作品

概要

作者富士恵那
作品名九曜と有希 ―エピローグ―
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-08-27 (月) 18:06:02

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 ―エピローグ―

 

「ハルにゃんってばおっそいねーっ! どうしたにょろ?」
 待ちくたびれた鶴屋さんが落ち着かない場の雰囲気を明るくする。
「さっき電話で『ちょっと遅れる』とだけ言ってたんですが」
 あいつはわけも何も言わないから推察のしようもない。
「まいっかーっ。ハルにゃんがこういうイベント事をすっぽかすわけないもんねーっ!」
 おっしゃるとおりで。
 ちなみに、今、俺たちは長門の部屋にいて流し素麺の準備をしている。
 準備と言っても、水路となる竹のセッティングは終わり、あとはハルヒが持ってくることになっている播州名産「揖保乃糸」の到着を待つだけだった。

 
 

 今日は土曜日。
 九曜を失ったあの事件と、翌日の七夕から既に一週間が過ぎている。
 七夕と同時に気象庁は慌てて梅雨明けを発表し、それ以来暑い毎日が続いていた。
 突然姿を消してしまった九曜については、少し苦しいがハルヒには次のように説明しておいた。
 九曜の両親はNGO団体か何かの関係者で、アフリカの紛争地域で医療関係の援助活動を行っていたのだが、母親が事故に遭い怪我をしてしまった。命に別状はないが、プロジェクトの関係ですぐに帰国するわけにはいかない。そこで、母親を看病し家事を手伝うために、九曜はアフリカへ飛んだ。九曜自身も将来両親と同じNGO団体で活動したいと思っているため、両親のそばで実際の活動を体験させてもらうことにした。学業については現地のアメリカンスクールに通うつもりなので、当分日本に帰る予定はない。落ち着いたらまた連絡する。…という手紙だけを残し、向こうの連絡先も教えずに九曜は行ってしまった。
「へぇ〜っ。あの子、大人しそうに見えたけど随分活動的なのね。立派だわ」
 もちろん作り話なのだが、九曜が立派という部分だけはハルヒの言うとおりだ。
「それにしても、せっかく仲の良い友達ができたのに、有希は残念ね」
 本当に残念だ。何とかしてやりたかったんだがな。
「よし! それじゃあ有希が寂しがらないように、今年の夏休みは去年以上に冒険するわよ!」
 そうなっちまうのか。
 長門が寂しがっていようがいまいが、こいつの頭は既に夏休みの計画で渦巻いていたに違いない。
 当の長門はというと、あの事件以後、特に落ち込んでいるような様子はなく、むしろ微妙に積極的になったような気がする。
 例えば、今までだったら学校で顔を合わせたときに声をかけても、
「………」
 と無言のまま目を瞬かせるだけだったのだが、事件のあと週明けの月曜日の朝、昇降口で長門の姿を見かけ声をかけると、
「……おはよう」
 やや視線を外し、蚊の鳴くような声で長門は言った。
 そのはにかんだ仕草が何とも可愛らしく新鮮で、俺は廊下で長門に会うたびに声をかけるのだが、
「………」
 長門は沈黙を守るのみだった。
 この一週間調査した結果によると、どうも長門が「おはよう」と言ってくれるのは、朝の最初の一回だけのようだ。というより、それ以外の返事のしかたが分からず戸惑っているのかもしれない。
 もっとも、
「やあっ! キョンくんっ! 今日も元気に人生を楽しんでるかいっ!」
 などと長門に言われた日には、エラーやらバグやらを疑ってしまいそうなので、むしろ慣れ親しんだ三点リーダで返してくれる方がまだ安心できる気もする。
 ともあれ、長門が挨拶をするようになったのは一つ大きな変化といえるだろう。
 そしてなんと、驚くべきことに、今日の流し素麺を発案したのは長門なのだ。
「流し素麺というものをやってみたい」
 三日前、部室でいつもと変わらぬ午後を過ごしていると、長門が突然言った。
 俺、古泉、朝比奈さんの三人がそれぞれ手を止めキョトンとしていると、
「流し素麺?」
 ハルヒが言った。
「面白そうね!」
 決まった。
 そういえば仙台では七夕に子供の健康を祈願して素麺を食べる習慣があると聞いたことがある。幼くして死んだ子供が幽鬼となって疫病を流行らせたので、生前好物だった索餅を供えて供養したところ災厄が治まったという中国の故事に由来しているとかなんとか。
 そんなことを長門が知っているかどうかは分からんが、ひょっとしたら九曜を供養する気持ちがあったのかもしれない。
 仙台の七夕祭りとは時期がずれているが固いことは言いっこなしだ。
「私の親戚が龍野に住んでるから美味しい揖保乃糸を送ってもらうわ!」
 珍しく長門から企画が上がったことがよほど嬉しいのか、ハルヒはノリノリだ。
「じゃあ、私はめんつゆを用意いたしますね」
 朝比奈さん、まさか未来から届けてもらうわけじゃありませんよね。
「あとは、竹がいるわね」
 そんなわけで訪ねたのは鶴屋さんだ。
「あいっ変わらずキミたちは面白そうなことを思いつくよねーっ!」
 相変わらずのサバサバとしたリアクションが心地よい。
 鶴屋さんは九曜とは会ったことがないが、長門に友達ができたことは話していた。
 そして今回、その友達がいなくなってしまったことをハルヒと同様に説明すると、
「そっかあーっ。有希っこも寂しがってるんだねー。ほんじゃあー他ならぬ有希っこのお願いだっ。ウチの竹、すっきなだけ切り倒してぇ持ってってーちょーだいっ!」
 本当に懐の深い人だ。一本だけでいいんですが。

 
 

 そんなこんながあって、さきほど俺と古泉で鶴屋家に竹をもらいに行き、鶴屋さんもお誘いして長門のマンションにやってきた。
 めんつゆを持った朝比奈さんも俺たちより数分遅れて到着したのだが、今は既に午後5時、約束の時間より30分が過ぎてもハルヒのヤツが現れない。
 肝心の麺が来ないことには始められねーじゃねーか。
「あれーっ? 有希っこ、ケーキ作り始めたのかいっ?」
 台所にレシピが置いてあるのを鶴屋さんが見つけた。
「………」
 沈黙とともに頷く長門。
 そういや、いつだか長門の鞄から出てきたファッション誌にもケーキのページがあったな。
 日曜日には九曜と二人でケーキ作りを楽しんでいたのかもしれない。
「長門さんの作ったケーキ食べてみたいなぁ」
「いいですね。僕も是非頂きたいです」
 朝比奈さんと古泉が言う。
「俺も食ってみたいな。今度機会があったら作ってくれないか?」
 何かのイベントのときにでもな。…ん? そういやそろそろ何かがあったような気がするが…。
「分かった」
 長門は、誰とも目を合わせないまま言った。
「よければ、明日にでも…」
 ぴんぽーん。
 何かを言いかけた長門の声を、団長の到来を知らせる電子音が遮った。
 トコトコとインターホンに向かう長門。
 明日? 今、明日って言ったか? 明日…何かあったっけか…。

 
 

「お待たせーっ!」
 揖保乃糸が漸く到着した。
「遅かったじゃねーか。みんな腹ペコだぞ。罰金だ、罰金」
「うっさいわね。しょうがないでしょ。荷物が増えちゃったんだから」
 ハルヒは肩にショルダーバッグを提げ、小さなダンボール箱を両手で抱えている。
「そんなに持ってきたのか? いくらお前と長門でもダンボール箱いっぱいの素麺は食いきれないだろ」
「違うわよ。揖保乃糸はこっち」
 ダンボールを抱えたまま肘でバッグをパシパシと叩く。
「ウチのオカンが今朝拾ってきちゃったのよ」
 拾ってきた? 何をだ?
「これよ、これ」
 ハルヒがダンボール箱を揺する。
 俺たちがハルヒの抱える箱に視線を集中させていると…。
 ヒョコッ。
 小さな黒い塊が顔を覗かせた。
「うわぁっ。可愛いっ」
 思わず感嘆の声を上げる朝比奈さん。
「うはっ。よくこんな子が落ちてたねーっ」
 鶴屋さんが面白がってハルヒの箱を覗き込む。
「猫か…」
 それも子猫だ。真っ黒で毛の長い…。
「これは…ペルシャでしょうか。純血種のものであれば結構なお値段で取引されている品種ですが…」
 そんな高価な猫を捨てるヤツがいるのか?
「知らないわよ。こんな手紙が一緒に入ってたくらいだからね。無責任な飼い主だったんでしょ」
 箱の中の紙切れを取り上げると、
『可愛がってあげてください』
 とだけ書いてあった。
「可愛がれっていうわりには人家がなくて人通りも少ない道の脇に捨ててあったらしいのよね。酷いもんだわ」
 おもちゃ感覚で飼おうと思ってすぐ飽きたとか、そんなところだろうか。ろくでもないヤツがいるんだな。
「それは分かったが、何でわざわざここへ持ってきたんだ? お前の母さんが拾ったんならお前んちで面倒みればいいじゃないか」
「ウチの親父が猫アレルギーなのよ。アンタんとこならシャミセンがいるでしょ。もう一匹増えるくらいどうってことないじゃない」
 この無責任さでよく捨てたヤツの悪口を言えるもんだ。こいつは将来嫁の貰い手がないに違いない。
「しかたねえな。他に行き先がなきゃ俺が引き取ってやるよ」
 ハルヒのことではない。猫のことだ。
 俺は子猫を箱から取り上げてみた。
 生後一週間くらいだろうか。目が開いたばかりといった感じだ。当然のことながら離乳もまだであろう。
「ん?」
 俺が膝の上に置くと、子猫はおぼつかない足取りでよちよちと歩き出した。
「ん〜! 可愛いぃ〜。ねぇ、どこに行きたいんでちゅか〜?」
 突然幼児言葉で語りかける朝比奈さん。あまりの可愛らしさと微笑ましさに俺の目元がだらしなく垂れ下がる。次のコスプレは保母さんで決まりだな。
「あら」
 子猫がトコトコと向かった先は、長門の膝元だった。
 長門の膝に前足を乗せ、一生懸命登ろうとしている。
「………」
 じゃれつく子猫を長門がそっと抱き上げ、膝に乗せてやる。
 途端に子猫は丸くなり、寝息をたて始めた。
「あっはっはっ! この子、よっぽど有希っこが気に入ったみたいだねーっ!」
 長門の膝でもぞもぞと動く子猫を指差し、鶴屋さんがケラケラと笑っている。
「なんかもうすっかり有希に懐いちゃったみたいね。このまま有希が飼ってあげたら?」
 もっともらしい提案をするハルヒだが、
「このマンション、ペット禁止じゃなかったか?」
 確か、消失世界の長門はそう言っていた。
「あら、そんなの気にすることないわ。部屋から出さなきゃ平気よ」
 お前の無責任発言は今日何度目だ。
「………」
 長門は膝の上の黒い物体をしばしの間見つめ、
「この部屋なら大丈夫」
 意外なことを言った。
「うはっ。有希も最近融通が利くようになってきたじゃない!」
「お前、いいのか?」
 俺が再度確認するように尋ねると、
「私が責任を持って面倒みる」
 子猫の小さな頭を優しく撫でながら長門は言った。
「決まりね!」
 実に満足げなハルヒ。
「じゃあ、名前も有希が付けてあげなさいよ。なんかいいのなーい?」
 何かに命名するなんて長門にとって初めての作業だろう。
「名前…」
 膝の上で寝息を立てる黒い塊をじっと見つめ、長門が呟く。
 長門の小さな手に撫でられ、子猫は実に気持ち良さそうだ。
 それにしてもこの子猫、似ている。
 真っ黒な長い毛といい、長門への懐き方といい、誰かさんにそっくりだ。
 ――希みは有るのかもしれない。
 持って生まれた運命から解放され、未来を切り開くことができるかもしれないという希みは。
 そして、死に別れた親しい者同士が時を経て巡り逢うことがあるかもしれないという希みは――。
 周防九曜そっくりの子猫を見ていて、俺はそう思った。
 運命とか規定事項とか言ったところで、それが100%であるという保証はどこにもないんだ。
 だからこそ、未来の朝比奈さんや藤原は戦っている。絶望的な運命を変えるため、必死で抗っているんだ。
 そうさ。長門だっていつまでもインターフェイスのままじゃない。長門自身が望めば、いつか普通の人間として暮らせる日がくるかもしれない。
 ハルヒに振り回されてる古泉にも、佐々木を神と崇める橘にも、いずれそれぞれの呪縛から解き放たれるときが来ればいい。
 いや、どうみても普通な佐々木だって、普通じゃないことに本人は気付いていないハルヒだって、それぞれが望む自分、それぞれが望む環境に向かって進んでいるんだ。
 動かないことには何も始まらない。
 運命なんぞ知った事か。
 可能性を信じて、命ある限りあがいてやればいいじゃないか。
 九曜は、その可能性を俺たちに見せてくれた。
 この、九曜そっくりの猫は、きっとこれからも目にするたびに俺にそのことを思い出させてくれるだろう。まるで、生きた墓標だ。
 …いや、そんな言い方はこいつに失礼だな。
 この猫はこの猫で、立派な一つの命なんだから。
 そんなことを考えていると、
「…ホープ」
 俺の思考を読んだかのように長門が言った。
「ホープ?」
 ハルヒが大きな目をパチクリさせながら聞き返す。
「…そう」
「何かあんまり名前っぽくないわねぇ」
 以前、猫にシャミセンという不吉な名前を付けたのはどこのどいつだったか。
「ま、いっか。この子は我がSOS団の期待の新人だもんね! ホープちゃん! これからしっかり活躍してもらうわよ!」
 強制的に加入させられた子猫は、我関せずとばかりに長門の膝の上でゴロゴロしている。
 「ホープ」か。長門らしいストレートなネーミングかもな。
「さ、随分遅れちゃったわね。早く始めましょ! みくるちゃん手伝って! 鶴屋さんと古泉くんは竹を準備してくれたし、ゆっくり休んでてちょうだい。有希はキョンに手伝わせてホープの寝床でも作ってあげなさい。キョンなら猫飼ってるからいろいろ分かるでしょ」
「は〜いっ」
 ハルヒと二人でキッチンに向かう朝比奈さん。
「…だそうだ。あとでペットショップに哺乳瓶とミルクを買いに行かないとな。とりあえず、何か適当な箱とかタオルとかないか?」
「探してくる」
 長門はホープを俺に預け、寝室へ向かった。
「有希っこが飼うのか〜。いい子に育つだろうねっ!」
 俺の膝で落ち着かない様子のホープを覗き込む鶴屋さん。
「それにしてもそっくりですね」
 心底感嘆したように古泉が言う。
「ああ…」
 この猫と一緒に暮らすことで、長門がまたさらに人間らしい何かを掴んでくれたら嬉しいもんだ。
 一つの小さな命との出会いが、新たな扉を開ける鍵となればいい。
 どこからかやってきた心地よい風が優しく肌を撫でる。
 俺は窓の外に目を向けた。
 ベランダには、先週から出しっぱなしの笹が立てかけられたまま、五色の短冊が夕暮れの風にひらひらと揺れている。
 そのうちの一つには、丁寧な明朝体でこう書かれていた。
 ―――『希望』と。

 

 ―完―

 
 
 
 
 
 

 最後までお付き合い頂きありがとうございました。

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:58 (2705d)