作品

概要

作者十六夜
作品名長門有希の… 4 中編
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-03-07 (水) 22:42:43

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 朝、たっぷり睡眠をとって目覚めも最高の予定だったが、俺のまぶたは鉛のように重く、同じく頭・手・足、早い話が体中の全てが重かった。
 昨夜はそうそうとベッドの中に潜り、意識を寝かせようとしていたのだが、夢の続きや栞の裏について必死に思い出す作業に没頭してしまい、睡眠という三大欲求の一つに入ったのは普段の時間よりもだいぶ遅くのコトだ。遅くなったのは仕方ないとして、それで成果がでれば良かったのだがこれが全くといっていいほど無く、戦に出て何もせずに逃げ、戦場への往復時間だけを無駄にした気分である。
 今から高校への道のりを考えるとサボってやろうかと頭に思い浮かんだが、そこは真面目な俺だ。それ以前にそんなコトをする根性も度胸も無い。

 
 

 そんなわけで今日も今日とて、あの長い坂道を氷点下に届きそうな風を受けながら登り続ける。自動車で通過する教師を横目で見るたびにカージャックし高校までドライブとしけこみたいがそんなコトをすれば、もれなくパトカーでドライブするコトになるだろう。
「よっ、キョン!」
 後ろから聞こえるのは俺と同レベルの頭脳を持つ谷口に間違いない。
「よぉ」
 顔だけを横に向け一応社交辞令の形で返事をしておく。睡眠不足と思い出せないイライラも募り今はあまり人とは話たくなかった。話せばそいつに八つ当たりしそうで自分が嫌だったというのもあったかもしれない。
「おいおい、なんだか元気ねぇな。もうすぐ冬休みだっていうのにそんなテンションでどうする。いいか。冬休みといったらクリスマスに正月と色々チャンスがある嬉しい長期休暇だ。これを生かさずに何を生かすというんだ!」
「……そのチャンスを生かす相手はいるのか、お前は?」
 痛い所を突かれたと思われる谷口は額にダーツが刺さったみたいにのぞけるがゾンビの如く復活し、古泉ほどではないがうっとうしいほど顔を近づけ俺の肩に手を回す。
「それはこれから見つけるんだよ。世間はクリスマスムードが迫っているという事もあり、独り身の女性は身も心も寂しいはずだ。そこでこのさっぱりと垢抜けた俺が一声かける。そうすると寂しい女性たちはホイホイと誘いに乗るという戦法だ!」
 政治家ばりに自分の野望を熱弁するのはいいが、周りにいる学生の視線が痛いからもう少し声を抑えてくれ。そしていくら戦法といっても、お前の頭で考えた物なんだ。
「そんなに上手くいくとは思えんがな……」
「ちなみにこの作戦は単独でやるより複数でやったほうが統計上、成功率が高い。そこでだ! 今日の放課後、キョンも一緒にナンパしにいかないか?」
「断る」
 こんな身もふたも無い会話をしている間に坂道も登り終わる。
 しかし結果として一人で悶々として考え込むより、どんなくだらない話でもほんの小さじ一杯分だけ気が晴れた。ナンパを一緒にするというのはゴメンだが、一応感謝だけはしておこう。

 
 

 教室に入り真っ先に目に付くのはハルヒだ。今日も昨日と同様にシャーペンを瞬きするコトも息をするコトも忘れてしまうほどの勢いで走らせている。
 昨日に続いてほっておこうかと思ったが、人間は好奇心には勝てぬものだ。よせばいいとわかっているのに、ため息混じりで話かけてしまう。
「……今日は何の計画を立てているんだ?」
「あらキョン、遅かったわね。まっ、そんなことはいいから、これを見なさい!」
 そう俺の目の前に突き出された紙を受け取り自分の席へと腰を下ろす。カバンを置いてその上から下までみっちりと文字が敷き詰められた紙を流し読んでいくと、クリスマス一日の計画表であった。
 一言で説明するのなら。
「赤点スレスレのキョンでもわかりやすく口頭で説明してあげるわ。まずHRが始まる前に全員で部室に集まって、そこでクリスマスカードを人数分渡すから時間があるときに一言でもいいから何か書くのよ。パーティーの途中で皆と交換するからそのときまでにね」
「おいおい、クリスマスカードなんてシャレたものは別にやらなくても……。それとなんで当日に渡すんだ? 朝に集まるのは何かと面倒だし、別に前もって書い」
 バンッ! と俺の言葉を遮る机を叩く音。
「わかってないわねぇ、あんた。いい! クリスマスカードって名称なんだからクリスマスに書かなきゃ意味がないじゃないの!」
 その自信満々の屁理屈めいた回答に俺はただ言葉をなくすばかりだ。ついでに言うと、ハルヒが叩いた銃声のような音は朝のにぎやかな教室の雰囲気を一蹴し、俺と同じく空間ごと言葉を消してしまった。
「で終業式だけど、これは面倒で時間の無駄だしサボっても良かったんだけど、呼び出しくらうのもなんだしね。終業式が終わったその後がようやくパーティーの本番よ! まず各自でお昼を食べて……っとパーティーにはたくさん食べ物がでるから軽めにしときなさい。そんで、皆でそろってナベの買出し。この時に古泉君御用達の店でケーキを取りにいくから。そうだわ、買出しは二手に分かれましょう! 一組は食材、もう一組はパーティーを盛り上げるグッズの買出しって感じで。クラッカーとかその場を満ち溢れんばかりのボルテージに上げるようなもの!! 後は……」
「待て、そう一度に言われても全部頭に入りきらん」
 ハルヒの授業が始まっても止まらないと予想されるガトリング銃トークをどうにか打ち止めるコトに成功する。普段の俺でも聞き取れないほどのスピードなのに寝不足の状態でどう聞けというのだ。
「なによ、まだ序章よ。これからパーティーのプログラムについての説明なのに、そんな記憶容量でこれからどうすんのよ!」
 バンッ! とまたもや机を叩きつけるご立腹のハルヒ。
 まぁ、落ち着け……と少しなだめて俺はハルヒの自尊心をくすぐるような一言を贈呈するとしよう。
「パーティーのプログラムなんだが、当日のサプライズ発表にしたらどうだ? そのほうがきっと盛り上がるし、初めから何をするかわかっていたらお祭り気分も半分だ。それ以前に団長様の考える催し物が面白いコトと決まっているのだから、俺はそれ以上知る必要はないさ」
 この言葉を聞いたハルヒはさっきまでの不機嫌オーラは拡散し、すぐさま顔はそっぽ向いたがその表情はすっかりご満悦で、褒め言葉はありがたく受け取っているようだ。
「ふ、ふん! そ、それがわかってるならいいのよ」
 俺も初めに比べればハルヒにも慣れたものだな……と心の中で得意げになっていたが、ハルヒはやはり俺には扱えるものではないらしい。
「でも、それとこれとは話は別物。こうしたほうがいいかなぁ、でもああしたほうがいいかもしれない、とか考えるのも醍醐味よ! お祭り気分が半分というなら、その計画を立てる段階で宇宙の果てを突き抜ける無限大にまで上げなさい! そうしたら、半分になっても無限大だからね! さぁ今から紙に書いてある事、全部言うからキョンも何か思いついたらすぐ言いなさいよ!」

 
 

 ハルヒは休み時間はもちろん、授業中も後ろから侃々諤々と遠慮なく俺に話しかけてきた。寝不足を取り戻す機会も無い上、教師から睨みが飛んでくるし、真面目に授業を受けるより疲れてしまった午前だった。
 そして、ようやく授業も終わりハルヒの計画も一通り話し合いが済んだ頃、一言ハルヒが付け足した。
「……あんた、何かいつも通りだけどいつも通りじゃないわね」
「どういう意味だ、それは?」
 俺は睡眠不足の上、半日お前に付き合って心身共にお疲れ気味だが、いつも通りだぞ。
「ううん、何か違うの。う〜ん、何か自分にとって大切なものを失ったけどそれに気付いていない……けどその異常を体のどこかで寂しく感じているって言えばいいのかしら。そして、それすらを含む全体をひっくるめて『いつも』という布に覆われているみたいな。パズルのピースが足りないけどそれで完成と思い込まされている、って言ってもいいわね」
 ハルヒは俺をマジマジと見つめたり、顔を横に傾けてうなったり、最後には髪を手でクシャクシャと引っかきだした。
 その俺はハルヒの言葉を頭で繰り返し、思考にふけっていた。
 何か大切なものを失っている?
 『いつも』という布に覆われているだと?
 ピースの足りないパズルで完成?
 つまり、俺は大切な『何か』を忘れていて、その忘れているコトに違和感がでないようにさせられている?
 これは不思議な夢やミーティング中の勘違い、さらには栞を見たときに感じた寂しさと何か関係があるのか?
 それともハルヒの考えすぎか? イヤ、ハルヒは根拠もなくこんなコトを言わない。どこか、いつもの俺とは違う『いつも』を感じたのだろう。
 やはり俺はいつもとは違う『いつも』の時間を送っている?
「まぁ、考えてもわからない事はとりあえず置いておきましょう。明日の休みについてのミーティングをするから、お昼すぎには部室に居ときなさいよ!」
 そういい残し、ハルヒはカバンを背負って教室を出て行った。おそらく食堂で昼飯を済ませるのだろう。
 仕方ない。
 俺もいつまでもこうしているわけにもいかないし、朝比奈さんが待つ部室で昼飯をとるコトにしよう。

 
 

 廊下でスレ違う学生たちはもうすぐ冬休みが始まる上、クリスマスも近いコトというコトもあってか会話も弾んでいる。イブの日は彼氏と二人で過ごすとのろけ話をする女性に、逆にその日までにいい人を見つけると意気込む谷口みたいな男性、正月に大きな神社に行く予定を立てているグループ。
 このように歩きながら小耳に入ってくる声だけでも皆、表情が明るいコトが見ないでもわかる。
 その一方で、俺はどうも調子が上がらない。
 ハルヒの指摘したように、いつも通りのはずなんだがどうもおかしい。
 ……しかしいつまでも気にしているのは俺らしくない。クリスマスパーティーまで一週間もないし、そろそろハルヒレベルには到底到達しないがテンションを上げていこう。
 そう思ったときにはすでに文芸部室の前。忘れずにノックをして中にいる人の返事を待つ。
「はぁ〜い、どうぞ〜」
 扉を開けた俺の目に映ったのは笑顔が眩しいサンタルックをした朝比奈さんである。その姿はてっぺんに白いモコモコがついた三角ボウシからあどけない顔、衣装がより強調させている二つの膨らみ、腰から下は短く赤いスカートをはき、足は同じく赤いタイツ。
 サンタのコスプレコンテストがあれば間違いなくトップに躍り出る姿に見入ってから、
「こんにちは、朝比奈さん。その衣装も素晴らしく似合ってますね」
 素直な感想を送る。
「うふ、ありがとうキョン君。昨日、涼宮さんにクリスマスも近いし明日からこの服を着るように言われたの。涼宮さんと古泉君もパーティーの計画で色々頑張ってるし、あたしもこれぐらい協力しようかなって」
「ハルヒは頑張るを通り越していますがね。今日も一日、授業中でもおかまいなくその計画について話してましたよ」
「ふふ、涼宮さんらしいですね。あっ、お茶いれますね」
 くるっといつもより新鮮なその体を翻し、ぱたぱたとポットへと向かっていく。その聖母マリアの優しさを見覚える姿に手を合わせて拝み、カバンから弁当を取り出す。
「では、僕も昼食をとることにしましょう」
 いたのか、古泉。
「おやおや昨日に続いてひどい扱いですねぇ。せっかくご一緒しようと思って待っていましたのに」
「気色の悪いコトを言うな」
 まったく朝比奈さんと二人の優雅な午後の一息を過ごせると思ったに台無しだ。今日の勝負は手加減なしでやるから覚悟しておけよ。
「はい、お茶が入りましたよ」
 サンタルックの朝比奈さんに入れていただいた至高ともいえるお茶を飲みつつ食べる昼飯は普段、教室にて谷口と国木田で食べる時とは味も雰囲気もまるで違う。これで隣に古泉がいなければと思うのだが、わがままは言っては罰があたる。朝比奈さんがいるだけで幸せと思わなくてはな。

 
 

 オセロ板を俺の色である黒で八割ほど埋め勝敗が決し、古泉が「さぁ、もう一ゲームといきましょう」と口開こうとしたところで、けたたましく扉を開ける音と意気揚々としたハルヒの声が部室に響く。
「皆、そろってる!? ミーティングを始めるわよ! あら、みくるちゃん、ちゃんとサンタになてっるわね。感心感心」
 ハルヒが来た以上、オセロは休戦だな古泉。
 がちゃがちゃとオセロを片付けているとハルヒが俺に向けて視線を飛ばしているコトに気付く。俺を凝視して考え込むようなそんな目をしている。
「……何か用か?」
「お昼を食べて少しは変わるかと思ったけど、やっぱりどこか元気なさそうね……」
「えっ、キョン君がですかぁ? ……そうですね、そう言われればどこか……寂しそう?」
 黙っていれば美人の分類に入るハルヒに、黙っていなくても可愛い分類に万人が認める朝比奈さんの二人にマジマジと見つめられなんとも言えない気分になるが、あまり浴びいていると気まずい。
 ちなみに古泉。お前もそんな真面目な顔で俺を見るな。
「三人とも気にするコトないさ。ただ最近、ちょっと調子が悪いだけですぐ戻る。それよりも明日のコトで話があるんだろハルヒ?」
「まっ、キョンがそう言うならいいけど。それじゃ、ミーティングを始めましょうか! 今日の議題はもちろん明日の事についてよ! クリスマスも刻一刻と近づいてるのは皆もわかってると思うわ。でも! この部室にはまだクリスマスを迎える準備ができていません!」
 ハルヒは団長席で朝比奈さんに煎れてもらった男子生徒にとっては玉露よりも高値の存在であるお茶を惜しみもなく一気に飲み干し高々と宣言する。俺なら神棚に飾っておくかどうかも悩むというのに。
「クリスマスを迎える準備……ってもうできてるじゃないか。すでに飾り付けが終わったツリーもあるし、部室の扉にはクリスマスリースも掛かってる。なによりサンタ姿の朝比奈さんがいる。まだ何か足りないのか?」
 ちなみにクリスマスリースというのは、ブドウの木から取られたようなツルを輪形に編み、サンタクロースの人形、ヒイラギの葉や松ぼっくりが装飾されているクリスマス定番の飾りである。今やコンビニでも売られているものメジャーなもので、朝比奈さんが自腹で買ってきたものだ。
 買った理由がついていた小さいサンタクロース人形をとても気に入った、といういかにも朝比奈さんらしいもので、その人形は今、朝比奈さんのカバンにぶら下がっている。朝比奈さんと常に一緒にいるその人形は正直、妬ましい。
「こんなのはまだ序章よ! 今年はもっと派手にやるために、青・赤・黄と光りライトアップする電飾、さらにはサンタにトナカイそして雪だるまのイルミネーションを設置するわ! テレビで紹介されるぐらいの規模で『日本で一番クリスマスな部室』と謳われる事を目指しましょう!!」
「俺は反対だ。それにそんなコト、学校が許すと思ってんのか?」
「それで明日は、不思議探索の代わりにこれらを買いに街へと繰り出しましょう!!」
 聞けよ、人の話を。……聞いても決して受け入れてくれないと確信できるが。
 しかし朝比奈さんも頭に煌びやかで華やかに彩られた部室を思い浮かべているのか、うっとりと恍惚の顔をしているのを見ていると、別にやってもいいか……と思うようになってきた。この人の笑顔は俺のいかなる気持ちも全て打ち砕いてしまう恐ろしい最終兵器だな。
「それでは明日の集合時間と場所はどうしますか? いつも通りでよろしいでしょうか?」
「そうねぇ、場所はいつもの駅前でいいけど、時間はどうしようかしら」
「明日は買い物だけだし、昼からでもいいんじゃないか?」
 せっかくの休日だし、朝ぐらいのんびり過ごしたい、という言葉は俺の心の中だけのセリフだ。ただでさえ最近調子が悪いし、これぐらい時間をもらっても罰は当たらんさ。
「んー、あまり早く集まっても店が開いてないし、買い物は午後からにしましょうか。じゃあ、午後一時にいつもの駅前の集合で決定! キョン、遅れんじゃないわよ!」

 
 

 ハルヒの俺に対するお決まりの言葉でミーティングは終了し、今日の予定はこれだけというコトで俺たちは珍しく日が高いうちにあの長い下り坂を歩いている。
 昨日と同じく寂寥感を感じながら。
「キョン君、大丈夫ですかぁ?」
 上の空で歩いていたので、いきなり視界に飛び込んできたくりくりとした可愛い小動物の瞳に驚き、天上界に住む天女がご光臨したかと思ってしまった。
 どうやら一人ぼんやりとしている俺の心持ちを知ってか、前を歩く三人のうちの一人である朝比奈さんがハルヒと古泉の会話から抜け出し、やや後ろに歩く俺に話しかけてきて下さったのだ。この他人を思いやる行為こそまさしく天女。
「別になんでもないですが……でもどうしてです?」
「だって涼宮さんが言ってたようになんだか元気がなさそうで、寂びしそうですし……」
 なんと、朝比奈さんが俺のコトを心配しているのか!? それは俺にとってはありがたいコトとも感じるし、反対に心配かけて申し訳ない気持ちもあるが、どちらかと言うと後半の気持ちのほうが強い。
 女性に心配事をかけるのは男として日頃どうかと思っているからな。
「そんなコト無いですよ。ただいつもに比べてちょっと寝不足で調子が悪いだけで、たっぷり寝れば戻りますよ」
「そうですかぁ……。でもキョン君、あんまり無理しないでくださいね。悩み事とかあったら相談に乗りますから気軽に言ってくださいね。これでも、先輩なんですから」
 そうだった、朝比奈さんは一つ上の学年だ。外見も中身も妹みたいに幼く見えるからすっかり忘れていた。と、思ったコトが口に出てしまったのか、朝比奈さんはちょっとすねてしまった。
「もう、キョン君。そんな事言うなら、今度からお茶抜きですよぉ」
 それだけは勘弁してください。あの朝比奈さんが煎れてくれる身も心も温まるお茶がなければ、俺は凍死してしまいますので。……すねている朝比奈さんもとても年上に見えない姿だな、と思っても今度は口に出さないでおく。
 その朝比奈さん追い越すよう俺の前に足を進めたが、くるっと振り向いてウインクしながら人差し指を口にあてる。
「冗談ですよ。……早く元気になってくださいね」
「……えぇ、大丈夫ですよ」
 朝比奈さんはその言葉を残し、再びハルヒと古泉の会話の中に戻っていった。

 
 

 ハルヒや朝比奈さんにはそのうち戻るとか、大丈夫とか言っておいたが実際はそう簡単にはいかないコトをどこか自覚していた。表面上弁明しておいたのは、あくまで二人に心配をかけたくないだけの一時しのぎだ。
 特にハルヒは感が鋭いときが多々あるため、できるだけはやくこのモヤモヤとした心を雲一つ無い青空にしなくてはならないのだが……しかし、原因がわからない。
 なぜか物寂しく、なぜか心苦しいという感情を引き起こす根源。これがわからないため誰かに相談するにもどう説明すればいいのか見当もつかない俺は、鬱蒼たる樹海をやみくもに奔走するという手段しか今は取れなかった。

 

 唯一、思い当たる手がかりはあの不思議な夢。

 

 だがその手がかりを思いだそうとも、自分の意思で思い出せるほど手軽なものではないため、生い茂る草原からひょっこりとおのずから顔を出すのを待つしかないのが現状であった。手も足も出ないという形容は今の俺にはぴったりだ。……難儀なものだ。
 ちなみに今は例の公園のベンチに腰掛けている。
 三人と別れた俺は、まっすぐ家に帰る気も起こらずにフラフラと市街地を歩き続けた後、なんとなく入った公園で気付いたらベンチに座っていた。冬とはいえ昼下がりの太陽の下は下手に動き回るより暖かく、俺はすっかり腰を落ち着け、上記の思考に陥っていたのだ。
 ……そして眠ってしまったのだろう。
 昨日は夢や栞のコトを思い出そうとして夜遅くまで起きていたため、その睡眠不足を取り戻そうと目論んでいた授業は、ハルヒとのクリスマスの打ち合わせによって潰れたし、帰り道に無駄にうろうろとしたので俺の体はお疲れだ。さらに、わかってくれると思うが精神的にも相当参ってる。これに加えて、暖かく柔らかい羽毛のような冬の日差し。
 これら一つならともかく全て当てはまる状態である俺は、ベンチで座ったままウトウトとしてきた。ここで寝ても別に誰にも迷惑をかけるわけでもない……と思った後の意識はなかった。
 それと同時に、あの思い出せないでいた夢の言葉が再び夢として思い出した。

 

「全てが嬉しかった。一年前わたしが異常動作して構成した世界からあなたが戻ってきた後の病院での事をあなたは覚えているだろうか」

 

 そうそう、あの時はハルヒが消失していてパニックになってしまった。……はて? どうして俺はあんな世界に迷い込んだのだ?

 

「あなたはわたしを咎める事なく、情報統合思念体に検討されていたわたしの処分から救ってくれた。嬉しかった。ただ、手を握っていてくれただけでも心強かったのに」

 

 だからその件に関してはもういいと何度も言ったじゃないか。俺もおまえに救われたのだから。……『おまえ』とは誰だった?

 

「思えば、あの時からわたしの感情というものに大きな変化があった。それ以前にもそのような兆しがあったかもしれないが、あの瞬間にわたしの中は『あなた』の情報が処理しきれないほど生まれた」

 

 思い出せ……思い出せ……。俺は何か大切なコトを忘れている…。俺にとって、それ以上に大事なものなんて何一つなかったはずだ。

 

「この気持ちがどういったものか今のわたしにはわからない。……しかし、あなたの側にずっといたいという事だけは言える」

 

 それは俺も同じだ。おまえとこれからも一緒にいたい。それを俺はなぜ忘れている!?

 

「その願いはかなえられて、わたしはあなたと多くの時間を過ごした。それは幸せだった」

 

 俺も幸せだったさ。いつまでもこれが続けばいいと思った。

 

「……だけど、わたしはもうあなたとは一緒にいられない。会えないわけではないが、あなたはわたしを認識できない」

 

 会えても俺がわからなくては意味がないじゃないか! それにそれは自分の意思なのか? イヤ、違うはずだ。自分の意思ならば、そんなに悲しそうに言う理由が見当たらない。

 

「思い残す事はない。あなたにわたしの気持ちが伝えられたのだから」

 

 お前はいいかもしれないが、俺はお前に気持ちを伝えていない! そんなのは不公平じゃないのか!?

 

「ありがとう。救ってくれて」

 

 待て。

 

「ありがとう。教えてくれて」

 

 待つんだ!

 

「ありがとう。一緒に過ごしてくれて」

 

 俺はまだおまえと一緒に過ごしたい!

 

「ありがとう。そして、ごめんなさい」

 

「待ってくれ!! ――!!」
 視界に光が広がる。
 夢だったとわかっているのに、何度も何度も自分に確認する。
 『あれは本当に夢だったのか?』
 と。
 そして、この俺の最後の叫びはおそらく声として出ていたのだろう。二人の人影が寝ぼけ眼でもコチラを見ているコトがわかる。ベンチで寝ている奴がいきなり叫びだしたら、誰だってそいつに視線を集める。
 非常に恥ずかしい思いをしたと額を手のひらで押さえる。お願いだからさっさと去ってくれ。いつまでもそこにいると立ち去るに立ち去れん。
 ところが動く気配を全く見せない二人を、仕方なしに顔を上げると……そこには見覚えのある二人が目の前に立っていた。クラスメイトであり悪友でもある谷口と国木田だ。
 いつまでもボー然と立ち尽くす二人に自分から声をかける。
「……お前ら、何やってんだ?」
 バカが豆鉄砲を食ったようにきょとんとし、口を半開きのままだった情けない顔をした谷口が我に返ったようだ。……俺も他人から見れば情けないといえると思うが。
「キョンこそ何してんだよ。まったく、こんな所で寝ているだけなら俺と一緒にナンパすりゃ良かったのに」
「谷口、お前本当にナンパしにいってたのか。……国木田も一緒にいるというコトは、お前もか?」
 国木田にそう話を振ると、その答えを聞く前に『違う』とわかる表情をしていた。
「谷口とはついさっき会ったばかりだよ。でも、一緒にやろうぜ、とか半場強引にやらされそうになっているけど」
 どうせ谷口の野郎だけでは上手くいくわけないし、女受けする顔の国木田を入れてあの朝の登校中にほざいていた作戦でも実行しようとでもしているのだろうが、しかしだな、谷口。マイナスにプラスをかけてもマイナスだ。
 もちろん谷口がマイナスなのは言うまでもない。
「そういうわけだから、谷口。お前という人物がいる限り無理というコトだ。あきらめろ」
「ちっ、せっかくお前も誘ってやろうと思ったのに、そんなこと言う奴には止めだ、止め。俺たち二人がいい思いをしても恨むなよ、キョン。お前はせいぜい涼宮と一緒にロマンのカケラも無いイブでも過ごしてくれ」
なぜそこでハルヒの名が出てくるかわからんが、朝も断ったと同じく、たとえ徳川の埋蔵金を目の前に積まれても谷口と一緒にナンパなんてお断りだ。
「まあまあ谷口。キョンだって疲れていたんだよ。ちょっと前から僕たちが声をかけても、全然反応しなかったし」
 そう……なのか? 全くと言っていいほど気づかなかったな。
「そうそう。いくら揺すってもお前全然起きないから、このままほっておこうって国木田に言ったらさ、いきなり叫んで起きるし。お前、そこまで疲れる程、涼宮に振り回されてんのか?」
 やっぱり声に出していたか。他人よりはマシかもしれんが、いくら友達といえど恥ずかしいのは変わりないのは確かだな。
「……なんて言ってた?」
「その時の声? えーっと、『待ってくれ』っていうのは聞き取れたけど、その後は何を言っているか、僕はわからなかったなあ。谷口は聞き取れたかい?」
「いや、俺も後半は聞き取れなかった。……でも『待ってくれ』だろ。おおかた、振られた女性の名前でも口走っていたんじゃないか?」
 女性の名……。確かに夢のあの声は女性のものだ。
 ……もう一度、これまで見た夢の内容を一から最後まで整理しようと頭の中を駆け巡らす。
 その瞬間、これまでずっと感じていたものと比べ物にならない喪失感が俺を強襲した。一体、これはどういうコトなんだ?
「俺は一体、何を忘れているんだ?」
 ふいに空を見上げる。もちろん、そんなコトで思い出せたらどんなに胸がすっきりするか。
「お、おい、キョン。お前どうしたんだ?」
「大丈夫、キョン? どこか痛いの?」
 国木田はともかくあの谷口からも突然の心配する声。お前らこそどうしたんだ?
「いや、だってお前。……泣いてるぞ」
 谷口に言われてようやく気付く。
 頬に伝わる液体に。そのまま手の甲に落ちる大粒の液体に。
 つまり今、俺は涙を流している。
「おかしいな。俺はそんな……」
 つもりは無いのだが、と最後まで口にだそうとしながら目を制服で押さえるものの、それでも全く止まろうとしない涙。
 人の心はなにもかも全て受け止めるコトはできず、それが表情・仕草・発言などという形であふれ出たものが感情と俺は解釈している。涙もその感情の中の一つだ。この涙というのは、喜びでも流れるコトがある。
 しかし、今の俺が流す涙は……悲しみの涙だ。
「おい、国木田。冗談のつもりだったが、やっぱりキョンは誰かに振られたんじゃないのか?」
「う〜ん、僕にはちょっと検討がつかないよ。中学でもこんな事なかったしさ」
 谷口が的外れな事を言っているが、俺にとって今はそんなコトどうでもいい。この悲しみの涙の元を探し当てなくてはおそらく、イヤ必ず一生後悔する。
「あー、いいか、キョン。人は苦しい事、悲しい事をずっと覚えているわけじゃない。もしそうだったら、人生つらくてしょうがないだろう。だから、人は忘れるんだよ。お前がそんな調子だったら俺まで調子がおかしくなっちまう。いいから、お前を振った女性なんて、さっさと忘れてしまえ」
 谷口、お前の心使いはありがたいが、勉強したコトは忘れるなよ。俺も人のコトを言える立場ではないが。
「そうだよ、キョン。谷口を見なよ。今日、谷口は僕と出会うまでに十人の女性を誘ったみたいだけど、全滅だったそうだよ。でも、谷口はそんな事を忘れて次のターゲットを探しているじゃないか。谷口ほどまでとは僕も言わないけど、その事を忘れて少し気持ちを切り替えてみたらどう?」
 十人も声をかけて収穫ゼロか。そこまでお前はもてなかったのか。少しぐらい落ち込みを見せてもいいと思うのだが、全くそんな気を感じさせない姿に尊敬するよ。丁重に返さなくていいからありがたく受け取れ。
 ……このように心の中では軽口を叩いているが、そうでもしないと悲しみで潰れそうになる。
「すまない、谷口に国木田。だけど、そうじゃないんだ……。忘れたら絶対にダメなコトなんだ……」

 
 

 あの後、谷口と国木田とは公園を出たところで別れ、俺は家路についた。
 その帰り道に公園で全てを思い出した夢をもう一度振り返る。今度は涙を流さず、日が沈んで冷凍食品売り場ぐらい冷たくなった外気により、冷静になった頭で考え整理する。
 そして、これまでずっと懐疑的だったコトを初めて確信へと持っていく。

 

『俺は何か大事なことを忘れている』

 

 これに持ってくるには色々材料が足りないかもしれないが、そうでなくては俺の喪失感と哀しみの涙の説明がつかない。そして、喪失感を感じ始めたのはあの不思議な夢を見た日からだ。つまり、おとといの深夜から昨日の明け方にかけて何かあったのだ。
 しかし、一体誰がこんなコトをする? 誰が得をする? まだ見ぬ異世界人の仕業か?
 俺の脳みそではこんなところで頭打ちだ。手がかりとしても無いに等しい。唯一の気になるコトといえば、さっきの公園で俺が叫んだ言葉の後半。谷口が言うには『女性の名前』とか適当なコトをぬかしていたが、ずっと心に引っかかっているので案外あっているかもしれん。谷口も意外と役に立つな。
 まあ『女性の名前』といっても、この全世界の半分は女性。これだけでは『答え』という頂上に小指の爪すらもかかっていない。むしろ、まだ登山の準備も終わっていない段階であるが、目指すべき山はようやく決まった。さっきまでは、海か山かも決まっていなかったからそれに比べればはるかにマシと言えよう。
 ただしその道は前途多難だろう。だが、俺はあきらめるわけにはいかない。
人の一生では絶対に妥協してはいけないコトがいくつか訪れる。そのうちの一つが今、俺に来たというコトだ。 どう進めばいいかはまだ霧の中だが、必ず俺は忘れたコトを奪回してやるさ。

 
 

 ……いき込んだのはいいが、正直これからどうしたらいいのか全くわからない。これが世に出回っている推理小説であれば、事件解決のキーとなる証拠品や証言などがあるが今の俺にはそんなものは無いし、探偵の頭脳も無い。家には三毛猫がいるが残念ながらホームズではないので、これも役に立たない。
 結局のところ、頼りになるのは俺の頭脳なわけだ。しかし、期末テスト後のクールダウンしていた頭の回転を再び全開にするも帰り道の段階では空回りに終わってしまった。
 自宅へと戻った俺は、家族と夕飯を食べているときも、風呂に入っているときも、今もこうしてベッドに横たわっているときも頭の隅々へと意識を巡らせているのだが、数学兇量簑蟒己造砲気辰僂蠅澄イヤ、プライドを捨てたら答えを移すコトができる問題集に比べたら、答えの無い今の問題のほうがやっかいだ。
 きっかけ、みたいなものがあればいいのだが、それすらも思い浮かばない。
 こうして日が変わる時間まで考えていたものの、なんの収穫の無いままこの日は睡魔に襲われ、そのまま寝てしまった。
 もしかしたら、また夢の中で何かつかめるかもしれないという拙い願いを祈りながら。

 
 


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:18 (2730d)