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作者 | 一万二千年 |
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作品名 | 長門有希の未来予想図 |
カテゴリー | 長門SS(一般) |
保管日 | 2007-08-20 (月) 01:12:39 |
キョン | 不登場 |
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キョンの妹 | 不登場 |
ハルヒ | 不登場 |
みくる | 不登場 |
古泉一樹 | 不登場 |
鶴屋さん | 不登場 |
朝倉涼子 | 不登場 |
喜緑江美里 | 不登場 |
周防九曜 | 不登場 |
思念体 | 不登場 |
天蓋領域 | 不登場 |
阪中 | 不登場 |
谷口 | 不登場 |
ミヨキチ | 不登場 |
佐々木 | 不登場 |
橘京子 | 不登場 |
毎日体温よりも熱い(暑いどころではない)最高気温にいたぶられているのにも関わらず、「夕涼み会兼合宿」なんてイベントを思いつくハルヒは別の意味で天才かもしれない。もしくはギガトン級のバカかどちらかだ。
そんなわけで俺は、傍若無人な団長閣下のご命令とあれば不承不承にもそんなアホイベントに参加しなければならないわけで。
夕方から浴衣を着て長門のマンションでスイカを食うだけのイベントなんだが、ハルヒのヤツに
「夏は暑くないとウソなのよ!」
という横暴を発揮してクーラーの使用を禁じられてしまった。
しょうがなく団扇で汗をあおぎながら夕暮れの中、戸を開け放ってスイカなんぞを食っているわけだ。
まあ、朝比奈さんのピンクの朝顔柄の浴衣を見れたのは眼福だったし、長門の紫地の星と銀河の渦巻き模様の浴衣もなかなかイイ感じだ。
ハルヒは向日葵をあしらった明るい色の浴衣で、まあそれはそれなりに似合っていた。
「そうね、未来を見通せるカメラが欲しいわ!」
とハルヒがまたけたたましく叫ぶ。
古泉が「もしなんでもできる道具が一つだけ手に入るとしたら、どんなものがほしいですか?」というヘンな質問をしたからだ。
ちなみに俺は「タケコプターがいい」と言ったらハルヒにアホ扱いされた。なぜだ。
未来。未来ね。たしかに未来が見えたらいいときもあるだろうな。
「そ、そうですか……」
とちょっとだけ表情が引きつっている朝比奈さん。もしやそんなアイテムをお持ちなのですか。
古泉はそつなく言う。
「でも、もしそんなものがあったら未来がわかりきってしまうのでつまらなくはありませんか?」
するとハルヒは明るく言ったものだ。
「ナニ言ってるのよ! それで覗いた未来が面白そうだったらもっと面白くするように明日から努力すればいいし、つまらなそうだったらそんな風にならないようにもっともっと
努力すればいいのよ!」
とハルヒ。恐ろしいくらい前向きなヤツだ。
「ふええ……涼宮さんは前向きですねえ……」
やっぱり朝比奈さんもそう思いますか。
客間からベランダに出ると、熱帯夜とはいえ多少の風は吹いている。気温ほどには不快ではない。
「お、長門」
「……」
長門がそこに立っていた。
「さっきの話、聞いてたか?」
「……」
言葉もなく小さくうなずく長門。
「未来を見通せるカメラか。そんなモンがあったらいっぺん覗いてみたいけどな」
「……本当に?」
「ああ。
……もしかして、ホントにあるのか? そんなモンが?」
「…」
長門は無言で、コクリと小さくうなずく。
「見たい?」
「あ、いや、その、なんていうか、見てみたくないって言ったらウソになるだろうな」
俺がそう言うと、長門は突然俺の顔に手を伸ばしてくる。
俺の両頬を手のひらで押さえて、俺の顔を無理矢理自分の顔の前にゆっくりと近づけてくる。
「な、長門?」
「わたしの目を見て」
視界の中で大きくなった長門の真っ黒な瞳。真夏の夕暮れの赤紫色の空と雲がその透き通った瞳には映っている。
その瞳が俺の視野の中でだんだん大きくなり、そして――――
「有希ー。ただいま」
ここはとあるのマンションの708号室。っていうか長門の部屋だ。
でもどういうわけだか俺は合鍵でドアを開けて「ただいま」とか言ってそこが自分の家であるかのように振舞っている。
なんだか視点がすこしばかり高い。着ているのは北高のブレザーじゃなくて、サラリーマンみたいな背広だ。
長門のマンションのわりにはなんだか生活感がある。小物入れや壁にカレンダー、ビーズの暖簾に玄関マット。全部長門の部屋には無いものなんだが、それでも俺はここが
長門のマンションだということがなぜだか分かっていた。
「……お帰りなさい」
そう言ってくれる女の子は、青い無地のワンピースの上にフリルのエプロンをつけている。
長門有希だった。
スリッパで音もなく歩み寄ってくる長門。いつも通りの無表情だが、その無表情のなかにほんの少しばかり嬉しそうな色が混じっているような気がする。
長門の身長はほとんど変わっていないが、その髪の毛は少し長くなっている。
チャームポイント(と俺が勝手に思っている)の前髪の無造作ヘアはそのままだが、全体的に長くなっているし、なにより後ろ髪をポニーテールにまとめているのがポイント高い。
そんな長門は俺の身体に抱きつくと、目を閉じて俺に顔を向けてくる。
視界の中で長門の顔が大きくなって、俺は目を閉じる。
唇に淡い、しっとりとした唇の感触が伝わってくる。
体温が低いのか、長門の唇はすこしだけひんやりとしている。
かすかな息遣いを頬に感じ、長門のほのかな柑橘系の体臭が俺の鼻腔をくすぐってくる。
「ふぅ……んく」
キスをされながら、可愛らしく鼻を鳴らす長門。
そんな声を出すなんてことは、俺の知っている長門有希とは全然違っていたが、それでも間違いなくこの女の子は長門有希だ、ということを俺は知っている。
宇宙人のアンドロイドだけれど、そんなことは些細なことだ。
俺はこの女の子を世界で一番大切に思っている。
一生大切にします、お嬢さんを下さい、と宇宙ナントカ思念体に土下座してお願いしたのも今となってはいい思い出だ。
有希の薄い唇が俺の体温でほのかに温かくなるくらいの時間、俺はただいまのキスを最愛の妻である女の子にしてあげる。
キスをやめてまぶたを開けたときの有希のうれしそうな瞳の色を見ただけで、俺は一日の仕事の疲れなんか吹っ飛んでしまう。有希は表情こそ豊かじゃないが、それでも一緒に暮らしてずいぶん人間らしい感情を表すようになった。
いや、もしかして俺が今まで気づいていなかっただけかもしれない。
嬉しいときには微妙に嬉しそうにするし、悲しそうなときにはかすかに悲しい雰囲気を醸し出している。
そんな有希の感情がほとんど完全に分かるようになったのはここ最近、新婚二年目に入ってからのことだ。
俺は有希の小さな頭を撫でながら尋ねる。
「有希、今日の晩御飯は?」
「…ウナギカレーと、山芋と豆腐のサラダ。冷製スッポンスープ。デザートにプリンを用意している」
有希はキスをされたあとこうされるのが好きだ。俺もふわふわの猫っ毛の髪が手のひらの中でくしゅくしゅと踊るのは嫌いではない。
「美味そうだな」
「あなたの味覚に合うように作ったので気に入るはず。カレーを温めなおすまであなたは入浴を済ませるといい」
俺は冗談めかして有希に言う。
「一緒に入らないのか?」
「……残念だが、火を使っている間は台所を離れるわけにはいかない」
一見無表情だが、じつはものすごく残念がっている有希。言葉の端々と瞳の色の微妙な変化で俺にはわかる。
「冗談だよ」
有希はちょっとだけ何か困ったような表情を見せて、言葉を続けた。
「…どうしても一緒に入浴したい、というのであれば」
「ん?」
「あなたは食後に私と一緒に入浴する、という選択肢もある。その方法をとる場合は今は軽くシャワーで汗を流すだけにしておくと良い」
ほんの少しだけ血色の良くなった頬は、照れている証拠なのだろう。
「そうするよ、有希……今日こそ、できるように頑張ろうな」
首をコクリと頷かせる有希が、微妙に頬を染めているのがなんとも可愛い。
有希は形のいい唇で俺に囁いてくる。
「……今日は統計的に言って排卵日である可能性が高い。……受精できるよう努力する」
ほのかな、でも確かな笑みを浮かべている有希。「受精」と言ったときの嬉しそうな瞳の色を見た俺はコイツを一生大切にしていこう、と決意した。
気が付くと、俺はベランダに長門と並んで立っていた。
さっきと同じ風景。黄昏時の濃くなった宵闇が、俺と長門の上に広がっている。
振り向くと、ハルヒが朝比奈さんと古泉相手になにやら熱弁を振るっているみたいだ。
夢? いや、夢よりももっと…リアルだった。
「……」
「……おい、今のがもしかして?」
「…そう。未来予想図」
こともなげに長門は言ってのける。
「そ、その、俺は……お前と?」
俺はさっき見た長門のうれしそうな顔や、唇の感触なんかを思い出して思わず赤面してしまう。
俺は長門と……いや、それはなんていうか…嬉しい。
こんな可愛い女の子と、家族になれるっていうのはすごくうれしいことで……
耳まで赤くしながらドキドキしている俺に、長門は言う。
「……未来は常に不確定なもの。あなたの見た未来が確実に訪れるとは限らない」
「…そうなのか」
俺はなぜだか落胆してしまっていた。
「そう。……しかし、私はあなたの見た未来が本当に来るといいと思う」
そう言ったときの長門の瞳の色は、さっき見た未来の長門の目の色と似ていた。