作品

概要

作者ありがとう
作品名『有希の小説』
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-05-17 (木) 20:07:16

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

「忘れ物……か。やれやれ、谷口に合わせる顔がないな」
近ごろ料理教室へ通い始めた我がお袋の弁当はそりゃあもう見事なもので、和、洋、中、何でもござれと宣うだけあり、
それこそ、重箱ならぬ弁当箱の隅をつついたところで、味に対する文句など米粒ひとつ分さえ見つからない。
結構なお手前で御座いますよ。ただ、
腕の上達と共に増え続けるオカズの量だけは如何なものかと。
既に平均的男子高校生――つまり俺の胃袋は悲鳴をあげている。
しかしながら親不孝を最も嫌う好青年に「残す」という選択肢は存在せず、その結果、
「うえっぷ」
痛む胃袋を気遣いつつ、貴重な昼休みを費やして一人淋しく文芸部室へ向かう羽目になっちまったのだ。
まあ実際のところは八割方自分の責任なんだけどな。仕方ないか。それに、
ついでと言っちゃあ失礼だが、たまには教室の喧騒と暫しおさらばして、
長門と二人、静かな昼休みをぼんやりと過ごすのも悪くはないしな。

 

このときの俺には想像もつかなかった。
いつもダウンロード専門のあいつが、自分の言葉を使ってささやかな夢物語を描いていたとは。

 

ガタンッ!
俺は心底驚く。ドアを開けた瞬間、団長机の後ろで小さな物体が飛び跳ねた。
「………………」
が、そんな俺よりもこいつのほうが余程びっくりしたのだろう。
ディスプレイが邪魔して上半身だけしか見えないが、おそらく動いてるのは瞼のみで、
パチパチと瞬きを繰り返す可愛らしい人形と化していた。
「なにやってんだ? 長門」
まさかこの寂びれた部室に盗人が入るとは到底考えられず、仮に忍び込まれたとしても、
うちには銀河一頼りになる警備員がいる為、なんの心配も必要ない。
それは今日とて同じであり、風変わりなサプライズで俺を出迎えたのは、読書大好き宇宙人、長門有希なのだが……
「調べものか? おまえが本を読まないなんて珍しいな」
やっと思考の再起動が完了した長門は薄いくちびるを開き、
「……ノック」
「ん? ああ、すまん。忘れてた。いかんな、気を付けるよ。朝比奈さんがいなくて助かった」
「…………そう」
妙に視線が突き刺さるな。俺の顔にワカメでも貼りついてるのか? まあいい、それよりも、
「待って」
知的探求心を満たすべく決行された作戦は、開始まもなく現われた長門遊撃隊の活躍により、
悔しがるヒマも与えられずに遂行不可能となった。

 

慌てながらマウスを操るその仕草……忘れてないぜ。いや、
たとえ記憶を失ったとしても、俺は必ず思い出してみせる。
もう一人の長門有希、元気でやってるか?
おまえは今……しあわせか?

 
 

「なぜここに?」
「大した用事じゃないんだ。えーと、」
言いながら、チラリと液晶画面に目線を落とす。
しかし見えたのはそっけないデスクトップに並べられたアイコンだけであった。ちょっと残念。
まっ、長門だって設定上の年令なら思春期真っ只中だ。
シークレットのひとつやふたつ持っていたって何ら不思議なことはない。あまり詮索するのは良くないよな。
好奇心を打ち砕いた俺は長門に背を向けると、座り慣れた自分の指定席まで戻り、
無造作に置いてある一冊の教科書を手に取った。それを長門から見やすいように胸の辺りまで持ち上げ、
「昨日置きっぱなしで帰ったらしい。このあと昼一番で数学だぜ。勘弁してもらいたいね」
しょーもない愚痴の相手をしてもらいつつ、何か妙な違和感――はすぐに消えた。鞄だ。
机の上に通学鞄がひとつ。放課後ならともかく、短い昼休みにわざわざ持ち歩く生徒もいないだろう。
考えられる理由はあれしかない。
「……本の持ち運びに便利」
抑揚のない瞳で長門が付け加えた。
だろうな。だが俺の興味を引いたのはその中身だ。丁寧に畳まれたノートの切れ端が半分ほど表に出ている。
……ダメだぞ、俺。女の子の鞄を漁るなんて犯罪に等しい。やめておけ。

 

すまん!
「あっ――」
止めようとする長門よりもひと足早く、欲望の言いなりになった軽犯罪者が見たものは、
『・記憶 ・栞 ・図書館 ・ワカメの情報………』などの単語が羅列しており、
最後に大きめな文字で『☆ハッピーエンド☆』
どうやらメモみたいだな。前半だけでは何を意味するものか解らんが、
ハッピーエンドと言うからには創作の類とみて間違いない。つまり物語の重要なキーワードを書き留めてあるわけか。
「…………」
ふと横を向くと、すぐ隣でうつむきながら指をもじもじさせる作家志望の女の子が目に入った。
ははーん。長門、
「小説書いてるんだろ」
しばらく無言を貫いていたが、いいわけが思い浮かばなかったらしく、
「……そう」
ついニヤケてしまった俺は意地悪なのだろうか?
ところでジャンルが気になるな。「恋愛小説」なんて言葉がおまえの口から出たもんなら、
もはや驚愕を通り越して地球の果てまでブーンな気分だぜ。
「…………」
もしかして、
「……そ…………う」
顔を上げることなく、『あちら』の長門のように弱々しくつぶやいた。
うん、まあ、俺は読みたいぞ。完成したら見せてくれよ。
「それはできない。それに、」
そこでゆっくりと頭の位置を戻し、けれど瞳の中に困惑の色を残したまま、
「いつ終わるのか……わたしにも解らない」
いったいどれだけ難しい内容なんだ。
おまえはその日が来るまで、ずっとそんな顔をしているつもりなのか?

 
 

長門の独白を掻い摘んで説明すると、こういうことだ。
現在執筆中の作品はいわゆる閉鎖的なものではなく、インターネット上の掲示板に連載ものとして毎日投稿している。
特筆すべきはそのシステムで、各章ごとに長門が用意した選択肢を読者が決定し、
それを受けて物語はランダムに展開――そう、ノベルゲームみたいなものだな。
読者との一体感も生まれるし、作者は己の新しい一面を発見できる。こりゃ最高だ。
だが現実は厳しい。
「登場人物が制御できない。……わたしは彼を見守るだけ」

 

第三者によって創造されるストーリーは、当然ながら作者の思わくから掛け離れていくだろう。
「あらすじだけなら」の条件付きで聞いた話は確かに不安なものだった。
ある日記憶を失った青年は一枚の栞を手に入れる。何度も襲い掛かる喪失感。
謎ばかりが増え続け、悩み、苦しみながらもついに一人の少女へと辿り着く。彼女は言った。
『わたしはあなたを知っている』
そして青年は選択を迫られる。
忘れるか――――取り戻すのか。
「彼がどちらを選ぶのか……解らない。でも、きっと彼女は全て受けとめる。それがわたしの……」
その少女に相当な思い入れがあるのか、まるで自分のことのように話す。
彼女の代わりに泣いてやれない、そんな体に生まれてしまった自分を責めているような物悲しい表情で、
こちらから見えないディスプレイを黙って見つめていた。

 

俺には文才もないし古泉ほど気の効いた言い回しもできん。だからちゃんと聞くんだぞ。
これが俺の精一杯だ。
「もしもその鈍感野郎がおまえ――いや、その子を見捨てるようなやつなら、エピローグに書いておけ。
『こいつは絶望的に弱虫で、本当の気持ちを伝えられない大バカで、そこに親切な、あー……J・Sだ。
そいつに一発ぶん殴られて、ようやく目を覚まして彼女を取り戻しました。めでたしめでたし』ってな」
「……………………」
やっぱ可笑しかったか? おまえがポカンと口を半開きにするなんてタダごとじゃないよな。
すまん、忘れてくれ。
「J・Sに伝えて」
そう言って俺を見上げ、わずかに頬を揺らしたような気がした。
「あなたは鈍感。でも、とてもやさしい人。……ずっと変わらないで」

 

さて、そうは言ったものの。最初から幸せな結末を迎えられたほうが良いに決まってる。
世界を繋ぐ魔法ボックスの配線を眺めながら、ただただハッピーエンドを祈るばかりだ。
頼むぜ、そこにいる読者さん。

 

願わくばもう一度、俺にあの笑顔を見せてくれないか。

 
 

END

 
 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:44 (2711d)