作品

概要

作者江戸小僧
作品名100冊目の魔法
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-08-20 (月) 22:11:24

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 暑いなあ ああ暑いなあ 暑いなあ。
 例年にも増して暑い。開け放した窓からは、この炎天下わざわざ汗を流す運動部員の声が届く。体を鍛えるのも大いに結構だが、水分はちゃんと補給しとけよ。
 なんで夏休みの、しかもこんな暑い日にわざわざエアコンもない部室にいなくてはいかんのか。
 それを説明すべき奴は、いつもの団長席に座っている。ただし、睨んでいるのはディスプレイじゃない。
 おい、ハルヒ。
「……」
 駄目だ。目が据わってる、ありゃ没頭なんてもんじゃねえ。それしても、汗くらい拭いたらどうだ。
 昨日の不思議探索の後で、ハルヒはいきなりこう宣言した。
「明日は部室に集合よ!」
 俺は古泉と思わず顔を見合わせたね。午後遺憾ながらこいつとペアになったので今後こなさなきゃならんだろうイベントとか俺が受ける夏期講習の予定なんぞを話してる間に残りの3人は一体何を画策したのか、朝比奈さんがやたら真剣な表情でハルヒの言葉にしっかり頷いているし、長門もなんだか目に力が入っていたような。
 そして、今目の前に広がっているこのカオスな空間。
 何だっていきなり読書愛好少女が増えるんだ。まさか、今になって部室本来の使い方をする気にでもなったのか。
 ハルヒは朝からずっと本を読んでいる。それも、なんだか汗垂らしてイラつきブツブツ言いながらページを破り捨てるような乱暴な態度で読み、読み終わるとそれをやたらに膨らんだバッグに突っ込んでなにやらゴソゴソやってからまたも本を取り出す。なんか薄い本ばかりだが、ブックカバーがついているので何の本かは全くわからない。それにしても、なんか文庫本が縦に伸びたような変わった形の本だな。
 実は愛しのエンジェル様も朝のうちは世界の中心がどうとかいう本を読んでたんだが、本を閉じて「そっかー」と可愛らしい声で哀しそうに呟き、以降は新しい本を手に取ったりしてない。
 この暑さだもんな。未来人のこのお方にとってはこうやってメイド服で暑い部室にいるだけでもさぞかしお辛いだろう。ひょっとしてあの魅惑的な曲線を描く秘密の場所に汗が溜ま――いや、まあいい。
 今は冷たいお茶を配ったり俺と古泉のゲームの行方を眺めたりしている。
「なあ、長門」
 揺ぎ無い瞳が黙って俺を見つめる。が、すぐに視線は本へと戻っていった。
「随分熱心だな」
「……」
 長門はそれ以上の会話を拒否するように手にある文庫本を立てた。
 そう、宇宙人製無口少女はいつもの指定席で本を読んでるんだが、手にあるのはいつもの凶器になりそうな分厚い本ではなく、やたら薄い文庫本だ。そしてこいつも読み終わるとバッグにしまい、また新たな本を取り出す。
 これまで読んでた本と比べちゃいけないんだろうが、それにしてもページを捲るペースがやたら早い。
「王手」
 おいおい、ただの王手でそんな嬉しそうな顔すんなよ、気色悪い。俺が歩を置くと、無料スマイルに困惑が混じった。
「そう来ましたか」
 かなり素直に指してるつもりなんだが、こいつも暑さでいつも以上に腕が鈍ってんのかも知れねえな。
 熱風が窓から俺達を襲う。こんだけ暑いと風なんてちっとも嬉しくねえ。
「ちょっとキョン! あんた、コンビニでアイス買って来て」
 そんなもん、自分で行ってこいよ。大体、こんな暑さじゃ坂を登りきる前に溶けちまう。
「うっさいわね、いいから――」
「50冊」
 さすが長門、こんな時でも涼を運んでくれるような声だぜ、っていうか、50冊? まさか、生まれてから読んだ本の数じゃないよな? だったら1桁か2桁違うだろ。
 俺に一服の清涼感をもたらした一言すらハルヒには熱風なのか? なんか知らんが口を閉じて血走った目で再び本に熱中しだした。
 あのー、朝比奈さん。そんなお化け屋敷に入ろうとする時みたいに震える理由がさっぱりわからないんですが。何か起こってるんですか?
「あうぅ……禁則事項です」
 2人がページを捲る音とバッグを揺らす音が続いた。
 腹減ってきたな。窓際の二人は相変わらず本に熱中、というか、長門はいつもと同じで本から目を離そうとしないものの、ハルヒは時々長門の方に視線を送っている。まさかとは思うが、競争してるのか? そりゃ無茶ってもんだぞ、ハルヒ。
 と、長門がまたも本を閉じる。
「60冊」
 正式には文芸部であるこの空間に、静かな声が響き渡った。またも朝比奈さんが両手を口に持っていくのは、もはや条件反射なのか? どうせならこの胸に飛び込んでくださればいいのに。
「今日は解散! 午後は各自、自習してなさい」
 唐突に世紀末覇者のように拳を振り上げてハルヒが宣言した。お前はいつでも生涯に一片の悔いもなさそうだがな、俺達は違うんだ。何でもいいけど世界を崩壊させるようなストレスなんて抱え込まないでくれよ。
 ゴリアテもかくやという歩き方で部室を後にするハルヒを眺めながらそんな事を思っていると、長門がハルヒに続いて足音をさせずに部屋を出て行った。
 あのー、長門さん。出て行きがけに俺を見つめてたのは何か言いたいことがあるんでしょうか?
「長門さん……」
 朝比奈さん、このまま訳分からん騒ぎに発展するんじゃないでしょうね。
「えっとー」
 朝比奈さん!
「うぅ。これは絶対に秘密ですよ」
 涙ぐむあなたも最高です! などと言っている場合ではない。俺は今年に入って何千回目かの溜息をつき、無料スマイル男は嫌味にも決まったポーズで肩を竦めてみせた。

 

 1日で100冊の本を読むって、どういう拷問だよ全く。
 なんでも昨日午後の探索中、占い師に呼び止められたらしい。
「それで、お話の内容が同じような本を日の出から日の入りまでに100冊読めば、自分もそんな内容を体験できるようになるって」
 一体誰がそんな訳のわからんもの信じるんだ? 百物語の劣化コピーなんてもんじゃねえぞ。
 しかし、ハルヒがそれを信じてるとなると、話が別だ。
 とりあえずハルヒの百冊読破は何か違うものを餌に気を紛らわさすか。
「おや、これは随分気が合いますね。では、あなたにこの遊園地のチケット2枚を――」
 嫌だ。駄目。絶対断る。それより、あいつの目の前を白い狩衣を着た男が横切るってのはどうだ。
「あなたがその扮装をしていただけるんなら、必ずや涼宮さんの目を奪うでしょう」
 おい、そんな事言ってないでここは分担していこうぜ。なにせ、100冊読破ならもう1人の方はすぐに手を打たないと達成しちまう。
「おっと、そうでした。では、そちらはあなたにお任せします。僕達が長門さんに干渉するとどうなるかわかりませんので」
 そのつもりだ。しかし、あいつが読みそうな本で100冊揃う文庫本か。まさか、一介の宇宙飛行士が太陽系帝国のトップとなって宇宙中を駆け巡る話か? いやいや、それじゃいつか言ってた「高度な知性を持つ有機生命体はいなかった」って話が変わっちまう。実はあいつが読んでたのはマンガで、東の都市にある下町に勤めるお巡りさんの話だってんならまだその方がマシだ。あれなら今とそんなに変わらないからな。
「僕はとにかく組織に相談します」
「わ、私は、えーと」
 朝比奈さんはどうか安全なところで俺達を暖かく見守っててください。あなたが俺の安全を祈ってくれるなら、たとえ古き神々の足元からだって生還できそうです。

 

 とにかく、まずは読書型宇宙人を説得しよう。俺は汗だくになることも厭わずに愛機を駆る。すでに使い慣れた感もある道の先には、瀟洒なマンション。
 いつものように708号室をプッシュした。
 長門、俺だ。
「……来て」
 やはりいつもと違う。長門がインターフォン越しに何か言うなんて。
 俺は急いで708号室に向かった。と思うとドアが開く。
 思わず喉が鳴った。目の前には、すさまじく刺激的な姿で色の薄い髪の少女が立っている。下着姿って訳じゃないが、そんなキャミだけじゃ自然と胸の辺りが目を引く訳で。
 待て俺、そんなに見てちゃダメだ、見てちゃダメだ、見てちゃダメだ……
「来る頃と想定していた」
 あ、ああ、すまん。少しだけいいいか?
 長門はいつものように他人にはわからない程度に頷いた。
「こっち」
 えーと、だな。その服、随分涼しそうだけど帰ってから着替えたのか?
 読書型宇宙人は珍しいことにこちらを横目で見ながらもう一度頷く。
「家ではリラックスできる服を着用している。肌の露出が多いのが涼しい秘訣」
 そりゃまた、知らないうちに随分人間らしくなったな。知らないところでどんどん変わっていくのはちょっと寂しい気もするが。
「あなたが涼宮ハルヒや朝比奈みくるを見ている間に私も成長した」
 ち、ちょっと待て! なんだその訳分からん誤解は。
「でも、あなたは今ここにいる。私に会うために」
 あ、ああ。そうだな。
 リビングに入ると、そこには見慣れないカップがコタツの上に置いてあった。そう、湯呑ではなく白い陶器だ。どうもソーサーとセットになってるっぽい。
 長門はコタツに座ると俺を上目遣いに見ながらカップを持ち上げて口をつける。
「今日ここに来た用件を述べるべき」
 これはかなり変だ。まさか、既に100冊読んじまって、ハルヒのトンデモパワーが影響を与えてるのか?
 なあ。今日はどういう本を読んでたんだ。
 長門の肩が動いた。
「あなたにとって把握が必要な要件ではない」
 あー、つまり言う必要はないってことか。
「あなたが私の私事に興味があるなら、その理由を提示すべき」
 訳を言えって? いや、言いたくないなら無理にとは言わねえさ。ただ、何か隠し事してるんじゃないか。
「私はあなたに虚偽の報告をしない」
 いや、そうじゃなくてだな。
「あなたはこれまでも言語に依存せずに私の意図を察知してきた。それは私達がもはや他人同士ではないことを強く示唆する」
 長門。俺はお前を信頼してるぜ。そうだ、俺達は他人同士じゃない。
「……私もあなたを信頼している」
 急に立ち上がると、俺の目を惑わせるファッションをした少女はキッチンへと消えた。
 そうだ、今の内に。
 今まで入ったことのない部屋。女の子の部屋なんだから当然遠慮していたが、今はそれどころじゃない。許せ、長門。
 そっとドアを開けた俺は、言葉を失う思いだった。
 俺はこの708号室に最も良くお邪魔してる地球人なんじゃないかと思う。あいつがカーテンとかの装飾というものをどう考えているかも知っているつもりだ。
 しかし。
 目の前に広がっているのは、オフクロが喜んで見るドラマに出てきそうな感じの部屋だった。
 ベッドはなんと天蓋付き。カーテンはあくまでも上品なピンク、壁紙はアイボリーで統一されている。壁際のハンガーには制服の他、ドレスっぽく見えるものや、あれは……えーと、いわゆるネグリジェって奴?
 俺はふかふかのカーペットに置かれた、ブックカバーの付いた文庫本を手に取った。これを読んでたのか。まさか、まだ100冊には届いてないよな?
 どんな本なのか、表紙を開いて――
 うおっ 長門!
「あなたは見てしまった」
 ま、待て。落ち着け長門。なあ、落ち着こう。
「だめ」
 宇宙の深淵よりも暗く、トカマク炉の中よりも明るい輝きを放つ瞳が迫る。
 なあ、お前と俺の仲じゃないか。俺達、お互いに――
「大丈夫」
 薄い色の髪が微かに揺れた。
「あなたは余計な事を忘れるだけでいい」

 
 
 

「あれ? 俺、なんでここにいるんだ」
「あなたはしたいことがあって私の住居に来ている」
 ん? 俺、食事にでも来たんだっけ。
「違う。食事だけではない」
 それにしても腹減ったな。今日も暑くて食欲なんか湧かないと思ってたけど、いつも以上に腹が減ってる気がする。
「あなたの期待は裏切らない」
 そうか、楽しみにしてるぜ。あれ、お前最近こういう本読んでるのか。ロマンスって、なんかSFっぽくないシリーズ名だな。
「SFではない」
 そうか。いろんな本を読むのは良いことだと思うぜ。でも、こんな山積みになる位このシリーズ読むなんて、よっぽど気に入ったんだな。いや、どういう話か知らないけど。
「100冊、読了した」
 そりゃ凄い。何か役に立ちそうか。
「今、役に立っている」
 へえ。どんなところが?
 長門が俺をまっすぐに見つめた。黒い瞳が超新星のように輝く。
「あなたに披露するので、体験したい優先順位を聞きたい」
 済まん、何の順位だって。
「あなたの希望順位を尊重する。入浴、食事、それとも――」
 え? 風呂使っていいのか? 正直、汗で体が気持ち悪いんだ。
「……いい」
 なんか他にもぶつぶつ言っているような気もするが、俺は長門の厚意に甘えてシャワーを使わせてもらった。
 そうそう、ここまで自転車漕いできたんだっけ。こうやって汗を流すのはなんとも気持ち良い。
 風呂を上がると、手早く服を着てリビングへ。お約束の香りが充満してるな。
「沢山ある」
 ああ、夏のカレーは格別だ。
「乾杯」
 え?
 よく見ると既に用意されたコップには泡立つ液体が入っている。
 これ、まさか。
「風呂上りにはこれが最適」
 まあ、そうだけど。昼間からってのは、な。
「暑さを冷ますため」
 乾杯、と言いたげにコップを持ち上げる長門の目を見るとそれ以上はとても言えず、コップを軽くぶつけて喉に流し込む。うーん、この喉越しって感覚はコーラじゃ味わえねえもんな。
 2人でカレーを食べる。エアコンの効いた中で熱いカレー。なんか、すごい贅沢な気分になるぜ。
「美味しい?」
 勿論だ。
 ん? ところで長門。
「何?」
 俺達だけだっけ?
「私達2人だけ」
 今日って団活なかったっけ?
「涼宮ハルヒの都合でもう終了した」
 ああ、そう言えばそうだったな。
 食事が終わり、長門はカレー皿を下げると何故かビールの追加を持ってきた。
 おいおい、あまり飲むと酔っ払っちまうぞ。
「いい」
 いや、俺は家まで帰らなきゃならないしな。
「ここで昼寝していけば問題ない」
 うーん、そう言われると、そうかな。ま、夏休みだしいいか。

 

 目が覚めた時、俺はいつかの和室に寝転がっていた。
 障子を開けたままだったのでリビングの窓が見える。もう夕方近い。
 起きようとして、左腕にかかる重みに気が付いた。
 二の腕に乗る、色の薄い髪と白い顔。かすかに寝息が聞こえてくる。良く眠っているようだ。
 俺は、すっかり思い出していた。何をしにここに来たのか。
 長門は100冊を読み終えていた。そしてこの家もちょっと変わっていた。しかし、あれ位なら長門が自分でできる事だ。きっと、100冊読んだ本は女の子の日常生活を描いていたのだろう。それを具現化したのがあの部屋に違いない。100冊も読めば、影響を受けたって不思議じゃないさ。
 俺はそっと少女の頭を畳に置いてリビングに出る。
 携帯を見ると、やはり古泉からの連絡が入っていたようだ。こちらかから掛けてやる。
『ああ、良かった。こちらは阻止成功です。これで改変は発生しないでしょう。そちらはどうですか』
 こっちも問題ない。
 俺は電話を切ると、寝ている長門に顔を寄せた。
 おやすみ、長門。もしお前が100冊の本を読んだせいで興味を持ったなら、映画でも遊園地でも喜んでつきあってやるぜ。
 そう語りかけると、寝ているその顔が少し笑ったような気がした。

 

 翌日、一体どういう権利があるのか、ハルヒは俺に罰ゲームだと言い始めた。なんだよ、その「昨日の午後いなかった」って。何、自習ってのは家でやるものだ? ああ、俺だって午後は家にいたぞ。
 何、誰の家だと? 妹がいないと言った? あー、えーと、だな……
「私の家」
 えーと、長門さん?
「彼は私の家にいた。シャワーを浴び、その後寝た。満足すると1人で帰ってしまった」
 それ、違うでしょ。いや、違わないけど、いろいろはしょり過ぎでしょ。
「ふーん。どうやら罰ゲームの内容を考え直す必要があるみたいね」
 待て。誤解だ。そう、伝言ゲームで良くあるようなくだらん誤解だ。古泉、携帯の前にこっち見ろ。朝比奈さん、だから誤解ですって。
 や、やめろ。こら、そんなこt

 

         了

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:55 (2711d)