作品

概要

作者江戸小僧
作品名夫婦茶碗 − 紡がれた時間 −
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-02-13 (火) 22:51:01

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹登場
ハルヒ登場
みくる不登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場
 

SS

 

 <承前>
 両親が2週間ばかり家を空ける事になった俺を待っていたのは長門からの警告だった。
「あなたに危険が迫る可能性がある」
 長門が我が家に居を移してまで俺と妹を守ってくれることになった。いつもありがとよ、長門。
 しかし、これは俺の理性に対する究極の試練でもあった。

 
 
 

 眠りにはレム睡眠とノンレム睡眠がある。ご存知だろうか?
 レム睡眠の時に目覚めると、人は気持ちよく起きる事ができるらしい。
「?」
 俺を眠りの快楽から引き揚げたのは、頬に感じる小さな冷たい感触だった。
 ゆっくりと目を開ける俺の前に迫る、黒檀の瞳。
「起床時間」
 えーと、だな……
「なに?」
 優しく起こしてくれるのは嬉しいんだが、そんな風に顔を近づけなくてもいいんじゃないか。あやうく身を起こしてぶつかるところだったぞ。
「……」
 まあいい。朝食の支度もあるしな。
 寝起きの顔を見られちまったし、顔を洗うのは後でいい。俺は長門と共にキッチンで朝食の用意を始めた。
 といっても食パンをトースターに入れ、ベーコンエッグを作るだけだ。さすがに俺でもできる――長門、卵はこうやって割るんだ。ベーコンの焼き具合は好き好きだが、我が家は全員軽めに焼くのが好きかな。
「おはよー、有希ちゃん、キョン君」
 お、寝ぼすけさんのお出ましか。
「ちょっと〜 寝ぼすけはいつものキョン君じゃない」
 くそ、否定できん。
 いつもと違って寝ぼけずに食う朝食はなかなか美味しい。自分の好みでコショウを多めに振ったせいかも知れない。
「キョン君、あたしもコーヒー欲しい」
 今ミルクがないんだ。お前は紅茶にしておきなさい。
「はーい」
「……」
 飲みたいのか、長門?
 薄い色の髪の毛が揺れ、頷いたことがわかる。
 お前、コーヒー飲んだことあったっけ? お茶よりもかなり苦いぞ。
「そう」
 ブラックでコーヒーを飲んだ長門は、どこか満足げだった。こういう味が好きなのか? 次から探索の時にいろんな味を試してみたらどうだ。パフェより安いしな。
 後片付けをし、やることをやって部屋で着替えると出掛けるべき時間になっていた。
 シャミセンに朝食はやったか? よし。おい妹よ、あまり服を毛だらけにするんじゃない。
 長門、準備はもう終わったか?
「終わっている」
 いつもより結構早いが、自転車で二人乗りをしているところを知ってる奴に見つかるとヤバい。
 俺達3人は揃って家を出た。妹は友達との待ち合わせ場所へ。俺達はちょっとばかり長い道程を丘の上の北高へと向かう。
 並んで歩くとはいえ無言の俺達は目立つ訳でもなく、時間はかかったものの、いつものように教室に入る。
 俺の席の後ろでは黄色いリボンが揺れていた。俺はゴーゴンに挑むペルセウスの如く気配を消してゆっくりと自分の席へと向かう。
「よう、キョン。いつもより30秒ばかり早いんじゃねえか」
 うるさいぞ、谷口!
「なんだよ、宿題忘れてきたのか」
 あのな、お前じゃあるまいし――
「ちょっと、キョン!」
 あーあ。やっぱり
 窓を背に、腕を組む姿が1つ。逆光なのに、その目の輝きがハッキリわかる。
「あんた何よ昨日は! まさか風呂に電話持ち込んでんの? いつも何に使ってんのよ、全く」
 出なけりゃ出ないで文句言う癖に。
「有希に繋がらないからあんたの家電にまで掛けてみたのに」
 そ、そうか。で、繋がったのか。
「全然。有希、どうしたか知らない?」
 さ、さあ。でも朝見かけたぞ。
「ふーん」
 圧力を感じる黒い輝きを宿した目でハルヒは俺を睨みつけた。
「普段のあんたなら、もっと慌てるのにね」
 俺は今朝会ったからだ。
「何か怪しいわね。大体、あのコが深夜に連絡つかなかった事が心配じゃないの? あのあんたが?」
 こいつ、確かに名探偵の素質があるかも知れん。俺はルパンかモリアーティに助けを求めるべきだろう。
 横目でおまけの一睨みをすると、ハルヒは教室を出て行った。長門を確認しに行ったんだろう。
 石にならなかったことを空のペガサスに感謝しつつ席に着こうとした俺の肩を叩く奴がいた。
「まるでキャバクラ行った事を追求されてるオレのオヤジみたいだったぜ」
 ああ、そうかい。お前も社会人になったら毎晩通いそうだな、谷口。
「お前は涼宮の監視が厳しくて合コンにも行けずに人生終わりそうだがな」
 バカ言え。合コンに興味はないが、別にハルヒとは関係ない。
 授業中の後ろからのツンツン攻撃はいつもよりも激しさを増し、俺の貴重な睡眠時間を大いに邪魔してくれた。
 さて、ようやく昼休み。悪いな国木田、谷口。暫くは俺も学食だ。
「なんだ、オフクロさんと喧嘩でもしたのかい、キョン」
 そんなんじゃない。2週間ほど……あー、朝から出てるんだよ。
「とかなんとか言って、成績悪いせいで作ってくれなくなったんじゃねえのか」
 お前じゃねーよ。
 俺は谷口の弁当箱から唐揚を1つ取ると、後ろから響く声を無視して廊下に出た。
 学食は結構混んでいた。普段来ないからか、なんか壮観な眺めに感じちまう。
 定食の生姜焼きをゲットし、席を探す。いつも来ないから、席を取っておいてくれるような仲間はいない――と。
 テーブルの端の方で、1人カレーを前に置く少女を見つけた。その横が空いている。
「よ、長門」
 長門はスプーンを持ったまま俺を見つめた。
「食堂のカレーはどうだ。そういや、いつも昼はどうしてんだ?」
「……」
 僅かに首を傾げてから、スプーンを自分の口に運ぶ。うーむ、これは俺にも翻訳できんな。
 長門は黙々とスプーンを口に運び続け、俺が半分食い終わらないうちに綺麗に食べ尽くしていた。
 黒い瞳が俺の前にある豚肉に注がれる。これ、1枚1枚が大きくていかにも美味しそうなんだが、それを見つめる瞳はまるで朝日のように期待に輝いている。
「あー、1枚食べるか?」
 言わないと後で泣かれるんじゃないかって顔だからな。
 珍しく視認できるほどの角度で素早く頷く。
 俺が箸で1枚取ってやろうとするよりも早く、器用にスプーンで1枚取っていく。おいそれ、食いかけだぞ。
「いい」
 豚肉は瞬時に白い顔の小さく紅い口の中に消えていった。
「おいしいか」
「今夜はこれを作りたい」
 俺は慌てて周りを見回した。長門が他人と一緒にいるってことでちょっとは目立ってるようだが、今の会話は特に聞かれていないようだ。
「おい、人前では注意してくれ」
「迂闊」
 ちっとも迂闊という顔ではないんだが。長門よ、ハルヒも食堂にいる筈なんだ。くれぐれも気をつけてくれ。
「ふーん。何に気をつけるって?」
 ……お前はお約束を守る主義なのか、ハルヒ。タイミング良く現れやがって。
「夜遅く出歩くのは危ないと言ってたんだ」
 ハルヒはいつものように俺の魂を見透かすような目で睨んできた。
「朝は全然気にしてなかったのに、不思議なもんね。不思議って言えば、あんた弁当派じゃなかったの?」
 こういうときは、何とか――
「気になるものを見つけた」
「え? 何?」
 ハルヒも一瞬対応できない。
 長門がいつものように落ち着き払って、テーブルの横に仁王立ちするハルヒに顔を向けていた。
「昨夜、気になるものを見つけた」
 ハルヒの瞳に明るい炎が吹き上がった。みるみるうちに、それまでの暗黒のオーラを焼き払う。
「さっすが有希! ただ夜更かしするキョンと違って不思議探索してたのね。さ、詳しく聞かせて!」
 あっという間にハルヒは長門の手を引いて食堂から出て行った。
 極力周りの目を気にしないようにして俺も席を立つ。やれやれ、明日からどうしようか。恥をしのんで毎日ここに来るか、朝コンビニで何か買うか。
 午後、ハルヒはすっかり機嫌を直していた。俺はこれ以上突っ込まれたくないので敢えて黙っている。
 そして
「行くわよ!」
 久しぶりに、襟首を掴まれたまま放課後の廊下をダッシュすることになった。
「じゃーん! みんな、いる?」
 どういう訳か、ダッシュして来たってのに全員揃ってる。朝比奈さん、まさかその格好で授業受けたんじゃないですよね?
「早速会議よ!」
 って、何の会議だ。
「決まってるでしょ。有希が見つけた不思議を解明するんじゃない。さ、有希。あんたから発表してやって」
 珍しいこともあるもんだ。そんなに気に入るようなネタだったのか。
 長門は本から顔を上げ、まるで原稿を読み上げるように言葉を発した。
「昨夜、文献にある宇宙生物を確認した」
 おいおい、大丈夫なのか? ヘタにコイツが信じたら、大変なことになるぞ。
「さーて、お立会い。その宇宙生物がこれよ」
 ハルヒはPCの液晶モニターをこっちに向けた。
「……何だそりゃ」
「だから、宇宙生物よ。過去に発見された時の記録」
「なあ。これが宇宙生物ならウチのシャミセ―」
「ちょっと来なさい!」
 いきなりハルヒに腕を引っ張られ、外に連れ出された。
「ちょっと、キョン。せっかく有希が見つけてきたのよ。夢を壊しちゃダメでしょ」
 何?
「折角あのコが深夜に出歩いてまで発見したの。結果はどうでもいいのよ。少しは気を使いなさいよ、アホキョン」
 まさかコイツにそれを言われるとはな。やれやれ。
 結局土曜日に実行する(ホントにやるのか?)捕獲作戦のための会議がずっと続き、いつもの時間に俺達は全員そろって校舎を後にし、いつものように坂を下った。
「あんた、自転車じゃないの?」
「今朝見たらパンクしてたんだ」
「ふーん」
 じとーっとした目で暫く俺を睨んでからハルヒは駅へと向かう。
 肩を怒らせた後姿が駅に吸い込まれるのを確かめてから、俺はスーパーへと足を向けた。さすがに制服で一緒に買い物をするのは目立ちすぎるので、長門にはまっすぐ帰るように言ってある。
「なかなか面白い事をされてますね」
 そうだった。こいつは誤魔化しきれないだろう。
「何のことだ」
 そいつは無料スマイルを崩さずに片眉をしかめてみせる。
「あなたの事ですから良からぬ事を考えているとは思いません。しかし、バレたらあなた自身は結構な目に会いますよ」
 わかってる。だがな、こっちにも事情があるんだ。俺は長門の警告を古泉に話してやった。
「本当に危険が迫ってるんですか?」
 さあな。でも、あいつがわざわざ言うんだ。何かあるんだろう。
「ま、僕としては閉鎖空間が発生するような事にならなければ干渉する必要はありません。涼宮さんも最近は変わりましたからね」
 そう願いたいもんだ。
 古泉は笑顔を消して俺を見つめた。
「しかし、どうなるにしても彼女達を泣かせるようなことになったら――それが故意でなかったとしても、僕は怒ります。組織とは関係なく、ね」
 ああ。俺も俺が許せないだろうよ。そんなことになったらな。
 無料スマイルが再びこいつの表情を隠した。
 髪を振って去っていく後姿を見ながら、こいつの本当の姿が見れるようになる日も近いのかな、と俺は思った。
 結局、俺が買い物を終えて帰るまでにはかなり時間がかかってしまった。
「お腹すいたー。もうご飯炊けてるんだよ」
 わかったわかった。ちょっと待ってなさい。今夜は長門先生ご要望の生姜焼きだ。
 スーパーで店員に聞いたから多分大丈夫だろう。それにしても、今は生姜までチューブになってんだから驚きだ。
 今夜は長門にも得意技のキャベツの千切りをして貰う。
 肉を漬け込んでる間に味噌汁の用意だな。
「それは何?」
 ん? ああ、何故か知らんが豆腐は手の上で切るものらしくてな。
 長門にはこんな家庭料理が目新しいらしく、何かと俺の手元をじっと見ている。
 そもそも料理なんてできないのに、まるで手本を見るように注目されるのはとっても恥ずかしいんだが。
 それでもどうにか、割烹着姿の長門と一緒に食事の支度を終えることができた。
「いっただきまーす」
「……ちょっと甘いか」
「私は満足」
「ほら、キャベツも食べなさい」
 違和感なく3人で食卓を囲んでいることに、妙な感慨があった。
 さすがに今夜は十分に言い含め、風呂は1人で入らせてもらう。そういえば長門が浴室を掃除したって言ってたな。なんか、俺がやるよりもいろいろキレイになってる。
 浴槽に浸かっていると、学校での事が蘇った。
 無口だってのもあるが、長門が嘘を言った思い出がない。言わないでいるとか、聞いても答えないことはあったが、誰が相手でも嘘を言ったことがあったろうか。
 勿論、それは否定するべきことじゃない。嘘が人を救いもするのだ。
 だが、なんだろう……うーん、わからん。何と言っていいか、さっぱりわからん。
 部屋では長門が既にベッドに入っていた。
 そういえば、シャミセンの奴昨夜から部屋に入ってこないな。まさか、遠慮してるつもりか?
「なあ、長門。お前昼間学食で……」
 応えは、規則正しい寝息だった。
 ま、いいか。
 俺は部屋の電気を消した。

 

− 両親の帰還まで、あと304時間 −


 
 


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:07 (3084d)