作品

概要

作者富士恵那
作品名九曜と有希 ―第二章―
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-08-27 (月) 18:02:15

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 ―第二章―

 

「長門、どういうことだ!?」
 お前、敵は天蓋領域だって言ってたじゃないか。
「………」
 長門は朝倉涼子をじっと見つめている。
「朝倉はお前んとこの急進派のインターフェイスだろう」
 そして、一度はトチ狂って長門の手で処分され、その後暴走した長門に復活させられたものの再度長門によって消されたはずだ。
「あれは…朝倉涼子ではない」
 長門が静かに告げた。
 意味が分からない。どこからどう見ても朝倉にしか見えないし、声もそうだ。それに、ヤツは俺と長門に「久しぶり」と言った。
「あら。長門さん、失礼なこと言わないでよね。私は私。朝倉涼子よ」
 このしゃべり方、物腰の柔らかさ、愛想良く振りまく笑顔、どれをとっても俺の記憶にある委員長、朝倉涼子そのものだ。
「違う」
 長門が小さな声で断言する。
「何が違うんだ?」
「あれは、情報統合思念体によって生み出された『朝倉涼子』ではない」
 さっき言ったことと何か違うのか?
「うふっ。長門さん、キョン君にもう少し分かり易く説明してあげて」
 両手を腰の後ろに合わせたまま、少々オーバーに感じる仕草とともに朝倉が長門に微笑みかける。
「あれは、周防九曜と同様、天蓋領域の端末」
「何だって!?」
 それにしたって、俺たちの知ってる朝倉涼子にあまりにも似すぎている。
「おそらく、あなたや私の記憶から情報を盗み、インターフェイスのデザインに投影させたのだと思われる」
 長門が淡々と告げる。
「ご名答」
 明るい微笑みとともに朝倉が言った。
「急いで作ったからね。あなた達の記憶からデザインを拝借することにしたの。この『朝倉涼子』は活動的で、社交性があって、任務を遂行するのに一番都合が良かったから。外見も結構気に入ってるのよ。うふっ」
 普通の男子高校生だったら一目で虜にされそうな笑顔だが、二度この顔に命を狙われた俺には獲物を前にした雌豹にしか見えない。気を抜くと膝が震えそうになるのを堪えつつ、俺は本能的に身構えた。
「彼女は私たちの動揺を誘っている」
 俺の緊張を感じ取ったのか、長門が言った。
 俺をビビらすためにわざわざ朝倉の格好をしているってのか。そんな手に乗ってたまるか。
「あなたたちを怖がらせるつもりはなかったんだけどね。でも、良く考えたらその方がもっと仕事がやり易くなるし、一石二鳥だったわね」
 朝倉はニコニコと不気味な笑顔を崩さない。
「そんなことより、お前の目的はなんだ! ハルヒのトンデモ能力を奪おうってのか?」
「うふっ。それは、九曜さんのお仕事」
 あっさりと言いやがった。
 視界の端で、長門の小さな拳に力が込められたように見えた。
「ずっとチャンスを伺っていたんだけど、この数日、涼宮さんの精神状態が不安定になっているのが分かったの。今日、涼宮さんの精神が最も脆弱になった瞬間を狙って、ハッキングを開始したというわけ」
 倒れる直前の、ハルヒの空元気を捻り出したかのような無理のある笑顔が思い出される。確かに、ハルヒの精神が不安定になったときを狙ったというなら、ドンピシャのタイミングだったかもしれない。
「九曜さんは今、結界の中で待機してるわ。仕事の途中で思わぬ邪魔が入っちゃったからね」
 細めた目を長門に向ける。
「そういうことでね、邪魔者を取り除くのが私の任務ってわけなの」
 天蓋領域も上手いこと選びやがったもんだ。こいつほど「刺客」という言葉が似合うヤツは、他に見たことがない。
 しかし、何でまたわざわざ屋上に来たんだ?
「うふふっ。長門さんのお部屋で戦っても良かったんだけどね。万が一涼宮さんが巻き添えを喰うような事になったらまずいでしょ。『私たち』が時空改変能力を頂く前に、涼宮さんに死なれちゃ困るからね」
 こいつの言う『私たち』とは天蓋領域のことか。
 それにしても、たとえ仮説の上でも「ハルヒが死ぬ」などと口にされると、ハラワタが煮えくり返りそうになる。そんなことを言うヤツは許しちゃおけない。
「無駄だとは思うけど、一応お願いしてみようかしら。長門さん、涼宮さんの時間凍結を解除してもらえる?」
「断る」
 間髪入れずに長門が答える。
「あら、じゃあしょうがないわね」
 朝倉が、魅力溢れる笑顔のまま言った。
「死んで」
 次の瞬間、朝倉の周囲に舞い落ちる無数の霧雨の粒が集まり、数本の細く鋭い氷柱を形作ったかと思うと、バリー・ボンズも真っ青の猛スピードで突っ込んできた。
「きゃああああっ!」
 朝比奈さんと橘京子が揃って悲鳴を上げる。
 しかし、飛んできた無数の氷柱は、俺たちの目前でガラスが割れるような音とともに次々と砕け散った。
「………」
 長門が片手を広げ、突き出している。何か、バリアのようなものを張って朝倉の攻撃を防いでいるようだ。
「うふっ。まだまだ」
 何が楽しいのかニッコリと微笑んだまま、朝倉は片手を天に向かって突き上げ、振り下ろした。
 途端に、正面だけでなく、上空からも数え切れないほどの氷柱が降り注いだ。
「離れないで」
 長門の声に従い俺たちが長門の背後に集まると、長門は片手を突き出したまま、もう一方の手を天にかざした。
 すると、降り注ぐ無数の氷柱が大きく軌道を逸らし、俺たちから数メートル離れた地面に突き刺さった。
「あら、やるわね。…それじゃ、こんなのはどうかしら」
 感心したような表情を一瞬見せ、再び笑顔を作り直すと、朝倉はソフトボールのアンダースローのように、突き上げた腕を後ろからぐるりと一回転させた。
 その直後、朝倉の三歩前の地面から胸まで届くほどの巨大な氷柱が突き出したかと思うと、その前、さらにその前と、氷柱が次々と連なって突き上がり、俺たちに迫ってきた。
「よけて」
 前と上に続く下からの攻撃を防ぎきれないと判断したのか、長門はとっさにそう言った。
 左に身をかわす長門に合わせ、俺も同じ方向へ跳んだ。
 ドドドドド!
 次々と突き上がる氷柱は俺たちの背後まで続き、小さな氷の壁を作った。
「しまった!」
 声を上げたのは古泉だ。
 長門とともに左にかわした俺や佐々木たちとは逆に、古泉と朝比奈さんが氷の壁の向こうにいる。
 よける際、判断の遅れた朝比奈さんを救うために古泉は朝比奈さんもろとも右に跳んだのだ。
「くっ!」
 苦悶の表情で古泉が膝をつく。
 朝比奈さんを庇ったために跳躍が遅れたのだろうか。左のふくらはぎから足首にかけて切り裂かれ、出血している。
「古泉くんっ!」
「古泉!」
 俺が叫んだ次の瞬間、
「まず、二人ね」
 朝倉が穏やかな声で、朝比奈さんと古泉の最期を告げた。
「いけない」
 依然続く正面からの氷柱攻撃を防ぎつつ、長門が古泉たちの頭上に向けて手をかざす。
 しかし――。
 長門のシールドは間に合わなかった。
 ズドドドドドッ!
 巻き上がる血飛沫と煙で視界が塞がれるほどの夥しい数の氷柱が容赦なく降り注ぎ、朝比奈さんと古泉の体を粉々に打ち砕いた。

 
 

 う…ウソだろ?
「そ…そんな」
 ガックリと跪いたのは橘京子だ。
 朝比奈さんと古泉がいたところにはもはや二人の肉片すら残っておらず、血の海となった地面に、無数の氷柱がビッシリと巨大な剣山のように突き刺さっていた。
「朝比奈さん!!!古泉ーーーっ!!!」
 俺は頭が真っ白になった。
 これは何かの冗談だよな?
 だってそうだろ? 今までだって危機は何度もあった。けど、どんな困難だって俺たちSOS団は力を合わせて乗り越えてきたじゃないか。
 ついさっきだってお互いの信頼を確かめ合ったばかりだ。
 それなのに。
 それなのに、こんなのありかよ!
「悲しんでいる暇はない」
 朝倉の攻撃をシールドで弾きながら、普段より熱がこもっているかに思われる声で、戒めるように長門が言った。
「落ち着いて。油断しないで」
 何言ってやがる!
 目の前で友達が二人殺されたんだぞ!
 朝比奈さんの天使のような笑顔が、古泉の爽やかな作り笑いが、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
「これが……これが落ち着いていられるか!!」
 全身から迸る怒りと絶望的な悲しみに我を忘れ、朝倉の笑顔を殴り飛ばすことだけに思考を支配された俺は、歯を食いしばり、涙を流しながら、朝倉が雨あられの如く放ち続ける氷柱の中へ、一歩一歩、足を進めた。
「キョン! 落ち着いて!」
 俺の胴に両腕を回し、俺の無謀な前進を止めようとしたのは、多分佐々木だったと思う。
 何か懸命に俺を宥めていたようだが、俺の耳には届いちゃいない。
 胴にまとわり付いた両腕を力ずくで振りほどき、俺は再び朝倉に向かって歩き始めた。
 夢遊病者のように歩みを進め、長門の横を通り過ぎようとしたとき、
「行かないで」
 長門がチラリと首をこちらに向け、じっと俺を見据えた。
 その黒い氷のような瞳に、かつて長門が見せたことのない鋭い眼光を感じ、俺は我に返った。
「あなたまで失いたくない」
 静かに、しかし熱を帯びた声でそう言った長門は、さらに鋭さを増した視線を朝倉に向けた。
「あら、心配しなくても大丈夫よ。キョン君を殺すのは最後。だって私の目的は長門さんの命なのに、せっかくの足手まといさんを先に殺しちゃったらもったいないものね。けど、ちょっと数が多すぎたのよ。的が絞りにくくって。それでさっきのお二人さんには死んでもらったというわけ」
 笑顔のまま明るく語る朝倉に対し、再び抑えきれない怒りがこみ上げてきた。
 理性を失いかけ、跳び出そうとした俺を、
「朝倉涼子は、私が倒す」
 長門が制した。
 俺はそれ以上前に進めなかった。長門の迫力に押されて、足がすくんだのだ。
 長門がこれほどの怒りを見せたのは初めてだった。
「あら、あなたにできるかしら」
 朝倉が、嘲笑するような笑顔を見せる。
「「できる」「できない」ではない。「やる」」
 言うや否や、長門は天にかざしていた手を振り下ろし、前に突き出した手に重ねた。
 瞬間、俺たちの頭上に降り注いでいた氷柱が向きを変え、朝倉に向かった。
 同時に、長門が正面で防いでいた氷柱も反転し、上から来た一連の氷柱と合流して朝倉を襲う。
「うふっ」
 楽しそうに微笑むと、朝倉は華麗な側転で押し寄せる氷柱の激流をかわした。
 朝倉にかわされた氷柱の群れはそのまま直進を続けたが、長門が正面で重ねた両手を左右に大きく開くと、氷柱の流れも真っ二つに分かれ左右に突き進んだ。
 目にも留まらぬ速さで流れる氷柱に俺が呆然としている間に、長門は広げた両手を素早く胸の前で交差させた。
 途端、左右を迂回した二本の氷柱の群れが、まだ着地体勢の整っていない朝倉を挟み込むように襲った。
「あら、やだ」
 ズババババン!
 タイヤが次々と破裂したかのような轟音が響き、氷の粒が煙のように舞い上がった。
「やったか?」
 徐々に薄れていく煙の中から見えてきたのは、両腕を左右に伸ばし、片膝をつく朝倉の姿だった。
 バリアというか見えないマットが朝倉の左右に立っているかのように、数本の氷柱が空中に並び、わずかに揺れ動いていた。
「んー。ちょっと危なかったかもね。やっぱり油断大敵よね」
 そう言ってはにかんだ朝倉が立ち上がり、両手を下ろすと、空中に揺れていた氷柱が一斉に落下した。
「次で仕留める」
 長門が両手を前に突き出すと、朝倉の周囲に散らばっていた氷の粒が凝集し、再び無数の氷柱を形成した。
 さきほどよりも数が多い。三倍、いや四倍くらいはあるだろうか。
 長門が伸ばした両手を45°ほどずつ左右に広げると、氷柱の群れが朝倉の周囲を円を描くように回りだした。
「あなたが一度に操れるのはこれで全部? だったら、また同じ結果よ」
 朝倉は腰に両手を当て、首を傾げる。
 自信満々の面が気に入らない。渾身のパンチをブチ込んで、その鼻っぱしらをへし折ってやりたくなる。
 俺が歯軋りをした瞬間、長門が開いた両手を正面でパチンと合わせ、同時に朝倉を囲む無数の氷柱が、四方八方から一斉に襲い掛かった。
「無駄。無駄」
 苦笑したかと思うと、朝倉は人間のそれを遥かに超える跳躍力で真上に跳び上がり、襲い来る氷柱をかわした。
 朝倉がいたはずの場所で獲物を捕らえ損ねた氷柱同士が次々と衝突する。
 しかし、長門が合わせた両手を上に突き上げると、ぶつかり合っていた氷柱の群れが向きを変え、上空の朝倉を追った。
 いくらヤツでも空では自由に動けないだろう。
 今度こそやったか!?
「無駄だってば」
 俺の期待とは裏腹に、バレエでも踊るかのように朝倉が腰の脇で両の掌を可愛らしく広げると、先ほどと同様、見えないマットが真下から突き上がってくる氷柱の群れを受け止めた。
「お返ししてあげる」
 宙に浮いたままの朝倉が両手を重ね、こちらに向けると、朝倉の足元の夥しい数の氷柱が、俺たちに狙いを定めた。
「今度は誰が死ぬかしら?」
 恐ろしいほどの可憐な笑顔を見せる朝倉。
 やばい!
 ――と、思った瞬間、凄まじい数の氷の刃が朝倉の頭上に豪雨の如く降り注いだ。
「えっ?」
 空を見上げ奇襲を察知した朝倉であったが、わずかに反応が遅れた。
 脇に飛び退けようとしたものの間に合わず、氷柱の雪崩に巻き込まれた。
 ズドドドドドッ!
 轟音とともに無数の氷柱が地面に突き刺さり、血飛沫の混ざった煙を上げる。
 今度こそ決まった!

 
 

 煙がひいた後には、大量の血を流し横たわる朝倉の姿があった。
 辛うじて全身を貫かれるには至らなかったようだが、左腕、左の脇腹、そして左脚に二本、計四本の氷柱が突き刺さっている。
 朝比奈さんと古泉の仇とはいえ、女子高生が血塗れで倒れている姿は何とも痛々しい。
 致命傷ではないにしろ、これ以上の戦闘は続けられないだろう。
「長門…」
 また、長門に命を救われたな。
「違う」
 長門は小さく首を振り、あらぬ方向を指差した。
 ん? 何だ?
 長門が指し示した方向は、マンションの別棟だ。
 そちらに顔を向けると…。
 別棟の屋上に、北高のセーラー服を身にまとった小柄な少女が立っていた。
「き…喜緑さん!?」
 ま、まさか、援軍ってのは喜緑さんだったのか?
「………」
 長門は黙って首肯する。
 そうか、さっきの攻撃は長門の全力の攻撃で朝倉の意識を下に集中させ、ガラ空きの頭上を喜緑さんが襲うという連携プレーだったのか。
「き、キョン! あれを見て!」
 佐々木が柄にもなく動揺した口ぶりで言う。
 何だってんだ?
 ………。
 喜緑さんの背後から現れた人影を見て、俺は全身の力が抜けていくのを感じた。
 神話のニンフのような悪戯っぽい笑顔で可愛らしく手を振っているのは――朝比奈さんだ。
 その横には、やや苦笑気味の笑みを浮かべ、古泉のヤツが立っていた。
「ぶ…無事だったのか…」
 俺は思わず腰を抜かし、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。
 喜緑さんは、古泉と朝比奈さんを両脇に抱えると、小柄な体と清楚な雰囲気からは想像もつかない大ジャンプを敢行した。
「きゃあああああ」
 悲鳴を上げる朝比奈さんと、平静を保つ古泉を抱いたまま、喜緑さんは俺たちのそばにふわりと着地した。
「あ…ありがとうございます。助けに来てくれたんですね」
「ええ。これも役目ですから」
 俺が尋ねると、喜緑さんは見るものに安らぎを与えてくれる穏やかな笑顔で丁重に答えた。
「それにしても、いつからいたんですか?」
 もっと早く出てきてくれればいいのに。
「こちらのお二方が攻撃される直前です。本当に間一髪でした」
 喜緑さんが朝比奈さんと古泉に微笑みかけ、同じく二人が微笑み返す。
「じゃあ、あの時の血飛沫は…」
「私の細工です。驚かせちゃいました?」
 そりゃそうですよ。一面血の海になってて驚かない人などいないと思います。
「ごめんなさい。でも、敵を騙すにはまず味方からと言いますでしょう」
 確かに、朝比奈さん達が死んだものと思わせ、そのまま九曜顔負けの技で気配を断ち、朝倉涼子の隙を突いて奇襲を仕掛けたのは見事な作戦だったといえる。
 ん? ちょっと待った。
 さっきの連携プレー。ひょっとして、長門は喜緑さんが来ているのに気づいていたのか?
「………」
 素早く目を逸らした長門は、視線を外したまま頷いた。
「どの辺からだ」
「最初から…」
 申し訳なさそうに長門は答えた。
 最初からって…、こいつ、あの怒りに満ちた表情も、「あなたまで失いたくない」とかいう台詞も、全部芝居だったのか。だとしたら迫真の演技だ。
「………」
 長門は何も言わず、控えめに首肯した。
 そこで俺は気が付いた。思わず俺の足がすくんでしまったほどの凄まじい迫力とともに放った「朝倉涼子は、私が倒す」という台詞、もしやあれもさり気なく朝倉の注意を自分に集中させ、喜緑さんにトドメを刺させるための伏線だったのか?
「敵を騙すには、まず味方から」
 …策士だ、コイツ。
 伊達に戦略シミュレーションで遊んでないってか。
「やれやれ。とんだ茶番だったな」
 藤原のヤツが肩をすくめる。っていうか居たのか、お前。長門に護ってもらったくせに何て偉そうな。
「キョンくん…無事で良かった」
 情けなく腰を抜かしたままの俺に、何とも幸せな事に朝比奈さんがすがり付いてきて下さった。
「いや、朝比奈さんこそ。朝比奈さんが殺されたと思ったときは、正直、敵と刺し違えるつもりでしたよ」
 本気でな。
 佐々木と長門が止めてくれなかったら、俺は殺されるの覚悟で朝倉に向かっていっただろう。
「僕がやられたことをそこまで怒って下さったとは、何とも嬉しい限りですね。その顔の跡、ひょっとして涙まで流して下さったのですか?」
 古泉が冗談なのか本気なのか分からん口ぶりで言う。
 お前じゃない。俺は、朝比奈さんが殺されたと思って悲しみ、怒り狂ったんだ。勘違いすんな。
「ん? ところで古泉、足の傷はどうしたんだ?」
 間違いなく朝倉に喰らったはずの傷が、跡形もなく治っている。
「ああこれですか。さきほど喜緑さんに治して頂いたんです。実に気持ち良かったですよ」
 谷口あたりが言ったらセクハラに聞こえそうな台詞も、古泉が言うと爽やかになるからムカつく。
「そのくらいはお安い御用です。それより、お話はもう宜しいですか? そろそろ『朝倉涼子』にとどめを刺さなければなりませんので」
 喜緑さんの場合は、言ってる内容はかなりドギツイことなのに、この人の口からだと何とも柔らかな印象を受ける。
 さすが、穏健派というところか。

 

 喜緑さんの奇襲を喰らった朝倉は、左半身を数本の氷柱に貫かれ、血の海に横たわったままだ。
「朝倉さん、聞こえますか?」
 喜緑さんが呼びかけると、朝倉は自分の腹を杭のように地面に打ち付けている氷柱を右手で抜き取り、ゆっくりと立ち上がった。
 氷柱を引き抜いた脇腹から鮮血が噴き出る。
「ひいっ」
 思わず怯えた声を上げたのは朝比奈さんだ。
 それもそのはず。ズタズタに切り裂かれた制服は真っ赤に染まり、ピチャピチャと音がするほど大量の血を全身から滴らせる朝倉の姿は、まともな人間なら目を背けたくなるであろうものだった。
「手酷くやられちゃった。このインターフェイスももうダメかしらね」
 「痛い」とも「苦しい」とも言わず、変わらぬ笑顔で淡々としゃべる姿が不気味なことこの上ない。
「あ〜あ、せっかくの可愛らしいデザインが台無しだわ」
 朝倉が血塗れの体を拭う。
 ボロボロのスカートが肉感的で艶かしい太ももを付け根近くまで露出させ、胸元まで切り裂かれたセーラー服が女性的な丸みをおびた白い肩を露わにしている。肩口から覗く、並よりもやや豊かなふくらみをささえるブラジャーの紐が扇情的だ。
「もう。そんないやらしい目で見ないでよね」
 そう言いつつ、朝倉は隠そうともしない。頓着がないようだ。
 言っておくが俺はいやらしい目などしてはいない。
 血に塗れた殺人鬼の美少女を見て性的興奮を覚えるほど、俺はマニアックじゃない。
 今の朝倉涼子の体に漂っているのは、血に飢えた戦闘狂のような禍々しさだけだ。
「ちょっと聞いてくださいます?」
 喜緑さんが丁寧に口を開いた。
「『あなた方』は『私たち』にとって必ずしも有害な存在ではないはず。お互いに情報を共有し、切磋琢磨することで新たな進化の可能性を見出せるかもしれませんからね」
 喜緑さんの言葉を聞いて、長門と九曜の姿が脳裏をよぎった。五月に友好関係を結んで以来、急速に人間らしさを高めてきた二人の姿が。
「即刻、涼宮さんの能力へのハッキング行為を止め、以後我々に敵対行動をとらないことを再度誓って頂けるのであれば、我々もこれ以上戦闘行為を続けるつもりはありません」
 聞くものの心をホッとさせてくれる優しい口調だ。いいぞ、穏健派。
 しかし、長門の属する主流派とやらの意見はどうなんだ?
「………」
 長門は、喜緑さんに説得を任せ、沈黙を保っているようだ。
 どうやら、天蓋領域の扱いに関する意見は、主流派も穏健派も大差ないようだな。
 交渉役は喜緑さんに一任した方が良いという判断だろう。
 長門は口下手だし、最近は特に感情的になる姿をよく目にするからな。そんな長門も嫌いじゃないが。
「しかし…」
 数拍おいて、喜緑さんが続ける。
「敵対行動を続けるというのであれば、我々としても容赦は致しません」
 最後通告を突きつけ、ニッコリと笑った喜緑さんの微笑を見て、俺は思わず震え上がった。
 朝比奈さん誘拐事件のときの森園生さんもそうだったが、普段穏やかな女性ほどこういうときの笑顔に凄味が増すようだ。女とは何とも恐ろしい。
「残念だけど…」
 朝倉が、血塗れの笑顔のまま口を開いた。
「私には決定権がないの。私はただ、九曜さんの邪魔をするものを排除するためだけに生み出された臨時のアプリケーションに過ぎないから。あなたたちを殺すのが私の使命。私の唯一の存在意義。私は自分の役目を果たすだけ。分かって」
 可愛らしく微笑み、首を傾げた朝倉の前髪から、血の雫がポタポタと滴った。
「そう、ではあなたを消した上で再度交渉の余地があるかを検討することに致します」
 再び凄味溢れる笑顔を見せた喜緑さんは、開いた片手をゆっくりと朝倉に向けた。
 同時に、長門も喜緑さんと同じように朝倉に狙いを定めた。
「うふっ。うふふふふっ」
 諦めの境地に至ったのか、朝倉が突如笑い出した。
「どうしました?」
 喜緑さんが腕を構えたまま問いかけると、朝倉は顔を上げ、満面の笑みとともに言った。
「油断したの、今度はあなた達の方ね」
 何っ!?
「いけない。撃って」
 そう言った長門が氷柱ミサイルを発射するよりも早く、朝倉が鮮血の滴る右腕を大きく振り上げた。
 瞬間、周りの景色が一変した。

 
 
 
 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:57 (2730d)