作品

概要

作者753k
作品名今日はネコの日
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-02-23 (金) 02:12:36

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

冬のある日曜日、俺はいつにないぬくもりによって眠りの底から引き上げられた。
閉じたままの目の代わりに、ほかの感覚が年始の郵便配達員のようにせっせと情報を運んでくる。何か包み込まれているようなほっとする様な感じだ。
何だろうかとうっすらと目を開けると、そこには猫の耳。
シャミセンのやつ、また俺のベッドに入って来てたのか…。
急に寒くなってきたせいだろうな。猫は寒いのが苦手だって言うし、仕方がないか。
普段は適当なところで眠りこけている我が家の三毛猫も、最近のシベリア寒気団の張り切りようには耐えかねたようで、度々俺の布団の中に潜り込んで来るようになっていた。
――もぞもぞ
脳の視覚野が重役出勤したサラリーマンのようにようやく働き出すと、そこで俺は妙な違和感を感じた。その違和感の対象は、目の前の猫だ。いや、猫耳である。
シャミセンの頭ってこんなにデカかったか?それに毛の色も違う…?
後で思い返せば、これは長州と力の間に小が付くか付かないかくらい違っていて、何ですぐ気付かなかったのかと自分の頭の角運動量の小ささに呆れる事小一時間というところなのだが。まあ、そんなことはこの後判明する事実によって第一宇宙速度を超えた速さでどこかへ行ってしまうことになる。
あー?この毛の色、どこかで見た事あるような…?
んー、どこだっけな…。
――もぞもぞ
俺の脳内では未だ海馬くんのターンは満足に回ってきてはいないらしく、半覚醒状態の頭はその光景をなかなか思い出せずにいた。しかし、やたらに重いプログレッシブJPEG画像のように徐々にその輪郭を露にし始めると、やがて見覚えのある部屋の風景が像を結んだ。
そうだ…。SOS団の部室。いつもその部屋の窓辺で本ばかり読んでるあいつの髪の色…。
あいつは今日もあの殺風景な部屋で俺が一生手に取ることも、ましてやページを捲ることもないような本を読んでいるのだろう。もしかしたら、時々あのマンションから外の風景を眺めるかもしれない。あいつの部屋は確か、7階だ。それなりに結構な展望気分が味わえるだろう。
……。
視線を遠くの地平線から眼下の町並みへとずらすように移動させると、薄い肌色が視界を埋めた。
淡雪のような肌に浮かび上がる紅みがかった口唇からは、すぅーすぅーと寝息が漏れている。
目は閉じているが、よく知っている顔。さっき思い浮かべた風景の中にいた、読書少女で、宇宙人製ヒューマノイド何たらで、SOS団の万能選手兼、無口担当。
…なんだ、長門か。
日曜の朝っぱらから、こんなとこで何してるんだか。いつからお前の趣味にシャミセンの物真似が加わったんだ?
こんなツッコミが浮かんでくると言う事は、俺の頭もようやく働き始めたようである。重役出勤してきたサラリーマンはディスプレイの前でキーボードを叩き、海馬くんは俺のターンだと高らかに宣言している事だろう。
俺は目の前の長門の顔をぼんやりを見つめる。
しかし、寝顔はやはりと言うか、…かわいいな。この表情なら朝比奈さんと同じく、俺的最上位ランクの「マイエンジェル」に格上げしたい気分になってくる。
まあ、こいつにそんな事言ったところで、「そう。」で終わりだろうが。
あー、そーいえば、長門と一緒に寝るのは初めてだな。
そうして俺は、やっとこの天地開闢、泰山鳴動な事態を理解するのだった。
――もぞもぞ
…。
…一緒に寝るのは始めて?
…誰と。
…一緒に寝る?
……。
「当たり前だろっ!?」
誰宛てなのか分からん一声と共に上体は飛び起き、全ての脳神経細胞がユ○ケルを一気飲みしたかの様に、俺の頭は一気に完全覚醒した。
宇宙人少女が時々そうするようにゆっくりと首を回すと、目の前ではその宇宙人製アンドロイドの長門有希が横たわっているように見えた。
ところで、俺が長門がここにいると認識しているのは、どうしてだかご存知だろうか。それは、目の奥にある網膜が光粒子を受け取り、視神経を通じてその情報を脳の視覚野に送り付け、あれやこれやの情報処理を行った結果、大脳が「長門がここにいる」と総合的に判断しているからなのである。つまり、それは脳の独断に過ぎないわけで、実は実際には存在していないのかもしれないのである。
そこで俺は、目を擦ったり、ほほをつねってみたりと一応の抵抗を試みるが、目を開くとそこには、やはり文学系元眼鏡少女の長門有希が視認された。
もし、俺の電脳がハッキングされてるわけでも、怪しげな電波を受信してもいないのだとしたら、どうやら長門が俺の隣で寝息を立てているということは、俺の幻想でも夢想でも妄想フィクションでもないでもない現実であることに間違いなさそうだった。
全く本当に、一体こんな所で何をしているんだ?長門よ。

 
 

「長門、起きろ。」
俺のほうを向いてすやすやと上下する肩を揺する。
何で長門が俺の隣で寝てるんだ。全く訳が分からない。これは誰かの陰謀か?
「長門、おい。」
泰然として起きる気配の無い長門をもう一度揺する。
そこで今更ながら長門の頭についている、柔らかそうな毛に覆われた二つの三角形の物体に気が付いた。
なんだこりゃ。ネコミミ…か?
最初にシャミセンと勘違いしたのはこれのせいか。いや、例えそうでもシャミセンと長門を間違うなんて有り得ないだろう、俺。
「ん…。」
うっすら目を開けたかと思うと、ネコミミONな宇宙人少女は見えない糸で動く操り人形の様な動きで上体を起こし上げた。
「ようやくお目覚めか。」
声に反応したのか首をゆっくりと俺のほうへ向けるが、半分だけ開いた目はガラス玉のように透き通っているだけでちっとも動かない。しかししばらく待つと残り半分の目が開き、ガラス玉に命が吹き込まれたように瞳に光が差し込んだ。起動中ということだったのだろうか、それともただ低血圧なだけなのか。ぱっと見なら、後者のほうがそれっぽい。
耳に届いていたのか、なかったのか分からんので、先程のセリフをもう一度言うぞ。
「ようやく、お目覚めか。」
長門はぱっちりと見開いた視線を、俺の顔から二人の男女の上半身が生えている布団の方へ移すと、
「他人のベッドに無断で入る事は、この法治社会下では推奨されない。」
おう。ご高説承っておくぜ。それには俺も同感だ。
「しかしあなたがどうしてもと言うのなら…」
ここは俺の部屋なんだ。
「…。」
長門はゆっくりと首をひねり回しながら、自分が今置かれている環境を一通り見渡し、その小さな世界一周旅行を終えた目は俺の視線上に軟着陸した。長門の顔が、わずかに地軸を傾ける。
「…どうして私がここに?」
それを今から聞こうと思っていたんだよ。あと、そのネコミミな。
俺が長門の頭から生えている二つのふさふさ三角形を指差すと、不思議そうな顔をしながら長門は頭に手をやった。

 
 

「長門、もう一度説明してくれ。」
俺は右手で顔を抑えながら、何とか頭の回転速度が少しでも上がらんかと祈りながら耳を傾けた。
今俺は、勉強用とは名ばかりの机とセットになった哀れな回転イスに座っている。一方、長門はベッドの端に腰を掛けていて、俺とは向かい合わせだ。そう言えば、ベッドから出る時に長門のパジャマからシッポがはみ出していたのに気が付いたが、まあ、ネコミミがあればシッポも一緒に付いているのは当たり前だろうと思い、あえて何も突っ込むまいという事だ。俺は何か間違っているか?
それよりも、にゃがと様の解説である。
「この生体情報の変異は、外的要因に因るもの。ウイルスに侵入を許したものと思われる。」
宇宙人ってのはネコミミが生える病気に罹るってことか?随分と個性的な趣味をお持ちのウイルスもいたもんだな。
「そうではない。このウイルスとは悪性プログラムのこと。恣意的な現象。」
じゃあ、誰かが長門を狙ってやったのか?まさか、見た目以外にも何か影響があるんじゃ―。
「外見以外は正常。特に異常は無い。」
そう、か。ならひとまず安心だな。しかし、長門は直ちに反論する。
「そうでもない。この生体変異は隠蔽が困難。明日までに正常化しなければならない。」
明日と言えばもう月曜だ。なるほど、さすがにハルヒにこれを見せるわけにはいかないか。だが別に、駄目だった時はハルヒの観察は喜緑さんにでも任せて、学校は休んでしまえばいいだろうに。風邪だと言えば、ハルヒは「団員の心配をするのは団長の責任っ!」とか言って、長門のマンションに問答無用で乗り込んでくるだろう。だが、学校を休む理由くらいいくらでも作れる。もしも心配なら、古泉にでも頼んでおけばいい。機関が大げさなほどの大道具でも用意して、素晴らしい言い訳をこしらえてくれる。
「治す方法は分かるのか?」
「現在調査中。」
今すぐ俺がしてやれる事はなにあるかと問うと、長門は小さく首を横に振った。そして、
「少なくとも調査が終わるまでは。」
と付け加えた。
となると、目下の懸案事項は長門のネコミミではなく、長門自身ってことだな。当然だろう。休日の朝っぱらからパジャマ姿の女子高生が部屋にいるなんてことになれば、何と言われるかなど想像に難くない。まずは家族に見つかる前に、どうやって長門を連れ出すかだが、
「キョンくん、おきてー!」
突然ばたんと勢い良く開いたドアと共に、どうやったら朝っぱらからそんなに元気が出せるのか、我が妹が推参奉った。何というか、絶妙のタイミングだ。
「あ!ユキちゃんだー。」
お前は何で起こしに来ちまうんだ。お兄ちゃんはいつも言ってるだろう。日曜日くらいもう少し寝かせくれって。まあ、今日はもう起きてるけどさ。
そんな親父のようなセリフを言ってもしょうがないので、それは胸にしまっておこう。ここで長門を目撃されたからには、何かいい言い訳を考えるしかあるまい。幸い相手は、あの妹だ。
「あのな、長門はだな…。」
「おはよう。」
「おはよー、ユキちゃん。」
「…。」
「キョンくんもおはよー。」
「…おはよう。」
ほっとすべきか、心配すべきか。お前はもう少し色々と疑問を持て、妹よ。
長門、お前も普通に挨拶してるんじゃない。いや、挨拶がきちんとできるのはいいことだけどな。
「ユキちゃん、一緒に朝ごはん食べよー。」
そうだな、まずは飯でも食って…って、それはまずいぞ。それはすなわち、俺のオフクロに長門を紹介するという事ではないか。しかも、パジャマでネコミミシッポの。パジャマだけならまだしも、ネコミミ付きでは白い目で見られること請け合いだ。今度こそ何か言い訳を考えなければ…。
そうやって逡巡している内に、長門はあっさり妹の誘いを受け入れ、手を引かれ俺の部屋を出て行くところだった。
いや、待てって。まだ何も考え付いてないぞ!長門、お前も何素直に付いてってやがる。お前は食い物を差し出せば初心者でも簡単に釣られてくれる、放流したてのニジマスか!?ちょっとは俺の立場も考えてくれ。
だがそんな俺の心の叫びも空しく、制止する暇も無いまま長門は一階ダイニングに連行されていく運びとなってしまった。
仕方なく、階段を下りながら考えを巡らせる。ってなわけで、試案。

 

  其の一.実は長門は、生き別れの幼馴染で昨日の夜偶然再会した。語り合ってるうちに夜が更けてしまったので泊まってもらったのだ。
我ながら無理繰り過ぎる言い訳に呆れてしまう。ずっと一緒にいる家族に通じるわけがないだろう。却下。

 

  其の二.実は長門の両親には少々問題があった。そして、昨日は堪らず家を飛び出したが、近所で住所を知っている家はうちだけだったのだ。
前半は確かに事実だし無くは無いかも知れないが、これは後でめどくさい事になりかねないな。却下。

 

  其の三.実は長門は俺の恋人で…。
いやいや、一番ダメだ。下手すりゃ世界が終わる。

 

結局有効な案は浮かばぬまま、呼び出し食らって職員室へ向かう生徒のように俺は重い足を引きずってダイニングへ向かった。そして、
「長門有希さんって言うの。かわいい名前ね。」
「ユキちゃんはキョンくんと同じ部活なんだよ。」
「今後お見知りおきを。お義母様。」
「あらやだ。お義母様だなんて。」
ってな感じの女三人和気藹々団欒シーンに力を根こそぎ奪い去られ、その場にひざを折ることになったのだった。
「あ、おはよう、キョン君。やったわねっ。」
…やったって何をだよ、オフクロ。
どうやら、俺の知らない間に“試案其の三”が衆参両院で可決・成立していたらしい。日本の法律ってヤツはどうして国民の知らない間に決まって行っちまうんだろうね。
「ねえ、ユキちゃん、なんで今日はネコさんなのー?」
「あ、それ私も気になってた。」
ぬかった!ネコミミの言い訳は考えてねえぞ。
長門っ。
俺は一瞬長門を見る。多分、目が合った。長門なら気付いてくれたはずだ。果たして、その俺の期待に長門は応えてくれた。
「これは、彼の趣味。」

 

そうして、俺の期待の斜め上で以って応えてくれた長門を含めた我が家の食卓は完全に和みムードの中、長門の数回に亘るおかわりに呆気にとられながらも、平穏無事にその時を刻んだのだった。約一名、俺を除いて。

 
 

閑話休題。本題は何だったか。
そう、長門のネコミミをどうすればいいのかだ。忘れるところだったぜ。
まだ正午にすら時間があると言うのに、今日はいろいろあり過ぎるんだよ。

 

「それで、その頭のヤツを消す方法は分かりそうか?」
俺と長門は着替えを済ませ、また俺の部屋に戻っていた。長門はいつの間にか自宅マンションからお泊りセットを転送しており、もはや磐石の態勢である。何について磐石なのかは知らないが。
妹は長門と遊びたがっていたが、話があるからと替わりにシャミセンを渡しておいた。
いいだろう?今ならどっちもネコミミ付きだ。
「判明した。」
どうすりゃいい。
「プログラムを分析した結果、特定のキーワードによって解除可能なタイプと断定。」
アラビアンナイトのアリババみたいに合言葉を言えばいいのか。なるほど、ネコミミならではの解除方法って訳だ。言ってる意味が分からんか?大丈夫だ、俺も分からん。
「で、そのキーワードって何だ?開けゴマとでも言えばいいのか?」
「不明。」
何かヒントとか、犯人の手がかりとかは無いのか?
「分からない。」
おい、てことはそのキーワードが分かるまでそのままなのか?
長門はゆっくりと、しかしはっきり分かるようにその首を縦に動かした。
何てことだ。原因が分かったと安堵したのも束の間だったか。
さて、どうする。俺の知っている言葉ならまだしも、ハルヒが考えたような宇宙人語だとしたらお手上げだ。そうでなくても、私が頭に浮かべた言葉を当ててみろ、みたいなクイズ答えようが無いじゃないか。いや、出題者の顔も分からない分、これはもっと質が悪いぜ。
ふう、と溜息をつく。
しかし何でこう、長門にばかり負担の掛かりそうな事件ばかり起きるのかね。スペックの差なのか?長門が万能宇宙人だからか?冗談じゃない。長門は疲れりゃ倒れるし、人並みに悩みもする普通の女の子だ。見てるないのかね、情報統合ナントか体とやらは。こんな長門のことを。
まあ、何も分からんとなれば、あせっても仕方がないな。
そこで俺はこんな提案をした。
「長門、妹の相手をしてやってくれないか。ついでにシャミセンも。」
長門はわずかに首を傾ける。何を言ってるんだってか。
「このまま部屋にこもって考えてても埒が明かなそうだしな。どうだ?もちろん強制はせんが。」
長門の気晴らしにもなるかもだし、それに案外、関係ないどうでも良さそうなことしている時に答えが思いつくなんて事もあるかも知れん。
長門はゆっくり小さく頷き、すっくと立ち上がる。
「あなたも。」
俺もか?
「(コクン。)」
分かったよ。シャミセンの相手だけならな。

 
 

それから俺と長門、それに妹とオフクロ、さらにシャミセンを加えた4人と1匹は、思い思いの日曜日を過ごし始めた。と言っても、ほとんどの時間は長門と妹とシャミセンが戯れ、それを俺が眺めてるという構図だったのだが。ただ、合間に見た長門が家事をする姿ってのは新鮮だったな。仮にも客人である長門に手伝わせるのはどうかと思うが、当の本人はそんな事気にもしない様子で淡々と家事をこなしていた。長門のカレーとキャベツを一度味わっているから、ちゃんと家事なんぞできるのかとも思ったが、そこは万能宇宙人。朝比奈さんのようなドジっ娘ぶりを、欠片も見せることはなかった。俺か?俺は、シャミセンの相手をしていたさ。あと、もちろん長門の主婦っぷりを眺める係もだ。
そうこうしている内に、冬の短い昼の時間は幕を下ろし始め、辺りはうす暗くなり始めた。

 
 

長門が誘われた夕飯にあっさり承諾すると、オフクロと妹はその買い物に出かけていった。俺と長門は二人で留守番というわけである。
リビングのソファに腰掛ける。長門のひざには遊び疲れて眠る三毛猫が一匹陣取っている。
「あなたは、私がこのままでいてほしい?」
長門が唐突に切り出した。
急にどうした?ここままでいてほしいだって?確かに数日程度はごまかせるだろうが、ずっとは無理だろう。そんなことはお前自身がよく分かってるんじゃないのか。
「そりゃ困る。元の長門に戻ってもらわんとな。」
「そう。」
「長門だって、早く治さないとって言ってたじゃねえか。」
「…。」
なぜか、その三点リーダを残して長門は黙り込んでしまい、所在なさそうな両手は膝の上でのん気に眠っているシャミセンをいじり始めた。
もしや、長門と言えども今日一日付き合った事で、ネコミミに愛着が湧いてきたというのだろうか。
シャミセンをひっくり返してお腹をわしゃわしゃと撫でている長門の表情は、うつむいていてはっきりとは見えないが、いつもよりほんの少し幼く見えた。
「長門は、このままでいたいとか思ってるのか?」
白い毛を撫でていた手が動きを止める。
「…少しだけ。」
その言葉を聞いて、困ったり、あきれたり、ちょっと嬉しかったりするのは何でだろうね。
「にゃぁ。」
いつの間にか目を覚ましていたシャミセンが、もっと撫でてくれと催促するように前足で長門の右手を突っついた。それに応えてやるように、長門も再び手を動かし始める。
ゆっくりとした時間が流れていた。
「シャミセンはすっかり長門に懐いちまったな。」
映画の時の役柄もあってか、この宇宙人少女とオス三毛猫の組合せはよく似合う。
「俺より長門の方がいいか?シャミセン。」
「あなたはもっと構ってあげるべき。」
宇宙人少女の表情が、一円玉一個分の均衡を崩した天秤のように目盛り一つにも満たない程度だが、不機嫌な方に傾いた。それを見て、俺は笑みが漏れるのを抑えきれずに、
「妹が構い過ぎてるからな。俺はこれくらいでちょうどいいんだよ。」
ネコミミ宇宙人少女は、納得できないと言いたげに俺の顔を見る。
「愛情表現にはいろんな形があるのさ。」
そう言って、俺は某エスパー戦士のように肩をすくめ両手を空に向けるポーズをとって見せた。
それを見ると長門は諦めたようにシャミセンを視線を戻し、シャミセンの表情を確かめるように見つめ、今度は喉元を手櫛で梳くように撫で始める。
「この猫は好き?」
「ああ。」
もうすっかり家族だな。
「…私のことは?」
「そりゃ好きに決まってるだろう。」
「……そう。」
ん?何だその間は。別に変な意味で言ったんじゃないぞ。
「…この耳がなくても?」
いや、ネコミミ関係ないだろう。
「長門は長門だろ。それに俺、猫は好きだけど、ネコミミ属性はないし。」
「…猫耳属性って何。」
ぬぁ。また、妄言口走っちまった。
「…いや、気にすんな。何でもない。」
「そう。」
その言葉が消えると同時に予期せぬ変化は起きた。長門の頭から生えていた、長門曰く「生体変異体」、平たく言うとネコミミが淡い光を帯び始めたのである。それはかつて放課後の北高で俺を襲った朝倉を覆っていったもの同じものであった。そうして、完全に光に包まれると砂漠の砂山のように、ふさふさの三角形はあっけないほど簡単に消え去って行った。
「長門、何ともないか?」
「問題ない。」
どうして急に消えちまったのか?解答は多分さっきまでの会話の中にあるのだろう。
「いつの間にかパスワードを口にしてたのか。」
「おそらく。」
ついさっきまでそこに見えていたシッポも消えており、さっきまでネコミミが生えていた場所には薄い色をしたショートカットの髪だけが、繊細そうに流れていた。

 
 

しばらくすると、妹とオフクロが材料を携えて帰ってきた。
妹は帰ってきてすぐはネコミミのない長門を見て残念がっていたが、飯の匂いが流れてくる頃にはもう気にしなくなっていた。そして、いつもそうしているかのように俺の家族と長門は食卓を囲み、長門は無事帰宅と相成った。
ただ、俺はその間ずっと長門のことがなんとなく気になっていた。もう少し正確に言うと、三角のアレがあった辺りだ。まあ、消えちまったもんを気にしたって仕方のないことだが。
長門をマンションの前まで送った。
その帰り際、長門が右手を頭に添えてそっと囁く。
「…残念?」
心臓を針で突かれた気がした。長門は俺の気持ちに気付いていたわけか。まあ、つまりはそういうことだったのだが、正直にイエスと言ってしまうのは何か癪だったので、俺はこう思う事にした。
何を言ってる、長門。俺はそんな気持ちはこれーっぽっちもねえよ。むしろ、懸案事項が一つ減って安堵の気持ちを禁じえない。これで何も思い残すことなく新たなるウィークデイを迎えられるというものさ。
俺は笑顔を見せながら、言ってやった。

 

「お前はそのままの方がかわいいよ。」

 

「そう。」

 
 

(おしまい。)

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:11 (2003d)