作品

概要

作者仮帯
作品名たとえば、こんな長門有希(長門×キョン)
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-02-28 (水) 20:27:07

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 あのバレンタインから3日目の日のことである。
 この日は、俺としては……まあ自分で言うのもなんだが珍しく放課後のスケジュールが埋まっていた。どうせ、ハルヒの良からぬ思いつきに東奔西走する恒例のパターンなんだろうと大方は期待などしないだろうが……この日は違う。
 まあ、SOS団絡みであることは間違いないんだが。
 長門有希と市立図書館に行く約束をさせられてしまったのである。半ば強引に。
 しかし、それは例の如くのハルヒによる気紛れの産物ではなく、長門本人からの要請でもなく、SOS団の愛すべきマスコット――もとい上級生、朝比奈みくるさんが半強制的に事を進めたことなのだから、意外だろう。
 どうやら、朝比奈さんは、みくるさんやらみちるさんやら朝比奈さん(大)やら挙句にはいけ好かないニューフェイスの未来人やらまで舞台に上がって来た先日の一件の最中、自分のせいで長門が市立図書館にひとり取り残される羽目になったことを気にしているらしかった。思いやりには事欠かない根っからの善人なのだ。
 いや、断っておくが、朝比奈さんが責任を感じる謂れは天地神明に誓ってなく、事情を知っている身で長門に同行しておきながら前もってあいつに説明することをすっかり失念していた俺に全面的な非がある訳で。
 その埋め合わせを長門にすることは、俺にしたってやぶさかではないどころか、日頃から長門には言葉には尽くせないほど世話になり迷惑をかけていることだし、そんなことでいいのか、ハルヒみたいに我儘言ってもいいんだぞ1回ぐらいなら、とこっちから長門に質したいくらいだった。
 が、前述の図書館に長門を置いてきぼりにした際に俺を諌めたときのような上級生ぶりを発揮してお膳立てをしてくれた朝比奈さんを慮れば、余計な口出しすることは野暮というものだ。
 長門が、朝比奈さんの急な提案に、

「了解した」

 と簡潔ながら明確な意思を声に乗せて頷いたのも、朝比奈さんの心遣いを理解したという意味も込みだと俺は見ている。長門が相貌に表出させるゼロに等しい感情を読み取ることに関しては自信がある俺が言うんだから間違いない。長門に合っているのか訊いたことはないけどな。
 まあ、朝比奈さんと長門の間に、まだまだぎこちないにせよ連帯意識と言うより友情と言い表したいモノが育まれているのは確かだし、わざわざ後ろ向きに考えることなく、いい傾向だと微笑ましくなっているのもいいだろう?
 それに、長門の我儘を聞くとすればホワイトデーがあることだしな。ハルヒの無理難題ならともかく、長門と朝比奈さんのおねだりならば身体を張って応える気満々だ。ホワイトデーが近くなったら火星に連れて行ってくれなんて助力を俺のほうから長門に請うことになりそうな、バレンタインデーの翌日に抱いた一抹の不安は、この際海王星の果てぐらいまで置いといて。
 そんな1ヶ月先のことを考えるくらい、俺は妙に気が逸っていたというか昂揚していたというか緊張していたというか。
 習慣づいた動作の如く何も考えずに、やって来た文芸部室の扉を開けた俺は。
 そこで、さびれた部室すら趣あるものに一変させる下着付きのヴィーナス誕生に出くわした。
 朝比奈さんの生着替えである。
 最近、メイド姿に着替えるのも定着した来たこともあって、割とご無沙汰であった目の保養に手を合わし――なんて時が止まったように悠長にしている場合じゃないだろ俺。
 現実の時間に置き換えれば1秒もしないうちに、朝比奈さんは顔を真っ赤に紅潮させて、その麗しい唇を大きく開け放って、予想するまでもないが甲高いお声をあげようとされていた。
 ――と、すんでのところで俺を廊下の外へと押し出す手があった。そのまま、その手は無駄の一切無い挙措で扉を音も無く、だが素早く閉めた。朝比奈さんに悲鳴を上げさせる暇も与えぬ早業と讃えても過言ではない。
 言うまでもないが、長門によるものだ。いつの間にやら俺の懐に入って来て、気付けば俺と一緒に部室の扉の前に佇み、朝比奈さんが着替え終わるのを待つのに付き合ってくれていた。
 こうした行動には、いつもまさしく他人事として静観を決め込む長門にしては珍しい、というか初めてじゃないのか、こんな自主的な行動は。
 俺は長門に視線を落とし、戦慄する。
 多分、俺にしかわからない。
 だが、確実に長門は無表情に、怒っていた。
 俺の視線に気付いたのか、長門は真っ直ぐに俺を見上げて来た。
 心臓がいきなりアクセルを思いっきり踏んでしまった四輪駆動のエンジンのように鼓動を轟かせた。色んな意味で。
 このまま見つめ合っていても埒が明かないので、ごくりと喉を鳴らして俺はおそるおそる長門に訊いてみる。

「おい、何を怒っているんだ?」
「怒っていない」

 長門は0.01秒の超人的反射速度で、無機質な声を以て即答した。
 そりゃ確かに素人目から見れば、顔色ひとつ変えていないように見えるだろうよ。いや、それはそれで怖いもんがあるかもしれんが。
 しかし、それで俺が引き下がると思うなよ。怒っているだろ、間違いなく。それもかなり。

「朝比奈みくるが着替えている可能性を考慮しなかった貴方の不注意及びノックを怠った無作法を非難しているだけ」

 こいつから礼儀云々で叱られるとは思いもよらなかったな。
 とどのつまり、俺が朝比奈さんの着替えを覗いたことに怒っている訳だ。
 このことに気付き、俺は鍵を閉めない朝比奈さんにも注意してくれよなんて自己弁護をするのも忘れて、軽いサプライズを覚えた。
 長門が、女性らしい反応を示している。着替えを見られた同性の恥じらいに同調し、その相手に憤りの矛先を向ける女性心理くらい、俺にだって理解できる。しかし、長門だぞ。あの長門がこのような人間臭い感情を見せる(俺以外にはわからんレベルだとしても)なんて、繰り返すようだが、ちとびっくりだ。
 ひょっとして当事者が、朝比奈さんと俺だからだろうか……なんてふとした思いつきに首を捻っていると。

「ふたりして部室にも入らないで何してんのよ?」

 この日、一番その動向を注意していたはずの人物の、奇妙にドスの利いた声がした。
 俺は俄然現実味を帯びて来た嫌な予感に頭を痛めつつ、長門から眼差しを転じる。
 確かめるまでも無い人物がそこにいた。
 ハルヒが何故か腰に手をつけて詰問するような目つきをこちらにむけて立っていた。おまけに言えば、その隣にはお付きの執事然(ちなみに、荒川氏が醸し出す本職の雰囲気には遠く及ばんことも言っておこう)とした古泉も立っていた。

「朝比奈さんが着替えているんだよ」
「なら、どうして有希まで外に出てるわけ?」

 なおざりな俺の返答に、ハルヒは眉根に皺を寄せて追究して来た。
 そーいや何でだ。俺を外に締め出すだけなら、長門まで部室を出て来る必要はない。

「外出するところだったから。だから、今日の活動は欠席」

 長門がそう淡々と答えて気付いたが、長門の手はきっちり鞄をぶら下げている。

「ふうん、何か用事あるの?」

 長門の私用というのに興味をくすぐられたような顔つきになったハルヒの尋問に対し、長門は唐突に俺の制服の袖口を引っ張った。

「約束……一緒に市立図書館に行くという約束をしていた」

 この証拠を突き出すような長門の物言いを前に……『一緒に』の相手が誰なんて言わずもがなだよな。
 目の錯覚だと思いたいが、ハルヒのこめかみに青筋が立ったように見えるぞ。
 せっかく今日はハルヒに注意を払っていたのに、嫌な予感が的中したことに俺は思わず長門を思わず恨めしく見てしまった。
 俺の心配も、ハルヒの反応も何処吹く風という泰然自若ぶりを体現して長門は立っている。

「ほお、デートですか」

 こら、古泉。素知らぬ顔でのほほんと追い討ちをかけるな、馬鹿野郎。第一、ハルヒの機嫌を損ねたら、お前らが困るんじゃなかったのか。何で面白がってんだ。
 そのうえ、

「そう」

 なんて長門まで頷くもんだから、俺としては後に引く訳にも行かなくなる。断じてデートではないと否定したかった俺だったが、長門の証言を否定する権利は俺にはない。もしかして、ハルヒ相手にどういう訳か焦っている俺のこの有様を、長門、お前も面白がっているんじゃないだろうな。

「へえ、SOS団の活動よりデートを優先するんだ、あっそう、ふうぅぅぅん、なるほどねえぇ〜」

 ハルヒは目を細めて、俺に照準を定めて空々しい科白を連ねた。
 おい、何で俺だけなんだ。長門も共犯だろうが。
 そんな俺の無言の訴えが通じたのか、ハルヒは腕組みをして長門のほうに振り向いた。俺に押し寄せていた苛烈なプレッシャーは、どうやら俺限定のようだ。まるで満足に二足歩行できない幼児をハラハラと見守る母親のようなハルヒの顔を見ればわかる。

「キョンに誑かされた訳じゃないのよね」

 俺を何だと思っているんだろうな、この女は。
 ハルヒの確認に、長門が黙然と首肯すると、

「有希が図書館に用事があると思っているのならいいわ」

 腰を折って長門の瞳を食い入るように凝視していたハルヒは、溜息混じりにそう言い放って上体を反らした。
 思いがけず無駄を割いて早々と妥協したハルヒに、俺は些か瞠目していたが。

「有希だって独りじゃ淋しいでしょ」

 継いで述べられたハルヒのこのコメントに、俺は内心賛同した。
 長門を独りにしてこの前の二の舞になっては、せっかくセッティングしてくれた朝比奈さんに申し開きできないということもある。
 長門に関しては、ハルヒは不思議に物分かりが良くて助かる。
 俺の耳を引き千切る勢いで引っ張って、

「有希は初心(うぶ)なコなんだから雰囲気に流されるような真似をしそうになったら、あんたが責任を持って押し留めるのよ」

 ――なんて的外れなことを耳打ちしてくれたがな。
 お前の中で、俺は節操のある男なのか、ない男なのか、ハッキリさせてもらいたいところだぜ、ハルヒよ。
 ついでに言えば、ハルヒの長門観というのも伺ってみたいもんだ。
 俺個人としては、長門よかハルヒのほうが危なっかしくてよほど目が離せないんだがな、比較対象が朝比奈さんなら迷うところだが。

 
 

 かくして俺は何とか長門と図書館に向かう許可を団長殿から頂き、長門と何事もなく図書館で時間を費やした。
 俺は惰眠を貪り、おそらく(なんせ寝ていたもんだから確証を持てないため)長門は読書に勤しんだ。ハルヒが想像していたと思しきムードもへったくれもない。所詮、俺と長門じゃ杞憂というものだ。
 とは言っても、長門を放ったらかしにして居眠りしていたことと同義なんだから、一緒に行った意味があったのかと問われれば返答に窮してしまう。さすがに長門に悪い気がする。……デートかと訊かれたとき、どういうつもりでこいつは肯定したんだろうかって、な。
 帰り道、そのことで詫びると、前をとつとつと歩いていた長門はぴたりと立ち止まり、それに倣って俺も足を止めた。
 振り返った長門は占い師の水晶玉のような双眸で俺を見据えながら、お馴染の抑揚の無い声で言う。

「貴方が安眠できるのは、絶対ではないが、ひとつの安心材料」
「……俺が平気で眠っているのを見ると、お前も安心できるってことか?」

 長門流の回りくどい表現を噛み砕いて俺は尋ねた。
 長門はしっかり大地に根を張って屹立する大樹のような風情でたじろぎもせずに、短く簡潔に答える。

「そう」

 だが、はっきりと肯定の意を表明してくれた長門の顔を直視していた俺は、変に面映くなって視線を外した。
 そのときだった。
 天変地異の前触れかと思わざるを得ないような事態が、俺の身に発生したのは。

「故に、貴方に感謝を」

 そんなことをのたまわって、長門が俺の背中に両腕を回した――つまり、抱きついて来たのである。
 当然、俺は絶句。というよりも石化。
 完全に思考停止した俺から、刹那の抱擁を経て身を離した長門はいつもどおりの平坦な声で、今の自分の行為を解説する。

「書物の情報を解析した結果、感謝の表示、安堵の共有を目的とする手段としては、抱擁が一番望ましいと判断した」

 そこまで言って長門は、俺の様子がおかしいことに気付き、目を一旦瞬かせて10度くらい右横に首を傾げた。

「何?」

 いや、長門よ。別にいいんだが、こっちにも心の準備というものがあってだな。お前がこんな行為に及ぶとは、まさか夢にも思わないから、その感触を確かめる間もなかったし、俺の制服の胸に顔を埋めたお前が少し照れているんじゃないかと期待して顔を覗く余裕もなくてだな、今それを滅茶苦茶後悔しているところなんだ。ひょっとしたら、あの控え目な微笑を彷彿とさせる、はにかみ顔の長門を見逃してしまったんじゃないかなんて思うと、殊更に。俺の迂闊さを俺自身で詰ってやりたいから、できれば、そっとしておいて欲しい――。

「いや、何でもない」

 ――てなことを正直に述懐するわけにもいかないから、こんなところで言葉を濁すのが妥当だろう。

「しかし、こういう真似はむやみやたらとするなよ、いらぬ誤解を呼ぶからな」

 長門が想定外の知識を地球の文献から得ることを真剣に悩み始めた俺は、釘を刺した。
 ハルヒの長門評は存外にも正しいのかもしれない。こうした方面のことには賢しい長門というのは、確かに思いもつかない。そういった意味では、確かに初心(うぶ)と言えるかもしれない、いつぞやのバグったときとは違う暴走の危険性を孕んでいるが。
 俺の注意に対して、長門はこれまた普段と変わらない感情の起伏を感じさせない声で答える。

「問題ない」

 さも当然のことのように滔滔と言葉を紡ぐ。

「私が同期の代替行動に出たいと思う相手は、貴方だけだから」

 ……同期……何度か長門の口から聞いたことのある単語だ。時系列の異なる長門同士で情報を分かち合うとか、そんな意味合いじゃなかったか。でも、長門は、それを封じた。少なくとも長門自身たちの間でそんなやりとりをすることを。
 瞬間、閃いてしまった。長門の今の発言の意味を。つまりだ、俺のことを知りたいと、で、その逆に俺に長門自身のことを……抱き締められたあとだから、「知りたい」に余計なプラスアルファの意味を加味したあり得ない妄想が頭をもたげて来やがる。
 きっと今の俺は、呆けた面を曝しているんだろうなあ。俺の心臓が目まぐるしく騒ぐ音を立てているのとは裏腹に。
 長門が、雲ひとつない陶然たる夜空の如く奥深い瞳で、俺のことをじっと直視しているっていうのにさ……。

 
 
 
 

〜後日談(長門&鶴屋さん)〜

 私は現在、偶然遭遇した朝比奈みくるの友人にしてSOS団名誉顧問である女性に、2月13日に私の住居で行われたチョコレートケーキ製作のあらましを尋問されている。
 別に拒否する理由はないので、人間仕様で返答を行う。
 まず涼宮ハルヒの発案で、画用紙をはさみで切り、ホチキスでとめてケーキの型を作った。涼宮ハルヒは円型、朝比奈みくるはハート型、私は星型。前日涼宮ハルヒが購入し、私が預かっていたテキストの、ケーキ作りのページに『ワンポイントアドバイス』として記載されていた「紙だとハート、星、花、動物などの型も自由に簡単にできます。金属の型の場合、種類を揃えると置き場所に困ったり、後片付けが大変です」という文章に影響を受けたものと思われる。
 次に、オーブンを180度に温めておき――。
 ここで、朝比奈みくるの友人が苦笑した。
 彼女が言うには、作り方を訊いているのではなくて、そのときの私たちの様子――言動を含めたものと理解――を知りたいということらしい。
 意思疎通で齟齬があったことを確認。
 速やかに、最初から説明をやり直す。
 材料を買って来ることになっていた涼宮ハルヒと朝比奈みくるが、指定していた時間よりも約10分早く私の家に来た。このときのふたりの様子から、精神を昂揚させていたという印象を抱いたことを補足しておく。早く来たのも、気が逸っていたということだろう。
 それと、もうひとつの要因として。
 朝比奈みくるが、涼宮ハルヒの持参して来た、映画撮影時に使用していたウェイトレスの衣装に着替える時間を必要としたことも挙げられるだろう。このときの涼宮ハルヒの説明を忠実に再現すると「第2弾を録るまでほったらかしにしてちゃ可哀想でしょ。せっかくのエプロン付きなんだし、こーゆーときに使ってあげなきゃ、あ、みくるちゃん、ツインテールよ、ポニーテールは駄目。え、どうして駄目って……(およそ2秒間言い澱んだあと)やっぱ、この衣装のときはツインテールよっ」以上、再現終了。
 朝比奈みくるの友人が、ここまでの説明を聞いて「みくるってば、またあの衣装着たんだねえ見たかったなあ。私ならポニーテールのみくるも試してみたいけどねっ、今度みくるにお願いしてみよっかなっ」云々と矢継ぎ早に所感を述べた。それから判断する限り、現段階でこちらの説明の方針は、彼女の希望に合致しているようだ、このまま続ける。
 私も、涼宮ハルヒが用意したエプロンを着用した。
 ……柄は、胸部に黄色いひよこをモデルにした絵柄がプリントされた水色の胸当て付きエプロン。涼宮ハルヒのほうは、フリル付きの薄紅色の無地のエプロンだった。……そんなに目を輝かせてと比喩させるまでの表情で見たいと所望するほどのものではないと考えるが……私個人の見解を音声化する必然性はない。
 涼宮ハルヒの提案で、ケーキの型を画用紙で工作することになったのは説明したが、その際、朝比奈みくるは紙で型を作るということに意外そうな反応を示していた。それに対する涼宮ハルヒの説明を再現する。「せっかくの手作りなんだから、みんな同じ型じゃ醍醐味が失われるわっ。まあ、妙に凝って変に期待させるのも悪いしね、私はシンプルな円型にするけど、みくるちゃんと有希は違うカタチにするのよ」以上の指示に従って朝比奈みくるはハート型、私は星型を作った。
 ――んふふ……文字に置き換えるなら、この表現が妥当かと思われる含み笑いが私の正面から聞こえて来て、次いで以下のようなことを言われた。

「成程ねえ、みくるはハート型なんだね。それはそうと有希っこは星型にしたんだね、ちなみに五芒星かい? 六芒星かい?」

 五芒星、と私が即答したのを受けて、質問者は目を細めて呟いた。

「どっちにしたって、手間がかかる形だってことに変わりはないけどねっ」

 向こうの真意を測りかねて私が首を傾げると、本人のほうから私の疑問を笑い飛ばすように「あははは、水を差してごめんよっこの調子で続けて続けてっ」と謝罪と共に説明を促したので、説明を再開する。彼女は私の観察対象ではない、そうである以上、深く追究する必要はないのだから。
 ……そういえば、私が星型を作ったのを見て涼宮ハルヒは勘繰るような目つきをしていた……人間の感覚からすると「妙に凝って変に期待させるのも悪い」という涼宮ハルヒの意図にそぐわないと受け取られる行為だったのだろうか。我々の関係に相応する手間をかけることは、このイベントの趣旨に沿っているものだと判断したのだが……。
 朝比奈みくるの友人への説明と並行して、私は暫し、この件について思索した。

 
 

 この思索を中断したのは、朝比奈みくるが商品名「あなたの気持ちを伝えます チョコプレート&ペン(ホワイト)」のペンをお湯で温め終えて先を切った拍子に、柔らかくなっていたチョコが私の顔にかかったというところにまで説明がさしかかったときだった。

「みくるってば期待どおりのドジっ娘(こ)を発揮してくれるね。あ、ごめんごめん、かけられた当事者には笑い事じゃないよね、それでどーしたんだい?」

 恐慌状態に陥って「大丈夫ですか?」「ごめんなさい」を連呼する朝比奈みくるを宥めながら涼宮ハルヒが真剣に「大丈夫、有希? 熱くない?」と訊いてきたので、私は「大丈夫」と頷いた。涼宮ハルヒは続けて、確認するように私の頬にかかったチョコレートを指先でこすり取った。それから安心してような顔つきで「ん、お風呂ぐらいの温度よね、これなら火傷の心配はないか」と安堵の呼気を洩らした。「怖いこと言わないでください〜っ」とその横で朝比奈みくるが涙目で訴えていたさまを見かね、私は「大丈夫」と繰り返した。
 それで、朝比奈みくるもようやく安心できた模様。私に過剰に気を回している態度も通常と変わらない。
 そんな朝比奈みくるの手を引っ張り、涼宮ハルヒが新たな提案を発表した。それは「勿体ないから、舐めちゃいましょ、有希の肌ってすべすべして気持ちいいわよ」というもの。
 このとき、朝比奈みくるが、さも恐ろしそうに再び顔を強張らせた理由は推測しかねる。
 現在私の向かいに立っている人物は、それとは対照的に腹部を抱えるようにして、けたけたと形容できる調子で笑っている。「それって直接? それとも、その前のハルにゃんみたいに指でまずこすってから?」
 同じ内容の質問を涼宮ハルヒが朝比奈みくるにしていた。
 朝比奈みくるは尋ねられた途端に、顔面を紅潮させ「直接なんてできませんよ〜」と喚き、涼宮ハルヒは愉快げに「冗談だってば」と言って、結局、ふたりは丁寧に私の頬にかかったチョコを指先で拭き取ってくれた。涼宮ハルヒによる半ば強引な勧誘もあって、朝比奈みくるも、恐縮しながらだが、指先に付着したチョコを舐めた。私も、そんなふたりに倣って自ら指でチョコを拭って舐めた。仄かに温かくて甘かった。
 いつの間にか、涼宮ハルヒだけではなく、朝比奈みくるも緊張がほぐれたように笑顔になっていた。人間なら私も笑うべきところだったのだろう……だが、私は対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス……人間とは非なるもの。
 朝比奈みくるの友人は私の顔を観察するように見ていた。

「有希っこは直接でも構わなかったみたいだねっ、勿体ないねっ」

 何が勿体ないのか私には不可解だが、あのとき「直接」という表現から推測される行為に涼宮ハルヒと朝比奈みくるが及んでも、私が構わなかったのは確かだ。

「じゃあ、例えばキョン君でもOKだったかいっ? 直接、ほっぺにペロッてされるのっ」

 ……構わない。拒む理由はない。ただ、彼がそうした行為に出ることは有り得ない、彼の性格上且つ立場上……。そこまで思考して私は礑と気付く。そう推測するまでに、私は『彼』という人間を理解して来ている、ということか?

「そうだろねっ、きっとハルにゃんが黙っていないもんねっ。でも、有希っこ自身の気持ちはどうなんだい?」

 ……私自身の気持ち……私固有の気持ち……私の気持ちとは……?

「キョン君の性格や立場を言い訳にしてるトコ見ると、満更でもない気がするにょろよ。もっと長門ちゃんは自分の気持ちに素直になったほうがいいっさ。ハルにゃんならわかってくれるよっ、長門ちゃんが望むならね」

 ……私の望み……?
 私はあくまで観察者として“ここ”にいることを許されていた。
 だが、今の私は任務だけで、“ここ”にいるのではない。私の意志で、“ここ”にいる。
 “ここ”にいること以外に、私は何かを望んでいるのだろうか?

 
 

「良し良し、ハルにゃんはみくるに『義理』と書かせて、みくるはみくるでフォローを怠らなかったと……うん、さんきゅ長門ちゃん。もーおねーさんはお腹がいっぱいになっちゃったよ、貴重な休憩時間を煩わせてしまってすまないねっ」

 休憩時間なので時間は限られていることもあって、概して手短な説明で済ませたが、説明終了後の朝比奈みくるの友人の反応を見ると、今後の任務続行にあたり無用な障害になることは避けられた模様だ。
 朝比奈みくるの友人は、私の肩を軽く叩いた手をそのまま振り、「んじゃね」と長髪を靡かせ踵を返そうとしたところで、改めて私に顔を向けた。

「そーそー、これ言っておかなきゃね、みくるがいつも面倒かけてごめんよっ。でも、私の目が届かないところで、あの子が困ってたら、これからも助けてやっておくれよ。ま、みくるに限ったことじゃないけどさっ。逆に、SOS団のほかのみんなも、長門ちゃん好きなはずだから、困ったときは独りで悩まないで仲間に相談しなきゃ駄目にょろよっ。おねーさんも相談に乗るっさ。私だってSOS団が好きだかんねっ」 

 そう言い残し、私の返答を待たずに朝比奈みくるの友人は颯爽と去っていく。まるで私の答えはわかりきっていると言わんばかりに。
 彼女の別れ際の科白に混じっていた『助ける』と『好き』――このふたつの単語を反芻しながら、私は彼女の背中を見送りつつ頷いた……それらは肯定して差し支えのないことだから。
 そう、ここにいるだけでは駄目なのだ。私はそれ以上のことをしたいと望んでいる。そのことがわかった。
 助けよう。好きだから。
 朝比奈みくるの友人から得た、このヒントを踏まえ、私はただここにいるだけではなく、何を為すべきかを考える。悩む。思い煩う。
 我思う、故に我在り――それが私が“ここ”に存在することの証明。
 私は変化している。それは涼宮ハルヒとの接触が発端。そして、涼宮ハルヒに選ばれた『彼』が、『彼』と同じ世界を眺める方向へと、変化に拍車をかけた。涼宮ハルヒに起因する変化である以上、誰にも、変化する私について文句は言わせない。
 『彼』が見ている世界を、きっと。
 朝比奈みくるも。
 古泉一樹も。
 そして、涼宮ハルヒも。
 見ている。
 それが――私が望んだ、私の居場所。
 “ここ”に存在している限り、私は迷いながら変わっていく。人間のように。

fin

 


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:13 (3093d)