作品

概要

作者スレ職人有志
作品名題名のない物語(αルート)
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-05-13 (日) 16:48:20

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 
 

 長門は思い出す。
 生み出されてからの三年と、その後に積み重ねられてきたものたちを。
 初めに孤独があり、次に同胞との時間を経て、やがて彼らがいた。
 それからは未知の刺激で溢れていた。
 すべては鮮明に残っているもの、渡したくはないと思えるもの。
 理由は解らないが、そうしていいものだと長門は思う。
 未来は己を信じて為したことで作られるもの、信じるのはかつて得たものたちだ。
 だけどそれを気付かせてくれた、自分を受け入れてくれた「彼ら」は、もう、いなくなる。

 

『 いつまでもこうしていたいと思いつつ
  もしも心がざわめいたら
  そのときどうしていられるだろうか―― 』

 
 

 パイプ椅子に座る長門は、膝に乗せた本に視線を落としていた。
 放課後の部室、誰もいない空間はひたすら静かだった。
 しかし長門の目は、文字を見ているが追うことはせず、
「……」
 思考は一つの事象を何度も浮かべ続ける。それは先日届いた、思念体からのある命令。
 ……やらなければならないこと。
 内容はさほど難しいことではなかった。長門の性能なら充分可能なことだ。
 思念体もそれを解っているから任せたのだろう。
 だがそれを実行することを考えると、原因不明のノイズが走る。
 長門は与えられた命令を口の中で復唱した。
「――彼らの記憶から、わたしに関するものをすべて消去する」
 突然の命令。
 理由は知らされていないが、推測はできる。
 高校に入ってから、涼宮ハルヒは明らかに変わってきている。
 性格も、能力の弱体化も。
 それらは遠くから観測していた三年間には無く、高校に入ってから、もっと言えば長門とハルヒが直接に接触してからのことだ。
 対象である彼らの精神活動の変化。
 ハルヒの変化の原因は鍵となる彼が多くを占めていることは思念体も解っているはずだ。
 だが、長門がもたらした部分も無視できないのだろう。
 彼女の求める宇宙人。
 あの部屋での長門の役割。それがハルヒの無意識に作用していないとは言い切れない。
 そして、それに追い討ちをかけるかのような長門の暴走。
 思念体は、これ以上の接触は双方にさらなる問題を生み出すと考えたのかもしれない。
 ゆえに再び離れた位置から観察をさせることに決めたのだろう。
 危険を冒してまで近くにいることはない。
 理解できる。今までの観測データからなら充分に判断できる対応だ。
 それでも、口にした言葉がまたノイズを生む。
 あの冬に自分を狂わせた物に近く、けれど嫌な感じはしない。

 

 ……これはなに?
 判断できない。
 なぜこのような反応が出るのか。
 自分は納得しているのではないのか。
 論理的な思考の構築は出来る。
 ……この操作による害は予測上、彼らにも、わたしにも出ない。
 記憶が無くても彼らのこれからの活動に支障は無い。
 自分が集まりから抜けたところで、処置が終わった後の彼らにはそれが当然のこと。
 会ったことのない人間の不在に疑問を持つことは出来ないのだから。
 ならば危惧すべきことは一つも無い。
 これまでのほんの短い時間が無かったことになるだけ。
 彼らの記憶全体から見たら無視できる割合だ。
 それだけ。
 他には何も無いはずなのに、判断不能の情報群が思考に割り込んでくる。
 その情報をなんと呼ぶのか、長門は知らない。
 だが不快ではないとは感じていた。
 と、聞き慣れた軽い音が耳に届いた。
 誰かのノック。それだけで解る。そして数秒たってからドアが開く。
「ん、長門だけか」
 彼だ。
「いつも早いな」
 涼宮ハルヒともっとも近しい人物。
 長門は思考を中断し、少しだけ視線を向け、すぐ本に戻す。
 いつものこと。
 彼も解っている。何も言わずに椅子に座った。
 会話は無い。心地良いと判断できる無言。
 それもつかの間のこと。
 すぐに朝比奈みくるが来て、古泉一樹が来て、涼宮ハルヒが来た。
 いつもの皆。
 一気に部屋がにぎやかになる。
 いつもの音。
 特に決めたわけではないが、それぞれが、それぞれの動きをする。
 男子二人はトランプを始め、涼宮ハルヒは指定席でパソコンをいじり、そんな彼らに朝比奈みくるが茶をいれる。
 いつもの部室。
 変わらない空気が、不意に記憶を呼び覚ます。
 時間にすれば、記憶全体の半分にも満たない、ちっぽけな記録たち。
 しかし思い出すほとんどの風景に彼らは刻まれていた。
 団の結成。
 七夕の短冊。
 白球を打つ音。
 彼らと歩く街中。
 夏の海辺、冬の山。
 空を彩る無数の花火。
 冷たい空気と温かい鍋。
 コンピュータ研との対決。 
 笑い声に包まれている彼ら。
 鮮やかな記憶。
 過去に沈む思考は、小さな音で現在に引き戻された。
 ことん、と控えめな音で目の前のテーブルに置かれたのは、湯気の立つ湯呑み。
「長門さん、どうぞ」
 朝比奈みくる。優しいと判断できる少女。
 何度も見たその笑顔が、またノイズを引き起こす。
「……っ」
 去っていく小さな背。遠退いていく。ノイズがひどくなる。
 焦りに近い何か。
 長門は自分でさえ解らない内に、口をわずかに開いていた。
 息を吸い、しかし掛けるべき言葉は出ない。
 ……何を言う?
 今の彼らに何かを伝えたところで、近いうちに忘れてしまうのに。
 ……違う。わたしが、消す。
 それは、避けようのない規定事項。
 長門がやらずとも他の個体がやるだけで、最後は変わらない。
 さらに思考の乱れは体の制御を一瞬失わさせ、膝から本が滑り落ちた。
 拾おうと首をめぐらすが、
「っと。長門さん、落としましたよ」
 すぐに気が付いた古泉一樹が先に拾ってくれた。
「どうぞ……大丈夫ですか?」
 本を差しだす古泉は、いつもの微笑にわずかな別の表情をにじませていた。
 その向こうでは彼と朝比奈みくるも同じような表情をしている。それらは、
 ……心配、そう判断できる。
 かつて雪山で涼宮ハルヒが見せた表情だった。誰かの身を案ずる人間が浮かべる顔。
 さらに、いつの間にか涼宮ハルヒまでもがこちらを見ていた。
 彼女自身の体調は正常なのに、なぜ表情を歪めているのか。
「ちょっと有希、具合が悪いならそう言ってもいいのよ? 無理しないでね」
 心配されるのは、相手にとって自分がどういう存在にあたっているからか。
 そして気が付いた。彼らと自分は同じだと。
 自分の持つ記憶は、彼らにもある。
 当然の、しかし、重要なこと。
 だから、
「……別に」
 本を受け取り、
「わたしは、だいじょうぶだから」
 だから、わたしは。
 本を受け取る動きに迷いはない。
 だいじょうぶ、ともう一度つぶやき、長門は皆の顔を見回す。
 ……彼らは納得してくれるだろうか。
 解らない。
「まあ、有希がそういうならいいんだけど……本当に大丈夫なのね?」
「本当」
 視線を本に戻す。
 それが『いつもの長門有希』だからだ。
 納得してくれたかは解らないが、部室に表面上の普通が戻る。
 これでいいのだ。
 自分はインターフェイスではなくSOS団の団員なのだから。
 それが、わたしが彼らに出来る最後のこと。
 やがていつもの時間は過ぎ、長門が本を閉じたのを合図に解散となる。
 皆が部室を出て行く。
「あ、忘れ物があったんだった。先に玄関に行ってて!」
 言うが早いか涼宮ハルヒは部室を飛び出していった。
 古泉一樹と朝比奈みくるもそれに続く。

 

 長門は本を棚に戻しながら、いろいろな事を考える。
 小さな願い。叶わなくてもいい。ただ、何かをしようと思った。
「なあ長門、本当に何とも無いんだな?」
 ちら、と視線を彼に向ける。何度か見た硬い表情だ。
「何とも無い」
「……そうか」
 答えながら、一冊の本を取り出す。そこにしおりを挟む。明日には意味がなくなること。それでも。
 彼の前に立ち、
「読んで」
「え?」
 彼は差し出した本を微妙な表情で見ている。
「あー……読めと?」
 うなずく。
「ただの本。あなたに読んで欲しい」
 突然の申し出をどう思うか。解らないが、受け取って欲しい。
「貸すから」
「あ、ああ」
 手渡すとき、わずかに手が触れた。エラー発生。無視する。
 彼はまだ何か言いたそうだったが、長門は部室を後にした。思考に現れたノイズを気のせいだと信じながら。

 
 

 翌朝。通学路を、長門は一人歩く。処置は昨晩のうちにすべて終わっていた。
 そして学校へと続く坂道で見た。
 彼だ。
 長門の横を追い抜き、クラスメイトが彼に声をかけた。
 彼が振り向いた。目が合う。
 だがそれも一瞬のこと。彼は隣に並んだクラスメイトと挨拶の後、また前を見た。
 そうだ。今の彼にとって、長門有希という存在はただの他人だ。
 学校についてからも、朝比奈みくるとすれ違い、古泉一樹の視界に入ったが、どちらも反応は無かった。
 そして放課後の文芸部室。一人だけの時間。不意に長門は知った。今まで感じていたエラーの正体に。
「わたしは――」
 SOS団の品を片付けた部室はまた殺風景な教室に戻っていた。どこにも彼らの面影は残っていない。
 今はそんなものは無かったことになっているのだから。
 だが、と長門は思う。
 彼らは確かにここにいた。その証、たった一つの小さな証拠もある。
 ……わたし。
 もはやこの世界のどこにも存在を許されない記憶。意味の無い情報。
 それでも彼らは、いや、SOS団は確かにあったのだ。
 たとえ自分しか知らなくても。たとえ彼らが忘れてしまっても。
「……この記憶は嘘じゃない」
 そうである限り、決して消えない。消させない。
 彼らがくれたもの。それを守ろう。
「忘れない」
 皆がいたことを。
 つぶやく。誰に対してかは解らない。自分にか、それとも。
「――絶対に、忘れない」
 静かな部屋に小さな声が響く。
 それを聞く者は、誰もいなかった。

 
 

『 わたしは、ここにいる 』

 
 
 
 

 俺は大学進学のため上京することになった。
 一人暮らしのため荷物を整理していると、机の奥になにやら見慣れぬハードカバー。
 何気無しに捲れば押し花の栞がハラリと落ちた。
 俺は……

 
【分岐点】
 ,箸蠅△┐左気北瓩后
 ▲后璽張院璽垢砲弔瓩襦
→栞を調べる。
 
 

「そうだな、大事な栞だったら、本を返した時に怒られちまう。元に戻し……」
 そこで妙なことに気づく。
「返す? そういえば俺、この本どこで借りた? 図書館か?」

 
【分岐点】
 〇圓凌渊餞曚鬚△燭襦
→学校の図書室をあたる。
 そしてそのうちに考える事をやめた 
 
 

 図書館のラベルも貼ってない……借りた覚えは無いが、学校か?
 借りたまま上京するのも後味が悪い。俺は卒業したばかりの母校へ本を返却に行った。

 

「はい、記録ですと、確かに三年前に貸し出してますね」
 ふわふわと海草のように揺れる髪の、おっとりした図書委員長(?)が記録を調べてくれた。
「じゃあ、やっぱり俺が借りたのか。全く覚えてないんだけどなぁ」
「貸し出し人は『朝比奈』さんになっていますが、間違いありませんか?」
「え? 朝比奈さんが?」
 ふむ、やはり俺は借りてなかったのだ。
 あの人の事だ、うっかり俺の荷物に紛れ込ませてしまったという事も考えられる。
 卒業してしまってから2〜3回しか会っていないが、元気にしているだろうか。
 とにかく本は返した。これで心置きなく出発できるというもんだな。発つ鳥後を濁さず、だ。
「あ、栞が挟まっていますね。これはお返しします」
 どうやらあの栞は、後から挟まれたものらしい。俺の物でもないから図書室に寄贈したい所ではあるが……

 
【分岐点】
 …比奈さんに会って渡す。
 ⊆蠍気砲いておく。
→わかめ髪の図書委員長(?)に寄贈する。
 
 

 見たところ普通の栞だ。名前は知らないが、小さく可憐な感じの花が押し花にされている。
 ……どこかで見たか?
 何となくだが、そう思った。いやまあ、栞に世話になったのなんてほとんどないんだけどさ。
 休日は、高校の途中で訳のわからん団を立ち上げたハルヒに振り回されっぱなしだったからな。
 今じゃ馴染んでるが、いきなり引っ張られてきたときは迷惑だったろうな、朝比奈さん、古泉よ。
 ちなみにその団体に、名称はなかった。
 最初はハルヒがSOS団とか名づけたけど、そいつはその日のうちに団長様ご自身の口から却下された。
 詳しい理由は知らないが、何かが違うんだとさ。何がだろうね?
 とにかくこういうものは俺じゃなくて、もっと本が似合うようなやつの手の中が居場所なんだ。
 候補としては国木田、古泉あたりか。いや、何か違うな。
 他、誰かいたような気もするが、思い出せん。
 と、目の前の図書委員長(?)の笑顔が目にとまる。
 わざわざ名前も知らん野郎のために、自分が在学していなかったころの記録まで調べてくれたのだ。
 彼女へのお礼としてなら朝比奈さんだって解ってくれるはずだ。
「いや、いいよ。俺も使わないし、どうぞ」
「まあ」
 なぜ笑いながら驚きますか。
「ふふ、すみません。知らないのですか?」
 何を?
「この花です」
 まあ見たようなそうでもないような気がしないでもないような。
 図書委員長(?)はふふと笑い、
「これは勿忘草といって、花言葉は誠の愛なんですよ?」
 なんと。つまり、
「そ、それは……いや、他意は無かったんだが」
「そうですか。なら、他のでしょうか? 真実の友情や、――私を忘れないで、とか」
 瞬間、脳裏に何かの映像がちらついた。これは……

 
【分岐点】
 ,匹海の川辺だ。
→∋堽図書館だ。
 はっきりとは思い出せない。
 
 

 ふと浮かんだ映像は、数度しか足を運んだ事がない市立図書館。
 何故? 花言葉から連想するような物でも無いと思うんだが。
「真実の愛に、真実の友情に、私を忘れないで……か」
 呟いて考えてみたが、もちろん図書館との接点はわからない。
 この栞を図書館で見た事があるとか? 図書館でその花言葉を聞いた事があるとか?
 俺は、過去に図書館に行った記憶を引っ張り出そうと試み……やめた。
 記憶を手繰るまでも無く、思い出そうとするまでも無く、何故か図書館に特に思い出は無いという奇妙な確信があった。

 

「どうしました? 大丈夫ですか?」
「ああ、なんでもない。ちょっと考え事してただけだ」
 図書委員長(?)の声で我に返ったが、結局図書館のイメージが何だったのかは謎だ。
 花言葉にしても、別に真実の愛人や、真実の友人や、忘れてはいけない人に心当たりは無い。
 考えるだけ無駄なデジャヴみたいな物だったんだろうか。

 

「これはお返ししますね」
 図書委員長(?)はやんわりと微笑んで俺に栞を握らせた。
「でも俺」
「きちんとした栞ですもの、持ち主に返されるのが良いと思います」
 それはまぁ、正論だ。
「ですから……ちゃんとあなたから、持ち主の方へ返して下さいね?」
 念を押されてしまった。見るからに真面目そうな子だしな。
 しかし栞程度でそんなに真剣な目をする事もないだろうに。

 

 さて、この本を借りたのが朝比奈さんであればこの栞は朝比奈さんの物であろう。
 とりあえずどうするか。

 
【分岐点】
→,気辰のが何だか気になる。ちょっと図書館へ行ってみるか。
 ∩把召膨比奈さんに返すべく、連絡を取るべきだろう。
 なに、自分で持っておいてもバチは当たるまい
 
 

 まあ人のものならちゃんと返すのが礼儀ってものだろうな。
 たしかめるために今度ヒマを見つけて朝比奈さんに連絡してみるとするか。
 会うとなれば時間を決めないといけないし、久しぶりにあの愛らしいお声を聞きたいしな。
 いやはや、これで謎の本をめぐる用事は終わりか。
 にくたらしいくらい、現実なんてこんなあっけないものなのさ。
 いや、実は最初は知らないうちに記憶でもいじられたかと思ったが。
 くだらないね、本当。
「―――」
 それじゃあ図書委員長(?)にお礼を言って、帰るとするか。
「わざわざありがとうな。助かった」
「いえ、受け持った仕事ですし――」
 何かを考えるように言葉を切り、
「個人的にも、その栞が持ち主のもとに返るきっかけになれたなら、嬉しいことです」
 妹のことを思う、優しい姉のような笑顔だった。
 ふむ、本当に真面目なんだな。
 まだ見ぬ先輩のことをここまで思いやれるとは。どこぞの団長様にも見習わせたいね。
 あるいは朝比奈さんと知り合いか。年齢的に考えにくい話だが。
「……どうでもいいか」
 俺はその子にまた軽く礼を言い、図書館から去ることにした。
 はあ、帰って仕度の続きか。面倒な話だ。
 長丁場になりそうな気もするね。どうも整理は苦手だ。
 門外不出の整理術とか我が家に伝わってないのかね。
 と思ったが、よく考えたらそれなりに順調だし、春休みはまだある。
 のこりは何日だったか。
 約一週間。充分だ。
 それじゃあどうしようか。ちょっと考えてみる。
 くだらんことしか浮かばないね。
 今日ぐらいは、しばらく離れることになる地元をブラブラするのもいいはずだ。
 はたして俺は誰に言い訳しているんだろうね?
 ただ、あるいはこんなことを考えたのは、あの栞が切っ掛けだったのかもしれない。
 そうとしか考えられないだろう?
 うるさい外野もいないところで本が読みたくなたって可能性もあるが、
「――いや、とにかく」
 大して思い入れの無いはずの、市の図書館に行ってみようと思ったなんて、な。
 じゃあ誰か誘おうかな?

 
【分岐点】
 々駝敕弔墨⇒蹐靴討澆茲Α
→古泉に連絡してみよう。
 ハルヒに連絡してみよう。
 
 

『もしもし、古泉です』
「よぉ」
『めずらしいですね。あなたから電話をかけてくるなんて』
「いやちょっとな、今から図書館に行くんだが、誰か誘おうかと思ったんだ」
『これはまた珍しいですね。あなたが図書館へ行こうなんて。何か有るんですか?』
「いやなに、上京する前に街の色々な場所をもう一度廻っておこうかと思ってな」
 これは嘘だ。しかし「朝比奈さんに借りていた本に挟まっていた栞を見たら、何故か図書館を思い出して」なんて言ったら、またニヤケ面で妙なトンデモ話を延々聞かされかねん。
『わかりました、お付き合いしますよ。ではいつもの駅前で』

 
 

 さて、図書館に着いたわけだが……実際の所、何か用事があるわけでもない。なんとなく来ただけだしな。ちなみに古泉は物理学書のところでなにやら立ち読みをしている。
 とりあえず俺も、適当な雑誌を取ってソファーに……と、埋まってるな。
 車椅子の人。大学生とおぼしき人。それから、眼鏡をかけたいかにもな文学少女。
 うちの学校もとい母校の制服を着ており、綺麗な姿勢で次々とページをめくっている。
 と、目だけでこちらを一瞥した気がした。じろじろ見すぎたか?
 なんとなく居心地が悪くなって、古泉の所へ足を向けた。

 

 その古泉だが、なにやら知り合いと遭遇したらしい。長上の女性と話している。
 朝比奈さんにとてもよく似た女性だ。
「古泉、知り合いでも居たのか?」
「あぁこの人は……」
 古泉の一瞬躊躇いの間に、女性から挨拶してきた。
「はじめまして、朝比奈みくるの姉です。あなたがキョン君ね?」
 朝比奈さんに姉がいたとは初耳だ。それにしてもよく似ている。
「みくるがいつもお世話になってます。仲良くしてくれてるみたいね」
「そうでもないですよ。卒業してからはあまり会ってませんし、どちらかと古泉の方が……」
 そうなのだ。古泉と朝比奈さんは別に恋仲というわけではなかっただろうが、俺にはどうも 特別な関係に見えて仕方なかった。なんというか、共通の秘密を持っているような……
俺も共通の秘密を持つ女の子の一人くらい欲しかったものだ。
 そのような事を話すと、二人とも一瞬、少し微妙な表情を見せた。俺、地雷踏んだ?
 とりあえず場の流れを……

 
【分岐点】
 \浤僂姉さんが居るんだから、栞を見てもらう。
 △い筺△海麟戮呂發Σ兇諒だ。用も無いしそろそろ帰る。
→もうしばらく図書館で時間を潰す。
 
 

 微妙な空気が流れる中、一人の少女がやたら分厚い本を抱えて俺達の前に立った。
 さっきソファーで見かけた眼鏡の北高生だ。読んでいた本を戻しに来たらしい。
「ああ、ごめん」
 俺は邪魔にならないよう避け、少女は本を棚に戻した。
 ところでここは物理学書のコーナーである。
 少女が読んでいた厚い本は、とても高校生が読むような本には見えなかったが……将来有望な少女だな。理科系の苦手な俺には考えられん。
 少女は無表情で俺を一瞥し、別の本を取ってその場を離れた。

 

「俺はもう少し本読んでるわ」
 そう言って適当な読み物を手に取り、いつのまにか一つ空いているソファーへ向かった。
 古泉の話が終わるまでの時間潰しだ。図書館に来たのに本を一冊も読まないというのも何だしな。
 去り際、朝比奈さん(姉)は何か言いたそうにしていた気がするが気のせいだろうか。
 結局何も言わず、古泉と話を続けている。

 

 さて……逃げるようにソファーまで本を持ってきたわけだが、科学系の読み物か。
 読んでると眠くなりそうだ。
 ふと横を見れば、この席はさっきの少女の横の席だったらしい。
 少女が腰を下ろすところだった。

 
【分岐点】
 ,箸蠅△┐瑳蠅房茲辰燭里世ら、本を読む
→△海譴皺燭の縁、少女に話し掛けてみる
 どうせ眠くなるのだから、本を顔にかけてとっとと寝る
 
 

 少女は腰を下ろすと本を開き、次々とページをめくり始めた。
 複雑な数式が書いてあるらしきページも、まるで絵本を読むかのように黙読していく。
 俺はこの変な後輩に興味を持ち、話し掛けてみることにした。
「ねぇ、君北高生だよね?」
「………」
 反応が無い。今思ったが、これはいわゆるナンパという物になるのではなかろうか?
 警戒されて当然である。我ながら早まった事をしたもんだ。
「……そう」
 と思ったら1テンポ送れて返事があった。少し安心して、
「あ、別に用ってわけじゃないんだけど、俺この3月で北高卒業してさ。後輩がすごい本読んでるなぁってちょっと気になっただけで……」
 と、一方的に何かに言い訳してるような、よく解らない事を言ってしまった。
「……後輩ではない。同い年。わたしもこの三月で卒業」
「そ、そうなのか? でもじゃあ、なんで制服着てるんだ?」
「……四月一日までは北高生だから」
 生真面目というかなんというか。こんな変な奴が同じ学年に居たとは知らなかった。
 一度見たら忘れないだろうに。
「その本」
「これか?」
「こっちの方が読みやすい」
 彼女の渡してくれた本を見ると、なるほどこれなら俺にも読めそうだ。
「ありがとよ。借りて読んでみるよ」
「……」

 

 それから二、三、話して、彼女は用事が有ると言って帰ってしまった。
 間もなく古泉が来て、朝比奈さん(姉)との話は終わったのだろう、二人で帰る事にした。
 二人で図書館から出
「**************」

 
 

「おっと、どうしました?」
「いやなんでもない。ただの立ちくらみだ」
「運動不足ですね」
「うるさい」
「ところで、さっきどなたかと話されていたようですが、ご友人ですか?」
「は? 話してたのはお前と朝比奈さん(姉)だろう。俺は<誰とも話していない>ぞ?」
「そうですか? 見間違いでしょうか」

 

 結局、図書館に何も収穫は無かった。やはり図書館のイメージは気のせいだったのだろう。
 家に帰ってカバンを見ると、俺が図書館で借りた本が入っている。
 何のつもりでこんな本を借りたのか自分でも解らないが、科学本にしては意外と読み易い。
 パラパラとめくっていると、ページの隙間から何かが落ちた。栞だ。それも……
「……勿忘草、か」

 
【分岐点】
→”然だ。誰かが俺にメッセージを送っている。
 偶然だ。この栞が流行ってるのだろう。
 1震燭澄2兇料粟い鰐淤坐陝
 
 

 ここまで来ると、さすがの俺でもこの栞が何か意味を持っているように思えてくる。
 誰かが俺に当ててメッセージを送っている、とか? 誰かって誰だよ。
 宇宙人からのメッセージ? ははっ、中学までの俺なら考えそうな事だ。

 

 改めて、真面目に状況を整理してみよう。
 1.図書室で朝比奈さんが借りた本が部屋から出てきて、栞が挟まっていた。
 2.栞の花言葉から、俺は図書館を連想した。
 3.図書館で俺が借りた本に、同じ栞が挟まっていた。

 

 同じ栞であるのが偶然でないなら、両方とも朝比奈さんの物だろう。朝比奈さんがこの読み物を借りて、挟みっぱなしで返却してしまったとか。
 しかしそれにしたって、二枚目が俺の手元に来たのは偶然なのだ。
 一枚目に関しては朝比奈さんからのメッセージという可能性もゼロではないが、二枚目が誰かから俺へのメッセージということは有り得ない。
 一枚目と二枚目を繋ぐのは俺が花言葉から図書館を連想したという点だけなのだから、一枚目と二枚目を俺という人間を介して繋げるのは非常識だ。俺はいたって常識人であるからそんな考え方はしない。
 繋げるとしたら、部屋から出てきた本と科学読み物を、栞を介して朝比奈さんに繋げる事が出来る程度だ。

 

 ふぅ。いくら考えても二枚目が俺の手元にあるのは偶然としか思えん。
 そうでないとしたら、それは……

 
【分岐点】
 _兇借りる時、受け付けの人が挟んだ。
 俺が手にとってから、気付かない間に誰かが挟んだ。
→そもそも俺は、この本をいつ手に取った?
 
 

 ……まて、何かがおかしい。一枚目の栞は一旦忘れよう。問題は二枚目だ。
 二枚目の栞について最初に考えるべきは、この読み物をいつ選んだのかだ。もしこの栞が俺に宛てた物なら、俺が手に取ってから後に挟まれた物のはずなんだから。
 俺が検証すべきはまずそこなのだ。
 なのに、何故俺は<いつこの本を選んだか思い出そうとしない>?
 思い出せない以前に、思い出そうとしなかった。無意識にだ。
 二枚目が俺に宛てられたメッセージ、というのが有り得るかどうかは問題じゃない。
 問題は「俺が思い出そうとしなかった」事だ。

 

 今気付いた。図書館を出た時、古泉に誰と話していたのか聞かれた時も、俺は思い出そうとするまでも無く、誰とも話していないと答えた。
 まるで脳の思い出す機能がスキップされたかのように。

 

 改めて思い出せ。俺はこの本をいつ手に取った?
 そもそも自分で選んだものだったか?
 ……違う。誰かに勧められたんだ。
 こんな事、何故今まで思い出そうとしなかったんだ!?
 じゃあ誰に? ……思い出せん。今度こそ思い出そうとしても思い出せん。
 図書館で会ったのは……一緒に行った古泉、朝比奈さん(姉)、それから……?
 それだけか? じゃあ、その二人のどちらかに勧められたのか?
 それとも……

 
【分岐点】
→_奮愼匹瀛についてさらに考える
 一枚目の栞について考える
 F麕臾椶麟戮砲弔い胴佑┐
 
 

 いや、俺にこの本を薦めたのはあの二人では無かったはずだ。
 古泉はずっと朝比奈さん(姉)と話していた。
 朝比奈さん(姉)とは挨拶した程度だ。
 あと図書館で俺と接点を持ったのは誰だ?
『どなたかと話されていたようですが、ご友人ですか?』
 ……誰だ?
 俺は誰かと話していたのか?
 しかしそんな短時間で誰かと話していたことを忘れるだろうか。
 若年性痴呆にも程がある。本当にそうなら医者に行った方がいいのかもしれない。
 いくらなんでもそんな事は無いと思うのだが……

 
【分岐点】
→’阿琉戞⊃渊餞曚任硫兇旅堝阿鮓点瑤吠垢い討澆襦
 念の為、図書館での俺の行動を朝比奈(姉)さんに聞く為、朝比奈さんに連絡。
 そんな事忘れてしまうはずが無い。二枚目の栞は偶然で片付ける。
 
 

『もしもし、古泉です』
「よぉ」
『あなたから二度も電話があるなんて、明日は雨でも降るんでしょうか』
「今日の事でちょっと聞きたい事が有ってな。お前、図書館で俺が誰かと話してたのを見たんだよな?」
『ええ。でもあなたが気のせいだと……』
「その事詳しく聞かせてくれないか」
『やっぱり、恋人なんですか?』
「は?」
『おや? いえ、僕はあなたが女性と話してるのを間違いなく見ました。でもあなたが隠そうとしているから、気を利かせて追求しなかったつもりなんですが……』
 そんな事実は無い。だが、古泉に連絡した甲斐は有った。やはり俺はあの時、誰かと話していたのだ。これは病院行き確定か?
「で、どんな様子だった?」
『答えるのは簡単ですが、しかし何故僕にそんな事を聞くんでしょう』
「誤魔化すのも面倒くさいから正直に言うが、俺は本当に誰かと話した事を覚えてないんだ」
『それは……』
 古泉はしばらく何か考えていたようだが、
『念のため確認しますが、あの時、涼宮さんは近くに居ませんでしたよね?』
「なんでそこでハルヒが出てくる。少なくとも俺は呼んでないし、姿も見てないな」
『そうですか』
「で、どうなんだ」
『そうですね。あの時、ソファーであなたは北高の制服を着た少女と話していました』
「特徴は?」
『短髪、眼鏡、無表情、姿勢が良い、本を読むのが早い、といったところでしょうか。グラマーなタイプではありませんでしたが、中々愛いらしい方でしたよ』
「何を話してたか判るか?」
『そこまではさすがに……しかし、本を一冊手渡されていましたね』
 それだ。間違いない。
 さてそうすると……

 
【分岐点】
→〆掘り葉掘り聞かれるかもしれないが、まだ古泉と話す 
 朝比奈さんにも連絡を取ってみる
 9佑┐鬚泙箸瓩覆ら今日はもう寝る
 
 

『それにしても妙な事を言いますね。今日の昼話していた相手の顔を忘れるなんて』
「自分でも妙だと思うが、覚えてないものはしょうがないだろう」
『本当に、涼宮さんは呼んでいないんですね?』
「しつこいな。ハルヒと俺の記憶に何か関係があるのか?」
『無い、とも言い切れないのですが……まぁ今回は関係無いのでしょう』
「なんだそりゃ。まぁいい、聞きたい事はそんだけだ」
『あ、待ってください。それより貴方はどうして僕に電話したんです?』
「だから、話してた相手が誰だったのかをだな……」
『そうではありません。あなたが本当に誰かと話した事を忘れていたのなら、話していた相手が誰だったのか、などと聞くはずが無いんです』
 こんな時だけ無駄に鋭さを発揮しやがって。
『ならば考えられる事は一つ。あなたの手元に、誰かと話していたという痕跡があるという事でしょう』
「そうだ。その通りだ。だがそれがどうした」
『ここまで聞いた以上、僕も興味が湧いてきました。その痕跡というのは何です? あなたがその相手を知る事に拘る理由は?』
「本だ本。今日借りてきた本が誰から勧められたのかわからなくて、知りたかっただけだ」
『それだけ、ですか?』

 
【分岐点】
 】戮了を話す。 
→∀辰魄錣蕕后 
 O辰鮴擇蠑紊押電話を切る。 
 
 

「それだけだ。それよりお前こそ、朝比奈さん(姉)と何を話してたんだ?」
『大した事ではありません。それよりその』
「しかし俺は朝比奈さんに姉妹が居る事も知らなかったぞ。お前と朝比奈さん(姉)にどんな繋がりがあるのか興味がある」
『僕も会ったのは今日が始めてです。世間話をしていただけですよ。それよ……』
「最近朝比奈さんにも会ってないからな。朝比奈さんは元気してるって?」
『ええ、元気にしてらっしゃる様です。便りが無いのは元気な便りと言いますしね。それ……』
「それはよかった。あの人の事だ、おっちょこちょいな所は変わっていないだろうが……」
『……』
 俺のあからさまな拒絶に、追及を諦めたらしい古泉は溜息を漏らした。
 ま、昼間も言ったが俺は古泉と朝比奈さんの間にある何かの秘密を羨ましいと思っている。
 俺の方も少しくらい秘密を持ってもバチは当たるまい。秘密にするほどの事でもないが。
「機会があれば、俺も朝比奈さん(姉)とゆっくり話してみたいもんだ」

 

 電話を切った俺は、再び栞の事を考えていた。
 もし二枚目の栞が俺に宛てられたメッセージなら、送り主は図書館で話していたという女子生徒しか有り得ない。しかし、だとしても何のメッセージかさっぱり判らん。
 何しろ俺は相手の事を覚えていないのだ。何故そんな相手の事を当日のうちに忘れたんだ。
 本当に脳に問題があるんじゃ無いかと思うくらいだが、忘れてしまった物は仕方が無い。

 

 相手は北高生だということまで解ってるんだ。探すか?
 いや、俺がこっちに居られる時間は少ない。それに、姿を見た古泉の手を借りるとなると、またしつこく追求して来ることだろう。
 大体からして、二枚目の栞がその少女からのメッセージだというのも馬鹿げた妄想である可能性の方が高いのだ。

 

 ……とにかくもう一度整理だ。
 1.一枚目は朝比奈さんの物、二枚目は少女X(仮称)の物である
 2.一枚目とニ枚目の接点は俺の連想だけであり、無いに等しい
 これで確定というわけではないが、この可能性が高いだろう。
 では、俺がするべき事は……?

 
【分岐点】
 …比奈さんに栞を返す。 
→⊂女Xを探す。 
 A瓦橡困譴椴肯つ。 
 
 

 このまま放っておくのも気持ちが悪い。
 是が非でも、俺が話していたという相手に会わねばなるまい。
 探す場所は決まっている。図書館だ。
 問題は俺が相手を見て、それと判断出来るかどうかだが……

 
【分岐点】
 ヽ个┐討い覆い里世ら判断できまい。気は進まんが古泉の手を借りるか…… 
→覚えていないのだから判断できまい。そうだ、朝比奈さん(姉)が姿を
  見ているかも。 
 5佞帽佑┐襪鵑澄3个┐討い覆いらこそ、主観に惑わされず判断できると
  考えるんだ。 
 
 

 そうだ、あの場にはもう一人少女Xの姿を見たかもしれない人が居るじゃないか!
 会ったばかりで変な事を頼むのも気が引けるが、駄目元で頼んでみる価値はある。
 と……しかし今日はもう遅いな。明日にするか。

 
 

 さて、はやくも翌朝だ。もちろん昨夜はあまり寝られなかった。
 しかし少女Xを探すと決めたからには、俺がこっちに居られる時間では心許ない。
 朝早くから申し訳無いが、早速朝比奈さん経由で朝比奈さん(姉)に連絡を取らねば。

 

『はいもしもし、朝比奈です』
 あぁ、久しぶりのエンジェルボイス。毎日聞いていた声とはいえ、時間を置くと一層の感動が得られるね。
「あ、もしもし俺ですけど」
『キョン君! 久しぶり、元気してる?』
 さすがに大学生ともなると、昔の可愛らしさを残しつつもしっかりした印象を受ける。胸中によぎる一抹の寂しさは、娘を嫁に出す父の心境に通じるものがあるのだろうか。
「ええ、古泉もハルヒも元気ですよ」
 それからしばらく他愛も無い世間話に花を咲かせ、積もる話も尽きてきた頃にようやく本題に入った。

 

「ところで昨日、図書館で朝比奈さんのお姉さんに会いましたよ」
『え? お姉……さん?』
「ええ、朝比奈さんにとてもよく似たお姉さん」
『え……と……』
「? どうしました?」
『あ、あの……ちょっとまってね?』
 一体どうしたと言うのだろう。お姉さんの話はまずかったのか?
 受話器の向こうでかすかに朝比奈さんの声が聞こえる。誰かに相談しているような?
 やや間があって、
『もしもし、ごめんなさい。うん、姉に会ったのね』
「はい。それで、その時の事でちょっとお姉さんに聞きたい事が有るんです。もし良かったら
 お姉さんの連絡先を教えてもらえませんか?」
『え……っと、その……』
 お姉さんの事に関しては妙に歯切れが悪い。よほど仲が悪いんだろうか? まさかね。
『あの……姉は、今朝早くから遠い所へ旅行に行っちゃったの。ごめんなさい』
 なんと。それでは朝比奈さん(姉)の手は借りれないということか……。

 
【分岐点】
 …比奈さん(姉)について、もう少し詳しく聞いてみるのは悪いだろうか。 
→居ないものは仕方ない。ついでに一枚目の栞を返す段取りを話そう。 
 この栞はもう俺の物だ。今の所朝比奈さんに頼む事は、他に無いな。 
 
 

「そうですか……残念だけど仕方ないですね」
『ごめんなさい、お役に立てなくて』
「いやとんでもないです、こちらこそ変なお願いして。あ、それから朝比奈さん」
『はい?』
「勿忘草の栞、って心当たりありませんか」
『栞、ですか? 心当たりって?』
「部屋の片付け中に出てきた本に挟まってたんですよ。その本は学校の図書室の物で、返しに行ったら貸出人が朝比奈さんになってて。朝比奈さんの借りた本が俺の荷物に紛れ込んだんでしょう。本は学校に返しましたけど、栞の方は朝比奈さんに返そうと思うんですが……」
『? わたし、図書室で本借りた事なんて一度もないですよ?』
「ええ?」
 おかしい。話が違う。
 あのわかめ髪の図書委員長は確かに朝比奈さんと言ったはずだ。
 それが間違いなら、図書室の本は朝比奈さんの借り物で、一枚目の栞は朝比奈さんの物だという前提が崩れてくる。
 朝比奈さんが借りたのでないなら、図書室の本は誰が借りた?
 いや、そもそも何故図書室の記録が間違っている?
 記入忘れならあるかもしれない。しかし、借りていない人物の名前を記入する、なんて間違いがそうそう起こるとは思えない。
 だとしたら、記録が間違っているというよりも――

 
【分岐点】
 …比奈さんの記憶が間違っている? 
→記録が誰かに改竄された? 
 わかめ委員長の勘違い? 
 
 

 図書室の記録が、誰かに書き換えられた? それも朝比奈さんを知っている人にだ。
 そうとしか考えられん。但し、朝比奈さんの記憶が確かであるならば、だが。
『本当にわたしが借りた事になってるの?』
「ええ、三年前に朝比奈さんに貸し出した記録があるって言われたんですけど」
『変ねぇ……』
「もしかして、お姉さんが借りたとか?」
『いいえ、そんなはずは……』
 改めて考えよう。朝比奈さんの記憶は正しいという前提で。
 こうなると一枚目の栞が朝比奈さんのものでは無い。
 では誰のものだ? 図書室で本を借りた奴の物だろうが、それは一体……。
 そいつは、貸出人を朝比奈さんの名に改竄した。つまり朝比奈さんを知っている。
 そしてその本が俺の手元にあるということは、俺にも近い人物という事になる。
 そうなると選択肢は限られてくるが――

 
【分岐点】
 ,修両魴錣納擇蠅真祐屬鮃佑┐討澆襦 
→他にヒントが無いか考えてみる。 
 まさか……俺か? 
 
 

 いや、待て待て。確かにその考えは間違ってはいまい。しかし気になるのは二枚目の栞だ。
 二枚目の栞は朝比奈さんの物では有り得ないから、これまで一枚目と二枚目の関係は俺の図書館のイメージだけだった。ぶっちゃけ、繋がりは何も無かった。
 ところが今や、二枚とも持ち主が不明だ。
 このニ枚の栞……同じ物である事が偶然でないなら? 持ち主が同じだとしたらどうなる?
 二枚目が少女Xの物であるなら、一枚目も少女Xの物だ。
 少女Xは北高の制服を着ていたのだから、確かに可能性はある。
 そして、俺と少女Xは図書館で話をしていたらしい。俺と少女Xは知り合いなのだろう。

 

 これはつまり……そういう事なのか?
 そうだとしたら、この二枚の栞が俺へのメッセージだという想像も馬鹿な妄想とは言い切れなくなってくる。(もちろんそれでも尚考えすぎの可能性が十分大きが)
 もちろん発信者は少女Xだ。
 いや待て待て。その前にまず前提がある。図書室で本を借りた人物は、俺に近く朝比奈さんを知っている人物だ。
 それに該当する少女X……鶴屋さん? 違う、古泉の言った特徴に合わない。
 くそっ。条件は多少絞り込めたが、肝心の少女Xが誰なのか……。
 それに図書室で本を借りたのが少女Xであるという根拠は、栞が同じだという事しか無い。
 やはり少女Xが誰なのかわからない事には話にならないか。

 

『もしもし、キョンくん? どうしたの? もしもーし』

 
【分岐点】
 ^貪戞栞の実物を朝比奈さんに見てもらう。
→△發Π貪戞⊃渊饉爾帽圓辰討澆襦
 もう一度、図書館に行ってみる。
 
 
 

「ああすみません。ちょっと考え事してて」
『ねぇ、その栞ってそんなに大事な物なの? 誰のかわからないんでしょ?』
「まぁそうなんですけどね」
 そうだ。よくよく考えてみれば、単に片付け中に出てきた出所不明の本に挟まれていただけ
の栞だ。本は学校が出所だったから返したが、別に栞なんて放っておいても良い。ここまでに
もそういう選択肢はあったはずだ。
 しかし俺の中の何かが……俺の耳元で誰かが囁くのだ。その栞を持ち主に返せと。
「やっぱり気になるんで、俺、もう一度図書室当たってみます」
『そう……ごめんね、役に立てなくて。何か手伝える事が有ったら言ってね』
「ええ、ありがとうございます」

 

 再び図書室だ。
 昨日の委員長(?)は居るだろうか。
「あら、昨日はどうも」
 居た。助かった。
「昨日はありがとう。ところで聞きたい事があるんだけど、ちょっといいかな?」
「はい、お答えできる事でしたら」

 
【分岐点】
 ,△遼椶辰董∨榲に貸出人は『朝比奈』さんになってる? 
→短髪で眼鏡で無表情で姿勢が良くて本を読むのが早くてグラマーでは無いが 
  愛らしい子に心当たり無い? 
 もしかして、何か隠してない? 
 
 

「あのさ……短髪で眼鏡で無表情で姿勢が良くて本を読むのが早くてグラマーでは無いが愛らしい女の子に心当たりって無いかな?」
 委員長(?)はしばしキョトンとしていたが、じきにコロコロと笑い出した。
「ふふふ、なんですかそれ? 新しいナンパか何かでしょうか?」
 うむ。我ながらちょっと突然過ぎた気がする。
「いや、知り合いを探してるんだけど、もしかしたらここに来ていないかと思って……」
「お知り合いですか?」
「ああ」
「本当に?」
 この子は何が言いたいんだろか。確かに少女Xは本当に知り合いなのかわからないが……。

 
【分岐点】
→ヾ岼磴い覆知り合いだ。 
 多分知り合いだと思うんだが…… 
 K榲は知り合いじゃないんだ。
 
 

「あぁ、知り合いなんだが」
 そうだ。そいつ……少女Xは間違いなく知り合いだ。根拠は二つある。
 一つは図書館だ。俺の性格上、知り合いでない相手に、それも女の子にいきなり声をかけるなど考え難い。少女Xも、見ず知らずの相手に栞を挟んで本を薦めるなんていうことはしないだろう。
 もう一つは俺の勘だ。耳元と俺の中で声がするような、そんな確固たる勘だ。
 ちなみに一枚目の栞から俺と少女Xとの関係を知る事は出来ない。そもそもそれを知るためここへ来たような物だ。
 俺の答えを聞き、委員長(?)は少し考えるそぶりを見せた。そして、
「その方とはお知り合いなんですね。もしここを利用した事のある方でしたら何かお答え出来るかも知れません。よろしければお名前をお聞きしたいのですが……」
 さて、いくら知り合いであるという確固たる確信があっても名前はわからん。
 どうしたものか。

 
【分岐点】
→〔樵阿亘困譴討靴泙辰燭鵑世…… 
 △垢泙鵝△笋辰僂蠅いぁ 
 ええと……た、谷口……だったかな? 
 
 

「名前は、その、わからないんだ」
「わからないんですか? お知り合いなのに」
 訝しんでいる。当然だ。こんな所に調べに来ているのに名前も知らないなど、ストーカーと疑われても仕方有るまい。
「その、どうも例の栞がさ、朝比奈さんの物じゃないらしいんだ。それで別の友人に聞いたら俺の知り合いが持ってるのを見た気がするって言うんだが、俺は覚えてないし、その知り合いの特徴だけ聞いて……」
 自分でも言い訳がうまい方だとは思ってないが、やはり委員長(?)は信じていない様だ。
「まぁ……どちらにしても、名前がわからないのでは調べようもありませんし」
 確かにそうだ。話した特徴で見た事が無いのであれば、調べてもらうにも手がかりが無い。
 だがしかし、聞くべき事はまだある。
「なぁ、」

 
【分岐点】
→…瓦戮蕕譴覆ても、何か思い当たる事は無いか?
 ∈鯑の本を朝比奈さんは借りてないそうだけど、本当に記録はあるの?
 スリーサイズ教えてくれないか?
 
 

「なぁ、調べられなくても何か思い当たる事とか無いか?」
 俺の真剣な様子に、不審も和らいだのだろうか。若干のアドバイスを貰った。
「その特徴で思い浮かぶ女性が居るかと聞かれては何もお答えできませんが……そうですね、きっと本が好きな方なんでしょう。図書館など当たってみてはいかがでしょうか?」
 図書館は確かにもう一度行っても良いかもしれない。しかし俺が単身で少女Xを見つけても、そうと気付くかどうか中々怪しい。だからこうして回りくどく第三者を介して調べてるわけで。
「あとは……そうですね、本にこだわるのでしたら文芸部でしょうか」
 文芸部か……。
「あの栞は、その方の物なんですか?」
「そのはずだ」
 これは半分嘘だ。少女Xと一枚目の栞を結ぶものは、一枚目の栞と二枚目の栞が同じものであるという事だけしかない。
「では、無事にその方に栞を渡せるよう願っています」

 
【分岐点】
 ’阿里燭瓠朝比奈さんが借りたという記録について問いただしておく。
→△泙気居ないだろうが、文芸部室へ行ってみる。
 もう一度図書館へ行く。
 
 

 せっかくアドバイスを貰ったのだ。文芸部など行った事は無いが、他に当てがあるわけでもない。時期が時期だし誰もいないだろうが、一度見に行ってみるか。
 そうと決めると、俺の足は自分でも驚くほど自然に文芸部室に向かっていった。

 

 さて、文芸部室だ。扉の前に立ちノックする。当然だろ?
「……」
 そして当然の様に返事は無い。まぁ、この時期だもんな……。
 それに確か、文芸部って部員一名で廃部寸前なんじゃなかったっけか。
 いつからそんな状況なのかはよく覚えていないが。
「……」
 とにかく、扉の前で黙っていても仕方有るまい。ここは諦めて引き下が……
 なんだ? 鍵が刺しっぱなしなってるじゃないか。無用心だな。
 どれ、ここは一つ

 
【分岐点】
 仝阿鬚けて職員室に持っていく。 
→扉をあけてみる。 
 そのまま帰る。 
 
 

 そうだな、鍵を閉めていくにしても中に人が居たら閉じ込めちまう。一応確認するか。
 一応もう一度、今度は強めにノックする。
 当然返事は無い。よし、開けるぞ。
 ガチャ
「……」
 俺の目に映ったのは、特に何の変哲もない部室だった。
 本棚に本が詰められるだけ詰められており、机の上にはパソコンが置いてある。
 いかにも文芸部でございって感じだ。
 もちろん誰も居ない。
 ふむ。

 
【分岐点】
 |も居ないなら特に用は無い。鍵を閉めて帰るか。 
→△修譴砲靴討睨椶多い。どんな本が並んでるんだ? 
 5貅阿淵僖愁灰鵑ある。いけない事だと解っていても電源ボタンに手が…… 
 
 

 普段見た事のない文芸部室。本棚にはさまざまな本が並んでいる。
 俺は少し興味を惹かれ、どんな本が並んでいるのか背表紙を眺めていった。
 しかし……これは本当に高校生が読む本か?
 英語のハードカバー、なんたら物性、なんたら学応用、何語かすら判別できない本……。
 夏目漱石全集とかその辺はまだわかるが、神の存在と数論? 宗教と数学に何の関係が?
 ざっと見ているだけで頭が痛くなってきそうだ。
 いや、案外中は普通に読める本なのかもしれん。
 俺は試しに一冊手に取ってみた。

 
【分岐点】
 .魯ぅ撻螢ン……SF小説か? 
→△海両谿磴い淵灰圈嫉錣浪燭澄 
 人間・その総合的理解? 哲学書? 
 
 

 分厚い本の中に、あきらかな違和感を放ちつつ鎮座しているコピー誌。
 文芸部の会誌だろうか。
 そこそこのページ数があり、噂通り一人で作っているなら大した物だと言えよう。
 しかし。
「なんだこりゃ?」
 白い。真っ白だ。
 ページをめくれど白紙のページばかりが続く。なんだ? 乱丁? だとしたら本棚に並んで
るのも変な話だが……と、数ページだけ小説らしきものが印刷されてるな。
 題名は、無題?
 流し読みをしても内容がさっぱり解らない。頭のいい奴が書いた文章ってのはこういうモン
なんだろうか。それにしても他は全部白紙……。
 何が何だかさっぱりわからん。

 
【分岐点】
→‖召北滅鬚修Δ碧椶蓮帖張魯ぅ撻螢ン? SF小説? 
 △いらなんでもこれ以上勝手するわけにはいかないだろう。そろそろ帰ろう。 
 それより、勝手に触ってはいけないとは思いつつパソコンが気になる。 
 
 

 それにしても分厚い本が多いな。
 これは洋物のSF小説か? ハイペリオン……聞いたことが有るような無いような名前だ。
 どれどれ……おぉ、見事に読む気がしない。面白いからと勧められたら読むかもしれんが、さすがにこの文章量だと流し読みさえする気が起きない。
 さて、これ以上物色するのも悪いだろう。本を戻してそろそろ帰るか。
 ん? 今なんか落ちたか?
 あぁ、栞が挟まってたのか。どこに挟まってたのかもうわからん。悪いことをし……
 ……どういう事だ。
 いや、どうもこうもない。そういう事だ。
 「三枚目」がここに有るという事は、俺がここに来たのは必然だったって事だ。
 感謝するぜ、わかめ髪の委員長(?)。やっと解答に近づいてきた。

 

 俺は床に落ちた三枚目の栞を拾い上げた。他の二枚と同じく勿忘草の栞。
 さらにご丁寧な事に、三枚目の栞にはメッセージが添えられていた。
『午後7時。光陽公園にて待つ』
 一体これは、いつ、誰に宛てられたメッセージなのだろうか。
 こう事が運ぶともしや俺に宛てたメッセージではあるまいかと、そんな考えも浮かんで来るから不思議なもんだ。
 実際は今日俺がここに来る事なんて解るはずが無い。
 おそらくもう役目を果たしたメッセージだが、栞として使われつづけているのだろう。

 

 ……本当に、そうか?

 
【分岐点】
→)榲に俺へのメッセージでは無いのか? 可能性はゼロか? 
 △い筺間違いなく俺へのメッセージでは無いだろう。 
 まてよ。委員長(?)の罠という線は無いだろうか? 
 
 

 落ち着いて考えろ。確かに、俺が今日ここに来る事は誰も知らないはずだ。
 知っているとしたら例の委員長(?)くらいだが、それにしたってついさっきの話だ。
 それ以外の奴に今日俺がここに来ると話した覚えはないし、来いと言われた覚えもない。
 しかし、俺に覚えが無くとも話した可能性のある人物が一人だけ居る。
 少女Xだ。
 俺は少女Xとの会話の内容を覚えていない。
 もしかしたらその会話の中に、この文芸部室の事が含まれていたという事は考えられないだろうか?
 少女Xが文芸部員であることは、この際ほぼ確実と言っていいだろう。でなければ三枚目がこんなところに有るはずが無い。
 図書館で本を勧めた後、俺をこの部室に招いた可能性は?
 だとしたら鍵が刺しっぱなしだったことにも説明がつく気がする。

 

 ……本当はわかってるさ。いいかげん妄想が過ぎるという事くらい。
 実際、ここに至るまでに俺の考えはいくつも間違っていた。
 例えば俺は一度、少女Xと俺が知り合いであると結論し、その前提で行動した結果として今ここに居る。しかし俺に文芸部員の知り合いは居ない。
 他にも間違いはある。だが、だったらこの三枚の栞は何だ?
 俺は頭が良くはない。推理小説、漫画の名探偵のような才能はありはしない。
 しかし出鱈目な推理でもかまわない。俺は間違いなく何かに近づいている。
 おそらく偶然なのだろう……しかし偶然にしては出来すぎている。

 

 もちろん、この分厚い小説に栞が挟まっていて俺がそれを手に取ったのも偶然だろう。偶然以外にありえない。そして同時に、偶然でも有り得ないほどの確率だ。(まさか、全ての本に挟んであるとか無いよな?)
 もしこれが偶然でないとしたら、一体何だというのだろう?
 いいかげん常識やら世界の物理法則やらもしっかり身に染み付いているはずの俺だが、正直何かを期待せずには居られなかった。

 
【分岐点】
→〆L觴兄、光陽公園へ行く。 
 △發十二分に楽しんだ。常識で判断を下し、ここらで置いておくべきだ。 
 B召謀たっておく場所は無いだろうか。もう特に無い気はするが。 
 
 

 現在、午後六時五十五分。
 夕方や夜の公園というのは中々気味が悪いものだ。
 大多数の人間は宇宙人や未来人や超能力者は信じていないのに、幽霊なんかは怖いってのはどういうわけかね。人間は自分の都合の悪い事を信じる傾向にあるんだろうか。
 ところで、今の俺が信じるべきは幽霊ではない。
 何を信じればいいのかはわからんが、普通に考えたらあんなメッセージを頼りにしても、誰か来るはずが無いのだ。
 だから、今だけ俺は普通じゃない何かを信じる。
 普通じゃない誰かを信じる。

 

 午後七時。
 暗い公園。
 人の気配は、無い。

 

 誰も来ない、か……。
 俺は溜息をついて、ベンチに腰を下ろした。
 やはり、世の中の物理法則は良く出来ているらしい。
「……」
 ぱらり
「……?」
 隣から、ページをめくる音が聞こえた。
 今の今まで、誰も居なかったのに。
 夜の公園。静かな公園。
 普通の人なら幽霊か何かかと疑う所かもしれない。
 しかし、今俺が信じるべきは幽霊ではないのだ。

 

 俺は、ゆっくり横を向く。
 果たしてそこには
 綺麗な姿勢で本を読む、北高の制服を着たショートヘアの愛らしい少女が座っていた……!

 
 

「……ひさしぶり」
 少女の方から声をかけられても、俺はしばらく声が出なかった。
「き、君は」
 何を言えばいい? 何を聞けばいい?
「?」
「こ、この栞は君の物なのか?」
 少女に栞を見せた。無表情で栞を見つめる少女。
 僅かに感情の揺らぎが見えた気がするが、僅かすぎて俺には少女が何を考えているのか判断できない。
「……あなたは、わたしの事を覚えている?」
 息を呑む。やはり俺はこの少女に、会った事があるのだ。しかし……
「すまん。教えてくれないか、俺と君は知り合いなのか?」
 少し顔を伏せて、少女は小さく呟いた。
「……鍵が、解かれた……」

 

 よく聞こえなかった。鍵が何だって?
「あなたとわたしは以前に会っている」
 うん? あ、あぁ。やっぱりそうなのか。
「本当に悪いと思うんだが、俺は覚えてないんだ。一体どこで?」
 少女は答えない。公園の夜空を映し込んだ、吸い込まれそうな瞳で俺を見つめる。
 5秒ほど見つめあった後、少女が口を開いた。
「あなたは選択する事が出来る。この場で全てを思い出す事。あるいは思い出さない事。もし
 思い出す事を選べば、わたしは何らかの処罰を受ける」
 ……意味がわからない。処罰って何だ? 誰から受けるんだ? 思い出す事を選ぶってどういう事なんだ?
「わからなくていい。選んで」
 俺を見つめたまま、選択を迫る。
「この事態は想定外。本来なら、現時点であなたは全てを思い出していなければならない」

 

 普段の俺がこの会話を聞けば、少し空想癖の激しい少女の戯言としか思わなかっただろう。
 しかし、これまでの行動が、結果が、そして目を逸らさせてくれない少女の瞳が、俺にこれは現実だと認識させる。
 わけがわからないが……しかし、俺は選んだ。

 
【分岐点】
→〜瓦討鮖廚そ个気擦討れ。
 ∋廚そ个擦覆てもかまわない。
 
 

「頼む。全てを思い出させてくれ」
「……そう」
 少女の瞳が、僅かの輝きを帯びたのは気のせいだろうか。
 やはり、ここまで来てこのまま帰るなんてありえない。
 それにこいつの目を見ればわかるのだ。こいつは俺に思い出して欲しいのだと。
 罰というのが何なのか俺にはわからんが、それを受け入れても俺に思い出して欲しいのだ。
 自分で思い出せないのが本当に悔しい。
「目を瞑って」
 言われるままに目を瞑る。
 耳に入るのは、風の音、木々のざわめき、俺の心音、それから……

 

「******************」

 

 ……目を開いた時、まず最初に目に入ったものは長門の手だった。
 俺の目の前に手をかざしていたのだから、当然だ。
 ゆっくり下ろされた手の向こうに見える顔。
 俺の記憶が鮮明に蘇える。
 記憶の中の姿と全く変わらず、我らがSOS団の万能選手が、そこに居た。

 

「長門……ずいぶん、待たせちまったみたいだな」
「……」
「思い出せなくて、悪かった」
「……記憶を封鎖したのはわたし。あなたが謝る事じゃない」
「なぁ、聞かせてくれるんだろ? 一体何がどうなってるのか。なんで俺達がお前を忘れる事
 になったのか」
「最初から話す。少し長くなる。部屋に来て」

 
【分岐点】
→…耕腓良屋で落ち着いて聞く。
 △海里泙涅すぐ聞く。
 
 

 俺がこの部屋に入ったのは、どれだけぶりだろうか。
 何もないのは相変わらずだ。
 それどころか、これ以上無いほどの生活感の無さに磨きがかかっているような気がする。
 思わずお前本当にここで寝泊りしてるのか? と聞きそうになった程だ。
 テーブルに着き、俺は今までの事を整理していた。
 いつから記憶をなくしたのかはよくわからない。おそらく二年ほど前だろうか。
 そこから二年間の事はよく覚えている。思い出すだけで、何をのんきに暮らしてやがるのかと俺自身を殴りに行きたい気持ちになる。
「……飲んで」
 お茶を入れてくれた長門が向かいに座る。
 一杯飲み終わると、すぐにおかわりが注がれる。どこかで見たようなシチュエーションだ。
 しかし顔をあげて長門の様子を見ると、何となく怒られるのではないかと不安そうにする子供の様にも見えた。
「お茶はもういい。長門、教えてくれないか? 一体何が有ったんだ?」
「……」
 長門は、俯き加減でゆっくり語りだした。

 
 

 ……ハルヒの能力の弱体化、長門の暴走、それらから下された結論。
 確かに、長門の親玉の立場を考えると当然の結論だったのかもしれない。
「わたしの仕事は涼宮ハルヒを観察し、入手した情報を情報統合思念体に報告すること。そのためには当然の結論だった」
「……すまん」
 長門の親玉に啖呵切った俺は、結局は何も出来なかったという事なのだ。
 長門を忘れ、のうのうと暮らし、その間こいつは一体どんな気持ちで俺たちを見ていたと言うのだろう。
「あなたが謝る必要はない。全て、わたしの責任」
「お前は俺に忘れないでいて欲しかったんだろ? 最後に借りた本……あの栞は助けを求めるメッセージだったんだろ?」
 俺がもし記憶を失う前にあの栞に気付いていれば、こんな事にはならなかったのだろうか。
 ハルヒを焚き付けるくらいは出来たかもしれないのに。
「もしそのような行動に出ようとすれば、その前に記憶を封鎖していた。どちらにしてももう、どうしようもなかった」
 そうか。俺は、本当に無力だったんだな……。
「でも、あなたはわたしの前にあらわれてくれた」
 ん? 待て……ようやく状況を飲み込み始めた俺の脳が、ある疑問を抱き始めた。それは、

 
【分岐点】
→,匹Δ靴堂兇歪耕腓砲燭匹蠱紊事が出来た?
 △海Δ靴撞憶が戻ったとしても、また消されるんじゃないのか?
 
 

「俺は長門の事を完全に忘れていた。おまえに会っても全く思い出せなかった……図書館で会ったっていうのはおまえなんだろ? そこはやっぱり覚えてないんだが……」
「そう。情報統合思念体はあなたとわたしとの接触を断つため、わたしに関して印象に残り得る記憶を消去させた」
「それで俺は図書館の事を思い出せなかったのか……でも、だったら何故俺はまたこうして、お前の前に姿を現す事が出来たんだ?」
「あなたはわたしの栞から、わたしを意識する事なくわたしに辿り付く事が出来た」
「だとしても偶然が過ぎる。俺の出鱈目な推理だけでここまで来れたとは思えん」
「あの栞は花によるメッセージ以外に、あなた達の記憶を封鎖する前にプログラムを仕込んでおいた」
「そう、だったのか。俺はおまえのプログラムに導かれて、ここまで来たんだな」
「……そうじゃ、ない」
「違うのか?」
「…………」
 突然黙り込んでしまった。何か言い難い事でもあるんだろうか。
 ……沈黙を続けても仕方が無い。俺はまた別の疑問を投げかけてた。

 
【分岐点】
→仝園で、俺がお前を思い出していないのは想定外、と言ったのは
   どういう事だ?
 △海Δ靴撞憶が戻ったとしても、また消されるんじゃないのか?
 その他(任意:                      )
 
 

「もしかしてそのプログラムとやらは、俺がおまえの事を思い出せなかったのが想定外ってのに関係があるのか?」
 首を縦に振る長門。では、そのプログラムは俺が長門を思い出す為の物だったのだろうか。
「プログラムの内容はうまく言語で説明出来ない。でも、大筋においてそのような効果も期待していた」
 そうか……それで、そのプログラムが動作しなくて想定外って事か。
「大筋において間違ってはいない」
 それにしてもお前を思い出すための物を俺に渡して、よく親玉が見逃したもんだな。
「そうじゃない。あなたの記憶封鎖を解くプログラムをあなたに渡すような事があれば、情報統合思念体はそれを許さなかった。でも、プログラムの本質は情報統合思念体には理解できない物だったから、わたしはあなたに栞を渡すことができた。」
 まてまて、よくわからなくなってきた。
「結局、この栞は何だったんだ? 出来るだけ俺にも解るように教えてくれないか」
「情報の伝達に齟齬が発」
「いいから」
「そう」
 長門は少し悩むそぶりを見せ(見た目は変わらないが)、しばらく後にゆっくりと、しかしはっきりと口を開いた。
「あの栞は…………絆」

 

 絆?
「あなたと、わたしの、絆」
 俺がお前を思い出すためのきっかけみたいなもんか?
「あなたとわたしを、繋ぐ、又は繋がった過去の、概念を、具体…………やはりうまく言語化
 できない」
「それがプログラムの本質ってやつなのか?」
 首を横に振る長門。はっきり解るほど振るのは珍しい。
「あの栞そのものの本質」
 わからん。さっぱりわからんが俺なりに解釈するから聞いてくれ。
 あの栞は俺との繋がりを断ち切りたくないという長門の気持ちそのものであり、同時に俺と長門の繋がりの一つなんだ。そこにプログラムが有ろうが無かろうが関係無い。
 そんな物が無くても俺と長門の絆?は変わらないものだから。
 長門の施したプログラムってのは絆を補助して俺を導くような物なんだろう。
 ……って自分で言っててもさっぱりわからんが、こんなところでいいか?
「言語での情報伝達には限界がある。わたしが絆と表現したものは具体的な情報ではありえないし、プログラムもあなたを導くようなものでは無い。でも、間違いではない」
 長門が理解し、その手に握る事ができた「絆」を親玉は理解できなかった。だから栞を俺に渡す事が出来たってわけか。
「長門が人間に近づき、そして俺と長門の「絆」というものが十分強いものだったから。だから俺はここに居るのか」
 長門はコクンと頷く。
 しかし、だとしたら……

 
【分岐点】
 〆まで時間がかかったのは理由があるのか? 
 △匹Δ靴堂兇郎埜紊泙任まえを思い出せなかったんだ? 
→(任意:どうして俺は最後まで思い出せなかったんだ?
    図書室の喜緑さんと関係があるのか?)
 
 

「栞という絆を元に、俺はここまでたどり着いた。おまえのプログラムの手助けも大いに有ったんだろう。じゃあ、どうして俺はお前の事を最後まで思い出せなかったんだ? ここまで来たら思い出しているのが想定内だったんだろう?」
「それは……」
「もしかして、喜緑さんが妨害したのか?」
 有り得る。長門から最初に借りた本は非常に重要な手がかりだったのに、それを朝比奈さんが借りたと言われる事で、俺はかなりかく乱された。
 まさかとは思うが、喜緑さんが俺を妨害していたという事は十分考えられる。
 親玉の手先として。
 だが、長門は首を横に振った。
「喜緑江美里の動向を全て把握しているわけではないが、彼女は妨害をしたわけではない。少なくとも、図書室の情報を改竄したのはわたし」
 そうだったのか。朝比奈さんを知っていて俺に近い人物……確かに当てはまる。
 だが何故、何のために?
「あなたとの接点を断つため」
 親玉の指令か……念の入った事だ。
「本来、喜緑江美里も図書室にいる筈が無かった」
「そりゃぁ、もう卒業してるはずだしな。俺は忘れてたが」
「更に、あの図書室は本来であれば閉まっているはずだった。居ないはずの喜緑江美里がそこに居て何らかの情報をあなたに与えたという事は、彼女はわたしの意図を援助したものと思われる」
「そうだったのか……だったら本当の事を教えてくれてれば」
「喜緑江美里もわたしと同類の指令を受けている。あなたとわたしを直接接触させる事は出来なかった」

 

 どうやら喜緑さんには感謝しなきゃならないらしい。
 しかしそうすると、はじめの疑問に舞い戻る。
「喜緑さんのせいじゃないとしたら、一体どうして俺は最後まで思い出せなかったんだ?」
「鍵である栞のプログラムの一部が、情報統合思念体により解析され解かれた為と思われる」
 それが、さっき外で言ってた鍵の話か……
「そう。わたしが蓄積した経験データを元に、不完全ながらわたしが理解したものを再構成、
 それを元に解析が行われた。おそらく……今後、この栞のプログラムは意味を為さない」

 
【分岐点】
→〆8紂 まるで以前があったかのような口ぶりだな 
 △修譴婆詰して俺の記憶を戻して……そうだ! 罰則って一体何なんだ? 
 その他(任意:                      ) 
 
 

 今後は……って、今後も必要になる予定みたいな言い方だな。それか以前にもあったか。
「あなたの記憶が戻るのは、これが初めてではない」
「なっ、どういう事だ?」
「あなたは過去数回、栞を元にわたしを思い出し、こうして話をしている」
「なんだって俺はそんな大事な事……って、それも親玉が消させてるんだな?」
「そう。何故毎回記憶が戻るのか情報統合思念体は理解できないでいた。だから記憶を封鎖しても同じ事の繰り返しを行ってきた」
 なんてこった……自分の事を思い出してもすぐに忘れるような友人を目の前にして、本当にこいつはどんな気持ちで過ごしていたっていうんだ。
「どうという事は無い。同様の現象はこれが初めてではない」
 終わらない夏休みの事か?
「だがあの時は、皆変わらないという前提があっただろ。皆が変わって行く中、一人だけ忘れ去られて置いていかれるっていうのは、やっぱり寂しいかったんだろ?」
「わたしには寂しいという感情は存在しない」
「だったら、あの文芸部の部誌は何なんだよ」
「……別に」
「どうして作ったんだ? あんな真っ白な部誌を」
「……あなた達の真似をしてみただけ。でも、どうしても埋められなかった。もちろん、全く同一の内容を再現することは可能。でも同じような内容で埋める事は出来なかった」
 ここまでくれば誰でもわかる。こいつは、寂しくなかったんじゃない。
 自分が寂しかったという事に気付いてないんだ。
「長門」
「何」
「皆が居なくて寂しかった、って口に出して言ってみろ」
「何故」
「いいから」
「別に寂しいという感情は持っていない。言う必要は無い」
「無くてもいいから、口に出してみろ」
「……」
「長門」
 いつもより表情の読めない目でじっと俺を見つめた後、小さな声で呟いた。
「あなたがいなくて、寂しかった……!」
 文末に小さな小さなエクスクラメーションマークをつけて、長門はスッと後ろを向いた。
 どうした?
「なんでもない」
 後ろを向いたまま手を目のあたりに当て、再びこちらを向いた長門の顔はいつも通りの無表情だった。

 
【分岐点】
  帖弔修譴如俺はこれからどうなるんだ? 
→◆帖弔修譴如罰則って何なんだ? 
 その他(任意:                      ) 
 
 

 別に涙の跡が残っているわけではないが、こいつ今……
「……何」
 俺は長門に近づき、頭に手を載せた。
 一瞬、つや消しブラックの瞳につやが浮かんだ気がする。
 瞬きの回数が1割増しになった。
 しかし、そこから変化しない。
「長門、何か我慢してないか?」
「していない」
 こいつは本当に負けず嫌いだったな……さっきも後ろ向いてたし。
 俺は意を決して、長門の頭を胸に抱え込んだ。
「……」
 これでお互いの顔は見えない。
「長門。もう一度、寂しかったって言ってみろ」
「……寂しいという感情は無いが、あなたが指示するなら、言う」
「ああ、俺が言えといってるんだから言え」
「……寂しかった。あなた達と話したかった。思い出してほしかった。我慢できなかった」
 いつのまにか、長門の腕も俺の背中に回されている。
「あなたに会いたかった。涼宮ハルヒにも、朝比奈みくるにも、古泉一樹にも会いたかった。
 あの部屋に誰か来るのを待っていた。あの部屋をそのままにしておきたかった」
 腕に力が篭る。
「一人は嫌だった。あなた達に部誌を書いてほしかった。わたしは……寂しかった……」

 

 ……どれくらいそうしていただろう。
 長門の腕がゆるみ、二人の体が離れる。
 服が濡れているかと予想したが全然そんな事は無い。が、もちろん実際はどうだったのか俺にはわからん。
 目の前にはいつもの長門。
「すっきりしたか?」
「あなたが言えと指示したから言っただけ」
 その割には、言えと言ってない言葉も沢山入ってたような気がするけどな。サービスか?
 とはまぁ口に出さんのだが、しかし何を考えてるのかお見通しなのか、拗ねたような瞳が俺を見つめていた。
 さて、また長門を抱きしめたくなる衝動を無視するためにも、俺は状況を整理してみた。
 俺の記憶は過去何度か戻っているらしい。しかし毎回忘れさせられた。
 それを栞の力
「違う。絆の力」
 わかったわかった。俺達の絆で乗り越えてきたが、親玉はそれを封じてしまった。
 そこで今回はやむを得ず、長門が自ら俺の記憶を取り戻した。
 それは親玉を裏切る事であって……
「長門、おまえ、処罰を受けるって言ったよな」
 コクン
「処罰って何なんだ? 大丈夫なのか?」
「……おそらく、わたしは破棄される」
「なっ!?」
「インターフェースに対し、罰則による統率は無意味。暴走する機械に罰を与えても正常には動作しない」
「ちょっとまて。だったら、俺はおまえの存在と引き換えにお前を思い出す決断をしたっていう事か!?」
「……仕方が無かった」
「ふざけんな馬鹿野郎!」
「……」
「い、いや。悪い。今のは親玉に対してだ。お前に怒鳴ったんじゃないぞ」
 長門にあんな目で見つめられたら、クールダウンせざるを得ない。
 実際俺が腹を立てているのは親玉に対してだ。
 しかし頭の中は混乱している。
「どうにかならないのか? そうだハルヒに……」
「無駄。そのような行動を起こす前にあなたの記憶は再び封鎖される」
「まってくれ……ちょっとまってくれ……」
 体が震える。混乱で? 恐怖で? 怒りで?
「俺はまたお前の事を忘れて、おまえは今度は完全に消えちまうっていうのか?」
「決定ではない。わたしの予想。現在、各派閥によって検討が為されている」
 なんてこった……何か、何か手は無いのか……。

 
【分岐点】
 …耕腓醗貊錣鵬燭手が無いか考える 
 検討中の情報統合思念体に陳情する 
 その他(任意:                      ) 
 
 

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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:43 (2704d)