作品

概要

作者罪と罰
作品名【andante】
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-04-17 (火) 22:36:28

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

※84冊目>>228からの妄想(消失長門一人称)

 
 
 
 
 

 あの日――彼が、『あの3人』を引き連れて文芸部室にやって来たあの日から、数ヶ月が経った。
 今日は土曜日、彼女――涼宮さんが結成した『SOS団』の、不思議探索の日。どういう団体なのかいまだに要領を得ないけれど、わたしはいつの間にかSOS団での活動を楽しいと感じるようになっていた。
 今まで、ずっと独りでいた時間が嘘のように、温かい何かが心を満たしてくれるのを、わたしは感じていた。
 いつものようにくじ引きで決まった組分け。隣にいるのは、わたしのことが心配だと言って一緒に入団してくれた朝倉さんと、彼が――キョンくんがいる。
 わたしと朝倉さんが彼をこの名前で呼ぶことについて、彼は「お前らもかよ……」なんて諦めたような顔で言っていたけれど、その時の顔が何だか可愛くて、わたしは朝倉さんと顔を見合わせて笑ってしまった。
 わたしの少し前を歩きながら二人は何事か話している。どうも朝倉さんが彼をからかっているらしいけど、わたしはその話が耳に入ってこなかった。
 二人の後ろを歩きながら、わたしはぼんやりとあの時のことを思い出していた――。

 
 

 あの時、彼はパソコンに表示されたメッセージのようなものを見て複雑な表情をしていたけれど、結局――エンターキーを押すことはなかった。
 何事もなかったかのようにパソコンの電源は落ちて、彼は涼宮さんに説明を求められていたけど、彼が涙を流しているのを見て、深くは追求されなかった。
 彼が話していた、彼の元いた世界。多分、それが関係しているんだろうけど――。
 あの時わたしは、彼と同じように自分が泣いていることに気付いていなかった。それに気付いた彼は、自分が泣いていたことも忘れて、わたしの心配をしてくれた。
 わたしが泣いていた理由は――何となく分かっている。あの時、パソコンに表示されたメッセージを見て、わたしは直感的に彼がいなくなってしまうのではないかと思った。キーボードに伸びた彼の指を止めたくて。でも体が動かなくて。
 思わず目を瞑って。一瞬後に、まるで世界が反転したような感覚に眩暈がして。目を開けた時、彼が押し込んでいたのは……。

 

 ……エンターキーの、一つ隣のキーだった。

 

 その後しばらくやり取りがあって、あの3人は帰って行ったけれど、わたしはその時のことをよく覚えていない。ただ、あの後、彼の名前を書いた入部届を渡されて、優しく抱き締められたことだけは覚えている。
 その日から――わたしの、わたしたちの時間が、動き出した。

 
 

「長門?」
 彼の言葉に、わたしは回想から現実へと引き戻された。彼と朝倉さんが心配そうな顔でわたしを見ている。
「だいじょうぶ? 具合でも悪い?」
 あまりにもぼんやりしすぎていたらしい。二人に心配をかけてしまった。
「……なんでもない。だいじょうぶ」
「そう? それならいいけど……。何かあったら、言ってね」
 朝倉さんはふと彼の方を見てから、わたしに微笑みかけた。……何か、面白い冗談を思いついたとでも言いたげな顔。
「そしたら、ほら。彼がおんぶしてくれるかもよ?」
「ぶっ」
 彼が吹き出した。
「あ、それともお姫様抱っこ、とか?」
「お前は公衆の面前で何つーことを……」
「あら、自分の彼女ならそれくらいして当然じゃない?」
 朝倉さんがわたしたちをからかうようなことを言って、彼がそれに反論する。わたしたちの、日常。朝倉さんと話している彼を見ると、少しだけ、彼を朝倉さんに取られたような気分になってしまうことがあるけれど、二人が仲良くしてくれるのは、わたしも嬉しい。
 そんなやり取りをしながら、わたしたちはデパートの本屋に足を運んでいた。不思議探索なんて名前がついてるけど、実際は普通に遊んでいるだけというのがほとんど。彼が元いた世界でも、そうだったらしい。
 本屋に来たのは、わたしの希望。今日発売する新刊を、せっかくだから買っておこうと思った。二人には特に行きたい所もなかったらしく、わたしの希望を快諾してくれた。同じ班になったのが、彼と朝倉さんで良かった。
 新刊のコーナーから目当ての本を見つけると、わたしはそれを手にとってレジへと向かった。
「お、あったのか?」
 レジに並んでいると、後ろから彼に声をかけられた。見ると、その手には一冊の文庫本が握られていた。
「……それ」
「ん? ああ……」
 わたしの言葉に、彼はちょっと照れくさそうにして、
「一応、文芸部の部員だし……ってわけでもないけどな。お前見てたら、ちょっと興味沸いてきてさ」
「そう……」
 彼の言葉を聞いて、わたしは嬉しくなった。わたしの存在が、少なからず彼に影響を与えている。それは些細なことだけど、わたしには、とても大きなことに感じられた。
「長門、次だぞ」
 ぼーっとしていてしまったらしく、彼に声をかけられる。前の人は既に支払いを終えていた。
 わたしはレジの前に進み、本を店員に差し出すと財布の中を確認し、無意識に一枚の図書カードを取り出して――ふと動きを止めた。
 手にした図書カードをぼんやりと眺めてから、彼と、レジに置いた本とを交互に見て、それを財布の中に閉まい、代わりに千円札を取り出して店員に手渡した。

 

「なあ、長門」
 支払いを終えてから、彼が不思議そうに聞いてきた。
「なに?」
「何でさっきの図書カード、せっかく出したのに使わなかったんだ?」
「……それは――」
 わたしは、もう一度あの図書カードを手に入れた経緯を思い出す。
 あれは、彼と初めて二人で図書館に行った時のこと。この図書カードは、その時に彼がプレゼントしてくれたもの。
 彼は――わたしに図書館の貸し出しカードを作ってくれた時のことを覚えていない。というか、知らない。正確には、その状況が違っていたということらしいけど。
 だから、これが図書館での、彼との『最初の』思い出。わたしと、彼の両方が持っている、共通の記憶。彼にとっては多分、あの貸し出しカードと同じように、何ともないことなんだろうけれど――。
 それでも、わたしにとっては、大事な記憶だから。
「――ひみつ」
「……そうか」
 彼は不思議そうな顔をしていたけれど、深く追求するつもりはないらしい。こういう、人の心に土足で踏み込もうとしないところも、彼のいいところだと思う。
「あら、見つめ合っちゃったりしてどうしたの? もしかしてお邪魔?」
 振り返ると、朝倉さんが後ろに立っていた。わたしたちを見て、面白そうに笑っている。彼はそっけなく鼻を鳴らすと、わざと無視するみたいに歩き出した。
「あ、もう。待ってよ」
 朝倉さんは彼が反論しなかったのが少し面白くなかったみたいに頬を膨らませたけど、わたしの方を振り向くと、にっこりと微笑んでわたしの手を取った。
「行きましょ」
「――うん」
 わたしは朝倉さんに手を引かれながら、彼の後ろを歩き出した。
 夢なんかじゃない。紛れもない、現実。わたしが手に入れた、わたしたちの、新しい日常。
 彼の背中を目で追いながら、わたしはそっと、朝倉さんの手を握り返した。

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:34 (3093d)