作品

概要

作者輪舞の人
作品名機械知性体たちの輪舞曲 第26話         『真相』
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-03-08 (木) 23:52:52

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 
 

「だいじょうぶ。それに、何があっても、いつでも、わたしがそばに居るわ。必ず」

 

―ある情報端末の約束―

 
 

 夜の街。わたしはひとり、彼女の元へと向かう。
 名前も知らないインターフェイス。初めて遭遇する、”わたしたち”以外の情報端末。
 何かを知る事ができる。依然伏せられたままの、何かが。

 

 電車に乗り、ふたつ隣りの駅で降車。
 周囲を警戒する事を怠らない。わたしの動きは、これまでもおそらくそうだったと思うが、監視されている。まず間違いなく。
 『機関』もそう。地球人類からも、同胞のはずの統合思念体端末からも、わたしは監視されている。そういう存在に成り果ててしまった。
 味方。本当に信頼できる味方は、今はいない。あの喜緑江美里は信じている。それでも端末の宿命というものに縛られている以上、過度の期待はできないだろう。
 あの朝倉涼子も、おそらくはそうだったに違いないのだから。
 生まれてから、ただひとりで今に至る。頼れるものは自分自身だけ。
 そうやって生き延びてきた。すでに一度死んでいるこの身だったけれど。

 

(心配はいらない)
 彼女の声。あの思索派端末の声が意識野に響く。
(今夜、あなたは自由に動ける。少なくとも、わたしの元にたどり着くまでは監視の目を気にする必要はない)
(どういう事)
(ここに来ればわかる)
 電車から降りた後、改札をくぐり、それでも周囲への警戒を続ける。それとわかる反応はない。もっとも、もし本当に情報端末の追尾があれば偽装は見破れないだろう。わたしと違い統合思念体からのパックアップを受けているのであれば、今のわたしには発見する事は困難に違いない。
 『機関』の人間は、古泉一樹の他にはあの孤島の別荘で出会った人間たちしか知らなかった。人間の行動であればわかるようなものだが、それでも検知はできない。
(用心深いのは結構だが、時間と労力の無駄だ)
 彼女の声が硬く響く。
(その為に時間を使った。急ぐといい。わたしはここにいる)
 その言葉を今だけ信じてみる。他に選択肢もない。
 彼女の言葉を信じられないのであれば、ここに来る意味はないのだから。
 わたしは足を少しだけ早めて、彼女のマンションへと向かった。

 

 ここもまた、周辺の建築物に比べれば豪華といえる、そういう作りだった。統合思念体の支援は過剰ともいえるのか。どの端末も、似たような設備に待機所を設けているのか。それは不明。
 だいたい、喜緑江美里の住んでいる場所すらわたしは知らない。唯一知っていたのは、朝倉涼子のいた五〇五号室だけ。そこも、もう五月のあの日以来足を踏み入れた事はない。
(四〇四号室へ)
 誘導は続けられている。思考リンクをここまで普通に使うという事は、インタラプトされる事すらもない、という事なのか。
 最初のオートロックドアをくぐると、その中のホールは豪勢なホテルのロビーを思わせる。管理人という感じではない。常駐するのはフロントマンのような制服を着た女性。大理石の床、敷地の庭を一望できる大きな窓際にはピアノまで置いてある。
 内装はとにかく豪華の一言に尽きた。わたしは無関心を装いながらもそれらを観察している。オートロックは外と、さらにこのロビーからエレベータホールに続くドアにまで備え付けられている。ずいぶんと差があるものだ、と思う。
 指示通りに四階へ。エレベータの動作にも問題はない。
 四〇四号室の玄関の前でわたしは立ち止まる。
(鍵は開いている。そのまま入るといい)
(………)
(躊躇しているのか)
 わたしは返答につまる。危険度は高い。未知の端末とこうして向き合うのは初めてだった。予測は何もできない。しかも派閥も初めて遭遇するもの。思索派。何も知らない。
(時間は尽きるもの。リソースは常に有限だ。無駄にする必要はない)
 彼女の声が誘う。ドアノブに手をかけ、一瞬のためらいの後ドアを開けた。

 

 中は薄暗い。照明のレベルを落としてある。
(そのまま奥へ)
 広い廊下だった。その先にあるリビングには、ソファにゆったりと座るあの女性の姿。
 黒いブラウスとレギンス。あの漆黒の流れる髪と瞳。肌の白さだけが異様に目立つ。
「音声での会話はこれが初めてね」
 思考リンクのものよりはいくらかやわらかい印象の声だった。生体年齢の設定の割には大人びたものを感じるが、はっきりそうだと断定できるものでもない。
「座るといい。歓待というほどの何も出せないが、話はできるだろう」
「このままでいい」
 わたしは距離を置いたまま、リビングの入り口付近から動こうとはしなかった。できなかったのかも知れない。底知れない力を秘めたような、彼女の前で立ち尽くす。
「警戒するのもいいけど、ここでは無意味」
 彼女は軽く笑い声を含ませる。深い響きだった。

 

「何から訊きたいのかしら」
「あなたが知り、わたしの知らない事、全てを」
「ずいぶん欲張りね」
 軽いため息。余裕がある対応だと感じる。
 わたしをまったく脅威と感じていない、という事か。
「あなたたちの状態は常に観測していた」
 彼女は言う。
「喜緑江美里はよくやっている。彼女の観測データは非常に有用だった」
「わたしはどうなると予測されているの。思索派からは」
「思索派は、けっして結論を出さない」
「出す事もあると聞いた」
「それは他派閥が勝手に結論としてしまった言葉に過ぎない」
 気だるげに腕を横について言う。
「思索派は常に思考を続ける。解答を得ようという事は考えない」
「なぜそんな無意味な事を」
「意味? 意味ですって?」
 突然向けられる視線。
「結論を出す、という事は、他の可能性を切り捨てるのと同義。それを決断するのには、常にあったかも知れない別の可能性を潰す結果になる」
「理解はできるが、それでは行動は何も起こせない」
「それは他の思念流がする。わたしたちは、そのような愚考は犯さない」
「愚か?」
「全ての情報を得る。そう至った後にすらも、決断は可能性の切り捨てを常に伴う。小さな可能性を摘み取るような真似を我々はしない」
「詭弁、のように聞こえる」
「そう取られても何ら問題はない。わたしたちは思念総体の意向には関心はない」
 妙な言葉の応酬だと感じる。何を言いたいのかが明確に理解しづらい。
 感覚的には、おぼろげにわかるような気もするのだが。

 

「誕生日、という言葉を聞いた。わたしに対する評価の一部のようだが」
「それはわたしの言葉」
 彼女は軽く首を傾げる。
「あなたの中にある存在。どうあがいてもいずれはこの世に出てくるもの」
「これを消去する事はできないの」
「不可能。という事もない」
「それは」
「あなたが一度は選択を考慮したと思うが」
 自身もろとも存在を抹消する。端末個体ではあり得ない異常行動。
 あの時の、”前のわたし”の取ろうとした行動だった。
「さすがにあの時は驚きというものを実感せざるを得なかった。情報端末が自ら存在抹消を意図するとは」
「今のわたしにも理解はできない。おそらく、この内部に活性化している存在の影響なのだと推測できる。現時点でその選択は不可能」
「もし本当にそれを選択するのであれば」
 彼女は笑みを浮かべる。
「あなたは確かに”知りえぬ存在”なのだろう。興味深い」
「そういう話では――」
 その時、わたしの言葉を遮るように宙を舞う視線。

 

「……予測よりも遥かに優秀な個体のようだ」
「……?」
「あれだけ時間をかけた偽装を、こうまで簡単に無効化してくるとは」
 ゆっくりと手を振るう。わたしにはよくわからないコードを発信しているようだった。
 この部屋に情報制御空間がまたたく間に構築されていく。周囲は静かに停滞を始めていた。
 強度と密度と精度の高い、完璧と言っていい制御空間。この情報量とその展開速度。
 驚愕するべき情報操作能力。わたしのそれよりも上か。
「そのまま。何も起こらないから安心していい」
 わたしの緊張を見て取ったのか、彼女が声をかける。
「静かにふたりきりで話をしたい。それだけの事。ただの制御空間を展開しただけ」
「なぜ」
「ひとり、妹を心配する姉が訪ねてきてしまっているようだったので」
 くすりと笑う彼女。
「さすがというべき。喜緑江美里」
「……彼女が来ているの。ここへ」
「わたしが一ヶ月以上をかけて構築した偽装情報網が、こう易々と突破されるとは思いもしなかった。しかもこちらの探査手段に対してカウンターまで仕掛けつつ、とは。つくづく、あなたたち三体は特殊な存在なのだと思い知らされる」
「……三体?」
 その記憶はあり得ない。あの五月二十五日に、その記録はわたしと、喜緑江美里だけのものになったはず。
 彼女の記録。朝倉涼子。
「……そんなはずはない。地球上に配備されている端末からは、朝倉涼子の記録は全て破棄されたはず」
「わたしは破棄などしていない」
 何事もないような、そんな返答。
「なぜ。命令に違うような行動を起こすのは……」
「なぜ? なぜ自分たちがした事を、他の端末がしないと断言できるの」
 彼女は面白い、とでも言うように微笑む。
「説明が必要のようだ。わたしはあなたたちの雛形として生まれた、最初期の端末の一体」
「最初の……?」
「喜緑江美里や朝倉涼子、他多数の端末群が初期情報として得ている対人プログラム。感情表現のためのもの。ではそれは誰が獲得したものなの。”誰か”が獲得したとは考えなかった?」
「………」
「どんなに多くの情報を得ている統合思念体も、人間という有機知性体たちに対してはわたしたち端末を介してしか情報は得られない。異質の存在同士を仲介する為に生み出されたのがわたしたち。でも最初にどうしてもクリアしなければならないものがある。それが対人コミュニケート用のプログラム。そのデータ収集」
「……いったい、あなたは」
「”人類が知性を獲得して以来”存在する情報端末。その一体であり、最後の一体でもある」
 彼女は言った。
「わたしは九番目に生み出された。今はもう、同時期に配備されていた個体は存在しない。あなたたち三体の基本アーキテクト。それはわたしたち九体を基礎として再設計されている。つまり情動受感システム。感情解析プログラムというもの。わたしたちに続く端末たちの為に搭載されたシステム」
「感情を理解する、という事」
「表面上では。だから、そのように反応をする。一見すれば、まるで人間のように成長を遂げると言っていい。根本的な本質を理解しているものではないが」
「……その反応が、命令違反?」
「統合思念体も問題視はしていたようだ。いちいち、”人間らしい反応”を示されてはたまらないだろうから。自ら生み出したものの、非効率的と判断し、目的が達成された時点で順次廃棄処分となった」
 彼女はまるで人事のようにそれを語る。廃棄処分、という言葉。

 

「データの取得が概ね終了し、わたしたち”最初の九体”が得たデータを搭載した、次期主力となる大規模配備用端末の基本アーキテクトの設計が終了する。その時点で、廃棄は決定された。文明というものが確立し、思考形態、モラルというものが安定化を見た時期。今からおおよそ二千年ほど前になる。これ以上の知的レベルの発展はない、と判断されたという事だろう。結果、残ったのはわたしだけ。他の派閥の配備したものたちはただ抹消されたが、わたしの派閥は違う。結果を出さないという、その方針の為に、わたしだけがこうしてここに残されている」
「そのように反応をするのであれば、人間と同じでは」
「まったく違う」
 彼女は言う。
「本質を理解しているわけではない、と言った。あくまで外部からの反射行動にしかすぎない。ただ、それができるかどうかは大きな違い。ヒト社会に適応していく為の基本原則がコミュニケートなのだから」
「それが命令違反を可能にしたというの」
「頭ごなしに、仲間の死を忘れろと言われたら、反抗したり嘘のひとつもつきたくなる。ヒトであれば、それが自然な反応という事だろう」
「嘘?」
「わたしは実行命令に対して、了解した、とだけ伝えた。実際には破棄は行っていない。喜緑江美里の反応も順当といえる。彼女は実行命令拒絶の理由を何と説明した?」
「……誰も覚えていないのは可哀想だから、と記録にはある」
「そういう事。わたしは彼女の反応を理解する。そういう選択肢もあった」
 思考が混乱しそう。これが本物の端末の反応なのか。

 

「それでもずいぶん変質したものだと思う。喜緑江美里が、このような行動を起こすとは、わたしの規定事項には含まれていなかった」
「……規定事項」
「ここからの話は、あなたは聞くかどうかを選択する事ができる。これ以上聞きたくないのであれば、それは止めようと思うが」
「話して」
「後悔……いや、今のあなたには後悔という概念はないのか」
 彼女はひとりうなずいている。
「朝倉涼子の事について。あなたは知りたいと思うだろうから。ただ知ったあと、それが最良の事だったかどうかについては責任は持てない」
「………」
「ヒトの言葉にある。全てを知るのが正しいとは限らない。知らないで良い事もある」
「それでも、いい」
 今まで、全てが伏せられたままだった。何もかも。わたしの知らないところで事態は推移していた。
 それを知るためにここに来ている。
 わたしはもう一度言う。
「話して」
「……いいだろう」
 彼女は問いかける。
「朝倉涼子の個別コードについて。何か疑問に思った事はないか」
「……個別コード?」
「統合思念体はあえてコードの意味を知らせたりはしていない。だが推察すれば容易に理解できる部分もある」
 彼女はわたしの瞳から視線を逸らさない。強い意志を感じる。
「この時間平面で同期を実行した個体はあなただけではない」
 瞳を薄く閉じる。この感覚。この言葉の意味。
「すでにわたしは五回、同期を果たしてここに存在している」

 

 当然の話だった。
 自分にできて、他の端末がそれをしない、またはできない理由などまったくない。
 個別コード。データにある。記録に残されている。
 頭が熱くなる。また、あの存在の影響が顕在化し始めている。

 

「個別コード。その意味。理解しているわね?」
「……知っていた」
「では気づいているでしょう」
 喜緑江美里も、朝倉涼子も、わたしと出会った時から、個別コードにBナンバーを付けていた。わたしだけが初期状態のAナンバーのまま。
 あの七月七日まで。
 三年後の自分と同期した時点で、わたしもまたBナンバーへと書き換えられている。
 あの混乱の中、評価はまったくされていなかったが、しかし。

 

「朝倉涼子はすでに同期していた」

 

 耳鳴りがする。
 わかっているつもりでいた。記録にある。
 その評価を避けていた自分がいた。
 それに続く言葉を、聞きたくないという自分がいる。
 止めようと思う。
 彼女の言葉を止めなければ。
 手をあげようとする。時間がとても遅く流れているような。
 これは……また顕在化が始まっている。
 恐怖。それが染み出てきている。

 

 やっぱり言わないで。
 でも言葉にできない。
 彼女の口が開く。
 止められ……ない。

 
 

「朝倉涼子は、出会った時点で、あなたによって消滅させられる未来を知っていた」

 
 

 知っていた。
 知っていたのに。

 

 わたしが生まれた翌日。初めて本を買いに行った情景がフラッシュバックする。

 

『今日は手始めに、このあたりから買い揃えましょう。まずは簡単なところから。基本は大切。じきに、もっといろんな種類の、たくさんの本を、あなたは読む事になるんだしね』

 

 それを、知っていた。わたしが本を読む、という事。そうなる未来を。

 

『いいんだってば。わたしの方こそ、ごめんなさい……少し、焦っていたのかもね』

 

 食事の摂り方を教えてくれていた、あの時の声、表情。
 何を焦っていたの? それは時間がないから。
 七月七日にわたしが同期するまでに、時間がなかったから。
 そして五月二十七日。あの赤い夕暮れの日。
 彼女との戦いの中で、”前のわたし”が分析していた事。

 

『……時間稼ぎ。あまりに妙な違和感が、今の状況の異様さを考えさせる』
『誰にとっての、「時間稼ぎ」?』

 

 わたしの記録。誰にとっての? それは”前のわたし”に攻撃を完遂させる為の時間稼ぎをしていた、という事。
 自分が消滅する事を知っている。だから。
 だから、あのような脆弱な防壁と、本来無意味な物理攻撃に終始していた。

 

 なぜ……?
 なぜ、”前のわたし”はそれを理解しなかった。

 

 それは……あの言葉があったから。

 

『だいじょうぶ。それに、何があっても、いつでも、わたしがそばに居るわ。必ず』

 

 そう言ってくれた。あの言葉を信じていたから。
 ずっと、そばに居てくれると。
 何があっても、ずっと一緒に居られると信じていたのに。

 

 そう、信じていたのに。

 
 

―第26話 終―

 
 

 SS集/588へ続く

 
 
 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:19 (3084d)