作品

概要

作者輪舞の人
作品名機械知性体たちの輪舞曲 第25話         『踊る人形』
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-03-06 (火) 22:33:44

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 
 

 かけがえのない大切な人を失った。
 守るべき者への想いだけを己に刻み、自分自身をも失う事態にまで至った。
 わたしに残されたのは、”わたし”だけ。彼女が与えてくれた最後のもの。

 

 それでも、戦い続けなければいけない。
 そのように生み出されたのだから。
 あきらめる事は、許されない。

 

 ……いつか取り戻す。
 全て奪われ、今は何もないこの手に、彼女も、彼も。
 わたしをこのように造り出した、あの存在を許しはしない。
 思い知るがいい。
 自分が生み出した存在が、どれほどのものであるのかを。

 

 約束された日は、もうそこまで来ている。

 

―ある情報端末の蓄積された内部情報―

 
 

 九月一日。わたしは七〇八号室で、ついにその日を迎える。
 すでに警告音はない。
 暗い部屋で、天井を見上げるいつもの光景。
 だが、違う。時間は確実に九月一日を指し示している。

 

 実に六百年近く繰り返された二週間を経ての事。
 無限回廊からの脱出の鍵はやはり彼。
 涼宮ハルヒをもっとも理解するその存在。他の誰にもできない事だろう。
 無論わたしにもできない。今はそれを無感動に受け入れている。
 その間に失われたもの。わたしの個体経験。
 再び取り戻す事ができるのだろうか。
 それとも……取り戻す必要があるものなのだろうか。

 

 脱出するまでの二十年という期間に“前のわたし”が残した記録を解析しようという試みは続けられていた。
 もっとも、統合思念体が直接手をくだした制御ブロックは、端末個体のわたしにはどうしようもできない。個体経験は完全に喪失している。記録としての読み取りはできるが、あくまで表面上のデータにしかすぎないものだった。
 おそらく“前のわたし”はこのデータ群から、さらにさまざまな情報を読み取ることができたのだろうと推測できるが、今のわたしにはそれができない。その為に、あの時の決断がわたしには解らないままでいる。
 今のわたしを形作ることとなった思考制御ブロック。その実行に踏み切ったという思考プロセス。なぜ、実行を踏みとどまっていたのか。また、実行する際にまったく無関係の行為を前提条件として設定している事も理解できない。

 

 彼との、行為。

 

 何の意味も見出せない。評価にも値しない生体行動。その前日に行った行動の全般が、エラーの引き起こした異常動作にしか思えないものだった。
 そんな“前のわたし”が、今のわたしに託したもの。
 個体経験を喪失した今となっては、“前のわたし”がどのような思考を経てこのような選択を選んだのかは不明のまま。知りたい、とは思う。
 けれど……無理な事なのだろう。そう感じている。
 いずれあの存在が再び活性化する、その時までは。

 
 

 九月一日の朝。わたしはいつも通りにマンションの扉を開けて、外の風景に視線を移す。
 あの夏が終わったという実感はない。
 周囲の風景にも変化はまったくない、ように思えたその時だった。
 眼下にある存在がわたしの注意を引く。

 

 見知らぬ人物が、マンションの敷地の庭からわたしを見上げていた。
 女子学生。あの制服は光陽園学院のもの。
 黒く長い髪。理知的な風貌。かばんを両手で持ち、じっとわたしを見つめている。これまでの記録にはない。わたしが行動しようとしたその時、彼女は自然な動作で視線を切り、歩み去ってしまう。
 その後ろ姿を見つめながら思う。
 初めて遭遇する存在なのかも知れない。

 

 ……“わたしたち”以外の、情報端末。

 

(セカンダリ・デバイス)
(はい)
 思考リンクの向こう側の喜緑江美里の声。
(今日は学校へは行かない。監視任務代行を指示する)
(何かありましたか)
 わたしは返答につまる。この疑念は告げるべきではない。今は。
(……再起動後、まだ状態の安定が確認できていない。再調整の為に一日を使いたい)
(了解しました)
 少しだけためらうような返答だった。
(報告は後ほど。では)
 思考リンクが切られる。
 わたしは去って行ったあの女性の姿を目で追う。もう視界にはいない。
 警戒は続ける。そのまま自室に戻り、わたしは検討を重ねた。
 統合思念体の動きが、初めて確認できた事象なのかも知れない。
 もし本当にあれが情報端末だとすれば、わたしに対する監視という事なのか。
 でも、なぜそれと解るような行動を?
 その時が近い、という事の示唆なのか。これは示威行動? それとも牽制という意味。
 状況は静かに進行している。その気配がする。もう十二月十八日に至るその時まで、無為な時間を過ごすわけにはいかない。
 時間がない。情報。それが欲しい。
 わたしは禁則とされている手段を実行する事を決意する。

 

 情報統合思念体の、情報端末支援システムへの侵入。
 発見される恐れはあるが、このまま手をこまねいて傍観するほどの余裕はもはやなかった。
 今までの最大の謎だった自律進化探求計画。これは重要度も高く、ただの一個体にしか過ぎないわたしには侵入して解析することは困難だった。
 しかし、その周辺情報への接触にはかろうじて成功する。
 所要時間は六時間にも及んだ。負担は大きい。圧縮されたとはいえ、汚染された記憶領域が占める部分はわたしの機能を確実に低下させている。
 それでもようやく手がかりを見つける。
 各端末群への個別情報系統。これすらも細心の注意を払わなければ発覚する恐れがあったが、わたしは時間をかけ、慎重に防壁をかいくぐり、偽装情報を織り交ぜながら少しずつデータの取得を行っていった。
 その中で取得できた情報の断片を組み合わせ、これまでまったく不明だったわたしたち以外の情報端末の配置状況が、かろうじてではあるが確認できた。初めての、そして大きな収穫。
 もちろん全てという訳ではない。だが、それでもわたしの周辺に配置されている端末の情報の一部が初めて確認できた。

 

 『D-72B-PD-00271』
 『D-73B-SD-00272』
 『D-74B-RD-00273』
 『F-07B-PD-00394』
 『F-08B-SD-00395』
 『F-99B-RD-00978』
 『R-01F-SA-00009』

 

 ……やはり、いたのだ。

 

 統合思念体による偽装。大規模なエリア単位の情報操作によって巧妙に存在が隠匿されていたそれ。わたしの存在するエリアに少なくとも七体の情報端末が存在していた。
 三個体が一情報端末群として設定されている。ほかによくわからない配置の個体が一体。
 最低でもそれだけの情報端末が配置されていた。
 派閥は穏健派と急進派、それと思索派。個体コードから推察すると、当然というべきか、わたしたちより先に先遣されている。
 もちろんそうだろう。この周辺に生成されたとなれば、時空間振動が発生する。わたしに検知できないはずはない。
 という事は、わたしたちが東京へ向かった際にも、これらの端末群が代理として涼宮ハルヒを監視し護衛していた可能性が高い。
 予想された事態とはいえ、やはり実際に目の当たりにしてしまうと緊張を隠せない。

 

 そこでわたしは一時思考を止める。
 この違和感。
 ……もう、”彼女”の影響が出始めている。
 「緊張」という、それ。それがすぐにも理解できる。
 予測はできていた。だが、その予測よりも少しだけ、早い。
 急がなければ。

 
 

 九月二日。初登校。
「おはよう、有希」
 学校の通学路。あの坂の途中の事だった。
 涼宮ハルヒの声は明るい。ずっとこの傾向が続けばいいと思う。
 わたし自身は、彼女たちSOS団の他に接触のある人間はほとんど存在しない。わたしが口を開くと、クラスの視線がわたしに注がれる為だ。あまり積極的な行動を起こして自身の存在を過度に晒したりしたくはない。
 つまり、わたしに声をかけてくる時点で、その対象者はおのずと絞り込まれるという事。その数少ないひとりが彼女、涼宮ハルヒ。
「昨日はどうしたの。心配してたのよ」
 彼女は多弁だ。SOS団に所属するどの部員よりも。また、その発言に伴う意思は強固で、ひとつものごとを決めればそれを覆すのは容易ではない。
 朝比奈みくるはただ翻弄され続けるだけであり、古泉一樹は追従の姿勢を崩したりはしない。わたしは傍観者の位置のままだった。独自に行動を起こしたとすれば、あの広域帯宇宙存在の接触の際に、喜緑江美里を使って誘導した時くらいのものだろう。
 そんな中にあって、歯止めをかけるのは常に彼の役割だった。
 彼。わたしという個体にとっても重要な位置を占めるだろう、地球人。
 “前のわたし”が、封じ込めたあの存在の影響を受けたとはいえ、固執し続けた準観測対象。
 胸の奥に小さく響くものがある。熱を感じさせるもの。
 昨日感じた「緊張」。それと同様のもの。再活性化の兆候と捉えるべき。彼の事を想うと、うずくような何かを感じる。
 “前のわたし”はもっと凄まじい影響を受けたはず。記録を読み解いても、その傾向は顕著だった。
「朝、一緒になるなんて珍しいわね。いつもはもっと早いんじゃないの?」
 彼女の言葉は正しい。
 わたしはいつもの通学路を避け、光陽園学院に立ち寄っていた。あの女性。本当にわたしと同類の情報端末なのだろうか。それを確かめたかった。

 
 

 高度な偽装が施されている。わたしの能力でヒトか端末かを判別するのは不可能。それでも、あの姿は記録されている。接触を取るかは別として、確認はしてみたかった。
 光陽園学院。わたしが生まれた日に、涼宮ハルヒはここへ進学するのでは、という可能性を検討している。その記録が残っている、女子高。
 校門前を遠くから監察する。あまり近寄るのもためらわれた。
 もっとも、向こうはこちらの存在を把握しているのだろうから、意味のない行動かも知れない。可能な限りジャマーは展開しているが、この行動は主流派の許可を得ているものではなかった。向こうは違うだろう。派閥からの全面的バックアップがあるはず。こんな状況下で自分の力だけでは対抗は難しい。孤立無援の状態だが、やれるだけの事はやってみたかった。
 少なくとも、規定事項に縛り付けられたあの五月の頃に比べれば遥かにまともな状況とも言える。今は、自分の判断で動くことができる。それだけでも大きな違いだった。

 

 観測開始から十五分ほどして、あの女性が現れた。昨日とまったく同じ。
 端末かどうかはここからでは判断できない。一見すればヒトと変わりがないように見える。朝倉涼子や喜緑江美里と同じく、違和感はない。思考リンクを張るにしても、こちらからの積極的な行動は今はまだできそうにない。何事もなく、周囲の生徒と挨拶を交わし、学校内に消えていく彼女。
 ここにいる事はわかった。本当にそうなのかは不明だが、彼女に対して何かの行動を起こしてみたい。何かが変わるかもしれない。そう考えていた。

 
 

 朝のそんな光景を思い返していると、涼宮ハルヒがわたしを見つめていた。
「最近、悩み事でもあるの?」
 気遣う表情だった。
 悩み、というよりは検討事案が山積しているのは事実。わたしは、彼女の観測を未だに愚直なまでに実行している。精神波形とそれに伴う行動の観測、そして報告。異常事態の発生には、相応の対処。
 自分の身に降りかかる事を考えれば、本来、与えられている任務どころの話ではないのだろう。ヒトであれば。
 でもわたしは違う。そのように生み出された以上、逸脱はできない。
 人形、というのが適正な表現なのだと改めて思う。ただし、その人形が何かを回避しようともがく事になるとは、当の創造主たちはどう考えているのだろう。それもわかっているのかも知れないが。
 “前のわたし”は、抗い、もがき苦しみ、そして消えた。その記録だけが残されている。あくまで表面上、「苦しんだ」という事だけしかわからない。当時に感じていた何かは、今のわたしには不明。
 いずれ、わかる時が来るかも知れないけれど。
 涼宮ハルヒの疑問、「何か悩みが?」に対して、あまり影響のない言葉を選んで返す。
「特に、何も悩みはない」
「それならいいんだけど」
「……なぜ、そんな事を?」
 疑問を口にしてみる。これまでに彼女と、このような会話をした記録は残されていない。
 観測者と被観測者の関係を崩すのは、推奨される行動ではなかったから。
「そうね」
 彼女は校門を一緒にくぐりながら言った。
「最近、ちょっと変わったかなって思ってたんだけど。夏休みくらいまでは」
 彼女は一年五組。わたしは隣りのクラス。一年六組。そこまで並んで歩く。
「また少し……何て言ったらいいのかな。元気がない、みたいに思ったから」
「元気」
「そう。初めて会った頃と比べると……うーん。うまく説明できない」
 変わった。それを彼女が感じていたというの。
 事実だった。朝倉涼子の残した情報群。それがわたしを変質させていったのだから。だが、そうやって積み上げられていった全ては、個体経験もろとも、繰り返す夏休みの間に消失した。
 しかし、表面上わたしの感情表現に変化はなかったはず。観測者から観測されていたという事も意表をつかれるものだったが、それ以上に彼女が、わたしをそのように見ていたという事実に驚く。
「もし、何か悩み事があるなら、ちゃんと言うのよ。わたしは団長で、団員の健康にだって気を配る義務があるんだから」
 そう言って笑う。わたしはかすかに頷いて同意した事を伝える。
「おう。長門」
 後ろから彼の声。一年五組の教室の前にまで来ていた。
「どうかしたのか。心配したぞ」
 彼女と同じ事を言う。その言葉に、また解析不能な感覚が訪れる。
 ……なぜ。
 彼の方を向けない。
 あの行為の後、二十年の期間、同様の感覚がずっとわたしにあった。最低限度の受け答え。まるで最初に出会ったときのようなぎこちなさ。動作不全だった。
 また再び、わたしは同じことを感じている。
 あの夜の光景。記録が意図せずにフラッシュバックする。体温。声。記録上のもの。ただのデータ。それだけのもの。
 なのに胸が熱くなる。これは……夏休みの時より、おかしい。
「……どうしたんだ」
 後ろで彼が、涼宮ハルヒに何かを訊いている。おそらくわたしの事。
「やっぱり、具合が悪いんじゃないの。昨日もそうだったんでしょう」
 彼はわたしの正体を知っている。ヒトの患うような病気というものに、わたしが感染などしない事を知っている。
 という事であれば、また異常な事態が発生しているのだろうと彼は考えるだろう。それは避けなければ。他にも朝比奈みくるや古泉一樹がいるのだ。
 他勢力にわたしの変調を悟られてはならない。
「……へいき」
 わたしは彼の顔も見ずに一年六組へと向かう。
 この感覚に慣れなければ。まだ、あと三ヶ月以上も残っているのに。

 
 

 その日の放課後。
 わたしはSOS団の部室には行かなかった。行けないという事を、朝比奈みくるに簡単に説明し伝言を託す。彼や涼宮ハルヒには直接言うのがためらわれる。古泉一樹はもっとも警戒を要する対象。消去法でこの結果に至った。
「……本当に、だいじょうぶですか?」
「問題ない。外せない用事があるだけ」
 彼女の心配は、本当のものだろう。自分を偽る、という事ができない、とても素直な人間だと観測記録は記している。虚偽を申告するわけではない。ただ全てを話さない。
 それだけ。

 

 夕刻。わたしは光陽園学院に向かい、あの女性を待つ。
 程なくして目標を確認。もし端末であれば、わたしが接近しているという情報が伝えられていなくても、様々な探査手段で見つけてしまうだろう。何かの行動を起こされた時、どのように対応するべきか、シミュレートは行っていた。
 あまり意味はないのかもしれない。いざとなれば、情報戦闘も行われるかも知れない。その覚悟もできていた。
 彼女はひとり校門から出てくる。わたしは距離を置いて追跡を開始する。対抗手段の取り難い空間受動探査を行いつつ。果たしてうまくいくだろうか。
 電車に乗りふたつ隣りの駅へ向かう。どうやら住居はわたしたちと同様のマンション。その一室。ほかにそれと目ぼしい存在は確認できない。彼女ひとりだけなのかも知れない。
 そう考えていた時、思考リンクの確立要請。
 間違いない。彼女から。やはり、気づかれていた。
 逡巡するのは一瞬だけ。わたしはすぐにリンクを開く。
(本当に来るとは思わなかった)
 彼女の声。マンションの入り口前で、すでに足は止まっている。
 ただし視線はこちらには向けてこない。
 声は続く。
(少し、驚いている)
(何を)
(ここまであからさまに接触してくるとは想定外。もう少し慎重な判断を下す個体だと考えていたのに)
(では、なぜわたしの前に姿を見せたの)
 わたしは問いただした。その音声伝達には緊張の響きがある。確かに今、それがある。
 朝倉涼子、喜緑江美里以外の端末との接触は、本当に生まれて初めてだった。
(あなたと話がしたい)
(できない)
 彼女の声は、無機質で硬いもの。わたしのそれとはまた違う雰囲気がある。
(このリンクすらも危険な行為。本来、わたしとあなたは接触するべき存在ではない)
(情報が欲しい。少しでも)
(……時間をもらいたい)
 その端末は言った。
(その時にはこちらから連絡する。三十自転周期はかかると思われる)
(あなたのパーソナルネームは)
 わたしの問い。なぜ意味のないことを。後から疑問に思う。
 本来、ここで訊くべきなのは個別コードの方なのに。
(伝える意味はない)
 彼女の返答はもっともだった。
(個別コードは『R-01F-SA-00009』。このコードからの呼びかけに注意せよ)

 
 

 その初接触から二週間ほどして、わたしは喜緑江美里に連絡を取る。
「お話とは?」
 光陽園駅前に呼び出したのは、ふたつ理由がある。
 あまり人気のないところで会いたくなかったというのがひとつ。何が起こるか予想しにくい状況になってきている。ここでなら、あまり派手な行動は起こせないだろうと予測したからだが、実のところ意味はほとんどない。
 情報制御空間の構築という手段が、わたしたちにはある。いざとなればその展開にためらう端末はいないだろう。わたしも同様だった。
 もうひとつの理由は思考リンクを経由したくなかったから。周囲に端末が本当に配置されているという事実。それが把握できた今、インタラプトされかねない状況下で今から行う会話は避けたかった。
「あなたの知っている情報を、提供して欲しい」
「また、突然の話ですね」
「そうでもない」
 わたしは駅の雑踏に視線を向けながら言った。
「あなたは、わたしの状況を詳細に観察しているはず」
「はい」
「つまり、わたしの身に起こっている事も正確に把握している」
「その通りです」
 何も隠すことはないかのように、淡々とした返答だった。
 予測はできていた。あの東京での会話記録から、実はそうなのだろうと薄々は実感している。
 わたしの中にあるものが、何なのか。それを彼女は知っている。
「ではこの先、何が起ころうとしているのかも」
「予測はしています」
「あなたの派閥も含めて?」
 いつもの穏やかな微笑みと共に肯定する。
 それを見ながら、ずいぶんと簡単に認めるものだと感じる。
 これは彼女自身が変質したのか。それともすでにこの時期には、隠す必要がないという事なのか。
「穏健派の動静は。五月二十五日には教えてもらえなかった」
「静観の状況は崩していません。ただし、警戒レベルは引き上げられました」
「いつ」
「一万五千一回目の八月十七日の時点で」
 なるほど。思考制御ブロックを申請した時点なのだから、当然の話。
「わたしは、どうなると予想されているの」
「完全には判断ができていないようです」
 喜緑江美里は空を見上げる。その向こうに、何かがあるかのように。
「あなたの中にある存在。計画は順調に推移しているように思われています」
「わたしの申請も含めて」
「そう、ですが予想よりは早い。順調過ぎる為に危惧されるほど」
「穏健派が?」
「急進派のようです」
 意外と言うべきだろう。それを最も望んだ派閥だと考えていたのに。
「他には」
「思索派の意見もあります」
 考えるだけで何も意見表明をしないという、あの派閥が。珍しいこともあるもの。
 そういえば……確認できたものの中に一体だけ、思索派の端末が存在している。
 光陽園学院に通う、彼女。
「何と言っているの」
「正確な情報は何も。ただひとことだけ」
「………」
「……誕生日を祝うべきかな、と」
 意味不明。誕生日? ……それを祝うべきだと?
 この状況はどのように把握されているのだろう。
 下手をすれば、自分たちすらも消失させるかも知れないという存在を、祝う、とは。
 喜緑江美里が逆にわたしに問いかけてきた。
「主流派からは何も?」
「何もない」
 わたしを生み出した当の主流派は、本当に何も言ってきていない。
 考えてみれば、思考制御ブロックなどの申請に裁可を下すのは、直接生み出したはずの当の主流派なのだろうが、それでも何も言ってこない。
 他の派閥の動静の方が正常に思える。これまでもそうだったが、この状況に至ってもまだ放置のままとは。どういうつもり。
 ここからわたしは本題に移った。この事を知らせて彼女の反応が見たい、という考えがある。
 ……危険はあるが。
「……最近になって、わたしの周辺に配置されている情報端末の存在を確認した」
「はい」
 喜緑江美里の声にあまり変化はない。もともと感情を多く出さない、わたしに似た雰囲気を持っている個体だった。朝倉涼子とは違う。
 ……いや、と思いなおす。
 むしろ朝倉涼子の方が異常だったのかも知れない。
 九月一日に接触した、光陽園学院の制服を着たあの存在。わたしや喜緑江美里に近いものを感じさせている。
 では朝倉涼子は、なぜあれほどまでに「人間に近い反応」を示すことができたのだろう。
 ただのプログラムにしては自然すぎる反応。記録に残されている部分から推測できるのは、異質という言葉。同じ端末だというのに。
 なぜ、あそこまで……
「……長門さん?」
「すまない」
 わたしは意識を彼女に戻す。
「あなたは把握しているはず。穏健派の端末が少なくとも三体は確認できた」
「ずいぶん、危険なことをされたのですね」
「余裕がない事も理解してくれていると思う」
 彼女の動作に異常はない。妙な動きを取らないでくれれば、と思う。
「何の目的で、配置されているのかが知りたい」
「………」
 初めてだったかも知れない。わたしの問いかけに黙り込む彼女。
 例え直接返答が不可能な場合でも、必ず返答そのものはしているはず。過去の記録にはそう記されている。
 できない、不可能、などでも、だ。
 その際に感じ得た余分な情報は、今はわからないが、とにかく記録としては残されているはず。
 それをしない。
「返答は」
「……お答えできません」
「そう」
 歯切れが悪い答えだった。何を考えているの。
 表情も暗いもの。こんな反応は本当に初めて。
 わたしはそれ以上の追及を断念する。
「では、これ以上は訊かない。わたしは独自に接触して、情報を得るつもりでいる」
「それを、なぜわたしに?」
「同じ端末群に所属している。それが理由」
「………」
 ともだち。同胞。そんな言葉がアーカイブから出てくる。
 おそらく過去のわたしが感じたであろうデータ。言葉には出さないが、意味合いとしては似たような事を口にした、つもりでいる。
 信頼に足る者。今のわたしでもそうだとわかる。

 

 だから、訊きたかった。
 本当は、あなたから全てを訊きたかった。

 

 困ったような、寂しそうな複雑な表情を浮かべている。
 あの喜緑江美里が。
 これも初めての事なのかも知れない。
 ……変質している? さっきも思ったことだった。
 あの夏休みの頃の記録にある。
 わたしの部屋へと訪れるようになった、という記録。あの頃の言動の不安定さ。
 わたしだけではない。彼女にもそれがあるというのだろうか。
「時間を取らせてすまない」
 わたしはそんな彼女から目をそらし、自分のマンションに戻る。
 彼女は黙ったままわたしの方を向いていた。

 
 

 約束の一ヶ月が経過しようとしている。十月に突入。
 残りは二ヶ月半。まだ、あの存在の再活性化の兆候は微々たるもの。
 時間は刻々と迫ってくる。あの五月の頃のように。
 回避できる手段は残されているのだろうか。それを思考し続ける日々。

 

 十月七日。夕刻、七時。七〇八号室で待機するわたしに、リンクの確立要請が届く。
 「R-01F」から「S-01B」へ。彼女から、わたしへ。

 

(待たせた)
 リンクの声は落ち着いている。あの時のままだった。
(今から、わたしのマンションへ)

 

 わたしは薄手のジャケットを羽織る。
 初めて、何かが変わるのかも知れない。
 自分の行動で変えられる未来があるのかも知れない。

 

 踊る人形。創造主が操る糸に縛り付けられた存在。
 その人形が無様な抵抗を続ける。それだけの話なのかも知れない。

 

 それを今夜、確かめに行きたい。

 
 

―第25話 終―

 
 

 SS集/586へ続く

 
 
 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:17 (2705d)