作品

概要

作者十六夜
作品名長門有希の… 4 前編
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-03-07 (水) 22:30:38

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

『長門有希の涙』

 
 
 

「ありがとう。そして、ごめんなさい」
 ……夢……か?

 
 

 年の瀬が感じるようになってくる十二月も後二週間を切った。
 登校時に登る坂道の上から届く風は地球温暖化がウソのように身が凍るほどの冷たさを誇り、老若男女問わず次々と人々に襲いかかっていた。少しは自粛してくれと言いたいのだが、誰に言えばいいのかわからんので、とりあえず隣にいる谷口と国木田に寒さを忘れようと他愛も無い会話にいそしんでいた。
 期末テストも終わりを告げたというのに、冬休みに入るまでの短い期間を無駄に勉強して過ごすという校長の考えはもう嫌だ、とかいう俺らが議論していても全く無意味な話をしていた。ちなみに期末テストの点数について国木田が話題に上げようとしたが、心も寒くなってしまう俺と谷口は瞬時に、
「何の事だ?」
 とボケた老人みたくとぼけた。
 何が悲しくて結果が氷点下の内容である話をしなくてはならないのか? この理由はハルヒや国木田みたいに秀才な頭脳を持つ輩にはわからないのであろう。

 
 

 寒さが外よりいくらかマシな教室に入り自分の席へと座る。
 そして俺は今朝、不思議な夢を見たコトを思い出した。
 不思議な夢といってもとても現実的……だったのだが、これも不思議なコトにあまり記憶に残っていないそんな『夢』だった。まぁ夢といったら不思議なコトだらけで、ハルヒが夢の住人であれば喜々揚々として制限速度無視のスピードでアチコチ走り回っているコトだろう。
 そのハルヒは、俺が座る後ろの席でさっきまで白紙だった紙が墨汁で塗りつぶされたのではないかというぐらいシャーペンで走り書き込んでいる。どうやら冬休みの計画表らしいが、俺には理解できないような内容が盛りだくさんで、仮に理解できてもイヤな予感しか起きないので見なかったコトにする。どうせ部室で発表されるから見なくても変わりはしないのだが。
 ホームルームが始まるまで窓から外の北風に吹かれる葉の一枚も無い木々を見ているだけではヒマなので、その不思議な夢でも思い出してみるか。
 夢の話をするのもバカらしいかもしれないが、心臓にチクッとささりいつまでも気にかかる内容なので覚えている内容だけでもさらっと語るとしよう。

 
 

「ありがとう。そして、ごめんなさい」

 

 聞こえてきたのは手に落ちた雪の結晶のように今にも儚く消え去りそうな感情が入った声。どこかで聞いたコトのあるような声で、消え去りそうなトーンでなければ聞いていてとても心が安らぐ感じだ。しかし、その『どこか』というのが全く思い出せない。

 

「あなたはわたしにとって特別な存在、かけがえの無い人」

 

 俺は言っておくが他人からそこまで言われるようなたいそうな人生は送っていない。人違いである可能性のほうが高いと思われるので、名前と顔をもう一度確認するコトをお勧めしておく。なぁに、世の中には似た人は三人いると言われているのだから間違いは誰にでもあるさ。

 

「だからあなたの――を操作する前にわたしの気持ちを全て伝えておく」

 

 何を操作するって? それに、伝えておく、とか言われてもどう考えても人違いではないだろうか。そんなコトを伝えられても、どうやって俺と間違えられている人を探せばいい? 俺と似ている……というだけが手がかりでは、どんな探偵でも苦労しそうなのだが。

 
 

 ……今はこれぐらいしか思い出せないな。
 この後もこの声の主がたくさんしゃべっていたような気がするが、あくまで夢の話である。明日にもなれば英語の単語を一夜漬けした後みたいにすぐ忘れてしまうだろうし、一週間もすれば記憶の片隅からも消えてもう思い出すようなコトはないだろう。
 そんなコトよりもハルヒの書いている予定表が二枚目に突入しているほうが俺にとって夢よりも気がかりである。まったく冬休みは夏休みみたいに長くないのだから少しは自粛してくれよ……といっても無駄なコトはハルヒと出会ってからイヤというほどわかっているので、せいぜい朝比奈さんに迷惑がかからないようにするのが俺の名誉ある役目であろう。
「う〜ん、みくるちゃんのクリスマスの衣装はやっぱりサンタ姿よね。今年は思い切って去年のよりも短いミニスカートのサンタ服にしようかしら……でも意表をついてボディラインがばっちり出るトナカイタイプの全身タイツもいいかもしれないわね。でもサンタ服も捨てがたいし、どうしようか悩むわね〜」
 ……まぁ、なんだ、たまにはハルヒの好きなようにさせてもいいのではないかと思う寒風行きかう今日この頃。
 どうせクリスマスパーティーに参加するのはいつものメンバーに加えて準レギュラーの鶴屋さんぐらいである。
 もしこの計画を谷口あたりが聞きつけたらまとめて掃除用具箱にでも閉じ込めておけばいい話で、残る問題は古泉だが一人ぐらいの視線は俺がベルリンの壁になるコトで弾けるだろう。史実のように、多くの人の手によっては崩れてしまう壁だが、たった一人で崩せるものならやってみろという話だ。

 
 

 この期末テストが終わり冬休みまでの期間は午前で授業は終了。よって弁当を持ってきているのは部活に所属しているヤツだけで、そのほとんどは部室、もしくは食堂で食べるためクラスで食べるのは極稀である。
 その中で俺は部活といえるかどうかと聞かれれば自信を持って「違う」と言えるのだが、弁当を持ってきてSOS団のたまり場で昼飯を食べるという特殊なグループである。
 SOS団のトップは授業が終わるやいなや、
「部室でミーティングするからね!」
 そういい残しどこかへ行ってしまった。
 まったく少しは落ち着いて人生を過ごしてくれと言いたいのだが、それはそれでヘビとカエルが仲良くダンスするぐらい不気味なので、アクセル七割程度の加速でいてくれと願う俺はすっかりハルヒに慣れてしまったのであろうか?
 言っておくが、慣れたといっても三日に一回は俺の予想をガードレール無視でコーナーに突っ込む想定外のコトをやらかすのでまだまだ油断は禁物である。それが俺にとってショートカットに繋がるか、ガケに転落するかはハルヒにしかわからないが、自動車が空を飛ぶなんてコトになるかもしれない非常識なコトは絶対に避けなくてはならない。
 空を飛ぶのは鳥と飛行機だけで十分だ。

 
 

 この変わらぬ決意を胸に部室へと足を運ぶ。
 部室へと向かうと言っても、先ほどハルヒに言われたミーティングに出席するのが第一の目的ではない。寒い廊下を歩き行き着いたその扉へノックをすると、
「はぁーい。ただいま開けまーす」
 帰宅してきたご主人様を迎える若き可愛いメイドみたいな返事が俺の鼓膜へと刺激する。事実、扉を開けた朝比奈さんはメイド姿なのだからその効果は当社比2倍である。これが第一の目的であるコトは言うまでも無い。
「あっ、こんにちは、キョン君。お昼はもう食べましたかぁ?」
「いえ、これからです。朝比奈さんはもう食べたんですか?」
 俺が長机に据えられているイスに腰掛け、カバンから弁当箱を取り出しテーブルへとポンと置き、コートを後ろにポツンとある誰もいないパイプイスにかける。
「はい、だから気にしないでいいですよ。それじゃあお茶を煎れますね」
 朝比奈さん特製のお茶(小難しい漢字のお茶葉で名は聞いたことはない)とセットで食べるお弁当は、例え冷凍食品満載でもフランス料理フルコースに負けない品揃えと進化する。
「いやいや、僕もここでお昼をご一緒するべきでしたね」
 せっかく視界にいれないようにとしてきたのに、いきなり眼前に姿を現すとは恨みでもあるのか古泉?
「おや、つれないですね、ただ僕は友好を深めたいと思っただけですよ。今もこうやってポーカーの準備をしているところです。」
 お前の気持ちは痛いぐらいわかった、俺が勝つとわかっているポーカーも相手をしてやろう。だがな、ただの友人として付き合って欲しいなら、今すぐ俺の顔へと声と共に吹きかかる吐息の発生源であるお前の顔を遠ざけろ。

 
 

 朝比奈さんの入れてくれる身も心も温まるお茶に将棋やオセロ、はたまたチェスやカードゲームまで持ち出してくる古泉の相手をするいつもと変わらぬ放課後だが、この後の展開もいつもと変わらない。
「さぁ、二学期も後わずか! 今日の会議で冬休みの計画を立てるわよ!!」
 それはわかったからいい加減に学校全体に響く扉の開け方はやめろ、ハルヒ。ただでさえここは古いのだから、そのうち扉が吹っ飛ぶかもしれん。そうなると朝比奈さんは吹きさらしの部屋で着替えるコトになり、つまり俺がノックしないで部室に入るというコトでお着替えタイム中に出くわすかもしれない。
「何いやらしい顔しているの? あんたまさか、あたしで変な妄想してるんじゃないでしょうね!?」
 そんなコトを思い浮かべていやらしいと言われる顔をこの俺がするはずないだろう。
「はぁ!? この平成のクレオパトラと名高いあたしにそんな感情も湧かないなんていい度胸してるじゃない!」
 するなと言っているのは、しろと言っているのかどっちなんだ、お前は。いいか、俺の好みは物静かで、一緒にいて心が休まるような人だ。正にハルヒと正反対でだな……。
「まぁまぁ、今はその話題は置いておきましょう。それで涼宮さん、冬休みの予定ということですが、今年はどのようにして過ごすのでしょうか?」
「それは今から発表するわ! みくるちゃん、まずは熱々のお茶を一杯お願いね!」
 朝比奈さんは待っていましたと言わんばかりにパタパタと部室を移動する。誰にでもまんべんない優しさで飲み物を配給し、俺がありがたみを持ってちびちびと飲む一方で、ハルヒはそれを感謝はしているものの、夏の体育後の麦茶のように一瞬で飲み干してしまう。そして、
「くっはー、あったまるわー! おかわりお願いね!」
 と早くも二杯目へと突入する。朝比奈さんもイヤな顔一つもせずお茶を煎れ、喜ぶ顔が見られれば幸せといった感じで、こぽこぽとハルヒ専用湯のみに注いでいる。
 ハルヒに一つ言っておきたいのが、朝比奈さんは部のメイドさんであり決して、ハルヒ専用メイドではないぞ。そのハルヒはなみなみ湯のみに注がれたお茶を見るなり満足したようで、
「それでは! 今から冬休みに向けての予定を発表します!! ……キョン、ここは拍手するところよ!!」
 はいはい、拍手拍手……。
「皆の知っての通り、我が学校の冬休みはクリスマスイブの24日からです。今日はこの冬休みを告げる大事な日であり、世間も神様も浮かれる日でもあるイブの予定について話し合います!」
 話し合う……といっても俺の意見は取り入れられるコトはまず無いと思っておいたほうがいいな。
「この日は終業式だけ学校は終わりということもあり、お昼から夕方にかけて時間がたっぷりとあります。よって、この時間を利用してクリスマスパーティーを開くことが今、決定しました!!」
「あの〜、そのクリスマスパーティーは今年、何をやるんですかぁ?」
 その豊満な胸におぼんを両手に抱えハルヒに質問する朝比奈さん。そんなおぼんになりたいと思う俺の心は男子なら必ず同意してくれるだろう。
「ちっちっちっ、慌てないの、みくるちゃん。まぁ、やることはそんなに去年と変わらないんだけど、ナベやって、ケーキ食べて、余興を催すの三点は抑えておきたいポイントよね。でもそれだけじゃあつまんないし、今年はそれプラス何かをしたいわね」
 ここで待っていました、と言わんばかりに古泉が手を挙げて発言する。
「そうですね、せっかくのクリスマスイブですし楽しまなくてはなりませんね。とりあえずケーキについては、僕の知り合いの店に頼んで立派なのを注文しておきましょう。余興は個人で考えておくてして、問題はナベとそのプラスをどうするか……ですね」
 余興か……。
 確か罰ゲームといえど、去年はさんざんな目にあったな。今年は汚名返上して何かやりたいところだが、まったく浮かばないのはどうしたものか。いっそ、古泉と二人で漫才でもしてみるか……と古泉のほうをチラリと見たが男から見たら気色悪い、女性から見たらスマイルと思われる表情を返してきたので、この考えはなかったコトにしておく。
「あっ、鶴屋さんもまた誘ってみてもいいですかぁ?」
「全然かまわないわよ、みくるちゃん。今年も色々とお世話になったし、人数も増えるとにぎやかで楽しくなるしね!」
 すでに鶴屋さんはSOS団と平行して行動している準団員といってもいい存在だからな。
 あの人がいればいい意味で騒がしくなるのは決まっているし、なにより去年、俺の罰ゲーム余興を唯一、爆笑して盛り上げてくれたお方だ。鶴屋さんがいなかったら、俺はハルヒと古泉のニヤニヤ笑い、朝比奈さんの肩を震わす反応と……あーそれだけか。ともかくあの人がいなかったら、笑いの才能があまりにも無いコトに悔いて窓から逃げ出していただろう。
「しかしそうなると何のナベにするかはひとまず置いても、食材もかなり買わなくてはならないな。六人もいると食べる量も結構多くなるだろうし、材料は当日に買ったほうが良いな」
 部室に食料を保管する冷蔵庫が置いてあるといっても小型だ。鶴屋さんも意外と食べていたし、俺たちが食べる量を全て保管できるようなスペースはないだろう。それなら当日に買ったほうがいいというものだ。
 こう俺が意見するとなぜか静かな空間に部室が蔓延した。ハルヒと朝比奈さんはキョトンとした顔をしており、古泉さえもニヤケ面を崩して呆然としている。
「……どうかしたのか、皆?」
 静寂を作ったのが俺なら壊すのも俺の役目だと感じ、一言声を出すと、それに古泉が答えた。
「今、『何人』とおっしゃいました?」
「そりゃ六人って……アレ?」
 ……ナベパーティーに集まるのは、俺・ハルヒ・朝比奈さん・古泉、そしてゲストの鶴屋さんの五人だ。どう考えても六人ではないのに、なんで六人なんて言ったんだろ? 自分で言うのもなんだが、普段使わない脳みそをモーターフル回転させた期末テストが終わり、余熱によって脳みそが温まりすぎてとろけているのか?
「はぁ、キョン、年忘れにはまだ少しだけ早いわよ。あんたもSOS団の一人ならちゃんと人数ぐらい覚えておきなさい。……けど確かに食料は当日に買ったほうがいいわね。肉でも魚でも野菜でも新鮮なのが一番だからね!」
「じゃあナベの種類は、スーパーに行ってから決めませんかぁ? あたしたち皆で行って、皆で決めましょう。ねっ?」
 ハルヒのバカにしたようなあきれた表情からたまにはいいコト言うじゃないといった表情へと変化した顔と、朝比奈さんの男子生徒全てをロマンティックな気分にさせるウインクを俺に見せる。
 とりあえずこの疑問はあと回しにしておくとしよう。

 
 

 この後の会議内容はドコのスーパーで、何時ごろに買いに行くとかさし当たって重要ではないので割愛させていただく。
 さらにこの後は、ハルヒのネットサーフィンに、朝比奈さんは誰にプレゼントするのか、はたまた自分のために作っているのか俺にとって非常に気になる存在であるマフラーを編み続け、俺と古泉はというと例の如く、俺が板状で王手をかけたり、チェックメイトと言ったり、ポーカーでフルハウスにフラッシュといった手札で白星を重ね、古泉は逆に黒星を重ねていった。

 
 

 ふと気付くと外は薄暗くなり始めていた。冬の風がいかにも寒そうに吹き荒れている中を帰るコトを考えるとここで一晩明かしたいぐらいだが、そうも言ってられん。
「おい、ハルヒ。暗くなってきたしそろそろ帰らないか?」
「……」
 返事が無い。ただのしかばね……じゃなくて、どうやらインターネットで夢中になっているようで、俺が立ち上がってハルヒのほうへと近づいてもまったく気付いていない。
 そのハルヒはため息をついたかと思えば、目から憧れと願望が読み取れる……かと思えばまたため息をつくコトを繰り返していた。
 まさか不思議発掘みたいなサイトでも見ているのか? はじめは不思議を心躍る気分で見ているが、結局は何も見つからなかったとか、ヤラセだったとかのネタばれを見てガッカリしているとかじゃないだろうな。
 俺はいつハルヒが未解決の問題に手を出すかわからない不安な気持ちで頭が一杯になったトコで、後ろから覗き込む形でモニターを見ると、
「……クリスマス特集? お前、こんなの見ていたのか?」
 恋人が選ぶ雰囲気が良いレストラン紹介や、男性・女性がそれぞれ欲しいクリスマスプレゼントなど朝比奈さんがぽーっと憧れながら見ていそうな特集だが、ハルヒではクリスマスに和菓子でパーティーするより似合わない。
「キョ、キョ、キョ、キョ、キョン!! あ、あ、あ、あんたいつから見てたのよ!!」
 ようやく俺がすぐ後ろから覗き込んでいるコトに気付き、そのハルヒの動揺っぷりといったらこれまで出会ってから見たコトがないほどである。
 なんてのん気なコトを思っていると俺の目前にカバンが迫り、見事直撃……したのだろう。
「何よ! あたしがこんなのを見てたらおかしいっていうの!?」
 おかしいとは口に出してもいない、似合わないとは思ったが……。
 ハルヒの手から勢いよく振り回されたカバンにノックアウトされ床に突っ伏しながらつぶやく。
「だ、大丈夫ですかぁ、キョン君」
「えぇ、なんとか」
 編んでいたマフラーを放り出し、倒れた俺に駆けつけるぐらい心配してくれる朝比奈さん。ハルヒにもこれぐらいの思いやりというものを神は与えてくれなかったのだろうか。
「まぁまぁ、涼宮さんも照れているのですよ」
「そ、そんな事ないわよ!! さぁ、今日はもう遅いし早く帰りましょう! キョンもいつまでも寝ていないでさっさと起きる! みくるちゃんもそんな奴放っておいて帰る準備をしなさい!」
 まったく、自分でやったクセによく言うぜ……と立ち上がり、
「いつまで突っ立ているのよ! みくるちゃんが着替えるんだから部屋から出なさい!」
 このハルヒの怒鳴り声により足早に古泉に続いて部室から退場する。

 
 

 俺はこの部室の外で待っている時間が好きではない。なぜなら、なにかと古泉に話かけられるからだ。
 今日はもう少しで閉鎖空間が発生するところでしたとか、たまには二人でデートでもしたらどうですかとか、ともかく何かにつけて話かけてくるのだ。ハルヒに聞かれてはマズイ内容もあるので小声になるのはいいが、毎回顔が近いのが余計に神経にさわる。
「さぁ、帰るわよ!」
 それを破るのはその話題の中心であるハルヒであり、扉を開けた後ろから朝比奈さんがちょこんと着いてくるのはもう日常茶飯事である。
 ……こうして四人そろって下駄箱まで歩き、校門を通過し、長い下り坂を歩く。
 登校時の山を見上げる景色はなく、帰りは町並みを見下ろすような景色。
 すでに日は完全に沈み、ライトアップされたただ純粋にキレイと思える市街を見渡すと誰にでも優しくなれるような気分になるのは俺だけではないだろう。特に今年ももう残すところわずかというコトもあり、一年を振り返って感慨深い心持ちも混じるのだが、この場にいるメンバーでそれを思うのは俺一人らしい。
 ハルヒはクリスマスパーティーについて古泉と熱心に話しているし、朝比奈さんも衣装というかコスプレ姿がどうなるか気になるらしく耳を傾けており、俺はというと三人の2メーターほど距離をとり市街をバックに三人のやりとりをぼんやりと見つめている。多少の疎外感はあるものの俺が口出しするとハルヒのあらゆるベクトルが急上昇する恐れがあるので、このようなときは静観しておくのが吉なのである。

 
 

 たいしたコトではないのだがこの坂を下る間、また下った後の道でも時々、物音がたったわけでもないのにふと横をみるコトがあった。そう、本当にたいしたコトのない動作なのだ。しかし……この体の中心からくる寂寥感は一体なんだ?
 前に歩く三人は明るく会話をして、
「キョンもそう思うわよね!」
 こう時々、俺にも同意を求めてくるハルヒの冬というのに夏真っ盛りのオーラを発しながら話しかけてくるコトもある。
「そうだな」
 俺が質問の内容を聞いてもいないが賛成の言葉を返すと、
「お二方の言う通り、クリスマスケーキはホールで注文しておくので決まりですね。一人一つずつ選ぶのもいいかもしれませんが雰囲気も重要なファクターですし、テーブルの真ん中におく事で、全体の見栄えもきっと良くなることでしょう。これはもはやクリスマスの晩餐会には定番ともいえるでしょう」
 俺にとっては値段が一番気になる所だが、ムードもしっかり頭に入れ考えている古泉の言葉もはさまれる。
「やっぱりケーキといったら、ロウソクを立てて吹き消すイベントもやりたいですしねぇ」
 どこか誕生日とごっちゃになっている朝比奈さんも微笑みながら振り返ってくれる。
 SOS団のメンバーとして、俺も皆もいつもと変わらない。
 それなのに、この何か物足りないと感じるのはドコから来ている?
 年の瀬もせまり、後わずかの今年を惜しむ気持ちから来ているのか?
 来年、受験の年となる嫌気から来ているのか?
 それとも、まったく別のところから来ているのか?
 などと、にわか哲学者の真似をしてみるのだがさっぱりわからないし、慣れないコトはするもんじゃないとつくづく思う。危うく、電柱柱に激突しそうになるし、横断歩道が赤のまま渡りそうになった。
「ボケてきたんじゃないの?」
 ハルヒにはバカにされるし、古泉にさらには朝比奈さんにまで俺に向かって苦笑が投げつけられた。
 ……まったく、今日の俺の頭はどうも調子がおかしい。

 
 

 別れ際にもハルヒに小学生じゃあるまいしとも言える交通ルールの注意を受け、それぞれの下校ルートへと着く。
 一応、ハルヒの警告通り交通ルールを順守しながら、今度は一人で今日の頭に浮かんだ夢や疑問を振り返って歩く。すでに考えても無駄だったという結果が出ているのに、再び思考に入るというコトはよほど、重要なのだろうか?
 そんな果ても無い考えを続けながら足を進めていると、ダッフルコートを制服の上から着て、その間から見える制服から同じ高校の生徒だとわかる一人の少女とすれ違う。
 すれ違った一瞬だけ見たその少女の感想だが一言でいうなら……さながら雪。
 メトロノームのように統一された歩調は深深と降り続ける雪を、風によってわずかになびくショートカットの髪も風によってわずかに流される雪をそれぞれイメージさせる。顔から読み取れたものは、光も暗闇も全てを吸い込むような目、表情は『無』……のように見えたがわずかに喜怒哀楽の『哀』があったような気がした。
 そして横を通ったときに感じたのは、手のひらに舞い落ちた一つの雪が静かに、誰にも気付かれず、暖かさに負けて消えていく錯覚。
 俺はなぜ同じ高校の生徒が道ですれ違うのかと疑問に思ったのだがすぐに、
『この俺の歩く先に何か用事がありその帰る途中だった』
 このように自己解釈し振り返るコトなく歩く……つもりだったのだが無意識、そう、気付いた時には点滅している外灯の下を音もなく歩く少女の後ろ姿が視界に入っていた。
 体が振り向いたのは全身の細胞の一つ一つが勝手に動いたようだった。
 さらにその細胞一つ一つから、その少女を呼び止めろと俺に命令してきたのだが、呼び止める理由もない、学校でも見たコトもない、そしてもちろん名前も知らない、ないないづくしだ。それなのにどうしてそのようなコトを訴えかけるのか、自分の体ながらわからずにしばらく躊躇していると、その少女は本当に雪のように消えてしまった。
 まぁ、ただ視界から外れただけの話なのだが。
 ともかく、不思議のようなコトもあるものだと自分の頭と体に納得させつつ、冷え切った足を動かし始める。
 見上げると真っ暗な夜空に寂しく月が白く光輝き、その周りには小さく星々が散りばめられていた。
 それは誰かの悲しみを代弁する……目から流れる涙のように見えた。

 
 

 家に着いた俺は妹のお帰りタックルを慣れた体裁きで受け流し、自分の部屋へと続く階段を上がっていく。
 暖房をつけた部屋で着替えをすまし、ベッドに一冊の本を開きながら横たわる。もうすぐしたら夕飯の時間だし、すぐにリビングに下りてもよかったのだが今は横になっていたい気分だった。
 ……本を読むのを中断し、しばらく天井をボーっと見ていると不思議な夢の続きを思い出した。何がきっかけになったかはわからないが、こうゆうものは理由が無いのだろう。

 

「あなたを見ていると胸の鼓動がわたしと重なる。わたしはあなたではないのに」

 

 そりゃそうだ。いくらこの世に自分と似た人が三人いるといっても、全てが一緒という人はいない。遺伝子が同一なクローンでも育った環境によって変わるものだ。それともあれか、鼓動が重なるというのはどこにでもある少女マンガの男と女の歯の浮くようなセリフの一つか?

 

「本を読んでいる時も隣にいてくれて、何気なくあなたのほうを見るといつも微笑んでくれた。わたしはそれが本を読むよりも幸せだった」

 

 おいおい、それはいくらなんでも言いすぎだろう。周囲にいるのは常識から外れた人物もりだくさんだが、俺なんてどこにでもいそうな一般人だ。そのセリフは好きな人にでも言っておけ。きっと喜んでくれるコトだろう。

 

「あなたと多くの場所に行った。多くの思い出を作った。多くのものをわたしに与えてくれた。『人』としての心も教えてくれた」

 

 それも言いすぎだ。俺は自慢にも何もならないが、人にそんなたいそうなコトをしてやったような記憶は無い。……それと何だかその言い方は『自分が人間じゃない』と言っているみたいだな。

 

「キョンく〜ん! ごはんできたよ〜!」

 

 続く言葉は、頭の中ではなく現実である。
 ノックもせずにドアを開け突入してきた妹はベッドで横になっていた俺に純粋無垢の笑顔でプロレスラーばりのフライングタックルを仕掛けてきた。本職とウエイトは違うものの、油断していた俺は防御が間に合わずその攻撃をボディーに受ける。
 その衝撃のおかげで続きを思い出してきた夢の内容を忘れてしまってではないか。
「わかった、わかった。下りるからそろそろ体からどいてくれ」
「はぁ〜い」
 反省の色が雪原にじっとする雪ウサギよりも見えない返事を残し階段とたったと降りていく妹の姿を見て、どうしたものか……と一息ついてベッドから身を起こすと、その反動で先ほどまで読んでいた本を床に落としてしまった。
「ん?」
 声を上げたがたいしたコトではなく、ただ本の栞が落ちただけだ。
 腰を曲げて落ちている栞を手に取り、なんとなくその栞の裏を見る。
 そこには……もちろん何も書かれていない。
 当たり前だ。何も書いた覚えもないし、これは俺しか使っていない。だから何も書かれていないのは当然なのだ。
 ……なのになぜ悲しく、寂しく、そして心にぽっかりと穴が空いた気分になるのだろうか?

 
 

 俺は栞の裏をじっと見つめながら何かを必死に思い出そうとしていた。この栞ではないかもしれないが、とても大切な思い出があったような気がしたからだ。そうでなければ、ここまで俺の心は痛まないはずだ。
「キョンく〜ん、はやくしないとさめるよ〜」
 階段の下から届く妹の声でハッと我に返ると、さっき妹が呼びにきてから五分は軽く経過していた。俺にとっては一瞬かと思われる体感だったが、言い換えればそれほど真剣に思い出そうとしていたのだろう。
「あぁ、今から降りるよ」
 仕方なしに栞を元の本に挟み、階段を下り部屋のドアを開ける。
「およいよ〜」
 カレーが並べられたテーブルにはすでにスプーンを持った妹がイスに座り臨戦態勢をとっていた。別に先に食べてもらってもかまわなかったのだが、ここらへんをキチンと守る妹を俺は褒めてやりたい。
「悪かったな、待たせて。……それにしてもまたカレーか。少し前にも食べたじゃないか」
「何言ってるの〜、カレーは久しぶりだよ。前に食べたのって二週間ぐらい前だよ」
 あれ、そうだったか?
「そうだよ〜」
 ……そう……だったな、確かに食べていた記憶がある。あの時はテスト一週間前に入った頃で、テストが返却されてもいないのに赤点を返された気持ちになりつつ食べていたような気がする。
 先日テストが返され、結果としてはギリギリセーフだったので良かったのだがそれで満足するような親ではなく、やはり机の上に塾や予備校のパンフレットが山積みされていたのは逆に記憶に新しい。しかし今となってそのパンフレット達はゴミ箱の中で、食べ終わったお菓子の袋と仲良く突っ込まれているのは至極当然のコトである。
「なんだか元気ないみたいだけど、キョン君だいじょうぶ〜?」
「そうだな……少し疲れているのかもな……」
 この妹にまで心配されるとは相当気が滅入っているようだな。
 幸い今日は見たいテレビや宿題もないし、風呂に入った後は早く寝るとしよう。

 
 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:17 (2705d)