作品

概要

作者十六夜
作品名長門有希の… 4 後編
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-03-07 (水) 23:00:29

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 翌朝……というよりも昼前に俺は目が覚めた。こんな時間まで寝るつもりはなかったが、やはり疲れていたのだろうか。わずかな希望を持っていた夢も今日は見るコトができなかった。
 ベッドから体を起こし階段を降りるものの、あの夢を見たときからずっと続いている喪失感に、長時間の睡眠をとったのにもかかわらず、体育の時間にずっとマラソンをやらされた後のような疲労感が加わり、気分は最悪に近いものが心身ともに感じていた。こんな調子では昼からの予定であるクリスマスの買出しへは体も心も勘弁してもらいたい、と申し付けているがそんな嘆願書はハルヒが即刻、破り捨てるに決まっている。
 遅めの朝飯と早めの昼飯を兼用として妹の相手をしながら食べつくし、自室へと戻る。
 たっぷり睡眠をとり、エネルギー補給をした頭で状況を整理するも、何も出てこないのは昨日と同じである。このままでは産物を生み出すコトのない無限ループに陥ってしまう。
 そう思った俺はとりあえず外へと出た。
 マイ自転車にまたがり目的地も決めずペダルをこぎだす。家で引きこもっていても今のところ収穫は無いし、このままじっとしているよりは体を動かすほうが、益があると思ったからだ。頭で覚えていなくても、体が覚えているというコトはよくいうし、外に出て何か手がかりになる物を見つけるかもしれん。
 もちろん駅前の集合時間には遅れないようにしなくてはならないが、昨日みたいにどこかで寝てしまわない限り大丈夫だろう。

 
 

 幼稚園児が画用紙にグチャグチャとラクガキするように自由気まま進む。
 今の俺にはまず無理だと思わせる薄着で遊ぶ子供たちを横目で見る。
 スズメが電線の上で仲良くさえずる音を聞く。
 車の荷台から香る焼き芋の匂い嗅ぎ、未練を持ったまま追い越す。
 あまりの寒さに負けて自販機で買った熱いコーヒーを味わう。
 ときより勢いよく吹く風に少し温まった身を縮める。
 これら五感はいつもと変わらない。
 そしてこの『いつも』に身を任せ行き着いた先は図書館であった。
 俺の記憶が確かならば、ここに来たのはずいぶんと久しぶりのはずだ。そのはずだが、ココ最近よく来たような気がする。……この感覚は何か手がかりがあるのかもしれん。
 自転車を止めようと駐輪所に行こうとすると、後ろからいけ好かない声が聞こえてくる。
「ここに何か用事でも?」
 古泉だ。
「お前こそどうしてここにいる?」
「いえ、自転車でフラフラとしているあなたを見かけましてね。昨日の事もあったので、悪いと思いましたが後をつけさせてもらいました」
 ちっとも悪いとは思っていない顔をしている点も問いただしたいがまず、
「昨日の事だと?」
「ええ。あなたは一昨日から涼宮さんと朝比奈さんの二人がおっしゃたようにどうも調子が悪いようですからね。それで僕も同じSOS団の一員として、また友人としてもあなたを心の底から心配しているのですよ」
 別にお前に心配されても、小学校の給食のバナナにシールがついていた時の嬉しさといい勝負だがな。もしくは、ひさしぶりに出したコートのポケットから十円を見つけた時の嬉しさと言ってもいい。
「改めて聞きますが、あなたはどうしてここへ?」
「ただなんとなくだ」
 本能に身を任せ、図書館に行き着いたのだ。ここに来た理由はとりたてない……が、
「ここに何かありそうな気がしてな」
「なんとなく来たのに、何かありそうとは一体どういう意味でしょうか?」
 自分でも矛盾していると思っているさ。ここに来たちゃんとした理由がどこかにあるのなら、自分のコトながら教えて欲しいね。
「何にせよ、あなたがいつまでもそんな調子では従来のSOS団の調和がとれません。今すぐにとは難しいかもしれませんが、いつものあなたに戻っていただいて、僕はともかく涼宮さんと朝比奈さんにはあまり気を使わせないようにしてください」
 女性にいつまでも心配されていては男として立つ瀬が無いのは、お前に言われなくてもわかっている。
「古泉」
「いきなり何でしょうか?」
 俺が前起きなく名前を呼んだせいか、将棋で思いもよらぬ所から王手・飛車取りをかけらたように意表つかれた顔をしている。まあ、こいつを将棋でもオセロでも追い詰めるときは、いつものニヤケ面にこの表情をプラスするのだが。
「『従来のSOS団の調和』とか言ったな」
「ええ、言いましたがそれが何か?」
「俺はそれがココ最近、違和感を覚えるんだが、お前はどうだ?」
 今となって断定できるコトだが、俺は何かを忘れている。その『何か』は一年の春、ハルヒによって強制的に入らされたSOS団に深く関わりがあるのではないだろうか?
 二日前からの違和感。何かが物足りない部室。何かが物足りない雰囲気。
 考えてみなくても、俺がずっと感じていた喪失感というのは全てSOS団に深く関係している。なんでもっと早くこの事実に気づかなかった!?
 とにかく、この情けない頭を悔いるのは後回しにして、このコトを念頭に置いて駒を進めれば答えが見えてくるかもしれん。そしてこう仮定すると、同じくSOS団副団長である古泉にも何か感じるものがあるはずだ。
 ところが、古泉の答えは俺の仮定を特大のハンマーで打ち砕いてしまうものだった。
「……いえ、僕はあなたの調子の悪さ以外は何も感じませんでした」
 なんてこった。せっかく進展したと思ったのに、逆戻りか。
 ……だが、何度思い返してもここにきっかけみたい物がある、と俺の心が告げている。古泉がこんな時にウソをつくようなヤツでは無いコトは承知しているが、ここは自分を信用したほうがいいのだろうか?
「その話はひとまず置いておきましょう。そろそろ集合時間が迫っています。涼宮さんと朝比奈さんに余計な心配をかけたくないというのなら、せめて遅刻をしないようにしませんと、また何か言われるかもしれません」
 おっと、もうそんな時間か。確かに古泉の言う通り、あの二人に心配をかけるようなコトはしたくはない。逆に遅刻して、
『すまん、寝坊した』
『このアホキョン! 罰金よ!!』
 というよくある展開にしたほうが、いらぬ心配をかけずにすむかもしれない。
「自分からオゴリたいとはつくづくあなたは変わり者ですね」
 それだけはお前に言われたくはないね。

 
 

 古泉と二人並びつつ我らSOS団団長が待ち構えていると思われる駅前と向かう。いつもはハルヒより古泉と朝比奈さんのほうが少しばかり早い場合が多いらしく、今日は俺と話しこんでいたためおそらくハルヒと朝比奈さんはもう着いているだろう、との古泉の話。
 というコトは、俺がもし古泉に呼び止められるコトなく図書館に入っていたら、間違いなく最後だった。自分が最後というのは慣れたくはないのだが、朝比奈さんが文芸部室でメイド姿であるぐらい慣れたものだ。また、その悪習のおかげで毎回毎回、喫茶店でおごるというのもゲームの勝ち負け表で古泉の欄を黒星で塗りつぶすぐらい慣れた。
 実質、SOS団全員が『俺がおごる』というのに慣れてしまっているらしく、朝比奈さんと古泉は外での食事が終わると割り勘の時でも俺に「ごちそうさまです」とか言う始末で、ハルヒに至っては、注文がテーブルにそろい終わった後に同じく割り勘の時でも、店員が持ってくる伝票を何も言わずに俺の目の前に置くという行為を何の疑問を持たずに行っている。それを谷口と俺が赤点スレスレであるコトのように何の疑問も持たずに受け取り、うかつにもそのままレジに持っていったコトが数回あるのも、俺を含めて皆が皆、慣れてしまったからと言えよう。
 一体、何が原因でこうなってしまったのか。……まあ、この原因は俺が今かかえているほとんど進展を見せない問題よりも極めて単純にて明解であるので今さら言及する必要は無いだろう。
 以上の思考が終わった頃、駅前が目前に迫っていた。
 古泉の予想通り、ハルヒと朝比奈さんはもうすでに待っているようだ。朝比奈さんに声をかけている男性をサバンナに駆ける獅子の威圧を持つハルヒが追い払っている。
 よし、俺も手伝いに行こう。
 俺と古泉が二人に声をかけると、その男性は尻を突っつかれたバッタを思い起こさせるようにその愚かな男性は飛び逃げていった。この時期は谷口みたいな痴れ者の宝庫なのだろうか。
「全く、しつこいったらありゃしない。もうちょっとしたら、みぞおちに正拳突きを入れて怯んだ所にシャイニングウイサードをしかけて、さらに一本背負いで地べたに叩きつけようと思ったところだわ」
 これが普通の女性の一言なら冗談と受け取るが、傍若無人であるハルヒはこの空手・プロレス・柔道の一連の技を本気でやるつもりだったのであろう。朝比奈さんをナンパする痴れ者でも、一人の命を救った事実には変わりは無い。
「こんにちは、キョン君、古泉君。さっきは困っちゃいましたぁ。あたし、今日は一番だったんですけど、一人待っている時は五分おきに声をかけられるし、涼宮さんが来てからはもっとひどくなって二分に一回は男の人が声をかけてくるし……」
 当然といえば当然か。朝比奈さんはもちろんのコト、ハルヒも声をかけなければ一美少女に数えられるからな。口を開けば、また別の話となるが。
「キョンと古泉君が一緒に来るなんてめずらしいわね。ついでにキョンが最後じゃないのも。てっきり遅れて来るもんだと思ってたわ」
 ほらな。
「今日はたまたま一緒になりましてね。旅は道ずれ、世は情けとも言いますし二人仲良く並んできたというわけです。というのも彼が図書館に行こうとしていましたので、僕が声をかけなければ涼宮さんの言うとおり、遅刻していたかもしれませんね」
「古泉、余計なコトは言わなくていい。……それで、今日はまずどうするんだ?」
「今日は喫茶店には行かず、すぐにでも買い物に行きましょう!」
 ハルヒはやっぱりね、という表情からためらいの微塵も無い表情へと切り替える。どうやらこれからの予定はハルヒの頭の中で決まっているようである。
 『予定』と明言したが、ハルヒのコトだからスケートリンクに赤道直下に住む人が立つよりも不安定で、真っ白い精神を持つ幼き子供よりも影響を受けやすい意味を持つ『予定』だろう。
「クリスマスの買い物ですよね。今日はどこまで行くんですかぁ?」
「みくるちゃん、それは行ってからお楽しみよっ! それじゃあ、出発!!」
 掛け声と共に、天を突き破らんとする程コブシを掲げるハルヒの後ろを恥かしい思いで俺はついていく。
 その恥ずかしい思いをしているのはこの中では俺だけみたいで、朝比奈さんは表情も動作もワクワクしているのが手に取るようにわかるし、古泉も終始にこやかなリズムを刻んでいる。無論ハルヒも、休日で溢れる駅前の人々を押しぬけて突き進んでいる。
 俺もこれに完全に溶け込んでしまえば楽になるものの、今一歩踏み込めないはただ単に躊躇しているだけなのか、それとも……このSOS団にどこか物足りなさを感じているせいなのかは、今はわからない。

 
 

 ハルヒに言われるがまま駅にて切符を購入し、改札口からそのまま先導されてプラットホームへと降りる。電車に乗り込んだ後もハルヒは目的地を口に出さなかったが、切符の料金と電車の進行方向から予測はつく。古泉にあの初めて閉鎖空間に連れてこられた場所だ。
 私鉄や地下鉄は入り混じり、いくつか百貨店もあるしパソコン機器やテレビ・DVDなどの電化製品を全て扱うバカでかい高層ビルも建っている。この周辺では一番物がそろっている所だが、一歩踏み出せば、ゲームセンターやカラオケなどエンターテイメントを提供する店や夜になると活気に溢れる居酒屋が交互に立ち並ぶ道は、慣れぬ人は地図片手でも人々でひしめく雑踏によって五分も歩けばパニック状態になる。
 忠告しておこう。よほど自分で方向感覚に優れていると思っている人でなければ、初めて来るときはココをよく見知った友人と来るコトを勧める。
 また、あそこは唯でさえ休日はこの地域周辺から人が集まる。そして今はご存知の通りクリスマス間近というコトもあり、きっといつもの休日と比べてさぞかし人で溢れているだろう。あの中で買い物をすると考えると、唯でさえ調子が悪いのに余計に悪くなってくる。
 しかし、この内面を外に出すわけにはいかない。古泉に言われたようにこれ以上二人には、いらぬ心配をかけさせたくはないからな。
 電車に乗ってからは一言も話していないコトもあり、ここらで話題を俺から振っていつも通りというのをアピールしておこう。
「なあ、ハルヒ。今日はクリスマスの買い物に行くんだよな?」
「そうよ。今の部室じゃ物足りないからね」
 あれで物足りないというのは、俺の感性がおかしいのだろうか?
「それはいいんだが……確か去年、お前がクリスマスのグッズをたくさん持ってなかったか?」
 記憶を去年へとタイムスリップすると、ハルヒが手提げカバンから様々なクリスマスグッズを次々に取り出している映像から、その後にハルヒから強制的にプレゼントされた衣装によって、サンタクロースにジョブチェンジした朝比奈さんが特典映像として脳内に上映される。
「もちろんそれも用意するわよ。でも、それだけじゃあ『世界で一番クリスマスな部室』の名に相応しくないからね! それに同じ事をしてもつまらないし、何よりサンタに、去年から全然進歩してないね、って言われるかもしれないのが一番の屈辱だわ!」
 俺の記憶が正しければハルヒが目指していたのは『日本で一番クリスマスな部室』だ。それがいつのまに『世界』を目指すようになってしまったのだろうか?
 古泉、何か一言ハルヒに言ってやれ。
「さすがは涼宮さんです。その心構えを僕も見習わせていたたぎます」
 ……朝比奈さん、あなたからハルヒを諭してやってください。
「じゃあ、もっと可愛い人形も用意しませんかぁ?」
 古泉と朝比奈さんが会話に参加し、ハルヒは無駄に高かったテンションをさらに上方修正を受けた株価のように急上昇させ、クリスマスバージョンになる部室の完成形を意気揚々と語りだした。
 ……ハルヒの脳内妄想によると最終形態は、部室にダンロとそれに繋がるエントツが設置されるらしい。
 俺はそれについてはもう何も言わん。ストーブがモダンになり、でかくなった物と考えればたいしたコトはない。ダンロで足りなければ掘りごたつや、日本昔ながらの『いろり』も作ったらいいさ。
 だがな。これだけは言っておく。
 クリスマスの夜に、真っ赤な鼻をした立派な角を生やすトナカイを操り、上下赤い服を着た白ひげを生やした年配の男性がエントツから不法侵入するような事件を願わないでくれよ。あの部室には朝比奈さん一人で俺は十分だからな。
 いっそのコト、クリスマスプレゼントには平穏を願おうか……と本気で考えている間に電車は俺の予想通りである終着駅へとたどり着く。
 ドア近くで固まっていた俺たちが電車から降りると、それに続くように多くの人が改札口を目指して降りてくる。
「ひゃあぁぁぁぁ……」
「みくるちゃん! はぐれないように手を握っておきましょう!」
 いち早く朝比奈さんが迷子なる危険性を察知したハルヒがマシュマロのような手をつかむ。その手の主である朝比奈さんはすでに激流に流された木の葉のように人に飲み込まれていた。
 ハルヒが朝比奈さんを守りながら歩く様を横目で見ながら、できればその手は俺がつかんでおきたかったなあ、と不埒な考えを人の流れに乗りながら思い浮かべていると、スッとハルヒとは反対の横に現れた古泉が話しかけてくる。
「僕たちもはぐれないようお互い手を握り合っておきましょうか?」
 その首を掻っ切られたいのか、古泉。
「ではあなたは僕よりも涼宮さんのほうがいいと?」
 ハルヒに聞こえるように言うのは、俺に対してのあてつけか?
「な、何言ってるのよ、古泉君。今のあたしにはみくるちゃんのお世話で忙しいんだから変な事、い、言わないでよっ」
「あの、涼宮さんにずっと迷惑かけるのもなんですし、あたしは別にキョン君でも……」
「っ! 迷惑なんてとんでもないわ、みくるちゃん! さあ、早く行きましょう!」
 朝比奈さんからの思いもよらぬ申し出はハルヒによって破談が決定した。まあ、もし、仮に、万が一、アイドル顔負けの朝比奈さんと手をつなぐコトができたのなら、手を洗うコトも恐れ多くてできないであろう。
「ふう、仕方ありませんね」
 何に対してだ、古泉。
「いえいえ、あなたの思っているような事ではありませんよ。それよりものんびりとしていると、涼宮さんに置いていかれます。まだ行く場所を聞いていませんし、このままでは僕たちが迷子扱いされてしまいます」
 それは気に喰わないな。ハルヒの都合で迷子センターから俺の名前が流された時には、背中に自分のテストを貼り付けられたように生き恥をさらすコトになる。今は携帯という文明機器があるもののハルヒの思考をトレースすると、迷子になった罰としてプラットホーム全域に響き渡るように、どこからともかく取り出したメガホンで呼び出しをする、という結果も高い確率で出た。どっちにしろ、俺はゴメンだ。
 古泉は先にペースを上げハルヒを追いかける。俺より身長の高い古泉の視線はハルヒを捕らえているようだが、俺の視線からはもうハルヒと朝比奈さんは見えない。これは古泉を見失うと冗談抜きではぐれてしまう恐れがあるな。
 俺は後ろから音も無くついて来ているはずである人物に向けて振り返り声をかける。まあ、コイツが道で迷うという失態を犯すコトがあれば全地球測位システム、略してGPSすら役に立たない場所であると断言できる。
「見失わないうちに急ごうか、な……」
 この先の言葉が続かない。俺のバックには見知らぬ人物だけのはずなのだから当然だ。
 ……しかし俺の脚と上半身は振り返ったまま止まり、たくさんの人が時の止まった俺を追い越していく。
 邪魔そうな顔をして避けていく人。全く気にせず俺にぶつかって行く人。

 

 ……俺は何を待っているんだ?

 

 そして元の進行方向に振り返ると、三人とはぐれてしまったコトに気づく。これはうかつだった。まさか俺が親元から離れた子猫状態になるとは、五分前の俺には想像もつかないコトだ。
 だが、この年になってこれぐらいのコトでうろたえる俺じゃあない。とにかく改札口を出るとしよう。
 改札を出た俺はとりあえず携帯で連絡を……とるまでもなかった。
 携帯を手に取った俺の眼前にはハルヒ・朝比奈さん・古泉と三人が待ち構えていた。順に表情を見渡した予想として古泉が、俺がついてきていないコトをハルヒに言ったのであろう。
 ハルヒの表情からは怒りと呆れが混じった感情が読み取れる。
「あんたしっかりしなさいよ! いきなりこんな目に会うなんて、今日これから一日が思いやられるわ。手をつなぐより、首輪をつけておいたほうがマシなんじゃない!?」
 やっぱり怒られた上、呆れられたか。あいつに比べればハルヒの表情を読み取るなど、谷口をからかうよりも簡単というものだ。ん、……あいつ?
「あ、ああ、すまない。俺の知り合いがいたような気がしてな。ちょっと止まって辺りを見渡していた隙にお前たちを見失ってしまったんだ。結果としては人違いだった。これからは気をつけるよ」
「ふん、本当かしら? 実は可愛い女の子を見つけて、そっちに意識がいってたんじゃないの? いいえ、きっとそうに違いないわ。みくるちゃん、こんなエロキョンは放っておいてさっさと行きましょう!」
「へ、ふえ、あっ、待ってくださいよ〜、涼宮さ〜ん」
 朝比奈さんはひとしきりおろおろしてから、我が道を拒む者無し、とズンズンと歩みを進めるハルヒの後ろを追いかける。
 どういう思考回路を装備していたら、その結論にハルヒは行き着くのか全くわからない。いくら思考回路をトレースしても、男女絡みの問題となると途端にショートしてしまうのは、まだまだ経験地が足りないのだろう。あまり増えるのもどうかと思うが。
 それは置いておいて、このやり取りの間、俺が弁明する余地など全くなく、その不機嫌な後姿を見惚けてこれからどうやって行き過ぎた誤解を解くかを考えながら後をなんとも言えない心持で追いかけていく。
「まだ閉鎖空間の心配は無いですが気をつけてください。どうこけるかはあなた次第です」
 古泉が少し前から声をかけて止まる。それに従い、俺も足を止める。
「それはいいのだが、フォローだけはきっちりとしてくれよ。俺一人の手で負えるヤツじゃないからな」
「最低限の仕事はやらせていただきますよ」
 そのニヤケスマイルをどこまで信用していいかわからんが、ネコの手よりは頼りにしているぜ。
「コラー! キョン、古泉君! 何してんの!? 置いてくわよー!!」
 はいはい、そう叫ばなくても重々承知の上だ。
 再び、止まっていた足をハルヒと朝比奈さんに向けて動かす。体は早くハルヒの待ち構えるトコまで行くのに必死だが、頭の中は他のコトで必死だ。
 俺は今日、図書館の前で古泉に会ったとき『忘れた何かはSOS団に深く関係がある』コトに遅まきながらようやく気づいた。その中の一つに『何か物足りないメンバー』という曖昧であるがはっきりとした答えがある。ところがこれでは、何か身につけるような特定の『物』が無いのか、集まって何か決まったコトをするような『習慣』を忘れているのか、それともメンバーに入っていた誰か『人』を忘れているかはわからない。
 しかし今さっき、誰もついてきていないはずなのに、俺は誰かが後ろからついてきていると自然に声をかけてしまうほど感じた人の存在。さらに、『あいつ』の表情を読み取るコトに比べたらハルヒの表情を読み取るコトなど簡単、とも感じた。
 つまり『俺は何か大事なことを忘れている』というのから、『俺は何か大事な人を忘れている』というコトになる。無論、SOS団に深く関係する誰かをだ。
 これでようやく一歩、真実という山に近づいたはずだ。後は……、
「キョン! ボーっとしてないで行くわよ! まずは部室を光輝かせるために電飾を大量に買いにいきましょう!」
 ……これ以上、意識を脳に置いておくのはハルヒという存在がいる限り俺の身が危険だ。ハルヒに関係しなくても、この人ごみの中を歩くのは心もとない。
 どこか静かな場所にでも移ったときにじっくりと改めて考えるとしよう。
「電飾はいいがどこで買うんだ? この時季なら、どこでも売っていると思うが」
「それではこの辺りで一番の電化製品を扱う店にしてはどうでしょう? あそこの品揃えならきっと涼宮さんを満足させるような商品が並んでいることでしょう」
 確かに、あの店ならこのハルヒを満足させるものがありそうだ。
 ハルヒに後ろからせかされてエスカレーターへと乗る。機械の動力によって、人が段に立つだけで勝手に昇降してくれるのに、ハルヒときたらわざわざ俺の体を左側へと押しやるように足蹴りをしかける。苦情を言おうとした振り向いた俺の目に、とっとと降りろと言わんばかりに同じく目で訴えかけるハルヒは、
「早く降りなさい! あたし達にはとろとろしてる時間はないのよ!」
 と、目で訴えるだけでは気がすまなかったみたいで、口に出すぐらい急ぎたいらしい。
 もう何を言っても無駄だと悟った俺は了承の返事を返し、ずらっと縦に並んで自動で降りていた右側から、せわしなく足を動かして降りる左側へと移る。
 無駄に一番に降りた俺は、グー○ルアースのように空から見渡したこの周辺を頭に思い浮かべSOS団の現在位置とその店を確認する。
「ここからだと、一回外に出ないといけないな。……えーっと、あっちのほうか」
 実は冷たい外気に当たらなくても地下からも行こうと思えば行ける。
 なんせ地下から続いて地上5階まで一つの店だからな。もちろん、階によって電化製品の種類ごとに分けられていて、客層も階によって分かれている。地下と一階はパソコンとその周辺機器の住処で、コンピ研の連中なら一日中いていても飽きない場所だ。俺もSOS団ホームページを作った経験があるし、そういうのが全く興味ないと言えばウソとなる。
 しかし、今はハルヒがいる。
 新しい物好きなハルヒのことだから、日進月歩するパソコンや周辺機器を目の辺りにすると腹をすかせるオーディンを食ったフェンリル狼や地獄の門番ケルベロスよりも危険だ。ちなみにどうなるかというと、数日後、部室のパソコンがバージョンアップするか、USBに繋がれた真新しい機械が設置されることになる。一年の春を再来するようにコンピ研と朝比奈さんの犠牲の上に立ってな。
 よって、できるだけハルヒの目をまだ見ぬ獲物から逸らしながら目的の階へ行くコトで、幾人もの尊い命を救うコトに繋がるのだ。
「あっ、そうそう。ここの帰り道に、下のほうにも行くからね。いちいち印刷室に忍び込まなくてもすむように、プリンターでも買おうと思っているの。すでにみくるちゃんの一日メイド派遣と交換条件に、コンピ研の部費で買うってことで連中には話はつけているから、お金の心配はノー問題よ!」
「ええ!? あ、あたし、そ、そんなの聞いてないですぅ!?」
 『ハルヒ』という人物は手に負えないということを、俺はまたあらためて実感する今日この頃であった。

 
 

「まあ、こんなところかしら」
 このハルヒの一言でやっと一息ついた俺たちである。寒さで息は真っ白だが、俺の体も含めて皆、額に汗をかくほど極めてホットな状態である。
 その俺たち全員の手には残らずクリスマスグッズがこれでもかというぐらい一杯詰まった袋をぶら下げている。
 ちなみにコンピ研の部費を奪い去ったプリンターは俺の家に届けられるコトになった。さすがにあんな重たいものを持ちながらうろうろ買い物できないからな。代わりに、俺が長い道を伝って学校に持っていかなくてならんが。
「ふみゅ〜、疲れましたぁ〜」
 そして朝比奈さんがこんな声を出すのも納得というものだ。
 この理由について、今日の買い物を振り返ってみよう。
 部室を彩るための電飾をスタートに、初めは俺と古泉の男二人が率先してハルヒが次々と渡してくる品物を手にぶら下げていったのだが、二時間も買い物を続けていると文字通り手に負えなくなってしまった。
「おい、まだ買うのか? そろそろ俺の腕と指が重みに耐えられなくなって引き裂かれそうな悲鳴をあげているんだが」
「あったり前じゃない! まだ予定の半分しか回ってないもの」
「半分だと!? もうかれこれ二時間以上うろついているんだ、そろそろ少し休憩でも入れるべきじゃあないのか?」
「ダーメ! こんなことで根を上げるなんて体の鍛え方が足りないのよ。ベンチプレスで50キロぐらい上げれる体にしとかないと、将来困るわよ、絶対!」
 俺が所属する部活が運動部ならともかく、どちらかと言わなくても文化系に属するSOS団がなんでそこまで鍛えなくてはならんのだ。しかも活動拠点は文芸部室。そんなところに筋肉質みたいなヤツがいたら、野球グラウンドでサッカーをするぐらい場違いだ。
「じゃ、次行くわよ!」
 耳から入った俺の提案を、脳に留めるコトなく反対の耳から放り出しハルヒは俺たちのやり取りをおろおろと不安気に見ていた朝比奈さんを引き連れ、初めと変わらぬペースで次の目的地へと向かっていく。
 疲れを知らぬお前の燃料タンクは核でも積んでいるのか?
「今日は涼宮さんのお好きなようにさせてあげましょう。あれでもあなたに、元気を出してもらおうとしているのですよ。僕もそうですが、あなたも元気の無い涼宮さんを見たくないでしょう?」
 俺と同じく荷物持ちに従事している古泉は苦を見せない表情だ。お前はハルヒまでとはいかないが元気そうで何よりだな。
「お前はあれをどう取れば、俺に元気出してもらおうと受け取るんだ? それに俺も元気の無いハルヒを見たくないのは確かだが、それは何か企んでいるんじゃないかと思うからだ」
「あなたも自分に素直ではないですね。そんなことではいずれ損をしてしまいますよ。おっと、涼宮さんをまた待たせてしまってはいけません。それでは、行きましょう」
 俺のどこが素直でないというのだ。
 ……こんなやり取りがあってさらに二時間。 ハルヒはペースを落とすどころか、尻上がりにペースをあげ買い物を続けていった。
 その間に俺と古泉の持つ荷物は、年初めに福袋を買いあさるオバサン以上となり人が持てる限界を超えた。この時ほど人の手が四本あればと思ったコトはない。
 俺の歩くペースが落ちてから二十分。さすがの古泉も歩くペースが遅くなり始めた頃、ずっと手ぶらだったハルヒが俺と古泉の荷物を「よこしなさい!」といくつか軽めの袋を奪取し、朝比奈さんと二人で分け始めた。できれば朝比奈さんにはスプーンよりも重たいものは持たせなくなかったが、今は仕方が無かった。朝比奈さんが捨てられた子犬を心配するような瞳で見るたび、「大丈夫ですよ」と重さを微塵も感じさせない顔で言っておいたが、その顔も保てなくなってきた。
 そして、この時点で買い物が終了すれば良かったのだが、ハルヒは走り回りながら買い物を続け、俺たち三人もその後を追い続けた。
 それが今、終わったのである。以上、回想終わり。
「それにしても寒いわね〜」
 ハルヒはすでに体力を回復させ荷物を地べたに置き手をすり合わせている。俺の背中はまだ汗ばんでいて決して寒いわけではなく、むしろ暑いぐらいだ。
 しかしその一方で、手と足はだんだんと冷えてきた。一応駅中のストリートだが、吹きさらしの風がどんどんと入ってきており、そのせいか気温は外とそう変わらない。じっとしていると体の先から次々に体温が奪われていく感じだ。
「天気予報で今夜、雪が降るかもって言ってました」
 荷物と同じく地べたに座り込んでいる朝比奈さんが肩を上下させながら見上げて話す。
「十二月にこの辺で雪が降るなんて、めずらしいわね。どうせならクリスマスまで取っておいたらいいんだけど」
 ハルヒの言う通り十二月に雪が降るのはこの辺りでは珍しい。もうちょっと山手のほうにいけば降るトコはあるのだが、この街まで降るというのは五年に一回、あるかないかだ。
「では買い物も終わったことですし、休憩をかねて近くの喫茶店で何か暖かい物でも飲みませんか?」
「そうね。買うもの買ったし、ちょっと一息つきましょう」
 ハルヒ、朝比奈さん、古泉と三人が多くの荷物を持ちながら視界に入った喫茶店へと向かっていく。
 ……そこで俺はあるコトを思い出す。
「すまん皆。先に行っといてくれ」
「なによ、キョン。何か用事でもあるの?」
 ハルヒに続き、朝比奈さんと古泉も俺のほうへ振り返る。
「ちょっとそこの本屋で小説を見てくる。その間は喫茶店でゆっくりしておいてくれ」
「小説? あんたが見るような本って漫画以外あるの?」
「クリスマスのプレゼント用だよ。あそこの本屋には大概の本は揃っているから、一度下見しておこうと思ってな」
 ホームのちょうど真下にある形で、普段の俺が求めるような漫画はほとんど置いていないのだが、逆に言えば、漫画以外のものはほとんど揃っているのだ。あの品揃えなら、あいつの満足するような本がきっとあるはずだ。
 なぜかハルヒは『クリスマスのプレゼント用』と聞いて、露骨に口をへの字にして威嚇するような眼で俺を睨む。……俺、何かした?
「……おい、ハルヒ、何か言いたいコトがあるならはっきりと言え。このまま行ったら後ろめたいじゃないか」
 ハルヒはおもむろに顔を逸らし、若干のためらいを見せつつ回答する。
「べ、別に何もないわよ。……ただ、誰にあげるのか気になっただけよ」
 ……『誰に』? そうだ。俺はクリスマスに一体、誰にプレゼントするつもりで本を見るんだ?
 ハルヒか? いや違う。仮に渡したところで、ハルヒが窓辺に座っておしとやかに小説を読んでいる姿なんて似合わない。
 じゃあ、朝比奈さん? これも違う。俺がもし朝比奈さんにプレゼントするなら本よりも可愛らしいぬいぐるみを手渡す。
 ……古泉? ははっ、んな、バカなコト俺がするわけがない。初めから論外だ。
 そうすると……誰だ?
「んっ?」
 その瞬間、俺の記憶がぐにゃりという音とたてて歪む。
 記憶を覆っていた布がほころび始める。その中からあの不思議な夢……イヤ、今となっては夢でないと確信できる出来事が改めてフラッシュバックされ、それに続いて時間を少し遡った記憶がよみがえる。
 ……そうだ。これは部室であいつと二人きりのときに交わした会話だ。

 

「な、なあ、――」
 人の名前だと思うが、ここはまだ思い出せない。ただ……窓辺間近のパイプイスに座り本を読んでいたはずだ。
「なに」
 この声はあの夢と同じ音色の持ち主。つい最近まで聞いていたような気がする。
「あー、ほら、もうすぐクリスマスだろ。ずっとお世話になっているから、お前に何かプレゼントしようかと思うんだが、何か希望はあるか?」
 世話になったというのはホントだが、それだけじゃあないはずだろ、俺よ。全く、素直じゃないな。……しまった、素直ではないと言った古泉が正しいコトになる。
「別にない。私はあなたくれたものなら、なんでも受け取る」
 その『なんでも』っていうのが俺としては一番困る。
「う〜ん、やっぱり本がいいか? まだ図書館にならんでいない新しい本を下見していくつか目星をつけとくから、その中からお前の好きな本を選んでくれ」
 俺が一冊に絞っても、それが趣味に合う中身かわからんからな。反対に指定されたものを買うだけっていうのも、俺の気持ちが含まれていないような気がする。
 俺がいくつか選んだ本の中で一つを選んでもらう。これならお互い納得できるはずだ。……ただの自己満足かもしれんが。
「わかった。……けど、もう……」
 俺と会話をはじめてから視線をこちらに向けていたが、ほんの少しアゴが下がったような気がする。
「どうかしたのか?」
 声をかけるとすぐ先ほどと同じく俺の向けて視線を送る。
「なんでもない。……楽しみにしている」
「まかせておけ。必ずいい本を探してくるさ」

 

「……! キョ…! キョン!!」
「あ、ああ」
 気づくとハルヒが俺を揺さぶっていた。
「どうしたのよ、キョン。あたしが声をかけてもぼーっとしちゃってさ。目開けて立ってまま眠ったかと思ったじゃない。心配したわよ、みくるちゃんも古泉君も!」
 いかん、また心配をかけたか。
「すまん。……あー、お前の後ろにだな、テレビによく出るアイドルがいたような気がして、そっちに意識が」
 ゴン。
 という音は、ハルヒが俺の脳天に手刀をお見舞いしたのが音源だ。俺の頭が瓦なら見事真っ二つに割れているだろう。
「このアホッ!! 心配して損したじゃない!!」
「キョ〜ン〜く〜ん」
 ハルヒの般若と夜叉と羅刹、および修羅の顔を適当にブレンドした表情をしながら俺をつるし上げ、その脇でヒマワリの種をほお袋一杯に詰め込んだハムスターのように朝比奈さんはほっぺを膨らませている。イヤー、あいかわらず朝比奈さんはどんな顔でも可愛らしいです。
 何もかも悟ったような顔をしてニヤニヤしてる古泉。俺の心配をかけさせまいとした真意を理解しているなら、そろそろ助けてはくれないか?
「もういいからさっさと行きなさい! そこの喫茶店で待ってるから早く済ませなさいよ! ……わかってると思うけど、あんたのおごりだからね」
 ふんっ、とハルヒは俺の胸ぐらから手を離し荷物をぶら下げて喫茶店へと歩きだし、それにぷんぷんと怒った朝比奈さんと、俺に一笑をプレゼントした古泉も続く。
 なぜ、好意が悪意となって返ってくるのだろうか? この世は理不尽なコトばかりだ。
 ただでさえ金がいるというのに、またここで財布が軽くなるのか。蛇の脱皮した皮でも探して入れておこうか。追い込まれた俺は冬眠中の蛇でも動物園のアナコンダでも、無理矢理剥いでやる勢いが……すまん、アナコンダの件はやっぱり言わなかったコトにしてくれ。
 だが、今はそんなコトを言っている場合ではない。
 まだ全てを思い出したわけではない。頭はもやっと状態で名前もまだだ。しかし、後一押しのトコまで来ているような気がする。
 その理由は言葉では表現できないが、そう確信している。
 この後の俺は、誰に送るかもわからないというのに人ごみを中で二十分ほど本を物色し、ハルヒ達と罰が待つ喫茶店へと出向する。
「待たせたな」
「じゃ、日も暮れてきたみたいだし帰りましょ!」
 俺には休憩無しなのかよ! というツッコミも口に出す間もなく、ハイ、と至極当然のように荷物を俺に押し付けハルヒは喫茶店から出て行く。さっきと同じように朝比奈さんと古泉も後に続く。……座っていたテーブルに空になったコップと伝票だけを残して。

 
 

 会計を済ませ後の財布の薄さに虚しさを覚えながら、多くの荷物を持ちながらハルヒ達の後を追いかける。
 すでに切符代すら致命的なダメージを与えかねんが買わないわけにもいかず購入、電車へと乗り込む。
 この頃には低空に移動していたハルヒの機嫌はすっかり上昇気流に乗せ、今日購入したものを部室にどうデコレーションするかを話し合う中、俺も昨日や一昨日の放課後、三人の後方で相槌を返すだけしかしない雰囲気を全く感じさせないほど積極的に参加する。調子を落としていた俺が古泉、朝比奈さん、そしてハルヒもここまで会話にアクティブに入り込んできたのは以外だったようだ。言っておくが、金がなくてヤケになっているわけではない。
 日曜の明日に部室を飾り付けするコトが決まったときには、すでに電車から降りた後であり、いつもの集合場所であった。
 解散寸前、別れの挨拶を告げる前に三人からこう言われた。
 まず古泉。
「どうしたんですか? 先ほどまでのあなたとずいぶん感じる物が違いますが」
 続いて朝比奈さん。
「ですよねぇ。……でも元気になってよかったぁ」
 最後にハルヒ。
「ようやく元に戻ったわね。これからどうするか全部わかってるみたい」
 当たり前さ。
 これまでロンドンの濃霧のように手を伸ばした先が見えないほどだった状況に、ようやく太陽がサンサンと輝くようになった。まだゴールには到達していないが、到達するまでの道ははっきりとまっすぐ示されている。後はもう何も考えずにただ進むだけだ。
 そしてこの到達点と出会ったと同時に、一度隠された道が全て解き明かされるはずだ。理屈で説明できるほど俺の頭は良くないが五体、さらに心もそう言っている。
「これまで皆に心配をかけたが、もう大丈夫だ」
 ハルヒがハッと何か恥ずかしい思いに気づいたように顔を真っ赤にさせ、
「心配したのは、あ、あくまで団長としてだからね! そ、そうよ! 去年、あんたが階段からすっ転んで三日間惰眠していたときと同じく、団長としてなんだからね!」
 そのときと同じように、ハルヒはあらぬ方角を向いて一見怒っているように見える。
「つまり俺はまた心配かけてしまった謝罪をするため、何かをしなくてはならんのか?」
 ここまで同じようになるのは勘弁してほしいものだが。
「もちろんよっ! 懲りないキョンにはクリスマスパーティーの余興を一人舞台で一時間みっちりとやってもらうから、覚悟しておきなさいよ! つまんなかったら、トゲ付きのハリセンで宇宙までぶっ飛ばすからねっ!!」
 ただでさえ頭痛の種であった余興を一時間もやれと強要するハルヒの瞳は、もはや喩えようのないぐらいの輝きを見せていた。

 
 

 自転車に積み上げた重い荷物と気乗りのしない二人乗りをし、何度かバランスを崩しこけそうになりながらも家に着いた俺はさっそく、一日今の今まで俺とずっと付き合っていたクリスマスグッズを玄関に並べる。次から次へと出てくる荷物に、先ほどのハルヒアイの輝きとイコールと言ってもよい妹の眼差しが向けられる。
 喜んでいる妹には申し訳ないが、それらと過ごせるのは一夜限りなんだ。明日には持っていくから、今のうちにしっかり堪能しておいてくれ。あっ、コラッ、シャミセン。袋に顔を突っ込むな。妹よ、グッズに夢中になるのはいいが、シャミの面倒はしっかり見ておけ。
 ……さて、それじゃあ出発するか。
「あれぇ、キョンくんどこいくの〜? 晩ごはんもうできてるよ〜?」
「行き先はわからん」
「へ?」
「母さんには、たぶん遅くなるから晩飯は帰って食べると伝えておいてくれ」
 妹は頭の上に『?』をウロウロさせているが、口では説明しようがないのだ。俺にもドコに行くかはわからんからな。体に聴けばどうにか答えてくれそうだが、完了形の返答限定なので結局、今は答えるコトができん。現状では神のみぞ知る、というヤツだ。どうしても、と言うなら全てケリが着いた時まで待っていてくれ。
 妹は降ろせと抗議するシャミを抱きながら口を半開き状態でポカンとしていたが、俺は体を翻し開けっ放しだった玄関から外へ出て、荷物から開放され身軽となったマイ自転車にさっそうとまたがり、ペダルを勢いよく回す。
 本当に行き先は決めていない。
 自転車で走る中、吹きさらしの顔が突き刺すような寒さを受けている。今夜は温度計がマイナスを示すほどの寒さを感じ、空を360度見渡しても星が見えないコトから雲が広がっているのだろう。朝比奈さんの言っていたように、これから雪が降るかもしれんな。
 積もる、積もらないにしても雪が降ると妹は元気よく外を駆け回り、反対にシャミセンは砦を守る最後の門番並みにじっとして動かなくなる。敵が来ても全く気にしないぐらいに。
 しかし、毛皮のコートを羽織っていても震え上がらせそうな冷たい風を切り裂く音が通り過ぎるぐらい俺の足は動いている。どうやら今の俺にとって寒さなんぞ二の次らしく、一番優先されているのはどこかもわからない目的地に着くコトみたいだな。
 その証拠に、いつもは自転車を飛ばしても二十分はかかる光陽園駅を十五分強で通り過ぎた。何度か車にクラクションを鳴らされた記憶があるが、明日からは信号が点滅した時点で止まるから、今日は許してくれ。
 それはともかく駅前まで来たのだが、まだ足が止まる気配がない。このまま進めば駅前公園に行き着くが、そこが目的地なんだろうか?
 そんなコトを思いながら電車が通過する音やクリスマスで賑やかだった町の喧噪から遠ざかり、やはり公園へと踏み込む。公園は街灯の灯りがあるものの、人がいないため雰囲気は少々暗い。自然と自転車のペダルを回すスピードが減速し始め、昨日、うたた寝してしまったベンチでブレーキをかけ一回止まる。
 自転車から降り、寒気に晒され冷たくなっているベンチへと座る。やはりここなのか?
 ……違う。
 その証拠に一息ついた後、すでに立ち上がっていた。しかしこの近くみたいだな。俺はもう自転車に乗らずに押して歩いている。つまり目的地は、自転車に乗っていくような距離ではないというコトだ。
 今も尚、ドコに向かっているか分からないまま自転車を押して歩いていると、公園から出てしまった。その出口でぐるりと辺りを見渡し、これまでそうしてきたように直感で進むべき方向を決める。
 この辺りは閑静な住宅街なので聞こえる音といえば、時々公園の向こうから聞こえる電車の音ぐらいだ。自転車に乗っていたときに感じていた、しばれるような風もピタリと止んでいるが、寒いコトには変わりは無い。ちなみに『しばれる』というのは北海道や東北で使われる言葉らしく、凍るとか厳しく冷え込むとかいう意味だ。ただこの単語を使いたかっただけで、別に深い意味合いは無いから気にしないでくれ。
 俺が押す自転車のカラカラと鳴る音を響かせながら歩いていたのだが、それが止まった。表現が悪いな。俺の足が止まったんだ。
 止まったトコは公園からたった数分しか経っていない。距離にして二、三百メートルぐらいだろう。
「……おいおい。一体こんな場所に何があるっていうんだ? 手がかりになりそうなものは何も無いじゃないか」
 いつまでも無言のままではノドが変になりそうだったので、思いを口に出してみる。この口に出した言葉は真実だ。等間隔の電柱に街灯、それに照らされるまっすぐ伸びる道、右手にはズラッと並ぶ一戸建て、左手にはあの朝倉が居住していた分譲マンションがあるが、とっくの昔に終わったコト。二度も命を狙われるとは思いもしなかったけどな。
 そんな一つを除けば、全く持って普通のどこにでもある道。
 ……だが、この場所で合っている。
 だから、その根拠である俺の足は動きそうにない。自転車もこの住宅路に止める。この場で後ろに振り返り、雲に覆われ星一つ見えない夜空をふと見上げてみる。あー、とうとう降ってきやがったか……。
 雪。
 視線はチラチラと空から落ちてくる白い雪を一つ、追いかけてそれを捉えようとした手の平に行き着く。その雪は冷たくなっている手だが、わずかに残る暖かさに負けて消えてしまった。
 儚いものだな。
 視線を地面の平行に戻すと、こちらに向かって歩いてくる一人の少女が視界に入る。一昨日、制服の上からダッフルコートを羽織った少女と同じ人物だ。あの『雪』のようなイメージを再び受ける。
瞬間、記憶に覆われておいたものが、やっと……やっと全て取り除かれた。

 

 やれやれ。

 

 この言葉、ひさしぶりに使わせてもらおう。
 ここ三日間、ずっと感じていた寂寥感の謎がようやく解けた。そりゃそうだろうな。俺にとっての一番大事と言っても過言ではない人が側にいなかったのだから。その記憶がなかったのだから。
 命を救ってくれた。一緒にいてくれた。
 これは俺のセリフだぜ、ちくしょうめ。
 覆い隠されていた記憶の全てを振り返っている間に、その少女は何も見なかったように横を通り過ぎる。
 一昨日は知らず知らずの間に振り返っていたが、今度は無意識じゃない。自分の意思で振り返り、そして呼び止めるとしよう。
「さようなら、には早いぞ」
 少女の足がピタッと止まる。シャギーの入った後ろ髪、細く小さな肩。後ろ姿すら愛おしい。なお、雪は降り続けている。しばらく止みそうにないぐらいに。
「せっかくでかい本屋でお前好みの本をいくつか見つけたんだ。俺の労力を無駄にしないでくれよ」
 俺が話しかけている体が除々にコチラを振り向こうとしている。頭では振り向くコトを拒んでいるみたいだが、体が勝手に動いているような感じだ。
「それにさ。ハルヒが騒いで、朝比奈さんが慌てふためいて、古泉がニヤケ面をしていて、俺がその全てに対応する。……そして、パイプイスに座って本を読むお前がいる。やっぱSOS団はこうあるべきだろ?」
 振り向いた黒曜石の瞳に俺の視線が重なる。その奥底からはとある感情が溢れてきそうな色感を持っている。
「そのSOS団で明日は部室でクリスマスパーティーの飾り付けをする予定だ。イヤ、規定事項か」
 お互いがぶつかりそうになるぐらいまで足を動かし、近づく。
「あと……俺はまだまだお前と一緒にこの世界を生きたいんだが……どうだ?」
 俺は抱きしめた。雪のように消えてしまわないように。もう二度とコイツを忘れないように。

 

「なあ……長門」

 

 この名を口に出して一段落置いた後、俺の腰に手が回され弱弱しくもしっかりとした力が加わる。
長門。ようやくその名を日本海溝並みに沈みまくっていた紆余曲折を経て遂に思い出せた。もちろんフルネームで思い出しているぞ。
 長門有希。
「……どうして?」
 後から考えると、こんな道中で抱きしめ合うなど激しく赤面もんだが、それは置いておこう。その中、長門が俺の胸に埋もれながらポツリと言った。
 それにしても、ひさしぶりに感じる長門から温かさが心地良い。おっと、勘違いするな。抱きしめているから伝わる体温もあるが、長門が側にいるから心が温かいという意味だ。
「どうしても何も長門だろ? 長門有希。それがお前の名前だ。違ったか?」
 違うわけがない。こいつから感じる全てが長門と物語っている。
「そう。この銀河を統括する情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス。それが、わたし」
 いつか聞いた長門の告白。初めて聞いたときはとても信じられない内容だったが、この俺にとっては極々当たり前のコトだ。自ら進んでのコトではなく巻き込まれた形となったのはもう昔の話だな。
「俺がお前のコトを知っていたらおかしいか?」
「二日前の未明、あなたを含めてわたしが関わった出来事に関して『わたし』の部分だけを情報操作によって白紙に上書きしたはず。……だから、あなたがわたしを知るわけが無い。思い出すわけもない」
 そんなコトを言われても、知っているのだからしょうがないだろう?
「だけど……やっぱり記憶を操作したのはお前自身だったんだな。今、振り返って思い直してみてもそれ以外に思いつかない。朝倉みたいに違う派閥やまだ見ぬ敵の攻撃にしては妙だ。何より長門の意思でないならば、記憶を操作する直前に俺に伝えたメッセージや、その日の夜、お前とすれ違ったときに何のアクションを起こさなかった説明がつかない」
 メッセージというのは、あの不思議な夢と思っていた長門の思いを乗せた最後の言葉。もう最後ではないけどな。
「記憶を操作したのは長門、お前の意思だったのか?」
 そうだとすれば長門はもう一度記憶を操作してしまうかもしれない。しかし、この推測は結果として杞憂に終わる。
 長門の抱きしめる力が少し強まるのをコート越しに感じる。俺の胸に埋もれたままではしゃべりにくいと思うのだが、長門はずっとそのままで話を続ける。
「わたしの意志ではなかった。『長門有希に対する記憶データを情報操作する』というのは情報統合思念体の命令で、わたしは反対していた」
 それを聞いた俺は心底ホッとした。長門が望んだことだったら悲しくても寂しくても、俺は潔くとはいかないだろうが、身を引いていた所だ。
「……けど、情報統合思念体の案は理屈に通っていて明瞭にて真理だった。それに比べてわたしの反対意見は、酷く曖昧な陳述で不確か。思念体からしてみれば根拠も無いに等しい。……以前のわたし……あなたと出会うまでのわたしであれば、そんな理想と現実を一緒にするような事はしなかった。説得力の無い、不安定な考え。けれどわたしは、それを選んでいた。でも当然のように却下され、最終的には情報統合思念体に従う事になった」
「そうか……。長門も頑張ったんだな」
 今度は俺がギュッと強く抱きしめる。
 コートからつかみ取れる長門の身体は心もとないぐらい細く、小さい。この少女は俺には到底考え付かないほど、影で頑張っていたコトを思うと何も手助けできなかった自分が情けなくなる。
「長門。一つ気になっていたんだが、その思念体は何の理由で俺やSOS団の皆から長門に対する記憶をなかったコトにしようとしたんだ?」
 コートに埋もれていた長門が俺の視線に交わるように顔を上げる。お互いの顔の距離が三十センチも離れていない見る顔立ち。照れるからそんなに直視しないでくれ、長門。
「理由はいくつかあった。その一つとして本来の任務である涼宮ハルヒの観察に集中するため。最近の涼宮ハルヒは、特に大きな情報爆発を起こす事なく至って平穏」
 お偉方の思念体どもにとっては平穏かもしれんが、現場にいる俺にとっては常に不穏にさらされているという事実は伝えられているのか?
「わたしが属する情報統合思念体主流派はこれまで通り、現状維持を推奨している。しかし、いつ涼宮ハルヒにどのような変化が現れるかわからない情報統合思念体達にとって、その最近の平穏であるときのデータも非常に有意義なものと考えるようになった。よって、一挙一動を逃さぬよう情報を収集する必要があった。そのため動きが不必要に制限されぬよう、わたしについての記憶をなかった事にし、涼宮ハルヒの周りを自由に動き回れるようにした」
「なるほどな。うーん、そのハルヒを観察する役目はたとえば朝倉みたいな……えーっと、バックアップって言ってたな。そういうヤツに任せたらダメだったのか?」
「それについてはわたしも提案をしてみたが却下された。理由として、大きな起伏が無い平穏状態はある種、特殊な状態ともいえ、それを調べるには観察対象と長く近く過ごしてきた人物のほうが、より詳しく深い部分まで情報を理解し、得られるという点が返された。逆にそういった理由があったため、この任務にわたしが選ばれた」
 確かにその思念体の説明は人の俺でも理解できる。ある人が全く平穏な状態であるとき、付き合いの薄い人ではただそれだけを受け取るだろうが、濃い人はそれについて深く知ろうといくつも感じるものが湧くはずだ。
 俺が長門を思うように。
「そしてもう一つ。わたしに対する記憶を操作した根本的な理由がこちらにある」
 先ほど長門が説明した動きが制限されないように、という理由だけから記憶を操作したというのには少し違和感を覚えた。いくらデータ収集と言えど、それが記憶を操作するという点までどうも繋げにくい。そこに何かもう一つ挿まなくては足りないと思う。
 その一つであったパーツは一体何が、また誰が原因として関係しているのか長門の口から出るのを待つ。
 ……長門は躊躇しているのか、どう言葉で表現すればいいのかわからないのか少々、口がつかえている。
 しばらくして整理がついたようで、長門の説明が始まる。それについて短くまとめると、その原因は俺にあるようだ。
「これは観察対象である涼宮ハルヒとは関係の無い事。わたしは以前にも増してあなたと二人の、親しみある一般レベルの人達から比べても一緒いる時間が長くなった。その時間は、わたしにとって読書をしているとき以上に満たされ、充実感に溢れるもの。……しかしその反動としてあなたのいなくなった後は、大事な部品が欠損したような情報エラーも同時にするようになってきた。なぜこのようなエラーが起きるのか情報統合思念体ですらもわからない。結局、情報統合思念体は苦肉の策として、あなたとの繋がりを完全に切るというのを提案した。わたしの中に湧いてくるようなエラー情報の消去を断続的に続け、接触を交わさない事であなたから新しい情報をシャットアウトすることで、いずれ消えると情報統合思念体は考えた。実行には移されないまま時間が過ぎていったが、今回、この重なるような二つの事情があり、あなたを含めわたしに関わった人達の記憶を操作した」
 やっぱり俺に原因があるよな。
「それで長門はそのエラー情報は出なくなったのか?」
「だめだった。むしろ、より酷くなった」
 やさしくまぶたを閉じた顔を横にふるふると振り、再び視線を俺に戻した……と思ったらさらに再び俺の胸に顔を埋めた。
「今はもう大丈夫」
 なんでだ?
「あなたが側にいるから」
 長門が一人の時、情報エラーを発生させるような目にあわせたのは俺がはっきりとしなかったからだ。いつまでも緩慢な応対をしていたのがダメだった。こういうコトははっきりと口に出しておかなくては、いつまで経っても長門を不安なままに空き地に放り出しているようなものだ。
 俺がその想いを長門に伝えようと口を開けようとした、それよりわずかに長門が早かった。
「情報統合思念体はこの事態を驚嘆している」
 この事態?
「涼宮ハルヒのような力を持たない人物がわたしの行った情報操作を打ち破り、記憶を取り戻したという事実に」
 俺には到底理解できないが、お前の親玉たちはフェルマーの最終定理も一行も間違いなく証明できるだろうし、地球上のどの生物の遺伝子も解析できるぐらい凄いのだろう。だがな、これだけは伝えておいてくれ。
「驚嘆だと? 長門に対する記憶を白紙にしたとしても、俺にとって大事な存在を消された喪失感をどうやってカバーする? 魔法か! それとも超能力か! 表面の記憶だけを覆っただけで済む単純な問題ではない。たとえ、もう一度消されても俺には思い出す自信がある。時間はかかるかもしれんが、それぐらい俺にとっては当然のコトなんだ!」
 と熱くなってしまった。俺に降りかかる雪が避けていくぐらいに。
「……」
 長門も驚いたような目で見ているし、下手すると周りの家から何事かと住人が飛び出してくるかもしれん。
 おでんのナベのようにヒートしている頭を冷やして、これからどうなるのか長門に聞いてみよう。
「あー、長門。俺は長門のコトを思い出したがハルヒや朝比奈さん、それに古泉。さらに他の皆の記憶は今、どうなっているんだ?」
「それについてはちょうど今、情報統合思念体から新しい辞令が降りた。『涼宮ハルヒの観察については従来の手法に戻す。よって、長門有希に対する記憶については全て復帰させ、以前のままとする』」
 長門は頭の中で原稿用紙を読むような口調で告げる。
「じゃあ、ハルヒ達もお前の記憶が戻るんだな!?」
 喜びの声を上げる俺の声を遮るように長門は言葉を続ける。
「そう。それと辞令にはまだ続きがある。『キョンと呼ばれる人物についての観察を追加』」
 情報統合思念体にもあだ名で呼ばれる俺。もう好きにしてくれ。
 っておいおい。どこからどー見ても一般人な俺を観察とは、お前の親玉は何を考えてんだ! よっぽどのヒマ人なのか?
「情報統合思念体は、情報生命体である自分たちに自律進化のきっかけを与える存在であると考える涼宮ハルヒ。時空を遡って現れ、未来事項を調整する役割を持つ朝比奈みくる。涼宮ハルヒの情報爆発が起源として発生し、そちらの言葉で『神人』を対処する古泉一樹。そして、情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスのわたし。これら特殊な存在である者全てと共に行動できるという特異な人物。それが、あなた。誰の力も借りずに記憶を取り戻したという事がきっかけとなり、あなたも涼宮ハルヒと同様に解析を行うに値する価値があると情報統合思念体は判断した」
 ………………。
 どうやら俺は一般人では無いと判断されたらしい。
 なんだろうな、このみそ汁の具にワカメしか入っていないみたいなどこかやり切れない気持ちは。
「情報統合思念体は涼宮ハルヒとあなたを同時に観察するには、わたしに関する記憶を依然へと戻したほうが、より有意義で多くのデータが採れるとしてこの辞令を下した」
 つまり長門の記憶を戻すのは温情や厚意によるものではなく、あくまで自分たちのタメなのか。まったく、情報生命体はもう少し人の温かみについて学んだほうがいいな。
「でもあなたが、拒否するようなら……」
「なあ、長門」
 長門の言葉に俺の言葉を被せたのは、その先を聞いても俺には意味の無いコトだからな。結果的にはこれまで通り長門といられるのだから文句は無いさ。
 大事なのは長門の気持ちだ。
「お前が俺に別れの言葉を告げたときに、一緒にいて幸せだったと言ってくれた」
「……」
 長門は三点リーダーだけを並べて、誰でもわかるぐらい頷く。
「それをまだ続けてくれるか?」
「……」
 もう一度三点リーダーを並べて頷き、言葉も返ってくる。
「わたしは……わたしは、生まれてきて初めて幸せだと思える時間を手放したくない」
 その言葉には長門自身のはっきりとした意思表示が伝わってくる。
 先に思ったように長門が一人のときに情報エラーが発生するのは、俺の気持ちを長門に全て伝えていないからだ。
 だから、長門は不安になる。
 長門の気持ちを俺に伝えてくれたように、俺も長門に応えよう。離れていても俺がいつも長門の側にいるように、心の奥底から感じてくれるように。
「俺が長門を思うこの気持ちは、まだ好きだとか愛情だとかいう感情なのかわからない。だが、俺はいつでも長門の側にいてやりたいと思っている。立場が逆になるコトがほとんどだが、守ってやりたいと思っている。これからもお前と一緒に幸せでいたいと思っている」
 長門の肩に手をかける。長門の目を見続けて思いを言葉に変える。
「嬉しい、楽しい、寂しい、悲しい。これらも含めて全部、長門の気持ちならどんなコトでも受け止めて、応えてやるからなんでも俺にぶつけてくれ。それが俺にとっての幸せだ。俺も長門と一緒で、幸せだと思う時間を手放したくはないからな」
 気持ちの全てを伝え終わる。これで俺の中で留めていた物を出しきった。
 言い切った感のまま二人立ち尽くしていると、舞い降りる雪に紛れ、長門の目からからポロポロと水が流れ出ていた。
 長門は自分の目から溢れる液体を指先で汲み取るが、それだけではその液体は満足していないようで次々と出ている。白い長門の頬に一滴、一滴流れ、その後を残している。
「……これは?」
 それは誰が見ても『涙』である。
「知っている。涙腺から極少量ずつ分泌されて眼球を潤す液体。それは顔面神経と交換神経によって支配され、『人』では精神感動や、角膜、結膜などに対する刺激、痛覚など身体の諸刺激によって分泌が促進される。でも、あらゆる感覚を制御しているインターフェイスであるわたしには関係の無いこと」
 そう話す長門。しかし、その無表情で仮面をしている眼は涙を続ける。
「……なぜ?」
 いいか、長門。人は感情をずっと心に溜めておけるほど万能じゃあない。一杯なってしまうと溢れ出てしまうものなんだ。
 表情・仕草・発言などという形ではき出したものが感情。
「その中の一つが涙だ。お前はある感情が一杯になってしまったのだろう」
「感情?」
「そうだ。俺はお前の最後の言葉を全部思い出したときに涙を流した。それは俺の中で『悲しみ』の感情がスコールのように降りしきり、一杯になって涙という形で現れた」
 さっき数秒ほど座った公園のベンチ。谷口と国木田というクラスメイトが目の前にいる人目に付く状況。それなのに俺は普通、人には見せるものではない涙を流してしまった。男ならなおさら見せるものではない。
 しかし、涙を流してしまった。どうしようもない程の悲しみだったから。
「長門。その涙の原因となる感情は何だ? 俺と同じ悲しみか?」
 涙の軌道が変わらないほどのゆっくりとだが、はっきりと顔を横に振る。
「あなたとマンションで初めて会ったとき、あなたが部室につれてこられたとき、あなたが図書館へ連れて行ってくれたとき、あなたが病院で手を握ってくれたとき……あなたの温かみを、全てを感じる」
 もう何度かわからないが、長門の手が俺の背中に回り力が込められる。俺も長門の体に腕を回す。
「あなたの言葉を借りるなら、わたしの心はある感情が溢れるほど満たされている。この感情は悲しみでも憂いでも、また苦痛でもない。止めようの無い涙の原因となるその感情は……幸せに該当する」

 

 針が落ちる音さえしない静かで真っ黒の空から、純白の雪がやさしく降り続けている。
 その雪は地面に落ちても、俺のコートに落ちてもその内に消えていくだろう。
 雪にとって、致命的な熱を持つ手に落ちてきたものは十秒もたたないで融けて消える。
 だが、俺が抱きしめている少女は消えない。
 俺がずっと見ているから。ずっと側にいているから。ずっと幸せでいるから。

 

 そして……ずっと覚えているから。

 
 
 

 翌日の朝。
 朝には雪がやんだもののしっかりと寒さは残していったおかげで、可愛さを省いたチワワみたいに震える体にムチを打ってあの長い坂を登り、クリスマス会場である学校の文芸部室を目指している。ここで校門まで一気に走れば、もれなくカイロを全身に貼り付けたと同じく暑いぐらいに体を暖めるコトになるだろう。
 思うだけで、やらないけどな。
 その理由として、昨日に大量に買い込んだクリスマスグッズを両手に持っているからである。よって、ジジくさいとかは言いっこなしでお願いしておく。ちなみに妹は俺の手、足、首に絡み付いて持っていくコトを渋っていたが、クリスマスパーティーに紹介するコトでどうにか了承を得た。高校に黙って入れていいかは知らないが。
 ともかく、今の時間は八時。部室への集合時間はいつもの駅前集合時間と同じく九時だが、このまま何も起きずに行くと五十分は早く着くだろう。
 なぜ遅刻常習犯の俺がこんなにも早い時間に集合場所を目指しているのかと言うと、あの部室で佇む長門を早く見たかっただからだ。
 昨日にようやく長門を思い出し再会したが、やはりいつもの長門が見たい。
 そうするコトで「ああ、ようやく日常が戻ったなあ」と実感できる。普通を偉大と学んだ俺にとって、それが一番の出来事と言えるほどのイベントなんだ。
と、気づけばもう文芸部室の目の前。
 ただ扉をノックするだけという作業であるのに、妙に心臓が早い鼓動を刻んでやがる。こんな緊張するノックは初めてだな。
 コンコン。
 ノックをするが、返事は無い。
 ハルヒによって痛い目をしている扉を恐る恐る開ける。
 ふう。
 思わず安堵の息をついてしまう。そう。これがあるべき文芸部室だ。
 長門が窓際のパイプイスに座りながら本を読んでいるあの『いつも』の部屋。
「よお、長門。相変わらず早いな」
 長門の視線は挨拶に呼応するように俺に向けられる。
「おはよう」
 俺は十年来の友人に会ったような心持ちで、いつもの席へと腰を落とす。無駄に多い荷物はひとまず、長机に積んでおくとして長門のほうへと首を動かす。
 長門も顔だけをコチラに向けながら沈黙する。
「……」
「……」
 俺はいつまでも、いつまでもこれが続けばいいと思う。
 別に多くの会話を交わすわけでもなく、過剰なスキンシップをするわけでもない。
 でも、俺と長門はいつも繋がっている。お互いの気持ちをさらけ出し、知ったのだから。
 その絆はクモの糸より細いかもしれないが、そう容易く切れるものではなく、ワイヤーよりも頑丈で絡み合っている。それほどの強度を持つものなんだ、俺と長門の関係は。
「なあ、長門。俺は今、幸せだが……お前はどうだ?」
「……わた」
「さあ、今日はやるわよ!! 古泉君、みくるちゃん!! 覚悟入れて頑張るわよっ!!」
 バーン!! と、これまたいつもと変わらぬ扉を開けるハルヒである。その後ろには両手一杯に荷物を持つ古泉と、扉を開けた音で「ひゃっ」と声を出してビクッとして耳を塞いでいる朝比奈さんの姿も見える。
「ハルヒ。朝なんだから扉ぐらい静かに開けろ。近所迷惑だろ」
「今日はこれぐらい気合入れないと、乗り切れないのよ! あっ、有希。風邪はもう大丈夫?」
 クリスマスの準備にこれほど気合を入れるとなると、本番がどのようになるか今から考えても恐ろしい。……長門が風邪?
「ひさしぶりです、長門さん。四日も風邪引くなんて災難でしたね」
「この時期は風邪には気をつけないとダメですねぇ〜。今日も来るとき、すっごい寒かったですぅ〜」
 俺がクエッションマークを頭の上に出そうとすると、立ち上がった長門が近づき俺にだけ聞こえる程度の音量で「情報操作は得意」とつぶやいた。
 そうか。この三日間の記憶の補填として長門が風邪を引いていたコトにしたのか。
「わたしはもう大丈夫。心配しなくていい」
「そう? 見た目はいつもの有希だけど、病み上がりだから無理はしないようにね! じゃあ、早速クリスマスパーティーの準備に取り掛かりましょう!!」
 ハルヒは雲を分かつほどの握りこぶしを掲げて、俺と古泉が持ってきたグッズの数々を手あり次第、梱包を力で破り散らかしている。これは準備よりも後片付けで、時間がかかりそうだ。
 先のコトを考えている俺だが、ボーっとしているわけではない。元気がなかった三日間を取り戻すべく、積極的に参加している。
 隣では長門もハルヒとは違い赤ん坊を扱うように優しくグッズを取り出している。
 こいつも皆と過ごすクリスマスは楽しみなんだろうな、と思いながら俺も四日ぶりに五人そろったいつものSOS団の輪の中で作業を続けていると、また長門が俺にだけ聞こえる音量で話す。

 

「先ほどの返答。……わたしも幸せ」

 
 
 
 

…終わり

 

「長門有希の……」シリーズ 完

 
 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:18 (3093d)