作品

概要

作者富士恵那
作品名九曜と有希 ―第一章―
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-08-27 (月) 18:01:14

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 ―第一章―

 

「きゃあああああっ!」
 悲鳴を上げたのは朝比奈さんだ。俺は、一瞬何が起こったのか理解できなかった。
 下校途中の俺たちの目の前で、突然ハルヒが倒れた。
「おっ、おいっ! ハルヒ! 大丈夫か!? ハルヒ!」
 とっさに俺は、朝比奈さんの足元で力なく横たわるハルヒを抱き起こし、叫んだ。
「すっ涼宮さん! しっかりして!」
「大丈夫ですか!? 無理に動かさないように!」
 古泉も駆け寄ってきた。珍しく動揺している。
 そりゃそうだ。あの天真爛漫傍若無人の爆弾元気娘が何の前ぶれもなく倒れるなどとは誰も予想できない。
「ハルヒ…聞こえるか? ハルヒ!」
 俺の呼びかけにもハルヒは全く応える気配がない。俺の腕の中でぐったりと首を倒したままだ。かろうじて呼吸はしているものの、完全に意識を失っているようだ。
「古泉! 救急車だ! お前の『機関』の…!」
 こんなとき、他にどうすればいいのか俺には分からない。弛緩したハルヒの体にかつてないほどの不安を覚え、俺は必死に言葉を捻り出した。
「はい! 直ちに!」
 古泉たちの『機関』にとってハルヒは神様だ。ハルヒの身に異変が起きるなどということは『機関』の連中にとって恐るべき事態に違いない。
 動揺を隠し切れない表情で古泉は携帯を取り出し、どこかに電話を掛けようとした。
 その時、それまで黙っていたもう一人が、静かに口を開いた。
「待って」
 SOS団一の万能選手にして、最も頼れる存在――。
 長門有希が動いた。

 
 

 その日は、7月の最初の金曜日だった。
 周防九曜のデート現場を目撃し、長門が暴走したあの日からは既に一ヶ月が経過し、途中、梅雨に入ったばかりの6月半ばに、ひょんなことから俺が長門の鞄の中に女子高生向けのファッション誌が入っているのを見てしまうというちょっとした事件もあったりしたが、それ以後長門に特に変わった様子はなく、梅雨特有の鬱屈とした気分の中で夏の到来を待つという、ごく平凡な毎日を俺たちは送っていた。
 7月に入っても梅雨の明ける気配はいっこうになく、事件が起きた金曜日も、朝からしとしとと憂鬱な雨が降り続いていた。
「早く夏になんねぇかなー」
 誰もが思っているとおりのことをわざわざ口にしたのはアホの谷口だ。
「そんなに夏が好きか? お前のことだから夏になったらなったで、暑い暑いって文句言うんじゃないのか」
 弁当を食いながら俺は谷口の無駄話に付き合う。
「好きに決まってるじゃねえか! 浴衣に水着! 女の子が輝くのはやっぱり夏だよなあ!」
 お前の頭はそれしかないのか。そんなことを言ってる前にすることがいっぱいあるだろう。
「うるせえ! 彼女のいるヤツってのはいつもそうやって人を見下すんだ。…国木田! 夏が来たら俺と一緒に可愛い女の子を捕まえに行こうぜ! キョンなんかほっといてよ!」
 毎度のことだが突っ込むのが面倒くさい。言わせておこう。
「あれ? そういえば涼宮さんは?」
 食事を取りながら黙って俺と谷口の会話に耳を傾けていた国木田が聞いてきた。
「知らん」
 昼休みに入るなり、ハルヒのヤツはいつものようにどこかへ消えちまった。
「今日は涼宮さんと全然話してなかったよね。喧嘩でもしたの?」
「別に」
 喧嘩なんぞしちゃいないんだが、国木田も案外目ざといな。
 確かに、今日はまだハルヒとほとんど口をきいていない。朝、顔を合わせたときに声をかけたくらいだろうか。
 7月に入ってからというもの、明けない梅雨に悶々としている大多数の人間と同様、ハルヒのヤツもどこか静かであった。
 ここ二日ほどはさらに口数が少なくなり、今日に至っては全くといっていいほどの沈黙を保っている。
 体の調子でも悪いのだろうか。あいつも一応女だからな。

 
 

 放課後、いつものように文芸部室に集合したSOS団の面々であったが、団長のハルヒがほとんど口を開かず憂鬱そうにネットを閲覧しているだけなので、俺と古泉はボードゲームで時間を潰し、メイド姿の朝比奈さんは編み物、長門は黙々と読書を続けているという、なんとも静かな一日だった。
 …この時までは。

 

「帰るわよ」
 下校時刻になり、なんだか久しぶりに耳にした気のするハルヒの声に従って、俺たちはそれぞれの小道具を片付け、部室を出た。
 傘を差し、雨の中長い坂道を下る間も、俺の前を歩くハルヒはほとんどしゃべらず、沈黙が気詰まりになるのか時折なんでもない世間話を始める朝比奈さんに、適当に相槌を打っているだけだった。
 やがて、光陽園駅近くまで来たところで、
「あっそうだ!」
 何かを思い出したらしいハルヒは朝比奈さんの横で振り返ると、無理して作ったような不自然な笑顔を俺たちに向け、
「明日の市内探索は中止よっ!」
 さっきまでの鬱屈とした雰囲気を吹き飛ばそうとするかのように、極端に明るい声でそう言った。
 その直後だった。
 ハルヒが倒れたのは――。

 
 

「ここ居ては危険」
 俺の腕の中でぐったりとうなだれるハルヒの額に手を当てた長門は、何かを悟ったのか、静かに言った。
「ひとまず、私の部屋に」
 俺たちが今いるのは駅近くの通学路上だ。確かにここからなら長門のマンションまで遠くはない。
「けどよ、とりあえず救急車を呼んだ方が…」
 言いかけた俺を制し、
「医者の手には負えない」
 長門は言った。
「急いで」
 長門の大きな瞳には迷いが無い。
「分かった。古泉、手を貸してくれ」
 俺は古泉に手伝ってもらい、気を失ったままのハルヒを背負うと、長門のマンションに急いだ。
 古泉が俺とハルヒの鞄を持ち、長門と二人で俺の前を走る。
 朝比奈さんは、オロオロしながらも俺の横に付き添って走る。ハルヒの背中をそっと支える朝比奈さんの小さな手の優しさが、なんとも心強い。

 
 

 長門の部屋に到着した俺たちは、依然として意識の戻らないハルヒを長門のベッドに寝かせた。
「一体どういうことだ。長門、説明してくれ」
 再び体温を計るかのようにハルヒの額に手を当てると、長門は言った。
「何者かが、涼宮ハルヒに精神攻撃を仕掛けている」
 何だって? 精神攻撃? どういうことだ!?
「目的は、おそらく彼女の時空改変能力の奪取」
 マジか? もしそうなら一大事だ。
「長門さん、それは本当ですか?」
 緊張した様子の古泉の質問に、長門は黙って頷く。
「これは……いけない」
 ハルヒの額に手を乗せたまま、長門が独り言のように呟く。
 どうした?
「既に時空改変能力へのアクセスが進行している」
 何だと!? どうすりゃいいんだ!?
「部屋の外に出て」
 長門がいつもよりわずかに強い口調で言った。
「早く」
 追い立てられるように俺たちが寝室から出ると、長門はカーテンを閉め、寝室のドアに鍵を掛けてから、
「………」
 例の高速言語で何ごとかを唱えた。
 一体何をしたんだ?
「寝室内の流体結合情報を凍結し、寝室外に対して空間封鎖、及び情報封鎖を行った」
 前にも聞いたような単語が並んでいるが、意味が分からない。
「す、涼宮さんのいる寝室内の時空間を凍結したんです。あ、あのときと同じように…」
 朝比奈さんがいくらか分かりやすく説明してくれた。
 俺と朝比奈さんが三年、いや今からすれば四年前に時間移動して、現在に戻ってきたときと同じか。
「あのとき以上に、強固な情報封鎖を施した。これで涼宮ハルヒへの精神攻撃はひとまず食い止められる」
 長門の言葉が実に頼もしい。
「しかし、このままでは涼宮さんの時間は凍結されたまま。解除すればまた『敵』の精神攻撃が再開されるわけですね」
 平静を取り戻した古泉が長門に確認する。
「そう」
 そうって…じゃあどうすりゃいいんだ?
「原因を取り除く」
 原因? 攻撃を仕掛けてる敵をやっつけるってことか?
「それしかない」
 その『敵』ってのはどこのどいつなんだ? まさか、また情報統合思念体の急進派が現れたとかいうんじゃないだろうな。
「その心配はない。統合思念体の現在の意思は、大多数を占める主流派の「現状維持」及び「観察」で安定している」
 じゃあ一体誰が…?
「おそらくは…」
 口ごもるかのような素振りを一瞬見せた後、長門はいつになく厳しい目つきで、予想される『敵』の正体を告げた。
「天蓋領域」
 俺は驚きを隠せなかった。

 
 

「ちょっと待て。情報統合思念体と天蓋領域は和平協定を結んだんじゃなかったのか?」
 だからこそ、長門と九曜はあんなに親しくしていたはずだ。
「確かに統合思念体と天蓋領域は和平協定を締結した。しかし、天蓋領域が協定を破った可能性が高い」
 マジかよ。天蓋領域ってのはそんな卑劣なヤツなのか? 他のヤツが敵だって可能性はないのか?
「先ほど涼宮ハルヒの改変能力にアクセスしているデータの断片を分析した結果、わずかながら天蓋領域に関する既知のデータと近似している波形が見つかった。敵の正体は天蓋領域でほぼ間違いないと思われる」
 長門はいつもどおりの無表情で静かに話してはいるが、ふつふつと湧き上がる感情を必死に押し殺そうとしているかのように、俺には感じられた。
「け…けどよ、お前、九曜のヤツとあんなに仲良くしていたじゃねえか。あ、あいつが敵とは俺にはとても信じられんぜ」
 正直、長門のためにもそんなことは信じたくない。九曜と親しくなったことで長門にどれだけ良い影響があったかは、この二ヶ月でたっぷりと目にしてきた。九曜が長門の敵になるなどということは、絶対にあってほしくない。
「私と周防九曜とは交友関係にあった。だが、或いは初めから九曜の狙いは私や涼宮ハルヒに接近し能力を分析することであったとも考えられる」
 自分に油断があったことを責めているのだろうか。親友に裏切られたという思いがあるのだろうか。長門が必死に堪えている感情は……怒りだ。
「おい! ちょっと待て! まだそうと決め付けるのは早いんじゃないのか!? お前と九曜は…」
 言いかけた俺は、長門の眼に様々な思いが入り混じったような困惑の色を感じて、続く言葉を失った。
 ――私だって信じたくない。
 長門の眼は、確かにそう言っていた。

 
 

「長門さんにはお気の毒ですが、敵の正体が天蓋領域である可能性が高いとなれば、あまり時間の余裕も無いかと思われます」
 古泉だって、長門が九曜と親しくすることでより人間らしさを獲得していくのを期待していたはずだ。冷静な言葉使いが少々癇に障るが、ここは古泉の言うとおりかもしれない。
「長門! どうすりゃいい?」
 長門に負担を掛けたくないとはいえ、敵が宇宙的存在となれば長門に頼る他はない。
 ここにいてハルヒへの攻撃を防ぐのか?
「寝室の情報封鎖は完璧。涼宮ハルヒへの攻撃の心配はない。彼女への精神攻撃を再開するには情報封鎖の解除が必要。となれば、敵は次に私を狙ってくるはず」
 じゃあどうするんだ? いつどこから襲ってくるか分からない敵を迎え撃つってのか?
「先手を打つ」
 先手? 敵はどこにいるのか分からないんじゃないのか?
「敵が天蓋領域であることはほぼ間違いない。こちらから周防九曜への接触を試みる」
 九曜ならこのマンションの二階下、505号室にいるはずだ。
 今から行って奇襲を仕掛けるのか? 敵も待ち構えているんじゃないか?
「座して待つよりは良い」
 長門の言葉には自信が感じられる。冷静さを取り戻したようだ。
 だが、俺たちはどうしたらいい? 何かできることはないのか? ここにいてハルヒを護ってるか。お前と一緒に行って戦うか。それとも邪魔にならないようにどこかに隠れているか。
「私が情報封鎖を解除しない限り涼宮ハルヒは絶対安全。かと言って私のそばを離れると、あなたたちが人質に捕られる可能性がある。みんな、私のそばを離れないで。あなたたちには決して危害は加えさせない」
 長門の一言一句が俺たちの心に安心を与えてくれる。さっきまで怯えきっていた朝比奈さんも徐々に落ち着いてきた。
 だがな、長門、前にも言ったろう。
「危害を加えさせない」のは俺たちに対してだけじゃなく、お前自身にもだ、とな。
 朝比奈さんは「未来から来た」という属性がなければ普通の美少女。古泉のヤツも異空間の中でなければただの男子高校生。俺なんかは何の条件をつけるまでもなく、はなっから全くもってごく普通の人間だ。
 でも、そんなのを俺は言い訳にはしない。長門一人に全てを任せるなんてことはしたくない。
 何の役にも立たないかもしれないが、少なくともお前を一人にはしない。
「あなたたちが一緒にいてくれれば…」
 俺の思いが伝わったのか、長門は使い慣れない表現に戸惑うかのような素振りを見せつつ、
「私も心強い」
 嬉しいことを言ってくれるぜ。
 思わず武者震いがした。
 古泉と朝比奈さんも、呼吸を合わせたかのようにしっかりと頷く。
 SOS団の仲間がいれば怖いものなんかない。

 
 

「付いてきて」
 長門に従い、寝室で時間停止したままのハルヒを残し、俺たちは長門の部屋――708号室を出た。
「エレベーターは危険かと」
 という古泉の意見を採用し、長門先導の下、俺たちは非常階段を使って505号室に向かうことにした。
 ――ついに最も恐れていた宇宙人同士の直接対決の時がきてしまったか。
 これがゲームの中のことであればどれほど救われただろう。
 周防九曜が敵になってしまうのは何ともやりきれない思いがするが、ハルヒに危害を加えようとするのであれば、許すわけにはいかない。
 せめて、説得して元通りの友好関係を取り戻せるのであれば…。
 しかし、長門が言うには九曜が天蓋領域の端末である以上、最初から俺たちを欺いていた可能性も否定できないとのことだ。
 もしそうなら、情報統合思念体と天蓋領域との真っ向勝負になるだろう。
 長門が勝つという保証はない。
 だが、俺は前を歩く長門の小さな背中を見ながら思った。
 ――こいつになら、俺の命だって預けてやるさ。

 

 マンションの通路を歩き、非常階段の近くまで来たところで、俺たちは意外な人物が非常階段を駆け上ってくるのを目にした。
「お前! こんなところで何してやがる!?」
「キョン! いいところに!」
 俺の声に立ち止まり、らしくない大きな声を上げたのは佐々木だ。
 佐々木だけじゃない、後ろには誘拐少女・橘京子と未来人・藤原が続いていた。
 しかし、九曜の姿はない。
「九曜のヤツはどこだ! 一緒じゃないのか!?」
 俺は佐々木に掴みかかるようにして叫んだ。
「落ち着いて、キョン。まずは落ち着いてくれたまえ」
 俺はよほど険しい顔をしていたのだろうか、佐々木は少々怯えるような表情を見せた。
「君の様子で何か一大事が起きているのは分かった。九曜さんなら部屋で寝ているはずだ。今、君たちに何が起きているのか説明してくれないか」
 佐々木の穏やかな声で俺は幾分冷静さを取り戻した。
 チラリと長門に目をやると、長門は小さく頷いてみせた。
「あ、ああ、あんまりモタモタしてもいられないんで簡単に話すが、さっきハルヒのヤツが突然倒れてな、長門の分析によれば、天蓋領域、つまりお前んとこの周防九曜の親玉の仕業らしいんだ」
「そっ、それは本当なんですか!?」
 疑いと嘆きが入り混じったような声を上げたのは橘京子だ。
「その可能性は極めて高い」
 長門が静かに、しかしはっきりと答えた。
「それで、涼宮さんの容態は?」
 佐々木が尋ねる。
「ああ、どうやら敵はハルヒの改変能力を奪うつもりらしいんだが、長門がハルヒの時間を凍結させて敵の攻撃を食い止めてる。ハルヒを救うには攻撃を仕掛けてるヤツを倒すしかないらしいんだ」
「その『敵』が九曜さんだと言いたいのかい?」
 佐々木に見つめられ、俺は口ごもった。
「あ、ああ、俺たちだってそう思いたくはないんだが…。というか、そうでないことを確かめるために今、九曜の部屋に行こうとしていたところだ」
 何だか曖昧だが、俺の正直な気持ちだろう。
「九曜さんが君の言う『敵』かどうか、僕には何とも言い難い。だが、こちらの話を聞いてもらえるかな?」
 そうだ、そういえばお前らはこんなとこで何してやがる?
「僕らはついさっきまで九曜さんの部屋にいたんだが、ほんの数分前、九曜さんが突然倒れたんだ。意識はあるんだが、苦しそうにしているので僕らは彼女をベッドに寝かせた。そして、つい今さっきだが、寝ている九曜さんの体からまるで幽体離脱のように少女が現れたんだ。僕らと同年代くらいの。ああ、そうだ、君らの北高の制服を着ていたよ。その少女は僕らにニッコリと微笑みかけると、風のように部屋を飛び出していった」
 少女? 幽体離脱? そんな話を信じろっていうのか?
「ほ、本当です。信じて!」
 橘京子が必死の形相で懇願する。
 くそ、今は黙って聞くしかない。
「僕らはその少女を追おうとしたんだが、九曜さんに止められた。そして九曜さんは、自分のことはいい。708号室に行くように、と」
 それで出てきたってわけか。
「いや、正確に言うと「九曜さんに追い出された」と言った方がいいね。何か、結界のような力で僕らは強引に部屋の外に押し出されたんだ」
 ハルヒの件に九曜も関わっているようだが、佐々木たちを締め出したのが良く分からん。
「それで…その九曜さんの体から現れた少女はどこへ行ったんです?」
 考え込む俺の横で古泉が尋ねた。
「階段を上がっていくところをチラリと見たが……君たちは見ていないのかい? 九曜さんが708号室に行けというので、てっきり僕は君たちのところへ少女が向かったのかと」
 その時だった。
「屋上」
 何かを察したのか、長門が言った。
「屋上にいる」
 もう一度確かめるように言う。
「分かるのか?」
「天蓋領域のものと思われる波動を感じた」
 言うや否や、長門は非常階段を駆け上ろうとして振り返った。
「俺たちも行くぜ」
 さっきそう言ったばかりだ。
 朝比奈さんと古泉も頷く。
「………」
 長門は俺たち三人を見て小さく顎を下げた後、
「あなたたちも」
 佐々木、橘、藤原の三人に向かって言った。「私が護る」ということだろう。
「おい、長門。いくらお前でも俺たち六人をかばいながら戦うなんてできるのか?」
「大丈夫。先ほど援軍を要請した。もう間もなく到着するはず」
 援軍!?
「そう」
 情報統合思念体のインターフェイスが長門の援護に来るってことか。
「だから、一緒に来て」
 長門が佐々木に目を向ける。
「うん。九曜さんは、君たちと一緒にいるようにと言いたかったのだろうね。よろしくお願いします」
 佐々木が丁寧に頭を下げる。佐々木は九曜が敵ではないと信じているようだ。
 さすがに良く出来たヤツだな。佐々木の心意気は、長門にとっても嬉しいに違いない。
「あたしも行きます。力になれないかもしれないけど…」
 橘京子が言う。
 大丈夫だ、お前には何も期待しちゃいない。長門の足手まといにはならないようにしてくれ。…もっとも、俺も人のこと言えないんだが。
「仕方ないな。見届けてやるか」
 藤原が面倒くさそうに言った。
 別にお前は来なくたっていいぜ。敵だってお前に人質としての価値があるとは思わんだろう。
「みんな…気をつけて」
 そう言って、長門は階段を上り始めた。

 
 

 非常階段を上りながら、俺は先ほどの佐々木の言葉を思い返していた。
 北高の制服を着た少女。九曜の部屋…505号室…。
 嫌な予感とともに忌まわしい記憶がよみがえる。
 まさかな…。
 階段を二階分上がると、俺たちは屋上に到着した。
 灰色の空からしとしとと舞い降りる霧雨が肌を湿らす。
「………」
 先に階段を上り切った長門が、足を止め立ち尽くしている。
「どうした? 長門…」
 数歩遅れて到着した俺は、長門の視線の先にあるものを見て呆然とした。
 佐々木の話のとおり、北高の制服を着た少女が立っていた。
「バカな…嘘だろ」
 嫌な予感が当たっちまった。
「あ…あれか? あいつがさっき言ってた援軍なんだよな?」
 そうじゃないと思いつつも尋ねると、長門は、
「違う」
 予想通りの答えを返した。
「あ…あれは…!」
 俺の後ろに続いてやってきた古泉が驚きの声を上げる。
「…え……え?」
 朝比奈さんはふるふると小さな体を震わせ、古泉に寄り添う。
「お知り合いかい?」
 佐々木が尋ねた。
「ああ…お友達ってわけじゃないがな」
 あんなヤツと友達でいるわけがない。
「あら。冷たいこと言うのね」
 聞き覚えのある澄んだ声だ。
「キョン君…それに長門さんも……お久しぶりね」
 朝倉涼子がニッコリと微笑んだ。

 
 
 
 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:57 (3093d)