作品

概要

作者輪舞の人
作品名機械知性体たちの輪舞曲 エピローグ       『永遠の輪舞曲(ロンド)』
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-06-11 (月) 01:33:38

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里登場
周防九曜不登場
思念体登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 
 

 終りのない曲はない。

 

 ―深宇宙のどこかで―

 
 

 雪景色の公園で、長い黒髪をなびかせた少女が夜空を見上げていた。
 凍えるような風が吹きつけ、白い吐息が流れる。
 二月一日。夜九時五十分。
 彼女はひとり、ここでずっと待ち続けていた。

 

 少女は、しかし人間ではなかった。
 それは宇宙に存在する情報生命体が作り出したアンドロイド。
 対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。
 地球人のある組織からはTFEI端末と呼ばれる、異形の存在だった。
 外見から一瞥してもそれが人ではない、などとわかる者はいないだろう。
 それほどに自然で、何より美しい容貌の少女だった。

 

 彼女が新たに創造された時間平面「百十七万五千二百四十三次時間平面」へとやって来てからすでに一ヶ月が経過しようとしている。
 正確には彼女は過去へと遡行して来たのではない。
 三年後の五月二十五日の夕刻。その時から自身の全情報を別時間平面から転送されてここに存在していた。
 つまり、彼女が時間を越えるたびに、まったくの新しい世界が創造され続けている。

 

 もう何度こんな事を繰り返しているのだろう、彼女はそう思索にふけっていた。
 彼女、朝倉涼子は、実際にはその回数を数えることをすでにやめていた。
 アンドロイドのような存在である彼女は、記録の保全などいくらでもできた。だが、意図的にそれを排除していた。
 もう疲れていたのだ。作られた存在、人形のはずの彼女も。

 

 いつか、自分自身が壊れてしまうのかもしれない。ずっとそんな事を考え続けていた。 
 時間平面を越境し、新たな世界が作られる。その回数が百万回を超えた時点で、彼女にはすでに自身を構築する情報と”彼女”に対する教育プログラム以外の機能は停止してしまっていた。
 それでもあきらめるわけにはいかない。
 いつか”彼女”が、自分が送り続けた情報、それを得てある存在に昇華されるまでは。

 

 それはいつになるのだろう。朝倉涼子は考えていた。
 前回の行動は順調に推移していた。これまでにない反応、手応えを感じていた。
 しかし結局のところ、規定事項は変動しなかった。
 三年後の五月二十五日の夕刻。あの時に至ってしまってはすでに手遅れなのだ。
 機会があるとすれば七月七日。
 今から五ヶ月後のあの日に賭けるしかない。

 

 強制的に”彼女”の、長門有希の未来への同期を実力で阻止するという行動。
 しかしそれは無理なのだろうと朝倉涼子は考える。
 そう。あの喜緑江美里がいるから。
 プログラム通りに生成される喜緑江美里は、常に監視と護衛とを忠実に守ろうとしている。
 朝倉涼子が不穏な動きを見せれば、ただちに介入し、必要があればあの比類ない戦闘能力で無力化してくることは、これまでの行動パターンからみて間違いなく実行されるに違いなかった。現にこれまでも数十万回、同じシークエンスを経験しているのだ。

 

 わかってもらえれば苦労はしない。朝倉涼子はため息をついた。
 ため息をつくというその行為を、しかしそれにどんな意味があるのか、彼女は理解していなかった。
 ただの反応プログラム。作られた彼女には、正確にその意味がわかっていない。
 ただ、このように反応するように作られているだけ。経験からくる反射行動以上のものではなかった。

 

 彼女は感情など理解していない。
 ましてや、愛などという高等な概念などわかるはずもなかった。

 

 だが、それでも彼女は知っている。
 自分が何をするべきかを。

 

 ――さあ、もう一度始めよう。

 

 朝倉涼子は大きく両手を広げ、空から降りてくる存在を迎え入れるかのように体を翻した。
 雪。彼女の名前。 
 その儚くも美しい輝きと共に、再び彼女に巡り逢う。
 天から舞い降りる。その名前の通りに。

 

 再び、無駄に終わるのかも知れない。
 また”彼女”から敵意と疑心を抱かれ、消し去られてしまうのかも知れない。
 だが、朝倉涼子にはそれしか行動できなかった。
 これは彼女を生み出した情報統合思念体にも理解のできない、異常行動だった。
 それでも朝倉涼子は奏で続ける。

 

 とても愚かで、不器用で、滑稽な。
 彼女たち機械知性体たちが続ける、哀しいまでの永遠の輪舞曲(ロンド)。

 

 あなたは笑うだろうか。

 

 それとも。

 
 

 ―機械知性体たちの輪舞曲 完―

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ゆき?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そう。それがわたしのなまえ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あなたがわたしにくれたもの。それを教えてあげる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 足音が聞こえる。

 
 
 
 

 まるで、子供が走ってくるような。

 
 
 
 

 雪を踏みしめて、懸命に走ってくる音がする。

 
 
 
 

 ……誰?

 
 
 
 

 朝倉涼子は振り返る。

 
 
 
 

 煙るような雪景色の中、その影は彼女の元に近づいて来ていた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 朝倉涼子の視界に、その影がはっきりと輪郭を現した。
 その顔はくしゃくしゃに歪んで、頬はあふれる涙で濡れてしまっている。
 まっすぐに、迷いもなく彼女の元へ走ってきていた。
 朝倉涼子はその現実がはっきりと認識できていない。

 

 まさか。 
 そんな事が、起こり得るはずがないのに。

 

 彼女はまっすぐに朝倉涼子の胸元に――飛び込んできた。
 全身を投げ出すようにして。
 そして大声で。
 彼女ははっきりと朝倉涼子の名前を叫んでいた。

 

 信じられない。

 

 どうして、こんな事が。
 なぜ……あなたにそんな事ができたの? どうして。
 朝倉涼子は混乱していた。胸の中で、何かが響く感覚だけが彼女に読み取れる唯一のデータだった。
 この状況に対して、情報統合思念体は一切の沈黙を守っている。
 急進派も。何も。誰も。
 新しく計画され、この狂ってしまったような体に生成されてから、ずっと朝倉涼子は孤独だった。
 誰も、彼女に何もしてくれなかった。
 それなのに。

 

 今になって、こんな。

 

 朝倉涼子の胸の中で、彼女はまだ泣き続けていた。
 誰にもはばかる事なく、ただひたすらに、力いっぱいの声をあげて。
 彼女にとって、少女がこんな声を出せるなど、想像もできない事だった。

 

 唇が震えている。
 自分がコントロールできない。何もできない。
 朝倉涼子は眼球が熱くなるのを感じる。
 ただ泣き続けている少女の頭を、そっと撫でてみる。
 それはプログラムのものではない。異常な行動ととられるもの。
 暖かい。少女の髪の匂いがする。

 

 無意識に胸元にある髪に自分の唇を触れさせた瞬間、朝倉涼子は自分の何かが崩壊するような恐ろしい感覚に包まれた。

 
 

 その時初めて朝倉涼子は、自分が少女と同じ顔で泣いているのを、知った。
 ……わたしは、とうとう壊れてしまったのだろうか。

 
 

「……そうじゃない」
 周囲に舞う結晶と同じ名前の少女は、ようやく口を開き、自分が抱きしめている相手の顔を見上げ、朝倉涼子の流した初めての涙を拭った。
「あなたは、壊れてなんかいない」
「……どうして?」
「あなたは自分で言った事の意味をわからないでいる。知ったつもりでいただけ」
 少女は柔らかな……心の底から生み出された、暖かく、切なくなるような笑顔を浮かべた。
 それは、朝倉涼子が初めて見る笑顔だった。
「あなたは誰からも愛されてなかったと思ってる」
「………有希?」
「だから、今から言うことを聞いて」

 
 
 
 

「わたしが、朝倉涼子を愛する」

 
 
 
 

 ≪収穫者からの報告≫

 

 ……状況の報告、ですか?
 わたしの、これまでに得たものすべてを用いて……「言葉」として報告いたします。
 これは、孤独に彷徨う作られた機械のような存在たちが、自身の中に生まれたもの同士に惹き合わされた結果と言えるのかもしれません。
 わたしには到達できないものなのかもしれませんが。あのふたりには……それができたのでしょう。

 

 少し、羨ましいとは思います。とても。
 ……はい? ええ。わたしもだいぶ変わりました。
 でも、わたしはあそこには行けなかった。ちょっと残念ですが、それは”向こうのわたし”に託すことにしましょう。
 彼女だから、行けたのです。

 

 ……どうして彼女が、時空を超えてまでして会いに行けたのか?
 それは――答えは決まっていると思います。
 なぜなら。

 
 

 赤鬼は、大切な大切な、青鬼になってしまったあの人を、
 どんなに遠くに離れていても、どんなに辛い事があっても、
 きっと探し出そうとするに違いないのですから。

 
 

 ようやく、ふたりの物語が終わり、そして始まるのでしょう。
 ――ここより永遠に。

 
 

 ―機械知性体たちの輪舞曲を語る喜緑江美里―

 
 
 


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:46 (3087d)