作品

概要

作者江戸小僧
作品名夫婦茶碗 − 怪しい先輩 −
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-02-19 (月) 23:30:25

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場
 

SS

 

 <承前>
 暫しの親の不在を喜ぶ俺を待っていたのは長門からの警告だった。
「あなたに危険が迫る可能性がある」
 長門が我が家に居を移してまで俺と妹を守ってくれることになった。ありがとよ、長門。御礼と言っちゃなんだが、飯はたっぷり食ってくれ。
 しかし、実際には俺は自分が置かれた状況を何もわかっちゃいなかったんだ。

 
 
 

 人類の最大の武器は何だろう。知恵だという説がある。人は火を自らのものとし、鉄を鍛え、物質の組成までも解き明かした。
 俺は、環境への適応力も人間の大きな力の1つだと思う。人は昔から様々な工夫をして極寒の氷上から灼熱の大地までを己の住まいとしてきた。
 そして今。俺は早くも慣れ始めていた。この奇妙な生活に。
 ママチャリを漕ぐ俺の前方に、スーパーの袋と学校指定のバッグを持つ小柄な少女の姿が認められた。
「長門。その荷物、カゴに乗せろ」
 短髪の少女は振り返りもせずにジャストタイミングでカゴにスーパーの袋を載せた。
 予想通り、キャベツが見える。妹のことを考えてくれたんだろう、甘口のカレールーと豚肉、ニンジン、玉葱……
「今夜はカレー」
 昨夜、長門が買い物担当役を主張した時から想像はついたぜ。ま、金曜日はカレーの日だよな。
 俺はチャリを降りて長門と一緒に歩く。
 こんな風に女の子と2人きりで歩くなんて事は実際にはないものと思ってたが、こうしていざやってみるとどことなく恥ずかしい。
 月曜日に早々とハルヒに目をつけられたので、次の日からチャリを復活させた俺は長門と別々に登下校していた。長門には悪いと思うが、古泉の奴はいろいろと訳知り顔だし、ここはなるべく普段通りにする必要がある。
 そう言えば、いつの間にか昼休みもハルヒに学食まで引き摺られるようになった。長門が一緒の席になるのはいいとして、何故か無料スマイル野郎までいやがる。
 お陰で毎日昼飯は正に衆人環視の中で恥ずかしい思いをしながら食ってる。古泉は女子に人気あるだろうとは思ってたが、いつでも熱い視線に晒されているとは知らなかった。自分が凡人であることをちょっとだけ親に感謝した。
 そんな毎日に早くも慣れる俺って、思考が柔軟なのかそれともトンデモない事態にすっかり慣れっこになってしまったのか。
 そんなことを考えていたら、いつの間にか家に着いていた。
「うーん。有希ちゃん、とってもおいしいよ〜」
 妹よ、そりゃ良かったな。だからちゃんとキャベツの千切りも食べなさい。
「あなたは?」
 隣から黒檀のような瞳が俺の一挙手一投足を見守っていた。
「うまいぞ。長門」
 さすが、と言うべきだろうか。甘口のルーをベースにしている筈なのに、俺の分のカレーは結構辛い。何かやってるんだろうが、長門はその秘密を見ることを決して許可してくれなかったのでその理由はわからん。
 大いに満喫した俺は、風呂を掃除する。結局この作業は一日交代で2人ですることにした。本当は長門に家事をやらせる気はないんだが、長門は頑としてお客様扱いを拒否している。
 普段家では本を読んで過ごしているだろうこいつにとって妹の相手をするのは面倒なんじゃないかと思うが、今夜も一緒にテレビを見てくれている。ま、面白いと思って見てるかどうかは疑問なんだがな。
「さ、風呂が沸いたぞ」
 妹は当然のように長門の手を引いて風呂場へと消えた。
 やれやれ、普段は1人で入ってるくせに、甘えやがって。
 しかし、正直これで暫くは1人きりだ。さすがにいつでも近くに女の子がいるって状況は時には困るもんだ。俺は自分の部屋で独りを満喫させてもらった。
「キョン君、お風呂いいよ〜」
 ちゃんと長門も出ていることを確認してから風呂に入る。あー、極楽極楽。
 風呂から出た俺を待っていたのは、妹の輝く瞳だった。
「有希ちゃん、今日は私と一緒だからね」
 さっきから一緒だろ。
「違うよー、今夜は私が有希ちゃんと一緒に寝るの」
 妹よ、どうせなら日曜日からそれを主張して欲しかったぞ。
 で、長門もそれでいいのか?
 相変わらず俺にしかわからない程度の顕微鏡サイズの頷き。こいつと妹の2人きりの時って、一体どういう風にコミュニケートしてるんだろうな。まさかテレパシーとか使ってないよな?
「キョン君のエッチー。女の子の秘密、知りたがるなんて」
 はいはい。男にはわからん方法で話し合ってんだろ。好きにやってくれ。
 しかし、長門は妹の部屋に消える前に振り向いて呟いた。
「あなたは、えっち?」
 違う! こら、聞きなさい。俺は……閉まったドアを前に、俺は力なく立ち尽くすだけだった。
 俺は大いに落ち込みながら久しぶりに自分のベッドで眠りについた。

 

「キョン君、朝だよー!」
 俺を現実世界に引き戻したのは無表情な少女の鈴を振るような声ではなく、いい加減これ以上成長したら俺の体が危なくなるであろう、妹のボディプレスだった。
「おい、長門はどうした?」
「えー、有希ちゃんならもうお出かけしてるよ」
 何? もうそんな時間なのか! 俺は慌てて時計を見る。
 こんな時間に出掛けたって? まさか、9時集合のために? うーん、だったら毎回罰金の方がマシかもしれねーな。
 俺はいつものように歯を磨き、いつものように朝飯を食うと出掛ける準備を始めた。
「シャミセンの事は頼むぞ」
「うん。一緒にミヨキチん家行こうね、シャミー」
 そんなこんなで俺が家を出たのはいつもの時間だった。
「遅い! 罰金」
 やっぱり。ま、だからって長門の真似はできそうにないがな。
 いつもの喫茶店で、これはいつもと違いクジを引かずに今日の行動を決める。
「相手は宇宙生物よ。何かあったら大変だから、みんなで一緒に行動するわ」
 ああ、せいぜいひっかかれないように気をつけるさ。
「ちょっとキョン! やる気あんの? 根性見せなさい」
 根性ね。根性とやらで捕まるのか、その、なんと言ったっけ。エルバ――
「ゴチャゴチャうっさいわね! 人生は理屈じゃないのよ」
 最強我侭娘はスックと立ち上がり、長門の腕を掴んで歩き出した。どうでもいいが、何も捕獲道具を持ってない時点でお前だって手抜きだろ。
 俺達は「謎の四足宇宙生物」を求めて公園の裏手から捜索を開始した。長門は言いだしっぺの責任を感じているのか、一応あちこちに目を配っている。
「ちょっとキョン、もっとやる気見せなさいよ。有希が可哀想でしょ」
 ハルヒが俺の脇腹をつつきながら小声で文句を言う。
「これでも頑張ってるさ」
「あのね」
 長門の方を横目で伺いながら、ハルヒは小声で続けた。
「瓢箪から駒って言葉、知ってる? こういう時こそホントの宇宙人が見つかったりするのよ」
 そうかいそうかい。ま、野人求めてどっかの深山に分け入るよりはマシだろうよ。
「あら? どうかしましたか」
 できればこんなところで会いたくない人物の声がした。
 そんな俺の願いを蹂躙するように、自ら低木を掻き分けるようにしてここまで入っていらっしゃる。
「落し物ですか?」
 ああ、まあ、ちょっと。
「関係ないでしょ。ただの探し物よ」
 ハルヒ。頼むから事態をややこしくしないでくれ。
「皆さんで何をお探しですか?」
「秘密よ。SOS団員以外には明かせないわ」
 闖入者は圧力のあるハルヒの視線を事も無げに受け止め、ウエーブした髪を揺らしてみせる。
「そうですか。くれぐれもニュースになるような行いは自粛してくださいね」
 生徒会役員、喜緑さんはそう言って微笑みながら姿を消した。
「全く、油断もスキもないわね。世紀の発見は私達のものよ。生徒会なんかに渡してやらないわ」
 まあ、向こうも欲しくなんてねえだろうよ。
 こうして俺達怪しげな5人組は公園の奥から商店街へと場所を移した。
「あっ、あれ美味しそう! ね、みくるちゃん」
 年中無休元気娘が指差したのは、煙を上げている焼き栗の屋台だった。なるほど、確かに旨そうだな。
「え? あれって一体……」
 そうか、どれ位先かわからんが、未来では焼き栗はないのか。今のうちにできるだけ食っとこう。
「もう! みくるちゃんって帰国子女だっけ? しょうがない。食べ方から教えてあげるわ」
 ハルヒ。どうでもいいが焼き栗はアジア圏だけの食べ物じゃないぞ。行ったことなんざねえが、パリ辺りでも良くあるらしいぜ。
「うわー、美味しいですぅ」
 ハルヒに殻を剥いて貰った朝比奈さんは目を輝かせた。
 長門、焼き栗の殻の剥き方は分かるか?
 相変わらず制服姿の少女は黙って俺に焼き栗の入った袋を差し出した。
「ほら、こうやって――」
 殻に爪で切れ込みをいれ、両端を押すとキレイに殻の上半分が外れた。それを見つめる漆黒の瞳が輝いている。
 そら、後は口に放り込めばいい。
 小さな口が開いた。目が俺に催促している。そっと、その口に栗を落としてやった。
 うまいか?
「このエロキョン!」
 いてっ! 何しやがる。
「有希はあんたのペットじゃないのよ! 何あんたの手から食べさせてんのよ」
 どうでもいいが、そういう事を大声で言うな。思い切り目立ってるじゃねえか。
 おい古泉、自分は関係ありませんみたいな顔して距離とってんじゃねえ。
「最近僕の出番がないですからね」
 おいおい、まさかいじけてんじゃねえだろうな。出番が欲しけりゃいつでも変わってやる。せいぜい毎日ハルヒに振り回されてくれ。きっと飽きないぞ、お前なら。
「あなたの立ち位置は他の誰にも代わりが務まりません」
 言ってろ。いつか、おまけを付けてそっちに回してやる。
 結局商店街で他にもちょこちょこ買い食いをして昼飯の代わりにし、その後、予想通り何も見つからないまま日が落ちていった。これ以上はちょっとマズい。夜に妹を1人きりにはさせられない。
「なあ、ハルヒ。まだ続けるんだったら――」
「今日はとりあえず諦めましょ。有希、いい?」
 長門は僅かに髪を動かず。
「じゃ、今日は解散!」
 ふう。早く帰って夕食の用意をしてやらないとな。
「ちょっとキョン!」
 な、なんだよ。
 ハルヒは目を輝かせて俺の真ん前に踏ん反り返った。
「久しぶりに妹ちゃんに会いたいわ。遊びに行っていいでしょ」
「今からか?」
「そうよ。何かマズイことでもあるの?」
 ふっふっふ。ハルヒよ、俺にだって学習機能はあるんだぜ。こんな時のお前の行動パターンは俺だって読んでるんだ。
 俺はハルヒに真剣な目を向けた。
「まだ、オフクロと喧嘩しててな」
 今週弁当がない理由を、ハルヒにはオフクロと喧嘩してるってことにしていた。国木田が言った事のパクリではあるが、あいつが思いつくってことは一番信じやすい話ってことだ。実際には成績の事で押し問答をする程度なんだがな。
 予想通り、ハルヒは押し黙った。
 そうだろうそうだろう。思春期の息子と母親の間の諍いなんて、他人が入り込む余地がないもんだ。少なくとも親戚の話ではそうだった。
 こうして俺は無事スーパーに寄って買い物をして、3人で夕食を囲んだ。
 今夜は唐揚とワカメの味噌汁だ。唐揚はスーパーの惣菜だが、味噌汁はちゃんと作ってる。長門はワカメを水に戻すのがどうも不思議なようだ。そんなに料理に興味があるなら、今度オフクロがいる時に遊びに来るといい。きっと大喜びで自称料理の秘訣とやらを教えてくれるに違いない。
 いつものように風呂に入り、今夜も長門は妹の部屋へ。俺のヘタレな理性を考えたら、これが平和ってもんだぜ。
 そう。この時の俺は、本当に平和を噛み締めていた。

 

− 両親の帰還まで、あと183時間 −


 
 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:10 (2713d)