作品

概要

作者富士恵那
作品名長門有希の『17歳』
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-08-11 (土) 18:17:59

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

※作者の都合により、この作品内でのキョンの誕生日は7月15日とさせて頂きます。

 

―前編―

 

周防九曜のデート現場を目撃したことに端を発する長門有希の暴走も、女の子のことは私に任せてとばかりに動き出した朝比奈さんの暗躍によって無事収束し、俺たちは平凡な日々を送っていた。
朝比奈さん企画による「グループデート」の翌日、俺が佐々木から聞きだした真相について長門に聞かせてやったところ、
「……………」
長門はいつもより弱冠長く感じる沈黙と共に俺の眼を見つめると、
「そう」
そして読んでいた本に眼を下ろし、
「…そう」
反芻したかのようにもう一度言った。
ああ、それと、
「ゲームに夢中になるのもいいがほどほどにしとけよ」
俺が少々皮肉っぽく言うと、長門は通常より僅かに大きく見開かれたように思われる眼で俺を見上げ、
「………」
二、三度眼を瞬かせた後、元どおり顔を伏せた。
「大丈夫。分かっている」
大きなお世話だってか。

 

一番の功労者である朝比奈さんは、
「そ、そうだったんですか〜」
溜息とともにガックリと肩を落とし、
「でも、長門さんの可愛いとこ見れて良かったですよねっ」
妖精らしく悪戯っぽい笑顔を見せた。今のあなたの方が遥かに可愛いです。
「ははは。なるほどね。やはりそんなオチがつきましたか」
一番の犠牲者である古泉は爽やか過ぎてムカつくほどの笑顔で、
「こんなときはあなたの口癖を拝借させていただくのが一番のようですね」
そう言った後、わざとらしい仕草で額を押さえ、
「やれやれです」
まったくだ。
「なーんだ。そんなことだったのね」
ハルヒのヤツは大して気にも留めてなかったようで、
「しっかし、有希も早とちりよねー」
待て。一番最初にあの男を九曜の彼氏と言ったのはお前だったはずだが。
そうして、何事も無かったかのように俺たちは普段の日常に戻り、あの日以来長門の化粧をした顔も、カジュアルなファッションに身を包んだ姿も、目にする機会はなかった。俺の期待に反して。

 
 

あれから三週間近くが経ち、近畿地方も例年より8日遅れて漸く梅雨入りした6月の半ばの金曜日。梅雨らしくしとしとと雨の降り続く肌寒い日のことだ。
「おうわっ! なんてこった!」
昼休みに入るや否やバカッぽい声を上げたのはアホの谷口だ。
「どうした?」
「弁当を家に置いてきちまったんだよ。まいったなあ」
そう言って頭を抱える谷口。その頭には抱えるほどのものは詰まってないだろ。
「学食で食べればいいじゃないか。僕も今日は学食なんだ」
あっさりと言ってのけたのは国木田だ。
「いやーそれが実は今、金欠でなぁ。飯を買う余裕もねぇくらいなんだ」
無駄遣いばかりしてるからだろ。どーせモテやしないのにファッション誌だの男性向け情報誌だの買い漁ってるからな。
「うるせぇ! お前には涼宮がいるからいいかもしれんが、俺にとっちゃ欠くことのできない出費なんだよ」
いい加減突っ込むのも面倒くさい。ハルヒのヤツが教室にいなかったのがせめてもの幸いだ。
「ちょっとくらいなら僕が貸してあげるよ。ちゃんと返してくれるならね」
国木田、あまりコイツを甘やかさない方がいいと思うぞ。
「おおお! 心の友よ! お前にはいつか必ず恩返しをするからな! っつーわけだ、キョン。お前は一人寂しく弁当を食っているがいいさ」
俺は別に谷口がいなくたって寂しくはないぞ。
「キョンも弁当持って学食にくればいいじゃないか」
「遠慮しとく」
梅雨の湿った空気の中、混雑する学食で食事するのはあまり気分の良いものではないからな。

 
 

結局、ノンビリと静かに弁当を食うならあそこしかないと、俺はSOS団の部室へ向かった。
部室のドアの前に立ち、コンコンとノックする。昼休みは大丈夫だとは思うが、万が一朝比奈さんが着替え中だったらマズイからな。
………。
返事はない。
しかし、妙なことに部屋の中でガサガサと音がする。
誰かいるのか?
念のためにもう一度ノックしたが、やはり返事はない。今度は完全な沈黙だ。
俺がガチャリとドアを開け、中を覗くと、
「何だ、いたのか」
長門が鞄をテーブルの上に置き、その横でパイプ椅子に座って分厚いハードカバーを読んでいた。
「………」
顔を俺の方に向け、一度瞬きをすると、長門はまた眼を本に戻した。
「ここで弁当食ってもいいか?」
「………」
長門は本に眼を落としたまま、首肯する。
俺はパイプ椅子に腰を下ろすと、弁当を広げ、食い始めた。
ん? そういやさっきのガサガサという音は長門だったのだろうか。
本を読んでいただけにしては不自然な物音だったが…。

 
 

「ふぅ」
弁当を食い終えた俺は大きく伸びをした。
「茶でも飲むか」
残念ながら朝比奈さんは来ていらっしゃらないため、俺が自分で入れるしかない。
「お前も飲むか?」
「…いい」
長門は先ほど読んでいた本を棚に戻し、次に読む本を選別している。
まったく、こいつは暇さえあれば読書だな。
茶を入れ、椅子に戻ろうとして、俺はテーブルの上に置いてあった長門の鞄に腰を引っ掛け、落としてしまった。
落ちた鞄からペンケースやら教科書やらが飛び出した。
「すまん」
本を選ぶのを中断し、長門がこちらへ顔を向ける。
俺は湯飲みをテーブルに置き、散らかったペンケースなどを鞄に戻す。
…おや?
飛び出した教科書やノートの中に、一冊の雑誌がまじっていた。手にとって見ると、女子高生向けのファッション情報誌だ。
長門の鞄からこんな雑誌が出てきたことに驚き俺が顔を上げると、
既に長門は俺の真横に立ち、俺を見下ろしていた。
「これは…お前のか?」
俺が尋ねると、
「…………」
妙な間をおいてから、
「……そう」
言い訳を探すのを断念したかのように、長門は肯定した。
「お前がこんな本を読んでるのか?」
俺が再度念を押すと、世にも稀なことに、長門はあからさまに眼をそらし、
「…情報収集」
小声で言った。
九曜のデート現場を目撃したときの長門の動揺した姿がフラッシュバックする。
…こいつも一丁前に色気づいてきやがったのか。
長門のリアクションがあまりにも新鮮だったので、俺はちょっと意地悪な気分になった。
「ほほう。情報収集ね。何のためだ?」
わざとらしく俺が尋ねる。
「…より人間社会にとけ込むため」
長門は一瞬俺に向けた眼をまたそらし、答えた。
「なるほどな。で、この雑誌で何か役に立つ情報が得られるのか?」
「一般的な女子高校生の嗜好を知ることは必要事項であると思われる」
分かっているくせに聞くなとでも言いたげに、長門は早口で回答する。
「ファッションのことだったら朝比奈さんに聞けばいいんじゃないか?」
「彼女の嗜好が必ずしも一般的であるとはいえない。
 より多くの情報を得るには書籍類が有効」
こいつも結構負けず嫌いだな。面白くなってきた。
「へー。そんで、得られた情報はどう活用するんだ?」
「情報を分析した上でより一般的、先進的な情報を抽出し、私という単体に適した形でそれに追随する」
簡単に言えば流行を捉えて自分にあったファッションを真似るってことか。
「理屈は分かるが、お前がこういうのに興味を持つとはな」
「これは、情報統合思念体の指示」
責任転嫁しやがった。命令だから止むを得ないってか。
「ほほう。お前の親玉は女子高生に興味があるってことか」
「それは正確な表現ではない。あなたの言い方には他意が感じられる」
長門は俺のそばに突っ立ったままだ。
そろそろ可哀そうになってきた。
「質問攻めにしちまって悪かった。これ、ちょっと読ませてもらってもいいか?」
すると長門はしばしの沈黙の後、今さら抵抗したって仕方ないとばかりに言い放った。
「どうぞ」

 
 

俺は椅子に座って長門のファッション誌をパラパラと捲った。
何やら、デートのシチュエーション別コーディネートだの自分のキャラに合わせたファッションだのと、数人のモデルが様々な着こなし方を披露している。ファッションだけではなく、コスメに関する情報やヘアースタイルのアレンジの仕方など、女の子が自分を少しでも可愛く見せるための技術がたくさん載っている。
さらには、「彼と行きたいデートスポット情報」なんてのもあった。
谷口のヤツも無駄にファッションに金を掛けるよりは、これを読んで女の子の嗜好を知る方がタメになるんじゃないだろうか。敵を知るというのは戦略の基本だったはずだ。
俺が長門のファッション誌を読んでいる間、長門は俺の背後で棚の本を選んでいたが、どうも何かが気になるらしく、時々振り返ってはこちらの様子を窺っているようだ。
…ん?
ふと、俺は折り目の付けられたページがあることに気付き、そこを開いてみた。
そのページは料理のコーナーらしく、見出しには「彼のバースデイに手作りケーキをプレゼントしよう!」と書いてあった。
長門がケーキを作るのか。長門のことだからさぞ豪快なケーキになるんだろうな。
などと思いながら振り返ると、無表情のまま固まってしまったような顔で長門がこちらをじっと見つめていた。
その大きな黒い瞳は、わずかに揺れ動いている。
何だ? 見てほしくなかったのだろうか?
「け…ケーキ…作るのか?」
何か気まずい空気を感じ、場を繕うために俺が尋ねると、長門はまた斜め下に視線を泳がせ、
「別に、あなたのために作ろうと思っていたわけではない」
いや、誰もそんなことは聞いていませんが。
「勘違いはしないでほしい」
…。
こいつも最近誰かに似てきたな。

 
 
 

―後編―

 

文芸部室での偶然のアクシデントにより、長門有希の秘密がキョンにばれてしまった日から二日が過ぎた日曜日、夕方。
長門は自室に周防九曜を迎え、夕食を共にしていた。

 

「ごちそうさまでした」
「―――ごちそうさまでした」
長門が教えた食事の際の作法に則って、九曜が礼をする。
「今日はデザートを用意してある」
こたつ用机の傍らできちんと正座したままの九曜を残し、長門はキッチンへ向かった。
「ケーキを焼いてみた」
長門が持ってきたのは皿に乗せられた一切れのチーズケーキだった。
「食べて」
「―――いただきます」
九曜は小さな両手を胸の前に合わせ丁寧にお辞儀をすると、長門のケーキにフォークを入れた。
長門が作ったのは、「ゲバッケネ・ケーゼトルテ」というドイツのスタイルの焼きチーズケーキだ。空焼きしたビスケット生地の上にチーズクリームを流し再度焼くという少々手間のかかるものだが、身近な材料で作ることができ、且つ深い味わいを出せるという、ドイツらしさを感じさせるケーキである。
自分の口の大きさに合わせ、フォークでちょっとずつ切り取っては口に運ぶ九曜。
「―――甘さ―――控えめ」
九曜が厳かに感想を述べ始めた。
長門は真摯に耳を傾ける。
「―――さっぱりとしていながらも―――奥深い―――繊細な味付け」
料理下手の九曜にしては批評の仕方が細かい。「作る」と「食う」は全然違うようだ。
「―――五つ星」
漫画か何かに影響されたのだろうか。とにかく「美味しい」と言いたいらしい。
「そう」
長門の声はいつになく明るい。
「―――これなら」
九曜が続ける。
「―――きっと『彼』も喜んでくれる」
「意味が分からない」
長門の反駁は早かった。
九曜の瞼がわずかに下がり、漆黒の瞳がキラリと輝く。
「―――分かっている―――くせに」
「分からない。『彼』とは誰のことか。喜んでくれるとはどういうことか」
九曜から視線を外し、長門が言葉を返す。
「―――あなたは―――『彼』のことが」
ダンッ。
長門が勢いよく湯のみをテーブルに置き、立ち上がった。
「そろそろお風呂が沸いたはず。見てくる」
そそくさと浴室に向かう長門。
「―――ごちそうさま」
―――お見通し。とでも言いたげに、九曜がお茶をすすっている。

 
 

浴室。
長門と九曜が仲良く並んで湯船に浸かっている。
九曜がゆっくりとその口を開く。
「あなたは―――『彼』のことが―――す」
「ナゾナゾーみたいにーちきゅーうぎーをー解きー明かーしたら、みんなでーどーこまでーも行けーるねー」
九曜の声を掻き消すように突如長門が歌い出した。
「日本人はしばしば入浴中に歌を歌うという情報を得た。我々も真似るべき」
「―――」
九曜は口を閉ざして長門を見つめる。
「………」
九曜が沈黙したことで、長門も歌を止める。
「―――あなたは」
「ワクワクーしたいとー願ーいなーがーら過ーごしーてたよ」
長門が再び歌いだし、九曜は黙る。
長門は歌を続ける。
「かなえてーくーれーたのーは誰ーなのー?」
「―――『彼』」
ザバァッ。
長門が歌を止め立ち上がった。
「今のはただの歌。歌詞の内容は私とは無関係」

 

九曜を湯船に残し、長門は体を洗う。
「あなたは―――『彼』のことが―――」
シャカシャカシャカシャカ。
長門は音を立て、激しく豪快に頭を洗う。
「聞こえない。何も聞こえない」
「―――すぅ」
大きく息を吸い込む九曜。
「あなたは―――『彼』のことが―――」
声のボリュームを上げたつもりのようだが、あまり変わらない。
「ずびっ―――」
シャアアアアアアアア。
黙れ、とばかりに長門がシャワーを九曜の顔面に浴びせた。
「…失礼」
「―――」
怒られた九曜はしょんぼりして顔の下半分を湯船に沈める。

 

「―――ババババ」
小さな口を湯に浸けたまま九曜がしゃべりだした。
「―――バベボボボバ―――ブビ」
「先に出る」
後ろ手にドアを閉め、長門は浴室から出てしまった。
「―――」
浴槽の縁に片手を乗せ、俯く九曜。
反省しているらしい。

 
 

入浴を終えた長門はてきぱきと就寝支度を進める。
遅れて出てきた九曜は隙あらばキーワードを口にしようとするが、長門に油断はない。
「おやすみなさい」
一人でとっととベッドに入り、消灯する長門。
数分後、九曜がもぞもぞと長門の隣に入る。
「―――おやすみなさい」

 

「―――」
ちょんちょん、と九曜が指先で長門のわき腹を突付く。
「……何?」
既にうとうとしていた長門が煩わしそうに尋ねる。
「―――『彼』」
「しつこい」
ボフッ!
長門がクッションを九曜の顔面に押し付けた音だ。
「―――むぎゅ」
顔面を押さえつけられた九曜が呻く。
「………」
長門は九曜に背を向け、毛布を頭のてっぺんまですっぽり被る。
ほんのわずかに鼓動を速める胸を、小さな両手が強く押さえていた。

 

長門有希、4歳、高校二年生。
恋するお年頃……。

 

―完―

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:53 (2705d)