作品

概要

作者江戸小僧
作品名夫婦茶碗 − 買物は誰れのために −
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-02-25 (日) 18:13:54

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場
 

SS

 

 <承前>
 暫しの親の不在を喜ぶ俺を待っていたのは長門からの警告だった。
「あなたに危険が迫る可能性がある」
 長門が我が家に居を移してまで俺と妹を守ってくれることになった。ありがとよ、長門。いつもすまないな。
 俺は自分でも気が付かないうちに、この状況を進んで受け入れていたのかも知れない。

 
 
 

 果たして人間には第6感はあるのだろうか。勿論、ガキの頃は信じていた。鍛えれば俺もスーパーヒーローになれると思っていた。
 今はどうだろう。ヒーロー達よりもケッタイな連中に囲まれ、第6感とか何とかはどうでも良くなった。
 しかし。俺は今にしてその第6感を会得したかもしれない。例えれば髪一本を揺らす風に聞く気配。耳に響かぬ音に見る空気の動き。
 俺が上半身を元気良く起こすのと、妹が俺のベッド目掛けて飛び込もうとしたのは同時だったらしい。
「あー。ずる〜い、キョン君。寝たふりしてたでしょ」
 甘いな。既にお前の動きは見切ったぞ、妹よ。
 セカンドサーブを失敗したテニスプレーヤーみたいな顔をしたこいつは、しかしすぐに笑顔を取り戻した。
「今日は皆でお出かけするの。だから早く着替えて、キョン君」
 まあ、いつのまにか春みたいな暖かさだからな、どっかに行くのもいいだろう。それにしても、妹のこのはしゃぎようは何なんだ。お前、ミヨキチはいいのか?
「今日はいいの。ずっと有希ちゃんと一緒」
 長門よ、お前すっかり懐かれてるな。俺より尊敬されてるんじゃないか?
 せかされるままに着替えて歯を磨き、朝飯を掻きこむ。2人は先に食べ終えており、長門も可愛らしいジャケットまで着こんで用意万全の状態でじっと俺を見つめるものだから、食べにくくてしようがない。
「で、どこに行くんだ?」
「いろんなトコ!」
 それじゃ返事になってないだろ。
 ともかくも、3人で駅に向かう。シャミセンは留守番だ。殆ど寝てばかりのこいつなら留守中に家をメチャクチャにする心配もないしな。
 少しばかり私鉄に揺られて、妹曰く『都会』へ。そういえば、長門はこういう場所へ1人で来ることってあるのか?
 妹に引っ張られるままに向かったのはワンコインショップだった。いくつかの値段別に揃えられていて、俺達の町の100円ショップとは雰囲気が違う。なるほど、見た目はともかくもうすぐ小学校最年長となる妹には親に内緒で書いたいものもあるのか。
 妹は早速物色を始め、手を繋がれている長門もそれに引き摺られている。俺はノンビリと店内にあるものを眺めていた。
 何となく腹が減ってきた頃、俺の袖が軽く引かれた。
 妹は冬しか仕事をしない白髪爺さんが持つ袋みたいに膨らんだビニール袋を持ってニヘラニヘラし、何を買ったのか、長門もビニール袋を左手に提げている。
「ねー、お腹空いた〜」
 よしよし、イタリア料理はどうだ。
「えー、すごーい。カッコいい! キョン君大好き」
 さすが小学生、イタ飯はカッコいい範囲内か。長門、お前まで頷かなくてもいいんだぞ。ちゃんとタネがあるんだから。
 俺は2人を連れて、独特の色使いが目を引く店へ。ここ、イタ飯には違いないが、財布に優しいことでも有名な店である。ここでなら長門の食欲にビビる必要もないだろう。
「今日は好きなもの頼んでいいぞ」
 瞳を北極星のように輝かせた長門は例によって2人前程頼んでいる。こら妹よ、お前は真似するな、どうせ残すんだから。
「あっつくておいひい」
 わかったわかった。だからゆっくり食べなさい。ドリアを急いで食うと口の中火傷するぞ。
 一方、長門もいつもより若干ゆっくり食べている。お前も熱いのか?
「……」
 わずかに首を振る。
 じゃ、どうした?
「……」
 うーん、分からん。こうしてずっと一緒にいてみると、時々長門の行動の意味がわからなくなる時がある。
 満足した様子の2人を連れて店を出た。これで暫くは妹の尊敬を受けられるし、長門の腹を満足させることもできた筈だ。
 その後はお決まりのプリクラ。俺はこういうのは苦手なんだがな。
「ダメだよ、キョン君。ちゃんと笑って。ほら、有希ちゃんもー」
 妹よ、長門は今笑顔だぞ。多分な。
 最後に請われるままにクレーンゲームを頑張ったものの、早くも妹の尊敬を失いながら帰途に着く。代わりに長門がゲットしてくれたのがせめてもの救いだ。そうでなければ電車の中でも暫く妹はうるさかった事だろう。
駅に着くと、長門が俺を見つめた。
「夕食の買い物をしてくる」
 じゃ、3人で――
「夕食は食べるまで内緒」
 俺は付いてくるなって?
 僅かな首の傾き。
 妹はいいのか? まあ、いい。女同士の事に口は挟まんさ、とっくの昔に懲りてるからな。
 長門と妹がスーパーの方に消えていくのを見送り、俺は踵を返した――
「キョン。何やってんのよ」
 聞きなれた声に振り向くと、そこにはいつものように瞳に真夏の輝きを宿した元気娘が仁王立ちをしていた。
 なんだ。お前も1人か?
「何よ。あんた1人で何やってんの」
 初めから1人だったんじゃない。妹と別れたばかりさ。
「ああ、そう」
 なんだか妙に分かったような顔つきでハルヒは頷いた。
「じゃ、ちょっと付き合いなさい」
 俺達はいつもの喫茶店に入った。
「あんたさ――」
 なんだ? なんか元気ないぞ。
「何よそれ? それより、なんか隠し事してない?」
 いつものように怒りながら笑う器用な顔ではなく、あえて例えるなら家を出た後で秘密の本を見えるところに置きっぱなしにしてなかったどうかを心配するような顔を俺に向けてきた。その顔は、なんかわからんが守ってやらなければいけないという気にさせるものだった。
 いくら俺がヘタレでも、ここは真剣に答えるべきなんだろうな。
「なあハルヒ。お前はいつ頃親に秘密を持った?」
「それがなんか関係あるの?」
 誰でも、自分の中に秘密を持ってるもんだ。それは他人からすりゃつまらねえものかも知れない。実は皆も同じように持ってるありふれたものかも知れない。でも、人は誰だって自分だけのものを持っていたいんだ。自分が自分であるために、な。
 ハルヒはじっと俺を睨みつけた。まるで、子供がオモチャを買ってくれない親を睨むように。
「……わかったわよ。じゃ、聞き方を変えるわ。あんた、誰かを騙したりしてないでしょうね」
 勿論、誓ってそんなことはしてないぜ。ま、人を騙せるほど器用じゃないだけかも知れんがな。
「そ。じゃ、いいわ」
 いつもエネルギー超過の姿ばかり見ていると妙に元気がなく見えるハルヒはそれだけ言って席を立った。
 俺はいつものようにハルヒの分も支払い、外にでる。
「ね、ひとつだけ約束しなさい」
「なんだ?」
 ハルヒはいつもの輝くような笑顔を取り戻していた。
「誰かを泣かせたら承知しないわよ!」
 一方的に言うと、さっさと走るようにして消えていった。
 どうも最近誰もが意味不明の言動を取るらしい。今年は変な花粉がそこらを飛んでるのか?
 そんなことを考えながら家に帰りつくと、2人は既に買い物を終えて帰っていた。
「キョン君、どこで油売ってたのー」
 妹よ。お前その意味知ってて使ってるか? いや、使い方は合ってるけどさ。
 今日はキッチンからも締め出され、長門と妹がそこを占領している。しょっちゅう聞こえる妹の叫び声からすると今夜は出前になるかと思ったが、どうやらできたらしい。
「へっへー、すごいでしょ」
 妹が嬉しそうに運んできたのは、肉じゃがだった。
 なるほど、自慢するだけはある。ジャガイモの切り方がいかにも慣れてない感じだが、匂いとかは美味しそうだ。
 味噌汁とご飯を長門がしずしずと運んでくる。お、茶碗が新しいようだが。
「いいなー、キョン君」
 妹が何か企んでる時の顔で言う。
「おいしい?」
 ああ。いつもと同じように美味しいぜ。
「……そう」
 ん? 俺、何か悪いこと言ったか。米がいつもと違うのか?
 長門は顔を僅かに振りながらも、クイズを出して回答を待っている司会者のように熱心にじっと俺を見つめている。
 あー、なんだ。何が起こってるんだ?
 ゆっくりと周りに視線を巡らせる。
 と、俺の隣、長門の前にある茶碗に目が留まる。俺のと同じデザインじゃないか。
「もー、キョン君鈍い! それ、夫婦茶碗だよ。せっかく有希ちゃんが買ってきたのにすぐ気が付かないなんて、キョン君失格」
 結局俺は長門に謝意を示すために皿洗いを1人で行い、風呂を掃除した。
 いつものように最後に風呂を出て自分の部屋入ると、短髪のお姫様は今夜俺の部屋で寝ることに決めたらしく、今夜は水玉模様の黄色いパジャマでベッドに座っていた。
 長門、茶碗ありがとな。やっぱり新しい食器だと新鮮な感じだ。
「そう」
 俺でも微かにだけ分かる程度に嬉しげな返事。
「あと1週間」
 ああ、そうだな。この1週間、なんだかいろんな事があったけど、興味深いこともいろいろあった。
「私は――」
 うん?
「ここで多くの事を体験した」
 妹のせいか? あいつの相手って大変だろう。あれでも手は掛からない方なんだぜ。親戚達の中には手がつけられないほど腕白なのもいる。
「あなたも、昔はそうだったと聞いている」
 誰からだ、全く。ひねっくれたガキだっただろうが、親に苦労を掛けた思い出はないぜ。ああ、勿論成績の事は持ち出さないでくれ。
「楽しい」
 ……今、なんて言った?
「私はここにいて、楽しかった」
 そうか。そりゃよかった。後1週間あるからな。お前の普段の生活とはかけ離れた事が多いと思うが、それが苦にならないなら俺も嬉しいぜ。
「……」
 今度こそ嬉しそうな表情で長門は俺を見つめた。
 しかし、暫くするとその瞳に哀しそうな色が浮かんできたのは、ただの俺の気のせいだろうか。
 確かめる間もなく、長門はベッドに潜り込んだ。

 

 当たり前に巡ってくる月曜日。
 俺は既に長門に起こされることにも食堂で4人で飯を食うことにも慣れてしまった。やはり人間の適応力は偉大だ。
 団活もいつもと変わりなく――とはいかなかった。
 俺はいつものようにドアをノックする。
「はーい、どうぞ」
 天使の声色に誘われるようにして中に入る。
 あれ? 朝比奈さんだけですか。
「はい。というと、涼宮さんは?」
 俺よりも早く教室を出たんですが。それに長門もいないなんて。古泉はどうでもいいが、何かあったのか?
 天然系エンジェルが淹れてくれたありがたいお茶を半分ほど飲み終わった頃、部室のドアが勢い良く開いた。
「みくるちゃん、お茶! 喉渇いちゃった」
 その前に、お前ら揃ってどこ行ってたんだ。
「どこだっていいでしょ。今日は別に急ぎの用がある訳じゃなし」
 俺が遅れるとすぐ文句言う癖に。
 全員が揃うと、既にいつものSOS団だった。ハルヒはネットサーフィンらしきことに熱中し、朝比奈さんはお茶を淹れ、長門は縦に置いても倒れないような本を読み、古泉は俺にゲームで負け続ける。
 やがて、長門が本を閉じる音を合図に俺達は撤収する。
 いつもの事だ。これまでも繰り返してきた日常。
 そうやって、日は過ぎていった。
 俺は、満足していた。この日常に。仲間がいて、それぞれが好きなことをしながら時々取り留めのない話をする。
 そう、話の内容こそ奇妙なキーワードも飛び交うものの、俺達はいかにも高校生がやりそうなことをしていた。
 それこそがSOS団にとっての不自然だという事を、イヤになるほど間抜けな俺はすっかり忘れていたんだ。
 そして、それは起こった。まるで、世界がこれまでの清算を始めたように。

 

− 両親の帰還まで、あと47時間 −


 
 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:12 (3092d)