後は二人でスーパーでも行って献立を考えながら買い物。
夜もお互いにおやすみって言って寝る。
休日は日がな一日読書でも良いな。
図書館に行くってのも悪くない。それに…」
 そこまで言って俺の言葉は、胸にかかる重みでさえぎられた。
 胸に押し付けられている有希の顔はわからなかったが、体が微かにふるえていた。
 俺はその背中に腕を回して抱きしめた。
 こんな小さな体に今までいったいどれほどの痛みをかかえてきたんだろうな。
「知ってるか?結婚した夫婦は苗字を統一するんだ。」
 こくり、と小さく首を縦に動かすのがわかる。
「そうか、じゃあ有希。」
 いったんそこで言葉をとめ、俺は精一杯の思いを込めていってやった。
「名前をくれないか?「長門」って言うお前の名前を。」
 今度は顔を上げてくれた。本日二度目の驚いた顔。
「お前がここにいたって言う証がほしいなら、その生まれてくる子供だけじゃない。俺もその一つになる。
たとえどんなことがあってもお前のことを忘れたりしない。その証に俺もお前の名前がほしい。」
 数分か、それとも数秒かの時間がすぎて有希の顔がくしゃっと歪んでまた俺の胸に押し付けられた。
「…本当に?」
 ああ
「…本当に私でいい?」
 俺は有希じゃないと嫌だね。
「…そう。」
 有希の肩にそっと手を置いて、ゆっくりと体を離す。
 その頬に流れる雫が綺麗で
「俺と結婚してくれるか?有希。」
「はい。」
 まるで吸い寄せられるように口付けていた。

 
 

 その後の騒動に関しては割愛させていただく。
 あえて一部を取り上げるなら、たとえば俺が父親になぐられたとか、
 母親に泣かれたとかハルヒに蹴られたとかというくだらないものだ。
 その横で「有希ちゃんがおねーちゃんになるの?わ〜い!」とはしゃいでいた妹はのんきなもんだと思ったが。

 

 結婚式はなかなかものが挙げることができた。
 小さな協会に身内だけが集まってのささやかなものだったが、ハルヒたちが盛り上げてくれてので
 それはそれは(いい意味でも悪い意味でも)楽しいものだった。
 場所の提供、段取りなどを相変わらずの人脈で用意してくれた古泉には感謝せにゃならんな。
 まあ、神父にハルヒを採用したのはいただけなかったが。

 

 それからは楽しくも温かで穏やかな日々を過ごした。
 日に日に大きくなっていく有希のお腹は確かな幸せを感じさせてくれると共に、
 別れのときが近づいているのを実感させた。

 

 そして運命の日がきた。

 

 ずらりと並ぶドア。
 長門有希と書かれたネームプレートのかかっているドアをノックした。
「…どうぞ。」
 その蚊のなくような声に、そっとドアを開けて中にはいった。
 そこにはベッドに横になる有希と、その隣で寝ている小さな命があった。
 よく頑張ったな、有希。
「頑張った。」
 そりゃそうだろうな。あのときの必死な顔と生まれたときの安堵の表情は俺の中の有希表情ベスト10に入るね。
 口に出すと恥ずかしがって顔を合わせないようにされるからあえていわないが。
 有希は体を起こして赤ちゃんを抱き上げた。
 あうあう言っている様子を見るとどうやら起きてしまったようだ。
「可愛い。」
 そういって薄く笑う有希はまるでどこぞの聖母のように見えた。
 そうしてしばらくあやしていたが、まるで何かに気付いたように一瞬ハッと目を見開いたかと思うと
「あなたも…」と言って赤ちゃんを差し出してきた。

 

 なんとなく予感はあったんだ。

 

 俺は何事もないように赤ちゃんをうけとった。
 名前、考えたんだ。
「そう、何?」
 有希からそのまま名前をもらって希(のぞみ)だ。安直かもしれんが。
「希・・・」
 有希の願いの結晶だからな。
「いい名前。」
 そうかい
 キラキラと光の粒子が流れていく
 こうして抱くとやっぱり軽いな。それに可愛い。
「私の子」
 そうだな、お前の子だ。
「あなたの子でもある。」
 ああ、そうだ、な。
 だんだんと有希を包んでいく光
 退院したら、今度は三、人で何処か行くか?
「それがいい。」
 ゆがむ景色。それでも俺は心に焼き付けるようにそれを見つめる
 どこ、に……行く?公園にでも、散歩にい、くか?
 光に包まれていく有希はどこか寂しそうで
「それでもいい。でも、出来るなら…」
 それでも俺と希を見つめる眼差しは温かで

 

      また、図書館に

 

 俺が最後に見た有希は幸せそう微笑んでいた

 

 有希・・・
 残されたのはまだ温もりの残されたベッド
 有希、ゆきぃ・・・
 その幸せそうな微笑はもうそこにはなく
 ゆ、きぃぃ・・・
 まるで全てをわかっているかのように泣き出す希の声を耳にしながら
「有希いいぃぃぃいぃぃぃぃ!!」
 俺は泣いた。

 
 

 もうあれから五年か。
 有希、希はいい子に育ってるぞ。まるでお前の生き写しだ。
 気付いてみればいつの間にか家の前だ。随分長いこと回想してたもんだ。

 

 実のところ、俺は結構参ってたんじゃないかと思う。
 だから鍵がかかっているはずがかかっていない事にも気付かなかったし、疑問ももたなかった。

 

 ただいま。
 返事のない家に挨拶をして玄関をくぐった。
「おかえり。」
 靴を脱ぐために後ろを向いていた背中に声がかかる。
 え?
 俺は咄嗟に反応することが出来なかった。あまりにも信じられなくて。
 忘れたわけじゃない。忘れるわけがない。
 その平坦で、一見無機質なようでいてよく聞けばいろんな表情を見せる声。
「……おとーさん…?」
 起きてしまったらしい希をいったん床へとおろし、俺はゆっくりと振り返った。

 

 そこには有希がいた。

 

 五年前と比べても何も遜色のない有希が。
 あまりのことに呆然としている俺を見て、有希が首をほんの少しだけ傾ける。
 どうしたの?と言いたげな瞳を俺に向けてくる。
 ああ、何も変わらない。この仕草も、なにもかも。
 …前にいっただろうが。何かするときは先に教えろって。
「・・・うかつ。確かにいっていた。」
 そうだぜ、まったく。おかげでこっちは何もココロの準備ができちゃいないんだ。
「おとーさん・・・ないてるの?どこかいたいの?」
 違うんだよ希。これは痛くて泣いてるんじゃないんだ。
 こっちを見つめる有希と向き合う。懐かしい瞳。
 いつ帰ってきたんだ?
「つい、さっき。」
 そうかい。
 言いたいことは山ほどあるはずなのに全てが声にならずに終わる。
 まるで先に言うべき言葉があるかのように。
「ありがとう。」
 突然の言葉に少し戸惑った。
 なにがだ。
「覚えていてくれて。」
 そんなことか。あたりまえだ。希とこの名前に誓ったからな。絶対に忘れないって。
「それでも、ありがとう。」
 そうして見詰め合っているうちに俺たちは自然と抱き合っていた。
 再会の喜びをかみしめて。
 そしてようやく思いついた。
 今こいつに言わなけりゃならん言葉。いってやりたい言葉が。
 なあ、有希?
「なに?」
 俺はありったけの、それこそこの五年間全ての思いを込めて言った。

 

     「おかえり。」
     「ただいま。」

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:04:02 (2344d)