たまにCSSが抜けた状態で表示されてしまうようです。そのような時は、何度かリロードすると正しく表示できるようになります。
作者 | 七原 |
---|---|
作品名 | closed sanctuary cross to...01 |
カテゴリー | その他 |
保管日 | 2007-02-14 (水) 00:47:13 |
キョン | 不登場 |
---|---|
キョンの妹 | 不登場 |
ハルヒ | 不登場 |
みくる | 不登場 |
古泉一樹 | 不登場 |
鶴屋さん | 不登場 |
朝倉涼子 | 不登場 |
喜緑江美里 | 不登場 |
周防九曜 | 不登場 |
思念体 | 不登場 |
天蓋領域 | 不登場 |
阪中 | 不登場 |
谷口 | 不登場 |
ミヨキチ | 不登場 |
佐々木 | 不登場 |
橘京子 | 不登場 |
わたしは彼に習ったとおり、ひとり、彼に借りた携帯電話をかけ続ける。
電話という手段には慣れないけれども、これも、人を探すため。
手がかりを、探すため。
手がかりを……。
不意に、部室の扉を叩くノックの音が聞こえた。
わたしはただ視線を持ち上げ、扉を見る。
誰だろう。わたしの知る『彼』はノックをして扉を開けることも有ったけれども、それは朝比奈みくるが着替えを行う習慣があったためのことだ。ここにいる彼には関係ないこと。
彼は、たった一人の文芸部員なのだから。
「……どなたかいらっしゃるんですか?」
扉が、ゆっくりと外側から開かれる。
そこに立っていたのは、一人の女子生徒だった。上履きの色がわたしとは違う。二年生だ。
「あら……」
「長門有希」
「ああ、転校生の方でしたね」
「そう」
二年生で有る彼女がどうして一年の転校生を知っているのか、ということはこの際余り問題ではない。わたしは今日学校内で幾つか行動を起こしていたし、彼女の立場如何によっては、別学年の転校生を知っていてもおかしくは無いと思う。
この学校は、そんなに大きな学校ではない。
「……あなたは?」
「喜緑江美里と言います。生徒会の書記なんです」
「……そう」
生徒会。確か、学生達の運営する、学生生活が滞りなく行われるための組織。そういう立場なら、違う学年の転校生のことを把握していても不思議ではない。
けれどそんな人物が何故、文芸部室に入って来たのだろう。そちらの方が疑問だ。
「あ、いえ、人が居たので……、わたし、さっきまで隣に居たんです」
と言って彼女が指差したのは、コンピュータ研究部の部室。通称コンピ研。彼が先ほど、わたしを手伝うためと言って向かった場所。
なるほど、彼女は唯一の部員である彼が不在なのに、この部室の中から物音がするのを不信に思ったのだろう。
「……」
「長門さんは、文芸部に入部希望なんですか?」
「……」
わたしは、彼女の質問への回答を持たなかった。
文芸部、それは、わたしの知る世界でわたしが所属していた部活動。涼宮ハルヒ達がやって来て実態は随分と違うものになってしまったが、わたしが正式な文芸部員であるという事実自体は揺らがなかった。
では、わたしはここではどうする?
ここでのわたしは、転校生。
ここには、三年後に文芸部室で待っていてくれと言った記憶を持つ人物も居なければ、一時限目の休み時間から『謎の転校生』を捕まえに来るような人物も居ない。
後者はともかく前者は、その痕跡を残す人物に出会うことは出来たけれども。
「違うんですか?」
「……分からない」
多分、その回答で間違って居ないと思う。
わたしがこの文芸部に入る理由は存在しないはずだけれども、絶対に入らないという確証が有るわけでも無い。この文芸部室で、もう一度わたしが知る人々が集まる可能性も有るのだから。
そう、もう一度。
「あら、そうなんですか……。ちょっと残念ですね」
「残念?」
「ええ、あなたが文芸部に入るのかな、と思ったものですから」
ということは彼女が、わたしの『分からない』という言葉を、否定的に捉えたのだろうか。それとも、この喜緑江美里なる人物は、悲観的な考えの持ち主なのだろうか。
「……」
「あの子、一人で頑張っていますからね。……機関誌、ちゃんと出来上がると良いんですけど」
「……機関誌?」
「ええ、機関誌です。この学校の文芸部には、年に一回機関誌を出すという決まりが有るんです」
「……そう」
機関誌……、あまり、耳に覚えが無い言葉。
わたしも本は読むけれども、書く方のことはよく分からない。
読んでばかりのわたしには、文章で物を伝えるという技術を持つ人々を尊敬することしか出来ない。今は、本を読む時間が取れるような状況では無いけれども。
「一人じゃ、大変そうかなと思って……。と言っても、わたしが文芸部に入るわけにも行きませんし、他の人を強引に引き入れるわけにも行かないんですけど」
喜緑江美里なる人物は、そう言ってから、軽やかに笑みを浮かべた。
「……」
彼女は、わたしに何が言いたいのだろう。
文芸部、文芸部員……、わたしに、勧めたいのだろうか?
「ああ、すみません、お邪魔してしまいましたね。……それでは、また」
喜緑江美里はそう言い残すと、文芸部室から出て行った。
音も無く、というほどではないけれども、あまり足音を立てない人物のようだ。
「……」
不快な人物ではないと思うが、人物像の掴み辛い人物だとは思う。
彼女は一体、わたしに何を言いたかったのだろうか。
彼女は……、わたしが何をしているか、知っているのだろうか。クラスメイト達が他のクラスの友人達とも囁き有っていたようだから、喜緑江美里が何か知っているとしても、おかしくは無いと思うけれども。
わたしは……、わたしは、探しものの途中。
記憶と知識を元に、わたしがわたしであることを知る人々を、探す途中。
……何のために?
わたしが、わたしで……、そう、それは、わたしに必要なこと。
わたしがわたしであるために、必要なこと。
だからわたしは、探す。
手がかりを……。
わたしは椅子から立ち上がり、文芸部室の中を歩く。
見慣れた場所と同じ場所だけれど、そこに有るものが違うからなのか、大分印象が違う。ここには涼宮ハルヒが持ち込んだコスプレ衣装を始めとした様々な物は無いし、古泉一樹が持ち込んだゲームも無いし、朝比奈みくるの用意した茶葉も無い。
本は……、有る、けれども。その内容は、わたしが持ち込んだものとは少し異なる。
SF、ミステリ、純文学……、わたしが読んだことが有る本もあれば、そうでないものも有る。古いものはともかくとして、四月以降に発行された本は、彼が購入した物なのだろう。中には英語で書かれた本も有る。わたしも読んだことの有る、六月頃に発行されたとあるSF物のシリーズの最新刊。彼も、これを読んだのだろうか。
……やはり彼は、わたしの知る『彼』とは違う。『彼』はあまり読書をする人ではなかったし、英語の本を読む能力を持ってなど居なかった。
これが、もし。
もし、わたしの知る『彼』と、同じ本を読み、語り合うことが出来たなら……。
違う、彼は『彼』じゃない。
ここにいる彼に、わたしの望む『彼』の姿を投影することは出来ない。
名前と外見、幾つかの情報が同じで有っても、二人は、同一の人間ではないのだから。
そう、同一では……。
「わたしは……」
わたしが探しているのは、わたしの知る『彼』。ここにいる彼には、協力してもらっているだけ。そう……、それだけ。
それだけの……、はず。
「……これは?」
本棚の横、小さな棚の中に、無造作に藁半紙が置かれていた。
どういうわけか、わたしの手は引き寄せられるようにしてその藁半紙を掴んでいた。
「入部届け……」
見慣れていると言うほどでは無いけれども、わたしにも、これを書いた記憶が有る。
文芸部員となるために書いた、入部届け。
約束を果たすための、第一歩。
そう、『彼』との……。
……本当に、それだけ?
「……」
何だろう、この心に引っかかるような感覚は。
この、言いようの無い衝動は……、これも、元の世界へ帰るための手がかりなのだろうか? 欠落したはずの記憶に関係するものなのだろうか?
わたしは……、少し考えてから、入部届けを一枚だけ手に取り、それを持ち帰ることにした。数枚有るようだから、彼はきっとこのわたしの行為に気づかないだろう。
……つかみかけたと思った手がかりが、するりと掌から抜けていったような気がした。
彼が有機生命体たちが形成する稚拙な情報網の中から見つけた古泉一樹は、果たしてわたしの知る古泉一樹なのだろうか。わたしの知る古泉一樹には、ピアノ演奏の経験は無かったけれども……、彼が『彼』と全く同一の人間では無いのと同様に、古泉一樹にも微妙な齟齬が発生している可能性は否定できない。
この国に3千人居るかどうかという苗字に、珍しくは無いけれども、有り触れていると言い切ることも微妙な気がする名前……、駄目、今のわたしでは、情報統合思念体が持つ巨大な情報網に触れることも出来ないし、それを元にした計算も出来ない。
そもそも、元々のわたしの能力が有れば、こんなに人探しで苦労したりしない。
結局、今日は何も掴めないまま終わってしまった。
そう、何も……。
期限は、何時までだろうか。
わたしは……、本当に、探しているものを、見つけることが出来るのだろうか?
わたしは……、