作品

概要

作者富士恵那
作品名九曜と有希 ―第三章―
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-08-27 (月) 18:03:26

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 ―第三章―

 

「何だ、こりゃあ」
 荒れ果てた灰色の大地、漆黒の空に無数の星が煌き、図鑑で見たようなアンドロメダか何かの星雲やら銀河やらが月よりも何倍も大きく見えている。
 ここは…宇宙の果てか?
「空気はあるようですね。もっとも、これだけ明るい星が見え、空気があるのに、空が黒いというのはおかしいのですが」
 古泉、余計な解説はいらん。
「確かにそうだ。古泉くんの言うとおりだね。何か、擬似的な空間なのかもしれないな」
 佐々木、お前もいちいち同調すんな。
「私の制御空間へようこそ」
 朝倉が丁寧に頭を下げる。見ると、喜緑さんの攻撃で受けた傷も徐々に治りつつあるようだ。血に染まった制服はズタボロのままだが。
「これは…!」
 喜緑さんがやや驚きをまじえた声を発した。
 長門と喜緑さんの周囲に漂っていた無数の氷柱が忽然と消えている。
「お気づきになったかしら? ここでは、あなた達の力は使えない。あなた達もただの人間の女の子よ」
 それが本当なら大ピンチだ。
「ヤツの言ってることはホントか? 長門!」
「…本当」
 自分の掌を見つめ、長門が静かに言った。
「情報操作能力が全く機能しない。そればかりか、情報統合思念体とのコンタクトも完全に断たれている」
「私も同様です」
 喜緑さんが残念そうに言う。
「九曜さんは本当によくやってくれたわ」
 朝倉が嬉しそうな笑みを浮かべる。
 どういうことだ?
「九曜さんのもう一つの任務よ。情報統合思念体の解析」
「………」
 長門が、閉じた唇にぐっと力を込めたように見えた。
「統合思念体の主流派、その主力端末である長門有希に接触し、来たるべき決戦に備えその能力を可能な限り把握すること。それが九曜さんに課せられた任務だったのよ」
「そんなっ!」
 俺より先に声を上げたのは橘京子だ。
「そんなはずは…。九曜さんは本気で長門さんと…」
 佐々木も、言いかけて口を噤む。
「フン。やっぱり裏があったか。ヤツは最初から怪しかったからな」
 そう言い放ち、肩をすくめたのは藤原だ。
「てめえ!」
 俺は思わず藤原に殴りかかりそうになった。
 貴様だって何だかんだ言いつつ、九曜の面倒を見てたんじゃないのか。
「まあまあ。落ち着いて」
 切れそうになった俺を古泉が押さえた。
「そうよ。仲間割れならあの世でやってほしいわね。もっとも、あの世なんてものがあればの話だけど」
 朝倉が悪戯っぽく笑う。
「九曜さんが入手したデータを元に設計したこの空間、情報統合思念体とは完全に隔離されているわ。ただし、この空間にインターフェイスを連れ込めるのは一度だけ。連れ込む際に生じる小規模な時空震から、この空間の設計を分析される可能性があるからね。いつ使おうか考えていたんだけど、お仲間が接近していることが分かったので」
 細めた目で喜緑さんをチラリと見る。
「どうせなら一度にまとめて連れ込んじゃった方が効果的だと思ったの。途中、気配を断たれて思いがけない深手を負っちゃったけど」
 既に傷の塞がった左脇腹をさする。
「まさか、援軍に来たのがあなただったとはね。私、大手柄だわ」
 自慢げな笑みを見せる朝倉。
 どういうことだ?
「あら? 知らないの? 現在、情報統合思念体の九割は主流派と穏健派の二大派閥が占めているの。その二大派閥それぞれの主力インターフェイスが、ここにいる長門さんと喜緑さんなのよ。つまり、この二人を始末すれば、情報統合思念体の戦力はガタ落ち。涼宮さんの改変能力を使うまでもなく、情報統合思念体を消滅させられるかもね」
 そういうことだったのか。長門が特別なのは何となく分かっていたが、喜緑さんも長門と双璧を成す存在だったとは。
「そういうわけだから。あなた達には死んでもらうわね」
 ニッコリと微笑むと、朝倉は足元の岩石を操り、撃ち放った。
 ドゴン!
 長門が立っていた場所で、石のつぶてが弾ける。
 長門は軽やかに跳ね、攻撃をかわしていた。インチキ能力が使えないとはいえ、運動神経の良さは変わらないようだ。
 ドゴン! ゴゴン!
 いたぶるかのように一つずつ石の塊を飛ばす朝倉。
 長門と喜緑さんは華麗な跳躍でかわし続ける。
「古泉! お前の超能力は使えないのか!?」
 カマドウマ空間で見せたような光球を出してみせろ。
「残念ながら、ここは涼宮さんの閉鎖空間とも、コンピ研部長のカマドウマ空間とも異なるようです。僕の能力はまったく発揮できません」
 くそっ。何て使用範囲の狭い超能力者だ。
 そうだ、超能力者ならもう一人いるじゃないか。
「橘! お前はどうだ! 何か使える技はないのか!?」
 俺が眼を向けると、橘京子は身を縮こまらせてガタガタと震えていた。
「えっそんなっ! 私の力は佐々木さんの精神世界に入るだけです。それ以外は何もできませんっ!」
 何たる無能力者。こいつは役に立ったためしがない。
「おい! 未来人!」
「ひゃいっ!?」
 朝比奈さんが小さな肩をビクッと震わせ答えた。
 いや、驚かせてすみませんが、あなたのことじゃありませんよ。第一、ボクがあなた様のことを未来人呼ばわりするはずがないじゃないですか。
 俺が呼びつけにするのは、あのクソッタレの未来人野郎・藤原だ。
「何だよ。僕のことか? 失礼だな」
「いいから聞け! お前、何か武器は持っていないのか!?」
 未来的な光線銃とかがあるだろう。
「すまないが持ち合わせていないな。武器の携帯は禁止されているんだ」
 イリーガルな組織のくせに、つまらんところで生真面目なんだな。
「フン。僕らをイリーガル呼ばわりするのはアンタの勝手だがな、こればっかりは認められていない。正直、僕もくだらん規則だと思っているよ」
 藤原は両手を頭の後ろに抱え、暢気に背中を反らしている。
 どうにも嫌な野郎だ。
「佐々木、お前はどうなんだ? お前にも何か能力があるんじゃないのか?」
 橘はお前を神と崇めているんだ。
「申し訳ないが、やはり僕に特別な能力は備わっていないんだ。期待に応えられずすまない」
 仕方ない。
 朝比奈さんは…。
「ひええええ」
 両手で肩を抱き、プルプルと子犬のように震えている。
 いや、あなたはその可愛らしいお姿で僕の心を癒してくださるだけでいいんです。あなたがここに居て下さるだけで僕の力は倍増しますから。
「くそっ。こうなったら…」
 俺は足元に転がる石を拾い上げた。
「できるだけのことはやってやる!」
「待ってください! 無茶です!」
 古泉が慌てて俺を止める。
「だったらどうする? このまま待っていたらいずれ長門も喜緑さんもやられちまうぜ。そうなったらもうどうしようもない。一か八か、あがくだけあがいてやるさ!」
「し、しかし…!」
「うるせえ!」
 俺を押さえつけようとする古泉を振り切って、俺は石のつぶてを両手で朝倉めがけてぶん投げた。
 朝倉は長門と喜緑さんを弄ぶのに夢中になっているようだ。
 緩やかな弧を描いて飛んだ石の塊は、
 ――ゴスン。
 意外なことに、朝倉の側頭部にあっさり命中した。
 瞬間、俺は妙な罪悪感に襲われた。当然かもしれない。いくら殺人鬼とはいえ、見た目は女子高生なんだからな。
「………」
 グラリとよろめいた体を起こし、朝倉は側頭部から滴る血を拭う。
 掌についた大量の血をしばし見つめた後、朝倉は俺に冷たい眼差しを向けた。
「そんなに早く遊んで欲しい?」
 ニタリと朝倉が微笑んだ瞬間、かつてない戦慄が走り、俺は動けなくなった。
 朝倉がインチキ能力を使ったわけではない。朝倉の絶対零度の視線で見つめられた、ただそれだけで、とてつもない恐怖に俺の全筋肉が硬直し、身動きが取れなくなってしまったのだ。
 次の瞬間、朝倉が開いた手をこちらに向けると、俺の拳の倍はありそうな石の塊が俺の顔面めがけて突っ込んできた。
 バキッ!
 ゴゴンッ!
 飛んできた石の弾丸が、俺の眼の前で急激に方向を変え、斜め後ろの地面に激突した。
「長門!」
 俺の顔面に衝突する直前、割って入った長門がその小さな拳で石の塊を叩き落としたのだ。
 しかし、朝倉の制御するこの空間内では、長門は普通の人間の少女と大差はない。
「大丈夫か!?」
 だらりと右腕を垂らす長門の両肩を、俺はとっさに両手で支えた。
 飛んできた石を叩き落した長門の右手は、拳の骨が砕けたのか、大量に出血していた。
「…平気」
 嘘だ!
 長門は冷や汗をかき、顔は無表情を作っているものの、明らかに苦痛を堪えている。
 俺が支える長門の両肩からは、苦しそうな呼吸が伝わってくる。
 今まで見たことのない長門の苦痛の表情に、俺は正直――もうダメだと思った。
「もう面倒になっちゃった」
 朝倉が、明るさを増した声で言う。
「一気に片を付けることにするわ」
 その手を朝倉が頭上にかかげた瞬間、俺の両脚は大地に根を生やしたように、微動だにしなくなった。
 上半身は動くが、腰から下が完全に固まっている。
「こ…これは!」
「えっ…な、何っ?」
 背後から古泉と朝比奈さんの声がする。
 どうやら、俺だけではなく、全員の脚が固まっているようだ。
 さらに朝倉が足元に手を突き出すと、転がっていた石ころが集まり、一本の大きな石槍となった。
「こいつで一人ずつ串刺しにしてあげるね」
 朝倉は、見た目だけの感想から言えば今までで最も見事と思われる、輝かしいほどの笑顔を作った。
 谷口のヤツなら1スマイル1,000円でも喜んで支払ったであろう朝倉の最高の笑顔も、俺のフィルターがかった眼には般若の面にしか見えず、俺は背筋が凍りつくのを感じた。
「誰からにしようかしら」
 ウィンドウショッピングでもしているかのように、朝倉は楽しそうな笑顔で俺たち八人に順番に視線を送る。
「やっぱり長門さんからよね。きーめたっ」
 大げさなアクションで、可愛らしく長門を指差した。
「…と思ったけど、あなたたち二人、ピッタリくっついててまるで恋人同士みたいね。結構お似合いよ。お二人さん」
 大きなお世話だ、クソッタレめ。
 俺と長門はな、好きだ嫌いだなんてチャチな間柄じゃねえんだ。
 共にいくつもの困難を乗り越え、今じゃお互いの命だって預けあえるほどの仲なんだ。
 愛も友情も信頼も知らないお前みたいな人形ヤロウに、俺と長門が分かってたまるか。
 俺は無意識のうちに、長門の両肩を抱く手に力を込めていた。
「あら、そんな怖い顔で睨まないでよね。そんな目つきしてると、女の子に嫌われちゃうわよ」
 いちいち癇に障るヤローだ。
「長門、何とかなりそうにないか」
 俺は長門の耳元に口を近づけ、囁いた。
 ほのかにフローラルの匂いがした。
「無理。腰から下が完全に硬直し、地面に貼り付いている。今の私では、朝倉涼子の次の攻撃を防ぐことは………不可能」
 申し訳なさそうに言うな。
「今のお前は普通の女の子なんだろ? あんな化け物が相手じゃ仕方ないさ」
「………」
 長門は何も言わない。
 しかし、その左手が強く握り締められるのを、俺は見逃さなかった。
 …悔しくて堪らないんだ。
 そりゃそうだ。俺だって、あんな人形ヤロウに殺されるなど我慢ならない。このままじゃ死んでも死に切れないぜ。
「なあに? 二人でコソコソ内緒話しちゃって。あなたたち、本当に仲が良いわね。なんだか妬けてきちゃった」
 ふざけやがって。貴様ごときに「妬く」なんて感情があるわけがない。
「また怖い顔するぅ。…よしっ、決めたわっ。せっかくだから、あなたたち二人まとめて串刺しにしてあげるわね。二人一緒に死ねるわよ。私、優しいでしょっ」
 何なんだコイツは。元の朝倉涼子の優等生らしさがどんどん崩れていってるぞ。これじゃただの殺人狂じゃないか。
 そう思って俺は気が付いた。
 ああ、コイツは俺の記憶にある朝倉涼子を参考にしているんだったな。
 俺の頭では「朝倉=殺人鬼」のイメージが定着してたってわけか。
 この期に及んで、俺は妙に納得してしまった。
 人間、開き直ると案外落ち着いちまうもんだな。
「あらら? 今度は何だか楽しそうね。死を目前にして気が狂っちゃったのかしら? …ふふっ。まあ、どうだっていいわ」
 朝倉はまた最高の笑顔を見せた。
 だが、俺はもう怖くも何ともなかった。頭のネジが何個か外れてしまったようだった。
 俺はただ、朝倉が巨大な石槍を俺と長門の直線上に移動させるのを、じっと見ていた。
「仲良く二人一緒に死になさい」
 俺たちを貫く石槍が、長門の胸あたりに狙いを定めた。
「だめだこりゃ。もう、おしまいだな」
 既に俺は諦め切っている。殺るならとっとと殺れってんだ。できれば、苦しまないように一瞬で意識をすっ飛ばしてほしいもんだな…。
 そんなことを考えていると、長門が小さな、しかし僅かに熱のこもった声で言った。
「あなたを護れなかった…。ごめんなさい」
 お前が謝ることなんか、何一つない。
 俺の方こそ、お前の為に何もしてやれなかった。
「………」
 長門は前を向いたまま。表情は分からない。
 だが、最期のときを前に、長門は動く方の左手で、その小さな肩を抱く俺の左手にそっと触れた。
 その指先に、柔らかく繊細な温かさと、深い優しさと、消え入りそうな儚さを感じ、俺は不意に胸が熱くなり、涙が零れそうになった。
 俺は死にたくない!
 こいつを死なせたくない!
 思わず俺は右腕で長門の細く華奢な体を抱き、小さな左手を強く握った。
 霧雨に濡れしっとりとした長門のショートヘアーが俺の頬に触れる。
 ああ、こいつの小さな体はこんなにも柔らかく、こんなにも温かかったんだな。
「長門…!」
 かつて感じたことのない思いが溢れ、俺が呻くように呟いた瞬間、長門の小さな手が俺の左手を強く握り返した。
 俺の心を射抜くような、強い感情が長門の左手から伝わってくる。
 わずかに速まる長門の鼓動の一つ一つが、俺の胸を打ち、魂を揺さぶる。
 何だ? この熱い思いは…!?
「私は…」
 溢れた思いを必死に言葉に変えようとしているかのように、長門の小さな口から、弱々しく震える声が漏れた。
 次の言葉を紡ぎ出すために、長門が小さく息を吸った瞬間、
「じゃあね」
 長門のか細く震える声を、朝倉のとどめの一言が遮った。
 と同時に、巨大な石の槍が空を貫き突っ込んでくる。
 おしまいだ!
 俺は眼をつぶり、両手に力を籠め、長門を強く抱きしめた。
 長門が俺の左手を握る手に力を込める。
 ズバッ!
 肉を切り裂く音が聞こえ、
「きゃあああああああ!」
「だめえええええええっ!」
「キョン!」
 橘、朝比奈さん、佐々木の叫び声が耳をつんざく。
 くそっ。殺られるなら一瞬でと思ったのに。
 俺はまだ生きてるじゃねえか。
 意識を失うまであと何秒苦しめばいいんだ。
 それにしても、腹を貫かれるってのは案外痛くないもんなんだな。
 前に刺されたときにはもっと痛かったが。
 っていうか、全然痛くないじゃねえか。
 痛くない?
 そんなバカな!
 …俺はゆっくりと眼を開けた。
 朝倉が放ったとどめの槍の先端は、俺には、いや、俺の前に立つ長門にすら届いていない。
 俺と長門の前に、ぼんやりとした黒い塊が立ち、石槍の突進を阻んだのだ。
 長門と変わらぬ背丈。長く波打つ漆黒の髪――。
「九曜!」
「九曜さん!」
 俺に続いて橘京子が叫んだ。
 長門の前に割って入った九曜が、胸の前に両手を合わせ、石槍を受け止めている。
 …まさか、いったいいつ現れたんだ。
 それに、なぜ九曜が朝倉の攻撃を邪魔する?
「………」
 長門は何も言わない。
 しかし、俺の手を握る長門の左手が緩み、動揺を感じさせる。
「あら? 九曜さんじゃない。あなた、こんなところで何してるの? あなたの役目は涼宮さんへのハッキングでしょ。こんなところにいちゃ駄目じゃない」
 朝倉が首を傾げる。朝倉にも予想外の行動ということか。
「―――この人たちに―――危害は加えさせない」
 九曜が小さな声でゆっくりと言った。
 同時に、九曜が両手で押さえていた石槍が砂の塊となって崩れ落ちた。
 こいつはやっぱり長門の、俺たちの味方だったのか。
「九曜さん!」「九曜さん!」
 佐々木と橘が明るい声で叫ぶ。
「フン。やっと来たか。ヒヤヒヤさせやがって」
 藤原の声だ。
 さっき九曜のことを「最初から怪しかった」とかぬかしたヤツがどの口で言うんだ。
「………」
 長門は俺の左手を離すと、九曜の肩に手を伸ばそうとし、触れる直前で引っ込めギュッと握り締めた。
 明らかに戸惑っている。
「良かったな。長門」
「………」
 長門は躊躇いがちに小さく頷いた。
 その表情は見えないが、きっと安堵の色を浮かべているに違いない。
 自分の命が助かったことに? いや、それもあるだろうが、何より九曜が仲間でいてくれたことにだ。
「いったい何を言っているの? 私の邪魔をする気? そんなことは許されないわよ」
 朝倉が九曜を諭す。こういうときの口調はいかにも委員長らしい。
「あなたは―――臨時のアプリケーションに過ぎない―――。『中枢部』に直結する私とは―――能力の差は………歴然」
 相変わらずのゆったりとしたしゃべり方だが、九曜の声には揺ぎ無い意志が感じられる。
 九曜が俺たちの味方であることは信じて良さそうだ。
「うふっ。それはあなたの言うとおり。私の能力ではあなたにはとても敵いそうもないわね。でもそういうことじゃなくて、私が言いたいのはね、あなたは『私たち』に逆らうのかってこと。涼宮さんの時空改変能力を奪うのも、情報統合思念体に攻撃を仕掛けるのも、『私たち』の総意なのよ」
 朝倉の言う『私たち』とは天蓋領域のことだ。
 まさか、九曜はたった一人で天蓋領域に反旗を翻したのか?
「その指令には―――従えない。―――私は―――この人たちを………護る」
 グッときたぜ。
 九曜の小柄な後ろ姿がやけに頼もしく見える。
 このまま一気に形勢逆転か?
「んもう、何を言っているの? 命令に逆らったインターフェイスは削除されるだけよ? ちゃんと分かってる?」
 朝倉が困り果てた顔をする。
 しかし、朝倉の言うとおりだとすると、ヤツを倒したとしても九曜は消されちまうってことか?
「――承知の上」
 九曜が短く、だがはっきりと答えた。
「そんなっ!」
「九曜さん!」
 橘と佐々木が背後で叫ぶ。
「……あなた」
 沈黙を保っていた長門が九曜の後ろ姿に声をかけた。
「いいの。―――あなたたちを護るには―――こうするしかないから」
 九曜は振り返らず、朝倉をじっと見据えている。
 九曜は本気だ。
 身をもって、俺たちを救おうとしている。
 こいつは間違いなく俺たちの仲間だ!
「あーあ、ばからしいわね。私の邪魔をしたいなら勝手にすればいいわ。でもね、あなた一人削除されたところで、『私たち』には何の影響もないわよ。また新たなインターフェイスを送り込めばいいだけ。今度は命令違反を犯したりしない、優秀なやつをね」
 あきれ返った様子で朝倉が言う。
 今ここで九曜が朝倉と刺し違えても、それは一時しのぎに過ぎず、次々と新たな刺客が俺たちを襲ってくるというのか。
 そうなれば情報統合思念体と天蓋領域との全面戦争だ。
 俺たちは、いや、地球は大丈夫なのか?
「そうはさせない」
 長門…ではない。
 言ったのは九曜だ。
 静かながらはっきりと良くとおる声だったので、一瞬長門かと思った。
「どういうこと?」
 朝倉が怪訝な表情を見せる。
「さっき―――涼宮ハルヒにハッキングすると同時に―――処理能力の一部を………『中枢部』へのハッキングにまわした」
「何ですって?」
 驚きの声を上げる朝倉。
「生じるノイズは―――結界でカムフラージュ。―――私は『中枢部』に直結している。―――侵入は………容易」
 淡々と語る九曜の声には、自信を通り越して凄味すら感じる。
 三ヶ月前、初対面の時の眠たそうな声とはまるで別人だ。
「馬鹿なことをするのね。そんなことをしてどうするの? 『私たち』の総意をそっくり変えることなど不可能よ。一部に細工をしても、後でバレてやっぱりあなたは消されるだけ」
 朝倉は再びあきれ果てた顔に戻った。無駄は止めろと言いたげだ。
「細工?」
 九曜が静かな、しかし凄味を増した声を発した。
「細工などしない。―――私は『中枢部』を………破壊する」
「な! …何を言っているの!?」
 朝倉は明らかに動揺している。
「ち…『中枢部』を破壊って……。そんなことをしたら『私たち』の情報連結は解除され、無意味なデータの断片となって宇宙に散らばるのよ」
 九曜は天蓋領域を死出の道連れにする気だ。
「既に崩壊因子は『中枢部』に行き渡っている。―――後はスイッチを入れるだけ。―――あなたを倒し、制御空間を出ると同時にスイッチが入る。―――もう私にも止められない」
 九曜の声には徐々に気迫が満ち、力が漲ってきた。舌の回りも早い。
 聞いているだけで、こちらまで気分が高揚してくる。
 まるで、雛が孵るのを、蝶が羽化するのを目の前で見ているようだ。
「そ、そんなことさせないわ!」
 らしくないほどに狼狽した朝倉が一直線に突っ込んできた。
 ビシュッ!
 風切り音とともに朝倉が目にも留まらぬ速さで手刀を繰り出す。
 ガシッ。
 朝倉が伸ばした手を、九曜がいとも簡単に捕らえた。
「残念ね」
 朝倉に向けた言葉か。それとも天蓋領域全てに対してか。
 九曜はそう呟くと、開いた手を朝倉の胸に当てた。
「ま、待って」
 朝倉が何かを言おうとしたの遮るように、ヒュッ、と吹き飛ぶというよりはむしろ吸い込まれるような音がして、それと同時に朝倉の姿は一瞬にして跡形もなく消え去った。
 次の瞬間には景色が一変し、俺たちはまた元のマンションの屋上にいた。

 
 
 
 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:57 (2730d)