作品

概要

作者一万二千年
作品名『長門有希の夢』
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-03-24 (土) 22:48:15

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

「長門有希の夢」

 

「キョン、アンタの夢は何?」
 SOS団の団活中、といってもいつものように文芸部の部室で古泉とチェスを
しているだけなのだが、まあとにかく突然そんなことをハルヒは聞いてきた。
「夢? 別になあ。子供の頃は飛行機のパイロットになりたかったもんだが…
今はとくにないな。まあ、まともに卒業してフツーに会社員か公務員になれれば
それでいい」
「はあ?」
 とハルヒは泳げないペンギンを見るような目で俺を見つめる。
 なんだその不思議そうでいてバカにしたような目は。
「ホント、アンタってとことん夢のない男ね! 男だったら野望の一つくらい
持ちなさいよ! 古泉くんなら夢はあるでしょ?」
 そっちにお鉢が回ったか。古泉はいつものような目の細い笑みを浮かべたまま
首を傾げながら答える。
「そうですね、夢ですか……僕は人の話を聞くのがわりと得意なほうなので、
将来は心理学でも学んでカウンセラーのような仕事をしてみたいと思ったことは
ありますね」
 パチン、と指を鳴らしながらハルヒはいつもの晴れた日の太陽の笑みを浮かべて叫んだ。
「古泉くん、さすがはSOS団の副団長ね! 自分の長所を知ってさらにそれを
伸ばすことを考えてるなんて、キョンに爪の垢を煎じて飲ませたいくらいよ!」
 誰がそんなもの飲むものか。古泉、俺に爪を見せてどうするつもりだ。飲まんぞ。

 

 古泉は諦めたのか、ハルヒのほうに向き直るとさらに続けた。
「まあ、なりたいというよりもそんな道もあるのかな、と時々思うくらいですよ。
バイト先で時々料理を作らせてもらうこともあるのですが、それがなかなか好評で
美味しいと褒めていただいたときは調理師になるのもいいかな、と思ったりもしますし、
他にもいろいろやってみたいことはあるのでまあ、夢というのはとくに一つに
決めていたりはしませんけどね」
「ますますエライわ! 男たるものこうでなくっちゃ! キョン、古泉くんを見習いなさい!」
 やめろ古泉。その笑顔で俺を見るな。
「でも、キョンくんだって、そのうちなりたいものができますよ」
 そう言って俺にお茶を淹れてくださるのはマイスイートエンジェルの朝比奈さんだ。
「そういえばみくるちゃんの夢は?」
「えっと……わ、わたし、子供の世話とかするのが好きなんで……保母さんとか
保育士さんになれたらいいかなあ、って思ったりします」
 俺は子供に囲まれた朝比奈さんを想像してみる。うん。それはイイ。
 どんな悪ガキだって朝比奈さんの天使のような微笑にたいしてイタズラはできないだろうし、
ドジなところだって子供には受けるに違いない。実に天職だ。エプロン姿で子供に囲まれて
オルガンとか弾いている朝比奈さんのお姿を想像するだけでちょっと幸せになってしまいそうだ。
 そんな想像を脳内で巡らせていると、ハルヒの怒鳴り声が降ってきた。
「キョン、あんたナニ想像してんのよ?! やらしいわね!」
 べつに微笑ましい映像を心に描いていただけでやましい想像なんてしてないのだが。
 しかし不平を口にしようとした瞬間、
「うるさい」
 とハルヒに一喝された。

 

 ハルヒは朝比奈さんに言った。
「うん、みくるちゃんの保母さんってのはすごく似合ってると思うわ!
ただ、園児の父兄の中にキョンみたいな悪い虫がいないかどうか、注意すること。
いいわね!?」
 朝比奈さんはハルヒの剣幕に押されて「ひゃい」というような返事をしながら
自分の席に戻る。
 俺の席の横を通るとき小さな声で「ごめんなさいキョンくん……」と言ってくださる
朝比奈さん。なんとお優しいことか。

 

 そして倣岸不遜な団長さまは、文芸部室の主であるところの長門に視線を向けると尋ねた。
「そういえば有希の夢は?」

 
 

 読んでいた本から目を上げずに、長門は答えた。

 

 それはそれはダイナマイトな答えを。

 

「朝起きると隣で彼がまだ眠っている。私はその寝顔を覗きながら彼が目覚めるのを待っている。
彼の顔は優しさと凛々しさに満ちている。私は胸の中に膨らむ優しい感覚に翻弄されて
気づくと彼の額や頬や顎や唇にキスをしている。この不思議な感覚について彼に相談したとき
彼は「それが好きって気持ちなんだ」と教えてくれた。私は彼が好き。彼は結婚当初は
寝ている間にキスをされるのを嫌がっていたが今はもう甘んじて私のキスの目覚ましを
受けるようになっている。平均して百五十回のキスで彼は目を覚ます。ほんの少しだけ
困った顔をするが、連続して唇にキスをするとその表情も優しく変わる。彼は
「キスで起こされるとお前と別れるのがイヤで会社に行きたくなくなるのが困る」
と言ってそれを嫌がっていたが、結局こうして起こされるのは嬉しいようだ。ただ、
唇で皮膚を吸引してできるキスマークについては「職場でからかわれて困る」というので
しないようにしている。朝食はレトルトのカレーであることが多い。昨晩から下ごしらえ
しておいたお弁当を彼に渡し、マンションの玄関まで彼を見送る。彼は両頬に行ってきますの
キスをしてくれる。私は瞼を閉じ、彼に唇を突き出すようにすると彼は唇にキスをしてくれる。
「行ってくるよ」と言いながら名残惜しそうに私の身体をぎゅっと抱きしめると彼は職場へと
向かう。廊下の突き当たりのエレベーターの前で私のことを振り返ると軽く手を振ってくれる。
手を振り返すと彼は少し微笑んでエレベーターの中に消える」

 
 

 息継ぎ一つせずに長門はそう言うと、読んでいた本から視線を上げ俺の顔をちらりと一瞥する。
なんだその視線は。ていうかその夢はやけに具体的だがどういうことなんだ。
 真っ黒な瞳の奥に普段見慣れない長門の感情の揺らぎみたいなものを俺は見てしまう。
 俺と同じ疑問を抱いたであろうハルヒが何か言う前に長門はその『夢』の説明を続ける。

 
 

「彼が仕事に行ってしまうと途端に私は寂しさを感じてしまう。一人きりのマンションの部屋は
とても広くがらんとしている感じがする。ずっと一人でここで暮らしてきたのに、彼と結婚し
一緒に生活し始めてから彼がいなくなると寂しいという感情を覚えてしまう。不思議。今度
彼に尋ねてみようと心にとどめながら二人の寝室へと入る。ベッドサイドに置いてある
結婚式の写真の中の彼の笑顔を見るとその寂しさはほんの少しだけ弱まる。その隣に置いてある
玩具の人形は彼が「お前に似てる」と言ってカプセル玩具販売機で購入してきてくれたもの。
その隣には彼に似ている同じシリーズの人形が並んでいる。それを見るたびに、私は自分の頬が
わずかに緩むのを感じる。不思議。自律神経が働いていないようだ。今夜彼にどうしてなのか
尋ねてみようと私は思う。私は誰もいないマンションの部屋で、コチコチと時計の音だけが
鳴っているのを聞いている。それがなぜかとても寂しく感じられて私は彼の残り香を求めて
ダブルベッドの彼の枕に顔を埋めてしまう。彼の体臭。彼の汗の匂いが感じられて私は
私の中の孤独感が薄まっていくのがわかる。彼の匂いを嗅いだだけでそのような情動が
発生するのはとても不思議なことだと私は感じる。そしてその想いを胸に抱いたまま、
私はベッドの彼の寝ている側で居眠りをしていたことに気づく。
時計はもう12時ちかくを指している。うかつ。冷蔵庫から彼と同じメニューの冷凍グラタンと
コロッケを取り出し、12時になるのを待って食べ始める。彼と同じ時間に同じものを食べていると
彼との同一感が強まるのに気づいてからはずっとそうしている。食べ終わると彼の携帯電話に
メールを送る。「お弁当はどう?」の一行に対して彼は長文の返事を送ってくれる。私はとても
嬉しいと感じて、その文章を何度も読み返す。読み返すたびにまた自分の頬が勝手に緩むのを
感じる」

 
 

 どういうわけだかハルヒは長門にツッコミをすることなく、俺の顔をちらちらと眺めてくる。
真ん丸い瞳の中に炎が見えてるのだが。なんだその目はハルヒ?
 長門は続ける。

 
 

「部屋の掃除と洗濯をする。洗濯籠の彼のワイシャツに鼻を埋めると、やはり彼の体臭がする。
とてもいい匂いに感じた私は胸いっぱいに吸い込み、その匂いを何度も何度も味わっている。
ここ最近洗濯をする前にはいつもそうしているせいで、洗濯にはとても時間が掛かってしまう。
洗濯が終わり、ベランダにそれを干した後で私は買い物に出かける。彼に美味しい晩御飯を
味わってもらうため。近所の商店街は安くて新鮮な食料品がお買い得なのでよく行く。
日曜日に彼と一緒に買い物をしているので顔なじみの店が多い。肉屋の店主の中年男性が
私に気づいて声をかけてくる。
"おっ、**の奥さん! 今日も美人だねえっ! 今日はコロッケの特売だよ!"
店主は彼の姓で私のことを呼んでくれる。それが嬉しくて、私は買うつもりがなかった
ポテトコロッケとメンチカツまで買ってしまう。食肉店店主はとても商売上手だと思う」

 
 

 長門よ。なんでそこで俺の苗字が出てくるのだ?まさか俺がお前の夫なのか?
 そんな疑問を抱く間もなく、大悪獣ハルヒは首をグルリと廻すと俺の顔を睨んでくるわけだが。
 長門はそんな阿鼻叫喚の予感にも一切興味を持たないかのようにその話を続ける。

 
 

「帰宅すると彼の夕食を作り始める。野菜はとても大事。栄養バランスが取れていないと
病気になったり生活習慣病の原因になりかねない。野菜をたくさん食べてもらうために
今日は野菜シチューにすることにする。鍋で野菜をコトコトと煮る音が嬉しい。
食べてくれる彼の表情を予想しただけで、私の身体にはまぎれもない喜悦の震えが走ってしまう。
そんなとき、彼からのメールが届く。それは『少し遅くなる』とだけあった。
とても残念。落胆しながらも、よく野菜を煮込む時間ができたのだ、と思い直すことにする。
一時間たっても、彼は帰ってこない。彼に問いただすメールを送りたい気持ちを必死にこらえる。
彼は私のために辛い仕事を頑張ってくれている。非情で残忍な女上司に理不尽な仕打ちを受けても、
私のためにそれに耐えてくれている。だから、催促するようなことをしては駄目。
 そう考えているのだが、私は八時をすぎても帰らない彼に我慢しきれずにメールを送る。
彼は許してくれるだろうけど、私はそんなことではいけないと思う。それでも、つい送信ボタンを
押してしまうのは私が弱いからだろう。『まだ?』その一行のメールに、数分後に返信がある。
『もうすぐ会社を出る。スマン。ご飯一緒に食べよう。待っててくれ。愛してるよ』
私はそのメールの文面を見てしばらく意識が飛んでしまうくらいの嬉しさを感じている。
彼の帰宅を待つそれからの一時間のあいだ、私は27回にわたってその返信画面を携帯に
表示させて眺めた。ベランダから幹線道路を見張る。彼が帰ってくる道はこっちだから、
ずっと見ていないといけない。返信メールの文面と変わりばんこに彼の帰宅路を見ていると、
街灯の中に彼の歩く姿が見えてきた。私は待ちきれずに玄関を出て、エレベーターをも待ちきれずに
階段を駆け下りマンション一階のエントランスへと急ぐ。一階の踊り場に着いたときに
彼がちょうど自動扉を抜けてマンションに入ってくるのが見えた。私は彼に飛びつくと、
その身体に腕を廻しながら「おかえりなさい」と何度も繰り返す。彼は優しく私の頭を
撫でると、「ただいま」と言ってくれる。私は彼のネクタイとワイシャツの胸に顔を埋めながら、
その匂いを胸の中一杯に吸い込む。枕や洗濯物とは違い、彼の体温の暖かさを感じられて
私はそれだけで全身に恍惚とした歓喜を覚えてしまう。エレベーターの中で、彼と何度もキスを
する。「ただいまのキスだよ」と彼は言ってくれる。そのキスはさっきまで感じていた
私の寂しさを瞬時に氷解させてくれる。五回目の深いキスの途中でエレベーターは七階に
到着してしまう。もっとマンションの上のフロアの部屋を購入しておくべきだった。

 
 

 彼は私の作ったシチューを食べてくれている。美味しいぞ、と言う彼の言葉は私を
純粋な幸福の波で洗っていく。食事をしながら彼は職場で上司がどれだけ横暴かという話を
私にしてくる。一般的にはそれは愚痴と呼ばれるものなのだろうが、私は彼の苦悩を
彼と共有できるということがとても嬉しいのでそれに相槌を打ちながら懸命に聞き入る。
「ハルヒのヤツ、会社でも俺に無茶苦茶言いやがる。いい迷惑だぜ」と彼は困惑した
表情で迷惑そうに言う。私はそれに心の底から同意する。
 遅い夕食の後で、彼と二人でリビングでくつろぐ。私はソファの彼の隣に座りながら
読書をする。彼はテレビを見ながら、時々思い出したように私の髪や頬や耳に触れてくる。
とても幸せ。生まれてから彼に会うまで感じたことのない、純粋な幸福感に包まれる。
彼はテレビを見ながら私に話しかけてくる。「長門、今日お前何してた?」私は返事をしない。
私は彼と婚姻届けを出した時点で姓が変わっている。今はもう、彼と同じ苗字。
拗ねたフリをすると、彼は平謝りに謝ってくる。そんな彼を見ながら、私は学生時代を
思い出していた。彼が私を長門と呼んでいた頃は、将来このような関係になるとは
思っていなかったから
 至福の時間を過ごした後で、彼はお風呂に入る。浴室の中で、お湯が流れる音や
石鹸を擦る音を聞くと、私はどうにも身体の芯に妖しい感覚が湧き出てくるのを感じる。
彼が全裸でいる、という認識は私の交感神経を刺激し、結果的に私は全裸にエプロンだけ
という格好で彼の入浴の手助けをしに浴室へと侵入する。彼は一瞬びっくりしたようだったが、
全裸にエプロンだけという服装は彼の性的欲望をいたく刺激したらしく、結果として
私は浴室で彼と性交に至ってしまうことになる。その後で一緒に浴槽に浸かり、十分に
温まったのちに私は彼と一緒にベッドに入る。そして彼は優しく私の――」

 
 

 俺はそこまでしか聞くことができなかった。ハルヒが俺の首を両腕でギリギリと
締め上げていたから。
「ギョ゛ン゛……アンタ、有希になんてことしてんのよぉっッ!!!!!!!」
 してない。そんなことは一ミリたりともしてないぞ!そんな言葉を発するよりも早く、
ハルヒは悪魔の死刑執行人の形相で俺の顔にギガワットレーザーの視線を浴びせながら
謂れのない罪で俺の首を絞首刑に処してくる。ああ。もう俺の人生はこれで終わりか。
短い人生が走馬灯のように俺の脳裏に浮かぶ。両親の顔が見える。親不孝でごめん。
妹の笑ってる顔。ああ、俺がいなくなってもちゃんと生きてくれ。シャミ。エサは妹に
貰うんだぞ。学校の友人たち。谷口。国木田。お前らのことはなるべく忘れないぞ。
ああ、だんだん視界が暗くなってくる。朝比奈さん。あなたの淹れてくれたお茶が
人生で最後に口にしたものでした。そこだけは幸せです。古泉。どうでもいいが、
そのわざとらしいニヤケ顔はどうかと思うぞ。そして長門。なんでそんなことを言って
間接的に俺を殺そうとするのだ。一体俺がお前に何をした?
 瞬間、俺の首を拘束していたハルヒの腕が緩んだ。

 
 

「――という夢を見た」

 
 

 長門は淡々とそう述べると、俺の顔から手元の本に視線を戻した。
「……なんだ! その夢のことね! びっくりしたわよ!!」
 なぜだかとても嬉しそうな表情で、ハルヒは掌をさすっている。
 300馬力くらいの力で俺の首を絞めていたんだからそりゃ多少は痛いだろうけどな。
そんなことで俺の人生を終わらせようとするのはやめてくれ。第一俺は長門になんにも
してないんだからな。
「私が聞いてるのはそういう、夜見る夢じゃなくて、将来の展望のことよ!」

 

 しかし、長門は相変わらずの無表情で続ける。

 
 

「一般的に夢というものは個人の認識閾下での願望を具現化したものであることが
多いと言われている。その夢を見た後で、私は個人的感情に基づいてその夢を
分析してみたところその夢は私の願望に非常に近いことに気づいた。私は彼と婚姻し、
彼とともに生活し、彼の精子で受精したいと強く望んでいる。だから、とりあえずは
可及的速やかに彼と恋人同士と呼ばれる関係になることが先決であると結論した。
わたしは婚姻可能な年齢だが、彼はまだそうではない。だから、彼が婚姻可能になるまで
私は彼と籍を入れられない。しかしその年齢に達するまではできうる限り彼の欲求を満たす所存。
彼に独立して安定した収入がない現状では妊娠は望ましくないので避妊はしなければいけないが、
私に妊娠の危険がない日であるのならば避妊具を使わない性交を行うこともやぶさかではない。
彼が望むのなら私はどのような形態であれ、それがたとえ異常と呼ばれる種類の性欲であっても
願望のはけ口になることに異存はない。現時点で認識する限り彼の性的嗜好は―――」

 
 

 また聴覚が遠のいていくのは顔面を真っ赤にした鬼の形相でハルヒが俺の首を
絞めているからで―――――――――

 

長門。正直、そういうのはハルヒのいない所で言ってくれ。頼むから。
できれば二人きりのときに言ってくれるといいと思う。

 
 
 
 

終わる

 
 
 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:25 (3092d)